来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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原風景

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梅雨の晴れ間、夕焼けが綺麗です。茅原は真っ赤に燃えます。
 
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みんなの沢蟹持って帰りました。絵を描いた後ぜん〜ぶ食べました。思い出でお腹はいっぱいになりました。
 
茅流しの風(同窓会)
湿気を含んだ南風を「茅花流し(ツバナ流し)」と言う。そんな南風の中をマイクロバスが走る。
綺麗に舗装されているが、かっては秘境の地だったと思う。
 山々の斜面のいたるところにタニウツギの花が咲いている。もう少しすればこの崖にササユリが咲くだろうか。真夏には、山百合が咲くだろうか。窓から入り込んでくる風が、茅花流しの湿気のように懐かしさで私を覆う。
 中学校の同窓会が行われた。同窓会に出席するのは二回目だ。
同級生の多くは地元の高校へ通った。女子では私が始めて、地元から離れ電車通学になったのではないだろうか。そのためか同級生とは卒業以来、音信が途絶えてしまった。幾度となく転居も繰り返えした。それに加え、あまり思い出したくもない所だと思っていた。私は「物故者」で処理されていたらしい。(姉を亡くしていたので、勘違いされていたようだ)
 
 卒業した中学校の近くにあった桜が、観光名所になっていることを知り、十年程前、桜観に行った。中学校は統合され無くなくなっていたが、山ふもとに同級生の和菓子屋が昔のままにあった。同級生は郷里を後にしていたが、私は現住所を書いたメモを預けておいた。それが同窓生の間を回り「同窓会の案内状」を始めて貰うことになった。卒業から半世紀もたっていた。
そして、あれから七年が経つ。私は出席するかどうかずいぶん迷った。また「余所者」として入っていくのではないかという不安があった。
しかし、あの地は私の原点だ。(胸を張ってそれは言える。)私の文章をいつも輝かせてくれる、山、川、そして人々なのだ。
 
「昭和30年代初め、都会から引っ越してきたやせっぽっちの私に「これ食ってみな」と茅萱(チガヤ)の白い柔らかい穂が差し出された。綿菓子のように甘くって美味しかった。ツンバラといって茅花の若い穂だと教えてくれた。私は遠足の時、それを採っては食べ、採っては食べ、先生に叱られみんなからも、嘲るような笑いでからかわれた。でも教えてくれた子だけは笑っていなかった。」
私はいまでも茅花の若穂を見つけると口に含む。懐かしい味、匂い、空気が全身を駆け巡る。そうだ、あのツンバラを教えてくれたT君どうしているかな。叱った先生はどうしているかな、いいや、みんな、みんな、どうしているかな?
 そして私は「茅花流し」に背を押されるように、二回目の同窓会に出席したのだ。
 
あの頃、自分が住んでいる在所以外は、どこも未知の場所だった。伊勢湾台風があった。学校へ渡る橋も流され、運動場は泥の海に化した。来る日も来る日も全校生で泥運びをした。奥深い村はもっと大きな被害だった。生徒会で救援物資をリユックに入れ、その村の学校へ運んだ。台風の爪あとに驚きながらも、在所と同じような山々に大きく深呼吸をした。あの時は一山も二山も越える秘境の地だと思っていた。しかし、今は温泉を生かし、観光名所になっている。そこのリゾートホテルが、今回の同窓会々場だった。
自然は昔のままだった。山が追いかぶさる。岩(石)が剥き出しの断崖絶壁に字が彫られている。奥深い山村風景が広がる。「あれは桐の木、合歓の木。あっ茅もある・・・」自然がどっしりと座っていた。私は、来て良かったと思った。
旧姓を教えられても思い出せない人、なんとなく呼びかけた旧姓が、正解で抱き合ってしまった人。誰にも前回からの七年の過去がある。しかしそんなことはすっ飛びだ。いや、中学時代にすっ飛びだ。前回はまだみんな現役で仕事をしていた。今回はほとんどが年金生活者だ。それがみんなを同じ位置に立たせ、欲も、見栄もない泥土を天秤棒で運んだあの時代に戻すのだろう。
「あのごろは他所から来た可愛い子で近寄りがたかった」と、あの時の坊主頭が言う。「うん?あのごろ?そしたら今は可愛くないんか?」などと私は絡んでいる。苛められたのは可愛かったからかと私は解釈する。みんなから笑い声が起こる。
「みんな、甘いも酸いも通り越した現在だから、余計あのときに戻れる」と言う。全くそうだろう。
 
ふと、「二十四の瞳」の子供たちと重なった。誰にも「二十四の瞳」の世界はあるのだ。((昨年「二十四の瞳・岬文学エッセイ」で賞に入り、私の子供時代を重ね、小豆島で、同じ歴史の流れの風を感じて来ていた)私は残念ながら、あの小説の中の「大石先生」には出会わなかったが、大石先生の変わりに「自然」があったのだと思う。それは何年も何年も経ち、私の生き方に影響を与え、そして懐かしく、私の芯になっているようだ。誰にも「二十四の瞳」の心があるのだと思う。何年も過ぎ、誰にも嵐も順風も、風の綴りがあっただろう。それを超えて(消して)今笑顔を見合わせられる優しさを感じた。「国民年金しかないねん」と言いながら農業を続けている子、中学校を卒業してすぐ修行に出、お寿司屋さんを開いた子、有名無名は別にして会社員として苦渋を卒業した子、みんな今は一緒だ。それが同級生だ。それが、あのときのままに帰れるのだ。でも、校長先生をしたとかで威張っている子もいる。駄目駄目!そんな肩書きなんて、みんなもう関係ない。道程は自分だけのもので良いだろう。同時代にも、欲も競争もあったかもしれないが、そんなこと忘れて中学生になっている。みんな笑っている。もう欲も競争も捨て去れる年になっている。それが長生きしてきた褒美ではないか。その褒美をもらえるのが同窓会ではないだろうか。
 
一人づつ前に出て近況を話す。私は、父に叱られては山に入り、友達に泣かされては山に入っていた。そして山の木々や花や、染み出る山水を渡る沢蟹などが私の友達だった。沢蟹が料理に出ていた。沢蟹が懐かしいと私は話した。すると!
席に戻ると私の器に沢蟹が沢山集められていた。
「みんな友達やなぁ〜」。胸がじ〜んとした。
そうだ、あの時、山百合を集めるノルマもあった。集めた山百合を香料会社に売って学校の備品の足しにするのだった。私は集められなかった。そんなとき「ドンクサイ、足手まといになり、アンタと組むのはいやや」と言われながらもみんなは私の分も揃えてくれた。
「私は苛められていた」と思うのは私の勘違いだ。
 
一人一人に「有難う」、「沢蟹も有難う」、「同世代を過ごせて有難う」と思う。
帰宅した野原一面に、風に流れる茅花が波打っていた。一枚の布のように夕焼けの茜色の布になっていた。布に一人一人の顔が浮かんでいった。
 
次は古希の同窓会が行われるらしい。もちろん出席したい。元気に長生きをしたいと思う。
(先生二名、同級生五名が物故者になっていた。みんなの分も長生きしてみんなでまた肩を組もうね。私たちの「二十四の瞳」だよ。)
 
 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
          夕焼け  木村徳太郎      
    
           ガソリンの海に
           火がついた。
 
           火焔がぼうぼう          
           あがってた。
 
           いまにも頭へ
           落ちそうで
 
           こはくてこはくて
            目を閉じた。  

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