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水温む・お茶席の支度・茶会案内と会記
♪ オカリナを吹こう (21)
「早春賦」のお茶会
田んぼに緑の草が一面に生えている。霜の白い粉で煌いている若緑。暖かい日は陽を受け、朝露の球の七色の海原が広がる。「きれいだなぁ〜」とうっとりする。これは麦畑だ。ご機嫌な私の口から「冬景色」の歌が流れ出る。「さ霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜・げに小春日ののどけしや かえり咲きの花も見ゆ」
滋賀県は湖北・湖西・湖東・湖南に分かれている。湖西は山地で山のふもとに住む私は、迫る山々に息苦しさを感じるときもある。どこまでも平野の広がる湖東の風景に感動するのだ。狭い畑地や密集している建物群から、琵琶湖大橋を渡り向かいの湖東に出ると琵琶湖が手にとるようにあり、静かな波に浮き寝鳥が点描画のように浮いている。波は布をたゆらせるような静かなときもあれば、湖西から吹き降ろす強風に(比良八荒)波高く、白い波頭は荒海を思わせる。広い道がどこまでも続き、横道に入ると観光農園と平野が広がる。行けども行けども同じに見える平野で方向音痴の私は目的地に着くのにずいぶんと迷ったものだ。
もう訪ねるのはやめようかと思うものの、なぜか惹かれるものがあった。そして、懐かしい神社の前に出たのだ。二十五年ほど前、私たちの近くで暮らしたいと転居してきた父が、この神社に勤務をしていた。すっかり忘れていた神社だった。鮒寿しにまつわる有名な観光行事の神社であり、私も子供たちを連れて見に行ったことがある。五分もあれば渡りきれる琵琶湖大橋が、そのときは連休と重なる渋滞で、四時間近くはかかった。子供たちはまだ小さく疲れと退屈さで神社のお下がりにもらって帰ったスルメをしゃぶりだし、スルメを二枚も平らげた。その夜子供たちは腹痛を訴え大騒ぎになった。そんなことが昨日のように思い出されてくる。
父は神社内に住宅を用意されていたのに、琵琶湖大橋をバイクで、自宅と神社を行き来していた。当然氏子たちからは不平が出る。しかし、父には別の算段があった。前任の神主が氏子ともめ、亡くなったあと、跡継ぎの息子がいるのに、他から神主を呼んでいたのだ。(それが父)父は息子さんがあとを継ぐことが筋と考えていた。そして息子さんが勤務していた神社と話し合い、息子さんが育った神社にもどした。昔、父も田舎の神社を追われる体験をしている。それだけに息子さんが神社に戻れたことをとても喜んだ。
袴姿で境内を掃除していた父の姿が浮かぶ。
私は昨年、市の社会福祉事業団の介護士を定年で退職し、そのあと何をするという目的も無く無為にすごしていた。そして求人広告の「小さなデイサービスセンター<またあした>」に誘われるように面接に行ったわけだ。探すデイサービスセンターはその神社の近くにあったのだ。
私は平野の緑と父に導かれ、ここにたどり着いたと思っている。
在宅ヘルパーをしているときデイサービスから帰宅した人の、洗濯や夕食準備の家事介護をした。汚れ物をカバンに丸めて突っ込んだまま持ち帰らせる施設、簡単に便を流し畳んで袋に入れて帰らす施設、いろんな施設があった。またオカリナ行脚でたくさんの施設を訪問した。利用者の表情が暗い施設、笑顔が溢れている施設。スタッフが威張っている施設、いろいろな施設を知った。
私は今、きれいだと広がる平野にうっとりし、神社の前で頭を下げ、そして笑いの耐えない小さなデイサービスセンターで働いている。帰宅が遅くなるときもある。そんなときは「若し燈火の漏れ来ずば それと分かじ野辺の里」を帰るのだ。
センターで、「一度お茶会なるものをやってみたいなぁ〜」の声があがった。以前、お茶を一緒に習っていた人が上級まで進んでいまも精進している。知人に日舞の師匠がいる。早速二人に頼み込んだ「お年寄りに喜んでもらうのって、どれだけ冥利につきるか。嬉しくなるし元気を貰うよ。ボランティアやけど手伝って・・・」そして知人たちを説得してお茶会をすることになったのだ。
手持ちの道具を点検してみた。私は、お茶席は作法やお道具の比べあいでなく、季節を感じ、自然を感じ、ひと時を異時間、異空間に自分をおくことのできる文化の凝縮だと思っている。私は最小限の道具しか持たないが、それで十分楽しむことが出来た。が、三十数人のお茶会となるとそうは行かない。幸い知人が自分の大事な道具を貸してくれた。日舞の知人に茶会も手伝ってもらうことにした。
そして会記をつくってみた。
*花は我が家の庭に今あるものにした。*花入れは息子が作ったものだ*茶杓の銘に考え込んだ。お稽古の時に、「季節を敏感に感じられる感性を養うこと。自分で勉強して銘は付けるよう」と言われていた。
今冬、氷のことをシガということを知った。そして早春に春の味を運んでくるサヤエンドウのことをシガワリと言うことも知った。氷を割って、春の味を真っ先に伝えるからだろうか。茶杓にサヤエンドウの銘はちよっと変かなとも思い、氷割(シガワリ)をお借りした。*本来はスタッフの手作りにしたかったが、なかなかその時間はとれなかったので、桃の蕾をかたどったお菓子をネットで見つけた*茶碗は新婚旅行で買ってきた唐津焼きの器。初めての共同作業で買ったものだ。他に買った徳利や花瓶は壊れてしまったが、碗だけは残っていた。*着物は大好きな染と織りの「早春」にした。
*「早春賦」ということでまとめた。
そして最後にオカリナ伴奏で「早春賦」と「春よ来い」をみんなで歌うことにした。計画実行はなかなか大変だったがこうしてお茶席は実現した。
「わてなぁ〜、八十何年生きているけど、お茶席は初めてやし、抹茶を飲んだのも始めてや。こんなことしてもろうておおきになぁ。」と涙を零してくださった。疲れは吹き飛んだ。
みんな大喜びをしてくださったのだ。いつも無口な人が大きな声で「春よ来い」と歌って下さった。
早春賦の時期が大好きだ。せめぎあいの時期。それをみんなにも感じてもらえ、幸せの余韻にオカリナを撫でている。
助けてくれた知人たち、デイサービスの利用者、スタッフ、なによりもこの施設へ導かれ、そしてオカリナを続けられた巡り合わせに「ありがとう」と思う。
冬の余韻も大切にしてこそ、春の女神に大きな幸せをもらうのだ。そんな気がする。
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早春 木村徳太郎
うつすら薄陽 土蔵(くら)の壁
ほうやり明るう なりました。
初午すんで 雪解みち
綿子をぬいだ 子がひとり。
鶯笛を ほうほけきょ
うれしい音色を ならしてく。
うっすら薄陽 土蔵の壁
ほうやり榛の 芽も萌えた。
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