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弘ちゃんは生きている(58)木村徳太郎・和子作(未完)
梶野先生の考えたことは成功しつつあった。
野球をやり始めた最初の頃は、自主的に児童たちにやらせた。それとなく行動をみていると、区毎にメンバーを組み、争いこそ起こらなかったが、心から融和しそうでもなかった。それが、十日も過ぎると自然と野球の上手な者からメンバーを組み始めたのだ。梶野先生はこの際、野球の上手な子を利用して、メンバーを組んで子供間の融和を一層速めることが出来るのではないかと弾んだ。その日は宿直当番なので、そんなことを弾んで思いながら教員室で教科の整理をしていた。
その時「ガチャン」と教員室の窓ガラスを割って、ボールが転がり込んできた。
「こう度々割られると、金網を張らなければ駄目ね」
インク瓶がひっくりかえって、机の書類に被害をうけた伊藤先生が、顔をゆがめて言った。
それを聞き流し、教員室の窓辺に駆けつけてきた五、六人の生徒に梶野先生は,飛び込んできたボールを拾って渡す。
「すいません」
バットを肩に乗せて右手でささえ、左手で頭を掻きながら弘が詫びている。
「当りが大きいと、小っぽけな運動場ではあきません」自明区の奥田君が不服を言った。
「隆の家来」と弘をからかう音頭を取っていた奥田君が、窓ガラスを割った桧牧区の弘を運動場の狭さにかこつけて、かばっているのが分かる。
感情の対立は薄れ、弘をかばう奥田君に梶野先生は窓ガラスの割れた苛立ちよりも、一つの心になって野球を楽しんでいる者同士の、いたわり合いを感じて叱言も言えない。
教員室を出て校庭の陽だまりに出て行った。野球を中止して、生徒たちも梶野先生の傍に寄り集まってきた。
「運動場の狭いのを、今更不服を言っても駄目。窓ガラスに金網を張ろうか」
伊藤先生が言った事と同じ事を、集ってきた子供たちに一人言のように呟いた。
「もっと広い運動場をつくらねば駄目です」
みんながトレパンをはいている中に、一人だけユニホームのズボンをつけている、学級委員の炭谷君が言った。
広くするには運動場を囲む田をつぶさねばならない。そのようなことは出来そうにない、生徒数が少なくなりこそすれ、これから増えるとは思えない山村の小学校だ。今まで、体育や行事を催すのに、なんの不便を感じることもなくまた支障もなかった。野球のことだけで、広い運動場を求めるのは水道施設の費用すら出来ない今、絵空事に等しい。
「そりゃ、無理と言う物だよ」おもわず、口に出した梶野先生。
すると、
「先生。蛭が坪の池を埋めれば広い運動場が出来ます」と、
奥田君が思いもよらないことを言った。
「そうです。そうです」
素晴らしいおもいつきにみんなが同調の声をあげた。
学校から西へ五百米程はなれた所に池が有る。周囲が丘でその丘をぶっつぶして池を埋めれば、現在の運動場の三倍近くの広場は出来る。
山間部の小学校なので、実際にはそのように広いものは必要がない。しかし、それを咄嗟に思いついた、いつも粗野であまり勉強の出来ない奥田君だけに、梶野先生は素晴らしい発想だと感心した。
陽春の陽を浴びて梶野先生を囲み、子供たちは野球に繋がる雑談を楽しくしている。みんなの心は弾んでいた。
「弘ちゃん自転車貸してよ」と一人の児童が言った。
「どうすんの?」と、弘が問い返すと、
「水を飲みに行って来る」
児童が弘の返事待たずに、校庭の隅に立てかけてあった弘の自転車へ走って行った。それに続くように
「おれも行って来よう」と、
四,五人の児童も立ち上がって駆け出して行く。野球をして喉の渇きをおぼえ、水が飲みたくなったのだろう。
学校の鉄分のまざった井戸水は美味しくなく飲み難い。野球をやっている間でも喉が乾くと、学校の隣にある神社の手水舎まで、児童は参道ぬけて走って行く。山の涌き水から竹のパイプをつなげて、取り水をされている水は甘露のように美味しかった。子供たちは水の美味しさを良く知っていた。
早く水道が出来れば良いのにと改めて梶野先生、校長が計画している水道施設のことを思った。しかし、梶野先生にはそれだけではない思いが走った。児童たちが神社の水を飲みに行ったことで、この四月に赴任してきた若い川合先生のことを思い出したのだ。
神社の参道を挟んで運動場がある。子供たちは、昼のお弁当をすませたあとの掃除時間に、教室や運道場を掃除する。そのとき、神社の参道も掃除をするのが慣わしであった。
若い川合先生は、それを「どうして神社の掃除までするのですか」と校長先生に詰め寄り、こともあろうか、「どうしても、掃除をしないといけないのなら、学校の公共の箒を使わないで、神社用に箒を用意して、合理的に便利なように、参道の近くに箒の掛ける場所を作りましょう」と、弘がモモンガを追って落ちたことのある、あの何百年もの大桧の幹に、釘を打ち、箒かけをこしらえたのだ。子供たちは運動場から箒を持ってこなくとも、手軽にすませられるので大喜びだった。桧の周りに竹箒がぐるりとかけられた。子供たちは、なかなか良い仕組みだと思い、またそのおもしろい眺めに手をうった。が、それを見た隣の神社の神主さんが激怒してきたのだ。「神木に何と言う事をする」と。が、川合先生は神木なんて目じゃない。「注連縄で木を括るのも、木を痛めているじゃないですか」と反論して譲らない。神主さんは鎮守の森は区民の心の癒しになるもので、何百年と区民の生活を見守ってきた。その木に釘を打つのは悲しいことで、貴方の体にだって、釘をうったら痛いでしょう」と噛んで含めるように言っても「神社に協力することは戦後の民主主義に反します。これからの世の中は平等になるのです。神社の掃除をするのは違憲です」と、弘たちが、氏神様の掃除をする事が気に入らないらしい。なんでも新しい考えとかで若さにあふれ、「先生も生徒も親もみんな友達です。平等です」と生徒たちに笑顔で言う。これには、さすがにいつも「おまえら、おまえら」と言っていた校長も、平等だと言われ、「おまえら」というのをやめてしまったほどだ。その代わり
「箒をぶらさげた桧を見ているのは痛々しいです」と箒懸けの釘を抜くことを命じた。
梶野先生は、区民に共産党と言われ悩んだことがあるくらいだ。川合先生の若さに感心もする。しかし、主義が、自然や神さまとと一緒になることに、梶野先生はどう考えたら良いのか、また子供たちをどう導いていくのが教師のあり方か、子供たちをどのように育てればよいのかと、改めて思い悩むのだった。川合先生は「先生にしかなれないシカ先生と、とりあえず先生にでもなっておこうかと言うデモ先生の二極を、話していた」。梶野先生は自分はどちらだろうかと悩むのだった。
梶野先生は弘達の明るく耀きだした、一人一人の顔を眺めながら、「分からないと」いうふうに首を振るのだった。そんな思いを打ち消すように
「ほんまや。学校の井戸はあかん。早く水道をつけて欲しいわ」と
児童たちが口々に言う。
児童たちも、水道施設の話を知っている。大人の争いのあわれさを、言外に匂わせて言っているのかもしれない。
農繁期に入って苗の植付け前に、麦の刈り入れに、野菜の追肥に、作物の播種と、農作業が多く、区民は学校の水道施設の話を、打ち合わせするどころではない。今は、少しの時間もおしいのだ。梶野先生は難問をいくつも抱えたように、また心重く押し黙ってしまった。
そんななか、気ぜわしく近道をするためか、校庭を横切って行く人影があった。
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