来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

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2012年06月

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オカリナを吹こう31

 
 
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オカリナ吹こう(31)
オカリナ  ミニ コンサート
 
六月の「おしどりミニコンサート」に呼んでいただきました。
「あかとんぼ」 でお邪魔する予定がMさんの都合がつかなくなり、私一人で伺うことになり心配していたのですが、
どうでしょう、私の先生であるEさんが心配して来て下さっていました。
「おしどり」施設長のTさんが1週間前に「私も合奏に加えて」と言って下さり当日初めて、音合わせをしてみました。
 
一人で一時間の演奏は大変だと、さりげなく助けて下さる皆さんの気持ちがとても嬉しく、温かい心地になりました。みなさんの心使いがとても嬉しいです。 
初心者用に「きらきら星」「家路」「ふるさと」の二部合奏の楽譜を準備していき、Tさんと十分ほど練習をしました。
Tさん「つい、さっき先生に特訓受けたとこです」
私  「え!先生って私のこと?」「先生違うよ〜〜。先生は辞めて今は楽しみにて吹いているだけ」
と皆さんの前で揉めたりしました。
初回にしては上手く合って、演奏が終わったとたん二人でハグです。そなん私たちに皆さんが、大きな拍手を下さいました。
いつもと違う温かい流れの漂うコンサートでした。Eさんが引き語りをして下さったり、おしどりスタッフのKさんのバイオリン演奏が入り、心配した一時間はすぐに過ぎてしまいました。
 
コンサートとかがないと、なかなか練習しない私ですが、こうして温かい皆さんにふれると「もっと練習して、みんなに楽しんでもらいたい」と思うのでした。
毎月お邪魔しているグループホームで吹くこと以外は、少しさぼっていましたがやっぱり「オカリナっていいなぁ〜、音楽っていいなぁ〜」と思う日でした。
 
それにとても素敵な人を紹介して下さいました。
同じ滋賀県の方で、二歳の時に失明し、全国盲学生音楽コンクールにて優勝。最近ではNHK教育TV 「きらっと生きる」などに出演しておられる坂井孝之さんです。坂井さんもおしどりのコンサートに来ておられたのです。笛ならなんでもの「笛吹きおじさん」フルート、リコーダー、オカリーナ、ケーナ、篠笛を演奏される、それは素敵な方(音色)でした。
 −いろいろな笛− 坂井孝之www.sakai.siga.jp/profile.html
 
音楽って音を楽しむ、人の輪がつながる、そして自分が楽しい、そんなことを強く思うミニコンサートでした。聞いて下さった方、演奏させて下さった方、有難うございました。
 
「さぁ〜オカリナの練習しょうと」「雨の日の楽しみ。雨だれにあわせよう」
 
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スポンジと竹ペンで「雨」を試作してみる。
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雨の画像をいくつか紹介する。
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教室のみなさんと先月、葛飾北斎展に行ったので、浮世絵に「雨」が多いことと、浮世絵の雨を紹介する。
 
 
いきいきふれあいアー<54>
   雨・ 雨・ 雨・  遊ぶ   
 
「脳いきいきアート」の現場で一番心がけていることは「季節」。季節を感じながら、その上で脳活性も出来ると嬉しい。
月は雨。花なら紫陽花だろうか。昨年の六月の教室は「タッピングで描く紫陽花」だった。今年は雨で遊ぶことにした。
 
雨の呼び方を列記してみよう。(これほどに沢山の呼び名があるのは日本だけかもしれない。)
霖雨・地雨(長雨)・霧雨・豪雨・篠突く雨・俄雨・肘笠雨(傘を被るまもなく、肘をかざして袖を笠のかわりにする)・驟雨・凍雨・五月雨・夕立・氷雨・秋雨(秋霖)・時雨(俄雨)・春雨(春霖)・村時雨・片時雨・横時雨・春時雨・卯の花腐し・虎が雨( 旧暦の528日に降る雨。曾我兄弟が討伐たれた日でこの日に降る雨は虎御前の流す涙であるらしい)・薬降雨( 旧暦の55日に降る雨でこの日に竹の節にたまった雨水は薬効があると言われる)・半夏雨( 72日ごろ,夏至から数えて11日目に降る雨。この日の雨は,大雨になる事が多い)・寒九の雨( 113日ごろ、寒に入って9日目に降る雨のこと、この日に雨が降ると豊作になると言われる)・ 村雨・ 群雨・叢雨(玉が散っているような雨)・怪雨( 花粉、黄砂、火山灰などいろいろな塵が混じる雨)・天泣(狐の嫁入りとも呼ぶ)外待雨(私雨)梅雨には(梅雨・入梅・栗花落/堕栗花(ついり)・五月雨・菜種梅雨・
走り梅雨・送り梅雨・戻り梅雨・空梅雨・山茶花梅雨などがある。
翠雨(青葉に降りかかる雨)緑雨(新緑の頃の雨)麦雨・甘雨(草木を潤う雨)瑞雨(穀物の成長を助ける雨)秋霖・夜雨・・。まだまだありる。ひと湿りの雨は、雫雨・涙雨・小糠雨、更には糸雨・疎雨・微雨・朦雨など・・・。
洗車雨(旧暦7月6日に降る雨。彦星が織姫に会う為に牛車を洗う水が雨になると)酒涙雨(旧暦7月7日に降る雨、年に一度しか会えない惜別の想いの涙の雨)御山洗雨(旧暦7月26日に降る雨。山の不浄を洗い清める雨)作り雨(打ち水のこと)樹雨(濃霧の森を歩いているときに木の葉からしたたり落ちてくる雨)
言霊の国。日本人の言葉の奥深さはこうして「雨」も隣同士にあるのだろう。歌(和歌、短歌、俳句、童謡、演歌・・・)にも恋や花よりも雨は多く出てくる気がする。楽曲も多く歌い尽くせずに声がかれるほどだろう。
沢山の呼び名を持ち、歌に歌われ、文に書かれ、絵に描かれ、各人の心にその雫を落とす雨は、いろんなことを友として誰の心にも雨輪を広げているのだ。 
  薫風のなかに雨の匂いを感じ始める六月の教室は雨でいこう ! 
 
臨床美術は「臨床」とつくことで、難しく感じたり絵を描くことは苦手と、アートそのものにアレルギーを感じる人もいるが決してそうではない。アートを楽しみに感じて、生き生きとしてもらえたら良いのだ。絵は上手に描くことでも、アートは特別な人だけのものではない。表現する事の喜び、楽しさに、物の見方も変わって生活にも潤いが生まれたら嬉しい。その一つの形の現れとして、「脳いきいきふれあいアート」を私は実践しているのだと思う。臨床美術士として「知識の量、情報量」を多く持ち専門的なことも大事かもしれないが、子供のように素直に心を動かせ、素直に立ち止まれる。それが「感動」となり、その感動を伝えたい思いと願い、それが人の心を打つのであれば、それは生き方としての行動にもつながっていくように思う。高齢者や認知症の人にもそれは感じてもらえる。そして人に伝える前に私自身が感じたく「脳いきいきふれあい」を続けられる原動力になっているのだろう。
 この面白さを伝えたい! そして、誰にでもある表現能力、自分自身を表現する方法はいろいろあるだろう。それはその人の能力だと思う。認知症になってもそれはある。だからその能力を認めあうことで自分をも引き出すことが出来れば素晴らしいと思う。そして「実技」という形だけにこだわず、絶えずコミュニケーション(寄り添う)と言うことも大事にしたいと思う。それを大切にし、そしていつも季節とも寄り添いたいと思う教室だ。

そんなことで 「さぁ〜〜 雨の中で遊んでみましょう」 
 
      カリキュラム 雨のガラス絵(梅雨の空)
と言ったもの、さて絵を描くとなるとなかなか難しい。みんなを雨の世界にまづ導こう。
1)雨の画像をいくつか用意する。雨の歌を合唱する。沢山の雨の言葉を伝える。雨の思い出を語り合う。これは作品作りにスムースに入れることの大事な導入部分であり、個々のいろんな感性に触れる事ができるとても楽しいときだ。ここが盛り上がればもう絵が描けたも同じ。
2)透明塩化ビニール板にスポンジと割り箸ペンで楽しむ。(以前に花火のガラス絵をやったことがある。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/51890730.htmlそれとおなじ方法だと伝える)筆を持つと緊張する人もこの技法はリラックスするのではないだろうか。
3)ただこれをしていると、楽しくて時間の経つのも忘れ、いつまでも透明下敷きとアクリル絵の具から離れられず、色を重ねたり、削ったり、加えたりで終わりがない。(生き生きと子供のように目が輝いてくる。きっと臨床美術の右脳の周波が溢れ出ているのだろう)
4)透明下地の色を重ねた裏側と表側から見た感じの意外性、また透明に光が差し込むことによって、ステンドグラスのような美しさも味わえる楽しさを感じる。
5)時間を切ることの難しさを感じながら仕上げてもらう。
6)出来た作品をみんなで鑑賞する。どれも素晴らしい雨が生まれた。
下手上手は決してない。「上手くなくて良い」上手いの裏には「下手」がある。だから下手上手ではない。その人の表現が満ち溢れている。私の役目は、相手を認め、それぞれの素晴らしい所を見逃さない抽象的でなく、具体的に褒める。それを心がける。
作品製作手順のなかで、その都度次々に思いがけない「!!。ハッ。ワァ〜〜」が現れる。自分で失敗と思っても、失敗などはない。どれもこれも見とれる素晴らしい作品になっていることを伝える。そして抽象的でなく具体的に感じる一つの方法として、出来た作品に自分でタイトルをつけてもらうことにしている。
鑑賞会を終え、作品をタベストリ風にして持参した紫陽花を飾ってみた。
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「ふれあいの家」の玄関に飾ってもらった。みんなから感動の声が上がる。沢山の人を迎える素敵な心が出来たのだ。製作者の嬉しそうな顔。私にも喜びが増していく。感謝である。
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野の花と星の物語を一緒にした絵本です。星たちは花になりました・上杉和子著
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ホタルブクロが咲き出しました。この章は「古事記」と同じように亡くした愛しい人を追いかけていくのです。
古事記でこの章を絵に描くとしたらどんな花にしようかと考える楽しみが増えました。
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伊邪那岐・伊耶那美命と花を組み合わせるとしたら、どんな花が良いでしょうか。 
 
日本の原典〜古事記物語〜 (5)  
上巻 
 
 
奈良市此瀬町の茶畑から1979年、位階勲位や姓名などが記された銅板の墓誌や火葬された人骨が出土された。「古事記」を編纂した安万侶の墓であった。骨は近くの十輪寺に引き取られ供養されていた。(やまとまほろば 2 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52534399.html
「古事記」編纂から数え、今年は1300年を迎える。それを機として十輪寺から奈良県田原本町の多神社に安万侶は分骨されることになった。多神社は、安万侶の出身氏族が代々宮司を務めておられ分骨を働きかけていたのがようやく実ったわけだ。
 多神社の春季例祭が四月の第三日曜日であることを、高校時代の知人が知らせてくれた。第三日曜日の十五日は 吉野山に参拝していた。(オカリナを吹こう30 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52669450.html)帰路、吉野山と同じ近鉄橿原沿線の笠縫駅で待ち合わせをし何年ぶりかに会い一緒に多神社に向かった。
 駅から西20分ばかり歩く。住宅地を抜け田畑の残る道を、別々に歩んで来た過ぎし日のお互いの小さい歴史を語り合う。「笠縫大橋」にでた。流れるのが飛鳥川だと教えてくれた。この川は奈良県の中西部を流れる大和川水系の1級河川で、南から北に流れている。海のない奈良で私たちは川が遊び場だった、飛鳥川の支流でスカートをたくしあげ川魚と戯れていたのだ。川泳ぎもしたものだ。声高に近況報告をし合う私たちの小さい歴史も川の水音に流れて行った。突然、白い大きな鳥が飛び立った「あっ!あれ、日本武尊じゃない?」という私の問いに知人は呆れ顔をする。懐かしい友と違和感なく歴史の空気に浸れるのが楽しかった。
大きな森の中に多神社があった。 1) 東の三輪山と、西の二上山を結ぶ線 2) 南の畝傍山と、北の平城京を結ぶ線  3) 香久山と、耳成山の頂上を結ぶ線
  この3本線が交わる処に多神社はある。神社で頂いた栞の地図に線を引いてみると三角形ができた。その周りを懐かしい地名が散らばっている。古事記に興味を持ったお陰で、懐かしい知人とも、懐かしい地名とも、懐かしい景色とも出会えたのだ。
多神社は奈良盆地のほぼ中央に鎮座し、三輪山から上る朝日の遙拝所でもあるらしい。分骨された安万侶はこれからは多神社に眠り、悠久の日本(大八島国)を見つめて行くのであろう。改めて日本の歴史(古事記)を紐解いて行くことに襟を正した。
 
 古事記 上巻  伊邪那岐命の黄泉国訪問
前回は 伊邪那岐・伊耶那美命の二柱が(八つの嶋(日本=大八嶋国)を生み、さらに吉備の児島、小豆島、大島、姫島、五島列島、双子の島を産み終えられたところまででした。次はこの大八嶋国に住む神様たちをお産になられます。土の神。石の神。岩の神。家の神。海の神。川の神をサラサラと、泡の神をブクブクと、波の神をザブンザブンとお生みになられ、水の神、風の神、木の神、山の神を、そして野の神と生んで行かれました。
まだまだお生みになっていかれます。
霧の神に山頂の神。谷の神。暗闇の神。迷いの神をウロウロと。スイスイ空を飛べる天の鳥船の神を。食べ物が大好きな、おほげつ姫もパクパクトお産みになられそれはそれはたくさんお生みになられて行くのです。生まれた神様のそのお子もまた、次々と子を産んで野山は花が咲きほこり、雨が降り、虫が鳴き、雪が降り、四季がめぐるそれはにぎやかな日本の国土が出来たのです。万物、森羅万象が生まれたのです。
だから、山や海、石や木や草花、そのひとつひとつに神様は宿っているのですね。
伊邪那岐・伊耶那美命は沢山の子供や孫を持ち、とても幸せでした。
ところがあと一踏ん張りに大変なことが起こったのです。続いて生まれた火の神「かぐ土」の強い炎に伊耶那美命のみほと(女陰)が焼かれて大やけどを負われて寝込んでしまわれたのです。起き上がれない伊耶那美命は嘔吐もされ、たれ流しになりました。そのとき、嘔吐から鉱山の夫婦神「金山彦・金山姫」が、便からは粘土の夫婦神「埴やす彦・埴やす姫」が、尿から水の神「みづはの女神」穀物の神「わくむすひの神」が生まれました。が、伊耶那美命の容体は悪くなるばかりで治る気配がなくどんどん衰弱されていきました。そして伊邪那岐の手厚い付きっきりの看病のかいもなく耶那美命は亡くなってしまいます。伊邪那岐の慟哭は、森がざわめき大地が唸るほどでした。悲しみに泣き続けられる涙からは、「泣沢女」という美しい神様がお生まれになりました。(この神様は奈良の天の香久山の麓「泣沢の森」に鎮まっておられ、この森の中を歩くと、雨でもないのに冷たいしずく(涙)が落ちてくるそうです。尋ねてみたいものです)
 伊邪那岐は泣き続けました。泣けば泣くほど想いは深く、寂しさはつのるばかりです。「一人の子の命とひきかえに、愛しい妻を失ってしまった」そんなことを思うと「火の神かぐ土」が母の死も知らずに、ますます炎を燃え立たせ元気に飛び回るのをみると腹立たしくなってきて、腰の十拳剣(トツカノツルギ)で「お前の顔など見たくない」と、「かぐ土」の首をはねてしまわれたのです。十拳剣からしたたる血の中から、イハサクノカミ(石拆神)ネサクノカミ(根拆神)イハツツノヲノカミ(石筒之男神)が生まれ、 剣の根元の血からミカハヤヒノカミ(甕速日神)ヒハヤヒノカミ(樋速日神)タケミカヅチノヲノカミ(建御雷之男神)が生まれ、剣の鍔に集まった血からはクラオカミノカミ(闇淤加美神)クラミツハノカミ(闇御津羽神)が生まれ、かぐ土
の頭からはマサカヤマツミノカミ(正鹿山津見神)胸からはオドヤマツミノカミ(淤縢山津見神)。腹からはオクヤマツミノカミ(奥山津見神)陰(ほと)からはクラヤマツミノカミ(闇山津見神)左手からはシギヤマツミノカミ(志藝山津見神)右手からはハヤマツミノカミ(羽山津見神)左足からはハラヤマツミノカミ(原山津見)右足からはトヤマツミノカミ(戸山津見神)が生まれました。 
かぐ土を斬った刀はアメノヲバリ(天之尾羽張)と言い、そこから伊邪那岐はたくさんのお子をまた持たれたわけです。残酷な話だと思いましたが沢山の再生があったのですね。
しかし、「愛しい妻よ。あなたと作った国はまだ作り終えてはいない」と、伊邪那岐の悲しみ寂しさは増すばかりで癒されませんでした。もう一度どうしても耶那美命に会いたいと、その思慕は伊邪那岐を黄泉の国に向かわせます。
この黄泉の国を訪ねる(死んだ人を訪ねて行く)話は西欧の神話にもありますね。画像の絵本の話です。
 黄泉の国の入り口で、大声で耶那美命を呼ぶと耶那美命が現れました。しかし耶那美命は「どうしてあなたはもっと早く来てくださらなかったのですか。私はもう黄泉の国の食べ物を口にしてしまい帰れることはできません。」伊邪那岐は会えた嬉しさに「そんなことは言わないで、私の元に帰ってきておくれ。こうして迎えに来たのだから。私はあなたがいないと身が引き裂かれる思いです」「分かりました。あなたをそこまで悲しませ、私のことをそんなに思って下さるのですから黄泉の神さまにお願いをします。もしかしたら許してくださるかもしれません。しかし、私が黄泉の神さまと話している間に、私を探しはしないで下さい。約束をしましたよ」「分かった。早く黄泉の神と話し合い一刻も早く国に帰ろう。」と伊邪那岐は逸る気持ちで答えました。
しかし奥に入ったきり、耶那美命は何時間たっても戻ってきません。 
一向に戻ってこない耶那美命に伊邪那岐は不安が募るのと、待ち遠しさにどうしても我慢ができなくなり、黄泉の国の真っ暗な中を進んでいきました。髪から櫛を抜き櫛の歯を一本折り、火をともしわずかなその光を頼りに、中へ進んで行きます。 
 「どうか、私をこの黄泉の国から出させてください」遠くから耶那美命の声が聞こえてきます。。思わず伊邪那岐は声のほうに駆け寄りました。すると、声の先は目も疑うばかりでした。
あの美しい耶那美命の口にうじ虫が集まり、頭には大雷(おおいかずち) 胸には火雷(ほのいかずち)腹には黒雷(くろいかずち) 女陰には拆雷(さきいかずち) 左手には若雷(わかいかずち) 右手には土雷(つちいかずち) 左足には鳴雷(なりいかずち) 右足には伏雷(ふしいかずち) の八つの雷神がまとわりついてそれはおどろしい姿でした。伊邪那岐は仰天し引き返そうとした時 「約束を破り私のこの醜い姿を見たのですね。よくも私に恥をかかせましたね」今まで聞いたこともない恐ろしい耶那美命の声が響きました。そして伊邪那岐を逃がすまいと追いかけてきました。黄泉の国の醜女たちにも追わせました。恐ろしさに必死に逃げる伊邪那岐。
 醜女たちの足は速くすぐに追いつかれそうになります。そこで伊邪那岐は、束ねた髪の髪飾りの蔓を取って醜女たちに投げつけました。するとそれは葡萄の実になり醜女たち食べ始めたので、その間に速く速くと逃げました。 しかし葡萄を食べ終えた醜女たちはまた伊邪那岐を追いかけてきます。伊邪那岐は次は櫛を抜いて投げました。それは竹の子になり、醜女たちが竹の子を食べている間に速く速くと逃げ続けましたが、出口は遠く「出口はまだか」と焦る伊邪那岐がふと振り返ると、醜女たちだけでなく、耶那美命の全身にまとわりついていた八つの雷神が、黄泉の国の兵士を連れて追いかけてきます。伊邪那岐は火の神を斬った十拳剣を抜き、それを振りながら逃げます。やっと
黄泉の国と現実の国との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)まで来ました。そこに実っていた桃の実を八つの雷神たちに投げつけたました。雷神、兵士、醜女たちは驚き、やっと引き返していきました。
「ああ助かった。有り難う 桃の実よ。これからは、私を助けてくれたように、葦原の中つ国(天上の高天原と地下の黄泉の国との間にある地上の世界)の、この国のものたちが危険なこと、辛いことや苦しいめにあった時には同じように助けてやって欲しい」とお願いをされ、オホカムヅミという名前を桃の実に与えました。
そして、伊邪那岐は黄泉の国とこの国の境目に大きな岩を置き、行き来できないようにしました。岩のむこうから、黄泉の国の住人になってしまった耶那美命の声が 「愛しいあなた。どうしてこんなことをするのですか」「そなたはもうこの世のものではない。私たちはもう一緒にはなれない」「なんてことを言われるのですか。早くこの岩をどかして下さい!」「ダメだ、出来ない」
 「なんといまいましいお方。ならばこれからあなたの国の人々を一日に千人殺していきます」
「愛しい妻よ、そなたがそのような振る舞いをするならば、私は一日に千五百人の人を生んでいこう」と叫ばれました。
 
古事記を読み進めていくと、日本の神さまは西欧の「全知全能の唯一神(ゴッド)」ではないのが良くわかります。日本の神々は、道徳や理想の価値観を示す存在ではなく、この世の現象をありのまま示し、そこから新たなことが生まれ、結ばれ、多様化していく働きを、擬人化して伝えているのではないでしょうか。喜びだけでなく、怒り、苦しみ、悲しみのときにも神が産まれたのですね。
このあと逃げ帰った伊邪那岐が海で禊をすると、お祓いの神(住吉三神)が生まれました。
 
この続きはまた次に 「ふることに伝う」。

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