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弘ちゃんは生きている(1)

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弘ちゃんは生きている(38) 
先ほど、教員室に来ていた弘の父はやっぱり酒の匂いをさせていたようだ。朝からコップ酒をひっかけてきたのだろう。やめられないのは世間で言うアルコール中毒なのかもしれない。が、それらしい症状のあらわれはない。
ただ、金があると気が大きくなって持金を使い果たすまで飲み歩く。それが問題なのである。
弘の家の貧しさと不和は、たしかに父の酒に原因がある。おまけに、母の気性の強さがそれを助長しているように思える。
弘の父の山を売った金でぐでんぐでんに酔っぱらった時の醜態。そのあげく夫婦喧嘩。弘の家出・・・。
弘はその時の悲しみを深く胸に刻み付けられている。その悲しみが、このような詩を書かせるのだろう。
深酒をしていない時の、弘の父は素直に人の言分を聞き、悪い人でもない。心の中に巣くっている酒の虫が酒を呑ませるのだろうと思えもする。
(お父うさんが酒をやめたら弘君も嬉しいでしょう。これから、先生と団結して、酒をやめさせる工夫をしましょう)梶野先生はそのように書き入れて本気にそう思った。
「先生は詩とか言うもん書かせて、家のことばかり調べよるように思っとりましたんやが、そやない。心配してくれていやはるんやと思っとりまんねん」と、話した弘の父親。
弘の人生を励ませ、物事を積極的にやらせる性分を作り上げるのは家庭の欠陥を少しでも埋めてやることだ。
学童をよくするために、その父兄にまで教師の思いを述べて、働きかけることは少し行き過ぎではないかとも思われもする。が、弘の父の場合は、自分からそのように話したこと、だから行き過ぎではない。温かい助言者があれば酒もやまるかも知れない。
弘の詩を、再び読み返して梶野先生は嫌がられても、それをやってみようと深く決心する。
他の父兄が評を読んだ場合、梶野先生のおせっかいを不愉快に思うかもしれない。が、弘の父が読んだ場合、なんらかの形で反応となってあらわれることを予想して評をそのままにしておいた。
(炭谷君の詩)
学校のかえり
意地悪なやつが来ると
ひとりだったらいじめられるが
僕たちが団結してかえると
じろりと横目でみるだけで
なんにもよう言わない
団結するのはよい。

(隆の詩)
毛利元就と言う士が
一本の矢だと折れやすいが
三本かためると 折れにくいと
自分の子供に教えた
団結すると強い

言っていることも分かるし児童の心もよく表れている。が、梶野先生は嫌な詩だと思った。
子供らしい溌剌さがない。自分の身を守ることばかり考えている。消極的な大人のような詩だ。子供は、いたずら者にも、積極的に付き合って行くと言う考えが欲しい
隆の詩にしてもそうだ。いつか山の中で、桐久保さんが隆と弘に団結の解釈に例話として語ったものを、詩のように見せかけての綴りごとで、子供らしい溌剌さが見受けられない。大人びて、形にはまった物解かりのよい一人間を育てるだけの器用さはあっても、大きく飛躍させる強靭な魂の持ち主に育て上げることは、これでは出来そうにもない。子供の詩には、間違いがあってもよい。真実のふくまれていることのほうがどんなにか大切だ。(常識で割り切ったことよりも、心から思ったことを大きく書きましょう)。
手早くそのように書いた。書いていて、梶野先生は何か書き足りないものを感じて、再び炭谷君の詩のほうに(相手を意地悪と決めて、対抗するよりも、お互いに仲良くして行くことの方を考えましょう)とつけ加えた。

(奥田君の詩)
桧牧区のやつらは
わるいやつらだ
そのなかでも
前田はいちばんわるい
人の山をきりよって
金をもうけよった
どろぼうとあそんだら
みんなどろぼうになるぞ
団結してどろぼうを退治しよう

苛める側と、苛められる側がある。さきの炭谷君の詩が苛められる側としたら、この詩はあきらかに苛める側のほうの詩だ。どちらにしてもこのような詩は、心の中に敵をつくって、協調していこうと言う美徳がない。
子供らしい正義感は、読む者に感じさせることができるだろうか。教育者として、奥田君の心情を正しいものと判断して、同調はしても、それをむきだしに肯定した評を書くことは失敗になるだろう。奥田君の心情に賛成の意を表しておいて、然る後、その心情を否定する事が、奥田君が将来伸びて行くための心の糧にもなるように思う。
(人の噂で一方的な考えを持つことは、良くありません。まして、どろぼうと言うらんぼうなことばは、つつしみましょう)
このような評を書き入れた。そして梶野先生は、自分自身にも、奥田君と、同じように前田朝子を、灰色の目で見ていることに気づいて、これではいけないと思いかえしてその評をいそいで、鉛筆でくろぐろと塗りつぶした。消してから、今朝校長から、「桧牧区と自明区の区民の対抗意識のくすぶりを、気づかなかったか」と問われたことを改めて思ってみる

明けましてお目出度うございます。
今年も引き続き「弘ちやんは生きている」をよろしくお願い致します。


(1)〜(36)はブックマークの「ご挨拶」に入れております。
 この先、色々と時代にそくさない言語、表現もあるかと思いますが、ご意見などがございましたら忌憚なきコメントを頂ければ幸いです。
尚、作者が(未完作品)の中で、「あらすじ」を書いておりますので、少し話の流れを掴むためにも記させて頂きます。

〜〜〜〜〜〜前集までの話(弘ちゃんは生きている)〜〜〜〜〜
町村合併で桧牧区有の山林が、個人もちに分与された。個人持ちになって、山林を売って金に替えるものが出てきた。歩きの前田が境目のはっきりしない自明区の、峰垣所有の桧を伐木して売った事が原因で、児童間にも感情の対立が起こった。
進歩的だと区民から非難されている弘の担任の梶野先生は父親の酒好きと、後妻としっくり行かない弘を案じている。
ある日、山林を売って金を得た弘の父が前田に誘われて町の料理屋に行き、酔って元のすってんてんになる。
山林を売って得た金で、自転車を買ってもらう約束の弘は、そのことがもとで、後妻に辛くあたられ、たまらなくなって家出をして山林をさまよう。級友が探すが見つからず、桧牧区の山持ちで育友会の役員の桐久保が見つけ、弘の悲しみを知って自転車を買って与える。
桐久保の息子の隆と、弘は仲良く自転車に乗って明るく日々を送っていた。が、村の行事の嶽のぼりの日、前田と自明区の区民との諍いが重なって、さらに桧牧と自明の区民、児童間の感情対立が激しくなり梶野先生は心配している。
町村合併時、増築校舎が出来たが、山間部の小さい学校で、たったひとつの井戸に、用水を頼っていたが、校長の転任とともに、水道を引いて用水の不便を解消しょうと計画され、具体策が出されたが、学校区内の桧牧と自明区の感情の対立を起している今、果たして水道の施設は出来上がるのか・・・。〜〜〜
 
弘ちゃんは生きている(37)  木村徳太郎作   未完

時計は十二時を過ぎている。桐久保さんが見えたらしい。
用務員さんに、湯茶の準備をたのんでいる声が聞える。
「わしも、ぼちぼち行きまっさ」
桐久保さんの声を聞いて父は重箱を片付け始めた。
「まだいいでしょう」
梶野先生がとめ、
「今日の集りは桧牧区と自明区の揉め事対策ですか」
と、尋ねてみた。
重箱を風呂敷に包みながら、
「そうだす。前川は受け取った金を出しよらしまへん。と言って垣内で弁償もあほらしくて出せまへん。自明区の峰垣さんの言い分を、ほっとくことになっとりまんねんやが、今日の集まりでどうなることやら」
桧の伐採からおきた峰垣さんとの諍いの要点を話し、
「どっちもゆずりよらなんだら、区の諍いになりよりまっしゃろ」
そうなることが、当然のように言って弘の父は行きかけた。その父に
「お気持を頂いときます。どうかシャツをお持ち帰り下さい」
机の上の紙箱を取り上げて、梶野先生は父に返そうとする。
「先生、きついこと仰らんと・・・・」
差し出されたのを受け取らないで、父は
「えらい邪魔をしました」
と、教員室を出て行った。
             ☆
梶野先生は「団結の詩」の整理にとりかかった。
(あや子の詩)
町村合併がすぐだ
村が町になる
村が町になっても
田舎は田舎
それどころか
村は町の発展のために
そんばかりするようになる
税金もいままでよりふえる
そんなことのないように
村の人は団結して
町の人にあたらないといけない
区民よ団結しましょう。
役場に勤めている父と、村の人とが、町村合併についての不平を、茶飲み話にしていたのをあや子は耳にしたのだろう。
町村合併する悪循環がありうるとも思えるし、そうでないとも思える。またあや子の訴えている気持が郷土意識を高める美風となるのか、それとも山村の昔風な、排他的な因循姑息な心持のあらわれなのか、梶野先生にはわからない。が、こんな気持をなくしたほうが、根本的には人間を素直にさせると思える。
それに税金のことにふれているが、学童のあや子が、こんなことに心をとられることがない。それを書いたところを見ると疑義もつ村民の話がよほど盛んにされているのであろう。
詩集を作るときの覚えのために、梶野先生は原稿用紙のはしっこに、(一緒になるのに、町と村を別々に考えるのは、自分の範囲だけを見て、他を顧りみないと言ったふうに先生は思えるますがどうでしょうか?)とペンを走らせた。
記入し終わって、梶野先生は、今朝、校長から話されたことを思い出して、書き入れた評の言葉がなんとなく気になった。
父兄は、あや子の詩は、子供だからと気軽に読み捨てても、梶野先生の短い評の言葉を詮索して、先生が何を述べているのかと勘ぐるだろう。
意味のとりかたによっては、村人の素朴な心を非難したようにもとれる。そうとられては、校長が言ったように、進歩的な不可解なこととして村人には映るにちがいない。そうなってはおしまいだ。
学童の詩に、短い評を書くのもたいへんな仕事だ。
(小山君の詩)
あさの四じごろべんとうぶらさげて
うちのおやじのでていくすがた
ふくはぼろぼろ地下足袋はいて
ぼうしはそこぬけ、あたま百ワット。
ぼくは団結と言うことを
お父うさんにおしえてあげて
はたらくものがみんな団結して
ストライキをやればよい。
そしたらげっきゅうがあがって
ふくはぴかぴかぼうしはふかふか
ごっともくえる
団結団結。
小山君の父親は、駅まで十キロ。電車に一時間と四〇分揺られて大阪の工場へ通っている。
あまり成績のよくない児童だ。大人に不明な叱られ方をすると、子供たちは、その大人を揶揄して、流行り歌をよく歌っているのを耳にする。一節には深い意味もない。子供の反抗心が無邪気にこんな歌になって口から出たのだろう。
小山君は、団結の詩を書くのによほど考えたらしい。が、書けないと言って書かぬわけにはいかぬ。そんな心持が、詩にもならない歌を書き宿題の団結に結び付けて一節は、二節三節を書くために利用されたようなもの。
団結して賃上闘争をやれば、賃金はあがるだろうか。これは疑問。が、貧乏人が団結することに気づいたことは、教育の一つの発展とも思え、なぶり書きのようなものにせよ、すっぱだかのことを思い切って書くようになったと梶野先生は嬉しい。
確かに、山持ちや、地位のある人と、稼ぎ人や長田狭田(おさださだ)にしがみついて飯米だけで、家庭を支えていると言う人とは、あまりにも生活のけじめがあるように思える。人間的な立場から、このような事をなくすることを梶野先生は望んでいた。
(その通りです。日常の遊び歌をうまくとりいれて、団結の詩が上手にかけました)と、短い評を書き入れた。が、書き入れて、梶野先生はあや子の詩の時のように、共産主義を尊奉(そんぽう)してはいないが、校長がいったように共産主義と、非難されそうな評になったと思った。   
(弘の詩)
お父っあんの腹の中に
酒の虫が団結して住んでいる
虫が酒をほしがるのだろう。木を一本一本切るように
一匹ずつたいじしたなら
酒の虫の力が弱って
お父っあんも酒をやめるだろう
酒の虫をころす
DDTがほしい。

弘ちゃんは生きている(36)  木村徳太郎作   未完

校長が言った言葉に、心を取られて、瞑想していた梶野先生は、「先生、こんにちは」声をかけられびっくりした。
「学校で集まりがありますんで、早い目に来ましたんや」
弘の父だ。
静かに考え事をしている風の梶野先生を、乱した気まり悪さを言い訳している。
「そうですか。それは、それは・・・」
弘の父が何用で早い目に来たのか、梶野先生には得心がいかないふうだが、立ち上がって椅子を勧める。
勧められても立ったまま、提げて来た風呂敷包みを、机の上に置き解き始めた。
ボールの紙箱と重箱が出てくる。紙箱を手に取り
「先生、弘の事でえらい心配をかけまして、お礼の申しようもありまへん。早ようこんならんと思いながら、遅うなった・・・。お粗末なもんやが、着て貰おうと思ってワイシャッ買ってきました。受け取ってくれやす」
言葉も丁寧に、真面目な顔付きで差し出した。
「教師としてあたりまえのこと。そんなことをしてもらっては困ります」
紙箱を押し返す。
「そんなこと仰らんと頼みます」弘の父は頭を何度も下げて引き下がりそうにない。
「気持は嬉しいですが、品物は受け取れません。お父さんが使って下さい」。
梶野先生もしっこく辞退する。
自分の意見をどこまでも通そうとするふうに父は、紙箱を机上に置いたままなんにも言わなくなった。先生も黙ってしまう。
今度は重箱を取り出した。
「食べてもらおうと思って作ってきましたんや」
一重を、梶野先生の前に、残りの一重を持って
「用務員さんのとこでお昼がわりにと持って来ましたんや」
重箱には、白砂糖をたっぷりとかけたおはぎが詰まっている。
時計は十一時半をさしている。
「ご親切に。少し早いですが、それじゃ頂かせてもらいましょう」
用務員さんが先刻置いて行った茶碗から、二つの湯呑みに茶を注ぎいれ、
「どうです。よかったら、ここで一緒にいただきましょう」
と、梶野先生は湯呑みの一つを弘の父に差し出した。
一緒に食べましょうと言われて、父は嬉しそうだ。「はぁっ」照れくさそうに椅子を机の前にずり寄せる。
お昼がわりに、砂糖のたっぷりかかったおはぎを、梶野先生と弘の父は食べ始めた。
学校の先生に、なんとなく近寄り難いものを、常日頃感じていた山稼ぎ人の父は、梶野先生の気さくなふるまいに、胸に触れるものがあったのだろう。なんだか嬉しそうだ。
おはぎを食べながら、今朝、校長が共産主義者と言ったことを梶野先生は思い出し、その事について、村人の気持を訊ねてみるのに、なんだか都合のよい時のように思え、
「学童のお父うさんに、聞くのは変ですが、受持ちとして常日頃の私の教え方はどうでしょう」三つ目のおはぎを手に持って話し掛ける。
とんでもないことを、突然聞かれたと言うふうに父はすぐ返事ができそうでない。が、
「年は若いが、よく気の付く優しい親切な先生と思っとります」
心からそう思っているのだろう。はっきりと言った。
「お褒めですな。安心しました」
嘘や愛想の言えそうにない弘の父にそう言われるて、先生は心に余裕が出来た。続けて
「村で私を共産主義者だといっている人があるように聞くのですが」
胸につかえていたことを率直に聞いてみる。
「共産党だなんて、そんなこと、先生はおいらのような貧乏人のせがれでも、金持ちの息子はんでも、おんなじように扱ってくれはるから、それで言いよるのやおへんか」
「教育に貧乏人も金持ちもないでしょう。そんなっことでは言わんでしょう」
父の言葉に先生は気負ってそのように問いかえした。
「でも、いままでの先生は、山持ちや、金持ちの息子には遠慮しとるように見えましたもんな」
桧牧区と自明区と合わせて百五十戸ばかりの山村。因循な村人の心は、それを不服に思いながらも、それが当たり前のように不平がましいことは言わない。
が、弘の父は梶野先生の率直な話し振りにつられて、正直に自分の気持を述べる。事実、地位のある人や豊かな人に媚びておれば、評判もよく身も安全と言える。代々の先生がその通りで有ったと思える。
先生の気安さに、父は語りやすくなったのだろう。机の上の詩の原稿を見て、
「先生は、詩とか言うものを生徒に書かしよって、家の事ばかり調べよるような心持がして厭やったが、今度のことでそやない。先生は家の者のことまで心配してくれやはるんやと思うようになりましたや」
いつか、弘の詩で、先生が父の事と酒のことを話し合ったことが、心に残っているのだろう。深い考えもなく見当違いなことを話し出した。
が、話し出して、父は自分の言ったことが、先生に悪く取られりゃしなかったかと思もったのか、少し話がとぎれる。
その、間の悪さを、こらえるように先生の湯呑みに茶を注ぎ自分にも注いだ。注ぎ終わって
「そうそう。先生分かりました。共産主義やなんやと言いよりましたのは、製材所の矢野やおまへんか?」
いつかのことを思い出したのだろう。先生の聞いていることに、答えられた喜びを顔いっぱいに表して父は言う。
「製材所の矢野さんがどうして、そんなことを仰ったのでしょう」
思いがけない人の名が出て、校長に言われた事が、また先生には得心が行かなくなった。
先生のその不審気な様子に、父は垣内山で「団結の詩」のことから、矢野さんが話したときの様子を詳しく話し出す。話し終って、
「矢野さんの話で、先生のことを誰かがそんなふうに言いよったのでしょう。つまらん奴は矢野で先生には落ち度がおまへん」
弘の父は結論づけるようにそんなことまでつけ加えた。
父の話で先生は朝からのもやもやした気持が少し救われたような思いになる。
「自分でも思いもしなかったこと。多分噂から、話がこんがらがったのでしょう。僕も若い。今後注意しなくっちゃ」
つぶやくようにいって、今度は先生が父の湯呑みに茶を注いだ。

弘ちゃんは生きている(35)  木村徳太郎作   未完
「先生っ」
と、教員室の硝子障子を開け、いま話しに出た山根君が、風呂敷包みをさげて
「これ食べて下さい。」とお彼岸の中日のおはぎを重箱に入れて持って来た。
梶野先生が、用務員さんに皿を借りて重箱のおはぎをあける。
空の重箱を受け取り、山根君は教員室を出る。が、入り口で誰かと言葉を掛け合っていると、入れ替わりに隆が重箱をさげて入って来た。
「よう、桐久保君なんじゃ」
山根君の時に、声を掛けなかった校長が、椅子から立ち上がり自分から言葉をかけた。
隆も、重箱に餡付け餅を詰めて持って来たのである。
「まあ、かけたまえ」
担任の梶野先生がなんにも言わないのに、にっこり笑って校長は隆に愛想を言い、自分が用務員室に行き皿を持ってきて、重箱の餡付け餅を皿に移す。移しながら
「用務員さん。お茶を一杯たのむ。」と、茶の催促をして隆に向かい、
「今日はなにがあるのじゃ」と、とぼけて聞く。
お彼岸の中日。ご先祖に供える餡つき餅を余分につくって先生に食べてもらおうと、学校に持たせて寄越しているのである。
校長は良く知っている。知っていながら聞いている。
「彼岸やから作ったんや」と、
とぼけて聞かれているとは分からない隆は真面目に答える。
「良いことじゃ。家に帰ったら校長が礼を言いよったと言っておくれ」
にこにこと笑って、嬉しそうに礼を述べ餡付け餅を皿に移し終えて校長は箱を隆に返す。
梶野先生はその間、何も言わぬ。担任の先生が一言も喋らなかったのを物足りなさそうに隆は重箱を受け取ると、すぐ帰った。
いつも梶野先生は素直にものが言えた。が、山村の旦那で育友会の役員の桐久保さんとこの隆に、見えすいたお世辞を言う校長に、言葉にもならない反発を感じて梶野先生はものを言わなかったのである。
定年退職までつつがなく勤め上げたのも心の底で己、自身を守ることばかりを考え、校長は表面を世間に合わせていたからなのだろう。
隆が帰ると、話していたことをけろりと忘れたように、校長は
「あまり純真にやるのも特によりけりだよ」。
と、愚にも付かない事を言い用務員さんが持って来た茶を見て、餡付け餅を一つ口に入れ、
「こりゃ甘い。少しもらって帰ろう」
と、用務員さんに竹の皮を持ってこさせ、餡付け餅のほとんどを包ませて帰り支度をするために立ち上がり、
「明日の式場の手配は大丈夫だろうね。」
と、予定表に目をやって、梶野先生に、二日後の終了式と併行の六年生の卒業式の準備の状態を尋ねた。「手配はすっかり終っています」。
「ああ、それなら良いです。が、手落ちは困るから明日は嶽山会式で、午後は全校生が休みだから都合によったら午前の授業に食い込んでも良いですから、手違いなく頼みますよ。」と、念を入れ、教員室を出て行った。
校長が出て行くと、梶野先生はうんざりとして、休日の日直を利用して児童の「団結の詩」を整理して、文集を作ろうとやりかけたいたのをそのままに、窓辺に椅子を引き寄せると暖かくなった光を背に受けて校長が言った先刻の話の意味を繰り返し考え始めた。
教師としてどこがいけないのか。思い当たらない。村人が共産主義だと言っていると校長が言うが、そのような考えを持った事もないし、行動したことも無い。梶野先生は不愉快な思いに満たされ、両手で頭を抱え込むと椅子にそりかえり、暫く校長の言葉をかみしめる。
名は聞いたが、顔を知らない隣村の福井校長が、赴任して来ると言った言葉だけが頭の中に残った。

弘ちゃんは生きている(34)  木村徳太郎作   未完

                ☆
 教員室に来た校長は、窓の春日を背に受けて
「君のやり方を悪いとは言わない。が、独断で教科時限を変更するのは感心しないね。」
梶野先生に向かっておもむろに話し始める、校長の改まった話し合いに梶野先生は少々固苦しく、
「しかし、生徒一人の生命にかかわる事件ですからね。」
責任を問われても自分の行なった事は正しいと確信するふうだ。
「そりゃ分かっている。だがね、あの場合校外のことで、それも家庭の出来事だろう。」
そう云われればそうだ。校内のことではない。梶野先生は一寸言葉をとまどるが、
「時間前に登校して下されば、伺うことが出来たのですよ」
校長の遅刻のほうに話の矛先の向きを上手にかえ、おまけに
「あの朝は、校務で遅くなられたのじゃないでしょう。」
校長の口を封じるでもするようにつけ加えた。
 校長は暫くためらう。が、
「僕は、弘の家出事件で勝手に教科時限をかえたその事は、あまり問題にしていない。学童を思う君の心は良く分かる。ただ、前途の有る青年教師の君が人の非難を受けたり、上長にさからわない方が、為だと思うから言っているのだよ」
遅刻を言われて、言葉がなく、教科時限の変更の話合を忘れでもしたように、こちらに話の内容があるとばかり、校長は口調も重々しい。
梶野先生は若い。思わず
「人の非難って?」
と、問返して、校長の話につられた。
思う坪にはまり込んだ梶野先生の様子に、校長は心の余裕が出来た。にやり笑って、
「君のやり方が、共産主義だと村の人が言う」思いがけない方へ話を飛踏させた。
そんな噂がどこから出たのだろう。あまりの事に梶野先生は口をつぐんで考え込んだ。
黙ったのを幸い、校長は続けて、
「思想的にどうのこうのと言いたくない。自由だからね。が、教師が父兄からそのように言われるのは損だ。僕も今年で定年退職。今度来る校長は、君も知っていると思うが、頑固で有名な隣村の福井君だ。」
いっきに退職の事までつけ加えて話す。
そんな噂を耳にもしたし、定年退職も事実なので、隣村の福井校長が赴任して来ようが来まいが、梶野先生は気にもしない。しかし、共産主義と言って、非難されていると言う事には、反発するものを覚えた。
「誰が言っているのです。僕は共産党と付き合いしたことがないし、主義運動をした覚えもありませんよ。」
「君が共産主義でない事は、僕もよく知っている。が、そんな事を思わせる指導のやり方がいけない。」
「やり方って、僕は共産主義を助長させるような教え方はしていないつもりです。事実があれば、具体的に言ってくれませんか。」
校長の顔を見て、真っ面に見つめて、口調強く言った。
その意気込んで詰問のような話し方に、
「それ、それがいけない。おだやかに話合おうと思っている事でも、そう強く出られると、こちらも感情的になり、逆の考えでしゃべりにくくなるものだ」
校長は卑屈な笑いを浮かべて言葉を柔らげた。具体的な事実なんて、何一つない。
村人の思い過ごしだ。山間の小学校で、戦後の民主教育を素直に受け入れ指導する。その事が、新し過ぎて村人は批評の言葉にならないのを、共産主義と言うように表現している事が校長にも分かっている。話したかったのはその抽象的な事なのだ。
梶野先生は思いあたらないが、国語の「農村の解放」の教材で話したことも、そのように言われる対象の一つになっていた。
民主教育に対する情熱。そう言ったものを冷まさせたくはない。が、山村の学校では、それが目立って、父兄と災いを引き起こす恐れがある。校長はそれをたしなめ、話たかったのである。それを思う通り話せなく、回りくどく、校長は弘の事件から話し始めたのだが、違った話になり校長は自分ながら意地の悪いことを言った物だと、少し心が悔いられた。で、「僕は教師として、君のやり方が理解出来るが、父兄の封建的な考えに、君の指導がそんな風に見えるのだろう。少し、妥協して、古臭くなることだね。あっはっはっ・・・」
軽くたしなめでもするふうに言い、自分の卑屈さを校長は笑い声でごまかした。
「要は今度来る福井君も頭が固い。君の進歩的な頭と、きっと意見の衝突が起こるだろう。折角の君がつまらん事にならなければよいと、老婆心で一寸話してみただけよ」
からかっているみたいな事を言い、
「君、気付かないか。自明区と桧牧区がくすぶりをあげかけている事を」
と、一方的に喋り、自分だけ得心したように打ち切って、学童の方へ話を転換させた。
その一方的な話し方に、梶野先生は不満を覚えたが、弘の家出事件で教科時限を代えた事が、責められそうになかったので張り詰めていた心もほぐれ、
「この前、泥棒と言われて前田朝子が、教員室へ泣いて来た事があります。どうもそのような表れですね。」
と、自明区の桶谷君と山根君と、桧牧区の朝子の争いを手短に語った。
「ほう、もうやっとるかい。困ったことにならねばよいが」と、予期していた事が、すでに起こっていたかと言うふうに、学童のうえに思いをはせて呟き
「君の事は大人の世界のこと。話し合えば分かる。が、子供はそうは行かない。今後問題をおこさないように、こりゃ、よく注意することだね」。


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