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ふれあいアート

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脳いきいきアート

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脳いきいきアート <27>
     感動  ありがとう 
ざくろ石榴
 臨床美術(脳いきいきアート)で、グループホーム(認知症対応型共同生活介護施設)真野陽風荘へおじゃまさせていただいた。亀岡や伏見にも系列施設があり、ここでの入居者は18名ほど。若い職員さんがとても明るく、かいがいしく立ちふるまっておられる。
 ここで臨床美術を毎月1回、ボランティアやらせていただくことになった。前回は「さつまいもの量感画」をやった。(量感画は中心の小さな点から始まり、だんだん大きく育て表現する平面制作だ。私はこの量感画が大好きで他の施設でも臨床美術といえば、いつも量感画を試みていた。)しかし、前回(1回目)どうして中身から描くのかを理解出来ない(私のデモの持っていき方が悪いのだろう)また「なんでこんな面倒くさいことをさせるんや」「手が汚れた」「紙を破いた」と、ブーイングの嵐だった。ところが、ところがだ。
 だんだんと手が動き集中しだし、クレームを言っておられた方も最後には、「おもしろかった〜」と言って下さり、帰りには「また来てな〜」と握手をして下さる。この瞬間が嬉しくて、私は臨床美術を薦めることが止めらないのだ。
 私はこの「楽しい」から臨床美術を始めたのであり、楽しさを人に伝えたい。その思いが大きく膨らんでいく。そうして定期的に月1回、訪問する事が決まった。
 ボランティアであっても施設訪問となると、きちんと臨床美術の心を伝える事が出来ているか、一人よがりになっていないかが懸念された。普通、臨床美術の講座は何人かの臨床美術士で組んで行なう。
 地理的に近く、同じような思い(考え、感性)を持ち、ボランティアで協力してくれる臨床美術士を手伝いに頼んだ。いままで他の施設でも、単発で何度か講座をやらせていただき、その都度喜んで頂いている。しかし、どこかで独りよがりになっていないかという心配と不安があった。
 カリキュラムを何にするか迷った。いろんなことをやってみたい。しかし2回目で立体やアナログをやるのはすこし難しいかもしれない。そうかと言って、いつもいつも量感画ばかりをやっているわけにも行かない。自分自身が体験したカリキュラムは伝えやすい。しかし別のことも試みたかった。
 「こころ輝く世界=アートセラピーを楽しむアルツハイマー病の人びと」臨床美術協会から出ている、遥書房発行3、150円の本を参考にした。
制作手順はあまり詳しく載っていないが、「ざくろ」を描くカリキュラムを見つけた。水もいらない。オイルパステルとアクリル絵の具で制作できそうだ。これなら準備もらくそうだ。幸いにして庭に石榴が稔っていた。
 カリキュラムに添って試しに制作して見た。面白い!これは使えると思った。
指定どおりの画材をそろえるのが本筋なのだが、高くつく材料費は(材料費は頂くのだが)抑えたい。私は百均で間に合わせたりする。今回揃わない材料は「ジェルメディウム」だけだ。幸いにして家から200メートルほどに十五年程前に芸術大学が出来、受付で名札を貰えば自由に大学の購買部へ行ける。卒業制作時ということで、全て画材が10%引きだった。以前にチューブで買うと、すぐに無くなった。これから定期的に訪問するとなると多量に居るだろう。大きい容器のものが良いだろう。10%引きに惹かれ大きな瓶を買った。しかし瓶に書かれた説明を読むと、「接着にも使う」とある。「な〜んだ。これってボンド?」と思ったが違うかもしれない。しかしこんど百均でボンドを買って比べてみよう……。
(そんなことを思うのも楽しいものだ)
 当日、石榴をたくさん持参して訪問した。案の定入居者の人が「こんな汚い物を出してからに」とか、「なんでこんなところに座らんなあかんのや」とぶつぶつと(大きく)言われ、職員さんがたしなめておられる。私は仕事でクレームには慣れている。(無視をしてもいけない。クレームにオドオドしてもいけない。お客さんだといってへりくだることもない。)ただ笑顔で距離を置きながら、制作のデモにかかった。
1)ざくろの粒の透明感を感じ、粒を描いていく。(指で描く)色は3色程度で。
2)ざくろを描くのだがざくろの形にならずとも良い。実の複雑な色を感じ取り、オイルパステルの混色の面白さを感じてもらう。(色は自由)
3)ざくろと粒粒を重ねて実物のざくろを見ながら、描いた物を切り抜いていく。
     そして、私のパーホーマンスだ。
   ざくろを割る! 中の粒粒がぎっしり詰り光っている。
4)描いたざくろと同じ様に紙を千切っていく。(紙のざくろを割ってもらうのだ) 
   このあたりから皆さん目が輝いてくる。クレームばかり言っておられた人も黙り、懸命に取り組み始められる。
5)実と粒粒をあわせて構成をする。余った粒粒も切り抜いて構成する。
  切り抜いて出来た切り屑と切り抜いた粒粒が床に落ちた。落としたKさんが職員さんに言っている。「それと違う。ざくろの実を拾てんか」……。
     皆さん完全にざくろの世界に入っておられる。
6)完成した作品をボードに張り、鑑賞会をする
7)みなさんから感動の声があがった。思わなかったほどの素敵な作品が出現しているのだ。職員の人たちもその出来栄えに感動しておられた。
8)私も感動だ。こんなに素晴らしい作品が並ぶとは思っていなかった。     (私の試作よりどれも生き生きとしている)
9)あまりの出来栄えの良さに職員の方が一人ずつの作品を写真にとって下さった。
 是非いつか、この素晴らしい作品を、会場を設けて展覧会をしてみたい。

 こうして私のほうが感動を頂くばかりの時間が過ぎていった。
 参加者の人が聞いてくる「これはお絵描きの教室で良いのですか?」と……。
彼女はなんとなく普通に絵を描いている教室とは違うと言うことを肌で感じられたのかもしれない。
「また来て下さい」とみなさん握手をして下さる。嬉しい一瞬だ。有り難いと思う。

 手伝ってくれた人とお茶を飲みながら反省会をする。
 施設の方々の作品の素晴らしさに二人で感動の余韻だ。
この感動が次のエネルギーになる。本当に有り難いことだと思う

(反省点)制作の薦め方が独善にならないようにしたい。カリキュラム通り伝えなければとあせったり、こうして欲しいとあせり、自分の中で道順をつくっていないだろうか。導こうと無理に口出しをしなくとも、これだけ感じることをし、これだけ感動的な作品を作られるのだ。投げかけだけで良いのかも知れない。と思ったりする。
 使用時間を1時間半しかもらえないので、臨機応変にカリキュラムを、はしょったりしているが、臨床美術の心から逸れていってはいけないと思う。
 まだまだ臨床美術士としてほんの入り口に、立ったところだ。これからいろいろと学び、悩み、勉強していかねばと思う。
 そのためにも、こういう場を提供して下さることに大きな感謝だ。
次回はなにをしようかなと、自分の中に楽しみが広がっていく。

    
       アートは爆発だと誰かが言ったよね 

脳いきいきアート

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脳いきいきアート <26>
     いろいろ やってみる おもしろさ 
カリキュラム体験「ブロッコリーを描く」

臨床美術の現場を、関わる方でなく参加者として楽しんできました。
「十月例会&ワークショップ『ブロッコリーを描く』」です。
 ブロッコリーをよく眺めると、とても面白いです。ただ食材として、ブロッコリーを選ぶとき、新鮮か色が綺麗か、値段が吊り合うか何処の産地かなどに、また食感に頭が行っていましたが、ブロッコリーを下から覗いて見ると、まるで大き木のようで(テレビでみた大きなこの木何の木)小人になった私が木を仰ぎ見ているような楽しさでした。 
こんもり入り組んだ木陰で一休み。ブロッコリーの森を探検してみたくなりました。
 奥深い枝の重なりの一つ一つに蕾がついているのです。ぎっしりと命が詰っています。緑の塊りからは情熱が発しているようでとても親近感が持てました。髪の毛のような細い軸に小さい蕾がついて重なり重なり合って生まれているのを見ると、植物の神秘性のようなものを感じます。野菜嫌いな人に、このようなありようを見せると、意外と好きになるのではないだろうかと思ったりしました。ブロッコリーて、黄色の花も咲くんですよ。いつも食べる事にしか(軸も食べると美味しいとか)考えが行かない私でしたし、モデルにして絵を描くとしたら「複雑だな〜。これは描き難いから止めておこう」と思うブロッコリーですが、良く眺めよく観察したあとに描きはじめるブロッコリーは、難しくなく楽しい物でした。手が勝手にブロッコリーと話し始めるようでした。この楽しさ、面白さが嬉しくって、私は臨床美術を始めたのでした。下手も上手も無い。苦手も得意も無い。それが嬉しいのです。誰にでもアートを楽しんでもらえ、脳活性に役立つとは嬉しいですね。

* 台紙にブロッコリーに感じる一色を大筆で描く。
* メディウムとアクリル絵の具を混ぜブロッコリーの房を表現して行く。
* オイルパステルをその上に重ねて房や軸を描いていく。

これだけなのですが、いつまでも楽しく色を重ねていたくなって、手が止まりませんでした。
メディウムを混ぜることにより、ブロコリーのツブツブ感が現れてくるのでしょうか。以前にザラザラ感を出すためでしょうか、サンドペパーにカボチャを描いた事が有りますが、このサンドペパーにしろメディウムを使うにしろ、カリキュラムの素晴らしさに驚きます。
 こうして絵を描くことが苦手な人も、下手や上手でない、その人なりのブロッコリーが表現され生まれていくのです。脳活性が大きく広がって行くのでしょう。完成したどの方の作品にも感動しました。

 現場スタッフでなく、参加者としての体験はとても勉強になりました。
私は、例えば音楽では「半音がズレテイル、ここはこういう情感で・・・・」とかこちらから指図する、(此方から答えを与えてしまう)方法ばかりを今までやってきました。が、臨床美術ではこちらから「違うと言わない」「上手と言わない」「手伝わない」「急がせない」などが原則です。いままでの音楽等で取っていた指導方法と違う事に戸惑いましたが、こういう指導(と言う言葉は最適ではありませんが)方法もあるのだと目から鱗でした。「相手を認め共に育つ」とはこう言うことだったのかと気が付きました。いろんな指導方法がそれぞれにあるので、どれがどうとは言ませんが、とにかく楽しい!この楽しさを伝えたくて私は臨床美術士になったのかもしれません。
 例会は、認知症の方が対照では無く、参加者の殆どが臨床美術士です。
スタッフが「ここはこうしたらいいのと違う」とか「良いのが出来たね」とか、声をかけると「うるさいな〜。少し黙って放っておいて」と参加者が言っておられました。
そうですよね。どうしてもスタッフは、その人の感性を引き出し完成させようとあせり、また悩んでいるのではないかと声賭けをしたくなります、それが仕事でもあるのですが、(私などは音楽での体験からも、すぐに声をかけたくなるタイプだったのですが)夢中になってやっておられるときに声をかけられることは不快でもあるのだと、改めて二人のやり取りを見て感じました。この没頭して集中する事が素晴らしいことなのですから、参加者になってみて、声のかけられ具合、また全く放って置かれると、これで良いのかと心配にもなったりします。自分が参加者の立場になって分かる心理状態と空気を感じました。そんなことやいろんなことを学べる例会でした。

 臨床美術は認知症の方の治療に役立てることが対象ですが、ストレスを抱えている方、集中できない子供などにも活用されます。そんななかで私は「認知症高齢者グループホーム」 へボランティアで定期的に臨床美術で行っています。最初「アンタの言うてること分からへん」と言っていた方が、帰りしなに「楽しかったわ。またきっときてね」と手を握って下さいます。これが嬉しくてたまらないのです。そして職員さんから「最近入居者が前向きになってきた」などと話して下さると、もうそれで私は嬉しくてたまらないのです。本来臨床美術士という職業で謝金を頂くのが正しいのですが(それを本職として金額を得ることが本筋ですし、これから若い人が仕事として選んでいく上で、これは大事なことなのですが)私は介護現場で働き、介護を仕事としているとき、認知症の方に日夜、心を砕いている若い施設職員の安い賃金、苛酷な労働条件を知っています。知っているだけに、お金を頂いて帰ることは出来ないのです。施設長さんが「お礼はいかほど」と聞かれるので仕方無しに相場をお答えすると、「うわ〜〜頼み難い」と仰います。
私は思うのです。次に活躍する若い臨床美術士さんのためにも職業として確立させ、お金を頂くのも大事ですが、とにかく臨床美術が楽しく、本当に役立つと言う事を広めて行くのも大事なことかと思います。(私などはもう高齢者ですので、草の根を広げ、若い人が活躍できる場を作る礎に成れたらと思うのです)
 臨床美術はカリキュラムに添い、いろいろの制約もあり、材料も指定された物を使います。そのほうがより効果が出るのは体験していますが、ボランティァで同じ材料を揃えるのは不可能なときもあります。そういうとき、自分なりにアレンジしてやっています。しかし、臨床美術という道からそれがはずれて行くといけません。同じ様に施設の職員で自分の施設でボランティアとして臨床美術に取り組んでいる人もいます。その人とお互い行き来して、ボランティァで助けあいお互いの現場を見学したり手伝うことにより、本筋からははずれないように、かつ臨床美術の心を正しく伝えていけるようにしたいねと話しあっています。
こうして少しずつですが、臨床美術と言うもが、広がっていくのが嬉しいです。

ふれあいアート

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ラギング画法でポストカードを作ってみました。(葉の重なりの陰影が脳をキラキラさせます)

脳いきいきアート <23>
驚きと感動です

 長寿すこやかセンター認知症クラス12回講座を見学させて頂きました。(http://blog.canpan.info/go_go_rinbi/
臨床美術に出会っていちばん大きな自信となったのは、絵は上手に描くことでも、アートは特別な人だけのものでもないと分かったことです。楽しく絵を描く事が出来「その喜び楽しさに、ものの見方も変わって生活にも潤いが生まれるように思う」これは先輩が言って下さった言葉ですが本当にそうだと思います。
「知識の量」「情報量」を多く持った専門的なことも大事かもしれませんが、子供のように素直に心を動かし素直に疑問を持つことが「感動」となり、その感動を伝えたい思い、願い、それが人の心を打つのでしょう。そしてそれは生き方としての行動にもつながるのではないでしょうか。
 文を綴ることも一緒だと思います。私の通っている文章教室の先生がいつも言われます。「美しい言葉や深遠な言葉にとらわれて不自由にならないように。「引用」とは自分自身の発見で、立派な言葉の必要はない、地味であっても身の回りに素晴らしい言葉があることに気付く力を付けること、それに気づいた瞬間に言葉は自分のものとなり、なにかがそこに育ち、そして自分を動かしていく幸せ」とおっしゃいます。私はいままで気が付かなかったのですが、臨床美術も、これにそっくり当てはめることが出来るのではないでしょうか。感動を言葉にするには1%のひらめきと99%の「引用」を学ぶことと言われます。しかしその源になる表現や考え方を自分に、また他者に伝えることはなかなか難しです。
 ところが驚きました。この日の見学会で目にしたのは、このことがいとも簡単に行なわれていたのです。その日のテーマは「紅葉屏風」
 お茶席の風炉先屏風( 点前をする道具畳の先に立てる二つ折りの小さな屏風)にでも出来そうな、それは雅やかな「紅葉屏風」が皆さんの手で(脳いきいき)と生まれているのです。認知症とその家族の方が対象なのですが、どんな大作家の屏風にも負けない芸術品の誕生に圧倒されました。これは「引用」の作業が(誰でも絵が描け、アートに感動する心の一瞬を産む)優れたカリキュラムにより実現していると言っても過言ではないでしょう。このようなカリキュラムを作られた先人に、驚きと感動と尊敬の念です。
 作業をいきいきとして取り組んでおられる方達を見ていると、私も是非ともやってみたいと言う思いがおさえられませんでした。(次にはこの課題を私も人に薦めましょう)
 臨床美術はいつも最後に「鑑賞会」があります。これは専門家のようにアートを研究した人でないと美術は語れない、理解出来ないと言うことでもなく、小難しい理屈はいらないのです。自分が感じたこと(自分の価値観、情念、嗜好、思考・・・等も関わってくるでしょう)自分の感覚、体験を思い切り掘り起こし言葉にする学びであり、それは自分自身の姿を映すことでもあるのです。ですから、そこには決して下手も上手も、好き嫌いも、良い悪いもありません。お互いの異質性を認識する事で他人との共通点、類似点を見つけられる発見もあるのです。ここにも、臨床美術の土台となる「存在的人間観」が生まれてくるのだと思います。「脳いきいきアート」は作業だけでなく、導入部分やこの鑑賞会は五感を振るわせ呼び起こす大きな位置を占めていのではないでしょうか。
 作品を見せていただき、私は日本中の「装おう」野山を巡っているような贅沢さを頂きました。新聞紙とアクリル絵の具で(筆は使いません)こんなに素晴らしい各人の心の紅葉を見せていただけ、帰宅に急ぐ身体は冷え込みがきつくなった京の町でしたが、あそこにもここにもと紅葉が囁きかけてくるような温かさを感じるしじまでした。
 そして帰宅するなり、私もやってみたのです。ラギングに挑戦したのです。
面白くって何枚も描いてしまいました。蛍光灯のなかで紅葉がライトアップされて行きました。6歳の孫にもやらせてみましょう。簡単に出来る作業です。
 そしてなによりも、このポストカードを誰に出そうかと、楽しみが心の中に紅葉のように広がっていく嬉しい思いをさせていただけました。
おもしろく楽しい臨床美術でした。

    
       黄葉紅葉重ねて楽しいアートあり 

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私の財産に成っていく第一号の手作りファイル。黒バフン紙に描くサツマイモ。完成したさつまいもの量感画。

脳いきいきアート <22>
コミュニュケーションの基本は挨拶から

 脳いきいきアート(臨床美術)の実践です。臨床美術は絵を描く・アートすること以前に人との出会いから全てが始ります。そして、そこに生まれるコミュニケーションの共感、受容が入り口なのです。

 参加される方はもちろんですが、私もかなり緊張しています。そんなとき「こんにちは」と挨拶すると、とても気持がよくなります。(挨拶を交わすことが少なくなってきているご時世ですが、人との出会いの始まりは挨拶から。「今のこの出会い」が嬉しいと思う気持は挨拶から始まると思います。
 臨床美術の現場は、一人で進めることはめったになく何人かのスタッフで組んでやるのが普通ですが、私は一人で進めて行きました。
前日はとても緊張しますよ。事前の準備はかなり入念です。画材を揃えるのも大変です。私は有り難いことに、近くに芸術大学がありそこの購買部に注文をしておくと、遠方の画材屋さんへ出かけることもなく、とても恵まれた環境にいると思います。

 初仕事は、定期的にお邪魔している(オカリナ演奏で)デイサービスセンターが、地域の人との交流に秋には大々的な文化祭を行なわれます。その文化祭で"脳いきいきアート"を体験していただくことになりました。今日は、デイサービスに通って来られる方たちがそれに先立って一度体験して下さる事になったのです。
 参加は介護度の重い方を入れ六名でした。職員の方とは顔なじみですが参加者の皆さんとは始めての出会いです。ドキドキします。
大きな声で挨拶をし握手するとそんな私の不安も消えていきました。握手をすると握り返してくださるそのふれあいに助けられました。
施設には事前に「さつまいもの量感画」をすることを伝えています。施設で植えられたサツマイモの、芋堀をされたことを聞いていましたので、それを使わせて頂くことにしたのです。蒸かして置いてくださったサツマイモが出てきます。とても可愛いお芋でした。(ここはキリスト教の施設で、森の木立ちに囲まれ、少し先の小川からせせらぎが聞こえてくる。その中を風が賛美歌のように流れ入ってくるような、来訪させていただく度に私もホットする所です。そんなホットする優しい感じのするサツマイモでした)
 みなさん絵を描くのは始めてのようです。何をするのか何が始まるのか、きっと不審と不安だったと思いますが蒸かし芋の匂いやお味を味わい始めると、いろんな芋の話が出始め和ごんで来ました。絵を描く前に「キッコロ運動」をしました。人差し指で各指の付け根をグリグリ(キッコロキッコロと歌いながら)やります。指圧で緊張をとります。臨床美術は最初の導入部分(歌を歌たりする)をとても大切にします。これは参加者の気持を大切にすると同時にこれからの一時を参加者、講師が一体感になり素晴らしい時を共有する入り口だからです。
 私一人で進める教室ですが、施設の若い男性二人と女性一人が上手くフオローして下さいました。サツマイモをじっくりと観察します。異なる特有の形の面白さや芋に関する話題が出、中から描いていく量感画の始まりです。皮の色をかぶせるごろはオイルパステルの重ねやぼかしを楽しんで下さいました。次は目の前のサツマイモイモを見ながら芋を切り抜いていきます。はさみを使えない手の不自由な方には職員さんが切り抜いて下さいました。また紙を押さえていないとパステルが滑る人にも、職員さんがフオローして下さり、寝てしまう方を起しても下さいました。まるで優秀なサブスタッフと一緒のようでとても感謝です。六人の参加で作品が完成したのは四人でしたが、(やっぱり寝てしまったり、途中でお風呂に行かれたりで)お芋を食べ、お茶を飲みながら鑑賞会をしました。ほんとに驚くほど、どの方もいきいきと色採が踊り、芋の表情がよく出ているのです。この不思議さと楽しさが私を臨床美術の虜にしたのかもしれません。絵を描いたことのない人も絵を描けないと思っている人もいきいきとされるのは、本当に嬉しい一瞬です。
 ジグザグに芋を描かれた人がありました。「不思議だな〜」と思いながらも「この方には、芋はこう見えているのだろう」と、色を綺麗に混色して楽しんで下さっているのでそのままにしていました。ところが鑑賞会で、それはなんと「芋の皮を描いた」と言うことが分かりました。芋の皮を集めてそれを描いておられたのです。それが分かるとみんなで大爆笑になりました。笑ったことが気になりましたが、一緒に大笑いになり一度に座が和んでしまいました。思いがけない展開でした。こうして、臨床美術士として一人立ちの一歩は緊張しながらも顔は緩みぱなしの楽しい時間でした。
 最後に「里の秋」の”栗の実”のところを”サツマイモ”に置換えて、私のオカリナ伴奏でみんなで歌を歌っていただきました。第一歩を参加者の方に助けられ、職員の方に助けられ嬉しいことでした。職員の方からは「参加者の人の、何時もと違う姿を垣間見れ、楽しかったし参考になりました」と。また参加者の方からは「またやりたい」と言う声を頂きとても嬉しく励みになりました。
有難う。臨床美術の根幹の存在論的人間観。支え支えられ貴方がそこにいるから私も頑張れるのですね。自分のためと始めた臨床美術でしたが、「介護福祉士として、オカリナの講師として、絵が好き、人が好きとして」そんなことが全部繋がり生かせるような脳いきいきアート(臨床美術)に出会え感謝です。
 本番の「文化祭」での参加者は健常者の方が多く、また職員の方々も忙しく次は手伝っては下さらないでしょう。どうなることかと今からドキドキしていますが、今回こんなに素敵な一時を持てたことをバネに頑張りましょう。コミュニケーションを宝に頑張りましょう。そんな力強い気持にさせてくれる一日でした

(サツマイモの量感画)  
1) 黒のバフン紙にさつまいもの中身に近いと思う色を選び味や匂いの色も加える。
2) 皮の色をかぶせる
3) サツマイモを切抜き、ラシャ紙に構成しサインを入れる。
    
       秋夜長あたらしきこと学ぶ幸  

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