来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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櫛名田比売のように優しく可憐にコスモスが咲いています。この花は強い花でもありますね
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真っ赤なベロのようなケイトウ、真っ黒な種、いろんな花が楽しいですね
五穀の起源。須佐之男命 八俣の大蛇
 神々の知恵と奮闘でまた光が戻りました。天の岩戸を日蝕と重ねる人もいますが日
蝕を題材に物語を記しても、古事記ほどの迫力と面白さは描けないでしょう。古事
記は「凄い」としか言いようがありませんね。そしてこの凄さが日本の原点なので
す。私たちは胸を張って日本人であることに誇りを持ちましょう
 このような騒動になったのも、もとを言えば須佐之男命が原因です。神々
は「乱暴な須佐之男命をどうしたらよいだろう。身についている罪が、髭
や爪に集まるよう祈りそれを切って須佐之男命の望み通りに黄泉の国へ追っ
ぱらおう」と決めました。
「イタタタタタ、ひどい目にあった。私はただ天照大御神にお別れを言いに行っただけなのに…」とぶつぶつ言いお腹も空いて来ました。神様たちも大騒ぎの後でやはり空腹でした。そこで食べ物の神の大気都比売神(おおけつひめのかみ)にご馳走を出してもらうことにしました。須佐之男命も高天原を去る前に「何か食べさせて欲しい」とお願いしました。大気都比売は快く引きうけ、お尻から五色の米を取り出しご飯を炊き、次に山芋を取り出しグチャグチャと咬んでトロロ汁を、鼻からは小豆や栗を出して煮込み、美味しい料理を手早く作りました。ところがそれを見た須佐之男命が「わざと汚い所から出して私に食べさせる気だな」と腹を立て大気都比売を切り殺してしまいます。殺されても死体からはどんどん食物が出てきました。頭からは蚕が、目には稲の種が、耳から粟が鼻からは小豆が、ほと(陰部)からは麦が、お尻からは大豆が生まれました。これを神産巣日命(かみむすびのみこと)が大切に集め、種として土に蒔きました。(私たちの食べている五穀と養蚕の起源です。今、大気都比売は徳島市の神山町上一宮大粟神社に祭られています。余談ですが、昭和の中頃を思い出します。その頃は日本のお母さんは人前でも電車の中でも胸を出し泣く我が子に乳房を含ませていました。それを「原始人みたいで汚く、日本の恥だ」と言う先生がいました。子に乳を含ませる母親を私は恥ずかしいとは思いませんでした。慈愛の場面だと思っていました。思うとあれは須佐之男命が「汚い」と思ったのと同じ心だったのでしょうか。そして今古事記を読み直し、大気都比売はお母さんだと思えてきます)
 神様たちは須佐之男命の狼藉ぶりにとうとう堪忍袋の緒が切れ高天原から追放しました。須佐之男命は逃げるように降臨し、そして思いました。『うけい』で手弱女を得たから私の勝ちだと思ったけれども、あれはとんでもない間違いだった。私が生んだのはマイナスの世界だった。それを姉の天照大御神は勝ったのに、私の幼い心をじっと見つめておられ、何も言わずに、成長して大人の心になるのを待っていて下さったのではないか。全ては私の誤解で美味しいものを食べさせてやろうと食物を出して下れた大宜津比売まで殺してしまった。
そんな事を思うと須佐之男命は元気を失くし、天照大御神の途方もない大きな温い御意(みこころ)が今更のように思われて来るのでした。 
 須佐之男命は、出雲の国の肥の河の上流鳥髪(とりかみ)へ降り立ちました。大きな川が流れていました。人影は見えず小高い山に登って見まわしましたが辺りはまったく静かで人の気配はありません。淋しく風が吹き時おり鳥が高く鳴くのみでした。須佐之男命はお腹のすいたまま高天原を出て来たので、喉は渇くし疲れも出るし足も痛み始めます。水音が聞こえます。痛む足を引きずりながら音に惹かれ近づいていきました。水が石に砕けながら踊るように流れています。力を振り絞り這うようにして水を息もつかずに飲みました。疲れが落ち着いて行きます。草の大地に寝転ぶと、緑の木立ちの上には高く澄んだ青い空があり、白い雲が悠々と流れています。川原には葦が(マコモが)群れ、葉がザワザワと揺れています。その美しい情景に見とれ、マコモの葉ずれに乗っているといろんな事が頭に流れていきました。
稗田阿礼さまが天地が開けるとき「浮く脂。ただよう海月。葦の芽」と、生々とした気配がかすかに動くさまを美しく、形容され朗誦されていましたね。
私にも稗田阿礼さまのあの澄んだお声が聞こえてきました。「あの葦の芽と言うのはマコモだったのです」・・・・
最近、マコモとマコモタケを知りました。そして水辺の葦の芽がツンツン萌えあがるように生命力をもって生まれたあの命の元の、宇摩志阿斯訶備比古遅神ウマシアシカビヒコジノカミ)を思い出しました。ウマシは(美しい)アシカビ(葦黴)ヒコヂ(男)。で、アシカビとはマコモのことだったのですね<夏林人>さんのブログで教えて頂きました。マコモのことは前回の「十月の献立」に投稿しています。)
生命のエネルギーのマコモが茂り、そして須佐之男命も食し、疲れた体をマコモの葉擦りで癒されたのではと、想像するのはどんなにか楽しく嬉しいです。
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マコモの茂み
 須佐之男命はマコモの葉擦りを聞いていると心が落ち着きました。生きる力がなくなったように目を閉じ、大きな淋しさでしたがマコモの葉の大きな風になったのです。太陽は西の山に落ちかかっています。美しい!須佐之男命は自然が、こんなにも美しかったことに始めて気付きました。清しく澄んだ光が透き通って、静かに生命ある光を放って行くように思い、須佐之男命から涙が落ちました。それはさ迷い荒れていた須佐之男命に、忘れていたふるさとの母に抱かれているような懐かしさと安堵感でした。そして、太陽である姉の天照大御神にも、他の神々にも見守られていることをはっきりと須佐之男命は悟ったのです。
 流れに足を浸しました。水の流れは澄み、心を開いた須佐之男命には淋しさも悲しみも静かに流れ消え去って行くようでした。時おり流れてくる木の葉にも親しさが湧き笑みを浮かべます。そんな中珍しい木切れが流れて来ました。掬い取ると 「おお、 これは箸だ」 箸が流れて来ると言うことは川上に人がいるに違いない。須佐之男命は元気百倍、川上ヘ向って歩き出しました。マコモの藪をかき分け川の石を飛び越え、心の中に込み上げてくる人懐かしい気持ちで急ぎ足になりました。しばらく行くと木立の中に一軒の家が見えました。「お尋ね申す 」何度も声をかけますが誰も出て来ません。人がいるみたいなのにどうしてでしょう。須佐之男命は庭へ廻りました。すると美しい少女を中にしてお爺さんとお婆さんが泣いています。不思議に思って「あなたたちは誰なのです。どうしてそんなに泣いているのです」お爺さんが涙を拭いながら「私は、この国を治めている大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、足名椎(あしなづち)です。妻は手名椎(てなづち)と言い、娘は、櫛名田比売(くしなだひめ)と申します」 「何が悲しくて、そんなに泣いているのです」と須佐之男命が聞くと、三人は益々悲しげに声をあげ泣じゃくります。  
 お爺さんが話し始めました。「私達には八人の娘がおりました。その娘たちは、どの娘もとても美しく、清清しい声の心優しい娘ばかりでした。ところが、高志(こし。北陸地方)に八俣の大蛇の化け物が住むようになり、毎年ここに来ては娘を一人ずつ食べて行くのです。もうこの娘が最後になってしまいました。もうすぐやって来ます。櫛名田比売は美しい瞳を潤ませ可愛い小さな口も震わせています。「こんなに可愛らしい娘が化け物に食べられてしまう。それが泣かずにいられましょうか」とお爺さんは声を張り上げオイオイ泣きました。
 須佐之男命は、櫛名田比売の清らかな愛らしい美しさに心打たれ「その八俣の大蛇という化け物は一体どのような姿をしているのです」とお聞きになりました。「目は、熟れたホオズキのように真っ赤で、体は頭が八つ尾も八つに分かれており、そこには苔や桧や杉の木が生え、その大きさは八つの谷と八つの山を渡るほどで、お腹は何時も血が流れ赤くただれています」と体を震わせながら答えます。
櫛名田比売は恐ろしさに今にも気を失いそうです。須佐之男命が凛々しい声で言いました。「櫛名田比売を私の妻に下さい」足名椎が驚き「あなたはどなたです」と不審にそして、その中に凛々しさと神々しさのあるのを感じて聞きました。「私は、高天原を治めている天照大御神の弟で須佐之男命と言います。たった今、高天原からこの土地に降りて来たところです。」足名椎と手名椎は驚き「そのように尊い方とは、大変失礼をいたしました。もちろん娘は喜んで差し上げたいです。」そして櫛名田比売に「そなたの気持ちはどうじゃな」と聞きました。櫛名田比売は八俣の大蛇の恐ろしさを聞いてもびくともしない、逞しく男らしいそれでいてどこかに気品が溢れる須佐之男命をつぶらな瞳で見つめ、頬を赤らめ手をついて「不束者ですが」と答えました。そのしぐさの可愛らしいこと。須佐之男命は大喜びで、声もキビキビと早速に八俣の大蛇退治計画に掛かりました。「あなたたちは、お米を噛み砕いた強い酒(八塩折りの酒)を作って下さい。家の回りに高くしっかりと垣を巡らし、そこに八つの入り口を作り、それぞれに並々と注いだ八塩折の酒樽を置いて下さい」辺りに強い酒の香りが漂いました。「これで準備はオッケイです。あとは私に任せて下さい。櫛名田比売は櫛になって、私の髪の中に隠れ下さい」と櫛名田比売に優しく息を吹きかけると櫛になりました。 須佐之男命はその櫛を愛しそうにそっと自分の髪にさしました。
 やがて生暖かい気持ちの悪い風が吹いてきました。足名椎と手名椎は唇をふるわせて部屋の奥深くに逃げました。須佐之男命は櫛に手を置き、「心配ない」と櫛名田比売の衣をかぶり、顔を伏せ八俣の大蛇を待ちました。遠くから雷鳴の轟きが聞え大地が揺れ木の倒れる音がし、その凄まじさと言ったらありません。山も海も空も大きく唸りをあげ、こだまをかえして響き、火のような真っ赤な光が空中高く上がり、谷深く別の光が右に、左に狂ったように踊ります。それは八つの大きな目でした。 さすがの須佐之男命も息を飲み「うまく酒を飲むか、それとも、まっすぐ私を一飲みするか」と、剣をつかむ手にもびっしりと汗が滲みました。
 その時、天照大御神の気高い暖かさと父の伊耶那岐神に言依(ことよ)せられていた海の世界が思い浮かびました。「そうだ今こそが、私は父なる神の言依に答える時、<神意のごとく為さしめ給え>と深々と祈りました。息を吸いゆっくり吐くと心は落ち着き「神々のすることに間違いない」という安心感が全身に満ちました。 
 飛ばされるほど激しく大地が揺れ、庭の大木が音をたてて倒れ、急に静かになりました。八俣の大蛇の八つの頭が酒の匂いを探しています。そして八つの酒樽を見つけるや、それぞれに「バシャ、バシャ」と首を突っ込み「グワオー」と喉を鳴らし体をうねらせ飲み始めたのです。だんだんと動きが鈍くなり酒樽に首を突っ込んだまま、細長い舌をヒヨロッと出したと思うと、雷のような大鼾で寝てしまいました。 須佐之男命は着ていた櫛名田比売の衣を払い、その下に帯刀していた十拳剣(とつかのつるぎ)で八つの首をばらばらにしました。頭は空中高く跳ねカッと口を開いたままドサリと地に落ました。つぎに胴を切りました。辺りは噴き流れる血の海になりました。止めを刺そうと八つの尾を順番に切り落とし最後の尾を切ろうとしたとき、十拳剣が「カチンッ」と欠けてしまいました。どんなものでも切れる十拳剣です。不思議に思い尾を裂き切り開いてみると、輝く見事な太刀が収まっていました。剣の見事さに驚いた須佐之男命は「こんな立派な剣は、私のような者が持つべきでない。こうして無事に退治できたのも天照大御神の守りがあったからだ」と感謝の気持ちと、高天原で随分迷惑をかけたお詫びに天照大御神に献上することにしました。 
  この続きは   またふることに云ふ 

十月の献立

十月の献立  思い出の引き出し レシピ
 
 秋はやっぱり食欲の秋
 我が家のミニ農園でもサツマイモが収穫できた。
ヒラタケ、シメジも収穫、柿も少しだけ(烏に盗られず)良い色になった。朝露の中、大根の間引菜を摘み味噌汁に入れる。とても美味しい。
と言う訳で、また「○月の献立」を復活させました。
よろしくお付き合い下さい。
 
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頂き物のマコモタケ、ムカゴもぽろぽろとギンナンもゲット。
 
 十月の献立 
私は『故郷』の歌の「兎追いしかの山」は、「兎美味しかの山」で、『荒城の月』の「巡る盃」は「眠る盃」と随分大きくなるまでそう歌っていた。そして高齢になった今は「兎追いしかの川」「小鮒釣りしかの山」などと逆さに歌って失笑を買ってしまう。思い違いや勘違いに冷汗をかくことが多い。
 そしてまたも大きな勘違いをしていた。その勘違いがキラッ! と光った。
静かな流れの水面に何かの拍子に魚が飛び跳ねる。光の雫を落としていくことがある。その雫のように私に一つの記憶が飛び跳ねた。

 まだ暑さの残る秋はじめ、知人からマコモ(タケ)をいただいた。初めて見るものである。タケといってもマッタケの種類ではない。
「ねぇ〜マコモって知ってる? 」植物に詳しい夫に聞いてみた。「マコモって『船頭小唄』に、出てくるあれか」。「おれは河原の 枯れすすき 同じお前も かれすすき・・・」夫が、音程を狂わせ歌いだす。
私「それは『昭和枯れススキ』て言う歌やないの。ボケたらあかんで」
私は“小唄”とつくものは、もっと艶っぽい歌であると思っていたので、この暗い感じの楽曲が『船頭小唄』とは思えずに反論をした。

ところがところがだ。

   『船頭小唄』      野口雨情作詞・中山晋平作曲

       おれは河原の 枯れすすき
       同じお前も かれすすき
       どうせ二人は この世では
       花の咲かない 枯れすすき(一番)

       枯れた真菰(マコモ)に 照らしてる
       潮来出島 お月さん
       わたしゃこれから 利根川の
       船の船頭で 暮らすのよ(三番)
 
三番にマコモが出てくる。飛び上がった。魚が跳ねた。

 昭和四十年初め父娘二人の侘しい暮しだった。
破れもしない張替える必要もない、ただ黄ばんでいくだけのビニール紙の障子がみすぼらしく、裸電球に鈍く映しだされて二人で杯を酌み交わす。
 父は「泣いたら燕が笑うだろう〜」と、『サンドイッチマンの歌』が十八番。私は藤圭子の『夢は夜ひらく』を口ずさむ。そして最後に、必ず二人で

     おれは河原の 枯れすすき
     同じお前も かれすすき
     どうせ二人は この世では
     花の咲かない 枯れすすき

と歌うのだった。
そんなある時父が言った。
「オマエ、そんな暗い歌ばかり歌ってたらアカン。明日からは枯れススキの歌を歌うのを止めよ」と・・・。
それ以後私はこの歌を歌ってはいない。「泣いたら燕が笑うだろ」と、父は頑張っていたが・・・。

 この歌を、私は『昭和枯れススキ』だとばかり思っていた。しかし、あのとき歌っていたのは『船頭小唄』であり、歌詞にマコモも出てくる。夫が正しかったのだ。

 父は、私の嫁いだ後、寂しさを紛らわすためにと尺八を嗜んでいた。そして再婚もした。「いつか虚無僧姿で尺八行脚をしたいんや。虚無僧衣裳を揃えた。これは本物やでと」と天蓋(深編笠・コモカブリ・薦被)を嬉しそうに見せてくれた。
 そのごろ、私はオカリナとケーナーを友にしていた。そこで、尺八にも興味を持ち「私も吹いてみようかな」と冗談で言うと、「これで練習したらエエ。わしが一番大事にしてる尺八やけど、貸してやる」と数本ある尺八の中から一本を私に手渡した。
 私はそれを大事に胸に抱え帰りかける。その後ろを、「アンタ、その尺八いくらするか知ってるの。百万円はするのんやで。練習するんやったら、自分で練習用の安価な物を買ってしたらええやないの」と父の後妻が追いかけてきた。私は驚いた。そして揉めることは厭なので尺八を胸から離し返した。

 それ以後、あの尺八も、あの「天蓋」も、どうなったかは知らない。
 
 マコモは、万葉集、古今集、新古今集にも歌われ、山家集にも歌われる古来からの植物で、稲の伝来する前から縄や敷物に使われており、縄文文化の特徴の縄模様もマコモだった。
マコモの意味は、コモカブリ(薦被)の材料でコモを作る真の植物という意味で「虚無」
とも書き、薦僧(こもそう)薦被(こもかぶり)の略である。大型の多年草で沢に大群落で自生し、秋、茎頂に穂を出し上部に雌花、下部に雄花をつけ、果実と若芽は食用になる。
 
 父が昔、私にあの天蓋をわざわざ「ほんもの」と私に見せていた。いつも机
上には万葉集や古今集が乗っていた。マコモが「枯れた真菰(まこも)に 照らしてる」と歌ったことのある、あのマコモだと知っていたのだろうか。
 
 あのときの笑みは、マコモのことを充分過ぎるほど知っていた笑みだった。そう思えてくる、思い出引き出しだ。

いただいたマコモの乳白色の茎は、柔らかく淡白な味でとても美味しかっ
た。剥いた皮を湯船に浮かべてみた。マコモの皮は、体から出る老廃物を分
解し体内を浄化すると言う。私は湯に浸かりながら「船頭小唄」を何十年ぶ
りかで歌った。一筋二筋、涙が頬を伝っていく。急いで、マコモの湯を手の
ひらにすくい顔にかけた。湯は遠い昭和の匂いがした。父の匂いがした。
そして「喜」「怒」「哀」「楽」は浄化され、「心の宝物」に変心していく
気がした。マコモは思いがけず、私に思い出と浄化(心)の幸を呉れた。
飛び跳ねた光の雫はダイヤモンドだった。
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マコモダケの食感と甘いサツマイモがピッタリ。りんご酢も効いて美味しいこと 
 
マコモタケとサツマイモの甘酢炒め
材料
マコモダケ 2本 サツマイモ細いめ 2本 りんご酢 大匙2 醤油大匙 1 オリーブオイル 少々
 
1)マコモタケの皮をむき斜め切にする
2)サツマイモは皮ごと輪切りにする
3)フライパンにオリーブオイルを引き1,2を炒める
4)水を加え蒸し煮にする
5)サツマイモに火が通ったら醤油、リンゴ酢を加え水分を飛ばす
6)味を調える、(少し砂糖を加えても良い)
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サツマイモは細いでしたが、イモ蔓は沢山収穫出来ました。
 
  飽食の時代だから    
 畑を始めた。今夏は自家製のキュウリ、トマトが毎朝の食卓を飾った。トマトは収穫しながら口に入れると太陽の味がした。キュウリは刺があり痛いことを知った。サクサクと包丁が気持よく入る。。

 サツマイモは「粘土質だから、収穫は期待しない方が良い」と言われたが、私は芋でなく蔓が楽しみだった。サツマイモの蔓が大好物だ。随分昔から大好物だった。
 蕗に似ているがアクがなく調理もし易い。大正生れの父はどれだけイモ蔓を薦めても「戦時中を思い出すから嫌だ」と食べなかった。私はなんだかイモ蔓を食べることに肩身が狭かったが、最近は八百屋にも並ぶようになった。蔓は煮浸し、佃煮。ベーコンと油炒めにも、かきあげ天婦羅にも彩り良く加える。庭のスダチを絞ってポン酢で食べる。食料のない時の蔓は確かに惨めな物だったろう。いま飽食の時代だからこそ、私は平和をかみ締めながら蔓を食べる。そして困難な時代だったことも考える。
平和を願い季節の生り物に感謝する。そんな心に繋がる。
 
 サツマイモの蔓の煮びたし 
 材料
サツマイモのツル 1にぎり アゲ 一枚  だし汁 1カップ 砂糖 大匙2/1 みりん 大さじ2/1 醤油 大さじ1
1)鍋にお湯を沸かしてイモの蔓をゆでる。(湯で汁で、アゲの油抜きもしておく)
2)ゆで上がったイモ蔓を2〜3cmの長さに切る
3)出汁、調味料を加え、アゲとともに煮びたしにする。

オカリナ吹こう(33)
 
大津ライオンズクラブさま
ご招待 「ありがとうございました」
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秋風にあと幾つ花が咲くでしょうか。もうすぐ種になりますね。すっかり秋の音になりました。
 
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ライオンズクラブの例会によんで下さいました。ありがとうございます。「案」を出してみました
 
 今年もオカリナ演奏をさせていただきました。オカリナは自分の楽しみに続けています。乞われるとボランティアとして喜んで何処へでも行かせて頂いている。でもときどき「こんな私の演奏で良いのかな」と思うことがある。
謝礼やお土産や会食までいただく場はなおさらだ。「なんだか申し訳なくって」と、ふと次男のお嫁さんに漏らした「お母さん。そんなことないですよ。最初は知り合いと言うことで呼んでもらったとしても、まづければ再度の招待はありませんよ。卑下しないでも良いのでは」と言ってくれた。彼女はドジな私にいつも「まぁいいか」とひらきなおりと自信をごちゃ混ぜにした思いで満たしてくれる。飛鳥鍋のときもそうだった。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52425116.html。また思いがけず同志社大学の教室で講演させてもらったときも「母校で懐かしいから、私も行ってみます」とさりげなく着いて来てくれ、ドキドキとする私の保護者のように来てくれ、どんなに安心したことか。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50439976.htmlいつもこうして、目立たないがさりげなく支えてくれる。それが私の心を軽くし勇気もくれる。家族て良いなぁ、そして「有り難う」と思う。
 
 今回もそういうわけで堂々と?招待を受けることにしてきた。
筋力アップのせいだろうか、最近は息切れもあまりしなくなりロングトーンも気持ちよく出る。そして音楽も臨床美術と同じで下手上手はないだろう。
しょせん私はプロではない。自分の心を少しでも届けられれば幸せではないかと開き直ったのだ。
そして、楽しく過ごさせていただこうと厚顔でリピートに答えた。
 
「案」を出しておいた。自分の好きな曲を選んだ。みんなで歌ってもらおうと、歌詞カードも用意した。前回「あなたもピカソ」と題してで自画像を描いたのを楽しんで下さったので、童心に返り、鋏や糊を使って遊んでみようとオリジナルの起き上がり小法師もつくることにした。
 
 例会はいつも国旗奉礼に始まり、国歌斎唱で始まる。どんな会合にしてもこれで幕が開くのが当然と私は思うのだが、最近はそれはなされないことが多い。しかしライオンズクラブではそれがあるのがとても嬉しく背筋が伸びる。背筋を伸ばし、贅沢な会食を体験し、気持ちよくオカリナが吹け、そして皆さんの楽しそうな姿を見られてとても嬉しい楽しい一日だった。
 
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「オレ不器用やねん。」そんなことないですよ。普段持ちなれない鋏を持っていただき申し訳ありません。
           
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仕事で肩こるのにこれも肩こる。イイエ普段のストレスを発散して下さいね。
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なんや面白いものが出来た、丸い起き上がり小法師が「三角お結び」みたいになった。これがまさしく小法師ですね。
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どんなに怒った顔から転がしても、どこから転がしても、最後は笑顔でとまる。
転げても転げても笑顔、笑顔です
 
 有り難うございました。楽しんでいただけたでしょうか。ゲストにお招きいただきほんとうに有り難うございました。
これからも自分のオカリナを楽しみ、精進いたします。
 
 
 
 
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ネコジャラシ、ミゾソバ、サクラタデ、チカラシバ、ノギク、カラスウリ、アケビ、アカマンマ、カヤツリソウ、メヒシバ・・・・野には秋の草花がいっぱいです。
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みなさんの秋が掛かりました。
 
いきいきふれあいアー<59>
秋草の墨絵
今月の「脳いきいきふれあいアート」は秋を楽しみました。
 
どんな秋草が好きですか? 今日は野原で力強く咲いている草花を描きましょう。力強いと言うと、どれも茎がしっかり背を伸ばしてますね
(ネコジャラシ、ミズヒキソウ、メヒシバ・・・どれも雑草と言う名前ではありませんよ。昔これらで遊びませんでしたか。メヒシバはこうもり傘に、ネコジャラシは毛虫にしたり・・・)
 
       制作過程
朝露を踏んで沢山の草花をいただいてきました。これを活けてみましょう。(オアシス=水が含んでいて自由に活けられますよ)まず活け花を楽しみましょう
1)                          今日はこれを描きますが写生ではありません。描くことより花との対話を楽しみ、花の周りの空気も感じてね。
2)                          薄墨をつくり、筆と割り箸ペンとで力の入れ具合で線が変わること、花が成長するように下から上へ何本も線を練習して表情の違いを楽しんで下さい。
3)                          練習が終わると割り箸ペンに薄墨を付けて、短冊用の紙に秋草の茎の印象を線描きして下さい。
 (短冊に秋草を描き=観察画ではないです=細長く野の風景を切り取る画面を楽しみましょう
4)                          野草の持っている茎の力強さ、線の表情の違いを楽しみましょう。(茎や葉は繊細に見えて力強いです)秋風に揺れる動きも感じらて絵に乗せられれば良いですね。
5)                          筆も使って筆の穂先で葉も描きましょう(葉は筆の穂先を生かし、一筆で描きましょう(細部にとらわれず葉の印象をのびのびと)
6)                          太い穂先(ねこじゃらしなど)は指先に水をつけ描きたいところを湿らせ薄墨をさします。(滲みが面白いですよ)
7)                          割り箸ペンで穂先の表情を加えても良いです。
8)                          水彩絵の具で彩も加えてみましょう(多いめの水で溶き、薄墨とのバランスも楽しんでね
(足らないと思うと描き足しても、色をところどころにおいても良いですよ。バランスよく仕上げてください)
10)サインを入れましょう(落款風が良いかもしれません)何枚でも描いてみましょう。
一番お気に入りに描けたものを短冊に仕立てましょう。 
 
秋の野原が手の中に来ましたね。ばんざ〜〜〜〜い!
 
 画材を求めて野原へ出ました。おりしも108日は「寒露」すっかり朝晩が冷んやりして気持ちの良いこと。そんな中、草花はどれも露でお化粧をしていました。陽の色を映して、風を映して、空を映して・・・どれも最高のダイヤモンドで着飾っていました。
 
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清らかな綺麗な露で野は覆われていました。
 
朝露をのせ野原に影もありました。
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草の中にエノコログサも。影と風と草のコラボレーションです。晩秋になればこれに落ち葉が敷き詰められ、その上で影が寝るのでしょうか。
 
 
 
        木の影    木村徳太郎
 
      木の影 なんだか
      生きてゐる
      うすうす地面に 呼吸(いき)してる。
 
      鐘の音 夕焼け
      かけるから
      木の影なんだか 聞いてゐる。
 
      すずめが 落ち葉をつゝくから
      木の影なんだか ふるへてる。
 
      木の影 なんだか 生きてゐる
      うすうす地面に 呼吸している。
 
 私はこの詩を読み違えていました。この詩の影は木陰(緑陰)と思っていたのです。が、朝早く野の影を見て、緑の大地に落とす影は、小さな秋の花や草を抱いて落とす影だったのではと思い直しました。影は秋の影だったのかなと気がついたのです。
そうして、もうすぐ影も裸木を映しスマートになります。夏の荒々しい影ではない。この詩の作者(木村徳太郎は花ひとひらの父です)は秋が好きでした。きっと影は秋の影だったような気がしてきたのです。
 
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 秋の墨絵、花ひとひらの試作です。今回は試作を参考にしないでのびのびと自由に秋を描いてもらいました。みなさん小さな秋を持って帰られました。「脳いきいき」、野原の草花と一緒になれましたね。みなさんの顔が輝いて見えました。
 
いきいきふれあいアー58
ふれあい
 
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脳いきいきアートを実施している「おしどり」さんの10周年式典に参加しました。
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甲西文化ホールのロービーが賑やかになりました。
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展示の時間が余りありませんでしたが、おしどりのスタッフが楽しんでやってくれました。忙しいのに有り難う。こういうところがおしどりの良さですね。
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来場の皆さんが「脳いきいきアート」にとても興味を持って下さり、観ているだけでも「脳いきいきして来る」と楽しく観て下さいました。
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私も「紅葉屏風」を出しました。これは宝物ですから。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49370111.html 
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沢山の方に画材は何かとか、画法とかを聞かれましたが、それは「ふれあい」です
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「参加者の能力を引き出せている」と褒めていただいたり・・・すべてふれあいの力ですね。でも改めて皆さんの作品の素晴らしさに感心しました。アートは人を育てますね。
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青野さんの素晴らしいお話と天使のような声。学校教育では音楽や美術の時間が削られてきていますが、人間の底力はそれらから養われるようにも改めて思う一時でした。
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「おしどり」が設立されたときはまだ大学生だったE君。相手を思いやれる素晴らしい若者になりました。彼の弾き語り「マイウエイ」は感動ものです。
オカリナボランティアで関わったのが始まり。私もここで随分色々学ばせていただきました。ふれあいのとても楽しい一日でした。台風で十五夜は生憎でしたが、今朝明け方に見た白い満月。とても爽やかで凛としていました。昨日の余韻のようでした。

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花ひとひら
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