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今年のカリキュラム予定表を作りました。
「脳いきいきふれあいアート教室」の世話をしてくれている若者が「これ何と読むんですか」「カブラや」と言うと「蕪村のブですか」「どうして草に無いと書くのですか」と聞いてきた。「ほんとだ、どうしてだろう今まで何とも思わないで使っていた。「蕪」という漢字の意味は、“雑草が生い茂る”、“荒れ果てる”と言うことらしい。草で土が見えないことなのだろうか。言われてみて私も立ち止まった。知らないことがいっぱいある。聞かれたとき「こんな字も知らんの」とエラソウに思ったが、私のほうこそ知らないことが一杯ある。そんなことに気づかせてくれたことに感謝。
根っこが見たくて自分で育てたカブラをモチーフに使いました。
量感画の描き方でも良い、オイルパステルは重ねて重ねて描くのも面白い。
カブラの表皮にザラザラを見つけて表現するも良し、薄い和紙を重ねて貼るも良し。いろんな手法を使い楽しみました。
みんなの作品が素晴らしいので感激でした。認知症の人も絵が嫌いだった人もこんなに自分を表現できるのだ。
脳いきいきふれあいアート<61>
元気が湧いてくる。アートは力!
今年の年明けは知人の訃報で明けた。賀状の返事の無い大切な人がいた。寒中見舞いを待ったがこなかった、たまりかねて共通の知人に聞いたら亡くなったのだと言う。
一度に四人もの知人を亡くした。寂しくて悲しくて気が沈む。これが年を重ねることかと思うとわびしくてふさぎ込む。
「脳いきいきアート」で訪問するデイサービスの利用者さんの中に耳がまったく聞こえないが塗り絵の好きなKさんがいた。ただ知っている色を色鉛筆で漠然と(時間つぶし?)塗っているので、それをアートに持っていけたらどんなに素晴らしいだろうとおせっかいにも思っていた。そこで昨年から用意したカリキュラムがあった。今年の予定表も出さねばいけないので、沈みがちな気持ちを奮い立たせ悲しく雪が舞う中を教室に行った。
以前大好きな「クレー展」にいったときhttp://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/51637896.html
クレーの作品の線描きだけのものが売られていた。それを購入していたので利用してみた。そしていろんな画材を用意した。
脳いきいきオイルパステルに色鉛筆、水性の色鉛筆。粉で描けるパステル、水性のクレヨン、鉛筆などを用意した。
例えば人物の目は色鉛筆で描く、そこに水彩の色鉛筆をのせ水で伸ばすと目
が浮き揚げる。広い面はパステルで伸ばす。オイルパステルでぼかしを加えたり、服の模様をその上に鉛筆で自分の模様を作り出す。そんなことで塗り絵も奥深く楽しんでもらえたらと思ったのだ。Kさんはデイサービスを抜け出し、教室のドァーに貼られている「脳いきいき教室」の張り紙を見て「脳いきいきと言ったら賢い者ばかりの集まりやな。わしアホやからよりつくのも恐いわ」といって大げさに震える真似をしたり、気分が乗れば制作に没頭している人に「この色汚いわ」「もっと上手に描け」とか好きなことを言い、教室を巡ってプイと出て行く。それを聞いた教室の人が「あんなこと言われた」と泣きだしたりすることもあった。しかし、それを裏返せば塗り絵とかが好きなKさんだ。絵には興味があるのだが仲間に入れない苛立ちがあるのではないかと思っていた。そこでクレ-の塗り絵にぜひ誘おうと思ったのだ。そしてKさんを頭に置いてカリキュラムを考えた。無理強いはしない。けれど「面白いことするよ」と誘ってみた。問題は教室に参加の人たちからは参加料をもらっている。(参加料は実費の材料費ぐらいだ)私としては、アートで少しでも脳活性を楽しんでもらえれば参加料はなくとも良いという思いもある。しかし、これは専門性を伝えることであり、参加料を出してでも参加を気持ちよく楽しんでいてくれている人たちの場だ。見学と言うことで皆に打診すると、気持ちよく了解してくれた。そして今年1回目の「脳いきいきアート」が済んだ。
クレーの下書きに自分で色を乗せていく描きこんで行く。
プライベートながら私は気分の晴れない日日が続いていた。そして今日は二回目の「脳いきいきアート」の日だった。
なんとKさんが私の顔を見るなり懐かしそうに寄ってくる。なんでもデイサービスに来ても居眠りばかりしていたKさんが、以前と違う顔つきで塗り絵にもいろいろ工夫する姿勢が見えたと言う。それを聞いて嬉しかった。そしてKさんは蕪を描く今回の教室に参加してきた。そのつどやるカリキュラムは試作して参考に持参するのだが、今回の蕪を描くでは驚いた。私の作品が一番辛そうな絵になっていた。
みんなの完成した作品はどれもいきいきとして生命力踊る蕪だ。こちらが元気を貰った。そして臨床美術を薦めてきたことが、決して無駄ではなかったと確信した。そして「脳いきいきアート」を応援してくれていた知人はもういないが知人の笑顔が浮かんだ。「頑張って続けろよ」そんな声がした。
1)土を感じる茶色や黒色の台紙に白点を一つ打ち、蕪を育てていくつもりで大きく描いていく。 店頭の蕪には根は無い。このカリキュラムのために蕪を育てていた。どれも根が有り、そこから栄養がまわり、葉にもつながっていることだけを約束として伝え、あとは自由に描いてもらった。
2)エナメルのアクリル絵の具(透明なので蕪は汚さず凹凸だけが残る)そこにオイルパステルを重ねると凸凹が出来面白いことや、お花紙(薄い和紙)を加えて貼り、色の重なりを感じてもも良いことなどを伝える。
3)描けた蕪を切り抜いて赤色の台紙に貼る。このとき切り抜いた葉を曲げたり重ねて立体に貼ってもよい
4)サインも絵の一部だ。蕪に春を感じたら、サインは踊るように、また空いた空間も絵の一部だ。そこは流れるようなサインを、それらはどれも蕪に愛おしさを乗せることだと伝える。
5)みんなの作品があまりにもよく出来て私は誇らしげになった。長い人は3年ばかり教室に参加してくれている。脳がいきいきしていることは間違いないと確信した。
そしてそれは私にも活力と元気をもらえることだった。
「次回は何を描くの?」と楽しみにして下さる。こんな嬉しいことがあろうか。
人には悲しみも寂しさもある。が、元気も湧いてくることもある。「負けないぞ〜」そんなことを思える自分が頼もしくそして嬉しい日だった。今日も雪だったが、キラキラ光って見えた。 |
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2013年02月11日
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