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新芽と朽葉

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新芽と朽葉

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 朽葉の記憶

弥生三月、木々に小さい芽が萌え始め、柔かい米粒のような小さい芽はまさに萌黄色。新しい息吹の色が噴き出す。そんな耀く新芽の上に、黒褐色にくすみぼろぼろになった朽葉が一枚のっていた。虫に食べられたのか、風に腐食したのか穴だらけの葉である。枯葉、朽葉は自然の輪廻として、肥沃な土に生まれ変わりそして次の芽吹きの助けとなる。
ならば、この光耀いている新芽に、あの「寒さに震えた堅い蕾の時、夏の濃緑の時、秋の紅葉時、そして土に還って行った時」の記憶があるのだろうか。また、朽葉には「青々と繁った葉であったことを、新芽だったことを」記憶しているのだろうかと、ふと思った。

 新芽は朽葉だったことを記憶しているからこそ、こうして春の煌きに輝く光を放っているのだと私は思いたい・・・。
しかし、朽葉の、このぽっかりと開いた欠損した部分はいったい何だろうと考える。開いた穴の、元の部分は何処へ行ったのだろう。虫のお腹に入ったのか、それとも小宇宙に消えたのか。
私にはそれが失った、そして消えてしまった<記憶>のように思えてくる。
 記憶の定義は<物事を忘れず、心に留めておくこと。また、その内容。こころ覚え。心(memory)」だと言う。
私たちは辛い経験や悲しみは忘れたいと思い<自分の心>で記憶を消そうとすることもある。または思い出として昇華させ、記憶に留めようともする。
しかし、自分の意思(心模様)で記憶を操作するのではなく、この欠けた穴のように<記憶>がぽっかりと消えてしまうこともあるのだ。これは究極の悲しみではないだろうかと思う。

電話が鳴った。
「命に別状はなさそうですが、救急隊から電話があるので、家で待機していなさい」と・・・。以前にもこれによく似た「振り込め詐欺」の電話があった。「またか」と思う。
二度目の電話が鳴った。
「ご主人さん、普段認知症の傾向が有りますか?」といきなり聞いてくる。
「ありません! 」そのまま切ろうとするが、
「救急現場からです。ご主人が病院に行くことを拒まれるのですが、日赤へ運びますからすぐに来て下さい」と言う。
夫は大の車嫌いである。「車が世の中を変えた。地球を変えた」などと暴言を吐く人である。その車嫌いの夫が車に轢かれたらしい。
病院に着くと、搬送した救急隊員が色々と聞いてくる。「仰る事が意味不明。『高山に行く』の一点張りで、『電車に乗っていた』。でも事故当時は自転車に乗って居られた。事情が分からない。普段から認知症傾向ですか?」と・・・。そして、現場地点の説明を受けた私が、「どうしてそんな方向に向っていたのでしょう」と、ふと呟くと「さあ〜?それはお宅のご家庭の事情でしょう」と意味ありげに笑う。私は「認知症! 」「ご家庭の事情! 」に不快感を持った。
話はこうだった。
雨の夕暮れ。国道から右折してきた車が、青信号で一つ手前の道を自転車に乗って渡っていた夫を跳ねた。夫は数メートル飛んだらしい。そして頭から大量の血を流してはいるが意識はある。救急車で運ぼうとするが拒絶して「わしは高山に行く」の一点張りだと言う。夫は車は乗らない。(運転免許証はない)休日で京都まで本を求めに行くと出かけた。(勤め先の身分証は家に置いていた)
「どうやって本人の確認、自宅の電話番号が分かったのですか」と聞くと、「偶然跳ねた車の後ろに夫の知人の車が続いており、車のナンバーを記し、救急車を呼び、目撃者として夫の側に着いていて下さった」とのこと。しかし、夫はその人の判別もつかず、誰が宥めても「車に乗るのは厭だ。高山に行く」の一点張りだと言う。
私はそれで納得した。一回目の電話はその知人が掛けて下さったのだ。そして夫を跳ねた加害者がやって来た。中年男性でひたすら謝るが、「青信号で渡っている者を跳ねるとは、どこを見て運転していたの」と語気荒く私が言うと、「自転車で傘をさして乗るのは違法や」と言う。「雨降ってたら傘さすのは当たり前でしょうが」と私。
「自転車も車両や。傘を持って片手運転は道交法違反や」と言う。傘差し運転は違法だと言うことを、私は初めて知った。
命は助かった。血まみれの夫が横たわっていた。看護士さんが「お母ちゃんが来てくれたよ。分かる?」と聞く。夫はなんとも言えない照れくさそうなばつの悪そうな、それでいて安堵したような、今まで見たことのないような顔をして頷いた。それから精密検査を済ませ、七針縫う手術が始まった。
夫は元気だった。しかし、その時の状況を聞いても「なにも分からん」と言う。
「青信号を渡ったんや」。「気がついたら病院やった」。
どうも夫の頭から数時間の空白が出来ている。思い出すにも何も<記憶>がないのだ。強いショクを受け、部分的にすっぽり抜けてしまう記憶喪失症と言うことだ。夫はその抜けた部分を知りたいと言うが、私に分かるはずがない。
私は気持が悪い。「認知症。ご家庭の事情」と言われたのだ。
そこで、私の推理が始まった。
夫は朝から京都に出かけていたはず。しかし、「夫は三度の飯よりゴルフが大好きな人だ」京都へ行っていると思っていた私であるが、夫はゴルフ練習場に向っていた?。では、「何故夕方なのか?」自分の楽しみのためならマメな人だ。きっと京都に行く前にゴルフ場に道具を預け、京都で所用をすませ、電車に乗って夕方、ゴルフ場に向ったのではないだろうか。
では、なぜ「高山に行く」と言い張ったのか?なぜ「高山」なのか?「う〜ん分からない」。電車に乗って「高山」へ何をしに行くつもりだったのか。
「アッ!」と気がついた。
夫は車が大嫌いだ。まして事故当時自分がどうなっているのか分からず不安感で溢れていたのだろう。そんな時嫌いな車に乗せられて何処かへ連れ去られるような気がしたのではないだろうか「高山」は地名の高山でなく、きっと夫が懇意にしている脳外科の医者の名前ではないのか?夫は分からないなりにも必死になって車に乗ることを拒否し、どうしても病院に行かねばならないのなら、知っている病院をと願ったのだろう。
隊員が、地名だと思うから<痴呆症>になったのではないだろうか?
私は推理したことを夫に順序良く確めてみた。しかし夫は、「分からない」「思い出せない」と・・・。そして、「青信号で渡っているのに、頼んでもいないのに、なんでハネルんや」「車はイラン」ばかりを言う。

あれから一年近くになる。夫は無事に職場にも復帰、脳も高齢の付加はあっても元気にしている。しかし、いまだあの時の空白は埋まっていない。そしてときどき神経質にあの空白を思い出せない事が口惜しいのか、辛いのか苛立つ。私も時々あの時の私の推理は合っているのだろうか。本当は別の事情があったのではと、救急隊員の茶化したような「ご家庭の事情でしょう」が思い出される。
夫にも私にも厭な後遺症が残ってしまった。ひき逃げにならず、障害もなかった。不幸中の幸いだった。しかし夫は、あのどうしても思い出せない空白が苦痛らしい。空白にイライラと焦れ出す。それを見て思う。
ポッカリ開いた朽葉の穴はいったいどこに行ったのか。そしてそんな穴を持ってしまった苦痛、不機嫌な夫の顔を見て気の毒に思う。

新芽よ萌えいでよ。過去を思い出して萌えいでよ。






   「唯(だれ)も見えない」   夕暮れノートより  木村徳太郎

 
              落陽(いりび)の

              色した

              砂日記。


              唯(だれ)も

              見えない

              春四月。


              小波が

              こっそり

              記(つ)けてゐた。


              明日は

              晴れだよ

              鴎啼く。
  
2007.03.03 

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