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十二月の献立 湯気と匂い
十二月は白い湯気と匂いがご馳走だ。
子供のころ、練炭火鉢に鉄瓶がかかっていた。歌う湯気の揺らぎは風邪引きを吹き飛ばした。シュルシュルとのぼる湯気は今の加湿器の役目だったのだろう。手を炙りながら火鉢で焼く蜜柑も風邪引きを追いはらった。練炭火鉢で干し芋をあぶり、餅やかき餅を焼いた。
外は木枯し。外は雪。そんなもの少しも恐くはなかった。鼻水をすすり霜焼けを作りながら、ほっぺを真赤にして遊んだ。遊び疲れて帰ると、火鉢に煮物がよい匂いをさせ湯気をあげていた。まだ幸せなどという言葉を知らなかったけれど、あれは正しく幸せの湯気と匂いだった。
父がスルメを焼く。匂いが広がる。火鉢の湯がお酒を温める。火鉢に乗せた大鍋に水菜と鯨が煮えていた。湯気の向こうに家族が笑っていた。
長女が十二月に産まれた。湯が湧かせるからと夫が練炭火鉢型のストーブを買って来た。隙間風や雪が舞い込むような家だったが、紙おむつなどはまだなく、絶えず湯のある事はどれだけ贅沢なことだったか。
子供たちが大きくなるに連れ、練炭火鉢型のストーブにフライパンが乗り、お好み焼きやホットケーキを焼き、ビーフシチューやポトフの鍋が乗った。
ストーブに乗るものは変わっていったが、のぼる湯気は昔のままの幸せの湯気だった。古くなった練炭型ストーブの中に石をつめ、臼を載せて餅つきをした。新品のストーブの方で餅米を蒸す。湯気は、もち米の匂い、小豆の匂い、子供たちの匂い、杵を振り下ろす夫の匂いと沢山の歓声の匂いをのぼらせ、そして次世代を引き継いだ。
あれからストーブは何代目になるだろうか。エアコン、ファンヒーター、電気ストーブもあるが、私は変わらずストーブから湯気をのぼらせている。子供の頃の思い出と、我が家の半世紀余りの歩みが、湯気となり煮えて行くのだ。
十二月、湯気が献立になる。
サツマイモをのせる。濡らした和紙に包みその上をアルミ箔で覆う。のぼる湯気は、最上の石焼き芋屋の匂いに変わっていく。ギンナンに割れ目を入れアルミ箔で包んで乗せる。独特な匂いがし小気味よい音がすると、透明の緑色が現れる。美しいエメラルドの宝石のようだ。ムカゴも乗せる。湯気が出始めると塩を少し振る。なんだか居酒屋のようになる。私の十二月のお腹は野山、里の自然物で一杯になる。
おせちの黒豆や煮しめをのせる。昔は家族一人一人に小型の重詰めをつくり、正月はそれを自分のペースで食べ、私は炊事から解放された。私の手作り重詰を夫が毎年写真に収めてくれた。写真にはストーブから昇る湯気と匂いも写っているように見えた。しかし、子供たちが大きくなると、元旦から外出をする事が多くなり手作り重詰めは残りだした。そして、今はネットでおせちを注文する。でも黒豆と煮しめだけはストーブに乗り湯気と匂いを広げている。
柚子ジャムを作る。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/45759022.html
花梨ジャムを作る。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49599351.html。
そして今年は前代未聞? をストーブで作った。ハヤトウリの飴だ。
ハヤトウリは熱帯アメリカ原産のウリ科の植物で、失敗無く収穫が出来るから毎年植えている。瓜は夏が旬だが十月ころが収穫期で、1本に20個近くもの実がなる。漬物やサラダに利用することが多いのだが、私は炒める。ジャガイモを炒めたような食感でなかなか味わい深い。ときどき妙な物(夫の言い分)を作るのが好きだ。例えば、パン生地に味をつけたタケノコを混ぜ込み、木の芽味噌を塗って知人に季節をお裾分けしたりする。ハヤトウリの炒める調理法も私の独創だ。
そのハヤトウリが、今年は70〜80個もの実をつけた。しかし、なかなか大きくならず、例年なら晩秋には皮が硬くなり包丁目が入りにくいほど硬く大きくなるのに、少しも大きくならなかった。大きくなったのは10個ばかりで後は小指や親指の先ほどで、霜を迎えてしまった。熱帯産で霜や雪にあたると凍てて腐ってしまう。腐らせるのも勿体無いし、あまりに可愛い実なので採り集めた。可愛い赤ちゃん実だが、ちゃんとハヤトウリの形をしている。ドロップ(しずく)飴を思い出した。
飴に出来ないかと思った。一口サイズの可愛い飴が出来ないだろうか。
早速ストーブに乗せシロップ煮にした。キャラメルソースをつくり、1個づつ絡めて寒風にさらす。
飴つくり成功!。 ハヤトウリの飴とは、誰も賞味したことのない前代未聞の味ではないだろうか。
ストーブから上る湯気が私にまた楽しみをくれた。
しかし、近年は焼き芋に始まり、なんだか私のお八つばかりが出来上がっているようにも思える。
でも湯気の向うに幼い日の私、子供たちいろんなことが揺れていき、楽しい献立が揺れて行く。今は孫という献立も加わりますます湯気は、濃厚に美味しさを増していく。
歳の市 木村徳太郎
季節がネジをしめるから
街には風がなってゐた
市場帰りのお籠には
嬉しい新春(はる)がひそんでた
季節が日脚をせかすから
街はせわしくうごいてた。
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