来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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一九二十はたち

  春先、孫がプチトマトの苗を植えて帰った。それが秋本番を迎えても次から次へと実る。まるで赤いルビーのようだ。青いのはエメラルド。背丈より高く育ち宝石が鈴なりだ。
朝露の中をズボンで擦すって、二つ三つ口に放りこむ。プチッ!と皮が弾ける。甘い汁が口に広がる。正しく甘露の粒だ。私は実を啄ばむ小鳥になった気分でトマトを次々口に入れていく。プチトマトとは小さいからプチなのか。歯を入れた時の破ける感覚がプチッ、だからなのかわからないがプチッ、プチ、プチと思い出が弾けていく。
 子供の頃過ごした田舎の神社に小さい畑地がついていた。農作業に不慣れな父が見よう見まねで耕していた。父が作るトマトはどれもこれも熟す前に皹割れをし、トマトの真ん中を走る黒い割れ目が、中身を不気味に見せて私を怖がらせた。
野作業は時期をはずすと収穫がない。トマトも仕方なく秋始めには青いままで抜かれ、次の野菜の準備に入る。トマトはこれから育とうと思うのか、小さい青い実がたくさんついていた。黄色の小さい花も残っていた。
夏野菜の残骸と抜いたトマトに火がつけられる。一筋登っていく煙が寂しかった。高い空に青トマトの色も含んでいるように思えた。父の努力が気の毒だった。しかしそんなこととは別に、その煙の匂いで祖母が走り出てくる。祖母は紫煙をたなびかせ、高く積まれた青いトマトをちぎってザルに入れていくのだ。そしてそれを糠漬けにする。小さい青いトマトは食卓に漬物として出された。漬物はとても酸っぱかった。おかずのない朝は、その酸っぱいトマトを口に入れれば、責任を持って噛まないといけない。糠の匂いが広がる。色も汚く変色していて好きになれなかった。泣く思いで箸を突き刺す。父と顔を見合わせ顔をしかめる。ますます父が気の毒だった。
 井戸水で冷やされ頂きもののトマトが釣瓶に浮かんでいた。真っ赤な表皮に水滴が光りそれは美しい宝石のようだった。かぶりつくと甘みが口中に広がる。どうして父はこんなふうに上手に作れないのかと不思議だった。
しかし、それだけではなかった。
 結婚して100坪余の家庭菜園を始めた。カボチャは山に積むほどに出来たし、スイカもナスもキュウリもタマネギもジャガイモも上手に出来た。農家出身の夫が精を出して作ってくれたのだ。しかしトマトだけは、やっぱり赤くならなかった。横の竹やぶが陽光をさえぎるのだろうか、トウモロコシなどは実ると鴉がすぐに突きに来たが、トマトは見向きをしなかった。私は勿体無いとは思うものの、祖母のように青トマトを糠漬けにする気にもなれず、トマトは私には恨めしい作物だった。それに同調するように長男は大のトマト嫌いだ。私は食べ物に好き嫌いを言わせなかったが、彼はどれだけ言い聞かせてもトマトだけは食べない。強要すると、涙を流しながら鵜(う)のようにトマトを飲み込むのだ。姉(長女)がその姿を見て「可哀想やんか」と私を非難する。彼はほんとうにトマトが食べられなかったようだ。手をかえ品をかえトマトを食べさせようと試みたが、いまだトマト嫌いのままだ。私の青トマトの怨念が、彼に乗り移っているのかと思うほどだ。そして、いつしか畑はしなくなった。

 私は捨てる物が好きだ。近所に貸し農園があり、秋始めには赤褐色のキュウリや、切り戻されたナスの枝が捨てられている。収穫の終ったサツマイモの蔓や、葉がついたままのトウガラシや、サトイモの茎が大きな葉と共に捨てられている。サツマイモのツルは油炒めや佃煮風に。葉トウガラシは味濃く炊きお茶漬けにする。サトイモの茎はズイキで大好物だ。そんなものが山に積まれ捨てられている。私はいつも垂涎の眼差しでそこを通りすぎていた。捨てられていてもよその領地だ。それに捨ててある物を拾うほどの勇気は私にはなかった。
しかし、
 青トマトが捨ててあったのだ。青トマトが野菜屑の山の頂上から、私にピカピカと手招きをするのだ。通り過ぎる事が出来なかった。
残暑の厳しい陽光の中で、ひ弱に二,三本咲き残った彼岸花が私の背を押した。懸命に残る花の赤さと青トマトが、信号を送りあいしている。(と私は自己弁護していた)農園は風が止まったように静かで、人影もなく日差しだけが暑く降り注ぎ、赤と青を魅力的に光らせていた。私は突進した。そして、ピカピカの青い小さなトマトが、私の帽子をいっぱいにしてしまったのだ。
 実は知人宅で、「青トマトの中華漬け」をご馳走になっていた。色鮮やかな緑色とその美味しさに舌を巻いた。あの呪わしい青トマトが飛び上がるほどの美味しさだった。青トマトがジュースやジャムにもなることを教えられた。青いトマトのジャムは「19」で、赤いトマトのジャムは「20(はたち)」とネーミングされ売られているそうだ。
「青トマトは野菜屑の上に鎮座するものではない !」

 今年は、野菜屑の山に青トマトは乗っていない。私は微笑んでいる。山に積まれた野菜屑の上に、青トマトが食べられる事をあの時メモしておいたのだ。

 父の生存中に、サツマイモの蔓の一品を届けたことがある。「戦時中を思い出すから・・・」と食べてくれなかった。父は食べることが大好きだった。「暖かくなったら花見に行きたい。玉子のお寿司を持って・・・」と、言いながら二月の末に亡くなった。自分の作ったトマトの酸っぱさはきっと悔しいかっただろう。青トマトを酸っぱいとしか知らないで死んでいった父を可哀想に思う。今はサツマイモのツルも美味しく味付けされ、グルメと賞賛されている。いろんな美味しい物を知らないで、また食べられないで死んでいった昔の人が可哀想に思う。食べさせてあげたかったと思う。
きっと青トマトのジャムで作ったスイーツなんて、腰を抜かすかもしれない。

 腰を抜かす? もう一人居た。息子だ。
息子が帰国したら、青トマトのスイーツを食べさせてみよう。青トマトのように青くなるか、いや美味しさに涙を流すかもしれない。

「一九!はたち ! 」私は今日も歌いながらプチトマトを収穫している。
トマトを植えてくれた孫に有難う。そしていろんなものを無駄にしないで美味しく作り変える人知に有難うだ。



 *青トマト   スライスしたものを(醤油、出しの素、ごま油、味醂、鷹のツメ)を袋に入れてもみもみするだけ。中華漬けの出来上がり。
  *青トマトを砂糖で煮詰めるだけでジャムの出来上がり。出来たジャムをゼラチンや寒天で固めてスィーツに。とても手軽です。


   プチトマト突いて小鳥になってみる




父は大正生まれだが、ジャムやジュースも知っていた。

                ベランダ 木村徳太郎 

             夕燒、林檎

             波の上

             赤いジユースが

             流れてる。


             ランプのついた

             ベランダよ

             ジヤムの匂ひが

             流れてる。


             お風に乘った

             白い船

             明日の汽笛が

             流れてる。

                        

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