来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

木村徳太郎

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木村徳太郎

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水墨画 「 秋陽 」 花逕画
青少年に与える 
日本人の心の話 (一)
木村徳太郎 昭和38年記
  
 終戦前は日本精神という事が姦しくさけばれました。終戦後は世の中ががらりと変わって、日本精神なんだと云いだすと、若い人たちに、唾棄されるどころか反撥さえくいかねないありさまです。
然し、よく考えてみますと、戦争に負けた事と、私たち日本人として、日本の伝統美風を守り育てていく事とは、なんら関係ない事でありますし、寧ろ敗戦したことを幸いとして、日本人の伝統美風に更めて目をやって、もう一度心から自覚して、それを更に守り育てて行くと言う決意があって然るべきと思われます。
 そんなことを云うと、なんだ、終戦十八年も経っているのに、お前は未だ封建的な頭に染め抜かれたままで居るのかと仰る方もありますが、日本精神というものは、そんな封建的だと一言でかたづけられるような浅はかなものでなく、また毛嫌いされるようなものでもない立派なもので、現在でも、いや、いつの時代でもふみつがれていくべきものと思われますので、いま更めて声を大にしてさけんでみたく思います。
 じゃ、目に見えない日本精神とは、どんなものなのか、目に見えないものでなく、それを目に見せて説明してくれよときっと若い人たちは、仰るに違いがないと思われますので、だんだんとお話申し上げて行きますが、まずここで一番先に申し上げたいのは、日本人としての心のよりどころを早く掴む事が大切だと申し上げておきます。
 日本人としての、心のよりどころを掴むみちとしていろいろのものがありますが、誰でもすぐよりかかれるものとして考えられるのが、日本の神さまとして、伊勢の地にお祀りされている内宮さまと外宮さまであります。この内宮さまと外宮さまを、心のよりどころにされる事はどなたにもすぐ出来ます事ですし、日本の心を身に付けるのに最も適したものと考えられますのでおすすめいたします。
 伊勢の内宮、外宮さまが、それほど日本人に意義のあるものかと、仰る方があるかも知れませんが、それは内宮、外宮さまの事をよくお知りにならないから、さよう申されるのであって、じっくり考えられて、よくお知りになられるとああ、なるほどと、若い人たちだけでなく、日本人の誰もが得心されることと思いますので、お話しておきます。
 ご承知とは思いますが、ことさらここで、もう一度申し上げますが、内宮さまは天照大神さま、外宮は豊受大神さまをお祀りされてあります。
      * * *  
 私たち日本人はなかなか優れた国民でありまして、太古から、人間としてふむべきみちをはっきりと掴んでいたとみえまして、心の神さまであらせられるところの天照大神さま、物の神さまであらせられるところの豊受大神さまのお二方をお祀りして、心物両面が豊かになるように教えて下さって、ちゃんと規矩準縄をわきまえて、子孫にもみちのあやまちのないようにと伊勢の地にお社として残して下さっています。
 人間は生きて行くためには、心は勿論のこと、物も豊かでなければならぬ事はいうまでもない事でしょう。心が豊かであっても、物が足りなければ、人間として欠けています。物が豊かであっても、心が美しくなければ、これは云うまでもなく駄目です。祖先はそのように、後世の私たちに教えて下さっているのです。
 それをよく弁えて伊勢の大神さまをはっきりと心のよりどころにしますと、世界中どこの国よりもすぐれている人間たるのみちが、素直に頭の中にしみ入ることでしょうし、日本精神の優秀さがすぐうなずけることなのです。
 余談になるかも知れませんが、ソ連はあらゆるものが、経済の機構によってなりたつと云ったような、物にとらわれたイデオロギーをもっています。これは駄目です。その証拠に、時の権力者になると、心の事などどうでもよいと、相手を死刑にしたり首にしても権力(物)を奪い合うのに必死です。そんなことではいづれほろびるでしょう。アメリカもそうです。世界で一番豊かな国と云われています。そのアメリカが、これも世界で一番派手なギャング国だと云う事です。物にとらわれた、心の美しさを願わない人間が多くいるからでしょう。
 そのどちらも、日本精神からはみでていてみにくい姿をさらけ出しています。現在の日本も一寸そのアメリカに似てきたのではないでしょうか。戦後えらい政治家が沢山出まして、物の面では整ってきましたのですが、心の面が欠けているとみられて「衣食足って、礼節を知る」の諺通り行かないどころか、新聞は毎日みにくい血生臭い、日本精神に反する青少年の行いが報道がされています。
これも先程申し上げた物心両面の整った修理周成と云った、祖先のほんとうの日本精神を忘れているからでしょう。
 それに反して、心の面ばかりにとらわれても駄目です。我が国を例にとって云いますと、今次大戦に負けたと言うのも、心の面(竹槍でB29をつつくような日本精神に反する愚かな事を、時の軍部がやらせました)ばかりを強調して、祖先の尊い教えである日本の物心両面のみちをしっかり掴まず、物の面をすっかり忘れて、みちにはずれていましたから、負けるのがあたりまえであったとうなづく事が出来ます。
     * * * 
 それに一寸イデオロギーの問題になりますが、祖先が人間のふむべき正しい物心両面の教えを、伊勢の大神にお示しになっていて下さっている事と併せて、考えないといけない事は日本は全て中道のみちを歩んできたという事です。調和運動の精神も勿論そうでありますが、これは世界のどこに出しても恥かしくない立派な考えでありまして、これを古人は忠という言葉で表しています。
忠と云うと、皆さんは「天皇に忠義するとか」云われますが、そんな言葉尻にとらわれずもっと深く考えますと、天皇さまに誠の心をささげることは勿論ですが、ふりかえって自分が、日本精神をしっかり身につけていると云う事になるのです。忠という心は、中の心、即ち、右にも左にも偏らない中道で正しい調和の精神を根底とした尊いものであって、君民一如の、そのもとであらせられる天皇さまに、素直で偏らない誠のみちをそなわして頂く事が、自分の為でもあり我々国民の親として申し上げる天皇さまにお喜みして頂けると言う事であり、我国の古来からの日本精神の真髄を弁えている人間と言う事になるのです。
 天皇さまの御事を申し上げると、一寸反撥を感じられる若い方もありますが、我国の天皇さまは、肇国以来どの天皇さまも城を築いたりして、国民と争われた事は、歴史上ありません。(続く) 


紅葉散る音聞こゆつつ遺作読む


          ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


      仁王(東大寺編)   木村徳太郎   
  
           やさしく やさしく

           ちる もみじ
            
           仁王の うでに

           ちる もみじ

        ___ぼくも もちたい  

           ちる こころ

           あかい かはい

           あのやうな。
           
           りゝしい りゝしい

           ちからこぶ

           仁王のうでの
     
             ちからこぶ。

        ___ぼくも もちたい

           ちからこぶ

           ぐっとしまった

           あのやうな。

       
        

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水墨画 「 重陽 」 花逕画
§近鉄ニュース§
株式会社 近畿交通社 昭和二十五年一月五日発行  
宇治橋渡り始め式 
童話作家の見た二十年目の盛儀   木村徳太郎 
  
 私は高階宮司さま(橿原神宮宮司)のお伴で宇治橋渡始式に参列することができた。宿には佐々木先生(前公爵貴族院副議長)はじめ、宮川先生や加藤先生と言った国学の大家や神社本庁の方々、全国の神社関係の主だった人々でいっぱいであった。
 神社界のことは何も知らぬ私であったが、高階宮司さまの傍らで、お話を伺っていると、神社界の逞しい明るい建設的な脈動がひしひしと、感じられた。
 十一月三日は盛儀の日であった。
 檜の御用材を積んだ御木曳車に、長い綱をわたして、車上や、綱の中央や先頭に、曳子が「ぬさ」を振り、木遣音頭に声張り上げて唄えば、それに応えて綱を持つ曳子がえんやえんやの掛声も勇ましく車の音を軋ませて、宿の前の方に進んできた。
 聞けば、旧神領八千人あまりの人が、奉仕をしているとの事であった。
勇み肌や中年者や血気の青年の多い中に、伊勢古市の子供達ばかりの白鉢巻の健気な一団の姿は、私には胸のうたれるものがあった。
 午後一時の第一鼓が、紅葉の映ゆる神路山に鳴り響くと、斉館の庭に、神宮の大宮司さまや職員の方達が真白い斎服で、橋工が素袍鳥帽子姿、旧神領内より選ばれた、高砂の舞にまみまほしき渡女大西さん(75)は緋袴と純白の被肩、夫栄蔵さん(81)は浄衣、風折鳥帽子を着けて立ち並んだ。その向かいに参列員が立ち並び終ると、神宮の大宮司さまから斎館の庭を出て、参観者の群の中を参進して仮橋を渡って、橋姫神社に至り渡始の祭典が初められた。
 この間に、浄衣の技手は橋工を従えて宇治橋に至り、北側欄干の外より第二番目の擬宝頭をはずして、橋の鎮めを堅く納めると、再び祭場に帰ってきた。
 渡始のすべての儀式が終ると、再び仮橋を渡って内宮側から、いよいよ総工費三百五十万円(資材は別)巾四間、長さ六十間余、欄干、橋板、総檜の木の香りも床しい宇治橋を、衛士の先導で渡り初めたのであった。
 参列者の一員として、橋上を歩む私は、何かしら胸にこみあがって来る有り難さ、勿体無さに、五十鈴川の清流の両辺や、清流の干砂にまであふれるような参観者の群が、ぐっと大きくぼやけて眼に映じ、その讚暵のささやきまでが、波のように自らには感じられて、何か目まいのするような思いにとらわれた。
 
  神橋にめをとそろえてにぎはしく
          宮の御さかえわたるもうれし  房子

 この日北白川夫人祭主には、小袿に緋袴の装束を召されて、宇治橋西詰の幄舎に御出ましになられ、終始渡始式を総監あらせられたが、渡始の行列が橋姫神社奉告を終り、渡り返しに先だって新橋をお渡りになり斎館へ御入りになられたのであった。
 渡り返しになつて、全国からの三夫婦家族七十八組と二三四〇名が、参観者の人目をひいて、すぐ後ろから渡つて来る足音を、私は夢心地で聞きながら宇治橋を渡り終つて斎館に入つた。
 しばらくして太鼓を合図に櫓の上から祝餅撒きがはじまつた。
 この日の祝餅は、三重県下の神職が一升の糯献納を申合せ、それに旧神領の崇敬者達の一握り献納によるものを合せて、十七俵の撒餅が行なはれたのであつた。
 直会場に入り祭主さまの澄み通つたお声を身近に拝して、尊きお方を警護される人もないのに、私は新しい時代の流れを感じながら、神職さんの差し出して下さる御神酒を、素焼の盃に戴いて、神式の饗膳を珍しげにいつまでも手をつけずに眺めていた。
 直会会場を出ると、この日十余万の参観で、てんやわんやの雑踏する神園を抜けて、夕やみ迫る町を、感懐を胸に刻みつつ、宿に帰つた。

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
第62回神宮式年遷宮の「宇治橋渡始式」が、平成二十一年十一月三日に執り行なわれる。
父の遺品を整理していて「宇治橋渡始式式典」に、父が参列させていただいた記事を見つけていた。父の30歳代の頃であろうか。読み返してその時の情景が嬉々として伝わってくる。また若々しく瑞々しい文章だと思った。
私の知らない父をまた発見した思いだった。
ところが
それだけではなかった。

ブログでいつもお教えを戴いている、吉野の吉水神社の佐藤素心宮司さまが、式年祭典に参加されることを知った。http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/59092049.html

父が教えてくれたのだろうか。

私は厚かましくも、「六十年前にもやはり、心清め、心躍かせ、式年祭に参加した若き神官がいたことも想って下さるよう」にと、お願いをしてしまった。
悠久のときを結んで巡り合うこともあるのだ。そんな気がした。

 
次の二十年後の宇治橋渡始式式典には私も参拝させて戴こう。そんなことを思ったりする。そんなことを思う楽しさが有り難いと思う。私はもう存命していないかもしれないが、若し生きていたら、(父が参拝しその子<私>に続き、そしてその子<私の子供、父から行けば孫>に続き、またその子に続き<私の孫、父から行くと玄孫>)またその子(私の玄孫、父から行くと来孫>この辺りまでは可能かもしれない。)
いや可能でなくとも、こういうことを楽しく思える時を与えられ、頑張って生きていこうと思う希望や生きがい、それがいただけるのが、日本の文化であり、伝統だろうと思う。それが自然を崇拝し、神さまを敬うことなのだろうかもしれないと思った。


菊の香や悠久の時携えて

木村徳太郎(孫の日)

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水墨画  水引草  花逕

児童文学の周囲
 昭和三十三年十一月十日初版発行 
木村徳太郎・著 ヨリ
「正しい情熱を持たない大人と子供の世界」     
 山村に近い町の服装店。
 この町の学校の指定服店にもなっている。この店の主人は、この町では知識層の方であり、奥さんも婦人の会合にも、指導的役柄を務めるといった、社交婦人であるそうな。どちらも人柄は一見いやしくない。
 さて、今年の夏、六年生の娘が、学校から伊勢の二見へ、一晩どまりで海水浴に行くので、妻のいない私は、こんな用事も果たさなければならないので、この洋品店に娘と二人で洋服を買いに出かけた。
 店頭に色彩の華やかな既製服がぶらさがっている。勿論既製服を買うつもりなのだが、どうもけばけばしい色彩や、型や、柄が気に入らないので、親の私が買う気になれない。とまどっている私の気配から、服を買いに来たと察したのだろう。店内から出て来ると
「このお譲ちゃんの服でっか。それでしたら、これどうです」
列べられてある、既製服の一つを持ってすすめる。
「そんな派手なものでなく、学生らしい清純なものが、欲しいのですが」
私はさきほどから、とまどっていることの、自分の思いを述べてみたが、そんな言葉はてんでうけつけない。
「そんな阿呆な事言うたら笑われまっせ。きょう日、娘さんはパット派手に飾らなあきまへん」と、私の言葉を小馬鹿にして、今度は娘の方に向って、
「お嬢ちゃん、こんな服がよろしおまっしゃろ。お父さんの言わはるようなこと、気に入りまへんやろ。お嬢ちゃんやったら、おじさんの言うことわかりまっしゃろ」
娘の心をひきつけようとする。が、私も娘を信頼しているが、娘も親を信頼していてくれる。
服装店の主人の言葉に「くすっ」と笑ったまま、やはり私と同じように同意しない。
私にも娘にも、自分の言っている事を、相手にしてもらえないと分かると、一層自分の言っている事を強調したくなるのか、再び
「あんたはんの考えは、昔の考えだっせ。きょう日みてくれや。体裁よう飾っていかな、人が相手にしまへんがな。値段も手頃やおまへんか」
と言って、尚もその派手な既製品を売りつけようとする。それどころか、私があまり豊かでないとでも思ったのか、値段のことまで付け加えて言う。
「値段の事ではない。買うために来た以上、準備はして来ている。ただ、あまりけばけばしくないものが欲しいのだ。貴方の言われるように、表面だけ飾っても、なか(心)が充実していなければなにもならないし、中が汚くっっては駄目ではないか。私は表面よりもなかの充実した美しい娘になることを願っているのだ」
考えの違った主人の言葉に、同意の出来ぬ私はどうしてもそんな華美な服は買えないと、語調を少し強めて、ふんぎりをつけるように言った。
主人はあざ笑うように
「心って?心がどうして分かります。そんな見えんものを、とやかく言っている事は、昔のことですがな。時代おくれだす。心が悪かろうが、表だけパット飾っておいたらよろしい。きょう日、誰でもそうやから、すぐ目にとめて感心しょりまんねんやないか」
客の思惑なんて眼中になく、あくまでも私には華美と思えるものを売りたげである。

 話はここで終るが、要は近頃太陽族や青少年の華美な服装がよく云々されているが、町の知識層に属する、この洋装店の主人の如く大人の側にもそれを助成しているような風潮の見える事が、今の有様ではないだろうか。私にはそのように思えてならないと同時に、大人が太陽族云々と攻撃する以前に先ず、それを助長しているとしか思えない大人の風潮を、反省させるべきではなかろうかと思った。個人の利害だけを考え、その事のみに頭をめぐらせている、このような悲しむべき事が、どうして解からないのだろうか。そのような風潮の今日を情けなく思う。
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
初版発行が昭和三十三年で、これは私の小学六年生のときのことだからいまから五十一年も前のことだ。(五十一年前も現在も変わりはないのかもしれないと、ふと思う)
 その華美な服がどんなものだったかは記憶に無いが、私は思い出せる。父は水色の地に五色の水玉が浮ぶ布を求め、あのときギャザースカートを誂えてくれたのだ。二つ折りにして上にゴムを入れただけの仕立てだったが、既製服を買うより高くついたと思う。
私はそのスカートがお気に入りで嬉しくてしかたがなかった。(それが子供の心だった)しかし、このときのやり取りはすぐ町中の噂になり、学校へ行くと「おまえも可愛そうやな。頑固な親父を持って」と言われた。
ふと思う。父は頑固だったのだろうか。
母親代わりをして一生懸命、私に似合うスカートに心を砕いてくれたのだ。姉からのお下がりが多かった中、私用に買ってくれたあれはピカイチのスカートだった。
頑固とは違う。「正しい大人の情熱を持っていた」のだと思う。

 
「 孫の日」が敬老の日から1ヵ月後の10月の第3日曜日に、日本百貨店協会が「孫とお爺さん、お婆さんがコミュニケーションを深める日」と提唱し1999年に正式な記念日として,日本記念日協会に登録された。


三年前、帰郷していた娘と男児の孫とで、十月の第三日曜日にデパートへ行ったことがある。その時、初めて「孫の日」というものを知った。店内は孫と祖父母をにこやかに描き出したポスターで溢れ華やかさを増していた。
娘は次子出産のため産休に入っており、給料は満額支給されていない。少しは助けになろうかと、私は冬を前にして孫にジャンバーを買おうした。
驚いた! ブランド物の高額商品しかない。そして「孫の日ですからお婆さん、心で買って上げて下さい」と。「お孫さんもこれが良いと言っておられますよ。よくお似合いです。目立ちますし自慢のできる品ですよ」と。(孫はバギーの中で自分に似合おうが、ブランド品であろうがそんなことにはお構いなしに、すやすやと寝ていた)その可愛い寝顔に、私は自分はブランド品など一枚も持たないのに、つい買ってしまったのだ。
  負けだ。私の負け。
負けに追い討ちをかけ自分を蔑んでいる。
「デパートはよくもまあ、こう次から次へと売らんかなのイベントを打ち出してくるものだ。」それに乗るほうが馬鹿なのだ。
娘が次に生まれた女児にも、そのジャンパーを着せてくれているのがせめてもの救いである。

父はえらかった。
「正しい大人の情熱」を教えてくれていたのだ。あれが心である。デパートの言う「心で買ってあげて下さい」などは「心」ではないと思う。
 「正しい大人の情熱」を持たねばとつくづく思う作今である。

孫の日 振り込め詐欺にも 似通いて

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 動物の謡15編  【私のユートピヤ】
絵本の企画として岡本ノート出版部へ提出せるものなり。図書はドウブツノウタ。(6歳〜8歳向)

(11) シシ(ライオン)  
(詩)木村徳太郎 (絵)花ひとひら
           
         ツメヲナクシテ
         スワツテイテモ
         シシハヤツパリ
         オウサマダ。

         ピン トハツタ
         オクチノヒゲヤ
         シツポノサキノ
         クロイ ケヲ。

         ジツト ミテタラ
         オシシガホエテ
         コワイオメメデ
         ニランダヨ。

         ツメヲナクシテ
         スワツテイテモ
         ウオト ホエレバ
         ナホコワイ。 
   

    ライオンのお目ゝは睨む王様の目 
花ひとひら

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

狐の裁判(8) 昭和二十四年三月発行
 人形劇の脚本「あわてもの」 木村徳太郎
 
 登場人物 / 狐・狸・帆掛け舟
 時と場所 / 昼の海辺
 
   舞台開く。狐と狸が仲良く居る。

狐 「ああ、毎日よいお天気で、気持がよいな」
狸 「うん、よい天気続きで、何よりじゃ」

   狐、狸、背景の海のほうへ向く。

狸 「海は青く清んできれいだなぁ」
狐 「春の海、ひねもす、のたりのたりかな」
狸 「えっ、なんだい、のたりのたりとは」
狐 「それ、有名な、なんとか言ったっけ、俳句だよ」
狸 「なんだ俳句かい、お前えらい風流なところがあるのだな」
狐 「こんなきれいな海を見ていたなら、俳句もつくりたくなるじゃないか」
狸 「うん、もっともだ」

     この時、下手より帆掛け舟静かに現れる。

狐 「おや、狸さん、大変だ」
狸 「なんだね、大変とは」
狐 「ほら、向こうを見て御覧、船がこちらにやって来る」

      狐、帆かけ船を指差す。狸見る。

狸 「なんだね。お前。あれは浜の漁師の鰯船じゃないか」
狐 「そうじゃない。あれは猟師がきっと僕らの毛皮を剥ごうと思ってやって来たのだ。あぶない、あぶない。見つからないうちに早く逃げようよ。猟師は犬を連れているから早く逃げないと見つかってしまうよ」
狸 「違うよ。あれは鰯船だ。あの船が帰ってきたなら、この浜いちめんにおいしい鰯を干すだろう。僕らは夜それをこっそり盗んで来るのだ。どこにこんな結構な事があるか。じっとしていて、美味しい鰯が腹いっぱい食えるというものさ」
狐 「気楽な狸さんだね。だんだん時候が寒くなって来たから、人間が僕らの毛皮が欲しくなってやって来たのだ。それも知らないで、のんきなことを言ってさ」
狸 「狐さん。気の弱い事を言うなぁ。今年は沖で鰯がよくとれるそうだから、鰯船にちがいない。いまに腹一杯鰯が食べられる。ああ、僕たちにも福の神がやってきたのだよ」
狐 「そうじゃない。ほら、だんだんこちらに来る。毛皮をとりに来たのだよ」

       帆かけ船、静かに進んでいる。

狸 「馬鹿、お前のような気の弱い奴とは一緒におれん」
狐 「馬鹿? 馬鹿とはなんじゃ。折角親切に言っているのが分からんのか」

       狸、狐喧嘩をしそうな様子

狸 「違うよ。あれは鰯船だ。何が親切なものか、臆病者め」
狐 「臆病者? お前こそ臆病者だ、危ないと知ったら、早く逃げるのが勇気のあるものだ。君子危きに近寄らずだ」
狸 「勝手な理屈をいうな。馬鹿、あっはっはっは」

    狸、大きく笑う。狐怒って

狐 「大馬鹿狸、そんなに笑って今に見ろ。泣き面をかくからな」
狸 「なにを、めそめそしやがって、今にみろ、お前こそ鰯が欲しくなって俺の前に両手を付いて、謝らなければならなくなるのだからね。お前のような臆病者とは一緒に居れん。早く勝手に逃げろ」
狐 「逃げようが逃げまいが俺の勝手だ。放っといてくれ」 
狸 「あっはっはっは、臆病者は何を言うか分からん」
狐 「おう、笑ったな。馬鹿にするなぃ」

      狐、狸の腹をたたく。

狸 「おや、なぐったな。売られた喧嘩は買わねばならん。さあこい」

狸と狐喧嘩を始める。その間に帆かけ船は、静かに通り去る。狐と狸、喧嘩のあげくに後ろにひっくりかえる。
 
狐 「ああ、つまらん。喧嘩なんてつまらん」
狸 「そうだ、喧嘩なんてつまらん。疲れるばかりだ」
狐 「狸さん、すまなかったね。それはそうと、船は此方に来ないようだが何処へ行ったのだろう」

   狸、狐、船を見るが船は無い。

狸 「なんじゃ、毛皮とりの船でもないじゃないか」
狐 「うん、あんまり慌てたものだから、見そこなったのだよ」
狸 「そうだ。あわてるからさ。喧嘩を止めていままで通り仲良くしょう」
狐 「あっはっはっは。あわてたならば、酷い目にあうね」
狸 「そうだよ。あつはっはっは」

       狐と狸仲良く手を握りあう
                     __幕__


 
「ひい爺ちゃんの詩と婆ちゃんの絵だよ」
そんなこと言って動物の絵を孫にみせると
アザラシを「ハムスター!」て言いました。しょげる私に「アザラシを見たこと無いんだから・・・」と。そうですよね。見たことないのに正解を求めた私が、せっかちでした。こんど動物園に連れて行ってから、ひい爺ちゃんの詩と絵を見せましょう。
でも、なんでも慌てるのはいけませんね。ゆっくり、しっかり自分の目で確めて見るようにしたいですね。狸さん、狐さん。

でも「王様の目」て難しい!

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 動物の謡15編  【私のユートピヤ】
絵本の企画として岡本ノート出版部へ提出せるものなり。図書はドウブツノウタ。(6歳〜8歳向)

(10) ホッキョクグマ(北極熊)  
(詩)木村徳太郎 (絵)花ひとひら
 
          シロクマサンノ
          クビハ
          トケイノフリコ 
          ミギヤヒダリニ
          ブウラ ブラ

          シロクマサンガ
          ナイタ
          フタコエナイタ
          アレハオヒルノ
          ジホウデス

          シロクマサンノ
          クビハ
          ヒダリヤミギニ
          ブウラ ブラ

          モウスグキマス
          ヒデリノキツイ
          ゴゴサンジ   
   

    しろくまさん氷のお山は3時のおやつ 
花ひとひら

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

狐の裁判(7) 昭和二十四年三月発行
 人形劇の脚本「猿のお尻」 木村徳太郎
 
 登場人物 / 猿A、B、C・お地蔵さん・兎・猟師
 時と場所 / 秋の山の中
 
   舞台開く。猿A、B、C が栗拾い。
A 「今日は天気は良いし、昨夜の風で栗が沢山落ちているし、なんて愉快だろう」
B 「そうだとも、こんなに沢山落ちているのだもの、嬉しいね」
   猿、A、B、C 交替で俯いて栗を拾うかっこう。
C 「あら、此処の所に沢山かたまって落ちてら」
B 「ほんとうに、すごいな」
      猿C、Bうつむいた時
A 「おや、お前の尻はまっ赤じゃないか」
      B、立ち上って、
B 「何言っているんだよ。おや、そう言えばCの尻もまっ赤だぜ」
      C、立ち上って、
C 「どれどれ、Aの尻はどうだろう」
      C、Aの後へまわる。
C 「なんだ、Aもまっ赤じゃないか」
B 「どうして、こんなに赤くなったのかな」
C 「分からん。どうしてだろう」
A 「何か罰でも当ったのかも知れん」
B 「そうそう、あまり欲深く、栗を拾っているものだからかな」
C 「そんな事あるものか。栗を拾ったからて、尻が赤くはならないよ」
A 「そうとも、そんな馬鹿な事がない。でもどうしたと言うのだろう。3人ともまっ赤だ」
C 「気味が悪いね。どうしたんだろう」
A 「そうだ、向こうのお地蔵さまに聞いてみようや」
B 「うん。お地蔵様なら、なんでも知っていなさるから、教えて下さるだろう」
     A、B、C、とお地蔵さまのところへ行く。三人手を打ってお祈りをする。
A 「南無お地蔵さま、どうして私どものお尻はリンゴのように赤いのでしょう」
B 「もしも、なにかの罰が当ったのならば、どうかお許し下さいませ」
C 「お願いします。南無お地蔵さま。」
       三人祈る。暫らくしてから
地蔵「えっへん。そもそもお尻の赤いのは利巧だからさ。心配する事はないよ」
A 「利巧なしるしだって」
B 「有り難う御座います。有り難う御座います」
C 「尻の赤いのは利巧なしるしだって。こんな嬉しいことはないじゃないか」
    A、B、C三人大声にて喜び合う。お地蔵さまの所より下がって元の位置。
A 「どうだい、お尻の赤いのは利巧なからだとよ、成る程。お地蔵さまは感心なお方だな」
B 「そうだとも、そうだとも」
C 「こんな嬉しい事が、どうして自慢せずにいられようかい」
        その時、下手より兎が現れる。
A 「おい、兎。お地蔵さまが仰ったんだが、お猿は利巧だからお尻が赤いのだとよ。お前もちっとは賢くなろうと思ったら、私等の尻でも拝みなさいよ」
兎 「おやおやそうですかい。まあお前さん方三人では、喧嘩をしても負けるしね、うん、仕方が無いその通りにしましょう」
A 「えっ、なんだって」
兎 「いやいや、結構な事だと言っているのですよ」
B 「じゃ拝みなさい」
兎 「はいはい」
      兎、三人の後ろへ回る。A、B、Cと兎の方へお尻を向ける。
兎 「どうも結構なお尻です事。どうか私も利巧になるようあやからして下さい」
   兎、手を合わせてA、B、Cの尻を拝んでいる。この時、下手より猟師現れる。
A 「おや、人間だぞ」
B 「あぶない、逃げろにげろ」
C 「急げ、急げ」
    兎も猿も逃げ背景の方へ行き、全員後ろをむく。
猟師「いま、ここで獲物の気配がしたが、さてもさても、何処へ逃げたのかな」
    猟師当りを探すかっこう。
猟師「おや、あの赤いのは? そうだ猿に違いない。しめしめ」
     猟師鉄砲を構える。猿震える。
猟師「どうか上手く当たりますように」
     ズドン、ズドンズドン。猿A、B、C順番に引っくりかえる。
猟師「おお、今日は思いがけず獲物が沢山有った。それにしても尻が赤いといくら隠れていてもよく分かるものだなぁ」
     猟師、独り言を言いながら、猿A、B、Cを背負って退場する。
     兎が後ろを振り向いて
兎 「ああ危なかった。すんでのところを助かった。それにしても、猿は尻の赤いのを自慢しているからやられるのだ。あっはっはっあっはっはは」
                           __幕__


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