来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

雪への手紙

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雪への手紙 藪柑子

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雪への手紙(四)
一通の手紙 数通の手紙
 
 雪原のひつじ田が、株の周りを沈めて渦巻模様を描いている。冬耕の畝のデコボコが、五線譜の高低音符のように並ぶ。綿帽子をかぶった白い音符だろうか。体を雪で隠した白鷺の細く黒い足が、タクトを振るように動いていく。シンフォニーが流れてくる。則面の蕗の薹が、萌黄色のドレスを召し白い吹雪を舞台に投げ、観客のようにそれを聞いている。横の竹薮も負けてはいない。雪の払ね音を加え紅の椿を覗かせている。雪上の落椿は、休符音符だろうか。雀は輪唱だ。雪を踏む私の長靴が「キュキュ」と加わる。
坂の上から眺める雪景色は、雪の音が流れてくるようで楽しい。
昨年は、立春まえの土曜日に一度だけ雪が降った。久しぶりの積雪が嬉しかった。
 三十五度近い傾斜の坂道を降りていく。自転車のブレーキをいっぱいに絞りながらいく。
坂下から聞こえるシンフォニーに、私も『早春賦』の歌を鼻歌にのせていた。
「あっ! 」。
シンフォニーが大音響に変った。
自転車が先に滑った。私が滑った。自転車が私の体に乗ってきた。頭に手をやると瘤ができている。頭の半分が照れ笑いをする。残り半分は仕事の手順を繰っていた。
 福祉事業団に登録して介護福祉士の仕事をしている。土曜、日曜は仕事を休む人が多く、仕事の代行が私の所に廻って来る。この日は、たくさんの仕事を抱えていた。転んでいる場合ではない。急がないと手順が狂う。常時担当のAさん宅で朝食準備をし、Bさんの排泄介助に行き、そしてCさんの買い物を済ませ、Dさんの入浴を見守り、Eさんの安否確認に行くことになっていた。
体はどこも痛くない。直ぐに自転車を起して坂道を下る。県道に下りると雪はない。転んだ時間を惜しむように自転車を飛ばした。人手が無い。「アナタしかいける人がない」といわれると放ってはおけないのだ。私は走ることしか頭になかった。
移動時間をどのように捻出するか。スパーマンのように飛んでいけというのか。私は空を切るように自転車を飛ばしていた。
「おはよう!」
台所に小走り、冷蔵庫の在庫を確認し献立を考えながらAさんの部屋に上がっていく。
Aさんの目が、大きくみひらき声がでない。私を指差して声がでない。
「どうしたの」と怪訝に聞く私に、「救急車!救急車」と叫ぶ。
私はふと自分の左側に顔をむけた。
「キァ〜〜」
なんとまあ制服が血で真っ赤だ。ズボンまで血が流れている。私の半身が血だらけなのだ。頭に手をやると生暖かく濡れた。転んだ時、瘤だけと思っていたのだが負傷しているようだ。しかしなんの自覚症状も無い。私は血だらけの上着を脱ぎ、エプロンに着替えようとする。Aさんがそれを制した。
「救急車呼んで早よ病院へ行き。仕事はええ。ご飯を一回ぐらい食べんでも死なへん」それもそうだ。血だらけの服で仕事をしたのでは、相手に不快感を与えるだろう。
私は救急車を呼び、仕事の段取りを連絡した。なんのことはない。代行の代行は直ぐに手配できた。
病院でCTをとる。異常はなかった。頭が切れただけだった。ほっとすると頭が痛くなってきた。そして自分の姿を鏡に映して・・・・・・。
「ぎゃぁ〜〜〜。ジェイソンや!」(ホラー映画で、いつも顔面血だらけの主人公)
私はのけぞった。Aさんはよく気絶をしなかったものだ。看護士が私の顔を拭く。血でタオルが赤くなる。耳に手をやると固まった血がザラザラと落ちた。
頭は大量の血が流れることは、夫の交通事故で経験済みだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/29000673.html
しかし、こんなに血が流れていたとは思ってもみなかった。私は平気で、自転車のペダルをふんでいたのだ。ペダルを踏むごとに、血がドクドクと流れていたのだろう。風に血を乗せていたかもしれない。私は自分の鈍感さに呆れてしまった。
 そして、自宅へ帰るなり警察署から電話があった。
「現場はどこか」と聞く。どうして私のことが分かったのだろう。
「自転車をこいでいる血だらけの女。事件発生! 」と、誰かが警察に通報をしたのだろうか。私は不審な思いと、恥ずかしさが噴き出した。
救急隊から警察署へ連絡がいったのだ。私は、てっきり「ジェイソン現れる」の通報があったのだと思った。何処までも頓馬な私である。

 今年は雪がよく降る。Aさんがいう。
「アンタは、血を流してまで私のご飯を作りに来てくれたんや。優しい子や」と・・・・・・。
私は穴に入りたい。雪がふるたびに、「滑ったらあかんで。急がんでエエんやで」といってくれる。
そして、同僚はいう。
「あないに血を流してまで、仕事をして稼ぎたいんやろか」と・・・・・・。
馬鹿を言わないで欲しい。
「私はお金が欲しくって雪の土曜日も仕事をしていたわけではない」
「誰かが行かないと相手が困る。」それが仕事だ。しかし、「アナタしか行く人がない」と言いながらも、ちゃんと仕事は流れているではないか。
むきになることもないだろう。

 今年はよく雪がふる。何度も積雪がある。度重なると、雪の日も楽しさが薄れて行く。
私は雪にいっている。
「雪よ、そんなにむきになって降る事もなかろうに」
なにごともほどほどが良いのであろうか。


 雪博士の中谷宇吉郎博士が、「雪は空からの手紙である」と、いわれた。素敵な言葉だ。空からの手紙をありがとう。
早や「雨水」になった。雪氷が溶けて雨水に変る。そして大地からも、手紙が届き始めた。
フキノトウが開き、イヌノフグリが空のかけらを運び、ハコベの花が咲きだした。
 手紙は嬉しいものだ。
 雪が空からの手紙で「思い出」なら、大地からの手紙は「希望」だろうか。
そして、昨年は一通の雪の手紙。今年は数通の手紙。この気まぐれ(天候異常)は、「宇宙からの警告の手紙」かもしれない。
数通の雪の手紙は、琵琶湖に潤いをもたらした。「空」も「大地」も「警告?」も、手紙は大事にしなければ・・・・・・。

 
       一粒づつ数粒づつの実薮柑子



                 早春         木村徳太郎 
     
              ちらちら 薄陽

              ビルの壁

              街路樹(なみき)の枝の

              小さい芽。


              北向窓の

              残り雪

              しづくの露も

              日に和む。


              ちらちら 薄陽

              僕の手に

              うっすら早春を

              もってくる。

2008.02.22

木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』『児童文学者の目より見たる』」に掲載しています。ご愛読下さい。 




 

雪への手紙 寒葵

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雪への手紙(三)

 前略
 白い雪が積もりました。

 ハート型のシクラメンに似た葉が数枚覗いている。雪をかきわけていくと、壷形をした黒茶色の花がみえる。カンアオイだ。
 雪中に健気に咲いている。それは、白い歯の笑顔が、とても素敵だったナロンさんのようだ。私は暑い国を思い出した。
「日本人の色白は雪が降るからで、色白は賢い。雪のように日本人は純白で清潔だ」と本気でいう。私が「肌の色の違いは陽光によるもので、白い雪の世界も、雪焼けで色黒になる」といっても理解が出来ないようだった。

     たつきと コート預けて 未知の国 旅立つ鞄に 牡丹雪のる

 出発の朝、前が見えないほどの牡丹雪が舞っていた。バスがチエーンの音を響かせてきた。1998・01・26日は、大雪だった。
 駅を5つもいけば、雪のないことは分かっているが、私はキヤリーバッグに長靴、分厚いコート姿で、チェーンの響くバスに乗った。

 空港に雪の雫を落とすように、コート、長靴を預け半袖になった。初めての海外旅行である。娘が「泳げるようになったらハワイに連れて行ってやる」といっていた。それは、半世紀も泳げない私に、「まさか泳げるようになることはない」とたかをくくって言ったのであろう。
夫が早期退職者の対象になった。以後の生活不安もあったが、私と娘に海外旅行を勧めてくれた。娘が「ハワイより、泳ぐならプーケットが良い」と計画をたててくれた。
 学生時代に割引搭乗券(スカイメイト)を使い、飛行機に乗った。眼下に雲があり、雪を持つ富士山の頭が覗いているのに大感激をした。あれ以来飛行機には乗っていない。不安と緊張の搭乗だった。
 約6時間でバンコクのドムアン空港に着く。2時間の時差だ。そこから玩具のような飛行機に乗り換え、プーケットまでの1時間半は、ますます不安だった。
プーケット空港は、リゾートを楽しむ外人たちで溢れている。私も機内でタンクトップに着替えていた。解放感が広がって行く。
 現地係員のナロンさんが、大きな名札を掲げて待っていてくれた。色の黒いナロンさんや椰子の木、頬を打つ暑い風は、異国にきた思いを大きくする。数時間前の牡丹雪をぬけてきたのが不思議だった。
 島は、日本の中古車とトゥクトゥク(三輪タクシー)で溢れている。全て屋根が無い。ガタガタの道を、人をむきだしにして車とバイクが流れる。私は髪をなびかせ、暑い空気を切取るように走るオープンカー(軽トラック)に、映画のワンシーンの中に入っているような錯覚を覚えた。
 白亜のモダンなホテル。プーケット・アルカディア・ホテルに着く。ナロンさんが、明日のオプショナル・ツァーの案内をする。私は端正な顔立ちと、白い歯の笑顔がとても魅力的なナロンさんに、あれもこれもと申し込み、娘に「泳ぎにきたんやろ。そんなにあっちこっちへ行かんでもええ」と叱られた。午前中はビーチで泳ぎ、午後は島内観光とショッピング。タイ古典舞踊とタイ料理。そして映画「007」のロケ地のパンガー湾をめぐり、プロンテプ岬で雄大なサンセットを眺めることにした。私はそれ以上に、象にも乗りたい、カヌーにも乗りたいと言って娘をますます怒らせ、欲しい玩具をねだる子供を叱りつける母親のように、そのときから私と娘は、完全に立場が入れ替わった。
 ビーチでは半身ヌードの白人女性。なぜか大きな扇子を持って民族柄のサリーを売りに来る現地人。私たちを「ジャパニーズ」と珍しそうに囁く金髪の男女。人は少なく、広がる白い砂の一部にとけこみそうだった。
 私はクロールで、ゆっくり手足を伸ばす。底の白い砂地まで透き通って見える。陽を通して私の影が映って揺れている。色鮮やかな魚が一緒に泳いでいる。プールでしか泳いだことのない私には、夢の世界だった。すっかり異空間と異時間を満喫していた。そして売りに来るサリーが欲しい。金髪女性が、毛髪を細かく編みこみ、結い上げてもらうのを見ると、私もやりたい。ビーチに広がる珍しい花を摘み取り持ち帰りたい。・・・・・・・
娘がまた怒る。「植物を日本に持ち帰るのは生物分布を乱すことになる」「背の低いお母さんにサリーなど似合うわけがない」「その短い毛を編み込んだら、奈良の大仏さんや」。腹が立つがもっともだともいえた。
 二日目は一日目の疲れが残っていたので、ホテルで終日過ごすことにした。私はビーチに出て魚と戯れ、背泳ぎで青い空に染まり、覚えたてのバタフライをやる。魚たちが怪魚の出現と、散りじりに逃げていく。私は得意になっていた。水からあがり日光浴をする。乾燥した風は心地よく、暑さを忘れ眠くなる。お腹がすくとホテルのレストランに行き、パイナップル、ドリアン、マンゴーなどフルーツをいっぱい食べる。水着のまま庭を散策する。ブーゲンビリア、ハイピスカスが溢れ咲いていた。ホテルの屋上からは、小島群が一望だ。息をのむような雄大な眺望が広がっている。アンダマン海の真珠と讃えられるプケート島の波が、エメラルド色の海原に真珠のように転げていた。太陽の楽園だ。
目一杯楽しもうとする主婦の習性が働くのか、私は一日貪欲にビーチで過ごした。
 夜中に凄い震えが襲ってきた。歯までガチガチとなる。全身が焼けどを負ったように真っ赤だ。恐ろしく、不安が震えをよけいに大きくする。布に触れる体は飛び上がるほど痛い。娘が恐い顔をしてバスに水を張る「水風呂に朝まで浸かっとき。限度をわきまえない主婦はこれだから困る」と、目をつりあげている。私は朝まで水風呂に座っていた。
 翌朝、顔から足の先まで真っ赤な私をみんなが見ているようで恥ずかしかった。人々は胸で手を合わせ腰を落すタイ式の挨拶をする。なんだか複雑な気がした。娘は離れて近寄ってこない。口までひりひりし、ジュースばかり飲んでいた。ナロンさんが私の顔をみて、あっけに取られている。「白い雪降る国の人間は、賢いどころか馬鹿だ」と思われたようで、雪のように溶けてしまいたかった。
 バンコク市内をナロンさんの案内でまわる。アユタヤ遺跡、バンパイン宮殿、サイモンショーもみる。美しい踊子の全てが男性だという。ナロンさんはじめ、タイ国の男性はみな綺麗だ。ローズガーデンで食事をする。ナロンさんは外で待っているという。私は一緒に食事を誘うが断わられた。何度も誘う私に、娘が日焼けでひりひりする痛い腕を抓る。私は悲しくなっていた。豪華な料理を私たちは食べているが、現地の人たちはこんな場所で豪華な食事をすることもなく、貧しい生活をしているのではないだろうか。空港でみた貧しい格好の人たちを思い出していた。
 次の日ナロンさんと別れ、シンガポールに飛んだ。握手するナロンさんの手は茶黒かった。私の手も負けないほど茶赤になっていた。
 シンガポールの空港に、私たちを待っているはずの係員がいない。夜になって人影が少なくなっても、誰もこない。私は娘の顔をチラチラと見る。一言でも喋るとまた怒られそうで、ナロンさんと握手した手を黙ってさすっていた。娘が席を立つ。置いてきぼりにされるのではないかと、泣きそうになる。
戻ってきた娘が「電話をかけてきた。もう直ぐ迎えに来るから辛抱し」と諭すようにいう。ツアーの現地事務所に電話をしてくれたのだ。
それから、2時間ほど待っただろうか、中国系の係員がやっと来た。彼はしきりに「事故に出あったので来るのが遅くなった」という。それならそれで連絡の仕様はあるだろうにと腹が立つ。
宿泊するラッフルズ・ホテルに着くと、玄関のベルボーイが私の顔をみて、酒をあおる真似をする。私の真っ赤な顔をみて、酒で赤くなっていると思ったらしい。私は衣類が触れると痛いので、プーケットで、布に紐をつけただけのような服を購入して纏(まと)っていた。きっと身持ちの悪い女と思ったのだろう。
私は疲れも増し、不愉快だった。係員が「お詫びにコーヒーを、ルームサービスしました」という。私は礼もいわず不貞腐れていた。
コヒーも飲まずにベッドに入った。コヒーを飲んでいる娘に、「ようそんなもん飲めるな」と怒鳴っていた。娘はすました顔で、横を向いて飲んでいる。よく旅行中に同行者と気まずくなると聞くが、私と娘も険悪な状態になっていた。
 翌朝からは、他のツアー客と合流し団体旅行になる。マイクロバスが、ホテルを順番に回ってツアー客を乗せて行くのだが、若い女性グループが時間を守らない、騒ぐ、と行儀が悪い。「雪降る国の乙女だろうに」と睨んでみるが、私は真っ赤な顔の変なおばさんでしかないのだろう。
 マー・ライオン、博物館、植物園、水上マーケットを廻る。ショッピングでは、店員がついて廻るのにも辟易した。チャイナタウンで、チャイニーズ・ニュウーイヤー(陰暦の新年)を迎え、竜が音楽に乗って練り歩く。舞踊が始まる。それを娘と花輪にもたれて見ていた。ふと横を見ると娘がいない。
後ろへ、花輪ごとずりさがっているのだ。居眠りをしていた。私の守役に疲れてしまったのだろうか。父親から、「お母さんを見てやって欲しい」といわれていた。私は、お金を出しているのはこっちだと、傲慢に思っていたのだがなんだか申し訳なく思えてきた。

 関空へ帰ってくると、珍しく大きな牡丹雪が舞っていた。手のひらの上で直ぐに溶けてしまう。過ごした時間が、夢のように消えて行くようだった。まるで冷凍庫の中のようだ。急いでコートを受け取り羽織るが、私はまたガタガタ震えはじめた。今度はあまりの寒さに震えるのだ。
家につくとあたり一面、白い世界だった。私は風邪を引き、3日間寝込んでしまった。
 娘が、「もうお母さんとなんか、旅行に行くのはこりごりや」と、捨台詞を残して下宿先に戻っていった。
そしてまた、たつき(日常)がもどった。

「雪が降るから色が白く、賢い」といったナロンさん。地球温暖化のせいか、雪が少なくなりました。そして人も季節も、なんだかのっぺらぼうになったように思います。ナロンさんの国はどうでしょうか。
雪がちらついてきました。
8時間向こうの地球(プーケット)では、今、ブーゲンビリアが咲き乱れているのでしょうね。なんだか地球が愛しくなりました。
草々


木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』『児童文学者の目より見たる』」に掲載しています。ご愛読下さい。 


 地球の皺     木村徳太郎 詩集「馬鈴薯の澱粉」より
     
          平野と山の 高低(たかひく)は

          どうして地球に あるんだろ


          <冬に林檎(りんご)が 干(ひ)からびて

           縮(ちゞ)むと皺が 出来るだろ>

          <地殻(ちがら)が冷えて そのやうに

           地球も皺が 出来たんだ>


          平野と山の 高低は

          地球の皺だよ 愉快だな。

2008.02.09

雪への手紙 蕗の薹

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雪への手紙(二)

 前略
 「トンネルをぬけるとそこは雪国だった」。
 昭和五十年中ごろに転居して来た琵琶湖の西側は、川端康成の「雪国」の世界のようでした。膝まで雪が積るのです。短靴を持って駅まで夫を送って行きます。夫は、駅で膝までの長靴を脱ぎ、短靴に履き替えて改札をくぐります。トンネルを五つ超えた勤務先には雪などありません。トンネルを一つ、二つと抜けるごとに、雪は薄くなっていくのです。
 私の家は小高い丘の上にあり、勾配がきつく雪の積った坂は、タクシーもあがってくれませんでした。陸の孤島になりました。坂の下の県道だって、バスや乗用車がチエーンを響かせて賑やかに走っていました。
 正月が過ぎると、雪は本格的に降り始めます。夫や子供たちを送り出すと、しんしんと降る雪を眺め、雪女の集合のように我が家に集ってきます。お茶とお喋りに花を咲かせ、パッチワーク(手芸)に励むのです。私は洋裁が大好きで針と糸を持つことには自信があり、暖炉の側で、融けることなく針を動かすことは楽しいものでした。
 もうすぐ二歳の誕生日を迎える次男が、私たち相手に遊びます。テーブルには型紙を作るために、カッターナイフ、定規、鋏などが布地に混ざって置かれていました。
 私は、お喋りに気をとられていたのでしょう。次男の大きな泣き声に驚いた時、次男の左手の人差し指から、血が噴きでていました。カッターナイフで切り、血が溢れだしていたのです。
 急いで病院へかける雪の上に、次男の指の血が点々と落ちていきました。
次男は三針縫う怪我をしたのです。可哀相に、鉛筆よりまだ細い小さい小さい指が包帯で巻かれました。しかし、可哀相なことは、それだけでは終らなかったのです。

 怪我が完治し、1ヶ月近くはたっていたでしょうか。人差し指の第一間接から先が曲がったままです。私は治療をしてもらった地元の病院には行かず、日赤病院へ連れて行きました。「切れた筋をそのままにして(気づかずに)治療を完治した。」「指をもう一度切り開き、筋を伸ばして縫い合わせる」と・・・・・・。
なんと!もう一度指を切り開くというのです。次男の指はメスより小さい指です。京都大学から小児外科専門の医者がこられ、大掛かりな手術になりました。
輸血の用意がされ、ベットに酸素ボンベが運ばれ、どれだけ不安な気持で手術中の赤いランプを睨んだことでしょう。
手術を終えた次男は、ただ「イチャイ。イチャイ」と泣くばかりでした。こんなに痛い目を何度もさせてしまった私の不注意を、どんなにか悔いました。
 小学二年生の長女が、留守居の母親役でした。三歳下の長男の面倒をよくみ、そして食事の支度までしてくれていたのです。近所の方は、長女のかいがいしい母親振りに、「ただただ感心するばかり」と言って下さいました。
 無事に退院のできた夜、家族五人は重なりあって寝ました。留守番の大役で疲れたのでしょう。すやすや眠る長女の頭を何度も撫でました。甘えたかっただろう長男は、私の腕枕で眠りました。窓には、大きなボタン雪が映っていました。もう春を呼ぶ、「なごり雪」でした。
 退院後は通院をします。早朝に家を出ます。通勤のラッシュどきでした。次男は人混に埋もれてしまい、私は空間を確保しようと大きく次男を囲うのですが、押されるばかりでした。そして「非常識な、こんなラッシュどきに、どうして幼児を乗車させるのか」と非難の目を向けられるのです。「出かけるなら、もっと空いた時間にすれば良いのに」と、ラッシュ時の母子が奇異に映ったのでしょう。私はひたすら、「理由(わけ)が合って、この時間に乗車しなければいけないのです。許して下さい」と詫びていました。
 診察後の帰路は、のんびり急ぐことなく帰ります。雪の畦道にフキノトウが覗いていました。指に入れていた針金は、抜いてもらえました。「指をしっかりと動かすように」と言われました。私はフキノトウを雪の中から掘り起こします。次男も「ツゥメチャイ。ツゥメチャイ」と言いながら真似をします。二人で見つけ掘り起こしたフキノトウは、浅緑色に輝いていました。
 三月になり、次男は二歳の誕生日を迎えました。指は真直ぐにも、曲げもできました。上手に父親の口に、私の口に、姉の口に、兄の口にと、ケーキを入れてくれました。
私は摘んできたフキノトウで味噌汁を作り、娘にフキノトウの香りを教えました。春はもうそこまでやって来ていました。

 あの子たちは、あの時のことを覚えているでしょうか。「イチャ(痛い)かったこと」
雪の中から掘り起こしたフキノトウ。小さな手で作った夕食。寂しかった留守番。私が地元の病院を、「ヤブ医者」といったのを「タケノコ病院」と言い換えたこと・・・・・・・。

 私は覚えています。そして、あのとき私は教えられたのです。
「場違いと思える人がいても、人にはそれぞれに事情があること。非難をしてはいけない」。「子供の前で『ヤブ医者』などといってはいけない」
そして、雪の中に見つけたフキノトウに、「春を見つけ、春を待つ心。春を喜ぶ心」を教えてもらったのです。
草々

木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』『児童文学者の目より見たる』」に掲載しています。ご愛読下さい。 

            
 節分     木村徳太郎 詩集「夕暮れノート」より
     
           寒いくさめを

           ひとつして

           あの子は 柊

           門に挿す。

           きつと鬼も 来ないでせう

           寒くて鬼も 来ないでせう。


           こうとつめたく

           ひとつなく

           冴えてる鷺の

           しらじらさ。


           まだまだ春は 来ないでせう

           ほんとの春は まだでせう。


           ひそかな寒の

           月の街

           皸(あかぎれ)ぬくめて

           いそいでる。


           帰れば火種も あるでせう

           家には火種も あるでせう。
  
2008.02.03 

雪中花

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雪の休日ほど嬉しいものはありません。
空からの手紙のように降ってくる雪
飽きずに見ています。
部屋の温もりに窓が曇ります。
丸く拭き取った中に
吹雪が激しく動いていました。
なんだか その中へ
手紙を入れたくなりました。


雪への手紙(一)
  大きなひとひら、小さなひとひらが途切れなく舞い降り、白い緞帳を下したように視界を塞いでいく。白い緞帳の向こうの人影は滲み、視界から消える。前が見えない。空から呪文のように雪が舞うのだ。横殴りの吹雪が息苦しい。しかしその息苦しさも、「明日は休日」と思うと嬉しくもあった
雪は仕事や生活に支障をきたすが、休日ならゆっくりとできる。

  
太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪ふりつむ
次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪ふりつむ
「雪」三好達治

 
夜、静けさが深くなった。格子戸に雪明りの影が白く映っていた。町が雪だるまになっていくようだ。
 雪日は暖かい。優しい温もりと静けさで目が覚めた。飛び起きて積雪量を計る。二十二センチあった。車が雪に埋っている。昨晩立てておいたワイパーが、雪の穂柱のように車体から突き出ている。長い棒の綿菓子のようだ。いや、天使が重すぎる二つの翼を落としていったようにも見える。滑稽だ。
例年なら、「大寒」の雪は、スノーパウダーと呼ばれるサラサラ雪なのに、水分をたっぷり含み、春の足音を思わせる雪だった。雪の少なくなったことや、時期に合わない春模様の雪は、地球温暖化のせいだろうか。
 裸木は、ふんわりとモヘヤー毛糸の帽子に白いセーターを着ている。その根元を掘り起こすと、冬苺の赤い宝石が踊り出した。ナンテン、マンリョウが赤く光を放ち、ジャノヒゲの竜の玉は青い雫を丸めて濡れていた。スイセンは、別名「雪中花」の名の通り、誇らしげに雪の鏡に姿を映している。サザンカが灯り、ロウバイの花が香の雫を落としていた。
私は一歩一歩と、足跡を雪原につけて行く。なにもかもが、白の一枚布に覆われ包みこまれている。その上へ、私が一番手で足模様をつけていくのだ。胸が高鳴る。新しい物へ踏み込むように鐘が鳴る。
 傾斜をもつ小道を、雪解け水が紋を描き陽にきらめいて流れていく。屋根の雪が、ほつれた布地の端のようにジグザグに垂れ、レース模様で静止している。その先には小さいツララが光っていた。蓋のされている側溝の奥から、雪水の落ちる音が水琴瓶のように響いてくる。
「パチッ」と竹が起き上がり、高音を立てる。「ザザザー」と低音の葉擦れの音が続く。「ヒュー」と鋭いヒヨドリの一声も混じる。
セイダカアワダチソウの群林が重たげにうつむき、その陰からツグミが出入りしていた。ススキの短い葉が赤く、雪原を割って覗いている。
暫らくすると屋根から、「ドドドー」と大太鼓が。雨とゆからは「ポタポタ」と軽やかな音。華やかなシンフオニィが始まった。

  
(1)
雪の降る町を 雪の降る町を
思いでだけが通り過ぎて行く
雪の降る町を 遠い国から 落ちてくる
この思い出を この思い出を 
いつの日か包まん
あたたかき幸せのほほえみ (2番、3番省略)
「雪の降る町を」内村直也作詞・中田喜直作曲


私が最後まで空で歌える唯一の歌だ。私の6歳の時から、連続ラジオ放送劇の挿入歌として流れていた。半世紀以上、父と歌い、姉と歌い、我が子と一緒に歌い続けてきた歌だ。誰とも出会わない。声を出して歌ってみる。雪帽子をかぶった街路樹だけが、静かに聴いてくれた。
雪雲のすきまから陽が射してきた。木の影が映し出され、雪の上に光の筋が伸びる。雪上に木の影が黒い花のように映し出される。オレンジ色の光の帯がそれを引き立たせる。雪花の咲く木々、ナンテン、ピラカンサの赤も加わり、一幅の絵を観ているようだ。

 雪は、静かに心休まる美しい休日をくれた。
「さぁ〜次は雪だるまをつくろう」
「あっ! その前に、雪かきもしなければいけない」
また吹雪いてきた。雪片が激しく舞う。前の見えない白い緞帳が降りてきた。緞帳の向こうへ「思い出」という手紙を放り込みたくなった。


木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」に掲載していきます。ご愛読下さい。 

            初詣     木村徳太郎 詩集「夕暮れノート」より
              
             こんもりわた雪

             雪のみち

             八幡さまへ

             初詣。


             拍手うつて

             心から

             お祈りすれば

             目にうかぶ。


             水浸く山川 

             進まれる

             兵隊さんの

             御苦労が―。


             お祈り終わつて

             顔あげりや

             鳩飛ぶ神苑(には)の

             静けさよ。

             〆縄飾つた 

             大鳥居

             朱紅の初陽

             いまのぼる。


2008.01.27
昨年も立春前に雪が降りました。
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/27884334.html

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