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(画像)南出喜久治著「くにからのみち」と日本郵便のポストカードからお借りしました
♪わたしが 生まれた のは♪
今日は私の誕生日です。
1945年1月5日に生まれ、65歳になりました。
昨年までは、あまり年齢をを言いたくなかったのですが……。
65歳! バンザ〜〜〜イ。 よくここまで生きてきた!
と、大きな声で誰彼に言いたい気持が溢れるのです。
誕生日の人に、いつも贈っている私の大好きな詩と、最近頂いたご本「くにからのみち」を紹介させて下さい。
くにからのうた
ちちははと とほつおやから すめみおや やほよろずへの くにからのみち
自父母及先祖以至皇祖宗及八百萬之神而國體之道也
「くにからのうた」をぜひ詠みかえしてみて下さい。私達にはそれぞれ両親がいます。私達の両親にも(祖父母)があり、その祖父母にもそれぞれの両親(曾祖父母)があって、それを連綿と二六代までさかのぼっただけでも、祖先の総数は一億三千四百三十二万七百二十六柱となります。つまり我が国の現在総人口(平成二十一年度三月三十一日現在)を超える数となり、これほどまで多くの命を受け継いで今、私達が生かされています。間違いなく「生かされている」のです。そしてそのいづれかの祖先に世界の祭祀宰者であるスメラミコトの御宗家(皇祖皇宗)とのご縁を戴いていることになり、この尊さを理解したとき、祭祀復活の大切さと、国體護持の天命に目覚めない日本人はいないでしょう。」(略)南出喜久治先生著「くにからのみち」まほらまと草紙発行ヨリ
ぺんぎんの子が生まれた・ 川崎 洋
ぺんぎんの子が生まれた
父さんと母さん
それぞれのおじいさんとおばあさん
さらにはひいじいさんとひいばあさん と
ほんの二五代さかのぼっただけで
この子の両親を始めとする先祖の総計は
六七一〇万八千八百六二羽となる
そのうちのどの一羽が欠けても
この子はこの世に現れなかった
ぺんぎんの子が生まれた
思想や表現の違いはあっても人の根源は同じなのです。
どうしていままで私は歳を言えなかったのでしょう。
私は65歳も生きて 生かされていたのに……。
ありがとう。ありがとう。弥榮。
65歳ありがとう
昨年私は「ジューンドロップ」の拙本を出しました。病気がちで生きてはいないだろうと思われた私。それがここまで生きたのです。周りの人のお陰です。先祖から続く細胞が生きているのです。
皆さんがあの本を褒めて下さったのも、出版大賞(滋賀県文学祭)を戴いたのも、文が、絵が、装丁が良かったからではありません。「ありがとう・ごめんなさい」が詰っていたからです。
私はどの1羽も欠けることなく 生まれてきた ペンギンだったからです。
それへのご褒美だったのです。65歳へのご褒美だったのです。この気持を大事にして「これからは何か社会へお返しも出来たらなぁ〜」そんなことを思う、今日は私の65歳の誕生日です。
誕生日恵方にむけて拍手打つ
初便りバースデイ・カード贈られて
数の子の一粒かと誕生日
双六の上がりはまだと誕生日
細雪 素敵素敵 65歳!
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