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「土つきの野菜 今は懐かしく」 京都新聞「窓」投稿掲載 (2007.01.27) |

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「土つきの野菜 今は懐かしく」 京都新聞「窓」投稿掲載 (2007.01.27) |
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梅の花 纏(まと)いて |
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第一次南極地域観測船「宗谷」で活躍した樺太犬十五頭は夜空のどの星になっているのでしょうか。 天国の、少し手前には「虹の橋」と呼ばれるところがあり、そこで人間達と愛しあった動物達は楽しく遊んで居ると言います。タロ・ジロも先頭をきって遊んでいることでしょうね。タロ・ジロが正しい呼び名ですが、子供時代呼んでいたタロウ・ジロウで表記することをお許し下さい。 逢えたね。タロウ・ジロウ 湖の近くの小さな郵便局。 本局が混んでいたので散歩をかねて足を伸ばした。 湖(うみ)風に乗って蝋梅の匂いがしてくる。 「そうだ!」帰りには湖に寄ってみよう。蝋梅の木の下に座ってみよう。葦(あし)の角がもう出ている だろう。漣(さざなみ)に浮寝鳥(うきねどり)が遊んでいるだろう。 そんなことを思いながら郵便局のドアーを押す。(自動ドアーではない) ドアーを半分開けると、水仙(スイセン)の香りが身体を包んだ。 (ウエッデルアザラシの子)のポストカードが壁に貼られていたのだ。 私は、あまりの可愛さに所用を忘れ、すぐさまこの記念シールを買ってしまった。氷山やアザラシ、ペ りた。二月のはずなのに雪のない穏やかな小春、水面(みずも)は春の光で眩いぐらいだ。柳(やなぎ) はいまにも新芽が吹くかと細いリボンを緩やかに揺らしている。湖畔べりの葦は、背高くざわわ揺れては いるが寒さは感じられない。いつもなら薄氷(うすらひ)の水辺だが、湖水はよく動きキラキラと光って いる。鳰(カイツブリ)が、鈴をふるような鳴き声で、思わぬところから浮かび上がってきた。鴨(カ モ)が寄ってくる。今買ってきたセットの、ペンギンのポストカードを鴨に見せてやるが鴨は知らん顔を して水中に入って行った。私は蝋梅の下に座ってシールセットの説明を読み始める。 くりと南極の世界に入って行った。 「1956年(昭和31年)第一次南極観測船<宗谷(そうや)>が出航、翌年昭和基地を開設した」ことな どが説明されている。ゆっくり読みながら目を波間に移した。 「!!!!」「?????」 もぐったり浮き上がったりしている二羽の鳰と二頭のカラフト犬が重なった。 きらきらした鏡のような水面はまるで大雪原の氷のきらめきのようで、その中をころがりながらこちら 「そうだ!タロウとジロウだ」 あれは、私の十一歳の時だ。南極観測船のニュースを知った。私たち子供はみな南極に憧れた。ペンギン がいる、大きな氷の山がある。それはいまだ見たことも聞いたこともない世界。それはどんな地の果てか と三人寄れば南極の話題だった。 (そして地球の端と端、もう一つの端の北極のことを丁度父が物語に書いていた。) 知らない氷の世界。いくら想像しても尽きない夢をのせて<南極観測隊>は現実のお話だったのだ。テレ ビは家にはなかった。ラジオから流れる南極のニュースはこうだった。 「南極観測隊の移動手段には、寒さに強いカラフト犬十五頭が犬ぞりに使われた。(寒いのが大嫌いで閉 じこもる私に『なんと賢く偉い犬たちなのか』と、ただただ感心させられた。) そして、次の第二次観測隊が、氷に閉じ込められ動けなくなったこと。アメリカの砕氷船バートン=アイ ランド号の助けで氷原をなんとか抜け出し、やっと飛行機から第一次越冬隊員へ手紙や野菜などを落とし たこと。等々・・・」。 毎日ドキドキハラハラとまるで物語のような南極を頭に描き、白い厳しい世界を想っていた。 第二次観測隊が氷に閉ざされ、全ての日程が狂ったことから観測を続行するか来年再挑戦かと意見が分 かれた。そしてとりあえずは、第一次の越冬隊員を飛行機で連れ帰ろうと決まった。隊員の回収に用いら れたのは小さなプロペラ機のみ。そこに積める荷物の重さは300キロ。観測記録や南極の岩石などを積 み込むともうなにも積めない。そして何度にも分け往復を繰返しても、犬ぞりとして活躍した十五頭のカ ラフト犬を積むことは出来なかった。犬を基地に置いたまま宗谷は日本へ帰って来たのだ。どんなにその とき私たちは泣いたことか。第一次の隊員のオッチャンたちは、「泣くな!もうすぐ新しい仲間(隊員) が来るから」「もうすぐ迎えにくるから」と犬たちに言っていたではないか。どうして犬を置いてきた のだ。暴風に飛行機も飛べなくなり、氷に閉じ込められる南極のことをいくら想像しても子供の私たちに は分からなかった。ただただ隊員たちだけで日本に帰って来たことに私たちは泣いた。 「犬を連れて帰って」・・・。 子供に、隊員たちの惨苦や厳しい南極の自然など分かろうはずもない。ただ犬が可愛そう。親に捨てら れたような犬が、ただただ可愛そうで毎日泣いた。 そして1958年(昭和33年)、宗谷はパワーアップされヘリコプター母船に生まれ変わり、三度目の挑戦で 南極に向ったのだ。この年は氷も少なく順調に基地へ到着出来た。 そして!そこで見た!走る影を。 まさか生きているはずのないカラフト犬、タロウとジロウの兄弟犬の姿があったのだ。隊員たちは最 初、タロウとジロウに尻込みをしたと言う。置いてきぼりにした犬。野生にもどっているだろう犬。「腕 の1本や足の半分を食いちぎられたって仕方ない。オレたちが南極に残してしまった犬だから」と・・。 しかし、前に歩んで行くと犬たちは尻尾を振って体をすりよせて来た。そして二頭の犬(タロウ・ジロ ウ)と人間は涙に濡れてきつくきつく抱き合ったのだ。そればかりではない。二頭は元の主人の隊員たち を覚えていたのはもちろんだが、犬ぞりの引き方も覚えていたのだ。 もう日本中が湧き上がった。私たち子供は寄れば触れば他の遊びを止め、タロウとジロウの話ばかりして いた。 「南極地域観測事業開始50周年記念」シール。 あれから50年が経っているのか。タロウ・ジロウは東京タワーの入り口でいま記念像に成っているとい う。そして、昭和58年にはこの話を元にして映画も作られた。 あの時、私は子供たちをその映画に連れて行き、親子でハンカチをぐっしょり濡らした。長男は我が家 の飼い犬の<レオ>と<ゴンタ>に、より愛情を持った。そして私は、<タロウ><ジロウ>に出会った 十二歳の私と同じ十二歳になる長女が、あのときの私のように涙をこぼしているのをみて、愛おしさと感 慨にふけったものだ。 長閑な水辺の小さい郵便局で私はとっくに忘れていた「時」と「物」を見つけた。 湖の暖かい日差しの中で、漣に光がちらちら反射する。それは吹雪のようにも見えた。まわりに沢山の 浮き寝鳥が波に揺れている。それはあのときのカラフト犬十五頭に見えた。また二羽の鳰が、もぐったり 浮き上がったりしている。タロウとジロウが寄り添って駈けているように見えた。 *(画像の上にマウスを置いていただくと拡大します) 2007.02.12 逸話でよむ おはなし世界歴史 二年・下 実業之日本社刊 ともだちを おもう こころ ___あむんぜんの はなし__木村徳太郎 は 次のページへ
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♪ 野で七草摘み万葉人の気分 |
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