来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

オカリナを吹こう

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]

オカリナ吹こう(33)
 
大津ライオンズクラブさま
ご招待 「ありがとうございました」
イメージ 1
秋風にあと幾つ花が咲くでしょうか。もうすぐ種になりますね。すっかり秋の音になりました。
 
イメージ 2
ライオンズクラブの例会によんで下さいました。ありがとうございます。「案」を出してみました
 
 今年もオカリナ演奏をさせていただきました。オカリナは自分の楽しみに続けています。乞われるとボランティアとして喜んで何処へでも行かせて頂いている。でもときどき「こんな私の演奏で良いのかな」と思うことがある。
謝礼やお土産や会食までいただく場はなおさらだ。「なんだか申し訳なくって」と、ふと次男のお嫁さんに漏らした「お母さん。そんなことないですよ。最初は知り合いと言うことで呼んでもらったとしても、まづければ再度の招待はありませんよ。卑下しないでも良いのでは」と言ってくれた。彼女はドジな私にいつも「まぁいいか」とひらきなおりと自信をごちゃ混ぜにした思いで満たしてくれる。飛鳥鍋のときもそうだった。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52425116.html。また思いがけず同志社大学の教室で講演させてもらったときも「母校で懐かしいから、私も行ってみます」とさりげなく着いて来てくれ、ドキドキとする私の保護者のように来てくれ、どんなに安心したことか。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50439976.htmlいつもこうして、目立たないがさりげなく支えてくれる。それが私の心を軽くし勇気もくれる。家族て良いなぁ、そして「有り難う」と思う。
 
 今回もそういうわけで堂々と?招待を受けることにしてきた。
筋力アップのせいだろうか、最近は息切れもあまりしなくなりロングトーンも気持ちよく出る。そして音楽も臨床美術と同じで下手上手はないだろう。
しょせん私はプロではない。自分の心を少しでも届けられれば幸せではないかと開き直ったのだ。
そして、楽しく過ごさせていただこうと厚顔でリピートに答えた。
 
「案」を出しておいた。自分の好きな曲を選んだ。みんなで歌ってもらおうと、歌詞カードも用意した。前回「あなたもピカソ」と題してで自画像を描いたのを楽しんで下さったので、童心に返り、鋏や糊を使って遊んでみようとオリジナルの起き上がり小法師もつくることにした。
 
 例会はいつも国旗奉礼に始まり、国歌斎唱で始まる。どんな会合にしてもこれで幕が開くのが当然と私は思うのだが、最近はそれはなされないことが多い。しかしライオンズクラブではそれがあるのがとても嬉しく背筋が伸びる。背筋を伸ばし、贅沢な会食を体験し、気持ちよくオカリナが吹け、そして皆さんの楽しそうな姿を見られてとても嬉しい楽しい一日だった。
 
イメージ 6
「オレ不器用やねん。」そんなことないですよ。普段持ちなれない鋏を持っていただき申し訳ありません。
           
イメージ 7
仕事で肩こるのにこれも肩こる。イイエ普段のストレスを発散して下さいね。
イメージ 8
なんや面白いものが出来た、丸い起き上がり小法師が「三角お結び」みたいになった。これがまさしく小法師ですね。
イメージ 9
イメージ 3
イメージ 4
イメージ 5
どんなに怒った顔から転がしても、どこから転がしても、最後は笑顔でとまる。
転げても転げても笑顔、笑顔です
 
 有り難うございました。楽しんでいただけたでしょうか。ゲストにお招きいただきほんとうに有り難うございました。
これからも自分のオカリナを楽しみ、精進いたします。
 
 
 
 

オカリナを吹こう32

イメージ 1
 
 
オカリナ吹こう(32)
ミニ コンサート 「最高の七夕」
 
まだオカリナ教室をしていた頃、いろんな施設にオカリナを吹かせてもらいに行っていた。もと同じ職場の人が引き抜かれ、民間の介護施設へ施設長として沢山移っていった。生徒さんたちの励みにもなるのでそういう施設にボランティアで、オカリナ演奏によく行った。施設長の気概に賛同する施設や、なんとなく合わない施設とそれは様々だった。ボランティアに対する意識も様々だった。そんな中、毎月訪問する施設があった。全国的に展開するグループ会社が運営し、各施設の入居者を満杯にし、どれだけ採算が取れるか(売り上げを競う)ランキングがあった。介護事業もビジネスだった。
そんな中、懸命に本部とやりあいながら自分の感性を生かし介護に取り組んでいる元同僚に惹かれ、そのグループホーム(認知症対応型施設)に毎月行っていた。彼女は施設長会議(支店長会議)に出席するごとに売り上げが棒線グラフで表され、売り上げ優先を言われると話していた。その企業は儲けることばかりに走っていたのだろうか。最初から介護事業は儲かると踏んでの事業だったのだろう。時代の寵児のようにもてはやされた若い社長に、不正が発覚し企業は潰れた。しかし会社を潰すことは出来ない。入居している高齢介護者を放り出すことになる。施設介護事業は一括譲渡され、別の大手グループ会社が引き取った。
彼女は退職し自分の思う介護が出来るところへ転職していった。(介護も事業と言うからには採算も取れないといけない。しかし必要以上の採算重視より介護重視に自分をおきたかったようだ)
入居者と職員はそのままで、名称が代わったその施設に東京から単身赴任で新しい施設長が来た。そして私もボランティアで行かなくなった。
五、六年はたとうか。そこからオカリナボランティアを言ってきたのだ。オカリナ演奏を楽しみに待っていて下さっていたあの時の利用者さんは元気だろうか。色々とごたごたが有り施設の重苦しい空気はいま、どうなっているだろう、そんなことも思い浮かび引き受けた。
 
現在、どんな風に施設の日常が有るのか、どんな人たちが(どんな音楽を好まれるのか)分からない。私は度胸を決めて自分なりの選曲をしてとにかく訪問することにした。
30曲ばかり選んだ。その中から独奏するもの、みなさんに歌ってもらいその伴奏にオカリナを入れるものとに分けてみた。
 
独奏グループ
1.アメージング・グレス。竹田の子守唄、砂山、七つの子(メドレーで)
2.勿忘草をあなたに。遠くへ行きたい。岸壁の母(台詞を入れる)
3.君をのせて
 
皆に歌ってもらうグループ(歌詞カード持参)
1七夕、きらきら星。うみ。海。我は海の子
2青い山脈。瀬戸の花嫁。バラが咲いた。大きな古時計
3四季の歌。ふるさと。琵琶湖周航の歌。夕焼け小焼け
以上の20曲を用意した。
事前に琵琶湖周航の歌と青い山脈はみなさん大好きであることを聞いていた。そしてグループホームだ言うことも考慮して欲しいと言われていた。
 
1、2グループの順番は皆さんの前に立ってから決めることにした。
他に童謡唱歌オカリナ教本も持参した。
 
入所者さんもスタッフもほとんどが入れ替わっていた。施設が出来たときから入所されているOさんの顔が見えた。Oさんに声を掛けたが覚えておられなかった。スタッフの人が「アルツハイマーになられた」と言う。以前随分いろいろお喋りさせて頂いていたのにと思うと寂しくなった。出されるお八つもこぼしながら食べられている。でも顔がとても明るい。
 
用意した20曲を全部吹かしていただいた。まだ時間があるとのことで「いつも皆さんが歌っておられる歌で、リクエストがあれば言って下さい」と言う。
「荒城の月」がでた。唱歌用の教本を持ってきて良かったと思う(全ての楽譜を覚えてはいない。)教本のページを繰っていると「私踊る!」と言いながらもじもじしておられる方がいた。
 
「みなさん、荒城の月を吹かせていただきます。大きく歌ってくださいね。それと踊っても下さるそうです」とその方を前に引っ張った。
「先生の前に出て邪魔したら悪い」とまだもじもじしておられる。オカリナは伴奏だ。私が隅に下がり荒城の月を吹き始めた。昔踊ったことがあるのだろうかシナをつくり踊って下さる。それがとても楽しそうで面白い。オカリナを吹く口元も顔も緩む。すると、別の人たちも「私も踊る」と五,六人前に出てこられた。そして同じように手足を踊らせる。私もますます張りきって何度も「荒城の月」を吹いた。スタッフの人たちも「最高や!」と言いながら踊りの輪に入る。思いもしない状況になった。
みなさんから手拍子や大きな歌声が響いた。オカリナの音を小さくすると不振な顔をして踊りの方たちが振り返る。もう楽しいたら無かった。
 
皆さんが「今日はとても楽しかった。また来てください。本当に来てくださいよ」と大拍手をして見送って下さった。
Oさんのことは寂しかったが、私は最高の時間を貰った。オカリナを吹いていたから、こんな楽しいこともあるのだと嬉しかった。今の入居者は自立の人が多いとのことだったが、どの人も明るいのが嬉しかった。
そしてオカリナを吹き続けていたからこそこんな嬉しく楽しい時間が頂けたのだと思った。
きっと私はまたこの施設に寄せていただくだろうと思う。

オカリナを吹こう31

 
 
イメージ 1
イメージ 2
オカリナ吹こう(31)
オカリナ  ミニ コンサート
 
六月の「おしどりミニコンサート」に呼んでいただきました。
「あかとんぼ」 でお邪魔する予定がMさんの都合がつかなくなり、私一人で伺うことになり心配していたのですが、
どうでしょう、私の先生であるEさんが心配して来て下さっていました。
「おしどり」施設長のTさんが1週間前に「私も合奏に加えて」と言って下さり当日初めて、音合わせをしてみました。
 
一人で一時間の演奏は大変だと、さりげなく助けて下さる皆さんの気持ちがとても嬉しく、温かい心地になりました。みなさんの心使いがとても嬉しいです。 
初心者用に「きらきら星」「家路」「ふるさと」の二部合奏の楽譜を準備していき、Tさんと十分ほど練習をしました。
Tさん「つい、さっき先生に特訓受けたとこです」
私  「え!先生って私のこと?」「先生違うよ〜〜。先生は辞めて今は楽しみにて吹いているだけ」
と皆さんの前で揉めたりしました。
初回にしては上手く合って、演奏が終わったとたん二人でハグです。そなん私たちに皆さんが、大きな拍手を下さいました。
いつもと違う温かい流れの漂うコンサートでした。Eさんが引き語りをして下さったり、おしどりスタッフのKさんのバイオリン演奏が入り、心配した一時間はすぐに過ぎてしまいました。
 
コンサートとかがないと、なかなか練習しない私ですが、こうして温かい皆さんにふれると「もっと練習して、みんなに楽しんでもらいたい」と思うのでした。
毎月お邪魔しているグループホームで吹くこと以外は、少しさぼっていましたがやっぱり「オカリナっていいなぁ〜、音楽っていいなぁ〜」と思う日でした。
 
それにとても素敵な人を紹介して下さいました。
同じ滋賀県の方で、二歳の時に失明し、全国盲学生音楽コンクールにて優勝。最近ではNHK教育TV 「きらっと生きる」などに出演しておられる坂井孝之さんです。坂井さんもおしどりのコンサートに来ておられたのです。笛ならなんでもの「笛吹きおじさん」フルート、リコーダー、オカリーナ、ケーナ、篠笛を演奏される、それは素敵な方(音色)でした。
 −いろいろな笛− 坂井孝之www.sakai.siga.jp/profile.html
 
音楽って音を楽しむ、人の輪がつながる、そして自分が楽しい、そんなことを強く思うミニコンサートでした。聞いて下さった方、演奏させて下さった方、有難うございました。
 
「さぁ〜オカリナの練習しょうと」「雨の日の楽しみ。雨だれにあわせよう」

オカリナを吹こう

イメージ 1
 
 
オカリナ吹こう(30)
吉野山 にて 「故郷」
四月十五日、吉野山の吉水神社で<北朝鮮に拉致された被害者全員を日本に
帰国させるための祈祷会>が行われた。今年も参列させていただきオカリナで「故郷」を吹いてきた。
 
今年の桜はどこも例年より1週間は開花が遅れているらしい。
暖かい日もあり一気に咲くかと思うと、寒さがぶり返し、また極端な寒さや霰が降ったりと、なんだかやきもきさせ、じらされ疲れる春先だった。
そんな中、一気に桜が咲いたのだ。一気に野山に春が来た。
春愁とか花疲れという言葉もあるが、やはり満開の桜は人を浮き浮きとさせる。昨年は震災で自粛ということもあったが、今年の花を求める吉野の人込みは順序ではなかった。桜の時期に五回ほど吉野山には行っているので、人込みは慣れているつもりだったが、あまりの人、人にしり込みする気分だった。まだ朝ぼらけのなか、吉野駅は桜色よりはるかに人影の黒色で覆われていたのだ。私はバスやケーブルに乗らないで横の山道を取る。
山からはもうぞくぞくと人が降りてくる。山道は前日からの雨で、かなりぬかるんでいる。山道を降りてくる人と、登りの人が声を掛け合うのが普通であろう。しかしそれもない。ひたすら降りることと、登ることに人は懸命になっているようだ。桜を観終わった人、これから観に行く人、まるで満員電車の乗降みたいな気がしてきた。こんな経験は初めてだった。観桜には余韻がつきまといそれが桜の色だと思っていたが、吉水神社に着くまでに私はあまりの人の多さにひるんでしまった。桜より人のほうが多いのではないかとさえ思うほどだ。
しかし、吉野の桜は天上人にもさせてくれる。桜は普通花を見あげる。しかし「1目千本」の桜は、全山の桜を見下ろして見られるのだ。しかも山桜である。一色の桜色でなく、白色に近いもの、ピンクの濃淡、そしてところどころに常緑樹も混ざる。それは美しい絵巻物だ。人が求めくるのも分かる。
 
 
イメージ 2
染井吉野と異なり、山桜はそれ一本では地味な桜だ。しかしそれが山全体を覆いつくすと別の世界になる。そして、歴史が流れ、桜をを守り継がれるこの世界に歴史の霊と気品が溢れ、人はそれを求めて来るのだろうか。早朝、桜の下ではもう宴が開らかれているが、騒ぐことなく静かに桜の生気を頂いている風で、またキヤラクター模様のシーツに一人静かに横たわっている高齢者も見えた。
 
 吉水神社の境内の大きな山桜の下でも祭礼が執り行われた。
例年オカリナで「故郷」を吹かせた頂いている。今年も山桜がハラハラと皆の肩に花びらを落とす。花びらは風に煽られることもなくゆっくりと舞っていく。それを目で追っている時、突然、花びらのささやきが聞こえた。
山村暮鳥の桜の詩を花びらが歌っている錯覚に落ちたのだ。
 
さくらだといふ
春だといふ
一寸、お待ち
どこかに
泣いてる人もあらうに

一瞬、私の頭の中は真っ白になってしまった。こんなことってあるのだ。「故郷」は今までに何度もオカリナで吹いている。完全に暗譜していると思っていた。だのに一瞬音を忘れてしまったのだ。一緒に吹いていた佐藤出美先生が何事もないように吹き進めて下さった。とても不思議な体験をした。
 
桜は毎年そこにありさえすれば必ず同じように咲く。しかし観る者には、決して同じ桜ではない。それが胸奥から感じられた。しかしそれが、桜が咲くように人も生きていると言うことだろう。
 
 
 初めて世界最古の木管楽器の「ディジュリドゥ」の音魂にも触れさせていただいた。地底から大地を揺るがし、響いてくる心臓を鷲掴みするような音色に驚いた。
このディジュリドゥ、石笛、笛の音とともに「古事記」の原文の読み下しが朗唱されたのだ。
 日本語の美しさ、言霊が声と音に乗って山桜の間を流れていく。
それは幽玄の世界で、またしても私は立ち尽くしてしまった。
 
 古事記に私も自分なりの解釈を持ち、その素晴らしさを自分なりに自分に還元したいと恐れ多くも、表現するのに悪戦苦闘していた。
しかし、この大小田さくら子先生の「やまとかたり」と名付けらるご自分流の読み方で「古事記」の原文を読み下し朗唱なさる声に宿る力は神に近い。そこに響く、ディジュリドゥと石笛の魂音とでも言えばいいのだろうか、その厳かさに足がガクガクと震えてしまった。
私の古事記の始まりは
「稗田阿礼と仰るそれは見目麗しく聡明な若人が、周りの木々もが静かに聞きほれるような美しい声で、この国の原点を諳んじておられました。」だ。
私のこんな安っぽい思い描きは飛んでいくような気がした。
 
 古事記とは音と響きと言霊、「宙の音の言の葉」ではないか。古事記とはこの音、言の葉に誰もが強く突き動かされる何かを得るものではないかと思えた。
 
桜に酔うもよし。それも魂であろう。また人はその爛漫の春に酔う陰で、泣いている人のことを思いやる魂もある。そしてその中に日本の言霊、文化の美しさをも知る。
これはすべて「ふるさと(故郷)」なのだ

 そんなことを思いつつ下山する今年の吉野山参拝になった。
例年と異なる体験をいろいろとさせていただいた。
今後オカリナで「故郷」を吹くとき、私にまた違う感慨を持たせることだろう。
そして帰宅した我が家の「庭ざくら」も満開だった。いつになくこの桜が一番の美しさに観えた。

オカリナを吹こう

 
 オカリナ吹こう(29)
弥生三月 水温む
イメージ 1
イメージ 2
 
 
 
二つの老人施設に毎月1回、オカリナ演奏でお邪魔している。皆さんが歌われる歌に、オカリナで伴奏を入れる。どの施設でもみなさん歌が大好きで、ひと時を楽しんで下さる。いつのまにか定例化し、待っていて下さる。
皆さんの歌声に元気を貰い、そして待っていて下さる事に私が元気を貰う。有難いと思う。しかし、たまには伴奏でなく自分表現のオカリナを吹きたいと思う。
そんなときコンサートに誘って下さった。
嬉しいものの、何を吹こうかと楽しい悩みになる。
コンサートは選曲で出来不出来が決まることもある。
コンサートはいつも自分でプログラムを作ることにしている。吹く曲の背景なども調べ、より心が乗せられるように自分も楽しく、話題も提供できるようにと思う。
あの3月11日の大震災から速くも一年が経つ。この一年は誰の胸にも何らかの変化があったのではないだろうか。「見つめなおす。生きること。」そんなことを思い、選曲した。ちぐはぐなジャンルの選曲になったが、「生きる」をテーマとして流れる、ジブリ作品を主に置いた。単純に皆に音楽を楽しんで欲しいのと、原点を振り返る、そういうことを、吹いてみたかった。
イメージ 3
水温む
 
     「木の芽」     木村徳太郎

 
               木の芽はのびるずんずんと

           森にも街にも どこにでも

           雪にめげずに 伸びている。


           木の芽は賢い(さかしい) 少年だ

           木の芽は凛々しい 少年だ。

           さうだ木の芽は ぐんぐんと

           森にも街でも どこにでも

           伸びて大樹と 仰がれる

           大樹はもとは 小さい芽だ

           大樹はもとは 小さい芽だ。

           木の芽は伸びる ずんずんと

           山にも街にも どこにでも

           風にもめげず 伸びている

           木の芽は優しい 少年だ

           木の芽は正しい 少年だ。

           さうだ子供は ぐんぐんと

           山でも街でも どこにでも

           伸びて祖国を ささえる樹

           子供は尊い 国の芽だ

               子供は尊い 国の芽だ   
 
 
イメージ 4
 弥生三月のコンサート
 
 
 オカリナコンサートプログラム
 
アヴェ・マリア
 
 「マリアに幸あれ」を意味するラテン語です。
シューベルトのアベマリア。バッハのアベマリア、カッチーニのアベマリアを3大アベマリアと称し、親しまれている。
  歌詞はただ“Ave Maria”を繰り返すだけの非常に単純で親しみやすい歌です。
 
アメージング・グレス
和訳は「すばらしき恩寵」。グレスは神の恵み、恩寵の意で賛美歌です。作詞者はこの曲に、黒人奴隷貿易に関わったことに対する深い悔恨と、それにも関わらず赦しを与えた神の愛に対する感謝の気持ちを込めています。
 
もののけひめ (スタジオジブリ制作)
スタジオジブリに流れている世界観は「いのち」と言われます。とくにこの作品は、動物と人間の闘いを展開する照葉樹林文化論からきているらしいです。作者の宮崎駿は、自身「『栽培植物と農耕の起源』によって、自分が何者の末裔であるかがわかった」と言い、となりのトトロや、もののけ姫が生まれたといいます。が、もののけ姫は単に栽培植物や農業従事者だけをテーマにせず、鍛冶業従事者など、非農耕系に属する人々を登場させ、そこには「生きて、生産する力」を示唆している。「君が知っている日本じゃない。その前に別の日本があった」と示し、「従来の日本の心象が出来る前の日本」を浮かび上がらせようとした、この映画の公開時のキャッチコピーは「生きろ」でした。
 
君を乗せて
 
同じくスタジオジブリ作品で「天空の城ラピュタ」のエンジングテーマとして作られ、作詞宮崎駿、作曲久石譲のコンビです。
 
いつでもなんどでも(いのちのなまえ)
 
東北関東大震災以前の作品ですが、今、亡くなった人達をそのまま描いているようにみえる作品だと言われています。被災者の生き残った人達から見れば、亡くなられた親族や友人や近所の人々は、まさに「神隠しにあった」としか思えない出来事。理屈で理解できるものではなく、だれが生き残り、だれが死ぬのか、それは誰にも分からなかった。震災前の作品だが、共通していると言われます。そしてまた、人は、いつでもなんどでも立ち上がる力がある「ゼロになるからだ 充たされてゆけ 海の彼方には もう探さない 輝くものは いつもここにあるから」と歌われ、「いつでもなんどでも」命は立ち上がるのです。「いつでもなんどでも」の副題に(いのちのなまえ)とつけられています。
 
花かげ 
俥は人力車のことで、夜桜が散る中を人力車に乗って去っていく花嫁(姉)と、それを見送る幼い妹、そんな絵が浮かび上がってくるな歌です。私は早くに姉を亡くし、姉の花嫁姿は見ていないのですが、この唱歌を吹くとどうしてか姉が浮かんでくる。そして、寂しく悲しく、そのくせ桜吹雪の美しさが浮かんでくる好きな歌です。
 
遠くへ行きたい
誰にも、何ものとも知れぬものへの憧れにとまどい、それをもてあましていた頃があるのではないでしょうか。それを少しばかり思い出させてくれるような歌ですね。昭和37年、NHK総合テレビのバラエティ番組『夢であいましょう』の『今月の歌』として作られ、今日まで歌われ続けています。いつまでも歌い続け欲しい名曲の一つだと思います。
 
蘇州夜曲
李香蘭(日本人山口淑子)の主演の映画「シナの夜」劇中歌として発表された人気になりました。李香蘭の歌唱を前提に作られた歌とも言われます。
 
麗泉卿
NHK特集オリジナル・サウンドトラック 「大黄河」 で発表され、中国の暴れ竜といわれる黄河をオカリナとシンセサイザーで見事に表現されました。 オカリナ奏者・宗次郎の名を知らしめることになった曲です。

五番街のマリー
「ジョニーへの伝言」と言う(ジョニーに黙っり街を去って行くマリーが、友達にジョニーへの伝言を託す歌)歌のあとに「五番街のマリー」が作られ、ジョニーが自分の元を去ったマリーの近況を知りたいと、五番街を訪ねようとする友達にマリーのところへも尋ねて欲しいと頼んだ歌です。オカリナによく合う曲だと思います。
赤い花白い花(以前に説明)
誰かに誰にでも花を摘んであげたい、花は希望かもしれません。 
雛祭り    (以前に説明)
どこかで春が
東風(こち)が2月末ごろ、寒さが和らぎ始めると吹いてきます。東からの風です。これは春が近づいてきた証拠ですね。
 子どもがこの歌を歌いながら、「こち」てなんだろうと疑問を持つと、その読み方以外にこうした気象上の特徴も教えることができます。難しい言葉が知識の幅を広げてやれる、きっかけになるわけです。昔の歌詞にはこうして難しいものもありますが、素敵な言葉を子供たちに教えられ、自分も再確認できるのが唱歌の魅力の一つかもしれません。言葉を変えることなく大事にしたいです。
仰げば尊し
明治17に発表された文部省唱歌。卒業生が先生方に感謝し、学校生活を振り返る内容の歌ですが文語であるため、分かりにくいということで歌わず、最近は卒業式合唱曲を『旅立ちの日に、贈る言葉、森山直太郎のさくら』等の、ヒット曲を中心にする学校が多くなりました。また『仰げば尊し』の歌詞は「身を立て名をあげ」と立身出世を呼びかけ「民主主義」的でない、「いと」「やよ」のような文語は「難解である」と、戦後教育で敬遠されたのが理由だと思います。しかし、私の世代ではこの曲を聴くと涙が出てきます。作者不詳の謎の曲ともされていますが、原曲はスコットランド民謡に似ています。
戦後教育の偏重で歌われなくなったようですが、私は曲も歌詞も大好きです。「こち」のように教えることもなくなり、そしてこの歌を歌わなくなってから、尊敬する師もいなくなったのではないでしょうか。美しい言葉が消えてゆくのは寂しいですね。
朧月夜
1番の「におい」は、香りの意味ではなく、鮮やかな色あい・色つやのことです。2番の「森の色」の色と同じです。また「里わ(里曲)」は、里、すなわち村落のあたり、という意味です。 
『枕草子』に「花びらの はしにをかしき 匂ひこそ こころもとなく つきためれ」とあり、匂やかな女性といった表現があり、これは、艶々と輝くように美しい女性、という意味です。こうして季節の情景とともに素敵な言葉も味わえるのが昔から歌われている唱歌や童謡です。味わって歌えることも嬉しいです。大事にしたいですね。
予談ですが、通勤路に積雪の比良山(近江八景の「比良暮雪」です)を借景に琵琶湖と菜の花畑が広がるスポットがあります。その美しさを収めようと連日カメラマンの放列です。度々と通っていると、広がる菜の花の黄色いジュータンと、比良山の雪の色が日によって違うように見えたりします。また先日は、歌の「朧月夜」そのままの光景に出会えました。霞と朧は
「霞」は昼に、「朧」は夜に景色が虚ろになることを言うのですが、夜はカメラマンもいません。ただただ黄色の菜の花と、朧の月。月にかかった雲を龍と例え朧と言う字になったのでしょうか。それは幻想的で、かすかに聞こえる湖の波音。とても幸せな通勤路に感謝です。
みかんの花咲く丘   (以前に説明)
季節は違うが、この曲が大好きな人が聴に来てくれると思う。みんなで歌いたいね。
故郷           (以前に説明)
最後は故郷で締めくくりたい。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 次のページ ]


.
花ひとひら
花ひとひら
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
友だち(7)
  • あるく
  • まんまるネコ
  • plo*er_*un*yama
  • ハマギク
  • こうげつ
  • 吉野の宮司
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事