来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

寄席に行って来た

イメージ 1

寄席行って来た  
 寄席に行って来た。三回セットのチケットだ。一回目は同志社大学での講演と重なり行けなかった。三月の購入から半年も過ぎている。チケットを何処へしまったか忘れていて随分探し回った。が、その甲斐はあった。久しぶりに大口を開けて大笑いをしてきた。
 私は落語が大好きだ。落語に接した始まりは五つ六つのころだろうか。子供たちが大人の鋳掛屋をからかい「ソラセヤナァ〜オッタン」と訳知りに、合いの手を入れる「イカケヤ」だった。私はその「ソラセヤナァ〜オッタン」が大好きで、それが口癖になっていた。
 そのころ、商店街に住んでいたので、乾物屋、味噌屋、漬物屋、履物屋などを回って遊び場所にしていた。もちろん不定期に回って来る「イカケヤ」「ポンガシヤ」も遊び相手だ。駄菓子屋もあったが、そこは子供たちの大事な崇高な場所だったので、店主をからかうなどと言うことは滅相もなかった。が、昆布や鰹節が削られてゆく乾物屋にはよく足を運んだ。「オッタン、上手に削るなぁ〜」などと言うと、必ず削り終わりの指の先ほどになった鰹節や、小さい薄い昆布の切れ端をくれた。口に含んで噛んでいるとチューインガムのように柔かくなり、それは美味しかった。それを見ておっちゃんが「嬢ちゃん歯がええなぁ〜」と言う。私はニィーと歯を剥き出し「ニャヲォ〜」などとおどける。
「嬢ちゃん猫はあかんで」「ソラセヤナァ〜オッタン」……。私の口癖だった。
「ソラセヤナァ〜オッタン」をどんな時にも返事代わりに言う。父に叱られても友達に泣かされても 「ソラセヤナ〜オッタン」と言うと、気分がすっきりした。
何よりも、大人しく無口な姉が、私がそれを言うといつも大笑いしてくれた。たった五歳しか違わないのに、母親の代わりをするようにいつも私を守ってくれていた大好きな姉だった。
 姉は二十三歳で亡くなった。葬式の時「ソラセヤナァ〜ソラセヤナァ〜」を、何に対して言っているのか分からないのに、私はそればかりを言って泣きじゃくっていた。

 私は大阪生れで、大阪の空気がDNAとしてある。いっとき奈良に住み大阪弁と奈良言葉の混ざる、なんとも奇妙な喋り方が私の特徴になった。大阪で会社勤めをするようになった。「あの面白い喋り方の女の子」が、私の呼び方だった。本社は東京だ。社員旅行が合同である。そのころ人気番組だった「11PM」の真似を余興でする。東京本社の部長が「藤本義一」私が「安藤孝子」。部長と顔を合わせるのは初めてであったが、「面白い大阪弁の子がいる」は本社まで伝わっていて、部長直々のお誘いになったのだ。11PMは深夜番組のお色気番組で、安藤孝子という、京都の芸妓さんが京都弁で受け流し、そのすましたカマトトぶりが大人気だった。それを私にやれと言う。
私も大阪女だ。イチビリは大好きだ。しかしまだうら若い乙女だった。問いかけに「ソラセヤナァ〜オッタン。ソンナコトコマリマスヤンカ」と赤くなって繰り返えすばかりだった。ところがそれが大受けになり、人気者になってしまった。当然女子社員のねたみを買った。 「ソラセヤナァ〜」と思う。

 そのころ、桂三枝はまだ大学生で「落語研究会(落研)」から売り出してきた。<ヤングオーオー>という番組があり、そこに四角い顔の笑福亭仁鶴が出てきた。二人が司会者だった。TVの普及と共に大人気の番組となり、ここから<お笑い>は松竹芸能から吉本興業に変わっていったのではないだろうか。桂三枝、笑福亭仁鶴、横山やすし、西川きよし、オール阪神・巨人、明石家さんま、桂文珍、島田紳助などが、ぞくぞくと出てきた。
 おもしろかった。私の大阪人の血が騒ぐ。私も吉本へ入団したいと思った。
そのころのことを子供に「けどなぁ〜そのころの吉本は、美人は入れてくれなんでん」と言うと子供たちは「ウソヤ〜」と笑い転げる。「ソラセヤナァ〜」とも思う。
 しかし、それよりも衝撃的だったのは桂枝雀だった。坊主頭の容貌が好きだったし、身振り手振りの面白いことといったらありゃしない。私は大ファンになった。こんどは本気で落語家になりたい、弟子入りしたいとまで思った。
 そのときのことをやはり子供に話す。
「けど一番大きな理由は、好きな着物を落語家やったらいつでも着てられるしと思たんや」「ほんで、おちゃこ(着物を着て高座の座布団などを片付ける女性)がええと思たんやけど、おじいちゃんが『アカン』て言わはった。おじいちゃん、私が『おちゃこしたい』と言うたら、なんか勘違いしやはったんや」(おちゃこには隠語がある)
 子供たちは笑い転げる。「ソラセヤナァ〜」と思う。

 ところが、その枝雀さんがダンプカーに突っ込んで行き、亡くなってしまった。ほんとうにショックだった。あれだけ楽しませ笑わせてくれるその影に、枝雀さんは鬱と戦っていたのだ。私は枝雀さんに笑いころげ、憧れるばかりで、その繊細で壊れるような心には気がつかなかった。ただただその天才ぶりに驚き敬意を持つばかりだったのだ。あれだけ皆を喜ばせ楽しませてくれるには、並々ならぬ努力と、エネルギーと明晰な頭脳がいる。みんなが笑い転げている分、枝雀さんは身を削っていたのだ。それを思うとなんとも悲しくもなる。
「ソラセヤナァ〜」。

 認知症の人が共同生活しているグループホームや、アートで触れ合おうという趣旨で「脳いきいき・ふれあいアート」として、数ヶ所へ指導に出かける。
どこの職員さんにもいつも言われる。
「先生の会話、まるで漫才を聞いているみたい」そして「先生、施設の文化祭に、落語か漫才やってもらえませんか」と来た。すると、私のイチビリ(すぐに調子にのり反応する大阪人のサービス精神だろうか)がうずき始めるのだ。即座に請け負った。台本はなし。相手がどう出るか。こちらがボケ役に徹する。

「面白い、楽しい」と言ってもらえるのが、私には一番の賛美のように思える。吉本に入りたかった。落語家になりたかった。そんな漠然とした夢の延長。大阪人のDNAが私に生きていることに、嬉しくなるのだ。

 3回目の落語会にも行こう。そして大笑いしてこよう。

 しかしなんですなぁ〜。思うのは桂枝雀さんの高座を、生でもう一度聞きたい。いまでも桂枝雀さんの大ファンだ。あんなおもしろい落語家は他にいないと思っている。
あの世で高座をやっているのだろうか。そのうちに、私も聞かしてもらえるのだろう。
是非あの世で笑い転げて聞かしてもらいたいものだ。
「(オアト!)ガ ヨロシイヨウデ」そんな声が聞こえる。
「ソラセヤナァ〜」……。


       てまりつき(古揺)  木村徳太郎  
 
       トントンタタクハ ダレサンジャ

       ソコノヨコチョノ ジイサンジャ 

       イマゴロナニシニ オイデタノ

       ゾウリガカワッテ カヘニキタ

       オマヘノハナゴハ ナニバナゴ

       オモテガベッチン ウラハキヌ

       ソンナハナゴハ シリマセン

       ドウゾソコラデ キイトクレ

       コレデイッカン カシマシタ

全1ページ

[1]


.
花ひとひら
花ひとひら
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
友だち(7)
  • ハマギク
  • こうげつ
  • ++アイサイ
  • まんまるネコ
  • 吉野の宮司
  • あるく
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事