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上から (1)眼下に広がる琵琶湖と紅葉をイメージしたと。
(2)二,三日前に三上山に登ったが、まだ紅葉には早かったと。
(3)縦にばかりラギングをされ、枝を入れるとなんだか童話の世界の紅葉になった。
(4)川土手の紅葉をイメージしたと。
(5)ラギングに興味を示されなかったが、大木の紅葉が描け満足気。
(6)下部余白が大きく、地面か草原か水かと問い掛けると「水」ということで水を足す。
いつもより時間延長。こんな大作に取り組まれお疲れ様でした。ありがとう。
(画像は大きくして見て下さい)
脳いきいきアート <34>
紅葉(こうよう)屏風
前回の手作り絵葉書はすぐに完売してしまった。部数をもっと多くすれば良かったという意見も出たが、みんなが力をあわせてバザーに貢献する事が目的だったので、金額はわずかでも「役に立った」と言う満足感が生まれ嬉しい。その喜びの余韻で、十一月の「ふれあい・アート」は、紅葉(こうよう)屏風をすることに決めた。
しかし、これは材料費が高くつく。参加者に高額の材料費をもらうかどうか悩んだ。
そこへ有り難い助っ人が現れた。材料となる水彩ボードではないが、「代用できるマットが沢山あるから、それ使う?」と声をかけてくれる先輩がいた。登録商標で指定された材料、カリキュラム、指導方法もきちんと体系づけられている。
相手を認め、感性を引き出すためにも、「ちがうと言わない」「うまいへたと言わない」「手伝わない」「急がせない」などを学んでいる。また画材により出来ばえが違う(脳の活性化が違う)ことも感じている。しかし、現場現場で臨機応変に応用して行く柔軟性も必要だと思う。私の場合「ふれあい」を目的にやり始めた。違いは許してもらおう。(そのためにも「ふれあいアート」と冠している)
指定されているボードでなく、先輩が譲ってくれたマットを使う事にした。試作してみるとカリキュラムより一回り大きな屏風になる。果たしてこれだけの「面」を参加者が埋められるか心配だ。しかし、大作になる。これをもし完成することができれば「みんな喜ぶだろうナァ〜」「自信が生まれるだろうなぁ〜」。前回葉書で、みんなに一つの自信が生まれた。紅葉屏風の大作でまた自信が生まれれば私としても冥利に尽きる。
先輩にマットを貰いに行った。京都河原町の吹きさらしのテラスで待つ(煙草を吸う先輩なので外で待つ)風邪引きの身にはこたえた。クシャミばかりの中で「好い加減、煙草やめたら」と厭味を言う。「値上がりをするのでまとめ買いしたら、沢山あるものだから余計吸う。買い置きがなくなっても高くついても吸う」と言う。嗜好というものはさにありなんと変に感心する。昔の煙草は「パイプの煙り」などと、詩的情緒と共にもてはやされたものだ。今のように片隅に追いやられるとは思いもしなかっただろう。アートの話がいつのまにか煙り論争になったりした。川風から吹く風が冷たい。流れ行く煙も凍ってみえる。私は紙の特色だけを聞いて早々と退散する。「百均のマスキングテープはあかんよ」と追い討ちをかける声。私はできるだけ材料費を抑えるためにも、いつも百均で間に合うものはそれでまかなっていた。
しかし、帰宅してマットを裁断し百均のマスキングテープを貼ると、今更ながら当たり前の事なのだが、百均と画材専門店の違いを見せ付けられた。剥がす時にみな紙が痛むのだ。悩んでしまった。
しかし、怪我の功名。よいアイデァが浮んだ。
破れた紙の上に、金銀箔が入っている紙を貼ることにした。すると余計に屏風らしくなった。紙は以前からの手持ちである。本物の箔が入っている紙だ。利用してやらないと・・・・。
あれやこれやと試してみた。カリキュラムよりひとまわり大きな素敵な屏風が出来そうだ。
先輩の好意とアイデァと少しだけの知恵で、材料費に苦慮せずにアートを楽しめるのが嬉しい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
1参加者が持っている紅葉のイメージを引き出す
2秋の空を思い浮べて画面一杯に空気色を載せる。
3紅葉に感じる色を、新聞の独特のタッチを生かしてラギングする。
4枝振りを入れる。陽の当るところに金粉をまく。
5マスキングテープをめくりその上に金銀箔の入っている紙を貼る。
6落款を持つ人はそれを押し「書」をいれる。
感激だ。みんな感激だ。認知症の方が二人居られる。手を出さないほうが良いのだろうが、私は手伝う。手伝って参加者が自分のイメージに添った時、顔に光が宿るのが分かる。そこに信頼関係が生まれて行くように思う。参加者も嬉しい。私はもっと嬉しい。これが醍醐味だ。
私の紅葉屏風の作品は http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49370111.htmlです。
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