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ふれあいアート

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  脳いきいきふれあいアー<51>
   いちご水彩画   
 
最近はイチゴの旬を聞くと「冬」と答える人が多いが、イチゴの旬は3月後半から5月前半だと思う。路地ものが無くなり温室栽培がほとんだから、またクリスマスケーキに合わせて12月頃大量に店先に並ぶので、冬と錯覚するのだろう。しかイチゴの最盛期は春からだと思う。冬の寒い中、あの赤さを見るのは元気が出るし、冬の旬にして愛でても良いがやはり春の
イチゴであって欲しい。
 高校生時代を奈良県で過ごした。イチゴ生産農家の同級生がいた。(過って奈良はイチゴの生産地だったのだ)
新学期が始まりクラス替えもあり、まだみんなが打ち解けあっていないとき、早朝から家事の朝摘みイチゴ(路地もの)の仕事を手伝ってから学校へくる子がいた。そして規格品からはずれたイチゴを弁当箱にぎっしり詰めて持ってきてくれるのだ。
その日の予習をしてきていないことも、通学の満員電車で気を悪くしたこともそんなことをすべて忘れ、朝露を乗せているイチゴをみんなで頂いた。教室にイチゴの匂いが充満する。それは甘い青春の匂いのようにすがすがしかった。そんなことを思い出す。
同窓会の二次会につきあったカラオケ屋で、アイスクリームを詰めたイチゴが山のように出てきた。「どうしたの」と聞くと、「昔みんなで食べたイチゴ
が懐かしいから」と言う。確かにイチゴは懐かしい青春だった。
イチゴ談義が賑やかになり、なんでも奈良のイチゴの品種が盗まれとか血なまぐさい話題にもなった。
 いちご白書、いちご世代という言葉も流行った。学生闘争華やかりしころに、高校生時代を送り、そしていちご世代を子に持つ親たちである。
イチゴの語感にみなそれぞれの思いがある。
 
 利用している近くのスーパーで、なかなか奈良産のイチゴをみつけられなかった。女峰、豊の香、あまおう、そして目玉が飛び出るような高価な、ももいちご等が並んでいた。どれも大粒で、一山いくらで売られ、口の周りを赤く染めお腹がくちるほど食べた昔のイチゴとはほど遠かった。

この春、JA奈良産表記の、あ・す・か・ル・ビーというイチゴを見つけた。なんだか嬉しくなりすぐに買い求めた。
「奈良の赤い宝石」。
 イチゴは私には確かに宝石でもある。

「脳いきいきふれあいアート」では季節感を大事にしている。
3月の教室は「イチゴの水彩画」にした。もちろんモチーフに あすかルビーを使った。
 
      みずみずしいイチゴを描こう 
1)       絵は形(輪郭を捉える)から描くことが多いが「脳いきいきアート」ではそれをしない。イチゴを試食してもらう。匂いを感じてもらう、イチゴの思い出を語ってもらう。教室をイチゴ畑に変えてしまう。
2)         一粒づつ手にとり、果肉の色合い、表面のツブツブ、ヘタの色と形、重さ、感触、イチゴは赤いという認識から離れ、眼を閉じて触ったりして、イチゴに自分の色を感じてもらう。また潰すと水分がたくさんでる。イチゴミルクにすると甘い色合いのピンクになるのは誰しも経験している。そんなことを感じてもらい「水彩と言っても今日は水で絵を描きます」と何が起こるのかという興味感を盛り上げる。
3)         画用紙の裏表を水でたっぷりと刷毛で濡らす。
4)         背景になる色を2色選び、これもたっぷりと水を含ませて垂らしこむ(水で描いている感覚)
5)       イチゴの形は意識しない。色の滲み、色の交じり合いの美しさを感じてもらい「たらしこみ画法」を経験する。
6)       割り箸ペンで線を引くことによって、水たっぷりの色から浮きあがってくるイチゴの形(線)を楽しむ。
7)       水分が足らない水を加えたりし、種、ヘタも加えていく。
8)       描けたものを離してみてみる。そして強調したいところなどに、より水分を多くし描きたす。
9)       みずみずしいイチゴが描ける。絵の具より水を多く使ってイチゴを描いたようになる。
10)サインを入れて出来上がり。
 
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臨床美術士の研修会があった。臨床美術士の資格認定は更新制で現場に携わっていたり、研修会に出ることが必須だ。
そんななか「五感を磨く」ということで研修に落語会があった。落語は大好きである。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50843746.html
見逃すわけには行かない。京都まで出るなら着物で(地下鉄も無料になるし)そして観たいと思っていた安野光雅画伯の洛中洛外展(奈良を描いたものを観たかった)をセットして行ってきた。絵を鑑賞し、着物でゆったりとしたときを過ごせる安息日だ。が、京都は雨にもかかわらず凄い人出だった。駅は京都観光の人とともに、水族館が出来たとかでごったかえしていた。
落語会は疲れから居眠りをしないように一番前の真ん中(高座と目が合う。唾も飛んでくるような席を確保した)
落語は感性を刺激することに非常に役立つと言う。人に表現を伝えるとき、体を使ってパフーマンスすること、顔の表情、言葉の表情、そして想像力を豊かにすることなど、落語はすべてを含む文化であると教えられた。そしてそれは何にも通じることだと言う。まったくそうだと思う。落語は言霊をもって生かすも殺しも出来る芸術なのだろう。臨床美術も表現する、相手に伝えることでは同じだ。これはなににおいても通じることだろう。オカリナを吹くことにも、文章を書くことにも、自分よがりであってもすべて表現することだ。人は表現するということで生きているのではないだろうか。そしてそれが感性ということで出てくるのだろう。
 
 落語会では実際に高座に上がらせてもらい、二人の登場人物の演じわけ(これは目の高さで表現するらしい。声の出し方にもよる)扇子と手ぬぐいでいろんな小道具を演出できることなどを、実演させてもらえた。同じ場で一つの笑いとオチを生んでも、笑わないのは想像力が生まれていないこと、感性が無いともいえることを学んだ。
改めて落語が好きなことが嬉しくなった。臨床美術をやっていて楽しいと思った。
帰りには雨の京都も良いものだと、着物で雨に濡れるのも情緒があると思えるのも、これまた感性の違いであり、感性のなせる業なのかもしれない。
 
 
 
   
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 脳いきいきアートで楽しく過ごしましょう」の案内をいつもして下さいます。お陰で一緒に楽しんでくださる方が増えてきました。
 
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曲線を無造作に組み合わせ色遊びをします。そしてタイトルをつけてみました。寒い寒いと、ちじこまっていますが、日当たりの良い斜面にはオオイヌノフグリが揺れていました。蕗の薹を探してみると、可愛い薄緑色の拳を持ち上げていました。春はもう来ているのですね。
タイトルは「オオイヌフグリの風」にしてみました。
 
 
  脳いきいきふれあいアー<50>
 曲遊び   楽しく遊びましょう
教室参加者に難聴のKさんが居られます。Kさんはぬり絵がお好きです。が、彩色が単調で知っているそのものの色を、下絵に再現するのに追われておられるように見えました。
Kさんにもっと彩や色を楽しんでもらえたら、オイルパステルを塗り重ねて自分の色をこしらえる面白さを伝えられたらと思いました。最初は「絵なんて、よう描かん」と仰っしゃっていたのが、みんなと一緒に何かをする時間を持つ楽しみを感じ始められました。そこで「簡単なお遊びアート」(勝手にそう名づけているカリキュラムです)をすることにしました。
 
1)正方形の画用紙を用意する。(画用紙はザラザラ面が表)
2)いろんな線(力を入れて描く線、力を抜いて描く線、太い線、細い線・・・・・)を練習しておく
3)好きな色のオイルパステルで、画用紙正面に曲線を1本、練習した線で描いてみる。
4)画用紙を90度まわして、また別の色で曲線を描く
5)また90度まわし、同じように曲線を加える
6)もう一度まわして描く
7)490度にまわして、最後は細かいくねくねした曲線を加える。これで最初の正面に戻る。
8)意図せず自由に曲線を描いて遊んでいるが、もし、正面に画用紙を置いて4本の曲線を描いてもなかなか描けないような、偶然の構成曲線が生まれる。
9)曲線で出来た空間に、自由に色を乗せていく。
10)白いまま塗らないでおくところがあっても良いし、色は単色でも良いし、塗り重ねて単色にない重ねる色の面白さ、オイルパステルの伸びる色合いも楽しむ
11)いくら塗り重ねても色は濁らないので、違う色に上からどんど  ん塗り重ねて、最初の色を消していっても良いし、色を塗る楽し  さを味わう。
12)塗り終えたものを少し離して眺めたり、天地左右を変えて観て   見るとまた違って見える楽しみが出てくる。
13)一番自分が気に入った正面を決めて、サインを入れる。
12)その作品から浮かんできたタイトルを考えてつけてみる。
 
 タイトルをつけるのは、カリキュラムにはなく、私のオリジナルの考えでつけ足したものですが、これはみんなで大盛りあがりになりました。廻していき、線を加えて出来る偶然性の抽象表現の面白さ、こういう楽しさを、カリキュラムとして作成されている臨床美術に感心しました。やはり臨床美術のカリキュラムは「凄い」と改めて思います。その面白さを味わえ、伝えられることが嬉しいです。
 最初、廻して曲線を描いていくことが理解できないのか、線をうまく描けなかった人が(教室には認知症の方も居られます)最後にはいろんな彩で空間を埋めて下さり、自分の作品をとても気に入り「是非、みんなに観てもらいたいから展覧会をして欲しい」と希望が出るまでになりました。また、Kさんもそれは見事な色調で作品が出来、色を塗る楽しみに没頭されました。お遊び感覚で完成した作品でしたが、どれもこれも私が予期せぬ出来栄えで「下手上手はない、お互いを認め合う」この臨床美術の心が自然と表面に出た教室になりました。難聴であまり人とのコミニィケーションがなかったKさんですが、Kさんの目の覚めるような色使いにみんなは感心して、Kさんの隠れていた才能を見つけたように喝采でした。
きっと、これからのKさんのぬり絵も変わっていくのではないだろうかと、私は秘かに楽しみにしています。
 こうしていろんなことを楽しませてもらうことに、いつもながら、私が一番「脳いきいきふれあいアート」を楽しんでいるのだと思います。有難いことです。
 それにしても、みなさんのタイトルの素晴らしいこと、台紙の空いた場所に俳句や川柳を加える人もあり、またまた素晴らしい作品になりました。絵に字が加わっている昔からの作品もこういうところから来ているのかもしれません。
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いきいきふれあいアー<49>
正月飾り
 
新しい年の第1回目の「脳いきいきふれあいアート」教室は、新春らしくクワイの量感画をやりました。(「クワイの正月飾り」というカリキュラムを私流にアレンジしての現場実践です。)
 正月のおせち料理に使われる「クワイ」に、以前から魅かれるものがありました。青磁のような光沢と表皮のツルツル感、深海のブルーのような色合いがなんとも不思議でした。また漢字で書くと<慈姑>です。漢字にも惹かれ、ふれあいアートで一度はやってみたい素材でした。
 クワイを購入に行きました。なんと近くのスーパーに売っていないのです。聞いてみると「おせち料理を手作りする人は少なくなり、クワイなどというものが使われることはもっと少ないので仕入れていない」と言うのです。寂しいことです。
そう言う私も、芽がニヨッキリ(だから目出度い)出て、不思議な色合いの植物に謎めいた深さを感じるものの、食べたのはほん数回で苦くて美味しいとは思いませんでした。 
 
くわいを検索してみました)
 クワイはオモダカ科の水生植物で、昔は田んぼの周りに生えていた。
 歴史的にはかなり古く、室町時代の書物にすでに記載されているがそのころの品種はまだ積極的に食べられてはいなかった。江戸時代になり、中国産のくわいが我が国に根付いてから、一般に食べられるようになった。
 形を見れば分かるとおり、丸い玉の部分から芽がにょきっと出てこれが「めでたい」とか、芽がぐんぐん伸びて「出世する」「家が繁栄する」という縁起ものとして、おせち料理の定番になり、時期的にもちょうど正月ごろが旬になるため使われるが、最近はくわいを知らない人も多く精進料理のお膳やおせちに出ても「何これ?」と不思議そうな顔をする人もある。 
 くわいは漢字で書くと「慈姑」。いろいろな説があるが最も一般的なのが、形が女性の乳房に似ており、慈悲深い女性が子に乳をあげている姿にちなんで慈姑と言う説。「姑」は、普通「しゅうとめ」のことを指すので、「なんでしゅうとめが子供に乳をあげるの?」と疑問に思うが、「姑」という文字には「婦女の通称」という意味もあり、昔は女性一般をさして「姑」と言っていたようで「慈悲深い女性」の乳房の意味が通じる。
 また、クワイの葉が農作業に使う「クワ」に似ているからとも「いぐさ」にも似ているので「食えるいぐさ」という意味でクワイになったとも言われる。
 とても栄養豊富な食材で、中国ではて漢方薬にも用いられている。豆類に匹敵するほどのタンパク質、カリウム、マグネシウム、リンや鉄などのミネラル類、またビタミンEなど多くのビタミン類も含み、糖尿病・便秘に効果的で美しいお肌を保ち、ストレス防止にも役立つ。
 そのまま食べるとアクで苦いので、江戸時代になって煮たり揚げたりという調理法が普及してから、食材として一般化するようになったようだ。現在出回っているくわいは野生ではなくほとんど栽培物なので、アクも弱いが、それでもしっかりアク抜きをしないと苦みが感じられる。うっすらと残る苦みが好みと言う人もある。デンプン質が多いため、調理法によって独特のモチモチ感やシャクシャク感も楽しめる。

○くわいの煮しめ
1 くわい6個の皮をむき、下部を平らにして、十字に隠し包丁を入れる。
  芽の先の部分は適当な長さを斜めに切り落とす。
2 多めの水に20分くらい漬けてアクを抜く。
3 水気を切ったくわいを鍋に入れ、濃いめの昆布だし150ml、酒25ml,みりん25ml、砂糖5ml、しょう油5ml、塩少々で弱火で火が通るまで煮て、その後20分くらい煮汁にひたしておく。

○くわいの素揚
1 アクを抜いたくわいを、良く水気を切って油で素揚げして、熱いうちに塩をふりかける。(なかなか火が通らないので、170〜180℃くらいの低温でじっくり揚げる。)
 ☆皮をむくとき、間違えて芽がとれてしまったり、大きすぎて素揚げには向かないくわいの場合は、皮を向いた後薄くスライスして素揚げして塩をふれば、「クワイチップス」になる。
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以前に描いたオモダカの絵です。オモダカの葉は鍬の形みたいですね。
教室が終わった後はクワイチップスをすることに決め、京都の錦市場までクワイを買いに出かけました。なかなかの高値でしたが、クワイの不思議な色が嬉しくて電車の中で何度も袋を開けてはドキドキしました。
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色が魅惑的なクワイです。
ドキドキしついでに金箔も購入しました。同じなら金紙でなく、「本物の金箔を使うという体験もみんなにして欲しいと思ったのです。随分今回は高い材料費になりましたが教室の皆さんの喜ぶ顔を思い出し、お年玉にしました」
 
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金箔は今年も皆さんと「脳いきいきふれあいアート」を楽しめることに感謝し、また私へのお年玉にしました。
 
 
 
くわいの正月飾り
1)「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」「脳活性化<ふれあいアート>で今年も楽しく」の挨拶で開講です。
2)オカリナ伴奏で「お正月」の歌を歌います。それぞれの今年の抱負やお正月風景を聞かせていただきました。おせちの話もでます。
3)おせちのクワイの説明をし、クワイをテーブルに並べました
4)クワイを半分に切りクリーム色の中身を見たり、匂い嗅いだりして量感画の始まりです。
5)「クワイの正月飾り」のカリキュラムを、「クワイの量感画」に変えました。
6)中身を感じる色画用紙に、クワイの形に囚われず、ひたすら色遊びを楽しんでもらいます。
7)色遊びを始めるとオイルパステルの面白さに時間が直に過ぎてしまいます。
8)モデルのクワイを見ながら、芽も大事にしてクワイの形に切り抜きます
9)赤い和紙の上に金箔とともに構成して、切り抜いたクワイを貼ります。
10)それを厚めの金銀箔の入った和紙に貼り、上部に正月用のスタンプを押しました。紐をつけ飾れるようにしました。
 
私はスタンプを押すことしか頭になかった(字の下手なのが無意識にでも潜在的にあるからでしょうか)のですが、スタンプより自筆がよいと、達筆で「愛」とか「慈」と墨跡鮮やかに書かれる人もあり、立派な正月飾りに満足をするとともに、今年もまた教えられることが多い教室始めになりました。
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 正月に帰郷していた孫にも「クワイの正月飾り」をためしにやらせました。
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 やはり子供の作品のほうがいきいきしているように思いました。私にはまだまだ脳活性が必要ですね。やはり既成観念に囚われるところが無意識に出るようでした。
孫がとても楽しがってやってくれたのが、私なりの「脳いきいきアート」への挑戦の自信にはなりました。
 
いきいきふれあいアー<48>
雪の便り(雪の年賀状)
暖かい師走と思っていたが二十四節気の「大雪」を迎えると、琵琶湖湖西にも雪交じりの雨が降り出した。紅葉の燃えような赤彩の上を雪が静かに刷いていく。そんな花びら雪にいろんな雪を思ってみた。 
 
 雪を表現する呼び方は数多くありどれも美しい。いろんな情景によって言い方(表現)が異なることに、日本人の感性の深さと雪への思慕がうかがわれる。

「雪」とは 空から降ってくる氷の結晶のこと。

「雪」自体(1)。「降っている雪」(2)。「積もっている雪」(3)。とに分けられる。

(1)雪自体(種類)
みぞれ」雪と雨がまざった状態。 「あられ」氷晶についた水滴が凍結した。
「 ヒョウ」霰にさらに水滴がついて5mm以上に大きくなったもの
(2)降っている雪
たま雪(玉雪)」は球形をした雪で、雪の季節の初めや終わりの時期に多い。 「 こな雪(粉雪)」さらさらとした粉末状の雪で、乾燥した雪のことを言い、寒冷な地域に多い。
「粒雪」粒のような雪で積もる。「はい雪(灰雪)」空中を灰のようにひらひらと舞いながら降りてくる雪のことで少し厚みがあり、日光に当たると陰影ができて灰色の影ができる。「わた雪(綿雪)」手でちぎった綿の様に大きな雪片の雪で水分を含んでいて重みのある雪。暖かく湿度のある地域によく降る。「もち雪(餅雪)」ちょっと溶けかけの、水分を多く含む雪で雪の塊はお餅のように柔らかく自由に形状を変えられるので雪玉や雪だるまなどを作るのに良い。「べた雪」は、餅雪よりもさらに水分が多く、べちゃっとした雪で団子状に固まっていることもある。地域によってぼた雪、ぼたん雪とも呼ばれる。牡丹の花びらのように降る。 「みず雪(水雪)べた雪よりももっと溶けて、ほとんどみぞれと同じ状態の雪のことを言う。
(3)積もっている雪
「新雪」誰も足を踏み入れていない雪の結晶の形がほぼ完全に残っているもの「こしまり雪 (小締まり雪)」 木の枝などの結晶が少し残る程度でほとんど丸みを帯びた氷の粒。「しまり雪(締まり雪)」圧縮や焼結により丸みを帯びた氷の粒のこと。粒子同士が網目状の組織で緩やかにつながって積雪。「ざらめ雪(粗目雪)」水によって粗大化した氷の粒のこと。内部・表面に水を含むものと再凍結したものがある。「こしもざらめ雪(小霜粗目雪)」新雪が溶けて、霜が付いて平らな形状となった小さな氷の粒のこと。「しもざらめ雪(霜粗目雪)」新雪を芯に成長した霜が大きくなって、骸晶状の氷の粒になったもの。「こおり雪(凍り雪)固まって板状・層状の氷のこと。「表面霜」積もった雪の一番上の層の表面に発達する霜のこと。「クラスト」積もった雪がさらに凍ってできた固い層のこと。「瑞雪」(めでたいときの雪)「どか雪」(一時に大量に降り積もる雪)「雪明かり」(積雪で薄明るくなる様子)「雪持ち」(雪が枝や葉に積もっている様子)「綿帽子」(樹木などに積もった雪の様子)「松の雪」(松の枝葉に積もった雪)「垂り雪(しずりゆき)」(枝や屋根などから落ちる雪)銀世界」「銀雪」「雪化粧」等
<文学的表現>
「あわ雪」泡雪、沫雪。泡のように解けやすい雪。和菓子にも付けられている。「あわ雪」 淡雪。やわらかで解けやすい雪。和菓子の名前」「うす雪」薄雪。少しばかり積もった雪。「大雪」(激しく大量に降る雪)「こごめ雪」(小米雪。細かい雪)「小雪」 少しの雪。「ささめ雪」(細雪)細かに降る雪。谷崎潤一郎の小説の名。「しずり雪」垂り雪。木の枝から落ちる雪。「白雪」 (しらゆき)雪の美称。「人工雪」人工的に作られた雪。「たびら雪」春近くに降る薄くて大片の雪。だんびら雪。「どか雪」一時に大量に降る雪。「友待つ雪」次の雪の降るまで消えずに残っている雪。「なごり雪」名残雪。名残の雪。春になってから冬の名残に降る雪。なだれ雪」なだれて落ちる雪。「粉雪」「小米雪(こごめゆき)粉のように細やかな雪。パウダースノー。「玉雪」比較的暖かい時期に降る、玉の形をした雪。「綿・牡丹雪・花びら雪」雪片(せっぺん。ひとひらの雪をさす)の大きな雪。「風花」風上の降雪地から、風にのって流されてきた雪。「白雪」(雪花(せっか)「深雪(みゆき)」美を表現。
<季語
・春>
「にわか雪」 にわかに降ってくる雪。「ぬれ雪」 濡れ雪。水分の多い雪。「根雪」(ねゆき。雪解けの時期までとけずに残る雪。「はだれ雪(まだら雪)」班雪。はらはらとまばらに降る雪。まだらになった残雪。「八朔の雪」八朔の日に吉原の遊女が全員白無垢を着た風習。「春の雪」春になって降る雪。牡丹雪になることが多い。「べた雪」「雪解」「雪解風」雪解川」「雪解雫」「雪解水」「雪しろ」「「雪解」「雪なだれ」「雪にごり」「雪の別れ」「春雪」「春吹雪」「雪の果(はて)等もある。
厳しい冬の雪の日々は立春を過ぎて「春の淡雪」と言われるようにすぐ溶けてしまう雪になりそして「名残の雪」「雪の名残」「雪の分かれ」「忘れ雪」「終雪」「涅槃雪」と多彩な呼び方で待ちに待った春が来るのですね。私はイルカさんの歌う「なごり雪」♪が大好きです。
<季語・冬>
「初雪」その冬初めて降る雪。「ふすま雪」衾のように多く積もった雪。「ふぶき」(吹雪、乱吹)降雪に激しい風を伴ったもの。風雪。暴風雪。「み雪、 深雪」 雪の美称。 深く積もった雪。「横雪」風で横様に降る雪。「忘れ雪」その冬の最後に降る雪。雪の果て。「蛍雪」蛍の光窓の雪、蛍の光や窓の雪の光で本を読んだという故事にちなみ、苦学すること。学問にいそしむこと。「万年雪」山頂などに一年中解けずに残る雪。「雪明かり」「雪あそび」「雪兎」「雪おこし」「雪折れ」「雪おろし」「雪女」「雪かき」「雪垣」「「雪がこい」「「雪合戦」「雪構え」「雪沓」「雪煙」「雪しまき」「雪だるま」「雪女郎」「雪空」「雪吊」「雪礫」「雪まろげ」「雪見」「雪焼け」等もあります。
雪の季語は花や月についで多いかもしれません。四季を尊び慈しみ敬愛し、畏怖を持ち大切にする日本人の心は雪に置き換えられるのかもしれません。

<雪の呼び方>(上記とダブルかもしれませんが)
「紅雪」黄砂が混じって降る。「雨雪」(みぞれ)「泡雪」泡のように解けやすい雪。「淡雪」うっすらと積もった、やわらかな春の雪。「薄雪」薄く降り積もった雪。「大雪」大量に降る雪。「堅雪」春、解けかかった雪が夜間に冷えて堅く凍りついたもの。「粉雪」粉のようにさらさらした雪。「小雪」少しの雪。「細細かに降る雪。「里雪」里に降る雪。「粗目雪」ざらめ糖状の積雪。「しずり雪」木の枝などから落。「しまり雪」小さな氷の粒が網目状につながった状態。「白雪」真っ白い。「太平雪」大きな雪片の春の。「どか雪」一気に降る。「にわか雪」突然降ってまもなくやむ雪。「濡れ雪」水分が多く湿っぽい雪。「斑雪」まだらに消え残った雪。「初雪」その冬初めての雪。「花弁雪」雪片が花弁のように大きな雪。「べた雪」水気の多い雪。「牡丹雪」牡丹の花弁のように大きな。「もち雪」餅のようにふわふわした。「山雪」山に振る雪で山間部に多い雪。「綿雪」綿をちぎったような雪。
 
  を描いての年賀状を作りましょう
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『年賀状「雪」』というカリキュラムがあります。実施する現場では(脳いきいきふれあいアート)カリキュラム通りやるのではなく、それを応用し、現場に即して変えました。
1)地面や野山に降り積もる、あるいは赤い南天などに積もった雪などをイメージしてもらえるように、凸凹のある和紙を5種類用意した。(雪は積もると平面で雪原だが、凸凹の上に積もって行ったのだろう)
2)みんなで雪の思い出や雪の情景を思い出し、オカリナ伴奏で「雪」の歌を歌う。
3)和紙の上に自分の思い描く雪を筆やスポンジで雪を降らせたり積もらせたりする。
4)土台の雪が描けるとその上に「カラーージエッソ」のシルバーをサットと塗る(乾くとこれがキラキラと粒子になって雪に陽が当たったように光ることを発見。また上に塗り重ねる絵の具と混ざることもない)
5)雪が降り積もる時間の経過や雪の感触、音などを思い浮かべてもらう。具体的に。(叩いたり、なぞったりして、具体的に影や光、雪から覗く土や木々、足跡、轍、雪上を抜けていく風などをイメージして白以外の色も描き加える(上記の雪に関して話したことも思い出してもらう)
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6)描けたものを気楽にいろんな形にカットしてもらい、無地の葉書に構成する。(思い思いにカットと言っても行き詰まる人もあるので、いままでのカリキュラム時にきり抜いて出来た残りの形の面白さなどを見せ、参考にしてもらう。)画面全体を観て、絵の具を加えても、銀箔、金箔を乗せても良い。
7)バランスを見ながら年賀スタンプを押す。
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8)「身寄りもなく、葉書などを出す相手がいない」という声を高齢者から聞いた。
出来た葉書は掛け軸仕立てにもなるように台紙を作り、インテリアにも葉書にも使えるように考えてみた。(こういうことは現場を持って始めて知ることだ)
 
雪は人をワクワクさせるものがある。多くの人が子供時代には雪遊びをした。「ふれあいアート」に下手上手はない。それぞれの表現が輝く。それが嬉しく新雪を踏むようなワクワク感を私はいただいた。教室に感謝だ。

ふれあいアート

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皆さん思い存分心の中を楽しんでくださいます。
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参加者の方が「脳いきいきふれあいアート」をこんなに的確にコメントしてくださいました。嬉しい!
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講演会があります。お友達と出席してきます。
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参加者を募集してくださるので、予定表を作りました。
 
 
いきいきふれあいアー<47>
必要とする方に・・・・・・
 会員である「京都<臨床美術>をすすめる会」で講演会があります。私の関わっている教室は「臨床美術」という冠を課していません。<脳いきいきふれあいアート>と呼んでいます。
でも「必要とする方に臨床美術を届けたい」「心ふるわすアートの力」、こんなコピーが踊るチラシに嬉しくなりました。私の目指しているものも「必要とする人と共に一緒にアートを楽しみたい。心ふるわせるふれあいを持ちたい。」なのです。あえて「臨床美術」という登録商標を使わずに一緒に前を向いて歩んで行けたら、届けられることが出来たらと思っています。
 
「脳いきいきふれあいアート」に新しく難聴の方が加わって下さいました。彼とはボードに筆記してのコミュニケーションです。手話は少しは出来ますが、やはり書いたほうが伝わりやすいようです。でもそんなコミュニケーション(作品制作手順)を媒介しなくともひたすら集中してもらえるカリキュラムは無いかと模索しました。以前に石の魅力に触れ、「石のペーパーウエイ」をしたことがあります。今回なにも手順を説明しなくとも、ひたすら石に自分の思い(具象物は描かない。自分の思う色を心を塗り重ねる)を石にぶっけることをしました。子供は石を拾うとそこからいろんな具象を創造し、見事に表現してくれます。が、
私達は手を汚し、顔にまで絵の具をつけて、ひたすら色遊びをしました。
そしてアートに進みました
 
  石は宇宙
1)     好きな石を選ぶ(琵琶湖や田んぼや比良山で小石を拾ってきて用意しました)
1個でなく、数個選んでも良い
2)     選んだ石に艶出しの即効性アクリル画材を塗る
3)     その上に自由に色を塗り、抽象模様を描いていく。失敗と思えばまた油絵のように塗り重ね自分の思いを重ねていく
4)     彩色した心の塊の石に、合うと思う色画用紙を選んでもらう
5)     選んだ色画用紙を土台に、石を置き、和紙やセロハン、色紙を千切り構成していく。
 渦巻きのような和紙で竜安寺の石庭のようにされる方、セロハンをリボンのようにクルクル巻いて飾られる方、台紙を幾重にも重ねられる方、台紙そのものを部屋のように折って石を鎮座させる方・・・・・。
いつもですが、私の創造感性を超える、思いもかけない造形芸術が現れます。 
思います。
いつもこうしていろんな方の思い、感性に触れられることが出来る私が一番臨床美術を届けてもらっているのかもしれません。
 
参加者の方が施設が出している「おしどりだより」に教室のことを書いて下さいました。私が伝えようとしていることをしっかり届けて下さっているのですね。この出会い、ふれあいに感謝。そしてアートに感謝。

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