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( 16)
四月一日、町村合併で村が町になる。そのために垣内の山を垣内の衆に分けることが決まって弘のお父っあんにも分けられた
山に行く道はささくれだち、とがった小石がゴロゴロと転がっていて、山の出水が何処からともなく滲み出て雑草がすっかり春の来たのをつげるように繁っている。小鳥がさかんになく。小鳥の声を何となく耳にしながら、弘は宿題の「団結の詩」をどのように作ろうかと考えながら歩いていた。歩るいていて、ふと、それとは別に昨日の怪我をして宿直室で寝ていたとき、隆が四月になると校長先生が変わるといったことを何気なく思い出した。
前を行く桐久保さんにその事を訊ねてみようと思う。でも、そのようなことを聞くのは、悪いように思えて聞けそうにない。
垣内の山に近づいた。さきに来ていた弘のお父っあんは、二人の姿を見ると「やあ、旦那さん、お先に」顔に笑いを浮かべて、桐久保さんに挨拶をして「弘、えらかったやろ。ちよっといっぷくせい」と、いいつけて、桐久保さんの腰をおろすのに都合のよいようにと、腰にさしていた鎌を手に持つと足元の雑草を刈りとり、それをかためて下におき「旦那さんも、いっぷくしとくれやす」と、すすめる。
「うん」桐久保さんも腰をおろして、刻煙草に火をつける。弘のお父っあんと、桐久保さんは話をはじめる。弘はつくばると、落ちている杉の実の皮を爪で小さくはがして、もてあそび、二人の話をなんとなく聞いている。
「旦那、間伐ですか。主伐ですかい」弘のお父っあんは、桐久保さんに杉を間引くのが、主だった杉を伐って売るのか聞いているのだ。「お前はんに渡す金、もう用意しておいた。今日かえりわたすけん、家に寄ってくれ。十万でええのやな」間伐か主伐か答えず、桐久保さんは弘のお父っあんに、山を買う代金をたしかめている。
「十万ですが五万借りとりまんので・・・」話を聞いていた弘は、お父っあんが五万円も桐久保さんに借りがあるということを知ると、あれほど楽しみにしている自転車もなんだか買ってもらうのが悪いように思える。また、そんなにお金の借りがあるのに山を売って、自転車をかってくれるのは、僕を心からかわいがってくれているんだなと思えて、お父っあんをいっそう好きになる。
桐久保さんが言う。「五万といっとったが、ともあれ、十万渡す。うちの借金はいつでもいい」それを言われて、お父っあんは「お世話ばかりかけてすんません。親子四人生きていけるのも、旦那さんのおかげです」弘のお父っあんは、お世辞でなく真面目くさって言い「町村合併で思うわん金が入りよって、このさい、かやしておきまへんと、いつかえせるかわかりまへん」と、桐久保さんのおもいやりを断わっていう。お父っあんだけでなく、学校でも、山持ちの桐久保さんの隆に、級のものがなんとなく頭のあがらないのは、やはり金持ちだからだろう。弘は自分の家も桐久保さんの家のようにならないものかと思う。「そうかい。じゃあ、一応五万円渡しておこう。さて、いま金がいるというわけでもなにので、主伐と思っていたが間伐にする」桐久保さんが、話の締めくくりをつけるようにいった。「へい、それじゃ間伐で・・・」喫ってい煙草の残りをもみ消して、弘のお父っあんは、耳にはさみながら立ち上がって言う。
桐久保さんと、お父っあんの話を、聞くとも無く耳にしながらひろい青空の下、はるかむこうに一点くろぐろと伊那佐山がみえる。
伊那佐山には、
桧や杉が団結して生えているのだろう。
だから力強く、どっしりと
くろぐろとみえるのだ。
宿題の団結の詩をまとめようと、考えていたが「弘、藁もってついてこい」と、お父っあんのいいつけで、
桧や杉が
団結してはえているから
雨や風に
山がくずれずに・・・。
と、団結の話がまとまらなく、尻切れ蜻蛉にしたまま、かたはらの藁束を持って立ち上がる。
桐久保さんにしたがって、弘のお父っあんは弘と杉木立の中を歩き、杉の生長のために、都合の悪い杉を間引く。その杉を目ざとくみつけて、桐久保さんは弘のお父っあんに知らせる。それに応えて、お父っあんは、巻尺で、杉を抱えるような格好で「一尺八寸」と、寸法を測って桐久保さんに言う。肩からさげた帳面に桐久保さんは寸法を書き入れる。
寸法を測り終わった弘のお父っあんは、杉の根元を鉈で少し削る。削った少し白い所へ、桐久保さんは棒でなぐりつけるようなかっこうで(桐)の刻印を打つ。「弘、藁、一本」お父っあんに言はれて、藁束を差し出す。「一本でええのや」何にするのだろうかと解からなかった弘は、藁束から一本ぬいてお父っあんに渡して、やっと、藁が間伐される杉のめじるしに括りつけておかれるものだと言うことを知る。これで間伐される、一本の杉の始末は終る。つぎにうつる。
山に入って遊びもし、枝柴作りにも行き、また、お父っあんの伐木しているのをみたこともあるが、<すぐり>をするために、このように印をつけていくことを弘は初めて知った。
「一尺五寸」お父っあんが巻尺で計って言う。桐久保さんは帳面に記しては、刻印をうつ。
何本かくりかえして、ようすのわかった弘はお父っあんに藁を渡さずに、ぐんと背伸びして自分で結びはじめる。弘は何本目かの杉に、藁をくくりつけながら、杉の木が間伐されることにつながって、ふと団結と言う言葉の意味はどんなものだろうかとおもった。団結とは(多くのものが組になる。一つにつながる)と、いうようなことではないのか。すると、そのなかには、組みになろうとする心がうごいているはず。桧や杉には組みになろうという心はない。ただ固まって生えているだけに過ぎん。
それを団結として、宿題の詩にあらはすことはまちがっているのではなかろうかと、先ほど思っていた詩が、なんだか間違っているように考え出されてきた。「お父っあん。団結とは、どんなこと」「団結って力をあわせることやな。ふいに何を聞くんや」巻尺をぶらんとさげ、けげんな顔をして振り返るお父っあん。「学校の宿題や」「学校の宿題って、いまそんなときじゃない」お父っあんはそう言って歩きかける。と、
「弘ぼう。団結って、団結がどうしたんだい」桐久保さんが横からたずねる。
弘は、恥かしげに答えない。「ここらでちよっと、休もうや」桐久保さんは弘のようすに、お父っあんにも言葉をかけ、<すぐり>のしるし付けを休んで腰を降ろすと、弘の問いに答えてやろうとする様子。「詰らんこと、聞よって」不服そうにいいながら、弘のお父っあんも、桐久保さんにしたがって腰をおろす。桐久保さんは内懐から、紙袋入りの氷砂糖を取り出すとひとかけら口に入れ、「さあお食べ」と、袋ごと弘に渡す。袋ごとわたされて、弘は少しとまどったが、二,三、個手にとると、お父っあんに袋を回す。氷砂糖を口の中で転ばせながら、桐久保さんがふたたび、「学校の宿題って、団結の意味を書くのかい」とたずねる。「ううん。団結と言う言葉をつかって、詩をつくるんだ」「詩って、歌だろう。ほら、雨にも負けず、風にも負けず・・・て、あれだろう」
桐久保さんは、顔に笑いを浮かべて宮沢賢治の詩を、少し口ずさみ、口に砂糖の甘い唾液がたまったのだろう、ぐっと飲み込む。
「怪我をして先生とこで寝とったんでわからんのやけど、隆さんに聞いたもん。作っていかなあかんと思って考えとるんや」「そんなん、放っといたらええ。昨日は怪我して勉強しとらへんのやから宿題忘れたかって、先生おこりよらへん」お父っあんが、横からそんなことを言って、弘が気にしている宿題を、うっちゃらかせようとする。「そりゃいかん、聞いたのなら、学校のことや。出来たらやっとくほうがいい」桐久保さんは弘の気がかりをはやく解決してやろうというふうに、お父っあんの言葉をうちけし
昔、毛利元就というお殿さんがあってな。或る日三人の息子をよんで、一本の弓矢を折らせてみる。一本だったらすぐ折れた。二本でも折れた。三本になるとなかなか折れなかった。そこで、殿さんがいったんや。一本の矢はすぐおれるが、三本、四本と多くかさなれば、なかなか折れない。だから、悲しいことや苦しいことがおきても、兄弟仲良く手をつなぎあって行けば、かさねた弓矢が折れないように、悲しいことや苦しいことに強く立ち向かって行けるということを話したんだ」と、さとすような話し振り。「
うん、手をつなぎあっていくことが団結だね」「だから、そんな意味で詩をかけばいいんだろう」
桐久保と、弘の話が、ここまできたとき、村道を誰かこちらにのぼってくる話声がする
「弘ちゃんは生きている」
(1)〜(15)は左のブックマーク<ご挨拶>に入っています。
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