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♪ 星たちは花になりました
風が語る星と花の物語
〜星たちは地上に降りて花になりました〜
夜空の星は、野の花のよう。
星のお話が風にゆれて流れて行きます
夜空に輝く星は、夜明け前に妖精になって 地上に降りてきます。
そして、星のドラマの主人公たちが
野山に、季節の花となって咲きこぼれます。
うみへび座 マンサクの花
冬の星座が、西に傾き冬の終わりの輝きを見せるとき
東の方から春の星座が顔を見せはじめます。
春一番に輝き始める「うみへび座」。
九つの首を持つ大きな蛇(ヘドラ)がいました。
ヘラクレスが退治に挑むのですが、首は切っても切っても、生えてきます。
閉口したヘラクレスは、その首を松明で焼き、やっと退治ができました。
大神は、ヘラクレスとヘドラを賞賛され、
ヘドラの猛毒の血を浸した矢を持つヘラクレスを、天下無敵の勇者に。
ヘドラを、春一番に輝き始める「うみへび座」にされたのです。
そしてヘドラは、春一番に咲くマンサクの花になりました。
まだ寒風が吹きすさむ春浅いとき、細長いひも状にちぢれた黄色の花が咲き始めます。マンサクの花です。春は黄色の花が多いです。、二月から三月にかけて咲く花の約半分が黄色だそうです。フクジュソウ、ロウバイ、マンサク、ナノハナ、レンギョウ、サンシュウ、スイセン、タンポポ、ミツマタ、アブラチャン、ダンコウバイ、数え切れませんね。徐々に暖かさを増し、日差しを集めその色を反映して咲くのでしょうか。そして花粉を運ぶ昆虫に黄色は一番目につき易い色なのかもしれません。
ひよっとすると、黄色の花々は落とされたヘドラの一つ一つかもしれません。
マンサクは、他の花に先駆けて咲くので (まず咲く花)ということで 「まんさく」とも、また花が沢山着くので(豊年満作)からとも言われます。
私は写生をしていて思いました。後ろから見ても横から見ても正面から見ても、どこからみても美しい花です。それで「満咲く」かなとも思います。
「万作」と書き、花言葉は 霊感 魔力 誠実です。
私がマンサクの花を知ったのは最近です。たまたま母の日に帰国していた息子が買ってくれました。
私は子供たちが小さかったとき、母の日に「三百円ずつ出しあってプレゼントして〜〜。花の苗木がいいなぁ〜」などと厚かましいことをよく催促をすることがありました。
彼はそれを覚えていたのか、覚えていないのか・・・・。
苗木は花が咲き終わっていて安価だったからと買ってきたのは、なんの変哲も無い木でした。息子が海外に戻った翌春、まだ淡雪が残る庭に黄色の花が咲きました。黄色のリボンを絡めたような不思議な花でした。花を見るのは初めてでした。
それがマンサクだったのです。
それから春の訪れ初めに、私はその花に「ありがとう」を呟くようになったのです。
「2003年私の夢と希望」 (息子に償いの思い英語で・・・)
息子が青年海外協力隊で中米にたった。英語が出来ない子だった。中学のとき評価「2」の通知表を持って帰った。私はあまりの腹立たしさで通知表を破いてしまった。
いくら思ってもとんでもない親だ。新学期、セロハンテープで張った通知表を彼はどんな気持ちで提出したのだろうか。私の中に大きな傷が残っている。彼はそれ以上に傷になっているだろう。
その子が成人して一人で世界をまわってきた。まったく英語ができなかったのに話せるようになっていた。そして途上国でボランティアをしたいと・・・。
私は彼から不可能でも可能になることを教えられた。子供から人生の大事なものを投げ返されたように思う。えらそうに怒っていた私はもっと英語嫌いだ。話せない。読めない。
よし、この歳になってもやればできるんじゃないだろか。息子が教えてくれたではないか。2003年は英語をマスターするぞ!帰ってきた息子に「アイムソーリー」と言ってみよう。どんな顔をするだろう。傷になっていることをあやまろう。希望がみえてくるようだ。2003・01.03 地方新聞投稿より
あれから10年近くはたつ。息子はいまも海外だ。
今年こそは帰国して可愛い伴侶を得て欲しいと思うのは、また私の厚かましい催促だろうか。私といえば、あれから英語力が増したわけでもない。
しかし、私が子供たちに叱っていたように、孫を叱かりつけている娘としょげている孫に「オッチャンをみなさい。勉強が出来なくとも出来るようにもなる。気落ちをするな。怒るな。それより、元気がなにより」と分かったような口を利いている。親は子育てをしているとき、大様にしてそのことしか見えない。つまらないことで叱り飛ばしたり、虐待に近いことをしているのかもしれない。愛情の裏返しといえばそれまでであるが、一喜一憂が激しいようにも思い、反省しきりだ。子育ては自分育てでもあると、今頃気づく出来の悪い私だ。
マンサクの花を見ていると、いろんな「時」が思い出される。いろんな時が縺れてリボンのように結ばれる。不思議な花だ
変わらないのは、花に「ありがとう」と、呟いていることだ。
今年はよく積雪になった。「雪がふれば車は乗らない」とタイヤを替えていなかった。しかし勤務に困った。「休まれるより迎えにいったほうが良い」と送迎付の勤務になってしまった。
息子は赤道直下にいる。雪を覚えているだろうか。私は「雪で送迎付で仕事に行っている」とメールをした。すると、「そんな大雪でも働きに行かねばならないほど、お金に困っているのですか。小金なら少しは上げます」と返事が来た。私は笑い転げ、冗談でも有難さでその後、涙が出てきた。大金でなく小金というところが息子らしい。
小金とは、「いくらぐらいだろうか」と、夫と不謹慎な話をしながら貰う気は無いが嬉しい。
マンサクの花が咲きだした。「有り難う、有り難う」。
★★★★★★★★★★★★★★★
早春 木村徳太郎
薄陽
うすうす
芽の匂ひ。
光る
小川の
にぶい色
めだか
出ろ出ろ
日が暮れる。
僕は
なんだか
立ってゐる。
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