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弘ちゃんは生きている(2)

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弘ちゃんは生きている(68)
 神社の神主さんは、子供たちの手で水道を引く物語を書いて童話コンクールに出した。それが入選して、村の人は神主さんが童話とかいうものを書いていることを知った。川合先生も少しだけ感心して、梶野先生と一緒に桐久保さんの家で、その物語が放映されるのを観ていた。子供たちは越出あや子の家に集りテレビを観る。まるで自分達と同じような物語に感心して息もつかずに熱心に観ていた。村人たちは、物語のように弘たち子供が、やはり水道を自分達の手で引こうとしているのを始めて知った。子供たちに美味しい水を飲ましてやりたいとそう思った。桧牧区と自明区のいがみ合いは別として村人は子供たちと一緒になって穴を掘り、パイプを埋め、学校まで水を引きはじめた。学校まで引いた水は近くに貯水池をつくり、そこで各家の庭に在るシュロとウメちゃんのお父うが焼く炭とで、水をろ過してポンプで汲み上げ、運動場に水飲み場が作られ、ローカにも水道の蛇口は作られた。

 水道が完成して、運動場の水飲み場を全校児童が囲んで、校長先生、梶野先生、隆、奥田君、炭谷君が水道栓を同時に開けるのを固ずを飲んで見守った。いっせいに栓が開けられ、ほとしばる水が陽に照らされて流れ落ちた。いっせいに流れ落ちる白い水しぶき。「ばんざ〜〜い」歓声がおこった。
ウメは後ろの方でその流れをじっと見詰めていた。
「弘ちゃん!」
元気良く澄んだほとしばる水に、ウメはこの水は弘ちゃんだと思った。
「みんな。この水は弘ちゃんやよ。忘れたらアカン。弘ちゃんは生きている。
この水のように生きて私らを見守ってくれてるんや。弘ちゃんをいつまでも忘れんと大切にしょうな」
ウメはさけんでいた。一瞬静かになった校庭に
「そうや。弘ちゃんや。弘ちゃんや。この水は弘ちゃんや。弘ちゃんは生きているんや」と大合唱になった。
        ☆☆☆
 弘は神社の水を水道に引くことを、みんなでやる話が出てからは、毎日のように神社に行って、神主さんと親しくなっていた。そして「僕らのこともお話に書いて」と頼んでいた。神主さんはそれを作品に書いて、コンクールに出し入選したのだった。
弘はウメちゃんに言われたように、お母も大事にした。お母もその気遣いがやはり嬉しいのか、あまり弘を苛めることも少なくなっていた。弘のお父うも町へ出稼ぎに行き、お金を稼ぐことに精出しお酒を呑むのを忘れるようにした。美代もお母に甘えてばかりいないで、兄の弘に、色んなことを聞いたり教えてもらったりして弘を見直していた。弘は水道が完成することに夢をのせていた。みんなを励まし率先して動いた。
お母がいつもの体調がすぐれないとき、風邪をひき、夜になると苦しく咳き込む。弘は見かねて、「お母、薬を買ってきてやる」からと、暗い外へ自転車を飛ばした。
いつかもこうして、弘は夜に家を飛び出したことがあった。しかし今はあの時と違う。自分の悲しさで飛び出ているのではない。お母を助けてやりたい。心配そうな美代も安心させてやりたい。留守のお父の変わりに僕がみんなを守るんだと強く思った。空には生んでくれたお母のような星が、きらきらとそれを見守っていた。しかし、
その帰り道、弘は自転車ごと夜道を飛ばすダンプカーにはねとばされたのだ。
 村の人々がつぎつぎ駆けつけ大騒ぎになった。神社の神主さんも夜中に雨戸を激しく叩かれ目を覚まし、駆けつけた。隆は夜道をひたすら走って、ウメの炭焼き小屋へ知らせた。暗い夜道を走りながら「弘ちゃんは死なへん。不老不死のテンダイウヤク飲んだやないか」「是対死なへん」叫び泣きながら走った。知らせを聞いてウメも走った。勝手知ったる山道だったが、何度も転げ、「弘ちゃん。弘ちゃん」叫びながら走った。

弘はお母の薬を握り締めたままもどってはこなかった。
梶野先生は、学童に弘の詩を書かせることで自分を慰めた。

炭谷君の詩  「ひろっちゃん」
ひろっちゃんが死んでからは
桧牧は急に
さびしくなった
ひろっちゃんがいて
けいきをつけてくれたら
桧牧の子どもたちも
もっともっと
げんきよくたのしく遊ぶのに。

奥田君の詩  「ノートの表紙」
弘っちゃんのそう式の時もらったノートを
今使っている
ノートの表紙には
みどりの木の中におおきな建物がある
青い空の下で
子供がベンチにこしかけ話している
そばでハトが豆を食べている
あんなところが日本にあるのだろうか
あったら一度行ってみたい気がする。

みんなは弘ちゃんが懸命になってくれた、いろんなことを思い出していた。
弘ちゃんの優しさや思いやりを、そしてあの頑張りをいつも思い出してやって行こうと思った。
ウメはお父がまた他所へ行ってみたいことを桐久保さんに話すと、こころ良く受け入れてくれたので、また「渡り」でお父と村を出ることにした。隆は泣きながら弘に貰った赤いユリの球根をウメにわけてやった。
神社の宮司さんもその後、村を去った。梶野先生も移動で学校を去った。残った校長と川合先生が「水道の水は大事に引き継いで守って行く」と言っていた。
弘の家では弘と入れ違いのように美代に弟が生まれた。
お母もお父も美代も、弘の生まれ変わりだと大喜びをした。

その村はどこにでもある静かな村だった。一度はいがみ合い権力争いもあったが、子供たたちの懸命さに教えられ、緑溢れる水のきれいな田舎だった。
     ☆☆☆ 
 ウメは梶野先生から来た手紙をとりだした。「桐久保さんたちが働きかけ、昭和40年に厚生省の事業認可をうけ、昭和42年二月に町議会で上水道建設予算が議決され、スピード施工により、43年の9月に給水が開始されたこと。そしてその頃から村にも住宅団地の開発が進み、創設僅か五〜六年で既設給水能力が対応不可能となり、また、あらたに桧牧浄水場が作られ、54年9月に完成して、この20日の10時から式典が行われる」と書いてあった。「サイレンと共に水道の蛇口から新しい水が出ます。それはきっとあの桧牧の水飲場の水道の水が流れ出たときと同じ感慨だと思います。私はその時間に水道の蛇口を捻り、弘君を思い出します」
 ウメは水道の前で待った「9、8,7,6,5,4,3,2,1、0」蛇口から、ほとしばって水が流しに落ちる。太いその白い水の線は、カーテン越しに入ってくる優しい光に虹色に染まっていた。遠く離れた桧牧区でも同じ様に光をあびて、今、水が流れ落ちたのだろう。「弘ちゃん。ありがとう」
水の不便なあのとき、弘と二人で水脈を探したこと。そして水の恩恵をうけ今の水道のお世話になる道しるべになったこと。

 学校の水飲み場の水道は、水道の便利さや有り難味を村人にも感じさせ、全戸に水道が行き渡る発端になったのだと言う。
ウメは水をコップに受け飲んだ。元気で優しいかった弘ちゃんの味がするように思った。
    ☆☆☆
 ウメちゃんはすっかりお婆さんに成っていた。
 子供のころ遠い井戸から水運びをしたこと。おおきな瓶に入れてその水を保存したこと。小さい綺麗な小川で野菜を洗い、洗濯もしたこと。お茶碗を洗った御飯粒に魚がそれをつつきに来たこと。池の水も綺麗で鯉やタニシもいたこと。そうそう、水汲みは子供たちの仕事だったけど、水道が出来仕事が無くなった分「勉強しなさい」とすぐに言われるようになったけ。自分で運んだ風呂の水張りなら、そんな失敗はないのに、水道が勝手に風呂に水張りをしてくれるので、てっきり入っていると思い風呂を空焚きした人もあったなぁ。雪の日に水汲みが無いから霜焼けもあかぎれもなくなった。
 水は人の生活をどんどん変えて行ったように思う。ウメは目をつぶって田舎の川や湧き水を思い描いた。
湧き水はいまペットボトルに入れて売られている。川面には映っていた合歓の木もなくなった。山の木がどんどん切られ水が生まれない。水不足がある。水が汚れている。
そしてだれの心にも水のあることが当たり前になってしまった。そしてあの学校もいまはもうない。

「弘ちゃんはいつでも生きている」ウメは水道を捻るたびにそう思う。水を大事にして、いつも弘ちゃんの笑顔を思い出せるようにしないといけないと思う。弘ちゃんに申し訳ないと思う。
「弘ちゃんは生きている」そう胸を張っておれるようにしなければと思う。
水を粗末にしたら、弘ちゃんに申し訳ないとウメは思う   (完)    

弘ちゃんは生きている(67)
次の日、弘はウメちゃんの家へ試合で汚れたユニホームを持って行った。炭焼き小屋に続く林は木々の匂いで溢れている。クヌギの木に大きなカブトムシが木汁を吸っていた。弘はウメちゃんが喜ぶだろうとお土産に、それを捕まえた。
ウメちゃんはいつものように山水を溜めた清水で洗濯をしている。
「ウメちゃん、ユニホームをみんな洗ってくれるんか。みんなは大助かりやわ。おおきに」
「お礼にカブトムシやる」と、
ウメが喜ぶのを期待して、ワクワクしながら渡そうとすると、ウメちゃんはなんだか慌てて洗っていた洗濯物をかくすようにして「いらん」といって
「ユニホームはそこへ置いといて。洗っておくから」といつものにこにこ顔でなく、なんだか恐い。この顔はおっ母の狐つきのときの顔みたいだと、弘は思った。
「ウメちゃんどうしたん。しんどいんか」弘は心配になり、ウメが隠した洗濯物を覗き込んだ。それには赤い血のシミがついていた。「ウメちゃん、どうしたん?」
弘はひっつこく声をかける。
ウメは、むうーとしながらも仕方なさそうに話し出した。
「あのな。女の人は月に一回生理と言ってこうなるんや。お腹は痛いし、気分も悪いし、しんどいんや。だからうるさく話し掛けんといて。だけど、これは大事なことなんやで。」
弘は驚いた。そう言えばお母が、狐つきになる時はいつも便所に血があった。
ウメちゃんは、お母と同じような大人なのか。ウメちゃんもお母のように意地悪な大人なのか、弘は心配になった。弘は、不安げにウメの顔をのぞきこんだ。そんな弘にウメは話し始めた。
「女の人は子供を生む準備を、ある年になればするんや。越出さんとかみんなはまだそんなことはないやろけど、私は年が多いから、もうその準備をしているんや。これはとても大事なことなんやから恐がらんといて。恐い顔になったり、イライラして意地悪するかもしれんけど、これは大事なことなんや」
「そんなら、うちのお母も時々狐つきみたいになって、おれをいつもより苛めよるけど、あれはその生理とか言うもんのせいか。狐つきとちがうんか」
「そうやで。そんなとき、いつもよりお母さんを大事にしたげんとあかんで。きっとしんどいんやわ。そんで怒らはるんやわ。」
「狐つきなんて言わんと、いつもよりお母さんを大事にしてお手伝いを良くして助けてあげんとあかんで。あんた男の子やろ。よう覚えとき!」
そうウメは言いたいことだけ言って、家の中にさっさと入ってしまった。
少し恥かしそうに、でもしっかりとした足取りで家に入っていった。其の後ろ姿に弘はなんだか神々しさを感じた。そして、自分でみんなのユニホームを洗い出した。
「そうか、お母は狐つきとちがうんや。おれを苛めるために狐つきになっとるんと違うんや。」弘はごしごしユニホームを洗いながら思った。みんなの汗の匂いがする。
弘はなんとなく男と女の違いがわかった様な気がした。そして、男は大事に女を守ってやらんとアカンのだと言う気がしてきた。
溜まっている冷たい山水で顔を洗った。弘はさっぱりした。ウメちゃんの不機嫌なことやお母の狐つきの原因が分かった。原因がわかれば優しくなれそうな気がした。
山から爽やかな風が弘の頬を渡って行った。なんだか弘は少し大人になったような気がして大きく背伸びをした。
  ☆☆☆
 梶野先生は宿直の晩、桐久保さんに風呂を貰いに行くのも忘れ、懸命に紙に数字を書き込み、算盤をはじいていた。
神社の湧き水から水を引っ張ってくるとしたら、どれぐらいの材料がいり、どれぐらいの経費がいるか計算をしているのだ。湧き水から1キロメートルばかりの距離を水を引き飲み水として使えるようにするには、まずパイプがいる。いったん水を溜め、ろ過しなければならない。水を溜める沈殿池から、ろ過池をつくり消毒して浄水池に持って来る。そこから送水ポンプを使って配水池に送り、やっと配水ポンプを使って水道として給水できるのである。最初の貯水池を作るにはセメントもいる。ろ過するには炭や棕櫚もいる。湧き水から貯水池までは圧力をかけないエンビ菅を使う。ろ過したあとは圧力をかけるのでビニールパイプを使う。梶野先生はなんども線をひいたり、算盤をたたいたりして唸っている。梶野先生は頭が痛かった。これはとても大事業だ。はたして子供たちだけで出来るのだろうか。不安だった。
どうしても村人の手を借りねばならないと思う。でも村人達はいがみ合っている。

 教室は最近、しっかりとまとまり活気がある。なににでもみんなは目をキラキラさせる。
先日もウメがみんなの前に立ち、奥田君たちに提案していた。「大人たちがお金をだしてくれないのなら、自分達でお金をつくったらエエと思う」。
奥田君もいつものようにウメをからかうわけでもなく「うんうん」と頷いてウメの話を聞いていた。梶野先生はウメに感心し励まされる。ウメはいつのまにか、越出あや子や女児たちをまとめ、また奥田君たち男児には、しっかり者のお姉さんのように振舞っていた。弘とウメを中にしてみんなで放課後に肩を組んで「頑張ろう」と大きく叫んでいたのをみた。
梶野先生は以前、団結について学童に宿題を出したことがあったが、これが団結の答えだと改めて自分が教えられる気持だった。
ウメは大滝小学校の学童たちが百合の花を売ってお金を得ているという話を聞き漏らしていなかった。大滝小学校の先生に、花を買ってくれる香料会社を教えてもらい、手回し良く手紙をだしていた。返事はまだらしいが、ウメの実行力と賢さに梶野先生は負けておれないと、眠気を吹き飛ばしまた算盤をはじいた。
弘たちも負けてはいられなかった。ウメは渡りの生活で、一カ所に長く落ち着いてはいない。たまたまいまは桐久保さんの手伝いで長期間、村にいるが、またいつ何処かへ行くかもしれない。だのに一生懸命に学童たちの力になろうと頑張っている。みんなはそんなウメをみて、みんなが力をあわせなければいけないと思っている。弘たちも、以前梶野先生が宿題に出した団結のことを思っていた。小さい力でもみんながそれぞれに持っている力を出し合えば、大きな力になること。そしてしっかりしたリーダがいればそれはよけい、何にも負けない大きな力となって動いていく。その力はきっと他にも影響していく。それが団結だと思った。いま僕らは団結して心を一つにして水道をなんとかして作り上げよう。そうすればいがみ合っている大人たちもきっと仲良くするのではないだろうかと思っていた。

弘ちゃんは生きている(66)
試合当日の朝、弘たちはオレンジ色の揃いのTシャツに短パン、白のハイソックスといういでたちで校庭に集った。短パンはそれぞれの持ち合わせだが、越出あや子の意見で紺色系で統一している。サージ布の短パンが多いなか、隆はニット地の目が覚めるような青色に白の線の入ったパンツである。上着がお揃いなので、各人ばらばらの有り合わせの紺色ズボンだが野球チームの趣は充分あった。梶野先生も同じオレンジ色のTシャツ姿に野球帽を被り、嬉しそうだ。
桐久保さんが手配してくれた農協の軽トラック2台に分乗して弘たちは出発した。
隣村の小学校まで15キロはある。バスが交通手段であるが一日に3便だけのバスでは試合時間に間に合わない。梶野先生は桐久保さんの家へ、いつも通り宿直の日に風呂を貰いに行き囲碁をやりながら、子供たちの野球チームのことを話してみた。学童たちがとてもまとまっていること。男女児や学年の区別なく予想していたより素晴らしい集団に出来上がっていく喜びを話した。それを聞いて桐久保さんも、子供たちの素直さや熱意にほだされ聞いていた。それに引き換え、自分も含め大人たちの意固地さがなさけなかった。
試合会場の大滝小学校まで軽トラックで行く。弘たちは車が珍しい。村の数軒の家にしか車はない。トラックの荷台に乗るようなことも始めてである。そろいのユニホームを着て、青空を見ながら、がたがた揺れる荷台は、弘たちをいやがうえにも、試合前の気持をたかぶらせる。ウメやあや子たちも弁当を持ってトラックに便乗した。普段は貧しい村の主食は麦の入った御飯や粥であったが、この日は特別に白米のおにぎりを、たくさんあや子の母親たちが持たしてくれた。古川由子は飼っている鶏の卵を3日前から溜めておき、にぬき(ゆでたまご)、にして持って来た。それぞれ普段口にしないようなお八つを手提げ袋に入れ、遠足のようにはしゃいでいた。弘たちもあや子たちもこうして男女児一緒に車に乗って行動するようなことは、いままでになかったのでよけいに楽しかった。梶野先生は雲が自分達を追いかけて動いてくるのが面白しろいと、にこにこ笑いながら、トラックの風が運んで来る土道の匂いを深く吸い込んだりしていた。みんな張り切っていた。

 9回表、大滝小学校は10点、弘たちは2点である。どう頑張っても力の差は大きかった。
7回目ぐらいから、ピッチャーの奥田君が投げやりに投球し出したのが、みんなにも分かる。
炭谷君は怒った。梶野先生に抗議する。
「好い加減に投げてはります。やっぱり自明区はあきません」と言い出した。
それを聞いたベンチにいる自明区の学童たちが騒ぎ出した。「なんやねん。桧牧区の弘も隆も三振ばっかりやないか」桧牧区の学童がそれを聞いて「「なに〜」と言い出す。
あんなに仲良く団結していると思っていたのに、窮地に立たされると、もろくも元の姿に戻っていた。越出あや子が泣き出した。それにつられ他の女児たちも泣き出した。
ウメはどうすることも出来ない。ただただ悲しかった。9回表に大滝小学校はまた3点入れた。もうどうしょうもない。13対2である。ウメはバッターボッツクスに立とうとする弘にいった。「負けてもエエ。けど。一生懸命、力のある限りやっているところを見せて。奥田君にも見せてやり」と耳打ちした。
弘は足も手もぶるぶる震えた。しかし、ここで投げ出すわけには行かない。投げだしたら、今までみんなが団結してきた事が消えてしまうような気がした。弘はランニングホームランを出した。先に3塁まで進んでいた隆と二人で2点をとった。相手の大滝小学校は慌て出した。もう試合は終ったようなものと思っていたのが、弘の力強さと、湧き上がる大歓声が、ベンチのオレンジユニホームが太陽が落ちてきたように見えたのだ。
 奥田君がすくっと立って、「だれや自明区はアカンっていうた奴は、自明区も桧牧区もあるか、おれらは一山の、すぎのこチームや!みとれ。それを証明したる」と奥田君はバットを大きく振った。
奥田君はホームランこそ出なかったが、その形相はまるで弁慶かなにかのようだとあや子たちは思った。いいかげんさなど微じんとしてなかった。其の迫力は他のメンバーにも伝わった。みんなユニホームが絞れるほど汗をかき、パンツまで汗のシミで光っていた。
 結局13対5で弘たちは負けた。しかし大滝小学校の先生も選手達も弘達の迫力には脱帽した。丁寧に弘達に頭を下げその結束力の強さを褒めた。梶野先生は「人間窮地に落ちた時は心奥の本性が出てしまうのだろうか。やっぱり子供たちは、本当は一つにはなっていなかったのか」と悲観しかけたのだがそうではなかった。負けても、みんな抱き合って喜んでいる。弘や奥田君、炭谷君、隆や学童たちが肩を組んで泣いているのをみて梶野先生も思わず目頭が熱くなり鼻をすすった。「みんなありがとう」とつぶやく梶野先生をみんなが取り囲んだ。ウメたちも駆け寄って大きな輪になって、そのまわりをスキップしていた。
 大滝小学校の先生が「なかなか手ごわい相手ですな。技術よりみんなの結束力に感心しました。大したもんです。まだ歴史の浅い野球チームやとのことですが、なんのなんの。これから、私らも学ばんといかんことを教えてもらいましたわ」と豪快に笑っている。大滝小学校の選手達も大拍手をしてくれた。
そして「なかなか素敵なユニホームですな」とつけたす。ウメたちは「私たちが作ったんです」と胸を張って答えた。
 大滝小学校の先生は「私たちは全校児童で、百合の花を採ったり、お茶の実を集めてお金に変えて、ユニホームとかを買っています。そうですか。お金を掛けないでも知恵と心でいいものが出来るんですね。」とこれにも感心している風だった。
「百合の花やお茶の実がお金になる?」ウメは聞き逃さなかった。
ウメは、知恵と心だけでは足らないこともあると、知っていた。お金も大事だと思っていた。だから、その百合やお茶の実がお金になるという言葉に関心を持った。

 試合には負けて帰るトラックの上だが、みんなはさっぱりしていた。もうだれも自明区の奥田君、桧牧区の炭谷君とは思っていない。一つの、すぎのこチームだと心底から思っていた。夕焼けがトラックのなかの弘達のユニホームを、ますますオレンジ色にしていた。みんなの顔も夕焼け色にかがやいていた。越出あやこが「あかとんぼ」の歌を歌いだした。みんなも其れにつられて歌いだす。つぎつぎと「赤銅鈴の介」や「森の水車小屋」の歌を歌いだす。賑やかなトラックが2台、土ぼこりをあげて走って行く。野良仕事を終えて帰る村の人たちもそれに手を振っていた。
 しかし、弘は気になっていた。今日のウメはなんだか元気が無い。いつもより恐い顔をしている。弘のお母の狐つきと似た顔をしているように思えた。

弘ちゃんは生きている(65)
 野球チームも形になってきた。隣町の野球チームから練習試合を言って来た。梶野先生も弘たちも張り切ったものの、野球道具を揃えるだけでせい一杯のチームである。ユニホームもなかった。相手のチームは揃いのユニホームを着ている。それはとても格好よく、それに弘たちは自分達のチームがみすぼらしく見え気弱になった。梶野先生が、校長にユニホームの新調を願い出たが、校長は水道施設のお金もままならないのに、それどころではないと思っている。あまり頼みごとばかりするとまたもとの「おまえら校長」にもどりそうで強く頼めなかった。
 ウメは考えていた。越出あや子たちは、ウメだけが野球チームに入れてもらっているのがおもしろくないので、ますます年上のウメを避けていた。ウメの事を「梶野先生はひいきしてはるんや」と陰口まで叩く。ほんとうはあや子たちも野球の仲間に入りたかったのだ。ウメは、あや子たちがはっきり梶野先生に「仲間に入れて欲しい」と言えば良いのにと思うが言わないので、それなら、ウメから進んであや子たちの輪に入っていこうと思った。ウメは思い切って越出あや子に「今度の休みの日、炭焼き小屋へみんなで遊びにおいで」と声をかけてみた。あや子たちは父親と二人きりというウメの生活も珍しかったし、ウメの住む山の中も珍しいので、あや子、古川由子、中谷智恵子らで行くことにした。ウメは、本当は前田朝子にも来て欲しいと思っていたが、特別に声をかけると女児たちはまたいろいろと勘ぐっていらぬことを言うので、リーダ格のあや子に声をかけたのだ。
 ウメは男児の白い丸首下着を一枚ずつ持って来るように弘たちに頼んでいた。奥田君はそれを聞いて「なにすんねん。お前変態か」と言いながらも、隆も炭谷君も他の男児も持ってきてくれた。それをウメは豊富な水洗い場で洗って干してある。下着が十五枚集った。新品のようなものはたぶん隆が出したのだろう。よれよれの汚れた物もあった。きっとそれは弘の物だろうとウメは思う。
「弘ちゃん。かわいそうに。お母さんが継母で意地悪やと言っていたから、綺麗に洗濯もしてもらっていないのだろう」と思う。
ウメはそのシャツを念入りに洗った。石鹸の匂いと弘の匂いがたち登るようだった。
 ウメは桧の葉を集めて、それを煮出しその液にシャツを浸けてみた。以前吉野の山奥の炭焼き小屋に、渡りのお父ぅについていたとき、そこの村長さんの家に泊めてもらっていた。村長さんの奥さんがウメに綺麗なハンカチをくれ、奥さんが草木染めというものを教えてくれた。
「自然は、いろんなことに役立って人間にかえしてくれるてるんやよ。有り難いね」と話しながら、ヨモギやヤマモモや、タンポポで布を染めていた。ウメはそれを思い出し、家の周りにいくらでもある桧木で試してみたのだ。葉っぱは緑なのに、少し蜜柑色に白いシャツは染まっていた。ウメは嬉しかった。これで揃えのユニホームは出来ると思っていた。しかし、新品とよれよれのシャツでは染まり具合が違う。ウメはみんな同じ色になんとかしたかった。そのためには何回も何回も染め液につけかえてそれぞれのシャツの染め具合を調節しなければならなかった。そこでそれをあや子たちにも手伝ってもらおうと思ったのだ。
 あや子たちは、ウメの家が以外にすっきりと整頓されているのに驚いた。中谷智恵子などは、いつも弟や妹の玩具や本で足の踏み場も無い自分の家を思い出し、ウメのように、自分も家の中をすっきりさせれば、農作業に忙しい父母が喜ぶだろう、ウメちゃんを見習おうと思ったほどだ。ウメのお父ぅは桐久保さんの手伝いで出かけて留守だ。いつもは静かな山の中の家が、おおぜいの女児たちの賑わいで、まわりの山々までが華やかになった。彼女達はお互い顔を合わせ話し合うとみんな仲よしだ。最初珍しそうに遠慮がちにウメの家を見回していたあや子たちも黄色い声で騒ぎ出す。森のキツツキまでが驚くようだった。
 ウメは庭にみんなを案内した。大きな釜が石油缶をコンロにしてのっかっていた。中にシャツが浸かっている。
「薄い色のものは何回も浸け直し、全部同じ濃さになるようにしたい」ことをウメは話した。「みんなで力をあわせて、同じ色に染めあげてこれを野球のユニホームにしたい」と話した。
 あや子たちはますますウメが大人にみえた。みんなで一緒に心をあわせ、かつ、古いシャツも新しいシャツもみんな同じ色になるようにしたいと言うウメの心意気に感心した。
 女児たちの心が入るのか、シャツはだんだんオレンジ色に濃淡を揃えて染まっていく。夢中になる女児たちを、同じ様な色の夕焼けがあたりを照らしはじめた。シャツが夕陽にとけ込むように十五枚干された。みんな同じ夕焼け色だった。

弘ちゃんは生きている(64)
 校庭を横切り、参道の水の涸れた手水舎を見て、弘たちは、水不足を一層肌に感じた。普段入った事のない裏山のうっそうとしたご御神山に入るために、学童たちが横1列に並び、梶野先生が拝殿の鈴を鳴らした。神主さんが二礼して拍手を二回打つ。みんなもそれを真似して丁寧に頭を下げて拍手を打っていた。その音が重なるように入り混じり、神社の山に木霊して行く。そして全員が丁寧にもう一度御辞儀をする。学童たちはなんだか緊張していた。これからとても大きな宝物を探しに行く気持で逸る気持ちと期待で、奥田君もいつもに似合わず凛々しい顔つきだ。炭谷君も真剣な顔付きだ。子供たちに、大人たちが垣内同士でいがみ合っている雰囲気など少しも感じられなかった。
 神主さんを先頭に、梶野先生、学童たちが神社の拝殿横から本殿の裏山に上っていく。神主さんは、弘とウメが湧き水を探しているのを知っていたので、本殿から続いて山に入る囲いの柵をこっそり空けておいて山に入る事を許可していたが、まさかほんとうに、そこから水を引くことを言い出だすとは思いもしなかった。その情熱に感心し、また学童たちみんなが、湧き水を見に行きたいと申し出たのには驚いていた。
 三十度ほどの傾斜の山道をいつしか弘が先頭になっている。みんなは積った木々の落ち葉を踏みしめながら歩いて行く。どこからかホトトギスの鳴き声が聞こえる。うっそうと繁る緑が目に痛かった。御神山の空気が、学童たちをすっぽりと清々しい空気で覆っていた。傾斜は段々きつくなる。地面が水を含んだように柔かくなってきた。繁る木々の隙間を縫って台地がみえる。なにかきらきらと光っている。そして綺麗な砂地が露出しているのが見えてきた。弘の足が早くなる。梶野先生も急ぎだした。みんなも駆け出す。そんな学童たちを神主さんはにこにこ笑って、ゆっくりと歩いていた。梶野先生と学童がかけよると、五米ほどの浅い砂地が広がり清冽な水が溢れていた。砂地の底まで澄んで小さい漣が揺れている。水は周りの木々を映し清々しい。みんなはその清々しさと神々しさに歓声をあげるとともに、頭を下げたい気持にさせた。水は周りの落ち葉をしめらせ、周囲の木々の根を太らせているのが良く分かる。木々の葉っぱは艶があり豊かに繁っていた。
「水がないといいよるけど、こんな所に、あふれて湧いとるんや」
奥田君が感心したように言う。そして
「先生。これを学校まで引きましょう。これは神様がみんなにくれる水や」
他の学童たちも「そうや。そうや。これを学校までもっていったらええ」という。
「神様がくれる水や、これを飲んだら勉強も野球も出来るようになるし、それに絶対に死なへんで。ブスも美人になっるで」と奥田君が色黒のウメのほうをチラリとみていう。
誰かが
「でも、こんな遠い所から学校まで引くことできるやろか」とまぜかえすように言った。
梶野先生は「この水はいつもこんなにコンコンと湧いて、涸れることはないのですか」と神主さんに恐る恐る聞いてみた。
「それはわかりません。が、見て御覧なさい。底まで透き通った水源です。見るだけで心まで落ち着きます。これは神様が人間に与えてくださった心です」「きっと人間が清らかに生きている限り絶えることはないでしょう」と答る。
 神主さんはその五mほどの浅い砂池に、二cmばかりの噴出し口をつくった。それは溢れる出る水柱となって、その水は溜まり水を盛り上げ下へ流れて行った。
神社の手水舎の小さい水源もきっとここが源となっていたのだろう。
 神主さんが、腰を屈めて、そおっと手ですくい水を口に運んでみた。梶野先生も、学童たちも真似をして水を口に運んだ。弘の言っていたように冷たくって甘く美味しい。
「わあ〜。美味しい」みんなは歓声をあげる。学校の金気の井戸水とは大違いだ。
感嘆の声を上げながら、その水に顔をつける学童もいた。水はそのときは濁るが、湧き口からふきあがってくる水が、すぐに濁り水を澄ませる。
「考えてみようじゃないか。これだけの水量があれば、学校まで引けたら水道と一緒だ。校長先生にさっそくお話をしてみよう」
梶野先生は水晶のように湧出している水を見つめながら、心を決したように言う。そのはやる心に神主さんが
「この水は神様です。この水を下に引くことにより、誰かが利益を得たり、損得がでたり、水を粗末にするような事が起きれば、水はきっと涸れると思いますよ。」
「感謝の気持を絶えず持って水を利用されるのなら、学校へ引くことに私も協力しましょう。神様もお怒りにならないでしょう」と言った。
奥田君が「そうや。そうや。大人たちが水道を作ってくれないんやったら、僕らで、これを水道にしたらええのんや。大事にする。なあみんな、大事にするな」と真剣な顔をして言い切った。みんなも「大事にする。大事にする」と真剣な顔で言う。
梶野先生も子供たちの心を決したような、その顔つきと言葉に頷いた。
                ☆☆☆
 校長は育友会長の楠田さんや桐久保さんや水道工事の遠藤さんに集ってもらった。
御神山のその水は毎分3トン近くも湧き出し、水質もよい事がわかった。校長はこの湧き水を使い、このさい自分の在職中に学校へ水道を引くことを、もう一度関係者に提案したのだった。
 しかし、遠藤さんはあくまで井戸を掘って水道を付けることを提案する。育友会長の楠田さんは、やはりお金が心配だ。井戸を掘って水源を作り、水道にするよりは安くなるかもしれないが、やはり水を取り込むには資金がいるだろう。桐久保さんは桐久保さんで、いい提案だと思うが、神社の御神山の水を水道にしたりして、もし水が涸れでもしたら、村に災いがふりかかると心配した。それより町と合併なった今、町の議会に計って学校だけでなく村の全戸に水道をひくように計るほうが得策だと話す。
 校長は水源さえ有れば、すんなりと水道施設の事が運び、在任中に大仕事を残すことが出来と思ったのだが、そう簡単にはいかないようでうんざりした。村人たちは、学校の水道のことに前ほど力をいれなかった。水道がなくとも今ままで通り子供たちも村人も生きていけたし、あえて自分達の懐を痛めて引くこともないと思っていた。「曲がりなりにも学校には井戸があるではないか、そんな子供たちの飲み水を心配するより、山の上の少しの開墾田に、水をいれることのほうが大事だ」とまで言い出した。雨乞いをしてもなかなか雨はふらない。神社の奥に、たくさんの水があるのなら、それを田に引きたいぐらいだと思っていた。山の上の小さい貧しい田んぼにこそ水がほしいと神様を恨んでいた。

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