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オカリナを吹こう

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オカリナを吹こう

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オカリナを吹こう (22)
  再生ふるさと
 
言葉を失ってしまった。
一カ月ほど前、誰がこの惨状を想像しただろうか。「頑張れ」の言葉は酷だという人もいるが、頑張れしか言いようがない。一人に頑張れと言っているのではない。みんなで頑張るのだ。ただ、頑張れを言う傍観者になってはいけない。批評家になってもいけない。みんなで頑張るのだ。
「頑張れ」と「有り難う」の言葉は失っていない。
 被災者の方々、地震の中で生まれてきた赤ちゃん、九日ぶりに救助された若者と高齢者、不眠不休で職務をこなしておられる方々、ボランテイアの方々「頑張れ」「有り難う」
 手を携えること、目には見えないけれどみんなで手をつなぎ「頑張れ、有り難う」を繰り返す。

 一ヶ月前お茶会をした。季節の花に使ったネコヤナギがそのままになっていた。活けかえることも忘れ祈るばかりの日々が続いた。
ネコヤナギは、葉が出始め花がほうけ始めていた。処分しようと花器から抜きだして驚いた。根が出ているのだ。陽の射さない花器の中で根を出していた。
「再生」。 私は一筋の光を思った。
ネコヤナギは本来強い植物ではある。しかし活け花に使った、花器の暗い水の中で根を出しているのを見たとき、「再生」を強く思った。

地面にそれを植え変えた。力強く根づいていくだろう。

「頑張れ、頑張れ、そして、有り難う」。

「震災見舞い大祈祷会」が吉野山で行なわれる。例年「拉致被害全員帰国悲願祈祷」が行なわれていた。オカリナで「故郷」を吹かせていただき、末席に加えていただいていた。演奏がユーチューブで流れているの聴いて、恥ずかしさで耳を覆いたかった。
「下手なのだ」もう吹きたくないと思った。

 桜どきの吉野は大混雑だ。特急券は早々と完売になり座席確保もままならない。そんな中、高齢の横田滋さんが人混みにつぶされ立ち通しで吉野山に着かれる。その姿を見たとき、私は悲しかった。「こんなにもみくちゃにして良いのか。」「下手なオカリナを吹いて良いのか」私は自答自問していた。
そして気がついた。
横田滋さんはどんなに疲れても、どんなにしんどくとも、「めぐみさんのことを覚えていてくれる者に」有り難うを思い、自分に勇気を持ち、生きることに前を向いておられるのだ。しんどくとも、どんな遠方をも鞭打ちながらも、だから来られるのだ。それに気がついた。
 風化させてはいけない。風化させてはいけない。日本人の特性、思いやり、和の精神に、風化はない。
オカリナは下手かもしれない。でもみんなで「故郷」を歌いたい。
人はみなきっと「ふるさと」があるから頑張れるのだと思う。
事態は推移し続け「ふるさと」は形として見えなくなっても、「ふるさと」はすべてに繋がる。
そしてそれが再生ではないだろうかと思う。

義援金しか出来ないのがもどかしい。しかし、これから長い推移が続く。祈りを続けたい。
ボランティアで入れる時がくれば、介護ヘルパーで行きたい。

 
吉野の宮司様(http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/60884545.html)からお借りして「お知らせ」にした。プリントして知人たちに手渡している。一人でも多く吉野山へ来て欲しい。

オカリナを吹こう

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水温む・お茶席の支度・茶会案内と会記
オカリナを吹こう (21)
  「早春賦」お茶会
 
 田んぼに緑の草が一面に生えている。霜の白い粉で煌いている若緑。暖かい日は陽を受け、朝露の球の七色の海原が広がる。「きれいだなぁ〜」とうっとりする。これは麦畑だ。ご機嫌な私の口から「冬景色」の歌が流れ出る。「さ霧消ゆる湊江の 舟に白し朝の霜・げに小春日ののどけしや かえり咲きの花も見ゆ」
 滋賀県は湖北・湖西・湖東・湖南に分かれている。湖西は山地で山のふもとに住む私は、迫る山々に息苦しさを感じるときもある。どこまでも平野の広がる湖東の風景に感動するのだ。狭い畑地や密集している建物群から、琵琶湖大橋を渡り向かいの湖東に出ると琵琶湖が手にとるようにあり、静かな波に浮き寝鳥が点描画のように浮いている。波は布をたゆらせるような静かなときもあれば、湖西から吹き降ろす強風に(比良八荒)波高く、白い波頭は荒海を思わせる。広い道がどこまでも続き、横道に入ると観光農園と平野が広がる。行けども行けども同じに見える平野で方向音痴の私は目的地に着くのにずいぶんと迷ったものだ。
 もう訪ねるのはやめようかと思うものの、なぜか惹かれるものがあった。そして、懐かしい神社の前に出たのだ。二十五年ほど前、私たちの近くで暮らしたいと転居してきた父が、この神社に勤務をしていた。すっかり忘れていた神社だった。鮒寿しにまつわる有名な観光行事の神社であり、私も子供たちを連れて見に行ったことがある。五分もあれば渡りきれる琵琶湖大橋が、そのときは連休と重なる渋滞で、四時間近くはかかった。子供たちはまだ小さく疲れと退屈さで神社のお下がりにもらって帰ったスルメをしゃぶりだし、スルメを二枚も平らげた。その夜子供たちは腹痛を訴え大騒ぎになった。そんなことが昨日のように思い出されてくる。
 父は神社内に住宅を用意されていたのに、琵琶湖大橋をバイクで、自宅と神社を行き来していた。当然氏子たちからは不平が出る。しかし、父には別の算段があった。前任の神主が氏子ともめ、亡くなったあと、跡継ぎの息子がいるのに、他から神主を呼んでいたのだ。(それが父)父は息子さんがあとを継ぐことが筋と考えていた。そして息子さんが勤務していた神社と話し合い、息子さんが育った神社にもどした。昔、父も田舎の神社を追われる体験をしている。それだけに息子さんが神社に戻れたことをとても喜んだ。
 袴姿で境内を掃除していた父の姿が浮かぶ。

 私は昨年、市の社会福祉事業団の介護士を定年で退職し、そのあと何をするという目的も無く無為にすごしていた。そして求人広告の「小さなデイサービスセンター<またあした>」に誘われるように面接に行ったわけだ。探すデイサービスセンターはその神社の近くにあったのだ。
 私は平野の緑と父に導かれ、ここにたどり着いたと思っている。
在宅ヘルパーをしているときデイサービスから帰宅した人の、洗濯や夕食準備の家事介護をした。汚れ物をカバンに丸めて突っ込んだまま持ち帰らせる施設、簡単に便を流し畳んで袋に入れて帰らす施設、いろんな施設があった。またオカリナ行脚でたくさんの施設を訪問した。利用者の表情が暗い施設、笑顔が溢れている施設。スタッフが威張っている施設、いろいろな施設を知った。

私は今、きれいだと広がる平野にうっとりし、神社の前で頭を下げ、そして笑いの耐えない小さなデイサービスセンターで働いている。帰宅が遅くなるときもある。そんなときは「若し燈火の漏れ来ずば それと分かじ野辺の里」を帰るのだ。
センターで、「一度お茶会なるものをやってみたいなぁ〜」の声があがった。以前、お茶を一緒に習っていた人が上級まで進んでいまも精進している。知人に日舞の師匠がいる。早速二人に頼み込んだ「お年寄りに喜んでもらうのって、どれだけ冥利につきるか。嬉しくなるし元気を貰うよ。ボランティアやけど手伝って・・・」そして知人たちを説得してお茶会をすることになったのだ。
手持ちの道具を点検してみた。私は、お茶席は作法やお道具の比べあいでなく、季節を感じ、自然を感じ、ひと時を異時間、異空間に自分をおくことのできる文化の凝縮だと思っている。私は最小限の道具しか持たないが、それで十分楽しむことが出来た。が、三十数人のお茶会となるとそうは行かない。幸い知人が自分の大事な道具を貸してくれた。日舞の知人に茶会も手伝ってもらうことにした。
 そして会記をつくってみた。

*花は我が家の庭に今あるものにした。*花入れは息子が作ったものだ*茶杓の銘に考え込んだ。お稽古の時に、「季節を敏感に感じられる感性を養うこと。自分で勉強して銘は付けるよう」と言われていた。
今冬、氷のことをシガということを知った。そして早春に春の味を運んでくるサヤエンドウのことをシガワリと言うことも知った。氷を割って、春の味を真っ先に伝えるからだろうか。茶杓にサヤエンドウの銘はちよっと変かなとも思い、氷割(シガワリ)をお借りした。*本来はスタッフの手作りにしたかったが、なかなかその時間はとれなかったので、桃の蕾をかたどったお菓子をネットで見つけた*茶碗は新婚旅行で買ってきた唐津焼きの器。初めての共同作業で買ったものだ。他に買った徳利や花瓶は壊れてしまったが、碗だけは残っていた。*着物は大好きな染と織りの「早春」にした。
*「早春賦」ということでまとめた。

 そして最後にオカリナ伴奏で「早春賦」と「春よ来い」をみんなで歌うことにした。計画実行はなかなか大変だったがこうしてお茶席は実現した。
「わてなぁ〜、八十何年生きているけど、お茶席は初めてやし、抹茶を飲んだのも始めてや。こんなことしてもろうておおきになぁ。」と涙を零してくださった。疲れは吹き飛んだ。
みんな大喜びをしてくださったのだ。いつも無口な人が大きな声で「春よ来い」と歌って下さった。

 早春賦の時期が大好きだ。せめぎあいの時期。それをみんなにも感じてもらえ、幸せの余韻にオカリナを撫でている。
助けてくれた知人たち、デイサービスの利用者、スタッフ、なによりもこの施設へ導かれ、そしてオカリナを続けられた巡り合わせに「ありがとう」と思う。
 冬の余韻も大切にしてこそ、春の女神に大きな幸せをもらうのだ。そんな気がする。

      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
          早春  木村徳太郎  
 
       うつすら薄陽 土蔵(くら)の壁

       ほうやり明るう なりました。

       初午すんで 雪解みち

       綿子をぬいだ 子がひとり。

       鶯笛を ほうほけきょ

       うれしい音色を ならしてく。

       うっすら薄陽 土蔵の壁

       ほうやり榛の 芽も萌えた。

              

オカリナを吹こう

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1) オカリナ演奏で施設にボランテイァに行き、手作りのカードとツリーを頂いた。とても嬉しかった。
2) 手作りのリースとオカリナ。(マツポックリ・サルトリイバラ・ヘクソカズラ・リユウノヒゲ・サルスベリ・クチナシ・アカトウガラシ・スズカケの実・ミニザクロ・オチャの実・ドングリ・ハナミズキ)身近にいろんな実があります


オカリナを吹こう (20)
  楽しいサンタ
 施設へ、オカリナ演奏で定期的にボランテイァ訪問をさせて頂いている。
一時、何もかもが嫌になりオカリナも止めていた。が、同じように同行してくれる仲間も出来た。三ヶ所の施設に毎月訪問している。オカリナ2名、ギター1名のユニットだ。続ける幸せを感じている。
 十二月は他からも出演依頼が舞い込み、楽しませてもらえることが続いた。一つは京都建仁寺の庭をバックに吹かせて頂いた。視覚障害のある方のグループだったので、私たちの拙い(恥ずかしながら音が正確でなかったりする)演奏で良いのかと心配もしたが、オカリナの説明を入れたり、オカリナを存分触ってもらい、吹くことも体験してもらえるようなプログラムを工夫してみた。とても喜んでもらえ私たちも貴重な勉強をさせてもらえた。(選曲やプログラムを組むのも楽しみの一つだ)
 元気な元気な老人会のクリスマス会にも呼んでもらった。最高年令は100歳と言う。みなさんの若さに圧倒する。今の高齢者は、私が描いている老人のイメージからどの人も10歳は若い。私も先輩たちを見習いたいものだ。また週一回だけ勤務しているデイサービスでも、押し掛けのクリスマスコンサートをやった。
 同じやるなら楽しくやろうとサンタクロースの衣装作りから始めた。着れなくなった真っ赤なコートを、上下切り離し大きな白いボタンを付け化繊のボァーをつけ、ベストとスカートにした。グループの一人は幼稚園の先生をしていて、立派なサンタさんの衣装を持ってきた。ギターの人はサンタエプロンを用意した。私は百均で可愛いサンタのカチユシャと赤い靴下を三人分揃えた。行く先々で「可愛いサンタさんたちだ」と盛り上がり、和やかな空気になるのが嬉しかった。着ぐるみの楽しさを知った。
「下手なオカリナ。もう吹くのはやめよう」と思ったことも幾度かある。しかし、続ける事がこんなに自分の楽しみになり、沢山の学びになるとは思いもしなかった。「趣味は人を助ける」と言う。教室をしているとき、吹けるようになるとすぐに止め、また次のカルチャーへ行く人を見て来た。あの人たちはいまでもオカリナを続けているのだろうかと、思う。
 何事も続けていると壁にもぶち当たる。しかし、プロでなくともよいのだ。プロとして生計を立てられる人は数少ないだろうし、それは血みどろの努力の結果だ。
私は楽しく定期的に迎えてくださる場所があり、ときたま好意で声をかけて下さる所がある幸せに、勿体無い気持になる。
やっと続けていけること、続ける事が大きな自分の糧になることに気付き始めた。
何事も、早々とみきりをつける(見通す力)も大事かもしれないが、続ける事の大事さと良さを感じる。牛歩であれ、続ける事が(無駄であっても)大事で、趣味は私を助けてくれると、いまごろ気がつき始めている。人生なにか続けて行ける物を持てることの幸せと、継続は確かに力になると思う。
予定を無事全部こなせた。一人静かに「ホワイト・クリスマス」を吹く。私へのクリスマスプレゼントを、いくつも貰らえた気分になってくる。

 さぁ〜次は年末と新年の準備だ。今年も良い年を送る事ができた。健康に気をつけ、(腹筋=腹式呼吸)「良かった!」と思える日々をこれからも送りたい。



    好きな事続けられる幸を知る



     

オカリナを吹こう

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大事にしている新聞記事と雪中花
オカリナを吹こう (19)
  白い音楽会
 
「一区の乗車券で琵琶湖が一巡り出来るんだって」……。
今、「琵琶湖一周」がブームになっている。徒歩で、サイクリングで、バイクで、車で……。半日で周る人も有れば、季節季節を賞賛しながら日数をかけて周る人と様々だ。趣味の写真を撮りながら、絵を描きながら、吟行しながらと多彩である。「琵琶湖一周完歩認定状」も発行されている。
 私たちも三年ほど前、JRの各駅を繋げて、各駅近辺の施設(養護施設。介護施設・通所施設等)へオカリナ演奏をしながら、また、その地の歴史にふれる喜びを加えて「オカリナで琵琶湖一周」をした。そんなとき、みんなの口からいつも出ていたのがこの言葉だった。「一区間で?」
 琵琶湖は湖北・湖東・湖南・湖西と分けられ、その沿線を北陸本線・東海道本線・湖西線が囲んでいる。これは二千六年に滋賀県民の念願だった「琵琶湖環状線」として繋がったのだ。一区の乗車券と駅弁をたずさえ琵琶湖を一周する。琵琶湖が必ずしも見えるとは限らないが、風光明媚な車窓の景色と琵琶湖が絵巻物のように姿を変える、その小さな(安価な)旅もまた良いだろう。歩き、触れ合う行脚を終えれば「オカリナで琵琶湖一周」を振り返りながら、私もいつか体験してみたいと思っていた。
チャンス到来。

大雪を楽しみました。

 「オカリナ行脚」の第一回は雪で始まって いた。
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/40296844.html
雪は生活を苦しめる。特に湖北は「ふるさとの生活」(宮本常一著)でその様子を「屋根の破風から出入りして、囲炉裏の火一つが家の明かりで、雪の底のような中でくらしている」と書かれる。豪雪に耐えかね集団疎開を繰りかえす村もあったほどだ。
私が滋賀県に越してきた昭和五十年代もまだ雪国の世界だった。しかし、近頃は雪が降らない。もうあのような雪に出会うこともないだろうと、私は雪への手紙を数通書いて、(書庫「雪への手紙」)雪をとうに忘れていた。しかし、
 雪はまだ残っていたのだ。心に残っていた。雪が降らないと、雪に旅愁すら感じる。雪を見たいと思うようになっていた。
偶然、仕事に空きができ湖北は大雪だという。私は140円の切符を握り締め、本、おむすび、お茶、おやつ、オカリナをリユックに詰め、急遽小さな旅に出た。琵琶湖の水の色が青色や、藍色、錆(にび)色と変わるのが分かる。近江今津辺りから雪景色に変わり、陸の情景もどんどん変わっていく。雪が舞い空がグレーになり線路も田んぼも真っ白だ。一駅進むごとに積雪が増す。プラットホームに雪達磨があるのが微笑ましい。しかし、降りしきる雪の中に人影が動く。保線区の整備に作業員の人たちが働いているのだ。(確か昨年にはこの雪の作業中に事故が有り、一つの人命が落とされていた)雪は傍観している分には美しいが、生活は大変だと思う。これが雪の魔性なのだろうか。
オカリナ行脚で、琵琶湖一周の地図が頭に入っていたはずなのに一面の雪はそんな記憶も消したのだろうか。近江塩津駅が乗り換えなのに、そのまま敦賀行きに乗っていた。新疋田駅で間違いに気がついた。大急いで下車をする。引き返すために反対ホームへ渡るのだが、膝まで雪で埋る。折り返しの電車を待つあいだ、私は雪国の人になった。屋根のある駅舎させうず高い雪だ。誰もいない。しんしんと雪が降り続ける。その無き音が聞こえるのだ。特急列車が雪を舞い上げ通り過ぎていく。舞い上げた雪が、白い音符のように見えた。私は急いでオカリナを取り出した。オカリナは氷の塊のように冷たい。音が出ない。人がいないのを幸いに悴む手で、素早くオカリナを胸に入れ素肌に当てた。オカリナがだんだん温まっていく。
「融けていく雪の気持ってこんなんだろうか」と思う。冷たい、でも暖かいのだ。
雪の世界に現れる雪女は、自分が消え融けて行く時、「悲しみだけでなく暖かい幸せのようなものも抱いて、消えていくのではないだろうか」などと、ふと思った。
オカリナへ体温が移って行く。白い息を入れた。優しい音が出た。
私はオカリナを始めたころを思い出していた。オカリナを始めたのは、ちよっとした悪戯?心だった。夫はフルートやギターやオカリナを楽しんでいた。私は音楽といえば浪曲好きの祖母から聞かされる唸りだ。私の音痴ぶりはクラスの笑いもので、音楽の授業が大嫌いだった。聞くのは好きだが、自分が楽器をさわるなどとは思いもしなかった。それに私は少し変わっていた。
育児に特別に幼児用を使用するのが嫌いだった。陶器の茶碗は落とせば割れる。割れない幼児用の食器は使わない。割れることを知って欲しかった。そんな調子だから、夫のギターもフルートも、弦が切れたり、管がボコボコにへこんだ。もちろんオカリナも割れた。夫は叱らなかったが、他の楽器は修復できても、オカリナだけは割れてしまえばそれまでだ。その落胆振りに私は、長い間罪悪感を感じていた。年月を経て同じようなオカリナを捜し求め夫に返したが、夫は「企業兵士」となりそれどころではなかった。そこで私がオカリナの練習を始めたのだ。私は楽譜が読めない。音楽の知識は丸っきりだめだった。そんな私を、馬鹿にしながらも夫が手ほどきをしてくれた。もともと音楽好きでもない私は、遊び半分でいい加減な楽しみ方だった。そんなとき一枚の記事を目にしたのだ。それは衝撃だった。
 「私が手にしている、このオカリナは、八十三歳のお婆さんが作っているものなんだ! 」
オカリナに祖母が重なる。オカリナが暖かい生き物に見えてきた。それからだ。オカリナに触れるのが大好きになった。
オカリナを吹くとき、あのにこやかな「明田川かづさん」が浮かぶ。
雪の中、一人で悴んだ手で吹くオカリナに、やはり「明田川かづさん」が浮んできた。

 雪煙に滲んだ列車が音もなく進んで来る。ドアーが開くのを待つ。開かない。手動だった。
雪深い駅から、しかも乗車に手間取った私が珍しいのか、なんだかみんながジロジロ見ている気がした。検札の人が飛んで来た。<特例運賃>というものがあり、一区での琵琶湖一周はそれに当るらしい(大都市近郊区間内では、途中下車や引き返しをしなければ目的地までの経路は自由。その特例を利用して、大回りの旅ができるというもの)私の場合新疋田駅から引き返しているので、本来なら正規の料金3000円余を支払わなければいけないらしい。「楽しみも、仕組みをよく調べてから乗車して下さい」と注意された。しかし、そのまま一区間で「余呉湖は左側に見えますから」とまで教えてくれた。
私が雪を連れて来たのだろうか、通路が光っている。電車は深々と降る雪の中を進む。車内は暖かかった。「オカリナ行脚」で余呉湖は一周していた。あの時煌いていた湖は、深い雪で覆われ、どこからが湖かは分からない。外の雪の厳しさを知らされた。
 私は至福の旅をさせて貰えた。帰宅すると周辺には雪はなく小春日和だった。たった三時間ばかり前のことである。あの雪は本当だったのだろうかと思う。しかし、これが良いのだ。知らない所を見たり、いろんなことを知る。それが嬉しく大事なことだと改めて思った。
 次は芽吹きのころ、また「オカリナ行脚」で回ったところを「思い出」と共に車窓の旅にでよう。思い出というのも行脚の一つであろう。



    雪の符氷柱のタクトオカリナ流る



      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
          氷柱       木村徳太郎    

       屋根のツララは

       氷のキャンデー

       空のいろした

       オレンジキャンデー


       お日さま 店番

       キャンデーのお店

       雀の客が

       並んで買ってる

       屋根のツララは

       氷のキャンデー

       夜更けに 月さま

       つくったキャンデー
              

オカリナ行脚

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オカリナを吹こう (18)
    嬉しいプレゼント嬉しい巡り会い
 
 オカリナを続けていて良かったと思う。いや続ける事が出来て良かった。
昨年の末から夏ごろまで、私は落ち込んでいた。元気印と言われるだけに、誰かに自分の悩みを言えるわけでもなく、よけいに自分が惨めになり悶々とする日が続いていた。
 私は音楽の専門家ではない。ただオカリナが好きで吹いていた。それが、カルチャーセンターのオカリナ教室の講師に招かれ7年が経過していた。7年の間にはいろんなことがあった。それが噴出したような年だった。
 二年前からオカリナ行脚を始めた。そこで、教室とはまた違う会員たちの姿をみた。教室に会員として参加出来ても、行脚に参加出来ない人からは不満が出た。
行脚は私個人のこと。「もし一緒に参加する希望者が有ればどうぞ」という声賭けだったが、いつのまにか教室の行事のようになり、私の予定より教室の人の予定で動かされる雰囲気になってきた。「練習より行脚が楽しいから、オカリナ教室を続けているの」と言う人も出始める始末だった。これは、オカリナ指導者としての力量はないにも等しいと言われているようでもあった。
「行脚」の計画は、道中の安全、訪問先の交渉、会員のコミュニュケーションの活用、演奏する曲目選び……。結構神経を使うことが多かった。しかし、自分の好きなことをやっているのだし、支えてくれている人もあるのが嬉しかった。
しかし、どこかで不協和音が生じてきたのだろう。
 私を外して、仕切る人が出てきた。あげくには「先生とワシとはこれからライバル同士」と意味不明な声を残して止めていく人もあった。「お金を取っているのだから、それだけの指導を」と言われる。私は知識より音楽の心を一緒に楽しみたいと言う思いだった。
しかしそれだけでは不満だったのだろう。どこかで行き違いが生じ、会員がバタバタとやめていった。「『止める』と言ったのを引き止めなかった」と非難された。一番信頼していた人に聞いてみると「止めると言われた時点で貴方は負けよ」と言い放たれた。私はライバルとか、負けとか言う言葉を音楽の教室で聞くことになるとは想像もしていなかった。新しく教室を開く人が、会員を引き抜こうとしているのだとも耳に入った。

 教室を止めようと思った。もうオカリナなど吹きたくないと思った。自分の全人格を否定されたような気分だった。何もしたくない。なにもかも否定されている。
「私はどうしたら良いのだろう」止めてしまえばそれで良い。でも私の楽しみを自分で奪うことにもなる。何日も何日も私は暗い顔で過ごした。それは精神的肉体的にも負荷を増す。風邪を長引かせ珍しく寝込んでしまった。そんなとき精神的なものから来る風邪引きと知ってか、自分が育てたと言うウコンをわざわざ送ってくれた人があった。嬉しかった。ウコンが、元気が出るか出ないかではなく、その気持が嬉しかった。それをきっかけとして、苦しく暗い顔でも、とにかくじっと固まっていないで、動いていれば道は開けるのではないかと思わせてくれた。
 教室は未練を残さず辞めることにした。7年間に関わった沢山の人の中には、とても気の合う人もいた。目立つわけではないがいつも力を(元気)をもたらしてくれた人もいた。意地の悪い人も居た。そうだ、みんなそれぞれ違うのだ。全てにあわせる必要もなかろう。それが人生だ。そう開きなおれた。
そして中断していたオカリナ行脚をまた始めた。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/47140708.html
私は関わった人、全員に声をかけた(声をかける人とかけない人があり、エコヒイキをしたと言う声を後に聞いたが、私は全ての人に声をかけた。聞いていないと言う人は、心で聞いていなかったのではないだろうか)こうして10人ほどメンバーが集ってきた。そしておかげで、無事に「オカリナ行脚・琵琶湖一周」を終える事が出来た。「最近、音がすごくのびのびしたように聞こえますが……」などと言われた。「そうかもしれんね。なんか気負っていたものがなくなり、オカリナ吹くのが楽しいもん」などと答えながら、心模様が音色に映るのかと驚きもした。
そうして新しいメンバーで楽しみを続けることにした。しかし、人はいろいろ。思いもいろいろ。私は「楽しむ」。これが一番。その楽しみを施設の人、他の人と一緒に作れる幸せ。それが嬉しいのであって、他には何も無い。しかし、目立つイベントには参加するが、小さな施設には参加しない。苦労して決めてきた企画にもドタキャンをする。あげくには「目指している物が違う」と言う。ここでもいろんな思いが人それぞれにあり、音楽と言うものの中にもどろどろとしたものも、見え隠れするのを知った。
しかしそれらは全て、今を作り出す試練であったのだろう。勉強だったのではないだろうか。
 私はあの穴に落ち込んだようなとき、鬱状態だった。毎晩うなされた。恐ろしい夢を見てとんでもない叫び声を出し、その声で目を覚ます。もちろん夫も目を覚ます。そして、そのとき初めて、私は夫にいろいろ悩みごとを話した。それまであまり話をしないで、何事も自分で解決し、一人で生きているような傲慢さがあった。しかし、話を聞いてもらうだけで救われる物があるのを知った。今はつまらないことでもよく喋る。人は会話が無くては生きてはいけない。人と言う字の支えあいと言うのは話すこと、コミュニュケーションを持つ動物だと言うことに気が付いた。しかし、気が滅入るというのは恐いことである。車の運転で前の車とぶつかりそうになる。仕事の日を間違う。施設訪問の日を忘れる。すっかり私は認知症状態だった。ストレスから認知症が始まるのを、身を持って体験した。しかし有り難かった。そんな私を「ボケてきた」とは言わないで(思っていたかもしれないが)施設の人もメンバーも前日に電話をかけて、注意を促してくるようになった。
今は「また忘れていると思ってからに」と憎まれ口を叩いている。しかし嬉しい。
こうして苦しかった色んなことは、私の求めていた形になるための試練だったのだろう。
 最終的に残った四名で「あかとんぼ」と言うユニットを組んだ。
四重奏を目指している。音の重なりがこれが本当に楽しい。自分達の楽しみだ。ボランティア訪問のためのユニットである。訪問する施設も定着した。どこもほのぼのとしている施設である。待っていて下さる。そして一緒に遊べる。
 行脚をしていて、施設にもいろいろあるのも感じた。気持の合う施設に行かして頂けるのも巡り会わせだろう。すべてなんでも巡り会わせかもしれない。オカリナ行脚も巡り会いだったのだろう。そして私はいま素晴らしい巡り会いの中にいる。
ちよっとした鬱であったかもしれない。しかし、それを経験しそしてその中から生まれる素晴らしい巡り会いも体験した。
楽しみを続けられること、そして人の支えあい。それらを教えてくれた今年だった。沢山オカリナが吹けた。クリスマスのミニコンサートにも参加出来た。
大きな大きなクリスマスプレゼントを沢山頂いた気がしている。


      英霊の聲  三島由紀夫
石笛(いわぶえ)の音(ね)は、きいたことのない人にはわかるまいが、心魂をゆるがすような神々しい響きを持っている。清澄そのものかと思うと、その底には玉(ぎょく)のような温かい不透明な澱みがある。肺腑を貫くようであった、同時に、春風駘蕩たる風情に充ちている。古代の湖の底をのぞいて、そこに魚族(いろくず)や藻草(もぐさ)のすがたを透(す)かし見るような心地がする。又あるいは、千丈の井戸の奥底にきらめく清水(しみず)に向って、声を発して戻ってきた谺(こだま)をきくような心地がする。この笛の吹奏がはじまると、私はいつも、眠っていた自分の魂が呼びさまされるように感じるのである。

     
       星になり吹くオカリナのクリスマス



      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
          ピアノ       木村徳太郎    

       コロンと箱から

       ころげ出る

       銀玉 銀玉

       ピアノの音

       ころげて ころげて

       童謡(うた)になる。

       ポロンと箱から

       ころげ出る

       銀玉 銀玉

       秋日晴

       姉さん弾いている

       よいお童謡(うた)。


       

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