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シャガの花とチシオモミジ

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シャガとチシオモミジ

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青もみじに舞いし花雪

 幽谷の青もみじの中を、ウグイスの鳴き声が通り抜ける。「ホ〜ホ〜ホーケキョ」なんとも凛とした響きだ。私はいままでウグイスの音(ね)に、長閑さを聞いていた。が、今聞くウグイスの音は透き通る水晶玉を転がすような、谷川のせせらぎの音を吸いこむような透明さで鳴いている。ウグイスの音にも、里には里の、深山には深山の鳴き方があるのだろうかと、そんなことを思わせた。
 青もみじの下草にシャガの花が一面に咲いている。微風にはにかみながら揺れている様(さま)は、シャガの花までもが、幽玄で気貴く見える。
 霧雨が上がり、青葉を照らしながら霧だけが昇って行く。墨絵の世界が現れた。雲の間からもれてくる一筋の光は、幽谷を照らし、神々しくすべてが青々と清らかだ。
私はその清々しい幽玄郷の世界に立ちつくしていた。
 ふと、一陣の風が起こった。シャガの花が大きく揺れ、白波のようにうねり、まるで舞姫(白拍子)が扇を激しく、うち返し舞うように流れた。
 そして!
一枚のチシオモミジ(血潮紅葉)が、散り落ちてきたのだ。それは錯覚であろう。しかし、その紅葉は、本当に真っ赤だった。血潮のように染まっていた。
さきほど、訪れた吉水神社の宮司さまが、「これは血潮紅葉と言います」と、参拝者に境内の木々を説明しておられた。それは始めてみる紅葉だったが、確か、紫式部の書物の中に、式部の友人が「袖を血の涙に染まって紅葉になっているのを見せたい」としたためた件(くだり)があった。

露深くおく山里のもみぢ葉にかよへる袖の色をみせばや
と詠んだものである。
「う〜ん。なるほど!チシオモミジは、まさしく血の涙だ」と、その赤々さに私の心臓もそのとき赤く動悸を打っていたのだ。
そのチシオモミジが、白くうねるシャガの花の上に、一枚「ヒラヒラ」と舞い散って来たのだ。
「アッ! 義経と静御前」。
私はそう思った。そう見えた。

 吉水神社の深い深い青もみじの大木に囲まれた、「義経の潜居の間」と「弁慶思案の間」を見て来たばかりだ。吉水神社(元吉水院)は文治元年(一一八五)源義経と静御前、弁慶が頼朝に追われ亡命した場所である。

吉野山峰の白雪踏み分けていりにし人の跡ぞ恋しき

と静御前が詠った、義経と静(しずか)の悲しい悲しい別れの舞台でもあった。
そして、その古(いにしえ)から流れ続く、「義経潜居の間」と「弁慶思案の間」に入ったその瞬間、私の体は震えを覚えた。義経の「色々威腹巻(いろいろおどしはらまき)」があり、静御前の「衣裳」がある。弁慶の武具がある。小さい甲胄は小柄だった義経を彷彿とさせ、縫箔、肩裾の衣装に、佳人の静御前を浮かび上がらせ、武勇に馳せた弁慶がいた。義経28歳、静御前16歳、弁慶35歳の時である。兄頼朝の追手を逃(のがれ)れ、わずか五日間の、それは安息のときであったのだろうか。追われる身の、心の、たったの五日間!どんな心境だったのだろう。どう過ごしたのだろう。追われる者に心のやすらぎなどが、あろうはずはない。静御前の舞を見ることだけが、この深い幽谷での唯一つの慰めだったのだろうか。「弁慶思案の間」はわずか一畳ほどの広さである。義経と静御前が睦まじく寄り添っていたであろう「潜居の間」の傍(かたわら)にあり、一畳ばかりの極小の「間」で、大男の弁慶は何を思案していたのであろう。ゆっくりと手足を伸ばすことは出来たのであろうか。ひたすら義経と静御前を守ることに、恐恐としていたのだろうか。牛若丸(義経)と出会った五條の橋の上を思い出していたのだろうか。義経と兄頼朝との不仲を嘆いていたのだろうか。「潜居の間」には円形の藁座布団が、魂を座らせるように二枚置かれていた。その座布団に義経と静御前が座し、なにを語らったのであろう。切々としたものが部屋に漂っている。そして、切々とした二人の慰め合い、契りは、たったの五日間で終わり、静御前を一人残して義経は去っていかねばならなかったのだ。その胸の内、そして義経を一途に慕った静御前の心情、弁慶の心情はいかばくか。そんなことに想いを馳せると、私の胸はかきむしられるような息苦しさを覚えた。「間」から見る外は、どこまでもどこまでも青々とした<青もみじ>だ。それが目に痛い。境内に出てみると、「義経駒つなぎ松跡」「義経馬蹄跡」「弁慶力釘」があり、谷から吹き上げてくる風が、魂の歌声となり私の頬を打つのだった。私は深い深い哀愁の世界に沈んでいた。(静御前はその後、追っ手に捕まり舞を強いられ、

吉野山 峯の白雪ふみ分けて 入りにし人の跡ぞ恋しき
 しづやしづ しづのおだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな

と、別れた義経のことを恋い慕う歌を詠い、頼朝の怒りを受け、出産した男の子を殺される。時代の宿命とはいえ、なんと悲しい女性の物語だろう。しかし、一途に愛する人を持てた静御前は幸せだったのかもしれない。
あわれ おおけなくおぼえしひとの あとたえにけり
と詠う静御前の透き通る声が、悲しみの一筋の響きをもち、水晶玉のようなウグイスの鳴き声となって私には聞こえてきた。
 シャガが舞い、チシオモミジが重なる。恋慕が舞う。そんな世界に私は浸りきっていた。

 登山姿の三つの人影が目に入った。来る時に降りたバスの乗り場が見当たらず、私は不安に駆られ始めていた。バスを降り、吉水神社を参拝するためにかなりの青紅葉の坂を歩いた。そのときには、沢山の人の波と行き違っていたはずなのに、いま歩いている下り道では誰にも会わないのだ。
どうも、下り道の二手に分かれていた場所で、私は間違った道を取ってしまったようだ。私は出会ったその三人に、幸いと、
「この先にバス乗り場はありましたか?」と聞いてみた。
三人のうちの二人は寄り添い「分からない」という風に静かに笑みを浮かべるだけだ。もう一人の大柄な男性が、「バスは上の道だ。戻りなさい」と、大きな目を剥くようにして教えてくれた。私は三人の跡をついて、今来た道を戻り始めた。三人の足の速いこと。小走りで着いて行くが、分れ道に戻ったときは、もうその三人の姿は見えなかった。
山桜が残り少ない花片を、「ちらちら」と零していた。
それはあたかも、義経たちが追っ手に追われ、逃げ行く頭上に舞い降りる、初冬の雪が「ちらちら」と降っているように見えた。




「カバ(河馬)」     木村徳太郎 「ドウブツ(動物)序詩」ヨリ 
   

                 アルヒノコトダ

                 アシノシゲミデ

                 ヒルネヲスレバ

                 ハチガ チクリト

                 ミミヲサス。


                 カバハ ビツクリ

                 オクチヲアケテ

                 オホキナコエデ

                 ウオウオウ ト

                 ナイタトサ。


                 アマリナクカラ

                 グルリ コロント

                 メガトンデデテ

                 タンコブミタイニ

                 ナツタトサ。


                 ダカラミロミロ

                 ナキムシノコハ

                 カバト オナジダ

                 オメメガコブニ

                 ナツテイル。

2007.05.10

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