来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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 椎茸音(ね)
 
 小指の先ぐらいの黒い塊を見つけた。出会うのは何十年ぶりだろう。

 35年前二区画の宅地を購入し、一区画に思い出のある柿・栗・桃・杏・石榴・蜜柑・茱萸 ・胡桃などを、夫と一本一本植えて行った。畝を作り畑も耕した。残飯から芽を出した枇杷・梨・山桜桃もあった。チヨッとした農園家みたいだった。
だが、思い出が遠くへ細って行くのに比例して、楽しみに植えた木々は困りものになってきた。世話が満足に出来ない。高所に梯子をかける作業は危険。それに80坪から100坪を一区画として売り出された宅地だったのに、小さく分筆され、一区画に3、4戸の家が折り重なるように建て混んだ。それは、我が家の落ち葉が舞い込む、日陰になるとクレームになった。繁みが少なくなったせいか、我家目指して猿が来る。鼬が来る。猫も、鎖の外れた犬もくる。それらは糞(ふん)を置いて帰る。
(この変化には驚いた。想像もつかないことだった)

 思い切って植木を整理した。その中に団栗の木もあった。そこへ椎茸菌を植えた。そして、小さい赤ちゃん(椎茸)が生まれたのだ。
 椎茸の人工栽培が始まったのは、1943年。炭材として切り出された楢や櫟の表皮の傷に、風に乗って飛んで来た椎茸の胞子が付くと、2,3年して椎茸が生える。これを効率よく栽培することが出来ないかと考えられた。自然は風まかせ、椎茸が出来る事も出来ないこともある。しかし、確実に収穫が出来るようになれば、貧しい山村の生活を救えると日夜研究をした森喜作さんが成功にこぎつけた。種駒を原木に打ちこめば確実に椎茸が出るだろう。風まかせでなく、人工的に椎茸菌を植えつける種駒の方法を確立したのだ。そして椎茸は容易に作れるようになった。
 私の父は奈良の寒村の神主をしていた。この話を村人にして椎茸栽培を勧めた。しかし、それは「賭け(かけ)」であった。炭は焼けばすぐお金になる。椎茸は数年かかる。資金を寝かせなくてはならない。果たして確実に収穫に結びつくのだろうか。一人だけ父の言葉を信じ椎茸栽培を始めた人がある。現在は大きな椎茸観光農家になっている。父の存命中、美味しい椎茸がいつも送られて来た。原木から生まれる椎茸は本当に美味しい。原木栽培は収穫に2、3年の手間はかかるが、天然と似た方法で作られるのだから、厚みがあり味も濃く香りも自然と変わらない。
それがいつのまにか、中国産の円錐形をした妙な形の味も香りもない、安価な不味い椎茸が店頭に並び始め、それ以後国産も「原木栽培」から「菌床栽培」に代わった。菌床栽培は広葉樹のオガクズと栄養源、水を混合してブロック状や円筒状に固め、その培地で育てるやりかただ。
椎茸は不味くなったと思う。私はもう一度、原木栽培の椎茸が食べたいと思っていた。
そして、図らずも迷惑がられた団栗の木が、それを叶えてくれたのだ。

 隣接地に、完成戸数五千戸という大きなニュータウンが開発された。
転居した三年目から工事が始まり、十年近く懸けて造成され、雑木林が一夜でなくなり、ブルドーザーで均され宅地になっていった。雑木林の楢や櫟や団栗は塵として燃やされ、住んでいた狐や狸や、郭公や啄木鳥や杜鵑は何処かへ行ってしまった。代わりに宅地購入に100倍という競争率をくぐった人たちで溢れ、瀟洒な家が並んで行った。
この造成進行中の十年あまりを、我家は椎茸栽培を楽しんだのだ。夫の思いつきで、造成地に棄てられていた櫟を拾って椎茸菌を植えてみた。一年目は出てこなかった。榾(ほだ)木を松の木の下に置きかえる。(私は松茸を思い浮かべていた)駄目だった。水をかけてみた。駄目だった。あきらめた三年目の早春、小指の先ほどの塊が黒い釦のように並んだ。琵琶湖から吹き上げてくる春待ち風に、私はスキップをした。榾(ほだ)木を捨てようと思った矢さきだった。残り雪をかぶる小さい椎茸を茶碗蒸しに入れた。旨みの凝縮だった。そして椎茸は大きくなって行き、春浅い日には、蕗の薹や楤の芽や蓬を加え、採りたて椎茸で友人達と天婦羅パーテイをした。美味しい物を食べられる幸せにみんな大感激だった。
 茸(キノコ)類は秋が収穫と思っていたが、椎茸は五月が最盛期だ。梅雨の雨に打たれ採り忘れた椎茸は、それは大きなお化け椎茸になる。子供の顔ほどもあり、一個で店頭に並ぶ一袋分位もあった。そんなお化け椎茸は庭にコンロを持ち出し炭火で焼く。椎茸の旨みがジューと滴り落ち椎茸の香りが広がる。お腹が鳴った。
 駒菌を植えるのにドリルを買った。榾木を揃えるのに鋸も揃えた。四年すれば、榾木は駄目になる。毎年追加して榾木を増やしておかないと美味しい物は食べられない。三年近く寝て椎茸の花は開くのだ。そして咲いているのは四年だけ。一生懸命椎茸を咲かせた親の榾木は、指先で軽く触れただけで樹皮がぼろぼろ崩れ落ちた。堅く重たかった榾木は、木の栄養分をすべて吸い尽くされた残骸のように崩れ、細い細い白い芯だけが残った。
 駒菌を植えるのは粉雪の舞う二月だ。鼻水を啜り上げながら種駒を埋めて行く。手袋を履いたままでは上手く入らない。素手の手が赤く悴み白い息を吹きかける。その流れにオガクズと粉雪が混じる。夫がドリルで穴を開け私が駒を埋めて行く。長男がその上を叩いてしっかりと埋めこむ。種(駒菌)の植えられたホダ木を長女と次男が運ぶ。私たちの周りを飼い犬が走りまわっていた。椎茸に音楽を聞かせると良質のものが出来ると聞く。音楽ではないが、家族の賑やかで楽しげな心の音楽を、椎茸は聞いていてくれたのだろう。香り高い美味しい椎茸が沢山出来た。椎茸の傘(カサ)が丸く盛り上がり白く皹が入る。二センチばかりの肉厚を噛めば、口中に香りが広がり、プリッとした歯切れのよさとジュシーさが喉を流れて行く。そんな椎茸だった。
 二百本余のホダ木が並ぶこともあった。庭の木々はまだ小さかったので、椎茸の榾木が庭木のように見えた。
食べきれない椎茸は乾椎茸にする。太陽で乾かす椎茸はますます旨みが増した。その椎茸を知人友人たちに配る。
消費者活動をしていた知人が「これは商品価値が有るからビジネスにしなさいよ。私が商売ベースに乗せてあげる」と言う。が、私はビジネスに興味はなかった。美味しい物を食べられるのが嬉しい。知人達に喜んでもらえるのが嬉しく幸せだった。その知人は、私が収穫した芋茎(ずいき)を食べていると「それは芋の殻、捨てるものを食べていたらお金がたまって仕様がないでしょう」と言う。芋掘りに誘うと「なん株掘って良い?」「いくらでも。全部でもええよ」と言うと、本当に全部掘って帰ってしまった。その知人とはいつしか疎遠になった。(知人は、いまどんな商品を消費者に薦めているのだろうかと思うときもある)
 榾木が庭いっぱいになると横の竹薮に入れた。椎茸は笹の葉ずれを聞きながら大きくなった。風が吹き梢が騒ぎ、鳥の歌声を聞く。榾木の間を流れる霧の音を聞く。雷の轟きを聞く……。
椎茸はいろんな音(楽)を聞きながら四年の命を大きく生きた。暑さには弱く乾燥も嫌う。夏は時々水をやる。といって雨に合い過ぎ、水分で太った椎茸は味が落ちる。乾燥するとぺっちゃんこになる。胞子で容器が白くなる。命がみえた。
開発が終り、その十年が過ぎても(榾木が手に入らなくなっても)、原木椎茸の美味しさが忘れられず、榾木をホームセンターで求め駒菌を植えた。しかしどうも味が違う。その上、榾木は高騰して行く。いつのまにか椎茸栽培は消滅していった。

 現在店頭に並ぶ椎茸は、原木栽培から菌床栽培になったものばかりだ。人の欲望は高まる。より効率的に、より確実に、より高収入にと流れて行くからだろうか。
そんな椎茸は、音を聞いているのだろうかとも思う。
 我が家の庭も、今は子供たちの歓声も無い。竹薮も無い。愛犬がかけ回り土を蹴る音も無い。果たしてどんな椎茸になるか少し心配だ。しかし、榾木(親)は、我が家をずうっと永年見て来た団栗の木だ。

今日は赤ちゃん椎茸の上で鶯が鳴いた。「椎茸君! 聞いたかい? 」梅の花びらが零れた。万作(マンサク)が縺れた。僅かな音も聞き逃さないでね。
私は毎日楽しみに、君に(足音)を聞かせるから……。


    白い胞子榾木の命流れおり山の声聞く美味き椎茸

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
      早春       木村徳太郎  
 
         ちらちら 薄陽 
         ビルの壁
         街路樹(なみき)の枝の
         小さい芽。

       北向き窓の
       残り雪
       雫の露も
      目に和む。

         ちらちら 薄陽
         僕の手に
         うつすら早春(はる)を
         もつてくる。

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