来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

野に咲く花

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福寿草

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明けまして
       お目出とうございます。



晴れ渡った穏やかな新年。清々しい新年をお迎えの事と思います。
初日の出を拝まれましたか。初日の出に(神=自然)を感じます。
今年も「風にのって花ひとひら」をよろしくお願い致します。


「福寿草日を一ぱいに含みたる 」高浜年尾

目出度い名前を持つ福寿草があります。



「オリオン座」  (フクジュウソウ)

 フクジュソウは、黄金のような光沢のある花びらを持ちます。
そして鬚もじゃの葉をつけ、顔だけ地上に出しているようです。
これは海の中を陸のように自由に歩けたオリオンが、頭だけ海上に出して歩いているのです。
いつものようにオリオンは、波間に顔を出し、金色の光を浴びて。散歩を楽しんでいました。
しかし、彼を愛する女神アルテミスは兄の策略とも知らずに彼を射殺してしまいます。
嘆き悲しんだアルテミスは神様にお願いをして、
いつでも見られるようにオリオンを星座にしてもらいました。

絵本「星たちは花になりました」ヨリ

 
正月の一時をこのお話でもう少し楽しませて下さい。

 》オリオンは、狩の女神アルテミスと恋に落ち二人は互いの技を競い合うように野山を駆けめぐります。アルテミスには双子の兄アポロンがおります。「男なんて嫌い。大好きなのはお兄さまだけ」と言っていた妹アルテミスを、兄アポロンはとりもどしたいと毎日そのことばかり考えていました。そしてアポロンは、毒針を持つ大サソリをオリオンのもとに送ったのです。オリオンは懸命に戦いますがサソリの甲羅はびくともせず、サソリのハサミは彼の逞しい肉体を傷つけます。オリオンは、サソリの苦手な海に逃げ込みます。海の神ポセイドンの血を引いているオリオンは海の上も歩けるのです。しかし、それを見たアポロンは、今度はこっそりオリオンの頭が光り輝くように薬を塗り、何食わぬ顔で妹アルテミスを海岸へ連れだし挑発するように言いました。「おまえは、オリオンと弓の腕を競っているようだが、どうだ、あの遠くに動く光を射抜けるか」。何もしらないアルテミスは「ごらんになっていて下さい。お兄様」と、弓を引き絞り、その光を射抜いてしまったのです。
頭を射抜かれたオリオンの死体を波が浜辺に打ち上げます。それを見たアルテミスはすべてを悟りますがどうすることも出来ません。彼女に出来ることは、大神ゼウスに頼み、オリオンを天の星座にしてもらい彼女が馬車で夜空を走るときにいつも会えるようにしてもらうこと」。と、切ない恋のお話です。
また別の説には、オリオンは美しい男子ではありましたが粗野だったため、本当はアルテミスは彼を嫌っていた。それでもオリオンが、アルテミスの歓心をかおうとしたので彼女が密かにサソリを送って殺させたとも言われています。》


 
私は子供のころ、古事記や神話物語を読むのが大好きでした。そこには全く人間と変わらない神々が、「心の襞」「行動」を躍るように語ってくれていました。そして。「自然」そのものが「神」であり、自然に畏敬の念を持ちました。いまこそ山河を大切にしたい時です。それは人の心を大切にすることでもあると思います。今年もまた自然を通して空を眺め、風に耳を傾け、花に教えられ、学んで行きたいと思います。
よろしくご指導くださいますようお願い致します。


  2007年「私の抱負」

大阪生まれで落語大好きな私は、木津川計氏のファンである。

氏が言う所の「生涯学習力」のパワーアップ。これを今年の私の抱負としたい。

「生涯学習力」とは、

(一)人間を平等にする。

(二)講師の教育力を高める

(三)女性をお洒落に、男性を世話焼きにする

(四)若さを広げる

(五)孫に尊敬される

(六)張りのある日常を送れる。それに加えて(ボランティアは心の満足)だと言われる。


昨年グループホーム(認知症対応型共同生活介護)に音楽ボランティアとして参加する機会を得た。初め

ての試みに教室の生徒さんも誘った。生徒さんが入所の方に、「何が今一番楽しみですか」と聞く。そん

なこと聴くもんじゃないと私はハラハラしたが、「こうして外から人が来て下さること。そして楽しませ

てくれる事」と仰って下さった。目が開ける思いがした。なんと有り難い言葉。そして素直にそんなこと

を聞ける若い人も素敵だ。

(一) みんなで平等に楽しめる幸せ。

(二) 講師として、勉強と技量にもっと取り組み学ぶことをさせてもらえる幸せ。

(三) 人前にたつことはお洒落にも気を配る要素となる。

(四) 私より高齢の方から元気がもらえる。

(五) 孫に負けないように流行のアニメ音楽も仕入れよう。

(六) その結果、気持に張りを持つことになるだろう。

「生涯学習力」を実行可能、これを「形」にしよう。

2007.01.01


 木村徳太郎書き写しノートより(昭和十五年冬)

仏蘭西の詩人レミ・ド・グルモンの「雪」 を             
   
 シモオヌ。雪はそなたの頚(えり)のやうに白い

 シモオヌ。雪はそなたの膝のように白い。

 シモオヌ。そなたの手は雪のように冷たい。

 シモオヌ。そなたの心は雪のように冷たい。

 雪は火の口づけにふれ溶ける。

 そなたの心はわかれの口づけに溶ける。

 雪は松ヶ枝の上につもって悲しい。

 そなたの額(ひたい)は栗色(くりいろ)の髪の下に悲しい。

 シモオヌ。雪はそなたの妹。中庭に眠(ね)ている。

 シモオヌ。われはそなたを雪よ恋よと思ってゐる。___雪___。

六花(ムツノハナ)

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小高い丘を三つ、四つ、と削り誕生した3500戸ほどの新興住宅地。あのころ(昭和50年代)に比べると景観は随分変わった。でも、探索するとまだまだ自然の恵みに出逢える。クリスマス・リースを作ってみた。クズの蔓で土台のリースを作り、左から 
(マツカサ、ムラサキシキブ、カラスウリ、トウウガラシ、スズカケ、ヘクソカズラ、ツバキ、ハナミズキ、ドングリ、ジャノヒゲ、ノイバラ、マルバカシ、ヤブラン、ドングリ、サルスベリ、クチナシ、サルトリイバラ、トウガラシ、エノコログサ、マツカサ)を入れた。リボンは、ワイヤー入りのものを買ってきた。


遠い遠い日の、クリスマス・イブを思い出す。



びったれおどし クリスマス・イブ

 
「長いトンネルを抜けると雪国であった。川端康成の『雪国』そのままの風景が広がる。京都から二

つばかりのトンネルを抜けると、まさに<突然!>雪景色が飛び込んで来る。

昭和54年、私たちはそんなミニ雪国に転居して来た。

 琵琶湖を見下ろす標高300メートルほどの小高い丘のその住宅地は、雪が降ると陸の孤島になる。傾

斜がきつく積雪の坂道はタクシーも登ってくれない。住民達は自家用車を坂の下の広場に駐め、長靴に履

き替えてそこから這うようにして坂道を登るのだ。

 子供たちの通う幼稚園と小学校は、その丘から2キロばかり離れたところにある。、雪混じりの冷たい

風の日などは、長女の制服のスカートの襞は取れて凍てた板のようになった。だが、休日はスキ―授業の

練習をかねて家族で近くのスキー場へよく出かけたものだ。

冬の厳しさと雪の楽しさに慣れつつあった入居三年目の十二月二十四日、次男の通う幼稚園の「クリスマ

スお楽しみ会」に丘を降りて行った。(地元の人たちは、「山から下りてきたんか。ご苦労さん」といつ

も私たちをからかっていた)。

 雪は年明けの学期始めと同時に降り始めることが多く、年内に降ることはまずなかった。

クリスマス・イブのその日も、雪を呼ぶ灰黒色の冬空はまだ広がらず、絵筆で刷いたような水色の優しい

冬日和だった。

お楽しみ会が終り出口に向かう人々から歓声があがっている。「雪!雪!」。

まさにホワイトクリスマスにふさわしく、白い花を舞い散らすような、大きな雪片が途切れなく降り下り

て地面を薄っすらと白く覆っていたのだ。

私は一瞬、住宅地の坂道を思い浮べたが子供を急かせて車を動かした。

 ワイパーが鈍く重いリズムを打って左右に振れる。瞬時に目に入る視界はまるで雪女が荒々しく息を吹

きかけて来るように思えた。雪片がフロントガラスに張り付くように絶え間なく当る。

しかし、視界を遮ぎるように降る雪でも、県道は車の熱射でか積雪は無かった。

 薄く白くなっている住宅地の急坂を、県道を走っていた時と同じ感覚でアクセルを踏み続ける。私は早

く家にたどり着くことしか考えていなかった。

坂道は、十五度ほどの傾斜が十メートルほど続き、その両脇に溜池と田んぼがある。そしてガードレール

が設置されていた。坂の途中で電信柱が道を狭くしていて、そこから四五度ほどのきつい傾斜になる。私

はいつもここでアクセルを踏み込む。いつものように足に力を入れた。

そのとたん、車が左右に揺れ後ずさりを始めた。「アッツ!。厳冬の池に落ちてショク死する!」。瞬間

にそんな考えが頭をよぎり、慌ててブレーキを踏んだ。しかし、車は止まらずにズルズルと下がってい

く。私の鼓動に合わせるように車はただただお尻を振りながら、まるで優雅に坂道を下がっていくばかり

だった。

「ドスン!」。

電信柱に当って車が止まった。その時間はほんの一瞬だったはずなのに私の全身から汗がビッショ

リと噴き出ていた。

急いで車から降りると、巨体が(私にはそのとき自分の車が怪物に思えた)電信柱に受け止められて、ガ

ードレールの数センチ手前で、坂道の中央へ斜めにうずくまるように静止していた。
 
車の上にどんどん雪が積もって行く。足元は雪で滑る。車をそのままにしては帰れない。道路である坂道

を私の車が占領したのでは、他の車が通れなくなる。

私は坂道を登りきった所にあるKさんの家に駆け込んだ。自営業のKさんは運良く家に居られ、スコップを

持って駆けつけて下さった。そのうえ、奥様が他の人も呼んで来て下さった。

相変らず雪はどんどん降り続ける。ブルーの車が雪で白くなって行く。駆けつけた三人の男性がひたすら

雪を掬い取り、タイヤ周りの雪を除けようとする。しかし除けても除けても、その上に雪が降りしきるの

だ。雪をかき捨てる三人の頭に、腕にと雪が積もっていく。

私は頭の中が真っ白になっていた。自分が率先して雪を除かなければいけないのに、寒さと恐怖で「ガタ

ガタ、ガタガタ」と体中を震えさせ立ち尽くしているばかりだった。次男が、「オッチャン。オオキニ。

オオキニ」と呟く声だけが、辛うじて私を現実の世界に立たせていた。

救援の人が三人から五人に増えた。登り道とタイヤ周りの雪をなんとか無くし、手早く一人が車に乗り込

みアクセルを噴かす。それをあとの四人が、車体の後ろから一気に押した。車は四五度の傾斜を登りきり

緩やかな所まで登って行った。運転する男性がそのまま車を走らせて行く。私と次男は、雪に滑って転び

ながら、車の後を追いかけた。

途中で次男が大きく振りむき、「オッチャンたち、有り難う!」と手を振り叫ぶ。私もやっと我に帰り

深々と御辞儀をして、「オオオキニ、オオキニ」と言いながら車を追いかけた。


その夜、帰宅した夫に私は酷く叱られた。

「“びったれおどし”やないか」。びったれとは広島弁で「横着もん」のことを言うらしい。「雪が降る

のはまだ先」と、横着に構えている者を脅かす雪を、”びったれ脅し(おどし)”と言うのだ。私

はひたすら小さくなってしまった。

夜になっては雪はやんだ。17軒ばかりの住宅地の息づかいの全てを吸いこむように静かな白い世界にな

った。その雪の中を家族五人が揃って、救助して下さった五人のお家を一軒一軒、お礼を言って廻った。

「良かったなあ〜。大事にいたらんと」と、皆さんは優しくいたわって下さった。

凍てつく白い道に映るかと思えるほどの煌く星空を見上げて夫が、

「今日は大きなプレゼントを貰ったな」「後にも先さきにもないほど大きなプレゼントや」

「ほんまや。命を助けてもろうた。<命>をプレゼントしてもろうた」。私も大きく頷いた。

次男が、「お母さん。オッチャンたちはサンタのおじさんやな」と、つないでいる私の手を大きく振りな

がら言った。そして私たちは、凍て光る夜道の寒気に頬を紅くし、白い息を吐きながら、「サンタのオジ

サンは〜♪」と、合唱しながらカル鴨親子のように行進した。

その時私は、星の輝く夜空をサンタのおじさんが走り抜けていくのを見たように思った。



「歳の市」 楽久我記ノートより  木村徳太郎

   
              季節が電線(ねぢ)を

              しめるから


              街には風が

              鳴つてゐた。


              市場帰りの

              お籠には


              嬉しい新春(はる)が

              ひそんでた。


              季節が日脚を

              せかすから


              街は慌(せわし)く

              うごいてた。


2006.12.24

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    エノコログサの少年


 光陰矢のごとし。年々季節の移ろいを速く感じる。金木犀(キンモクセイ)の香りと彼岸花(ヒガンバ

ナ)の赤が、私の脳裏にはまだ残っているのに、土手にそびえる大きな公孫樹(銀杏/イチョウ)が匂い

はじめ、その下草に彼岸花が青々とした葉を広げ、花時の想いを微塵もなく消している。銀杏の実を一つ

二つ拾う。川辺に降りて実を洗いポケットに忍ばせる。顔を上げると、野菊(ノギク)があたりを紫色の

空気に染めている。川辺の肌寒い風が頬を撫でていく。せせらぎの音が、秋愁を誘った。

 想いに耽っていると西の空が赤く染まりはじめ、土手のエノコログサが、夕陽を背に金色の輪の中で揺

れていた。そのエノコログサに、ふっと「少年」を思った。夕焼けにスクッとたつエノコログサは、野に

遊ぶ「少年」のように見える。「少年」がとてもよく似合う雑草だ。

 子犬の尻尾(イヌコロの転化でエノコロ)のような穂を、猫にじゃれさせるというのでネコジャラシと

も呼ぶこの雑草は、夕焼けの中で、どんな花よりも美しく見える。子供のころ、「少年」たちがエノコロ

グサを手の中に隠し持ち毛虫と驚かす。首筋にこっそり入れて驚かす。私はそれによく泣いたものだ。懐

かしさと甘酸っぱさが、夕焼け雲にのってくる。

 しかし、今はもう泣かない。エノコログサに「少年」を思い描き、「少年」を重ねはしても、泣きはし

ない。


 ピアノ教室と音楽事務所を持つ知人が、毎年びわ湖ホールで発表会をやる。私も参加してオカリナ(土

笛)を吹く。七年前から参加しているが、今年の私は完全に、スランプに落ちこんでいた。井上陽水の

「少年時代」が大好きで、それを演奏曲に選んだが、どうしてもうまく吹けない。あげくに知人から、

「吹く吹けないの問題でなく、『オカリナが好きでたまらない』と、昔は毎日吹いてたじゃないの。最近

は吹いてないんじゃない。私はあの時の貴方が好きで、コンサートに誘ってるのよ」とまで言われた。ズ

バリその通りである。私は音楽学校を出たわけでもない。ただ好きで始めたオカリナである。そして縁あ

ってカルチャーセンターのオカリナ講師に請われ、思い上がっていたところもある。吹くことに熟練はし

たが(それが気の弛みにもなっていた)。それはただ吹いているだけ。表現するということに、私は頭打

ちをしていたのだ。「駄目。下手くそ。もうオカリナなんかやめてしまおう」と悶々としていた。選曲が

ミスマッチだったのかと演奏曲を変えてみても、落ち込んだ焦りや苦悩は消えず上手く吹けない。オカリ

ナを叩き割りたいような気持ちにもなっていた。「もうオカリナは辞めよう。教室の講師も辞退しょう。

今年でオカリナは最後にしょう。」と思った。

 思い返せば、友達やオカリナ教室の生徒をたくさん動員し、私の出番が終わるや一斉に席をたつ。楽屋

モニターに映るそれに、知人からたしなめられたこともあった。びわ湖ホールの音響に「私は上手い」と

自分でうっとりとして吹いた年もあった。夏風邪を引き<ドタキャン>をした年もあった。「変な笛を吹

く変なおばちゃんは、どうしたの?」と、知人のピアノ教室の子供たちは、心配してくれた(子供たちは

音楽を感じ、暗譜し、リズム感、音感も出来ている。私はそれを外す。当然、変なおばちゃんである)教

室の子供たちは、みんな孫ぐらい年が離れている。しかし、私もコンサート参加人数の中に入れ、同じ仲

間だと思ってくれることが嬉しかった。

 子供たちの成長には目を見張る。初めて出会ったときは、フリフリの可愛いドレスで足が床に届かなか

った女の子も、輝くような肌を惜しげもなく出し、スリムなドレスに身を包み「恋歌」などを演奏する。

 男の子にはうっすらと髯もはえてきている。私はわが子のようにその成長ぶりにいつも感激していた。

その中の一人、半ズボンのサスペンダーが似合う少年(ヒロちゃん)は、裕福な家庭でコンサート時には

いつも着飾った沢山の応援者に溢れ、豪華な花束がいくつもいくつも届く。じっとしているのが嫌いな子

で、自分の出番でないと会場を走り回り、楽屋で友達とふざけて話す声がどういうわけか客席に漏れ流

れ、慌てさせた年もあった。いつも周囲にかしずかれているような子で、私はどちらかというと「行儀の

悪い坊(ぼん)だ」と眉をひそめていた。


「おばちゃん顔色悪いで」と、ヒロちゃん(彼は、もう大学生になっている)が言う。私はスランプを引

きずったままコンサート当日を迎えていたのだ。「なんか、ドキドキして出番待ってられへんのや。きっ

と私、しくじるわ」「こんなことのない心臓やのになあ。じっとしてられへん。後どれぐらいの待ち時間

やろ?」(私は時間の観念もあやふやになっていた)

「僕のプログラムには時間が書きこんであるから、ちよっと待ってて」と、彼は長い廊下を走っていっ

た。(自分の出番前には、バタバタと誰もしたくないのに)そして、持ってきたプログラムに驚いた。演

奏曲の時間が秒単位で記入されている。そしてそれを合計して「おばちゃん。まだ、20分10秒ある」

と言う。「そうか、まだ、20分もあるか」。私はそれを聞いて、なんだか落ち着いていくのを感じた。

それと同時に「ヒロちゃんは、なんとりっぱに成長したのだろう。他人に気使いが出来、安心感までくれ

る」と嬉しかった。ヒロちゃんのお陰で、私はなんとか失敗せずに吹き終えることができた。そして、あ

の(やんちゃ坊主)の成長に、心底嬉しくまた感謝したのだった。

 出番が済んでしまえば落ち着く。それに、「もうオカリナをやめよう」と開き直っていたので、客席に

ゆっくりと腰を掛けみんなの演奏に聞き入った。子供たちの進歩と成長が羨ましかった。コンサートの締

めは、ヒロちゃんである。堂々と幕裾から出てくる。大きな拍手がおこる。(今日もたくさんの親衛隊が

つめかけている。)目を閉じて聞き入っていた。「?」。音が止まっている。「どうしたのだろう」目を

開けると、会場に緊張感が走っている。ヒロちゃんがじっとピアノの一点をみつめたまま。楽譜をめくろ

うとするが、その手も止まる。

(「舞台の魔物」が出たのだ)

 ヒロちゃんは完全に暗譜をしていた。それがすっぽり抜け、頭の中が真っ白になっているのだろう。私

は「頑張れ!ヒロちゃん」と叫ぼうと喉まで声が出た。しかしそれはせんないこと、「頑張れ!」と、声

を発したものが誰かいっせいに会場の衆人が振り返るだけだ。それに、そんな掛け声は、安っぽく感じる

ほどの緊迫感だ。

ヒロちゃんが泣き出した。ただ見守るしかない。しばらく泣いて、最後の章だけをどうにか弾き終え舞台

を降りた。複雑な拍手が響く。あれほどに余裕を持ち、自分の持ち曲とばかり練習のときも難なく弾いて

いたのに。たとえつまずいても、ヒロちやんなら即興でごまかしも出来たはずなのに、完全に空っぽにな

っている。

私は、その姿にいたたまれず席を立ってロビーに出た。凄い夕立だった。音の遮断されたホールに居たの

で、気がつかなかったが驚くような雷雨だ。手入れをされているはずの芝生になぜか一本、エノコログサ

が地面に叩きつけられている。豪雨にうたれていた。(2006年8月12日。それは後で知ったが、市

内6千戸ばかりを停電にする雷雨だった)「あ〜〜〜。ヒロちゃんが押しつぶされてる」私はそのエノコ

ログサがヒロちゃんに見えた。「ヒロちゃんがぺっしゃんこになって倒れている」と思った。

楽屋に出向くとヒロちゃんは号泣していた。だれも声をかけられない。誰かが「ヒロ、ピアノを辞めるか

分らん」と言う。(ヒロちゃんはお母さんから、「もう、ピアノはやめなさい」と言われ、母子で揉めて

いるのを何人かは知っていた)誰もが押し黙った。

そして、最後のお礼の舞台挨拶をするときも、ヒロちゃんは出てこなかった。


 打ち上げ会場に向かうため、急いでロビーに出ると雨はもう治まっている。そして、あれほど地べたに

叩きつけられていたエノコログサが、何事もなかったかのようにしゃんと立っていた。「な〜あんだ。立

ってるやん」と、気抜けしたように笑ってしまった。さきほどの険しい思いが、滑稽だった。整備された

びわ湖ホールの芝生のなかに、一本だけ生えている雑草のエノコログサが可笑しくもあり可愛くもあり、

笑い出してしまったのだ。

「とにかく出席しなさい」という先生の声に促され、ヒロちゃんもしぶしぶ打ち上げパーティに出席し

た。一人ずつ今日の感想(反省)を言う。先生が「ヒロは飛ばす」と気遣う。みんなもヒロちゃんに気兼

ねをしている。コメントが一通り終わったとき、突然ヒロちゃんが、「先生!僕にも喋らせて」と立ち上

がった。みんなが、固唾を飲むなかを、

「今日の僕はぶざまやった。けど、今、決心がついた。ピアノはやめへんよ」

「………・」

 一瞬の静まりのあと、大きな拍手が起こり、「ヒロ!コール」になった。

 私はなんだか涙が出てきた。そして、「そうだ。音楽ってこれだ。音を奏でるだけでなく、もっと大き

なものに、みんなして行けるもの」。それが音楽ではないのかと思った。耳に流れて聞こえる。楽器が奏

でられる。その「時」「形」だけが音楽ではないのだ。こうして湧き上がる「ヒロ!コール」も、私が

「うんうん」と頷くのも、窓から見える琵琶湖の波が、静かに寄せては引き、大型客船の灯りがゆっくり

進み、夕闇の中に花噴水が上がるのも、そして、みんなの声が雑談になるのも、これがみんな音楽ではな

いのか…。

「合奏」のように、そんな思いが私の胸に響いていった。

そして、私は「ヒロちゃん。有り難う。変なおばちゃんも、自分自身に恥をかきながら、オカリナはやっ

ぱり続けるわ」と呟いていた。


 キンエノコロ、コツブキンエノコロ、オオエノコロ、ザラツキエノコロ、エノコロ、イヌエノコロ、ハ

マエノコロ、アキノエノコロ、ムラサキエノコロ。私には区別が付かない。どれもエノコログサである。

しかしそれで、「いいのだ」。自分がどのエノコログサかと、決める必要はない。そのうち自分のものが

(表現が)見つけられるだろう。

 夕日の中に揺れるエノコログサに、あの雷雨の日のエノコログサを思い浮かべる。下手でもいい。好き

だからと意固地になって選曲した「少年時代」の曲も、そのうちいつか上手く吹けるようになるかもしれ

ない。ならないかもしれない。しかし、

「止めることさえしなければ」…・。

「ヒロちゃん(少年)よ。私もまだ頑張る」。

夕陽の中に揺れるエノコログサ(少年)に、話しかけた。

2006.11.01

ブルーセージ

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 庭の片隅に、凛と背筋を伸ばしたくなる一角がある。濃紺のセージと、枝を切りそろえられ再び咲き始めた白い桔梗の花の組み合わせだ。
はしゃぐ子供のような夏。その余韻に秋が重なり来る。秋はろう長けている。そして私に静かに話しかける。濃紺のセージは、メドーセージと言うらしいが、五年ほど前に一枝貰ってきた時から、その深い深い青色に私はただブルーセージと言っている。そして濃紺色と白色の清々しくキリリとしたその風情は、通りぬける風さえも襟を正しているように見えて、どことなく陰を宿し切なく咲き始める萩や女郎花の花々の中を抜けていく。


  ブルーセージ 「つまらん!」お話

 「つまらん!おまえの話はつまらん」と言い放つ、俳優大滝秀治と岸部一徳の掛け合いで、殺虫剤のCM

が流れる。私は思わず「ドキッ!」とした。一ヶ月ほど前に、同じセリフを息子から言われた。

 子供たちは盆と正月には帰郷する。帰る日程は、バラバラの「時差帰郷」だ。お互いに連絡を取り合っ

て、一日は揃うように相談しているらしい。だが、私にはいつも何の連絡もない。(長男は中米ニカラグ

ア。次男は、研究論文に忙しそう。娘だけが孫を連れて帰ってくる。だんだんと寂しくなった)そう思っ

ていた矢先、次男から「お姉さんはいつ帰る?僕もその時に帰る。お父さんは居てる?。報告することが

あるから」と珍しく電話があった。急いで姉娘に問い合わせの電話をする。「報告てなんやろ?」「お母

さんが思っているような事と違う」「あんたもそう思う?」具体的に報告の中味が何なのかも話し合わな

いで、話が弾む。主人に「何か報告があるらしいわ」と告げると、「そうか、あいつらしいなあ」。ここ

でも、報告が「何か」は話し合われないで「あ」「うん」の呼吸で進行した。

孫が、次から次へと玩具を出して遊ぶのを横目に、「ケーキ買ってくるわ」と、気に入りのワンピースに

着替え、化粧もして弾んで出掛けた。朝から丁寧に掃除もした。「おいしい」と評判のよい店に行く。

(一番高いのが一番美味しいだろうと)と「ケチなあんたがどうしたん」と言う声が聞こえるが、おかま

いなくお勧めの、高いのを買った。店の鉢植えに、紫に近い濃い青色の、ブルーセージの花が静かに揺れ

ていた。普段、買ったことのない高いケーキを買うので、無意識にオバサン根性が出るのか、「綺麗な花

ね。一枝欲しいわ」と言ってみる。ブルーセージは挿し芽で増えることを知っていた。以前から欲しい、

と思っていた花だ。白いケーキボックスの上に、リボンを掛けるようにブルーセージを乗せて帰る。白と

青のコントラストが、すがすがしく映えていた。

電話が鳴った。次男は昼間に帰ってきたことは無い。いつも最終便だ。今日は違う!主人と娘と私は顔を

見合わせ、エンジンをかけるのも気ぜわしく駅まで出迎えに走った。

「なんで?一人なん?」

「何が?一人に決まっとるやろ」

「エー?!なんで!」

息子が車に乗ってくる。私はそれでも辺りをキョロキョロと見回す。誰もいない。

「おいしいケーキ買ってあるからね」

「おれ甘いもん嫌いやで」

「そんな事言わんと、ものすごう高いケーキや」

「ハイハイ頂きますがな」

いつもと変わりない会話を車中で交わす。家につくなり、私は思い切って尋ねた。「報告て何なん?」

「就職決まった」

彼は博士課程の一年生だ。「就職て、あんた学校辞めるん?」不服そうに聞く私に「そりゃ。良かった。

おめでとう」と主人が言う。娘も「よかったジャン」と缶ビールを開ける。私はケーキの箱を持ってしば

らく立ったままでいた。「お母さん何か勘違いしたん?」皆で私を笑うので、「あんたかてそう思ってた

やろ」。「なにが?」。主人はすました顔で言う。そう、誰からも、「彼女を連れてくる」なんて言葉は

出なかった。私も言ってない。でも私だけが笑われる。腹が立って来た。私は「グチグチ」言い出した。

その時、息子が「お母さんの話はつまらん!」と言い放ったのだ。「お母さんはまじめやしええ人や。け

ど、つまらん!自助努力が足らんのや。もう一つ向こうの物を取りに行こうとする努力がない。一つ上の

物をつかみ取ろうとする、覇気を持たなあかんで」と言われた。「グサッ」とくるものがある。確かに私

は可もなく、不可もなく過ごしている。その平穏を保つために努力をしていると思っていた。「自助努

力?自助努力!」――「自助努力てなんだ」、あれ以来、私は何回も繰返す。


秋がやってくる。殺虫剤のCMも放映されなくなる。根付いたブルーセージが、風に身をまかせ揺れてい

る、静かな昼下がり。今日も私は「自助努力?」と考える。考える事を「つまらん!」と思いながら、ま

た考える。      「随筆きょうと」75号より

そして今年、私はやっと気が付いた。「能力」として出来ない事は、たくさんある。
「私には無理」と自分で「気持ちの限界」を作っていることが多くあった。それを「つまらん。自助努力が足らん」と息子に言わせる要因だったのだろう。自分に「無理と思ったこと」は、能力のある人に「頼る。甘える」ことも良い。その上で、自分でもちょっとやってみたら、出来ないと思っていたことが出来たりもする。能力のあるなしに関わらずに、「無理と決め付ける事」を、息子は「つまらん」と戒めたのであろう。あれから五年も経たこの夏にやっと、「つまらん!」意味が分かったような気持ちになった。
清清しく白と紫の風が一筋通り抜けて行く。



     [秋]   木村徳太郎 日本名作童話四年生「金の星社」昭和三十二年発行より

 

               秋はなんでも

               ブラシでそめる。


               ビルの白かべ

               ぶどうのいろに。


               日かげの土を

               つめたいいろに。


               並木の葉っぱ

               うす黄のいろに。


               秋はなんでも

               やさしくそめる。




2006.0922

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