来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

三月の歌(春休み)

イメージ 1

 ミシン 
 桜の花がほころびオオイヌフグリがほろほろ零れ、タンポポが野に煌く。鶯が鳴く。春が転げてくる。
そんな転がりにのってミシンの音も転がってくる。私は春休みになるとミシンを出す。

 「カタカタ」と流れるようなミシンの音を始めて聞いたのは、幼稚園児のころだろうか。よく隠れん坊をして遊んだ。溝板を鳴らして細い路地を入って行く。此処までくれば見つかる事もないだろう。見ているのは動物の形の雲ばかり。でもいつまでも見つからないのも寂しいものだ。雲が流れ去ると空と私だけ。そんなとき、どこからか「カタカタ・カタカタ」と音が響いてきた。
音に誘われ、薄暗い道を奥へ奥へと進む。開け放った窓があり、小母さんが見えた。背伸びをして覗いてみると、小母さんの手の動きにつれて布が流れていた。不思議だった。私の祖母は和裁の仕事をしていたが、一針一目を縫っては縫い目をしごき、また縫い進めていた。小母さんは布を手で押させているだけで、縫い目が走って行くのだ。
私に気がついた小母さんが、「幼稚園に行ってるの?」と聞く。私はコックリする。「隆ちゃんて、知ってる?」私はまたコックリする。そしてドキドキした。隆ちゃんはいつも革靴を履き女中さん(今のお手伝いさん)に送り迎えをしてもらい雨の日は車に乗って、園に来ている子だ。綺麗な服を着てまるで童話の中の王子様のような子だ。口を利いた事もないし、私は姉のお古の破れ靴を履いていた。隆ちゃんは異世界の子だと思っていたから。
 帰宅して路地で見た不思議なことを祖母に話した。「それはミシンや」「隆ちゃんはドレスメーカー学院のお坊っちゃんで、その女の人はきっと隆ちゃんのお母さんやろ」「洋裁学校はどこも繁盛してるけど、あそこの学校は特別に大きい。二号さんがいて別れやはったんや。けど、女も手に技術があれば生きて行ける。たいしたもんや」と話す。(私には二号さんの意味は分からなかった)
 私は父の出かける先へはどこへでも着いていきたがった。そのドレスメーカ学院の学長と父は知り合いだった。学院へも着いていった。大きな教室にミシンが何台も光って並んでいた。若いお姉さんたちが沢山いた。

 隠れん坊をすると、必ず私はその路地に隠れ、小母さんのミシンの音を聞きに行くようになった。そして、隆ちゃんが着ていた服のことなどを話す。父につれられ学院へ行ったことを話す。
お人形さんが着るような服が届けられた。姉のお古ばかりを着ていた私には、それはまた異世界の服だった。しかし、その服を着ると誰もが「可愛い可愛い」と言ってくれた。こんな可愛い服が、人の手で、小母さんの手で作られることに私は驚いた。

 それから、私たちは田舎に引越しをしたので、あの小母さんや隆ちゃんがその後どうしているのか知らない。私は父や祖母に聞くこともなく野山を駆け回る毎日だった。
田舎にも洋裁を仕事にしている人があった。小母さんと同じように窓辺で「カタカタ、カタカタ」と、音をたてていた。
セーラー服をほどき、汚れていない裏側を表側にして縫い直す。手を広げると鳥が羽を広げたように見え、「トンビ」と呼ばれるマントから、子供のコートを作る。親のスーツを子供用に縫い直したりしていた。その人は戦争未亡人だということだった。(私は戦争未亡人の意味が分からなかった)が、その「カタカタ、カタカタ」の音が好きだった。その音を聞きによく行った。その音を生み出す人がみな素敵に見えた。手に技術を持ちそれを生かして生計をたてる。出会ったミシンの音と技術という言葉は、子供心にも響いてくるものがあった。
 小学校3年生の時、中学生の姉が学校で要るというので、父が工面して中古のミシンを買って来た。姉より私のほうがそのミシンに興味を示した。私は自分の着ている服を型紙にし、見よう見まねで服を縫った。姉のセーラー服も縫い直さないでも、白線を変えるだけで新品のように甦る。私が取り替えた。古い薄くなった毛布は上にゴムを入れるだけでスカートになった。それらはどれも他愛ない縫い物だったが、みんなから「器用やね」と褒められた。家庭科の成績はいつも「5」だった。
 洋裁に興味を持つのが自然だったのかもしれない。成人してから夜には洋裁学校に通った。そして自分の着る服はすべて自分で縫った。
結婚をして3人の子供たちに恵まれ、手作りを着せるのが私のストレス解消になった。帽子から下着まで縫った。
ピエール・カルダンの服を参考にして、デニム地で妊婦服を縫った。(胎児のときから子供たちは私の手作りで大きくなったのかもしれない。)そして、その大きな妊婦服は長女のジャンパースカートに長男の半ズボンに変身し、それから次男の幼稚園の絵本袋に変身した。夫が自分の物は少しも縫ってくれないと言うので、最後にそれを繋ぎあわせ、夫の座布団にした。「これで家族みんなを、お尻に敷く事が出来るでしょ」と……。
夫の古い背広から七.五・三参りのジャケットをつくる。娘時代の細いワンピースから長女にアンサンブルを作る。新品の布から作るより、リメイクするのが好きだった。

 子育てに少し余裕が出来て、一番初めに着いた仕事はミシンメーカーのソーイング講師だった。これは殆どがミシンのセールスの仕事だったが、新型ミシンをいろいろと触らせてもらえた。私の知っていた足踏みミシンはとっくに姿を消し、持ち運びのできるポータブルミシンや、コンピュターミシンになっていた。そして、ソーイングコンテストでクラフト大賞にも輝いた。「仕立屋」の看板も出した。
しかし、初めて出あったあの時の、ときめくようなカタカタの音は、過去になりつつあった。カタカタの音は、私には夢に繋がるものだった。いまでも発展途上国では女性の自立に洋裁技術を生かそうとしている。手に技術を持たせ、女性の自立に繋げようとしている。
しかし日本ではどうなんだろう?
 パッチワーク教室を開いたこともある。結構生徒さんが集った。しかし、私は古着や古布から新しい物を作り出すのが好きだった。カタカタ、カタカタの音から新しく生まれてくるものが好きだった。パッチワークは広まるにつれ、新品の布を切り刻み、絵の具代わりに使っているのではないかとも思える。知恵を働かせる、古布(ボロ)に新しい命を生み出す。それは人の温もりだった。そんなものが消え始め、カタカタの音が機械音としてしか聞こえなくなったように思える。子供のときに出会った女たちの「カタカタ、カタカタ」はどうしたのだろう。私もミシンを踏む事が少なくなってきた。

 ところが春休みには決まって「カタカタ、カタカタ」が転がりはじめる。私の出番がくる。
孫達の進級にともなって親が手作り品を作らねばならないのだ。会社務めの娘にはとても負担が大きい作業だ。私は甘いと言われようが2人の孫たちの出産からずうっと、この縫い物に関わってきた。最近は出来合いの雑巾も、絵本袋も、上履入れも、コップ入れも・・・・すべて売られている。しかし、買うなら私が作りたいと思う。でも、誰もが縫い物を得意だとは限らない。「お母さんの愛情で手作り品を持たせて下さい」と言うが、手作り品を持たせることが、愛情とも限らないだろう。作りたくてもミシンの無い人も居る。息子がポルトガル語圏の、仕事をしていた事がある。病院に行くにしても、確定申告をするにしても、幼稚園の入学説明会にしても日本語がしっかりと分からない人たちだ。そんなとき、難解な?手作りの説明書を示されても、布が何メートルと言われても理解は出来ないだろう。長男が私に「世の中には出来て当たり前と思うことでも、出来ない人もいる。そんな風に作業を母親に任す長女も、それを喜んでする私も甘い」と言う。私は「ボケ防止に、わざと私に仕事を与えてくれてるんやから」と言い訳をしている。

 気がつかないことや見えてこないことは、世の中にはたくさんあるだろう。
気がつかない間にカタカタの音も、随分と変わってきたように思う。

今年は型紙付き、仕様書付きで布地が送られきた。エプロンもバンダナも、縁の始末の手間を省くために、二重にしてリバーシブルにするようになっていた。結ぶところはすべてゴム仕様だ。私は「何の為に縁縫いがあるんだ、何の為に三つ折縫いがあるんだ。ゴムでは結ぶ手作業を覚えないではないか」とぼやいてミシンを転がした。洋裁が初心者の人にも、簡単に作れるように気配りがされているのかもしれない。ゴムにすると、子供は早くエプロンを身につけられるかもしれない。遅い子速い子の差がなくなるのかも知れない。一見、良い事尽くめのようにも思える。しかし、現在の子供は「靴の紐が結べない、雑巾が絞れない、お箸を使えない、洗濯物がたためない」そんな子が増えているとも聞く。
ミシンの「カタカタ」も時代を映しているのかもしれない。

 私はあえて仕様書に逆らってゴムをやめた。リバシブルにしないで縁をかがった。このほうが手間はかかった。そして数分を置かず何度も娘に質問の電話を入れる。
「二重にするには布が足らんわ。」・・・「ゴムがないわ」・・・「型紙、見難いで」・・・。

「電話は箇条書きにメモをしてから、するように」と言われてしまった。うふ、これって私が昔、娘に言った言葉ではないか。私はコロコロと笑った。

 エプロンの紐は結んで欲しい。風呂敷も結べるようにして欲しい。それを伝えて欲しい。それが手作りの愛情ではないかと思う。
春が転がってくる。ミシンの音が転がってくる。
私はあの遠い日を思い出し「カタカタ、カタカタ」を転がしていく。



    春風も縫いこんでミシン踏む
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
      雲       木村徳太郎  
 
朝の雲は
おしゃれな雲だ。
  空の鏡に 顔うつし
  白いネクタイ 結びます。

晝の雲は
のんきな雲だ。
  晝のお日さま 背にうけて
  煙草ふかして 散歩です。

夜の雲は
寝坊な雲だ。
  風のお唄を 聞きながら
  更紗の寝床に もぐります。 

全1ページ

[1]


.
花ひとひら
花ひとひら
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
友だち(7)
  • 吉野の宮司
  • ハマギク
  • plo*er_*un*yama
  • こうげつ
  • まんまるネコ
  • ++アイサイ
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事