来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

弘ちゃんは生きている(1)

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(19)
すぐりの木は目通り一米二〇程の杉。三分の二は鋸で引き、反対のほうに斧を打つ。お父っあんはロープの先に石をくくりつけ高くほうりあげた。うまく立木の枝にひっかかる。そのロープの端を弘に持たせ、「そら、よきを入れるほうに倒れる。その方向にうんと引っ張れ」と、立ち木を傷つけないように、倒す方向を弘に教えると「倒れてきたら、逃げるんだぞ。逃げおくれたら下敷きになってぺっしゃんこだ」と、真剣な顔つきで教える。「うん、大丈夫」お父っあんに力を合わせてすごい立木を倒す。倒れるときの痛快さに、弘はロープを握る手に思わず力をいれて、ロープの伸びるところまで立木から遠ざかった。「うんと引っ張れ。倒れる時に気をつけてるんや。木は跳ねるぞ」お父っあんは、うけによきをたした。よきを入れながらひといきついでに、弘にふたたびおっかぶせるようにきつい口調で注意する。こつん、こつん、こつん…・。
杉の梢が、五寸、一尺。よきをいれるうけのほうに傾いてくる。ほかの立木の上にかぶさらないように、弘は立木と立木の間に倒れるようにと、力一杯ロープを引っ張る。小鳥たちが突然おこった変わった出来事を恐れ慄いているのだろう。さわがしくとびまわっている。ばり、ばりっ、ばりっ、ばりっ…。
森林を根こそぎ倒しでもするように響きが大きくする。
ロープを持った手を思わず緩めて、弘は横ちょに飛び逃げた。が、立木は倒れてこない。おかしい。ピサの斜塔のように少し傾むいたまま、つったっている。「馬鹿ったれ。驚きよって。あれはこっちじゃないわい。矢野さんの分じゃ」横っちよ跳びに身を避けた弘の、慌て加減を真剣に怒っているふうのお父っあん。倒れてこない立木を見て一息ついた弘は、向こうの矢野さんが伐採しているほうに目をやった。なるほど、矢野さんの伐木している木だ。倒れる立木にふれてその近くの木が大きく揺れているのが分かる。
「そんなことじゃ、自転車も買ってやれないぞ」酒にだらしないお父っあん。弘にあまり叱言を言わないお父っあん。そのお父っあんが、木を倒すときは、きりりっと引き締まって、人が違がったように恐くなる。お父っあんの言葉は、からだに突き刺さるように厳しい。自転車と言う言葉が出て、弘は甘えたい心持がしたがそれどころではない。倒れない立木にお父っあんは、よきを入れ始めたのである。三つほど打ちこんだ。
ばしっ、ばしっ、ばしりっ、ばしりっ…。
先ほど倒れた矢野さんの立木に負けないほど、枝の折れる音が腹をえぐるように響びいて、どっと倒れた。「うわっ。ばんざい」横っちょに身を避けた弘は、すっかり倒れた杉を見て声を上げた。お父っあんは満足そうに、弘のほうを見て、にやりと笑らった。その顔はいつものようなお父っあんらしい顔になっていた。
                 ☆
杉を倒して一息入れると、弘は、藤蔓を探しに行こうとした。と、「お父っあんが探してきたるおまえ梢のほうから、枝を払らっておれ」と、いいつけて、手おき一丁を弘に渡し、枯柴をくくる藤蔓をとりにお父っあんは木立の奥へ消えて行った。渡された手おきで、倒おした杉の梢の方から、半分ほど枝を払うと、弘の手おきでは手におえないほど、枝が太くなる。弘はお父っつあんの鋸で、続けて枝を切り落とそうと思ったが、鋸の歯を痛めては…と言う不安で枝払いの手を休めて腰を下ろしていると、お父っあんが戻ってきた。
持った藤蔓を投げ出し、弘と同じように腰を下ろそうとしたが、枝を払った手おきが、無造作に倒おされた杉の側に投げ出されてあるのを見ると「あかんがな。大事な道具を使かったなら、ちやんと初めのところに置いとくんや」と、いいながら、手おきを拾いあげ、他の道具が置かれてあるところにそっ置き、再び「道具にやっかいになっとって、仕事が終わったからって、なげだしとったんではあかん。次にちゃんと使えるようにしとくんや」言葉は優しいがさきほど、立木を倒すとき真剣な顔で弘に注意したそのときのような顔付きになって言う。それに続けて、「弘、話は別やが、おまえも山稼人の子や。よう覚えとき。迷信や言うかもしれんがな、日本中どんなところにいっても、よきには三本と四本の筋が彫ってある。昼間は三本の筋の方を表にしておく。夜は四本のほうを表にしておくんや。そした山の魔物が恐れてよう近づきよらんおまじないや」「おまじないって、そんなん嘘や」得心がいかない弘はすぐ口答えしてみせる。そんなこと、言うたらあかん。おまじないは効かない迷信やというたかて昔からそう言い伝えられていることや。みんながそう思ってきたことやから、その反対をして逆らってまで、それを壊すことはない。人のいうことを素直に聞いとくのもええもんや」。弘は、なんだか口封じされたみたいで、ものがいえそうにもなくなる、でも得心がいかないので、再び「人がそうだからって、お父っあん、そんなことは信じられない」と、おかれた手よきのほうに目をちらりとやって言う。手おきの刃が白くのせて冷たく光っている。
     

花ひとひら注:よきとは(斧)のこと。すぐりとは(伐木)のことと思える。

「弘ちゃんは生きている」1〜18は ブッツクマーク「ご挨拶」に入っています


(18)桐久保さん、弘のお父っあん、矢野さんと大人の話が学校のことになってきたので、隆と弘はなんとなく心がおちつかない。隆は立ち上がると手近の細い雑木を一本折り取り、刀をふるうように、下草をいきよい良くなぎたおして歩き、みんなのところから離れた。
「隆さん」弘もその後をなんとなく追って行った。矢野さん、弘のお父っあんの「ほんまに赤じゃ」と、ものごとを、取り決めるときのような、強い口調でいっているのが聞こえてくる。すこしはなれて隆が、下草のなぎるのをやめ手に雑木をさげて、弘のくるのをまっていた。が、弘がくると「えいっ」と掛け声をかけて、杉の木の幹をうち、弘の方を見てにやりと笑い、「おら、先生のこと言わなんだら良かった」と、悔やんでいるような様子で、ぽつりという。「隆さん、柴でもつくろうか」お父っあんの手伝いが、心にかるのか、それを紛らわせるように言い、落ちている杉の枯枝を弘は拾い始めた。
                 ☆
「弘ちゃん」と、まわり三尺五寸ほどの桧の幹の一点をひとときみつめていた隆が呼ぶ。弘は拾った枯枝を同じ長さほどに折り、枯柴をつくっていた。「来てみい。えらいこっちゃ」と隆が顔だけをねじまげて弘をよんでいる、弘は怪訝な顔付きの隆に「なにごとだろう」と枯柴をそのままにして、隆のほうに近寄った。蟻である。地上三尺ばかりの桧肌の割れ目の一点から黒い糸が垂れ下がったように盛り上がって、それが地上にぞろぞろと降りていく。長い冬を桧肌の中で過ごし、暖かくなったので、地面に移り始めたのだろう。黒い糸を、ぶっちぎるように隆が「やっ」と掛け声を出し木刀をふるったように、雑木の木切れでたたきつけた。ぶち切れてたたかれたところの蟻が、五、六匹ぺっしゃんこになる。そこを点として、突然のできごとに蟻は、ごまの実をばらまいたように、右往左往。
蟻の散らばりを見ている隆と弘のそばに、作業の手を休めて桐久保さんと父が来た。「弘、白いチヨークで線を引くと、そこから蟻は越せない」作業着の上着からチョークを出し、桐久保さんは、右往左往している蟻のまんなかに丸を書く。なるほど、白い線にあたると蟻は線を越えずにひきかえす。
「不思議やなあ」弘の父がいった。蟻の動きを見つめている父に、桐久保さんは「今日はこれまでにして、すぐり(間伐)の印をつけた木は、いつでもよい伐ってくれ。そして渡す金は帰りによってくれ」と言う。「ええ、有難うございます。今日かえりによらせてもらいまっさ」弘のお父っあんはもう金が入ったものも同じ。今からでも行き現金をうけとりたかったのであろうが、さすが大人だ。やはりしごとのほうに心を多く働かせたのだろう。そのように言い終わると弘にむかって「お父つあんは、これから夕方まで木を伐る。、弘も一緒に帰れ」と弘に父が指図をした。だが、昼の弁当を美代に持たせてやると言った母。だから、家にかえって、狐つきの母に顔を合わせるよりも山にいるほうが楽しいと思う弘は、「枯柴をつくる」と、答えて桐久保さんと一緒に隆が帰るのかどうかと確かめるように目で隆の心を探った。枯柴を作るといったが、実は隆と遊びたかった弘は、隆に帰られては困ると思いチョークで再び木肌にくるりと、紐を巻きつけたように線を書き入れ「隆さん、チョークを塗るとどうして蟻が寄らないのだろう」と、隆に話しかける。隆は白い線にとまどって地上に降りなくなった蟻に、興味を持つ様子だったが桐久保さんと一緒に山を降りて帰るといった。「おら、鳥小屋の掃除せなんらん。矢野さんといっしょに山にきたが、はよかえってそうじする」と桐久保さんによりそって歩きはじめた。弘の様子にきづいたのかそれとも旦那の桐久保さんの息子の隆に心安く言葉をかける弘を出すぎたことだとでも思うのか、弘のお父っあんは「ぼん、鳥小屋のそうじって、そりゃえろうおまんな。旦那はんと、はよおかえり」と、隆にお世辞をいうように言って、弘の思いをうちきってしまった。弘は隆とあそぶことをあきらめたふうに柴作りのつづきを仕方なくはじめようとした。
その弘に「隆はアカン。日曜やいうたら朝寝坊しよって、弘ぼうのほうがえらいや」と桐久保さんは振り返って言い、再びつづけて「さっきの宿題の団結のこと、またもういっぺん聞かしてや」と、つねひごろ、子供のいうことをあまり、とりあげない桐久保さんに似合わずもう一度念を押すと垣内の山をおりて家にかえろうとした。
隆は、桐久保さんにあまえるふうに腰にすがると「おらが持ったろ」と腰にさしていた(桐)の刻印をぬきとり手に持って後ろをふりかえり「弘ちゃん、又くるかもわからへん」といいながら桐久保さんの後ろに従って林道をむこうのほうに降りていった
時間をおしむように父はすぐりの立木を熱心に伐っていた。父のようすに、約束の自転車を買ってもらえることが、もうすぐ実現すると弘は嬉しく、隆は帰えったが、心に弾みを覚え枯柴作りに励んだ。たまった枯柴を束ねる縄が必要になり、父のほうに歩んだ。近づく弘におかまいなく、父は熱心に作業を続けている。その弘に「枯柴を束ねる縄はないか」と聞くが鋸を引く音と熱心さで耳に入らないのか答えない父。「枯柴をたばねる縄はないかな」ふたたび大声で尋ねる。「縄なんかないよ。家に取りに帰って来い。昼の弁当も貰って来い。もう昼だろう」と、指図する。
弁当とつけくわえたことで、父は鋸を抜きとり、右脇に置き、「弘、腹が空いたなあ」と作業を中止して、足を伸ばすとポケットから煙草を取り出して火をつけた。弘も父の横に腰をおろして休み「家にかえるのは嫌だ」甘えたように言って父の顔を見る。「じゃあ、藤蔓をさがしてこい。それでくくればよい。縄をとりに家に帰らせ、昼の弁当をついでに持ってこさせようと思ったが、家に帰らせて狐つきなった母がまだ、弁当をこしらえていなかったら、催促をすると一層、母をヒステリーにさせて、争いが起こるかも知れぬと、弁当をいそぐよりも、そのことが心に係り、父は縄の代用に藤蔓を探させて、弘を山にいさせるのがよいと思った。「藤蔓を探して来る」素直に父の言葉に従って立ち上がった弘に「あと少し鋸を入れる。立木を傷めないため綱をもって手伝え」と父はさしずをした。


「弘ちゃんは生きている」木村徳太郎作の1〜17は左ブックマーク 「ご挨拶」にいれています。

(17)
 弘のお父っあんが立ち上がってそのほうを見る。製材所の矢野さんだ。それに隆もいっしょ。「お父っあん。いるけっ」隆が、弘のお父っあんを見つけて、大声で聞いている。
「旦那さんは、ここにおられるっう」メガホンのようにように手に口をあてて、弘のお父っあんが答える。桐久保さんは、弘と団結についての話を続けようとしていたが、「隆が来よって、なんじゃろう」と、話の続きをそのままにして林道のほうに顔をむけた。「隆さん。こっちだよう。ぼくも来ているんだ」弘も立ち上がって、隆と矢野さんをむかえる。「おら知っとった。おっ母さんに聞いとった」と、桐久保さんと、弘のお父っあん、弘が、腰をおろしていたところへ矢野さんと隆がやってきた。
          ☆
「矢野のおじさんが家にきよった。「山や」と言うたら、行くと言いよるんで、弘ちゃんも来ていること、おっ母さんに聞いたんで僕もいっしょに来た」。隆は桐久保さんに山に来た事を話し終わるか終わらないうちに、「旦那。間引きはるそうやが、落としてもらえんかと思って、たずねましたんや。前田はんとこの分を買ったので、いっしょに出そうと思いまんねん」矢野さんは間伐の杉を分けて欲しいと、桐久保さんに願っているのである。「うん。しるしをつけとるところじゃ。まあ座れ」承知しそうな桐久保さんの言葉に、矢野さんはポケットから煙草をとりだすと火をつけて腰をおろした。山にきたことの事情がわかってもらえたようすに隆が、弘に何か話しかけようとした。すると、桐久保さんは矢野さんとの話をそのままに、「弘ちゃんから聞きよったが、団結の宿題って詩を作ることかい」と、隆に話しかけて「団結って、どんなことか、おまえ知っとるんか」と、たずねる。
「そら、知っとる。人間だれでも平等の権利があるんやさかい。それを犯されれば、団結して権利を侵すものに、むかうんや。それで、団結は大切なんや」「ほう。なるほど」団結が意外なところにとんだと言うふうに、桐久保さんは興味をそそられたのだろうか。「そんなこと教えよったんか。団結するとは。そんな意味のことばかりかいな」と、ふたたび、隆の言葉を引き出すようにたずねてみる。「そうや、日本の憲法はだれでも自由で平等やということになっとる。そやけど力のないものは、やっぱりあかん。せやよってに、力の弱いものは団結して、自由を犯すものに、たたかうんや」隆はきおって言う。「ぼん、えらいこと言いはりまんな」弘のお父っあんが、あたらしいことでも聞いたふうに、敬服のありさまでつづけて何か話そうとすると、横から矢野さんが「自由、自由って、このごろの学校の教えることはなっとりまへん。どだい、学校の先生が、ストライキやりよるような時代だすもんな」と、桐久保さんの同意を求めるように言う。桐久保さんは、それに答えず、隆の方に「そりゃ、お前の言うとおりや。人間だれでも自由や。と、いったかって することしてから、いわなあかんねんで。いったい、先生どんなことで、そんなこと教えはったんや。弘ちやん知りよらへんから、教えたってんか。お父っあんも聞きたい」桐久保さんだけでなく、弘のお父っあん、矢野さんもいるので、隆は恥ずかしそうにも、ぞもぞしておったが、桐久保さんの手元にあった氷砂糖の袋を手にとり、にっと笑って、口にひとかけら放り込むと、「おら、むつかしゅうて、わからんがな」と言いながら。口の中で氷砂をからからと音をさせて笑っている。「ぼん、教えてんか。たのみまっさ」矢野さんが笑いながら隆をおだてるような口調で言った。
話をきこうとする桐久保さんのようす。矢野さんのおべっかの口調にのって「人間、誰でも自由で 平等の権利がある。それで自由をおかされれば、団結して交渉するんやと先生は言いよった。それで団結は大切なこっちゃからよく覚えるために、それで詩をつくるんや」と、再びくりかえし、隆は昨日習った、国語の農業のこと小作人のことを話し、垣内山を分けるのに、「不公平だ」と前田さんが言っとった。それで、朝子に団結して、不公平を交渉したらええと先生が言いよったと、教室のできごとまでを、詳しく話したのである。
前田はそんなこと、言いよったんかい」桐久保さんは少し考えるふうで、苦い顔をしていたが、すぐ「そりゃ、前田もむりのないこっちゃ。まあええ」自分で、自分が合点したように言い、「前田も困まっとるんやろ。矢野さん。ええ値で買うたり」と、矢野さんのほうに話かけて、学校の話をうちきった。が、矢野さんが「もう、値が決まりましたんや。七万で落として昨日、金を渡しましたんや。それで、今日からでも、伐木しょうと思って、ついでに旦那の間伐も分けてもらおうと思って」と、さきほどのことをふたたび念を入れて話し続けて、「そやけど、前田はんも、七万円ただもうけのようなもんだっせ。それに不服を言うて、ちよっと厚かましいおまんな」と、つけくわえた。その言葉に「そら、前田はんも気の毒やが、そんな不公平言うのはまちがっておる。それに分からん区切りの桧まで自分とこの分として、矢野さんに渡しよったんやおまへんか。ぼろすぎまっせ」自分の借金を差し引いて、のころり五万円より、手に出来ない弘のお父っあんは、自分よりうまいことをしよったと言わぬんばかりに、いきごんで言う。「そや、そや。わしとこは、商売やから伐りまんがな。おもいがけない桧まで手にしよったもん、不服どころやおまへん」矢野さんも、弘のお父っあんの言葉に合わせて、顔では笑っているが、口調をきつく、前田さんを非難したように言うと隆のほうに向かって「ぼん。教室で前田さんの子がいったんかいな」と、念をおし、隆の「うん」ということを聞くと、「まるで、共産党のようなこと言いよる」と誰に言うともなく、ぼそっと独り言のようにいった。その言葉に桐久保さんは「まあ、ええがな。戦争に負けてしもうてからの、日本はなにもかもかわって、このごろの教育もかわってるからな。時代というもんや」矢野さんを、ときふせるように言ったが、弘のお父っあんが「なにやらわからん、詩というものをよく作らしよってに、家の中の恥ばかり書かしよる。昨日も学校の先生に弘が学校に出しよったとか言うて、家のおっ母が怒りよるのは、わしがあんまり酒を飲みよるさかいやと、言うような事を言いよった。どうも学校で、家のあらをほじくりだしよるようなことをやりよって、あほにして、けつかる」弘のお父っあんは、自分のだらしない酒のことを棚あげにして、昨日梶野先生に話されたことを、憤慨しているようだ。
「弘ちゃんは生きている」
(1)〜(16)は左のブックマーク <ご挨拶> に入っています。

      










 

 

( 16)
四月一日、町村合併で村が町になる。そのために垣内の山を垣内の衆に分けることが決まって弘のお父っあんにも分けられた
 山に行く道はささくれだち、とがった小石がゴロゴロと転がっていて、山の出水が何処からともなく滲み出て雑草がすっかり春の来たのをつげるように繁っている。小鳥がさかんになく。小鳥の声を何となく耳にしながら、弘は宿題の「団結の詩」をどのように作ろうかと考えながら歩いていた。歩るいていて、ふと、それとは別に昨日の怪我をして宿直室で寝ていたとき、隆が四月になると校長先生が変わるといったことを何気なく思い出した。
前を行く桐久保さんにその事を訊ねてみようと思う。でも、そのようなことを聞くのは、悪いように思えて聞けそうにない。
垣内の山に近づいた。さきに来ていた弘のお父っあんは、二人の姿を見ると「やあ、旦那さん、お先に」顔に笑いを浮かべて、桐久保さんに挨拶をして「弘、えらかったやろ。ちよっといっぷくせい」と、いいつけて、桐久保さんの腰をおろすのに都合のよいようにと、腰にさしていた鎌を手に持つと足元の雑草を刈りとり、それをかためて下におき「旦那さんも、いっぷくしとくれやす」と、すすめる。
「うん」桐久保さんも腰をおろして、刻煙草に火をつける。弘のお父っあんと、桐久保さんは話をはじめる。弘はつくばると、落ちている杉の実の皮を爪で小さくはがして、もてあそび、二人の話をなんとなく聞いている。
「旦那、間伐ですか。主伐ですかい」弘のお父っあんは、桐久保さんに杉を間引くのが、主だった杉を伐って売るのか聞いているのだ。「お前はんに渡す金、もう用意しておいた。今日かえりわたすけん、家に寄ってくれ。十万でええのやな」間伐か主伐か答えず、桐久保さんは弘のお父っあんに、山を買う代金をたしかめている。
「十万ですが五万借りとりまんので・・・」話を聞いていた弘は、お父っあんが五万円も桐久保さんに借りがあるということを知ると、あれほど楽しみにしている自転車もなんだか買ってもらうのが悪いように思える。また、そんなにお金の借りがあるのに山を売って、自転車をかってくれるのは、僕を心からかわいがってくれているんだなと思えて、お父っあんをいっそう好きになる。
桐久保さんが言う。「五万といっとったが、ともあれ、十万渡す。うちの借金はいつでもいい」それを言われて、お父っあんは「お世話ばかりかけてすんません。親子四人生きていけるのも、旦那さんのおかげです」弘のお父っあんは、お世辞でなく真面目くさって言い「町村合併で思うわん金が入りよって、このさい、かやしておきまへんと、いつかえせるかわかりまへん」と、桐久保さんのおもいやりを断わっていう。お父っあんだけでなく、学校でも、山持ちの桐久保さんの隆に、級のものがなんとなく頭のあがらないのは、やはり金持ちだからだろう。弘は自分の家も桐久保さんの家のようにならないものかと思う。「そうかい。じゃあ、一応五万円渡しておこう。さて、いま金がいるというわけでもなにので、主伐と思っていたが間伐にする」桐久保さんが、話の締めくくりをつけるようにいった。「へい、それじゃ間伐で・・・」喫ってい煙草の残りをもみ消して、弘のお父っあんは、耳にはさみながら立ち上がって言う。

桐久保さんと、お父っあんの話を、聞くとも無く耳にしながらひろい青空の下、はるかむこうに一点くろぐろと伊那佐山がみえる。
伊那佐山には、
桧や杉が団結して生えているのだろう。
だから力強く、どっしりと
くろぐろとみえるのだ。
宿題の団結の詩をまとめようと、考えていたが「弘、藁もってついてこい」と、お父っあんのいいつけで、
桧や杉が
団結してはえているから
雨や風に
山がくずれずに・・・。
と、団結の話がまとまらなく、尻切れ蜻蛉にしたまま、かたはらの藁束を持って立ち上がる。
桐久保さんにしたがって、弘のお父っあんは弘と杉木立の中を歩き、杉の生長のために、都合の悪い杉を間引く。その杉を目ざとくみつけて、桐久保さんは弘のお父っあんに知らせる。それに応えて、お父っあんは、巻尺で、杉を抱えるような格好で「一尺八寸」と、寸法を測って桐久保さんに言う。肩からさげた帳面に桐久保さんは寸法を書き入れる。
寸法を測り終わった弘のお父っあんは、杉の根元を鉈で少し削る。削った少し白い所へ、桐久保さんは棒でなぐりつけるようなかっこうで(桐)の刻印を打つ。「弘、藁、一本」お父っあんに言はれて、藁束を差し出す。「一本でええのや」何にするのだろうかと解からなかった弘は、藁束から一本ぬいてお父っあんに渡して、やっと、藁が間伐される杉のめじるしに括りつけておかれるものだと言うことを知る。これで間伐される、一本の杉の始末は終る。つぎにうつる。
山に入って遊びもし、枝柴作りにも行き、また、お父っあんの伐木しているのをみたこともあるが、<すぐり>をするために、このように印をつけていくことを弘は初めて知った。
「一尺五寸」お父っあんが巻尺で計って言う。桐久保さんは帳面に記しては、刻印をうつ。
何本かくりかえして、ようすのわかった弘はお父っあんに藁を渡さずに、ぐんと背伸びして自分で結びはじめる。弘は何本目かの杉に、藁をくくりつけながら、杉の木が間伐されることにつながって、ふと団結と言う言葉の意味はどんなものだろうかとおもった。団結とは(多くのものが組になる。一つにつながる)と、いうようなことではないのか。すると、そのなかには、組みになろうとする心がうごいているはず。桧や杉には組みになろうという心はない。ただ固まって生えているだけに過ぎん。
それを団結として、宿題の詩にあらはすことはまちがっているのではなかろうかと、先ほど思っていた詩が、なんだか間違っているように考え出されてきた。「お父っあん。団結とは、どんなこと」「団結って力をあわせることやな。ふいに何を聞くんや」巻尺をぶらんとさげ、けげんな顔をして振り返るお父っあん。「学校の宿題や」「学校の宿題って、いまそんなときじゃない」お父っあんはそう言って歩きかける。と、
「弘ぼう。団結って、団結がどうしたんだい」桐久保さんが横からたずねる。
弘は、恥かしげに答えない。「ここらでちよっと、休もうや」桐久保さんは弘のようすに、お父っあんにも言葉をかけ、<すぐり>のしるし付けを休んで腰を降ろすと、弘の問いに答えてやろうとする様子。「詰らんこと、聞よって」不服そうにいいながら、弘のお父っあんも、桐久保さんにしたがって腰をおろす。桐久保さんは内懐から、紙袋入りの氷砂糖を取り出すとひとかけら口に入れ、「さあお食べ」と、袋ごと弘に渡す。袋ごとわたされて、弘は少しとまどったが、二,三、個手にとると、お父っあんに袋を回す。氷砂糖を口の中で転ばせながら、桐久保さんがふたたび、「学校の宿題って、団結の意味を書くのかい」とたずねる。「ううん。団結と言う言葉をつかって、詩をつくるんだ」「詩って、歌だろう。ほら、雨にも負けず、風にも負けず・・・て、あれだろう」
桐久保さんは、顔に笑いを浮かべて宮沢賢治の詩を、少し口ずさみ、口に砂糖の甘い唾液がたまったのだろう、ぐっと飲み込む。
「怪我をして先生とこで寝とったんでわからんのやけど、隆さんに聞いたもん。作っていかなあかんと思って考えとるんや」「そんなん、放っといたらええ。昨日は怪我して勉強しとらへんのやから宿題忘れたかって、先生おこりよらへん」お父っあんが、横からそんなことを言って、弘が気にしている宿題を、うっちゃらかせようとする。「そりゃいかん、聞いたのなら、学校のことや。出来たらやっとくほうがいい」桐久保さんは弘の気がかりをはやく解決してやろうというふうに、お父っあんの言葉をうちけし
昔、毛利元就というお殿さんがあってな。或る日三人の息子をよんで、一本の弓矢を折らせてみる。一本だったらすぐ折れた。二本でも折れた。三本になるとなかなか折れなかった。そこで、殿さんがいったんや。一本の矢はすぐおれるが、三本、四本と多くかさなれば、なかなか折れない。だから、悲しいことや苦しいことがおきても、兄弟仲良く手をつなぎあって行けば、かさねた弓矢が折れないように、悲しいことや苦しいことに強く立ち向かって行けるということを話したんだ」と、さとすような話し振り。「
うん、手をつなぎあっていくことが団結だね」「だから、そんな意味で詩をかけばいいんだろう」
桐久保と、弘の話が、ここまできたとき、村道を誰かこちらにのぼってくる話声がする

「弘ちゃんは生きている」
(1)〜(15)は左のブックマーク<ご挨拶>に入っています。

      

 おっ父あんを起こし、弘に食事の仕度をさせておいて、おっ母は、内職の真珠玉の糸通しを初めた。「食事の用意ぐらい、したったらどうやねん」顔を洗ってきたお父っあんは、食卓のまえに腰をおろすと、おっ母のほう向かって言う。「ぼやぼやしてられしまへん。稼がな、どないしまんねん」
ご飯の仕度をやめて、その間、真珠玉の糸通しをやったところで、賃金はしれている。
日曜日ぐらい、弘をゆっくり寝かせてやればというのがお父っあんの心持ちだ。そこへ
「今日桐久保さんから、山の代金をもらうやないか。そない自分勝手なことをして、子供がかわいそうやないか」山を売って、金が入るというあてがあるので、今日はお父っあんも強い。「そうだっか。そうやったら、しますがな」
おっ母は真珠玉を置くと素直にご飯の仕度に立った。が、気持ちが治まらないのだろう。茶碗を持って食卓に並べようとしていた弘の手からじゃけんに茶碗をひったくると、ものも言わず仕度を初める。
おっ母が、食事の仕度を初めたので、弘はおっ父あんといっしょに山に行く。そのことがどんなにか嬉しいのだ。その山行きが、いさかいでも起きて中止にでもなれば困る。お父っあんの前に座ると、顔を見てにやりと笑い「お父っあん。おっ母はきつね…」と、小さい声でさきほどのことを知らせる。
「じや、さからったら悪い」弘のために、お父っあんは、飯茶碗に昨夜の残りの冷飯を少しいれ、茶粥をそのうえからぶっかけてやり、にやりと笑って渡すと、いつものようにコップに焼酎を入れることも、自分でするために立ち上がる。
おっ母は、お父っあんと弘の寝床をあげ、一緒に食事をしょうとしない。あとで美代子とゆっくり食べるのだろう。大根の塩漬けで、弘とお父っあんは食事。
「弘、飯を食ったら、桐久保さんに行ってな、お父っあん、山に行きますと行って案内してこい。お父っあんはさきに山に行く」「うん」食っている飯茶碗の粥に日の光がちらちらとかがやき、弘のうれしい心がおどっているようだ。おっ母は、さからはないお父っあんと弘に気づいたのか、それとも今日は、山の金がはいるということに心がひかれるのか「お昼は弁当だっか、それとも食べに帰りやりまっか」と、部屋を掃きかけていて、もった箒をぶらりんとさげたままお父っあんに話かけてきた。
「都合うによったら、今日から木を伐ってくる。弁当は弘にとりによこすから二人ぶん頼む」「山のこと、宿題に書くもん考えなあかんから、おらも山にいく」おっ母と家にいるより、お父っあんと一緒に山にいるほうが心を、弘は使わなくて良い。その言葉に「弁当、あとから美代にもたせてやる」と、お父っつあんの機嫌をとるように言うおっ母。「たのむ。今日、桐久保さんに金もろったら、払うよってに、先にご馳走しておいてんか」焼酎をなめ、塩漬けの大根をかじりながら言う、お父っあん。
いつもならお父っあんにさからうおっ母が今日はさからわない。きつねつきでも、やはり金が入ると言うことはうれしいのだろうか。
弘は腹いっぱいつめこんで、くちく、それになにごともおこりそうにないようすに、いっそう満足して飯を終わり、庭に出ると昨日けがをして学校で洗ってもらった服をつけ「お父っあん。おら、桐久保さんに言ってくる」と家を出かける。
その弘にお父っあんは「桐久保さんに刻印をたのみまっせ、忘れずにもってきとくなはれやと、言っておきや」と念をおし「頭の傷大丈夫か。包帯まきなおさんでも…」と、心配そう。
「大丈夫、もう痛まへん」。
弘がにっと笑ってなんでもなさそうなようすにお父っあんは安心したのか、残りの焼酎をぐっと一息にのみほすと」どら、おれはさきに山に行く。おまえは桐久保さんとこに寄って行け」と、土間に降りて、山行きの仕事着に着替え始めた。
                 ☆
山を分けられたと言うことは、苦労せずして金がころがりこんだとしか考えない弘のお父っあん。桐久保さんに山を売ってお金にかえたのである。桐久保さんの考えは違う。買った山を手入れして残そうと言うのである。
桐久保さんとお父っあんの考えの違いは弘には考えることなのである(以上、この項のいちばん終わりにはいる。)
隆のお母さんが、庭をはいていた。
弘が来たのを知ると、手をやすめ「日曜やいうのに早うから、おまはんも山に行くのけ。一寸まっとりや」家の中に入って、すぐに出てくると「隆、日曜でまだ寝とるんや。お父あんはすぐ来る」と、かやの実をひとつかみ、弘の手に握ぎらせると「ほんまにえらいめにおおて。痛まへんか」と、やさしくたずねる。
「うん。おら大丈夫や」恥ずかしげに答えて、かやの実の礼をいうと、庭に殻をちらかさないように「かりっ」と、かやの実を噛みはじめる。
少しほろにがいが、香ばしい匂い甘味が口いっぱいにひろがる。
かみしめながら(おらとこのおっ母と、隆さんのおっ母とは、どうして人柄がこんなにちがうのだろう)と、思った。
腰に墨壷と鉈と、それに刻印の長い柄を刀のようにさし、右肩にちょうめんをさげて、桐久保さんが出てくる。
「藁を五十本ほどたのむ」
奥さんはそれを聞くと、納屋に行き藁たばを抱えて来る。
「気をつけて行っとくれやす」奥さんは、そういいながら、藁たばを渡す。
それを受取ると、桐久保さんは、「弘ちゃん。おまちどうさん。お父っあん、まっとるぜ。早よ行こう」と、藁束をわきにかかえて、先に立って歩き出す。
山に行くのに藁束をかかえて、どうしょうというのか、弘にはその意味がわからなかったが、「おじさん、僕が持っていく」と、桐久保さんから受け取り、かやの実を「かりっかりっ」と、かじりながら、後にしたがって、垣内の山に向かった


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