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オカリナを吹こう(33)
大津ライオンズクラブさま
ご招待 「ありがとうございました」
秋風にあと幾つ花が咲くでしょうか。もうすぐ種になりますね。すっかり秋の音になりました。
ライオンズクラブの例会によんで下さいました。ありがとうございます。「案」を出してみました
今年もオカリナ演奏をさせていただきました。オカリナは自分の楽しみに続けています。乞われるとボランティアとして喜んで何処へでも行かせて頂いている。でもときどき「こんな私の演奏で良いのかな」と思うことがある。
謝礼やお土産や会食までいただく場はなおさらだ。「なんだか申し訳なくって」と、ふと次男のお嫁さんに漏らした「お母さん。そんなことないですよ。最初は知り合いと言うことで呼んでもらったとしても、まづければ再度の招待はありませんよ。卑下しないでも良いのでは」と言ってくれた。彼女はドジな私にいつも「まぁいいか」とひらきなおりと自信をごちゃ混ぜにした思いで満たしてくれる。飛鳥鍋のときもそうだった。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52425116.html。また思いがけず同志社大学の教室で講演させてもらったときも「母校で懐かしいから、私も行ってみます」とさりげなく着いて来てくれ、ドキドキとする私の保護者のように来てくれ、どんなに安心したことか。 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50439976.htmlいつもこうして、目立たないがさりげなく支えてくれる。それが私の心を軽くし勇気もくれる。家族て良いなぁ、そして「有り難う」と思う。
今回もそういうわけで堂々と?招待を受けることにしてきた。
筋力アップのせいだろうか、最近は息切れもあまりしなくなりロングトーンも気持ちよく出る。そして音楽も臨床美術と同じで下手上手はないだろう。
しょせん私はプロではない。自分の心を少しでも届けられれば幸せではないかと開き直ったのだ。
そして、楽しく過ごさせていただこうと厚顔でリピートに答えた。
「案」を出しておいた。自分の好きな曲を選んだ。みんなで歌ってもらおうと、歌詞カードも用意した。前回「あなたもピカソ」と題してで自画像を描いたのを楽しんで下さったので、童心に返り、鋏や糊を使って遊んでみようとオリジナルの起き上がり小法師もつくることにした。
例会はいつも国旗奉礼に始まり、国歌斎唱で始まる。どんな会合にしてもこれで幕が開くのが当然と私は思うのだが、最近はそれはなされないことが多い。しかしライオンズクラブではそれがあるのがとても嬉しく背筋が伸びる。背筋を伸ばし、贅沢な会食を体験し、気持ちよくオカリナが吹け、そして皆さんの楽しそうな姿を見られてとても嬉しい楽しい一日だった。
「オレ不器用やねん。」そんなことないですよ。普段持ちなれない鋏を持っていただき申し訳ありません。
仕事で肩こるのにこれも肩こる。イイエ普段のストレスを発散して下さいね。
なんや面白いものが出来た、丸い起き上がり小法師が「三角お結び」みたいになった。これがまさしく小法師ですね。
どんなに怒った顔から転がしても、どこから転がしても、最後は笑顔でとまる。
転げても転げても笑顔、笑顔です
有り難うございました。楽しんでいただけたでしょうか。ゲストにお招きいただきほんとうに有り難うございました。
これからも自分のオカリナを楽しみ、精進いたします。 |
オカリナを吹こう
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オカリナを吹こう(32)
ミニ コンサート 「最高の七夕」
まだオカリナ教室をしていた頃、いろんな施設にオカリナを吹かせてもらいに行っていた。もと同じ職場の人が引き抜かれ、民間の介護施設へ施設長として沢山移っていった。生徒さんたちの励みにもなるのでそういう施設にボランティアで、オカリナ演奏によく行った。施設長の気概に賛同する施設や、なんとなく合わない施設とそれは様々だった。ボランティアに対する意識も様々だった。そんな中、毎月訪問する施設があった。全国的に展開するグループ会社が運営し、各施設の入居者を満杯にし、どれだけ採算が取れるか(売り上げを競う)ランキングがあった。介護事業もビジネスだった。
そんな中、懸命に本部とやりあいながら自分の感性を生かし介護に取り組んでいる元同僚に惹かれ、そのグループホーム(認知症対応型施設)に毎月行っていた。彼女は施設長会議(支店長会議)に出席するごとに売り上げが棒線グラフで表され、売り上げ優先を言われると話していた。その企業は儲けることばかりに走っていたのだろうか。最初から介護事業は儲かると踏んでの事業だったのだろう。時代の寵児のようにもてはやされた若い社長に、不正が発覚し企業は潰れた。しかし会社を潰すことは出来ない。入居している高齢介護者を放り出すことになる。施設介護事業は一括譲渡され、別の大手グループ会社が引き取った。
彼女は退職し自分の思う介護が出来るところへ転職していった。(介護も事業と言うからには採算も取れないといけない。しかし必要以上の採算重視より介護重視に自分をおきたかったようだ)
入居者と職員はそのままで、名称が代わったその施設に東京から単身赴任で新しい施設長が来た。そして私もボランティアで行かなくなった。
五、六年はたとうか。そこからオカリナボランティアを言ってきたのだ。オカリナ演奏を楽しみに待っていて下さっていたあの時の利用者さんは元気だろうか。色々とごたごたが有り施設の重苦しい空気はいま、どうなっているだろう、そんなことも思い浮かび引き受けた。
現在、どんな風に施設の日常が有るのか、どんな人たちが(どんな音楽を好まれるのか)分からない。私は度胸を決めて自分なりの選曲をしてとにかく訪問することにした。
30曲ばかり選んだ。その中から独奏するもの、みなさんに歌ってもらいその伴奏にオカリナを入れるものとに分けてみた。
独奏グループ
1.アメージング・グレス。竹田の子守唄、砂山、七つの子(メドレーで)
2.勿忘草をあなたに。遠くへ行きたい。岸壁の母(台詞を入れる)
3.君をのせて
皆に歌ってもらうグループ(歌詞カード持参)
1七夕、きらきら星。うみ。海。我は海の子
2青い山脈。瀬戸の花嫁。バラが咲いた。大きな古時計
3四季の歌。ふるさと。琵琶湖周航の歌。夕焼け小焼け
以上の20曲を用意した。
事前に琵琶湖周航の歌と青い山脈はみなさん大好きであることを聞いていた。そしてグループホームだ言うことも考慮して欲しいと言われていた。
1、2グループの順番は皆さんの前に立ってから決めることにした。
他に童謡唱歌オカリナ教本も持参した。
入所者さんもスタッフもほとんどが入れ替わっていた。施設が出来たときから入所されているOさんの顔が見えた。Oさんに声を掛けたが覚えておられなかった。スタッフの人が「アルツハイマーになられた」と言う。以前随分いろいろお喋りさせて頂いていたのにと思うと寂しくなった。出されるお八つもこぼしながら食べられている。でも顔がとても明るい。
用意した20曲を全部吹かしていただいた。まだ時間があるとのことで「いつも皆さんが歌っておられる歌で、リクエストがあれば言って下さい」と言う。
「荒城の月」がでた。唱歌用の教本を持ってきて良かったと思う(全ての楽譜を覚えてはいない。)教本のページを繰っていると「私踊る!」と言いながらもじもじしておられる方がいた。
「みなさん、荒城の月を吹かせていただきます。大きく歌ってくださいね。それと踊っても下さるそうです」とその方を前に引っ張った。
「先生の前に出て邪魔したら悪い」とまだもじもじしておられる。オカリナは伴奏だ。私が隅に下がり荒城の月を吹き始めた。昔踊ったことがあるのだろうかシナをつくり踊って下さる。それがとても楽しそうで面白い。オカリナを吹く口元も顔も緩む。すると、別の人たちも「私も踊る」と五,六人前に出てこられた。そして同じように手足を踊らせる。私もますます張りきって何度も「荒城の月」を吹いた。スタッフの人たちも「最高や!」と言いながら踊りの輪に入る。思いもしない状況になった。
みなさんから手拍子や大きな歌声が響いた。オカリナの音を小さくすると不振な顔をして踊りの方たちが振り返る。もう楽しいたら無かった。
皆さんが「今日はとても楽しかった。また来てください。本当に来てくださいよ」と大拍手をして見送って下さった。
Oさんのことは寂しかったが、私は最高の時間を貰った。オカリナを吹いていたから、こんな楽しいこともあるのだと嬉しかった。今の入居者は自立の人が多いとのことだったが、どの人も明るいのが嬉しかった。
そしてオカリナを吹き続けていたからこそこんな嬉しく楽しい時間が頂けたのだと思った。
きっと私はまたこの施設に寄せていただくだろうと思う。 |

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オカリナを吹こう(31)
オカリナ ミニ コンサート
六月の「おしどりミニコンサート」に呼んでいただきました。
「あかとんぼ」 でお邪魔する予定がMさんの都合がつかなくなり、私一人で伺うことになり心配していたのですが、
どうでしょう、私の先生であるEさんが心配して来て下さっていました。
「おしどり」施設長のTさんが1週間前に「私も合奏に加えて」と言って下さり当日初めて、音合わせをしてみました。
一人で一時間の演奏は大変だと、さりげなく助けて下さる皆さんの気持ちがとても嬉しく、温かい心地になりました。みなさんの心使いがとても嬉しいです。
初心者用に「きらきら星」「家路」「ふるさと」の二部合奏の楽譜を準備していき、Tさんと十分ほど練習をしました。
Tさん「つい、さっき先生に特訓受けたとこです」
私 「え!先生って私のこと?」「先生違うよ〜〜。先生は辞めて今は楽しみにて吹いているだけ」
と皆さんの前で揉めたりしました。
初回にしては上手く合って、演奏が終わったとたん二人でハグです。そなん私たちに皆さんが、大きな拍手を下さいました。
いつもと違う温かい流れの漂うコンサートでした。Eさんが引き語りをして下さったり、おしどりスタッフのKさんのバイオリン演奏が入り、心配した一時間はすぐに過ぎてしまいました。
コンサートとかがないと、なかなか練習しない私ですが、こうして温かい皆さんにふれると「もっと練習して、みんなに楽しんでもらいたい」と思うのでした。
毎月お邪魔しているグループホームで吹くこと以外は、少しさぼっていましたがやっぱり「オカリナっていいなぁ〜、音楽っていいなぁ〜」と思う日でした。
それにとても素敵な人を紹介して下さいました。
同じ滋賀県の方で、二歳の時に失明し、全国盲学生音楽コンクールにて優勝。最近ではNHK教育TV 「きらっと生きる」などに出演しておられる坂井孝之さんです。坂井さんもおしどりのコンサートに来ておられたのです。笛ならなんでもの「笛吹きおじさん」フルート、リコーダー、オカリーナ、ケーナ、篠笛を演奏される、それは素敵な方(音色)でした。
−いろいろな笛− 坂井孝之www.sakai.siga.jp/profile.html 音楽って音を楽しむ、人の輪がつながる、そして自分が楽しい、そんなことを強く思うミニコンサートでした。聞いて下さった方、演奏させて下さった方、有難うございました。
「さぁ〜オカリナの練習しょうと」「雨の日の楽しみ。雨だれにあわせよう」 |

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オカリナを吹こう(30)
吉野山 にて 「故郷」
四月十五日、吉野山の吉水神社で<北朝鮮に拉致された被害者全員を日本に
帰国させるための祈祷会>が行われた。今年も参列させていただきオカリナで「故郷」を吹いてきた。
今年の桜はどこも例年より1週間は開花が遅れているらしい。
暖かい日もあり一気に咲くかと思うと、寒さがぶり返し、また極端な寒さや霰が降ったりと、なんだかやきもきさせ、じらされ疲れる春先だった。
そんな中、一気に桜が咲いたのだ。一気に野山に春が来た。
春愁とか花疲れという言葉もあるが、やはり満開の桜は人を浮き浮きとさせる。昨年は震災で自粛ということもあったが、今年の花を求める吉野の人込みは順序ではなかった。桜の時期に五回ほど吉野山には行っているので、人込みは慣れているつもりだったが、あまりの人、人にしり込みする気分だった。まだ朝ぼらけのなか、吉野駅は桜色よりはるかに人影の黒色で覆われていたのだ。私はバスやケーブルに乗らないで横の山道を取る。
山からはもうぞくぞくと人が降りてくる。山道は前日からの雨で、かなりぬかるんでいる。山道を降りてくる人と、登りの人が声を掛け合うのが普通であろう。しかしそれもない。ひたすら降りることと、登ることに人は懸命になっているようだ。桜を観終わった人、これから観に行く人、まるで満員電車の乗降みたいな気がしてきた。こんな経験は初めてだった。観桜には余韻がつきまといそれが桜の色だと思っていたが、吉水神社に着くまでに私はあまりの人の多さにひるんでしまった。桜より人のほうが多いのではないかとさえ思うほどだ。
しかし、吉野の桜は天上人にもさせてくれる。桜は普通花を見あげる。しかし「1目千本」の桜は、全山の桜を見下ろして見られるのだ。しかも山桜である。一色の桜色でなく、白色に近いもの、ピンクの濃淡、そしてところどころに常緑樹も混ざる。それは美しい絵巻物だ。人が求めくるのも分かる。
ヤ
染井吉野と異なり、山桜はそれ一本では地味な桜だ。しかしそれが山全体を覆いつくすと別の世界になる。そして、歴史が流れ、桜をを守り継がれるこの世界に歴史の霊と気品が溢れ、人はそれを求めて来るのだろうか。早朝、桜の下ではもう宴が開らかれているが、騒ぐことなく静かに桜の生気を頂いている風で、またキヤラクター模様のシーツに一人静かに横たわっている高齢者も見えた。
吉水神社の境内の大きな山桜の下でも祭礼が執り行われた。
例年オカリナで「故郷」を吹かせた頂いている。今年も山桜がハラハラと皆の肩に花びらを落とす。花びらは風に煽られることもなくゆっくりと舞っていく。それを目で追っている時、突然、花びらのささやきが聞こえた。
山村暮鳥の桜の詩を花びらが歌っている錯覚に落ちたのだ。
さくらだといふ
春だといふ 一寸、お待ち どこかに 泣いてる人もあらうに 桜は毎年そこにありさえすれば必ず同じように咲く。しかし観る者には、決して同じ桜ではない。それが胸奥から感じられた。しかしそれが、桜が咲くように人も生きていると言うことだろう。
初めて世界最古の木管楽器の「ディジュリドゥ」の音魂にも触れさせていただいた。地底から大地を揺るがし、響いてくる心臓を鷲掴みするような音色に驚いた。
このディジュリドゥ、石笛、笛の音とともに「古事記」の原文の読み下しが朗唱されたのだ。
日本語の美しさ、言霊が声と音に乗って山桜の間を流れていく。
それは幽玄の世界で、またしても私は立ち尽くしてしまった。
古事記に私も自分なりの解釈を持ち、その素晴らしさを自分なりに自分に還元したいと恐れ多くも、表現するのに悪戦苦闘していた。
しかし、この大小田さくら子先生の「やまとかたり」と名付けらるご自分流の読み方で「古事記」の原文を読み下し朗唱なさる声に宿る力は神に近い。そこに響く、ディジュリドゥと石笛の魂音とでも言えばいいのだろうか、その厳かさに足がガクガクと震えてしまった。
私の古事記の始まりは 「稗田阿礼と仰るそれは見目麗しく聡明な若人が、周りの木々もが静かに聞きほれるような美しい声で、この国の原点を諳んじておられました。」だ。
私のこんな安っぽい思い描きは飛んでいくような気がした。
古事記とは音と響きと言霊、「宙の音の言の葉」ではないか。古事記とはこの音、言の葉に誰もが強く突き動かされる何かを得るものではないかと思えた。
桜に酔うもよし。それも魂であろう。また人はその爛漫の春に酔う陰で、泣いている人のことを思いやる魂もある。そしてその中に日本の言霊、文化の美しさをも知る。
これはすべて「ふるさと(故郷)」なのだ。
そんなことを思いつつ下山する今年の吉野山参拝になった。 例年と異なる体験をいろいろとさせていただいた。
今後オカリナで「故郷」を吹くとき、私にまた違う感慨を持たせることだろう。
そして帰宅した我が家の「庭ざくら」も満開だった。いつになくこの桜が一番の美しさに観えた。 |

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