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のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

弘ちゃんは生きている(1)

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弘ちゃんは生きている(29)  木村徳太郎作   未完

 途中学校に寄ってみた。
宿直の梶野先生はいたが、弘はこないと言う。
桐久保さん宅にも来たが、やはり、弘は来ていない。
奥さんに、はっきり言われて父は不安に駆られ始めた。
桐久保さんに連いて、前田さんの所に行くどころではない。
弘の父の心配気な様子に、あわせたように自明区の峰垣さんが言ってきた伐木のことを一刻も早く、話をつけようと桐久保さんは弘の父を誘い出したものの、父の心配気な様子に前田さんのことよりも、子供の弘のことがやはり気になりだしたのだろう。
「いま時分、どこへ行ったんだろう。常から良く行く学校友達の家に心あたりがないのかい」と、弘の父に尋ねてみる。
しばらく考えてはいたものの、弘の父のにも心当たりがない。
酒の酔いもすっかりさめて、弘に自転車を買ってもやれない始末になったことが、胸をえぐられるように悔やまれ、今更のように大金を酒に変えてしまった事が残念だ。
「おっちゃんアホやな」桐久保さんから、ぼんやり事情を聞いて知ったのだろう。隆が、土間に心配気に立ったままで腰も下ろさないで弘の父を冷やかした。
隆に「アホやな」と言われても弘の父は苦笑いするだけで、答えることが出来ない。
「これ、そんなこと言って…」
桐久保さんの奥さんが横から、隆をたしなめている。たしなめて奥さんは
「隆。もういっぺん、学校に行ってきてみ」と、言いつけ、奥へ提灯を取りに行く。提灯に灯を入れてもらって受け取ると、隆は「ぼん、すんまへんな」と恐縮そうに言う弘の父の言葉に送られて暗い表に出かけた。
と、向こうから懐中電灯の灯りをつけたり、消したりしながら桐久保さんの家に通じる、野道をこっちに向かってきた人がある。隆はしばらく立ち止まって待った。
梶野先生であった。
「隆君。弘君こなかったかい」
梶野先生も隆と気づいて訪ねてきた意味をすぐに口に出して問いかけた。
「僕も先生のとこへ行こうとしとったんや」
「そう。弘君のお父(とう)さん、来たんだね」
梶野先生は桐久保さんの家の中を覗くようにして聞く。
梶野先生に従って、隆も提灯の灯りを吹き消すと家の中に引き返した。
「おう、先生…」
桐久保さんが火鉢のふちから立ち上がるようにしてかける言葉が終わらないうちに、
「弘君分りませんか。私も気になったもので心当たりを尋ねてみようと出かけてきたのですが」
梶野先生は弘の父のほうにちらりと目をやって桐久保さんに言葉をかえすと
「どうです。もう酒酔いは大丈夫ですか」
と、弘の父のほうに向かって言い、上がり口の火鉢のところに近寄る。
頭をかき照れくさそうに
「とんだ迷惑をかけまして、その上また心配をかけてすいまへん」
弘の父は素直に詫び、感謝の言葉をあらわして、
「先ほどはお邪魔しました。もう大丈夫です」と、挨拶を返す。
火鉢のところから少しずり寄った弘の父の様子に、梶野先生も火鉢のところに腰を下ろした。
「どうしたんでしょうな」
梶野先生が案じるように言ったのをきっかけに桐久保さんの奥さんも、隆も寄ってきて思い思いに心当たりを話し出した。
が、誰も弘が何処に言ったかはっきり言い切れる者はない。
駄菓子を思い出したように摘まんで、奥さんが入れる渋茶を啜るばかりで時間が過ぎていくばかりだ。
たまりかねたように梶野先生、「隆くん、先生と一緒に村を探してみよう」と立ち上がった。
「うん」
先生と一緒に行くことが隆には嬉しい。それに先生の誘い声に友達の弘を早く捜し当てたいと言う思いが胸にいっぱいにひろがってきて、弾んだ声で返事を返すと土間に下りて、玄関脇に置いた提灯にふたたび灯りを入れ始めた。
その様子に子供のことゆえ、帰えってこぬことはないだろうと思う慰め心と、何処に行ったのだろうと言う心配心とがこんがらがって、そのどちらにともけじめがつかない弘の父は、梶野先生の弘を捜しに行こうとするはっきりとした行いに、そのあいまいな心が急に弘を心配するほうにけじめをつけられて救われるようにほっとした。
それと一緒にいつか、弘の詩のことで梶野先生に注意された酒のことと、また垣内の山を分けることで前田朝子が不公平だと言ったことを権利、平等、団結と、教材に託けて教室で話したことなどから、若い梶野先生を共産党がかった先生と、なんとなく不服をもっていたが、そんなこととは別に、姿を消した受け持ちの児童の弘を案じて捜しに行こうとするてきぱきとした行いを見ると、弘の父は梶野先生への不服をさらりと忘れて、なぜか胸に感謝の気持ちがぐっとのしあがってきた。
「旦那。先生だけに心配かけとって、親のわしがぼんやりしとれまへん。前田の所へ出かけまひょ。そのついでに弘を捜してみまっさ」
感謝の気持ちが、弘の父をも奮い立たせたのに違いない。今までの煮え切らない様子が、がらりと変わったように元気に弾んだ声で桐久保さんに言い、隆と表に向った梶野先生に
「宿直で休んでいやはるのに、先生えらい迷惑かけます。ひとつよろしく頼みまっさ」と、お願いの言葉に感謝の思いを込めて言った。
梶野先生は隆の肩に手をおくと
「隆くん、出かけよう」
と、弘の父の言葉を目だけで受け取ると、懐中電灯を試みるように二、三度土間に点滅させて外へ出た。
桐久保さんの奥さんが、表まで見送った。
「じゃ、わしらも行くとしょう」
前田さんの所へ、弘の父を誘い出したつもりの桐久保さんが、今度は弘の父にさそわれたように腰を浮かした。
土間にもどって桐久保さんの奥さんが別の新しい提灯に灯りを入れている。

2006.11.17

弘ちゃんは生きている(28)  木村徳太郎作   未完
母に見つかったらいつでも逃げられるようにと、用心しながら再び節穴に近づいた。
「弘はどうした」
喧嘩していて、弘が表に飛び出したのに気づかない。前田さんを呼びに行かせようとでもするのだろうか、父が母にぼそりと初めて言葉をかけた。
母は「呼んできまひょか」と言っておきながら、そのことをすっかり忘れたように父の言葉には答えないで、散らばった千円札を喧嘩の後始末をするように拾い集めている。
父が尋ねているのにそれに答えない母の様子に、弘はまた悲しくなってきた。
母は「おれがいなくなることを、願っているんだ」と思える。
家にかえってやらなければ、母はどんなにか喜ぶだろう。
「弘ちゃんはどうしたんや」父に言葉をかけられながら、そっけない様子、千円札をまとめている母の様子に、桐久保さんも腹立たしいものを感じたのだろう。父と同じように母に言葉をかけた。
「美代。兄ちゃん。何処へ行ったんや」
桐久保さんに言われて、母は弘のことに始めて気づいたように、ばつが悪そうに美代に尋ねる。
答えない美代。
「ちよっと、表に行って見てきてみい」と、今度は父が頼み込む風に美代に催促する。
「うち、知らん。さっき喧嘩しているときに、表に出よった」
美代まで母と一緒に弘のことなんか気にも留めていない様子。
自分の気の向かないことは、父の言いつけでも返事をしないのが、母と美代の日常である。
おまけに今日は、父が酒に酔っ払って無駄な金を使い果たして喧嘩をした後だ。
逆らうように無愛想なのは、分りきったことだ。
「おまえら、二人はどうして、弘をそんなに毛嫌いするんだ。見に行ってやったらどうだ」
母と美代のぐずぐずした様子に、桐久保さんの手前堪り兼ねたのだろう、父がとうとう怒りを堪え切れぬと言う風に、声を荒げて言う。
「そんなに気になるんやったら、あんた、見に行ったりなはれ。あんたの日頃の行いが悪いから、弘まで捻くれるんや。
母は自分のたち性質を棚に上げて、父に言い返す。
またぞろ、喧嘩が始まりそうだ。その様子に弘は悲しくなってきて、ふと、死んだ母のことを思い出した。
顔は思い出せないが、いまの母のようにいじわるではなかったように思う。
節穴を覗き母のきつい言葉を聞いていると、どうして父は母に負けるんだろう。亡くなった母には、父ももっと父らしくふるまっていたように思える。
そう思うと、弘はたまらなく淋しくなってきて父まで頼れなくなって来た。
あんなに楽しみにしていた自転車も父は買ってくれないで酒を飲んでしまったではないか。
母だけではない。父も弘のことを思っていないんだ。
「捜しに来ないんだったら、おら、帰ってやらねえぞ」。
夢中で家を飛び出して、家の中に入りにくくなったところへ、母の意地悪い言葉を聞くと、弘は本気にそう思えてきた。
その時
「前田のところへ行ってみよう。もう帰っとるじゃろう」
山の話を進めるのに、ぐずぐずしていられないと言う風に、桐久保さんが言った。
酒の癖の疲れと、喧嘩の後で、外へ出ることが億劫なのだろう。
父は、弘に前田さんを呼びにやらせようと考えているのだろう。
「旦那、前田が此処へ来るように弘を呼びにやらせまっさ」と答えて
「兄ちゃんを、ちよっと見て来てみ。表にいよるんやろ。呼んで来い」
と、美代に押し付けるように、きつく言う。
父の言いつける口調の強さと真剣な顔つきに美代は恐れを覚えたのだろうか、やっとたちあがったのをみると「帰ってやらねえぞ」と言うその心と、美代に見つかりたくないと言う心が、さらに重なって、弘は節穴から退くと家から出てきて、
「兄ちやーん」
と呼んでいる美代との声を後に、なんとなく学校のほうに足を向けて駆け出していった。
                 ★
「だから詰まらない喧嘩をするもんでない。子供が可愛そうじゃないか」
表に出た美代から、弘の姿が見えないことを聞いて桐久保さんは父を責める。
「どこに行ったんやろう」
桐久保さんの言葉に、心配気にぼそりと言い、母のほうを見る。が、対手にもならなそうな母のようすに、
「旦那はん。前田の所へ弘を見に行きがてら、行ってみまひょう」
弘に前田さんを呼びにやらせようと思っていたのだろう。その弘が見えなくって、父は思いあぐねた風にやっと腰を上げた。
喧嘩で道具の散らばった部屋を気にも留めないで
「しっかり番をたのむぜ」と、母に言うでもなく、美代になんとなく言葉をかけると、桐久保さんと、前田さんの所へ伐木のことの話をするために表にでた。
2006.11.12


(あらすじ)

弘は、父と継母と、連れ子の妹の四人家族。戦災で焼け出され村に帰った弘の父は、少しばかりの山仕事で生活を支えていた。山深い村が、「町村合併」になり、その前に、村の持ち山を村人に分配してしまうことになる。弘の母は、苦しい生活のなかで酒癖の悪い弘の父への不満などが、弘へ辛く当たる態度に出る。そして、
山の子供たちは、そんな大人の世界とは別に子供の世界で大きくなっていくが、大人の世界を少しづつ垣間見、巻き込まれていくことになる。分配どき、村と個人の境界線の木を、自分のものとして伐った者もいる。弘の父は労せずして入った金を、「自転車を買ってやる」と弘に約束をしておきながら、金の大半を酒に使い果たしてしまう。そして弘の父と母の喧嘩が始まり弘は家を飛び出した。
(花ひとひら)

*原文の「お父っあん、お母っあん」を父、母で打ち込みました。また、不適当な表現は避けるようにしました。後に(校正、添削、未完のため加筆)時には、また考慮させて下さい。


弘ちゃんは生きている」(27) 木村徳太郎 作
                 ★

 表に飛び出したものの、行く所もない。
宿直だと言っていた梶野先生のいる学校のほうに、なんとなく足が向く。
県道はすっかり暗くまだらな人家の明かりが、家を思わせて、行くあてのない弘の淋しい心が、いっそう淋しいものにさせる。
 いつかは、美代と喧嘩をして母に叱られ、父を慕ってお宮の石段に腰をおろして、父を待ったことがある。
そのときは、父が垣内の集会所に居(お)って、あてがあったが、今日は誰も頼みにするものがいない。
梶野先生にでも、この淋しい気持ちを話してみようかとも思う。だが、恥ずかしくって話せそうにもない。
 石段に腰を下ろした弘は、父、母のことを思ってみる。
父はどうしてあんなに酒を飲むのだろう。母はどうしてあんなに叱るのだろう。
考えても分らない。目から涙も出なくなった。
心にかかることは、父と母の喧嘩が「どうなっただろう」と言う心配ばかりだ。
 喧嘩が怖くって、夢中で家を飛び出したものの、そのことが心に掛かり始めると、じっとしておられない。
立ち上がって、家のほうに引き返し始めた。家の中の気配一つでも受け止めて逃がさないと言うふうに神経をそばだてて家に近づいた。
「自明の峰垣が来よった。前田が伐った分は自分のものだとねじこんで来よった」
話し声が聞こえる。
父でも母でもない。すぐに桐久保さんの声だと分った。
「へぇっ。早いこと、どこで聞きよりましたんやろ。でも伐ってしまいよったもんは、どうなりまんねん」
酒の悪癖と、母との喧嘩で、父の声は元気がない。震えている。
弘は、雨戸の節穴から、中をそおっと覗いてみる。
喧嘩のときに投げ出されたのだろう。道具や瀬戸物の割れたのが、部屋いっぱいに投げ出されている。
その醜いものを忘れでもさせるように、母の内職の真珠球が、きらりきらりと光輝いて散らばっている。
あれを拾い集めるのも大変だ。それどころではない。散らばり失くした真珠球の弁償をするのも大変だろう。
母がくやしそうに、父への怒りと不平をむせび泣きながら、桐久保さんに訴えている。
「だから言わないこっちゃない。余分な金を持つと、こんなことになる。でも、まあ出来てしまったことはしかたがない。ともあれ、夫婦喧嘩は後まわしにして、この方が先だ。前田も、『もう金を使ってしもうたやろか』」
母の言い分をなだめながら、この方が大変なのだとばかりに、桐久保さんが話し続けている。
「前田といつ別れたんや」
「それが、酔うてしまうて、分りまへんので…・」
桐久保さんと、向かい会って話している間に、酒の癖で仕出かした過ちを思いかえしたのだろうか、目にみえないものに責められているように、うなだれて気弱くぼそりと言う。
「だらしのないこっちゃ。おまけに、このありさまはどうや。都合良くわしが着たから喧嘩も止まったものの、来なかったらどうなるんだ」
出来たことは仕方がないと言いつつ、桐久保さんも、散らかっている道具類を見回して、あきれたふう。
「明日にでも、自明区の峰垣に、桧の話を示談にさせなけりゃならん。金ですますとすれば、前田にその分を戻してもらわなけりゃならん。もう、帰っておるやろ。前田はおまえさんほど酒も飲みよらんからのう」
雨戸の節穴からのぞいていた弘は、桐久保さんの、その言葉に、山で父が言っていた事を思い出した。
なにか「もめなきゃいいが…・」と、独り言を言ったはずだ。
その言葉の意味を問い返したとき、「子供にはわからん」と、言いよった。
どうやら、そのことに繋がりがあるようだ。子供の弘には、大人の世界の難しい話はわからない。
だが、桧牧垣内の立木として伐ったものが、自明区の峰垣さん個人持ちのものだと言って来よったことが、子供の弘にもぼんやりと分った。
「見てきまひょか」
ふいに、母が思いついたように立ち上がって言う。
山で父が、言いよったことを桐久保さんの言葉に思い合わせていた弘は、どきりとして、節穴からおもわず、二、三歩後ろにしりぞいた。
母は、父と一緒に酒を飲みながら、父をほったらかしよった前田さんに腹立たしいものを覚えたのだろう。
その腹立たしさが、少しでも、前田さんが困りよるようなことが起きるのを望んでいるに違いない。母はそんな性質だ。それとも桐久保さんにお愛想を言ったのだろうか。
母が出てくるだろうと、物陰に身をひそめて伺がった弘は、そんなことを思いながら、様子を伺っていた。が、母は出てこない。

2006.11.07

弘ちゃんは生きている(26)  木村徳太郎作
「おら、先生に怪我のときも乗せてもらったし、また乗せてもらって嬉しいな」背で、父親のことよりも、そんなことを言っている弘に答えないで、自動発電ランプの明るい光を暗い空間につきさし、それを、前へ前へと押し進めるように町へ急いだ。「速いなあ。おらも、今日、自転車買ってもらえる。買ってもらったら、先生と競争するんだ」梶野先生は、なにか考えているように、弘の喜びの言葉にも答えない。梶野先生の様子に、常にないものを感じて、弘も黙ってしまう。井上の万やさんの前を通り過ぎ、宇多川を左に折れようとした時だ。土手につながる県道に黒く蹲くまったものに、梶野先生は「はっ」と驚いて、ブレーキをぐっとかけた。
後ろの弘が梶野先生の背中にずしんとつきあたって、二人とも前にのめりこむようになり、それでもことなく自転車をとめた。「先生どうしたん」と、弘が体を少し横にねじまげて前を見る。発電ランプがとまって暗く、とっさに判らなかったらしいが、やはり心におもい当たるものがあったらしい。「お父っあんだ」と、梶野の先生よりも、さきに気づく。
「えっ」弘の言葉に、梶野先生は、自転車を降りる。それよりも早く、弘は自転車の荷物代から滑り落ちでもしたかのように降りると、黒くうずくまっているものに。「お父っあん」と、言葉をかけ、手をかけた。
返事が無い。よほど酒を呑んで苦しいらしい。それでも弘と気づいたのであろう。黒くうずくまっていた人は「うーん。弘か。今ごろ、何しにきた」と、舌も縺れて、動くのが大変らしい、やはり、弘のお父っあんである。肩に手をかけた弘の手を振り払らって「なんじゃ。前田はどうした。前田は…。金は…。金は足りたか分からぬことを、ぶつぶつ喋べったかと思うとまたうずくまって、大きなないびきをあげる。「お父っあん。お父っあん。自転車はどうした」その様子に、弘は一度に悲しくなってきて、待ちのぞんでいた自転車の事を聞いてみる。それにも答えないで「あかん。みな金使こうてしもた…。お父っあん馬鹿やな」と、一人ごとのように、言葉尻が弱くなり、弘にすまなそうにまた顔をそむけてしまった。どうやら持っていた金を、全部酒を呑んでしまったようすだ。弘は気が狂るったように「お父っあんの馬鹿。お父っあんの馬鹿」と、叫ぶ声をだして泣きながら、うずくまっているお父っあんの背中を握りこぶしでうち、それどころか足で蹴りだした。その様子に、「まあ、弘君待ちたまえ」と、梶野先生が弘のお父っあんを弘から庇うように傍に近寄ると、弘の手をぐっと握り止めたのである。

ハイヤーの金を払い、梶野先生は運転手に手伝わせて酔いつぶれている弘のお父っあんを家の中に担ぎ入れる。きつねつきのお母は、お父っあんの様子に、怒りが爆発しそうだが、」梶野先生がいるので、爆発させることもならないのだろう。口早く事情をはなす梶野先生にも、腹立たしい様子。むっとした顔つきで美代に手伝わせて寝床を敷きながら、はじめて「なにぼやぼやしてんねん、早よ、お父っあん寝かさんか」口から針でも吐き出すようにきつい口調で、弘に言う。弘は酔いつぶれたお父っあんよりも、今はお母のほうが恐ろしい。
皮膚の毛穴の一つ一つから、お母の感情の高ぶりが、電波で流すように突き刺さってくる目から涙がこぼれている弘。辛いのであろう。子供だから、この不満をだれにも訴えることは出来ないのだ。お父っあんをかかえて寝床に連れて行こうとする。梶野先生にすがって、お母呪いの術にでも罹かって腑抜けたような弘は、お父っあんを寝床に寝かせようとおろおろしている。酔いつぶれているお父っあんをやっと寝床にいれる。寝床に入れられたお父っあんは、好い気なものだ。弘の哀れな気持ち、お母の怒りに震えた気持ち、酔っ払っていてとんと感じぬ。「ウ、ウウーイ。ここは何処じゃ。水、水、水を持ってこい」まだ、町の呑み屋で酒をのんでいる夢でも見ているのだろうか獣のように喚めいている。お父っあんを寝床に入れた梶野先生は上がり口に腰をおろすと、やっと、自分の務めが終わったと言うふうに落ち着きをとりもどして、「大分酔っておられるようです。道でたおれておられたのですよ。弘君一人では駄目だと思って、一緒に行ったんですが。どうもあま良いことではありませんね」お母を見て言う。お母は梶野先生の目を避ける。どうも若い先生からそのように言われることを親切だとは思わないらしい。なんだか、お父っあんのふしだらさと、自分が妻としての責任のなさを言われているようで、僻んでいるのだ。その僻みが、いっそう、お母をひねくれさせた、無愛想で、お茶を入れようともしない。腰を下ろした梶野先生に「早く帰って欲しい」と言うふうな様子がみえる。「水、水、水持って来い」お父っあんがまた唸なった。その声に弘は家にいて、きつねつきのお母と顔をつきあわせているのが恐くってならない。その恐さが酔っ払って、魂の抜けたようになっているお父っあんでも、やはり頼りにしょうとするのであろう。道で酔いつぶれていたお父っあんを見つけた下り、井戸へ水を汲みに行こうとする。
「ほっとき」その様子をみて、お母が浴びせかけるように弘にどなった。はっきりとお父っあんに対して、怒りをぶちまけているのだ。梶野先生がいるので、怒りを行いに表せないだけである。
弘は一瞬戸惑った。弘だけではないお母の言葉に梶野先生もその場にいたたまれないふう。「おじゃましました。どうか、気をつけて。静かに寝かせてあげてください、そのうち酔いも醒めるでしょう」腰を浮かして帰りかけようとする。「先生もう少し…」おって欲しいと言いたいのだが、言葉にならない涙の滲んだ目に哀願をこめて梶野先生を見るが、弘の心が分からないらしい。「じゃあ弘君、先生は宿直だから学校に行く。用事があったら来ておくれ。さようなら」立ち上がって、表へ出かけようとした。と、「先生おらも学校に行く」弘が梶野先生について表に出ようとする。その背に「弘、先生の邪魔したらあかん」お母がとめた。弘は立ち止まった。表へ出かける先生に「先生。お父っあん、すみませんでした」と、言葉をかけて先生と一緒に行くことを、お母の言葉が恐くって思い返えしてあきらめたふうだ。引き返してお父っあんが、まだ水を求めている声を耳にすると、こらえかねたように再び井戸端へ水を汲みに行こうとして、コップを出すべく台所の隅の煤けて黒ずんだ水屋の戸を開ける。あけたがコップがない。ふりかえり、お母に聞こうとしたが、先ほど止められ恐さで訊ねることもならない。何気なく見回すと、美代のみかん箱の机の上にある。「美代、ちよっと、コップとってんか」美代は素直にとらない。じろりっとお母の顔色を読んで聞こえぬ素振り。美代が聞こえぬ素振りをするものだから、弘は土間から上に上がりかけた。と「ほっときと言うのに分からんのけ」梶野先生が、帰えってしまって、こらえていた怒りを抑えることが、できなくなったのだろう。なに弘とコップに当たらなくともよいの、つと立ちあがって、みかん箱の机の上からコップを手にとると、憎々しげに「オマエがつまらんもの買ってくれと言いよるから、こんなことになるんじゃ。甘えよって。おまえのような奴は家におらんと出ていけ」と言うなり、弘にむかってコップを投げつけた。子犬が身をさけたように弘は跳ねどいた。土間に砕けたガラスのコップ。目に涙をにじませていた弘は、こらえきれなくなったように、声をあげてなきだした。あふれる涙を手でこすっている。それをきっかけのようにお母は酔いつぶれて寝床で唸なっているお父っあんの傍に近寄ると、「あんた、どうしはりましたんやお金。みんな使こうてしまいはりましたんか」頭に手をかけ、ぐいぐい揺さぶりながら聞く。頭を揺さぶられてお母だとお父っあんは気づいたようだ。でも自分のやった来たことにまだ気づかぬふうだ。「ここはどこや」と、じろりと家の中を改めるように見回す。「なに言うたはりまんねん。ここは家やおまへんか。分からんようになるまで、呑みはりましたんか」家と聞いてお父っ安心したのだろうか、お母に「水、水をくれ」と、また催促。その言葉を受け付けないで「桐久保さんの金。みんな呑まはりましたんか」どこへ、お金やりはりましたんや」と、問いつめるお母。煩さくなったのか、お父っあんは急に寝床から立ち上がると、水を飲みに行こうとするのだが、体をひょろりひょろりとひょろつかせながら土間に下りて行こうとする。行きかけて、思いついたと言うふうに寝床を横にずらせ、畳の隅を上げると、家に置いていった二万円の金を引きずり出し「うるさいな。金はあるやないか、ほらみてみ」と、お母の手元に投げだす。けげん顔ながら、瞬間満足げに顔がほころぶお母。だが札束の薄いのに気づいたのだろうか、札束の枚数を読み終わって、三万円足らないのを知ると、「これなんだんねん。桐久保さんに貰らわはったのは五万円のはずやおまへんか。後はどうなりましたんや」下駄がうまくつっかけられないのだろう。体を揺ぶりながら、下駄を履こうとしているお父っあんの側に近寄ると、立ったままお父っあんの背中に憎しみをつき混ぜた口調で強くぶちまけた。他のことを考えているのだろうか。弘しのお父っあんはそれに答えなかったが、泣いている弘を見ると、酔った心にも少しは自分の誤った行いを思い出すことが出来たのであろう。だが、その過ちをひつっこく責められたくないという気持ちが、泣いている弘をみるといっそうたかまって「やかましいやい。ごてごて言い寄って、弘をなぜ叱り泣かすんかい」と、お母の憎ゝしげな言葉を跳ね返すように言って「弘、泣くな。お父っあんにまかせとき」なにをまかせとくのかわからない。自転車は買ってやるというつもりなのだろうか。口調を和らげて弘に向かって言うと、井戸端のほうに行きかけた。そのようすにきつねつきになっていたお母の怒りがとうとう爆発した「家の言っていること答えられしまへんのか」と、後ろからお父っあんの襟首をつかみ、ぐいと引き戻した。「なにさらしけつかる。酔っていると思って馬鹿にしてきさるのか」後に引き戻どされたお父っあんは、首をねじまげて、お母の手を離すと一緒におもわず手がでてお母を下手でぐんとはねた。酔っぱらっていても山仕事に従っているお父っあんの力は普通ではない。板の間に転がされたお母は立ち上がると力ことなん思っていぬのだろう。お父っあんに手向かって喉首に手をかけた。そのとたん、千円札二〇枚、ビラをまいたようにそこらに散らかる。お父っあんとお母の喧嘩が始まったのである。美代がわっと鳴き声をあげてお母にすがり付いて、止めようとする。土間の隅で泣いていた弘はお母の手から投げつけられた道具が地面にぶち当たった音にはじかれたように無我夢中で表に飛び出びだしたのである。

弘ちゃんは生きている(25) 木村徳太郎作

                  ☆
垣内の山から家まで枯柴を六足運んで日暮れになった。お父っあんがもう帰ってくる時分だ。それなのに帰ってこない。新しい自転車を買ってもらっても、日が暮れてしまったなら乗れない。弘は外に出て何回も町のほうをみることをくりかえしていらいらと心がおちつかない。「お父っあん遅いなあ」と、お母に話かけてみたいが、きつねつきになったお母は、なんとなくおっかなくて声がかけられない。その内、弘よりも、お母が心にかかりだしたのであろう。「お父っあん、桐久保さんの家に、行きよったんじゃろう」「うん昼の弁当食ってから、僕の自転車や、美代のシロホン買ってくると言いよって町に行きよることにして、山を昼に出よった」「桐久保さんから、お金受け取りよったんじゃな」「おら知らんけど、山で桐久保さんが帰りに寄ってくれと言いよったから、貰ろたんやろ。そやないと自転車買われへんものな」「金貰らったら、無駄に使いよる。いらん物ばかり買いよって。そうじゃろう。家の暮らしがこんなに困っとるのに、自転車なんて、いらんもんじゃないか」自転車という言葉がお母の口から出たので、弘はなんとなく、おっかなくて黙ってしまった。「金を持ったら、自分ばかりええ目をしよって。ちよっとは家のこと考えてみい」弘を淋しさから紛らわせようとして、お父っあんは、自転車を買って来ようとしているのだ。が、お母にしては、そのようなもの余分なものと思っているのだろう。一人ごとのように不平を並べながら、真珠玉通しの内職を置くと、台所に降りて、夕御飯の仕度を始めた。日の永い春も、はや日暮れようとする。外に出て、友達の所に遊びに行っていたのであろう美代が家に帰ってきた。「お父っあんまだ?」美代も買ってもらえるシロホンが、心にかかるのだろう。米びつから米を計かっている、お母のそばに近寄って聞く。「うん」。と答え座敷にあがって、宿題の団結の詩をつくろうと、学校道具を広げた弘のほうに向うと「桐久保さんとこ行ってな、お父っあんいつごろ帰えりよったか聞いて来てみい」と、帰りの遅いお父っあんに、腹をすえかねるのだろう。美代の問いにたまりかねたように弘に指図する。「隆さんが、さっき、山に来よったときにお父っあん、帰りよったと言いよった」山に隆が来て、話していた事を思いだしたふうに言い、宿題が心にかかって、行きたくはなさそうな具合に立ちあがらない。その様子が気に障ったのだろう。「子供のいうことわからへん。行ってみいと言ったら行ってみい」自分の言いだしたことは、どこまでも通そうというふうに声が荒くなる。隆が山に来たとき、はっきりと「お父っあん家にきよって、さっき帰った」と言いよったではないか。行かずともわかっている。それが、表で遊ぶだけ遊んできながら家に帰るなり、お父っあんのことを、美代が聞きよったためにお母が思いついたように、桐久保さんとこへ、たしかめに行かせる、そのことで(美代によけいなこと、聞きよって)と、弘は不満足で向っ腹がたつが、きつねつきになったつりあがったような、きつい目でにらまれるとそれも言えない。仕方が無さそうに、机のまえを離れて土間に降りる。外に出たが、弘は桐久保さんの所に行ってもしかたがないと思っている。その時間だけどこかで時間をつぶそうと県道に出ると、町のほうへなんとなく脚を運んだ。県道の両側の杉山が黒々と、おっかぶさるように、目にさえぎり薄明るい星空だけが一筋の道のように目に入る。日暮れて人も通らない。
町のほうへ、二、三丁歩あるいた間に二人ほどの村の人とすれちがった。が、お父っあんは、やはりまだ帰ってきそうにない。桐久保さんに行かなかったが、丁度行ったほどの時間を心の中で計算すると、弘は引き返して家に帰えった。すっかり夕御飯の仕度が出来て、美代が膳の前に座っている。弘が帰ったのをみると、「どやった。いつごろ帰りよった」待ちかねていたように膳の前に、鍋をかけたままの七輪を持ち運んでお母が聞きよった。少しとまどったが、桐久保さんに行ったような顔をして、弘は「うん。二時ごろかえりよったと、桐久保さんが言いよった」と答えて、お母の再びのしつもんを避けるふうに、机の前に座りこんで宿題をはじめようとした。「御飯やのに、わからへんのけ」弘は、お父っあん帰ってから、揃って食べるのだとばかり思って机の前に座り込んだのだが、お母の言葉に「お父っあん、待つてへんの」と、不審気にふりかえり問い返す。「そんないつ帰るかわからへんもの、待ってられるけ」七輪の側に弘も座った。 
鍋にぐらぐらと菜っ葉が煮えている。油揚げが刻みこまれている。お父っあんの飯茶碗は膳にふせられたまま。鍋からなっぱと油揚げを箸でつまみ、お母と弘と美代は食事を始めた。と、その時だ、「今晩は…」と言葉をかけて、梶野先生がやってきた。「あら。先生」お母は、飯茶碗をいそいで手元におくと、常日頃話をすることもない先生が、今頃たずねてきたのを不審気な様子で迎える。「やあ、食事ですか。えらい邪魔しますな」誰に言うともなくそのように言って、梶野先生は立ったままで、「どうだい、頭の傷は」。もった茶碗を宙に浮かしたまま、照れくさそうに少し顔を赤らめて梶野先生を見ていた弘に、そのように言葉をかけると、弘の返事もきかず続けて「弘君、ちよっと」と、手招きをして梶野先生は外に出た。お母は不審気と、自分が除け者にされた様子に不服なのだろう。相手が学校の先生なので、それを言葉に出して言えないだけにきつねつきで釣りあがった目をいっそう吊り上がらせて、心の不満を顔にあらわしている。弘も何事だろうといぶかりながら、梶野先生に答えて表に出る。出てきた弘に「お父っあんは…」と、小声で家の中のお母に知られまいとするように聞く。「昼から町へ行って、まだ帰らない」弘のその答えに「やっぱり、なるほど…」梶野先生は、思いあぐねたことが的中したふうに、「弘君。先生、今晩宿直で今家から自転車で学校に来る途中に、お父っあんだと思える人が、町の呑み屋で騒ぎよったので確かめるために尋ねてきたんだが、やっぱりそうかもしれない」と一人合点すると、「どうだい、弘君。自転車に乗らないか。お父っあんかどうか確かめに行こう。もし、お父っあんだったら君が引っ張り出せよ。君が呼びに行ったらお父っあんも帰るだろう」と、弘をうながせて、「乗りたまえ、そのままで行けるだろう」と、自転車の荷物代を指さす。「そうだ」おっ母さんに言葉をかけて来よう。再び家の中に入ると、「おっ母さん、ご飯中で失礼ですけど、急ぐので、弘君をちよっと貸してくれませんか」と梶野先生、よほど急いで行こうとしているのだろう。食事も待てぬといった言い方でそれでいながら、お母にはお父っあんのことにふれない梶野先生の、せっかちな言葉に「どうしたんでしょうか」と、得心のいかぬ面持ちのお母。それにはかまはず梶野先生は「ちよっと、学校の用事で…」と、言い、お母が「そのままの服装でいいんでしょうか」と、やはり母親らしく気をつかって尋ねるのを、「いいんです。少し急ぎますから」と、強引に表に引き返してしまった。弘に「さあ、行こう。しっかりつかまっとれ」と、言葉をかけ、ペタルを力強く踏みはじめた。


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