来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

木村徳太郎

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 動物の謡15編  【私のユートピヤ】
絵本の企画として岡本ノート出版部へ提出せるものなり。図書はドウブツノウタ。(6歳〜8歳向)

(4) カバ(河馬)  木村徳太郎
 
          アルヒ ノ コトダ
          アシ ノ シゲミデ
          ヒルネ ヲ スレバ
          ハチガ チクリト
          ミミ ヲ サス。

          カバハ ビツクリ
          オクチ ヲ アケテ
          オホキナ コエデ
          ウオウオウ ト
          ナイタトサ。

          アマリ ナクカラ
          グルリ コロン ト
          メガ トンデ デテ
          タンコブ ミタイ ニ
          ナツタトサ。

          ダカラ ミロミロ
          ナキムシノコ ハ
          カバト オナジダ
          オメメ ガ コブニ
          ナツテイル。


     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

狐の裁判(2) 昭和二十四年三月発行
 
いよいよこんどは人形劇だ。プログラムには「狐の裁判、一幕、出演、ギニヨール座」と書いてある。藤井君たちは、学級文庫でこの話を読んで知っていた。あれを、どんなふうにしてやるのだろう、人形がうまく芝居が出来るのかな。どうだろうか。鐘が、がらんがらんと鳴った。みんな、ぱち、ぱちと、手をたたいた。幕がする、すると上がった。子供会に来ていた子供たちは、全部きゅうにしんと静かになってしまった。
 百姓が現れた。穴の中から熊の声が聞こえる。百姓が熊を穴の中から助けてやった。それだのに熊は百姓を食おうと、いっしょうけんめいだ。百姓が助けてもらおうと、ぶるぶるふるえている。みんなは、面白いので、どっと笑った。藤井君は人形のように思えない。どうしてあのように、うまく動くのだろうか。隣りで見ていた小山君が、藤井君にささやいた。「電気だぞ、電気で動く仕掛けだぞ。そうでない事には、あんなにうまく動くはずがない」
藤井君もそうではないかと思った。みんなも感心して見ている。
 舞台に狐が現れた。これから裁判だ。どのようにやるのかな。子供会に来ていた子供たちも、だんだん芝居の筋が解かって来て、いまではもう夢中になって見ている。もう、人形がどうして動くのか、そんなことを考えている者もない。人形よりも、芝居の面白さにまるで、自分がやっているように、力がはいる。
 人形はほんとうに、怒ったり、笑ったりするように見える。狐が裁判をして、上手に百姓を助けた時には、みんな、我を忘れて手をたたいた。
 人形劇が終ると藤井君は、自分でも人形劇をやってみたいと思った。それで、となりに座っていた小山君に、そっとささやいた。
「ね、小山君、僕たちも人形劇をやって見ようよ」
「うん、でもやり方がむつかしいだろうね」
「研究すれば、出来るさ。明日、学校から帰ったなら、僕の家でやろう」
「うん、やろう。じゃ僕、明日君の家に行くからね」
その時、舞台の陰から、人形をぶらさげて、ギニヨール座のおじさんが一人現れたので、藤井君と小山君は話をやめた。すると、どうだろう。そのおじさんが、人形の使い方を、これから説明するのだと言う。藤井君も、小山君も嬉しくてならない。みんなと同じように、わぁっと手をたたいた。
「これが、いま、芝居をやっていた百姓の人形です。頭と手と、それから、あとの着物は、ほら、ごらんの通りからっぽです」
 子供会に来ていた子供たちも、藤井君も小山君も驚いてしまった。あんなに上手に動いていたのに、からっぽなんてどうもおかしい。そのとき、誰かが言った。
「指でやるのだ。手を入れて動かすのだ」すると、おじさんは
「そうです。知っている人もいるのですね。まるで手袋のようですが、着物のすそから、こうして手をいれて人さし指を、首のところにつっこむのです。そうして立てれば、ほら人形が立ったでしょう。親指をまげると、ほら首が下を向くでしょう。手首をまげると「今日は」の挨拶です。この芝居をみてくださった人たちに、有難うをしましょう。ほら、どうです。お辞儀をしましたね」
 みんな感心して、手をぱちぱちたたいた。すると、どうだろう。人形も、同じように、手をぱちぱちとたたく。みんなはよけいに嬉しくなって、手が痛くなるほどたたいた。
「親指と中指を、ぱちぱち合わせれば、このように拍手になります。優しいでしょう。みなさんもすぐ出来ます。では、えっと、誰か、ちよっと来て下さい。そうそう、前にいるあなたとあなた」
 指さされた二人の男の子は、もじもじしていたが、てれくさそうに頭をかきながらおじさんのところへ出ていった。
おじさんは狐の人形を、ポケットから出すと、
「さぁ、君は狐の人形、君は熊の人形だ。手をいれて人差し指を、首につっこんで、しっかりつっこみなさいよ。では、みんなによく見えるように、しっかり手を上げて。」
 二人の男の子はおじさんに言われるとおりに、手をあげた。
 一人の子は、さっきおじさんがやったとおなじように、自分で、手をぱちぱちと、たたいてみせた。
みんな、どっと笑った。その子は、照れくさくなって、人形を持ったまま頭をかいた。それでよけいみんなは、涙がでるほど笑った。藤井君も、小山君も腹をかかえて笑った。
「ではこちらへきて、ちよっと、芝居をして下さい」
 二人の男の子は、舞台の陰の方へ行った。おじさんが、「さあ、狐の人形を出してください」
ぐんと、いきおいよく、狐の人形が出た。まるで、ばねじかけのぜんまい人形みたいに。すると「あら、あら、駄目だね。まるで地面から飛び出したみたいです。人形劇の筋によっては、そんなこともありますが、そう熊が穴から助けられた時ですね。でもいまは違います普通のときのように、右か左の舞台の袖のところから出るように。もう一度やりなおしてください。」
 狐の人形が姿を消すと、こんどは舞台の左の方から、すうと姿を現した。するとおじさんは、また、注意をした。
「おやおや、今のようにすううと出てきたんでは、幽霊みたいで芝居になりませんね。手首を動かして、歩いているようにしなければ駄目ですよ」
 男の子は、それで、手首を左右にちよっと動かさせて、ひょこひょこ歩いているような格好で、もう一度やりなおした。
「うまいぞ。うまいぞ」
誰かが見物席から、おもわずさけんだ。
 藤井君も小山君も、いよいよ自分たちで、人形劇をやってみようと、思い込んでしまった。簡単にやれる。それでいて、あんなに面白いのだもの。
 人形劇が終ると、もう明日まで待っていられなくなって、今日から稽古してみようと思った。それで、藤井君と小山君は、人形劇がすんで、ほっとして、ひとやすみしていた、おじさんさんのところへ出かけて、人形劇のやり方と、人形のつくりかたを教えてもらって、いっしょうけんめいに、ノートにそれを書いた。それは、次のようなことだ。

基本的動作―――首や手足の動作

1. 頭の上げ、下げ       (人差し指のまげのばし)
2. 両手をたたく       (親指と中指を、合わせる)
3. 右手、左手の運動     (親指と中指のうごき)
4. 左向く、右向く      (うでまたは、手首で向きを変える)
5. そりかえる、おじぎをする (手首の曲げ伸ばし)
6. 歩く、走る        (肘から上を、真直ぐしたままで形の大きさに比例した速度で人形を動かす)
7. 立つ、座る       (手首から上を、真直ぐにしたままで首を曲げて人形の裾から入れてひだをつくる)

演劇表現―――表情のしかた

1.笑う     (首をうごかす手をふる。少しそり身になって                 身体をふるわせる)
2.怒る     (首をうごかす手を強くふる。大きな息をする                 ように身体を動かす)
3.泣く      (首をうごかす手を顔にあてる。うつむきか                 げんに、身体をこまかくふるわせる)
4.喜ぶ     (両手をあげて、身体を元気よく動かす)

これだけ書いた時、おじさんが言った。
「人形は人間のように細かい動き方は出来なくて、動く範囲に限りがあるが、工夫をすれば、あまり細かく動ごかなくても、ほんとうの人間よりも、もっと細かく動いているように出来るよ」と言った。それから、これはちょっと注意だがねと言って、おじさんは自分で紙に書いてくれた。それにはこんな事が書いてあった。
1.踏み出しは、男が左に、女が右。
2.人の名ざしは右のかいなをまいて天をつく。
3.胸ひざの伸びて屈むはしのびあし。闇には宙をなでて行く。
4.男泣きは、手よりもっていき拭く涙。女は顔をもっていてぞなく。
5.笑うときは、男は肩をそうるなり、女は袖を当ててうつむく。
6.用無き人形は、露ほども動かさぬを上手の人と言う。
なんだか難しい言葉だったが、藤井君と、小山君には、すぐに解かった。おじさんにお礼を言って帰ろうとすると
「君たち、人形の作り方は知っているかね。なんだったら、ついでに書いて行きたまえ。教えてあげよう」と、言ったので、藤井君と、小山君は、
「はい、教えて下さい」と元気な声で言った。早く覚えて、上手にやりたいと思っているものだから、藤井君も、小山君も時間のたつのを忘れて、おじさんが言ってくれることを、いつしょうけんめいにノートに書いた。

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 動物の謡15編  【私のユートピヤ】
絵本の企画として岡本ノート出版部へ提出せるものなり。図書はドウブツノウタ。(6歳〜8歳向)

(3) クマ(熊)  木村徳太郎
         
         ツキノ ワガ アル

         ニホングマ

         キノボリ ジヨウズニ

         イタシマス


         ケサモ ミツケタ

         ハチノ スヲ

         トロウト ネラツテ

         オリマシタ。


         コドモノ クマハ

         ス ガホシク

         ヂレテ キノネヲ

         ハイデマス。


         クマノオヤコガ

         スヲ タベル

         キタカゼ サムイ

         オヤマデス。


探していた本が見つかりました。
人形劇の始まりです。
  私は針仕事をする祖母の傍らで同じ様に糸と針を持つのが大好きでした。
そんな私に父が「人形の服を縫ってくれ」と言ったのです。
小学二年生ぐらいだったでしょうか。直線縫いで縫い目も荒い服でしたが、父は喜んでくれました。そして新聞紙を丸めて狐や熊の顔をつくり、絵の具で彩色をしその服を着せたのです。 
そんな楽しいときを思い出しました。(なんでも、この本は各地の子供会に、人形劇を広めた歴史のある本だそうです)
 知りませんでした。木村徳太郎はこんな楽しい本も出していたのですね。

 何回かに分けて紹介したいと思います。作り方も掲載されていますので、お子様と遊んでみて下さい


狐の裁判
昭和二十四年三月発行
(1)はじめに
人形劇がさかんにおこなはれるようになって、たいへん嬉しい事です。だが、自分でやり初めると、きっとよい脚本のない事に気づかれるでしょう。
 それは、人形劇ですと、指にはめた人形が動作をしますから、どうしても動作が大まかになります。そのうえ、顔の表情がかわりませんので、セリフの力を借りなければならないからです。
 たとえば、ふつうの劇ですと、商人が出て来ても、もみ手をしたり、腰をひくくしたりして、すぐに商人だとわかります、人形劇では、そのようなわけにはまいりません。
 また、こまった時、ふつうの劇のようにいかず「ああ、こまった」と言って、説明のようになりがちです。でも、劇では、やはり生きた人間が自然に言っている風でないと、面白くありません。
 それと、人形劇は、せまい舞台でするので、一度に多くの人が出られないのと、手をあげてするので、どうしても疲れますから、せいぜいながくっても、三十分ぐらいの劇でなければなりません。
 このように、いろいろ考えると、どうしても、人形劇の脚本は、そのような事を考えてつくったよい脚本がひつようです。よい脚本があれば、かならず成功します。
 その意味から、子供でも気軽にやれる、ながくて二十分。そして出演人数のすくないものを選んで脚本に書いてみました。
 なお、初めての人にも、直ぐ出来るように、人形や、舞台のつくりかたや、うごかし方も書いて1冊の本に編みました。
 きっと、この本で人形劇をする時、困っておられた脚本のことも、解決されるでしょう。愉快に元気に、人形劇をして、皆んなを喜ばせてあげて下さい。


     早春賦空の色が歌ってる

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牛の金太郎飴

§ 動物の謡15編 § 【私のユートピヤ】
絵本の企画として岡本ノート出版部へ提出せるものなり。図書はドウブツノウタ。(6歳〜8歳向)

ウシ(牛)  木村徳太郎

         マキバノ マキバノ

         マダラウシ

         チチヲ シボラレ

         ソラミテル。


         ソラハ アヲゾラ

         ヨイヒヨリ

         ピイヒヨロ トンビガ

         ワヲカイタ。


         マキバノ マキバノ

         ソヨカゼニ

         チチノ ニホヒガ

         ナガレテタ。


         マキバノ マキバノ

         マダラウシ

         チチヲ シボラレ

         モウ トナク。
 


牛を見たことがあるかしら。

小学1年生までいた / 八木町の商店街 / 牛が荷車引いていた/
家の斜めが郵便局 / その隣りが警察署/
郵便局の赤いポストの前で / 大きなウンコを落としたな〜/
お手紙を入れたかったのかな/ 

田舎に引っ越して / 夕暮れの辻を曲がったら/
出会い頭に / 牛と出合ったよ / 恐かった/
牛の横に / 長靴はいた0君 / 立っていた/
「おれ 牛と田圃にいてたんや」/
「ドウドウ」と / 0君が大人に見えた/
牛使いの同級生 / 消えるまで見送った/
尻尾の先が / 小さく揺れて消えてった/

広島へ行ったとき / Mさん家へ寄ったら / 牛がいた/
「もう田圃へは連れてイカンガ / オイトルンジャケン」/
三歳の娘が/下から「コンニチハ」/ 挨拶しょうとしたら/
涎がダラリとながれてきた/
長い尻尾が腹にピシャ / ハエがクルクルまわってた/
私のお手製 / 赤い毛糸のシャンパースカート/
尻尾を摑もうとして / 毛糸に藁が着いてきた/


あれから牛は見ていない。

マキバノ マキバノ マダラウシ チチヲ 
シボラレ ソラミテル。


今度 / 孫を連れて / マキバへ行ってみよう/
トンビが輪をかいて / 空には牛の雲もあるだろう/
顔の知らない / ジイ爺ちゃんの雲も / あるかな/



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


平和と女性(四号)昭和三十五年十二月十五日発行 木村徳太郎
「街の辻の 時計台の時計」

(一) チーン、ローン。チーン、ローン。
 六時がなると、すっかり夜が明けて、おつとめ人や車が通り始めます。
 街の辻の時計台の時計さんは、お日さまのあたたかい光を、体いっぱいあびて、まだ寝たりない顔つきでぼんやりと通りをみおろしていました。
そのとき、むこうからすずめさんが飛んできて
「やぁ、時計さん、お早よう」
と、声をかけて、時計さんの頭にちょんと、とまりました。
「やぁ、お早よう」
と、時計さんも挨拶をかわしました。そして、
「すずめさんはいつも楽しそうですね」
と、ことばを続けました。
 すずめさんは、時計さんのことばを聞くと、いっそう楽しそうにお羽をちょんちょんとと、はばたかせて
「ごらんなさい。並木の木の芽がでてきて、町もすっかり春です。こころうきうきするのはあたりまえでしょう」
と、いいました。すると時計さんは
「僕には春も、夏も。秋も、冬もありはしない。いつもおなじことだ」
と、おこったようにぶっきらぼうに答えました。
 すずめさんは、時計さんが怒ったようにいうものですから
「そうではありません。人間は、秋になるとあらこんなに日脚が短くなった。春になると、あらこんなに日が長くなったといいます。まるで時計さんが、日を短くしたり長くしたりするみたいでおもしろいではありませんか」
と、きげんをとるようにいいました。
 時計さんは、すずめさんに、そんなことをいわれても、きげんがよくなるどころか、よけいにばからしくなりました。
 おまけに、みちの辻の花やさんに、赤いろや、むらさきいろの、美しい花を楽しそうにながめたり、匂いをかいだりしている、たくさんの人をながめて、
「ちぇっ、花は人間になんのやくにたつのかな」
と、ばからしくなりました。
それでおもわず、
「ああ、春がきたというのに、つまらないなぁ。チーン、ローン、チーン、ローン…」
と、九時をうって、ためいきをつきました。
 すずめさんは、時計さんのためいきをきくと、あまり気の毒になったものですから
「時計さん、あまり正直にするとそんですよ。ちよっとなまけて、人間に時計さんのありがたみを教えてやりなさい」
と、わるいことを教えて、おだてあげました。
 時計さんはすずめさんに、そういわれると腹がたっていたものですから、ついその気になって
「よし、僕も少しはなまけて、人間をこまらせてやろう」
と、思いました。
それで時計さんはいねむりのかっこうをして、時間がおくれるようになりました。

(二) 四、五日たった、ある日のことです。
 時計台にはしごをかけて、一人の時計やさんが、するするとのぼっていきました。のぼりながら、ひとりごとのように
「まだ、新しい時計なのに、遅れるってふしぎだなぁ。どこか故障でもしたのかなぁ」
と、いって、腰についていた袋の中から、大きなねじまわしをとりだし、はしごをのぼりきると、時計さんをはずしにかかりました。
 時計さんは、ねじまわしで、背中の留め金をゆるめられて
「ぼく、くるってはいませんよ。ちよっと居眠りしただけですよ。これからいままでどうり、正確に時間を知らせますから、はずさないでください」
と、たのみましたが、人間の時計やさんにはわかりません。
 それで、まちの辻の時計台の時計さんは、時計やさんのおじさんにはずされて、時計のお医者さんに、とうとう行かねばならないことになりました。
 時計さんは、すずめさんのおだてにのって、なまけたりしたことを、いまではたいへんこうかいをしているのですが、どうにもなりませんでした。
(おわり)

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木村徳太郎

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あけましておめでとう御座います。
       今年もよろしくお願いいたします
花ひとひら

 花ひとひらの挿絵で新しく木村徳太郎の「詩と童話の部屋」を作りました。


§ 動物の謡15編 § 【私のユートピヤ】
絵本の企画として岡本ノート出版部へ提出せるものなり。図書はドウブツノウタ。(6歳〜8歳向)作詩17.8.22

1) ドウブツ(動物)序詩  木村徳太郎

オソラ ノ ソラ ノ ドウブツエン

ナガレル クモ ガ  ヨク ニテル


ボクラ ノ スキナ ドウブツ ニ

ゾウヤ ヒツジ ヤ ウシモ イル


ラクダ モ クマモ ウマモ イル

イマニ キリンモ  デキル デシヨ


オソラ ノ ソラノ シロイ クモ

ミレバ ミルホド  ヨク ニテル


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


児童文学研究誌
お話の木 七号
お話の木集団発行(編集・印刷・発行人)木村徳太郎昭和三十年四月二十日印刷・五月発行

「小さい橋の話」
 (昨日の台風が嘘のように、今朝はからりと晴れたよいお天気で、明るいお日さまの光をからだいっぱい浴びて、小さい橋は、にこにこ笑って、私にこんな話をしてくれました)

 私はごらんの通り、川の中に、によっきと突立っている岩に、丸太を渡し、その上に板を張って、針金でしっかりくくりつけられた小さい橋です。
 常日頃、私は、向こうに(すっかり流されてしまって、わずかばかりの橋杭が残っている)かけられていた大きな橋を眺めては、正直に申しますが、どんなに自分の姿をみすぼらしくつまらなく思っていたか知れません。
 そのうちでも、いちばんつらく悲しく思うことは、学校の行きかえりの子供たちが、私の上を渡って行くとずいぶん早く学校に行けるのに、わざわざ遠まわりをして、あの大きな橋を渡って行くことでした。
 ほんとうに、その時の大きな橋の嬉しそうな顔ったら、それこそ肩をいからせ、胸を空いっぱいに突き出し、私をみおろしてさげすさんでいるような得意なかっこうでありました。 
 ある時には、朝寝坊をしたのか学校へ行く時間が遅くなって、近道をするために私の上を渡ってくれる子供を、私は嬉しくってなりませんから、体をまっすぐにしゃんと伸ばし、そりかえらないようにうんと力を入れて、頑張っているのですが、その子供が急いで駈けて行くものですから、つい中ほどになりますと体がたるんでゆがむ、それをこらえている私のかっこうが面白いからと、大きな橋は
「お前さんのように、小っぽけな橋は、水が少しでも多く出てみろ、すぐに流されてしまうんだよ」とそんな悪口を言って、私を軽蔑して笑ったものでした。
 そりゃ、大きな橋が私のかっこうが面白いからと言って、笑うのも無理の無いことでした。と言うのは、大きな橋は、橋杭をコンクリートで固め、雲にでも届くかと思はれるような高さで、おまけに胸をはるように真ん中あたりがぐっと盛り上がり、ずいぶんいかめしく見えました。幅が四米もあり、長さは三十米もあって、両側には腐らないように鉄の柵さえついているといったふうな、立派な体をしていたものですから、笑われてもその言葉を承知するより仕方がありませんでした。

 それがどうです。昨日の台風で、あんなに胸をそらしていつも口ぐせのように、自分のことを自慢していた大きな橋が、増えてきた水の力にとうとう流されてしまうという、思いがけない事が起こったのです。その時の、大きな橋のあわれな悲しそうな顔ったらありませんでしたよ。
 なにしろ川上から流れてくる木材(そう、洪水のために家が壊れて流れてきたものでした)を橋げたいっぱいに引っ掛けて、いっそう水の流れが強く当るものですから、いよいよ苦しくなって我慢がしきれなくなったのでしょう。
「こらこら、早く流れてしまえ。人を頼りにして、ひっかかっているなんてずるいぞ」と、水に揉まれてきりきり舞をして、目を回している流木に、自分が流されそうになって困っていることを、かくすように大きな声で意地悪を言っていました。本当は自分が苦しいのでしょうが、
「僕なんぞは、この川いっぱいに水が溢れてもびくともしないんだぞ」と、いつものように、私に自慢をしていたものですから、そんな弱音はこんりんざい言えなかったのでしょう。大きいだけに水が増えればそれだけきつく水が当るのでしょう。日暮れになって、辺りが薄暗くなったごろ、とうとう流されてしまいましたよ。その時の大きな橋の悲しい泣き声ったら、今でも聞こえて来るようです。

(大きな橋が流された話を聞いていた私は、再び小さい橋に、
「そんな立派な大きい橋が流されたのに、君のような小さい橋が、どうして流されやしなかったの」と聞いてみますと、小さい橋は、いままでよりもいっそうにこにこと明るい元気なようすで、つぎのような話をしてくれました)

 それは苦しい目にあいましたよ。だが、いつも自分を好いてくれて、自分の上を渡りたがっていた子供のことを思うと、どうして気が許せましょう。水がだんだん増えてきて、私の体はすっかり水の中に浸かってしまいましたよ。その時の苦しかったことは、とうてい口では言えません。第一、息ができやしないんですよ。その上にすごい水の流れの勢いを耐えなければいけないでしょう。私は岩にしがみついても、流れされまいと頑張りましたよ。おもけにもう一つ良かったことは、いつか大きな橋が
「板が岩にひっかっているようだ」と、私を軽蔑して言っていたように、私を支えていてくれた、自然の岩の力ったら、恐ろしいほどのものでしたよ。あれだけの水の流れにも、びくともしないで、岩は平気な顔をして笑っているのですからね。
 私の努力も認めていただきたいのですが、まあまあこの自然の岩のお蔭と言っても差し支えはありませんね。なにしろ、私の体が細く薄っぺらのところへ、頑丈な自然岩に針金でしっかりとくくりつけられていたことが、流されなかった大きな原因でしょうから。自然の岩の力の強さに比べて人間が力をつくして作った、立派な大きな橋でも、やはり自然の台風の力には勝てなかったのでしょうね。やぁやぁ、あなたは人間でしたね。これは失礼。

(と、小さい橋は何事か考え込む風に話を終ると、今は橋杭だけになった大きな橋の方を眺めながら、昨日の恐ろしい台風を忘れたかのように、明るいお日さまの光で、濡れた体を干しながらにこにこ笑いはじめました)    おわり

木村徳太郎

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伝書バト物語(44)マウスを画像上に乗せてください。拡大します。

伝書バト物語は「完」を迎えました。

長きにわたり
ご愛読いただき有難うございました。

(書庫「木村徳太郎」に入れておりますので、連続してお読みくださる方はよろしくお願い致します)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

もどけた凧糸 木村徳太郎

  勇三が投げ出しておいた凧糸のもつれを、お父うさんは丹念にほどいておられる。遊びから帰ってきた勇三は、そのようすをみて
「お父うさん。それはとてもほどけやしませんよ」
と、糸のもつれが、自分でほどけなかったむつかしさを思い出すふうに言いました。が、お父うさんは、やはり手をやすめずしんぼう強く続けられながら
「うん。勇三。凧あげをしてみようと思ってね・・・」
と、答えられました。
 それを聞くと、勇三はきゅうに嬉しくなって、
「僕もあげたい。いっしょに行く」
と、凧糸のもつれを、ひとかたまりに自分のほうにひきよせて、お父うさんと糸のもつれをほぐしはじめました。
勇三が、前に座ると
「ね、勇三。凧あげっていつから初まったか知っているかい」
と、訊ねられました。
「知らない」
と、勇三は答えました。
「お父うさんも知らないんだよ。でもおじいさんも子供の頃には、よくあげたとおっしゃっていたし、お父うさんも子供の頃には城山のてっぺんで、北の空から吹いてくる寒風に身をふるわせながらも、よくあげたものだよ」
「おじいさんも。じゃあ、ずっと昔から凧はあったんだね」
「いつ頃からあったか知らないけれど、ずうと昔から凧はあったんだね。そして今の世の中のように、いろんな遊びの少なかったお父さんの子供の時分には、お正月には、ほとんどの子供が凧あげをしたものだ。こごえていたむ手が、凧糸でちぎれそうに思えても、空に吹かれる凧をみあげて世界につづく広い青空を、手の中にぐつとにぎりしめたような心持になって、胸がふくらむ思いで日暮におっかさんが呼びにくるまで、呆けたようにあげていたもんだよ」
 勇三はそれを聞きながら、お父うさんも子供のときには、おなじように凧あげをされたのだと思うと、横になげだされてある奴凧がなんだかなつかしく思えてしばらくだまって奴凧に見入りました。
 不思議と奴凧の顔が、お父うさんの子供の時の顔に見え、またおじいさんの顔にも見えて、紙と竹ひごでつくられた奴凧も日本の遠い祖先からの、生活の教えのようなものが感じられてきて、勇三はその思いをお父うさんに話そうとしましたが、うまく言葉にならないので、
「お父うさん、ほかの遊びはかわって行くのに、どうして奴凧はいまでもみんなに好かれるの」
と、妙なことをたずねてしまいました。するとお父うさんは
「そうだね。お父うさんにもよくわからないけど、お正月につく追羽根だとか、この凧のような遊びはどこか日本人の生活にむくのだろう。それにね。いまの人は新しい物をつくっては次から次へこわして行くことを、あまり心にはばからないが、お父うさんの時代には、昔から伝え教えられたものは、大切に守り育てて、そのものからいろんなことを学ぼうとしたんだよ。凧あげだってそうだよ。広い空をじっとみつめていたら、いろんなことが考えられるのだよ」
と、おっしゃって、糸をもどく手をやすめると、雲が流れている空を夢みるようにしばらくみつめておられました。
 お父うさんは、はたして何を思っておられるのでしょうか。

 勇三は、空を見あげて糸がすつかりもどけて、お父うさんといっしょに凧あげをしているさまを、心の中にたのしくえがいたのでした。
(おわり)


☆児童文学研究誌 「お話の木 」7号 昭和三十年四月二十日発行ヨリ抜粋
 「お話の木」
 編集・印刷・発行人 木村徳太郎  一部 郵便料共十円
 発行所 お話の木集団 ☆


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