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(24) 木村徳太郎作
「自転車やったら、駅前の池田が一番勉強しよる。おらの親類周りになるんや。買うたっとくれ」「子供のもんでいくらほどしよるんやろか」「おらに聞いたと言っとくれ高くはとらんじゃろう」万やさんは自転車の値段が分からぬのであろう。親戚回りになる、池田自転車店にいくことばかりをすすめている。村の人は買い物の値段をとやかく言はないで、知った店で買うのが一番良いように思う風習がある。弘のお父っあんは駅前の池田自転車店に行くことにきめた。「酒を呑んでいた枡が空になる。まだ呑み足りなさそうだ。いつもなら、これで打ち切るのだが、懐中にまとまった金を持ったことのない弘のお父っあんは今日は持っている。そのことが、気を大きくさせたのだろうか、「もう一杯くれんか」缶詰の鯖が残っている。。それも一緒にかたづけてしまうと改めて酒を注文した。そのときである。垣内の歩きの前田さんが表を通りすぎかけて、「よう、どこ行きや」と、弘のお父っあんをみつけて同じように万やに入ってきた。両手に大きな風呂敷包みをさげている。「おまえこそ何処に行ってきたんや」。「買い物や」矢野さんから受け取った金で、家に必要なものでもかってきたのだろう。にこにこ笑らって、垣内の歩きをしているときと違って、常にない明るい顔をしている。弘のお父っあん横に腰をおろすと、「この前は、えらい厄介かけた。垣内の山のことで、思わん金が入りえらい助かる。それに桧までつけてもろって、そのことでおまはんにいっぺん礼をしょうと思もっとたんじゃ」。前田さんは思いがけない桧の代金まで入ったことを、この上もなく喜んでいるのだ。その言葉に弘のお父っあんは、桐久保さんの事を思い出した。そのことで桐久保さんが自明区と桧牧区のいさかいがおこらないかと、頭をいためている。それに関わりなく金をつかんだ前田さんは、そんな事を知らないだけに、とんじゃくなしに喜んでいる。それに、常日頃の貧乏暮らしが、思いがけない金がはいっただけに、いっそういろんな品物が買いたくっなって町に行って来たのだろう。二つの大きな風呂敷包みを見て、弘のお父っあんは、自分と同じような心もちなのに何か羨ましくなってきた。それで、「あの桧は峰垣さんのものか、垣内のもんかまだはっきりしない。ものいいがついたならお前はん、桧の代金は返さなければならないようなことが起きるかもしれん」と、よほど、皮肉を言ってやりたくなったが、お人よしの弘のお父っあんにはその人に面と向かってそんなことは言えない。おまけに「どうや、いっぱいつきあわんか。町へひきかえそう」と、前田さんに、お礼のために、おごらせて欲しいと言われてみると、なおさら、そのようなことは言えそうにない。何も、弘のお父っあんの力で、前田さんが余分の金が入ったのではないと言う事を良く知っているものの、そのように言われてみると、お人よしのお父っあんはすぐ有頂天になってしまって(そんな桧のこと、どちらになったところで、自分には関係が無いんだ。それで、峰垣さんのものとわかったところで、もう金に替えてしまった前田さんのこと、おそらく返しはしないだろう。呑めるときに、人間呑んどくほうが利口というもんだ)と、自分の心のけじめを、そんな風につけてしまって、「うん。おごってもらわなくとも、おれも、今日は少しもっとるんや。行くか」と、前田さんのことばに、同意してしまった。「いや、お礼におれがおごらせてもらう」言いだしたことは、実行するというふうに、気前よく前田さんは、そのように言い「おっさん。もういっぱい、ついでやってんか。それからおれにもいっぱい」と、万やの井上さんに注文する。あたらめて、牛肉の缶詰が開けられ、弘のお父っあんと、垣内の歩きの前田さんは心があったように、枡の冷酒を、ちびりちびりと呑みだしたのである。懐中にお金をもっていたので、気が大きくなったのであろう。すすめるままに枡を重ねた。弘のお父っあんの気性はいつもそうなのだが、酒の量がすぎると、持っているお金を考えもなく無駄に使ってしまう癖がある。枡をからにすると、前田さんが勘定をしはらうというのをふりきって、弘のお父っあんは懐中から、札束を取り出すと二人の勘定を気前よく払ったのである。それに気兼ねして「町へいっぱいのみに行こう。荷物は此処に預けておく」と、前田さんは万やに風呂敷包みを預け、弘のお父っあんにご馳走すべく町のほうにへ誘ったのである。その時、町の飲み屋に働いている女の人だろう、万やさんに買い物に来ていて弘のお父っあんが懐中から千円札の束をだしたのを、ちらりとみてみぬふりをしていたのを弘のお父っあんも、前田さんも、気には留めず酒のご機嫌で万やを出た。勿論、前田さんが、おごるつもりで誘ったのだが、昼の弁当の焼酎と桐久保さんでよばれたことと、そのうえに万やで呑んだ酒のいきおいで、まえださんよりも、弘のお父っあんが、こんどは自分から誘いでもしたように、先になって調子よく町に歩るきだした。気にとめなかった、さきほどの呑み屋の女の人だろう、なんとなく話かけるきっかけでも見つけでもするふうに、にこにこ笑って二人の後をおいかけてきたのである。
弘ちゃんは生きている1〜23はブックマークご挨拶にはいっています。
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