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十月の献立

十月の献立  思い出の引き出し レシピ
 
 秋はやっぱり食欲の秋
 我が家のミニ農園でもサツマイモが収穫できた。
ヒラタケ、シメジも収穫、柿も少しだけ(烏に盗られず)良い色になった。朝露の中、大根の間引菜を摘み味噌汁に入れる。とても美味しい。
と言う訳で、また「○月の献立」を復活させました。
よろしくお付き合い下さい。
 
イメージ 1
頂き物のマコモタケ、ムカゴもぽろぽろとギンナンもゲット。
 
 十月の献立 
私は『故郷』の歌の「兎追いしかの山」は、「兎美味しかの山」で、『荒城の月』の「巡る盃」は「眠る盃」と随分大きくなるまでそう歌っていた。そして高齢になった今は「兎追いしかの川」「小鮒釣りしかの山」などと逆さに歌って失笑を買ってしまう。思い違いや勘違いに冷汗をかくことが多い。
 そしてまたも大きな勘違いをしていた。その勘違いがキラッ! と光った。
静かな流れの水面に何かの拍子に魚が飛び跳ねる。光の雫を落としていくことがある。その雫のように私に一つの記憶が飛び跳ねた。

 まだ暑さの残る秋はじめ、知人からマコモ(タケ)をいただいた。初めて見るものである。タケといってもマッタケの種類ではない。
「ねぇ〜マコモって知ってる? 」植物に詳しい夫に聞いてみた。「マコモって『船頭小唄』に、出てくるあれか」。「おれは河原の 枯れすすき 同じお前も かれすすき・・・」夫が、音程を狂わせ歌いだす。
私「それは『昭和枯れススキ』て言う歌やないの。ボケたらあかんで」
私は“小唄”とつくものは、もっと艶っぽい歌であると思っていたので、この暗い感じの楽曲が『船頭小唄』とは思えずに反論をした。

ところがところがだ。

   『船頭小唄』      野口雨情作詞・中山晋平作曲

       おれは河原の 枯れすすき
       同じお前も かれすすき
       どうせ二人は この世では
       花の咲かない 枯れすすき(一番)

       枯れた真菰(マコモ)に 照らしてる
       潮来出島 お月さん
       わたしゃこれから 利根川の
       船の船頭で 暮らすのよ(三番)
 
三番にマコモが出てくる。飛び上がった。魚が跳ねた。

 昭和四十年初め父娘二人の侘しい暮しだった。
破れもしない張替える必要もない、ただ黄ばんでいくだけのビニール紙の障子がみすぼらしく、裸電球に鈍く映しだされて二人で杯を酌み交わす。
 父は「泣いたら燕が笑うだろう〜」と、『サンドイッチマンの歌』が十八番。私は藤圭子の『夢は夜ひらく』を口ずさむ。そして最後に、必ず二人で

     おれは河原の 枯れすすき
     同じお前も かれすすき
     どうせ二人は この世では
     花の咲かない 枯れすすき

と歌うのだった。
そんなある時父が言った。
「オマエ、そんな暗い歌ばかり歌ってたらアカン。明日からは枯れススキの歌を歌うのを止めよ」と・・・。
それ以後私はこの歌を歌ってはいない。「泣いたら燕が笑うだろ」と、父は頑張っていたが・・・。

 この歌を、私は『昭和枯れススキ』だとばかり思っていた。しかし、あのとき歌っていたのは『船頭小唄』であり、歌詞にマコモも出てくる。夫が正しかったのだ。

 父は、私の嫁いだ後、寂しさを紛らわすためにと尺八を嗜んでいた。そして再婚もした。「いつか虚無僧姿で尺八行脚をしたいんや。虚無僧衣裳を揃えた。これは本物やでと」と天蓋(深編笠・コモカブリ・薦被)を嬉しそうに見せてくれた。
 そのごろ、私はオカリナとケーナーを友にしていた。そこで、尺八にも興味を持ち「私も吹いてみようかな」と冗談で言うと、「これで練習したらエエ。わしが一番大事にしてる尺八やけど、貸してやる」と数本ある尺八の中から一本を私に手渡した。
 私はそれを大事に胸に抱え帰りかける。その後ろを、「アンタ、その尺八いくらするか知ってるの。百万円はするのんやで。練習するんやったら、自分で練習用の安価な物を買ってしたらええやないの」と父の後妻が追いかけてきた。私は驚いた。そして揉めることは厭なので尺八を胸から離し返した。

 それ以後、あの尺八も、あの「天蓋」も、どうなったかは知らない。
 
 マコモは、万葉集、古今集、新古今集にも歌われ、山家集にも歌われる古来からの植物で、稲の伝来する前から縄や敷物に使われており、縄文文化の特徴の縄模様もマコモだった。
マコモの意味は、コモカブリ(薦被)の材料でコモを作る真の植物という意味で「虚無」
とも書き、薦僧(こもそう)薦被(こもかぶり)の略である。大型の多年草で沢に大群落で自生し、秋、茎頂に穂を出し上部に雌花、下部に雄花をつけ、果実と若芽は食用になる。
 
 父が昔、私にあの天蓋をわざわざ「ほんもの」と私に見せていた。いつも机
上には万葉集や古今集が乗っていた。マコモが「枯れた真菰(まこも)に 照らしてる」と歌ったことのある、あのマコモだと知っていたのだろうか。
 
 あのときの笑みは、マコモのことを充分過ぎるほど知っていた笑みだった。そう思えてくる、思い出引き出しだ。

いただいたマコモの乳白色の茎は、柔らかく淡白な味でとても美味しかっ
た。剥いた皮を湯船に浮かべてみた。マコモの皮は、体から出る老廃物を分
解し体内を浄化すると言う。私は湯に浸かりながら「船頭小唄」を何十年ぶ
りかで歌った。一筋二筋、涙が頬を伝っていく。急いで、マコモの湯を手の
ひらにすくい顔にかけた。湯は遠い昭和の匂いがした。父の匂いがした。
そして「喜」「怒」「哀」「楽」は浄化され、「心の宝物」に変心していく
気がした。マコモは思いがけず、私に思い出と浄化(心)の幸を呉れた。
飛び跳ねた光の雫はダイヤモンドだった。
イメージ 2
マコモダケの食感と甘いサツマイモがピッタリ。りんご酢も効いて美味しいこと 
 
マコモタケとサツマイモの甘酢炒め
材料
マコモダケ 2本 サツマイモ細いめ 2本 りんご酢 大匙2 醤油大匙 1 オリーブオイル 少々
 
1)マコモタケの皮をむき斜め切にする
2)サツマイモは皮ごと輪切りにする
3)フライパンにオリーブオイルを引き1,2を炒める
4)水を加え蒸し煮にする
5)サツマイモに火が通ったら醤油、リンゴ酢を加え水分を飛ばす
6)味を調える、(少し砂糖を加えても良い)
イメージ 3
サツマイモは細いでしたが、イモ蔓は沢山収穫出来ました。
 
  飽食の時代だから    
 畑を始めた。今夏は自家製のキュウリ、トマトが毎朝の食卓を飾った。トマトは収穫しながら口に入れると太陽の味がした。キュウリは刺があり痛いことを知った。サクサクと包丁が気持よく入る。。

 サツマイモは「粘土質だから、収穫は期待しない方が良い」と言われたが、私は芋でなく蔓が楽しみだった。サツマイモの蔓が大好物だ。随分昔から大好物だった。
 蕗に似ているがアクがなく調理もし易い。大正生れの父はどれだけイモ蔓を薦めても「戦時中を思い出すから嫌だ」と食べなかった。私はなんだかイモ蔓を食べることに肩身が狭かったが、最近は八百屋にも並ぶようになった。蔓は煮浸し、佃煮。ベーコンと油炒めにも、かきあげ天婦羅にも彩り良く加える。庭のスダチを絞ってポン酢で食べる。食料のない時の蔓は確かに惨めな物だったろう。いま飽食の時代だからこそ、私は平和をかみ締めながら蔓を食べる。そして困難な時代だったことも考える。
平和を願い季節の生り物に感謝する。そんな心に繋がる。
 
 サツマイモの蔓の煮びたし 
 材料
サツマイモのツル 1にぎり アゲ 一枚  だし汁 1カップ 砂糖 大匙2/1 みりん 大さじ2/1 醤油 大さじ1
1)鍋にお湯を沸かしてイモの蔓をゆでる。(湯で汁で、アゲの油抜きもしておく)
2)ゆで上がったイモ蔓を2〜3cmの長さに切る
3)出汁、調味料を加え、アゲとともに煮びたしにする。

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