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弘ちゃんは生きている(1)

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 弘ちゃんは生きている 第二部 (33) 木村徳太郎作 未完

 春分の日で、学校は休み。
昨夜の泊まりは池田校長だった。
校舎の増築で、定年退職が一年間のびていたが、校舎がすっかり出来上がる四月はいよいよ定年退職。
そうと知っているのであまり校務に力が入らない。
休みなのを幸い、九時まで寝ていたが日直の梶野先生が登校したので起きる。
顔を洗おうと井戸端に行ってポンプを繰る。さそい水がぬけたのか水が上がってこない。
「用務員さーん」
歯ブラシを使っていたので、口中の歯磨粉がとばないように、ふくみ声を出して呼ぶ。
さそい水を茶瓶に汲んで持って来た用務員さんは、ポンプに水を注ぎ込むがうまくいかない。
唇まで歯磨粉だらけの校長は、
「やくざなポンプじゃ」
と、不平を言い、用務員さんに手をかしてポンプを繰る。が、やはり水は上がらない。
「水を汲んできましょう」
口中歯磨粉で、話にくさをこらえてポンプの傷んだ箇所を調べている校長のために、気をつかった用務員さんがバケツをさげて県道に出ていった。
口中の歯磨粉で息苦しくなった校長は、茶瓶に残っていた水を口飲みして歯磨粉を口からはき出すと、ほとんど完成した増築校舎をながめて用務員さんを待っていた。
校門を出るとすぐに県道。県道にそって内牧の渓流。渓流の向こうは、海抜七二四米の嶽山がそびえている。
三千坪ばかりの敷地の東寄りに、北向きに校門があり校門をくぐると南北に細長く計九十坪の三教室がある。その向いの西側に、一教室、教員室、用務員室、宿直室。そして計六十坪の二教室の増築が終ると、東西の旧校舎を新校舎でつなぎ、雨天の日でも学童が廊下づたいに、どの校舎にでも行けることになる。
二教室の新校舎は、ほとんど完成で、あとは窓硝子をはめ廊下の屋根を葺き終わると工事はすっかり終わるのだ。完成すれば、一教室の二学級が一学級になり、複式が単式になる。学童数も今年は増えて全校生百五十名程になる。山村の学校としてよく充実してきたものだ。
用務員さんが水を持ってくるのを待ちながら、校長は感慨深げに校舎を見まわし終わると、中途半端な洗顔に気分が苛立ち校舎にひきかえて、用務員室を裏に出た運動場の西北にある井戸、それ一つに頼っている水の不便さに腹立たしいものを覚える。
 校門の前の県道をはさんで、鮎も釣れる渓流があるのに学校の井戸はどうしたものか、赤茶化た鉄分の多い水しか湧かない。
運動場の向う、いつか弘がムササビを追って木から落ちて傷をした神社の参道で、県道から二百米程奥に手水舎がある。
宮山から竹樋を引き、いつも清水が溢れている。よく運動場を横切り学童が手水舎の湧き水を飲みに行く。
手水舎の湧き水が、学童に水の不便を感じさせなかったし大変役にたっていたが、これは学校の施設ではない。
校舎が増築と決まったとき、学童の全校掃除、昼食の湯茶、飲料水等、一日何Lかの水が必要であるかを計算し、新しく井戸を掘って動力の使用で水管施設の予算を何故父兄会に要求しなかったのだろうかと、口惜しく思い返される。
顔を洗おうとして水の不便さに気づいた。が、四月に退職の今更、とやかく言うのも不覚さをさらけ出すようなものだ。気づかなかったことにして退職する事だと校長は思う。

バケツに水を満たして用務員さんが帰って来た。
「顔を洗ったら、すぐに食事にされますか」洗面器に水を注ぎながら聞く。
「うん」と、答えて校長は
「さっき、教室を貸してくれと言って来よったのはなんじゃった」
寝ている朝早く、垣内の協議に使用させて欲しいと誰かが言って来た事を思い出した。
「休んでいやはりましたんで、逢わずに帰えりはりましたけど、学校が休みやから教室を二、三時間貸して欲しいと言うて来やはりましたんや」
「わしの聞い取るんのは、どんな事で寄りよるのかと言うことじゃ」
濡れた顔をふきながら校長が問いただす。
山村で区の集会所をもたない区民は、学校をよく集会に使った。
村の出来事は村の出身の用務員さんがよく知っている。
教室の使用は慣習になっていて気にもしないが、集る目的を校長は知っておきたい。
「はっきり知りまへんが、桧牧区と自明区が山の立ち木のことで争いよりますんで、その対策の協議とちがいまっか」
学校のことでなはい。興味なさそうに用務員さんが答える。が、校長は聞き逃せない。
「桧牧区と自明区のもめごとか」言葉に力を入れて念をおして、
「そりゃいかん」と、自分に言い聞かせでもするようにつぶやいた。
通学区域の自明区と桧牧区が争っては学童にまで対抗意識が生まれて拙い事になる。
三月末の卒業式。四月の入学式と新学期。校務がいっぱいある。その上に自明区と桧牧区の争いの影響がふりかかってきてはたまらぬ。
先日の弘の家出事件で、時間割を独断で変更した梶野先生の意向をまだ聞いていなかった事を思い出し、それを幸いに日直で出勤している梶野先生と、村の事を話し合ってみようとタオルを腰にぶらさげ、深呼吸を二つ三つ大きくすませると、朝食のため用務員室へ出向いた。

弘ちゃんは生きている

イメージ 1

弘ちゃんは生きているを応援くださり感謝と嬉しさに、ただただ感涙で掲載を続けております。本当に有り難うございます。

鉄筆でマス目を一字一字埋め、謄写版で刷られた同人誌「お話の木集団発行」の「お話の木」に掲載されていた「弘ちゃんは生きている」の打ち込みが終わりました。ワラ半紙の紙は、赤茶け触るとポロポロと崩れていきました。
1号から「お話の木」の枝が増え16号まで発行されたようです。冊子としてきちんと残っているのでなく、あちらに、こちらにと散らばっておりました。作業は困難をきわめました。
しかし、木の枝が一本(一号)二本(二号)と繁っていくのが、父の夢を追っているようで楽しみでも有りました。
私が、木村徳太郎の作品、資料を手にしたのは、徳太郎の死後十年が過ぎておりました(2005年9月)でした。私が衝撃を受けましたのは遥か遠く(昭和30年代)に捨てた児童文学の心をもう一度、燃やそうとした形跡をそこに見つけたことです。
昭和58年に、父は私たちの近くに居を構え、そこでもう一度児童文学をやってみようとしたのではないでしょうか。地元の文房具屋さんのシールのついた原稿用紙が束になって出てきました。その一冊の中ほどまで、「弘ちゃんは生きている」の書き直しが父の右上がりの字で埋められていました。父とはさまざまな事があり近くにおりながら、距離をおいておりました。思想的、政治的、宗教的なものを書いているのは知っておりましたが、まさか児童文学を「もう一度」と思っていたとは知りませんでした。
又、私の生まれる前には、詩を北原白秋に学んでいたようです。その詩を目にするのも初めてでした。
「木村徳太郎の詩や作品をほおむらないで公開したい」と言う全く私的感情から出たブログでした。試行錯誤で歩きながら形にして行くという、読者の方々に対して、失礼な表現方法だったと思います。それにもかかわらず沢山の方々に読んでいただけ、応援をしていただけ、どんなに私は嬉しく感激したことでしょう。父も驚いている事と思います。
1号から16号までお話の木は、発行されました。(S.33年ころまで)それから数年おいて「奈良県児童文学会」発行として「子じか」の同人誌が生まれ、そこに「弘ちゃんは生きている」が発表されています。これは活版印刷で七号まで手元にあります。それから「風車」一号に変わりこれは二号で終っています。「お話の木」「子じか」「風車」それぞれ同人のメンバーは変わっております。また「お話の木」から「子じか」に代わる数年の間に何かがあったのでしょう。登場人物が名前でなくアルファベットになっております。どうしてそうなったのか、またそのあいだの話が抜けているのは(わざと抜かしているのか)。私にはその背景が子供でもあったのでよく分かりません。
ただ、私の願いは高齢にもかかわらずもう一度児童文学に足を入れようとしたその気持を形にしたいと思い、こうして少しずつ入力してまいりました。
「お話の木」は終り、これからは「子じか」に発表した物を、入力することになります。字は読みやすいものの、人物名が不明です。また長編を書きたいと思ったのでしょう。今まで入力したもので三分の一。これからが三分の一。執筆していない部分が三分の一。だと思っています。これからの三分の一は、かなり思想的なこと、時代にそぐわない不適切な表現などが多くなります。
しかしながら、皆さまにお許しを得られるなら最後までやりとおしたいと思っております。
個人の襞(ひだ)に付き合っていただくことを心苦しく思いますが、どうか御付き合いしていただければ、どんなに幸せかしれません。
また、以後は思想的な偏見?独断(それが作家の表現でも有るのですが)に不愉快なお気持をもたれる方もいらっしゃると思います。コメントに投稿するのは不適切なこともあると思います。もしお言葉をいただけるようでしたら右記のメールアドレスにご意見感想、ご指導を願えればと思います。(悪戯、迷惑メールは削除致しますので、タイトルは「弘ちゃん」でお願い致します)よろしくお願い致します。Hanahitohira06@yahoo.co.jp
原文どおりの発表ですが、未完の残り三分の一は書き加え、一つの形に出来ることを目標にしております。達成の時には冊子にし、皆さまのお手元にご迷惑でなければ貰っていただけたら、こんな嬉しいことはないと思っております。
私は「弘ちゃん」を知りません。しかし次のような詩を見つけました。

(ポスト。四,五年生)より
坪本栄昭  「ノートの表紙」
/ 弘ちゃんのそう式の時もらったノートを
今使っている
ノートの表紙には
みどりの木の中に大きな建物がある
青い空の下で子供がベンチにこしをかけ
話をしている
そばでハトが豆を食べている
あんなところが日本にあるのだろうか
あったら一度いってみたい気がする /

これは実際に詠まれた詩です。これをみると弘ちゃんは実在し、モデルの人物かと思います。
私はこの詩をよんで「じ〜〜ん」と来ました。なにかを表現し訴える、伝えたい事がある。それが創作活動だと思います。父はその表現として、弘ちゃんをモデルに、「弘ちゃんを生き返らせる」ことになにかを託くしたのではないでしょうか。

坪本君の詩にある、「ノートの表紙」。そこに弘ちゃんをみます。希望、夢をみます。
私は、父を蘇らせようとして始めたのですが、それは弘ちゃんを蘇らせる作業、そして坪本君やその当時の子供たちの心を蘇らせることではないかと思い始めました。

弘ちゃんは生きている(32)  木村徳太郎作   未完

学校の宿直室の明かりが見える。
梶野先生を訪ねてみようとしたが、酒に酔っ払った父のことを思い出すとなんだか恥ずかしく、自分まで行き難くなって県道から少し離れて、細い谷川を少し山に登ったところで、初めて自分の気持ちを取り返すと、弘は腰をかがめて宿直室の明かりを眺めながら思案にくれていた。
そのうち、その宿直室の明かりが消えて、なんだかつっぱなされたようにしらじらしくそっけなく見え、弘は自分一人だけがしんと静まりかえった夜に、逆らっているように感じられて急に淋しく悲しくなる。

奈良のお水取りもすみ、明日は彼岸の入りである。日中は暖かいが夜はまだ寒い。
体が冷えてくる。
弘は肩をすくめ、手を息で温めぼんやりと空を見上げる。
暗幕に針の穴を開け、そこから光が漏れているように明るく冴えている。
理科で習った北斗七星が、嶽山の上に、ひときわ冴えている。
一つの星を見るともなく見つめていたら、突き放されて、一人ぼっちになってしまったような淋しい悲しい心がなんだか紛れてきた。
その、星が弘に話しかけているように思える。
広い夜の大空に、自分の運命を諦めたと言うように、不平もなさそうに、その星は輝いて静まり冴えている。
そのうち、死んだ母がものを言わず優しく笑うだけで、それでいて暖かく、弘の淋しく悲しい気持ちを優しく慰めていてくれるように思えて、弘は心の抜けた人のように立ち上がり、見つめていたその一つの星に向かって歩き始めていた。
どこに行くあてもないのだ。淋しさをまぎらわせ逃れるように嶽山の渓にそって、おっかぶさるような杉木立の中を、星に引づられるように上へ上へと歩いていく。
半キロばかり登ったところで、弘はこだましている友達の呼声に気がつき、思わず足をとめ、星から目を離してふもとを振り返った。
嶽山のふもとを、提灯が一列に並んで登ってくるのが見える。
母の真珠玉の糸通しの内職の出来上がった首飾りを見るようだ。
その一組だけではない。
区の山林に向かって、くねりながら登って行く提灯の一列も見える。
渓を流れる出水の音を透かして耳を澄ませる。
あきらかに、弘の名を呼んでいるのが聞こえた。
その呼声を聞くと、弘は自分のしでかした行いをいまさらのように大きく思われて、足元がきゅうに暗らくなったようでその場にうずくまってしまった。悲しく、滲んでいる涙を被っていた運動帽子で、涙をぬぐった。
ぬぐった帽子を足元に置いて、しばらくその場にうずくまっていると、美代の声に逆らって家を後にした時のように、提灯に向かって降りていかないで提灯の一隊から、どこまでも身を隠してやろうと言う意地の悪い捻くれた心がむくむくと胸に広がってきた。
母はもちろん、自転車を買ってやると言っていた父までが、弘の心から楽しみを微塵に砕いてしまったのだ。
母と父を憎む気持ちが逆らう気になり、それが自分はどうなってもよいと言う大層な心持になっていく。
杉木立の間を狐火のように、こちらにくる提灯の一隊を、目の下に見ながら弘はまた上へ上へと登って行った。
ともすれば道をはずれて、すすんぼ(ススキのことか?)のなかへ紛れ込みそうになったり、転げた岩につまづきそうになるが、山村で育った弘にはそんなことは苦にはならない。
星をみつめ、星を目当てに麓の提灯を心にとめないで、夢中で嶽の頂上にきた。
村人が、用水の不足のとき、雨乞いに登ってくる位で、常日頃は誰も登ってこない頂上で一息入れると、提灯の一隊に見付かって自分の心を乱されたくないという考えと、疲れていた弘は、静かに体を休める場所を求めて嶽山の背を越して、隣村に抜ける山林の中を向こう側に降りて行った。

月が出て来て、道を薄ぼんやりと照らし始めた。
隣村の田中さんの松林のはずれの炭焼小屋が、疲れた弘の目に入る。
近寄って炭焼きの小屋の中に入り、腰を下ろした弘はまた空を見た。が、あれほど輝いていた星が、向きが変わったのか目に入らない。それとも月が出て、明るくなったせいだろうか。
弘の名を呼んでいる声をかすかに耳にしながら、暫く炭焼き小屋に潜んでいた。
嶽山の上に月が昇りきった。風もなく物音もしない。もう八時にはなるだろうか。
ここまで夢中で来たものの、これからの事を考えると弘はどうして良いのか分らない。いまさら山を降りていくのは恥ずかしく思える。
遠くで狐の鳴き声がした。弘は怖くなってくる。すぐ目の前の廻り七尺ばかりの桧が、広げている枝で、炭焼き小屋ぐるみ、弘をぐっと抱きかかえに来そうに思えて気味が悪い。
当たりを見回す。
右手を少し下った窪地に炭焼窯のあるのが目に入った。
弘は立ち上げると、怖く感ずる目の前の松の木から逃れるように、炭焼き窯に近寄り、窯の入り口に積んである石の隙間から中を覗いてみる。
暗らくって何にも見えない。
弘は積んである石を半分ほど崩した。月の光がさしこんで、莚の敷いてあるのがぼんやりと見える
炭焼き窯の中で誰か居たのだろうか。弘は急に救われたように、体のくぐれるほど、入り口の石を崩すと腰をかがめて炭焼き窯の中に入った。
今までの外の冷えが嘘のように中は暖かい。炭を出して、まだ日がたたないのだろうか。まるで蒸し暑い夏の夜のような温度だ。
提灯の一隊の呼声が聞こえる。
それに逆らうように、弘はここで寝ることに決めた。そう決めて改めて中を見回すと、不思議なことに莚が敷いてあるばかりでなく、其の中ほどに蝋燭の燃えかすがいくつも転がりマッチまである。
やはり、誰か人がいたのだ。それも一人ではない様子。
食べ残したらしい缶詰や、酒の瓶までころがっている。欠けた煎餅までち散らかっている。
弘は急いで燃え残りの五センチばかりの蝋燭に火をつけた。
明るくなって中の様子がはっきりと分った。
弘はそこで、奇妙なものを見た。
赤い花が印刷された、小さいカードのようなものが散らかっている。
炭焼き窯に似つかぬものだ。
弘はそれがなにであるか分からない。しばらく手にとって見ていたが、それをそこにぽいと投げ出すと崩した入り口の石を中から積みはじめた。


2006.12.06

弘ちゃんは生きている(31)  木村徳太郎作   未完

歩きながら、先ほどの照れていた隆の様子が嘘のように、隆とあや子が弘のことに話をはずませている。
早春とは言え、山村の夜は暗く、提灯を持った手が冷える。が、内牧川の流れは、溶けた雪の出水で轟は大きいが、川風は冬のように肌を刺さなくなっている。
川渕の山根君の家を訪ねた。ここにも弘は来ていない。
山根君も弘を捜す仲間に加わり、ぶらりん提灯の数が三つになった。
炭谷君の家も訪ねた。が、提灯の数が四つになっただけだ。
あや子の家を訪ねたように、少し離れた女の子の、中峰由子の家にも言葉をかけたが、やはり男の子の弘は尋ね来てはいない。あや子とと同じように仲間に加わって提灯の数が増えただけであった。
弘はどこへ行ったのだろう。
まさか4キロも離れた、荷坂の垣内の友達の家まで行くことはあるまい。
坪本、中西、谷口君と、学級の家はあるが、常日頃の学級生の遊び具合から考えても、そのように見える。
村はずれに来た。提灯の数が十二、三に増しただけで、弘は見つかりそうにない。
村を出て捜すことは、弘のことよりも、児童たちに事故を起こさせるようなものである。
「誰の家にも来ていない。どうしたんだろう」捜す当てがつきた。
梶野先生は、周りの明るい提灯に浮き上がるよう、しばらく立ちどまって思案していたが、
「引き返そう」と、帰り始めた。
提灯が各々の足並みに揺れて引き返し始めると、それに合わせてまた、話し声が弾む。
「弘ちゃん。納屋か、炭小屋へでも、もぐってんのと違うか」
炭谷君が思いついたと言うふうに、大声で言った。
いっとき、話声がとぎれて、立ち止まった提灯もある。
「ほんとだ」。「そうや、そうや」。
いままで、どうして気づかなかったのだろうと、言わぬばかりに、四、五人の相槌を打つ男の子。と、
「違うわ、違うわ。弘ちゃん、お母さんに虐められてばっかり、いやはるから、遠い所に行きはったんやわ」
一人の女の子が、弘の見つからないのを当然のように言う。
それに合わせたように、ほかの女の子たちも口々に声を合わせる。
「遠い所ってどこや」
継母の弘に同情している女の子たちは、「弘が死にに行ったのかもしれない」と、そんな不安なことを、誰の心のなかにも描いているのだが言葉にならないのだ。
女の子たちは黙まってしまう。
暫く話し声がとぎれた。
その静けさを破るように
「弘ちゃーん」と、
堪りかねたように、呼声をあげた男の子があった。
それが、きっかけとなって、みんな思い思いに叫ぶ。
村に引き返す途中で、すっかりその声が揃い、黒くうずくまったような山々に大きくこだまをさせて行った。
子供たちの声に応えるように、こだまではなく、自明垣内に近づいた時、向こうから提灯を下げて、
「弘ちゃーん」と、声を上げてこちらにむかってくる一団があった。
それは自明区の奥田君と、五、六年生の学童たちと弘の父だった。
子供たちの提灯がぶつかり合って、そこだけ昼のように明るく梶野先生と弘の父の二人は、浮き上がったように子供たちに取り囲まれる。
「前田とこから、桐久保の旦那と別れて、弘を捜し来よりましたが、何処にもいよりまへん。みんなが心配して、一緒について来てくれよりましたんや」
感謝の瞳で、連れ立ってきた奥田君たちを一通り見回して、梶野先生と話し始めた。
「そうですか。で、桐久保さんは…・」
梶野先生の問に
「前田のとこへ行かはりましたけど、山の話で少しこじれて、また峰垣さん所に行かれっましたんや。わしも一緒にと思いましたんやが、弘が気になるので、勝手させてもろうて来ました」
梶野先生は、山のことで話がこじれていると言う意味がよく分らない。でも、そんなことには関係がない。弘の父の返事に
「学級の生徒の家の、どこにも行っておりません。お父さんのほうで、心当たりはありませんでしょうか」
「それが…」
梶野先生の問いに困ったと言うふうに、一言口に出しただけで考え込んでしまった、弘の父。
弘の父の考えこんだ淋しげな様子を引き立てるように、梶野先生は、
「みんな、もう一回見まわってみよう」
と、子供たたちに向かって提案してみる。
その提案に、
「どこかの藁小屋で隠れとんのと違うか」と、
子供たちは口々にやかましい。
それを、決定づけるように自明区の奥田君が
「先生、炭小屋も捜してみよう」
と、梶野先生の心を動かせるようにはっきりと言う。
梶野先生は引きずられるように、
「それじゃ、二組に分かれて、山も捜してみよう。一時間たてば、ここでまた落ち合う。それでも見付からなかったら、青年団と消防の人に、お世話をかけよう」
と、子供たちを二組に分けて、山の炭焼き小屋を探してみることに決め、一組は梶野先生。一組は弘の父について行ってもらうように話した。
「しし、出てきよらへんか」
「うちら怖いわ」
「もう帰えろうか」
女の子たちは山の炭焼き小屋を捜すと決まって脅えたように、ひそひそと、思い々に語りあって、そのことを梶野先生に話したそうだが、弘が見つからないいま、はっきりとそんなことを言って断わることも出来ない。
氏神様の森を抜けて、区の山林に向かう梶野先生と奥田君たち。
嶽の山に向かう弘の父と隆たち。
明るい提灯の集団が二つに分かれて、くろくろとうずくまったような山をめざして、再び、弘捜しが始まった。
*しし(いのししのこと)

弘ちゃんは生きている(30)  木村徳太郎作   未完

「先生、お願いしまっさ。私らは前田へ行く途中、心当たりを尋ねます」
県道まで来ると、桐久保さんが梶野先生にそう言うと、弘の父と、前田さんの家のほうへ県道を右に折れていった。
「僕たちは生徒の家を訪ねてみましょう」梶野先生は桐久保さんたちとは逆に、隆と県道を左に取った。
四、五分歩いて県道ぶちの越出あや子の家に来た。
「隆君、君、ちよっと入って聞いてみてくれないか」
梶野先生が、家の表に立ち止まって隆に言う。
越出あや子の父は役場に勤めている。このあたりには珍しく硝子窓の多い明るい町屋作りである。
同級とは言え、女の子の家を訪ねるようなことはあまりない。
おまけに夜だ。家の人におかしく思もわれやしないかと言ったような恥じらいが、隆の顔に浮かんでいる。
それを打ち消すように、表に立っている梶野先生の方を振り返って、にっころ笑って見せると
「今晩は。あやちゃんいますか」と声をかけた。
暫くして
「だあーれ」と、いつもの洋服のあや子が、村の子供らしく綿入れ甚平姿をみせた。勉強でもしていたのだろう。
「まあ、隆さん。なにやの」
学級でも成績の良いあや子は、自負するところがあるのだろう。また、父が役場勤めなので、山村の、ほかの子供のように山持ちの隆に遠慮するところがない。今頃尋ねてきた隆を、けげんなふうに明るくはずんだ声で尋ね返す。
尋ね返されて隆は照れくさそうに
「先生もきてはる」と、あらぬことを口走って弘のことを、しばらく尋ねしぶったが、すぐに
「弘ちゃん、どこへ行ったか分らんので、捜してんのや」と、きおって言う
「弘ちゃん、おれへんってどうしたの」
隆の問いがすぐにのみこめないあや子は、怪訝そうに話の糸口をさぐるように言って、
「弘ちゃん、男やもん、遊びにきやはったことなんかないわ。うちとこ来てもあかんのに」と、同じ学級なのに、男と女のつきあいのなさを割り切ったように言う。
言われてみて、隆は「なるほど」と、女の子の家を訪ねてきたことが、今更のようにおかしく恥ずかしく思えた。
照れて後ろを振り返って、表の梶野先生の方に目をやった。隆のその様子に、梶野先生はもどかしく思もったのだろう。家の中に入ってきた。
梶野先生をみると、今度は隆でなくあや子が恥じらい、それを紛らせる風に
「母ちゃん。先生がきやはった」と、奥に少し駆け入って母親を呼んだ。
出てきた母親は、梶野先生と隆を見て、急いで座布団を勧め、あや子に茶器をもってこさせ、改めて挨拶をする。
腰を下ろした梶野先生の様子に、隆も持っていた提灯の灯りを、ふっと吹き消して同じように座布団に腰を下ろした。
弘の出来事を手短く話す梶野先生。
聞きながら、茶を入れて、梶野先生に勧め隆にも出して母親は
「どうしたんでしょうね」
と、梶野先生の思案に合わせて言い、
「あや子、おまえも一緒に行っといで」と、
自分の親切心をあや子に表わせようとする。
あや子も興味を感じてひかれる物がったのだろう。立ち上がると、外に出る仕度をはじめた。母親もすぐ新しいぶらりん提灯に蝋燭を入れ、あや子が出られるように応じた。
「母ちゃん。行ってきます」
運動靴をつっかけ、提灯に灯りを入れるあや子。隆も吹き消した灯りを再び入れる。
「先生お願いいたします」
「見つかるか。とにかく捜してきます。越出君も一緒に行ってくれて助かります」
受け持ちの児童二人が梶野先生と一緒に弘を捜しに行くことになった。
梶野先生は弘を捜すことに、ますます心がかたまり、勢いづいてきたのだろう。少人数よりも多人数の方が、なんだか早く弘が見付かるように思えてあや子の母親に、あや子が出てくれることを嬉しそうに感謝した。
表に出ようとする三人に母親は
「隆さんこれ持って行き」
と、手早く紙箱からビスケットを少量つまみ出すと、紙にくるんで隆にもたせた。
「うちも欲しいわ」あや子も母親に甘えて言った。その言葉に
「先生も包みましょうか」と、母親は言ったが、
梶野先生は笑って断り、懐中電灯を一つ点滅させると表に出た。
隆とあや子の提灯の明かりで、再び県道を学級の児童の家を訪ねて三人は足を運ぶ。

2006.11.22


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