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オカリナを吹こう

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オカリナを吹こう (17)
  友は丸く満月のごとく
 
 山の稜線をぼんやり朱に染め始め、暮れなずむ紫色の空に大きな真ん丸の白い月があった。餅を搗く兎たちが灰色に影を織り、その無彩色の月が夜を待たせる。しかし、今年の「十五夜」は雲で覆われ無月だった。
 無月であっても「十五夜」に空を見上げるのは、同じ時を見上げ、月を愛で、友や離れている家族を思う。そして自分は一人ではなく遠く他者につながっている事を感じるのだ。普段はなかなか空を見上げることが出来ない人も、十五夜という「時」を得て空を見上げ、いろんな想いに耽ることが出来る。あの人、この人を想いあの人も同じ空を眺めているだろうと想う。そして、同じ様に十五夜を見上げた古の人たちをも想う。普遍の月を眺め、共有できる時を持てるのだ。月を眺める喜びをどの人にも同時に与え、月の光は誰にも平等に降り注いでくる。観月と言う形で月を眺める「時」が持てるのは人間の「知恵」ではないだろうか。観月と言う形で月を眺める時を得、その機会を持てるのは人間の素晴らしい叡智ではないだろうかと一五夜の時(節季)を思う。

 望月を振り返るのもまた良いだろう。

 今年の十五夜はあいにく無月だったが、私は九月五日の一月早い「お月見会」を思い出している。厚い雲の中に、あのときの月が煌々と浮かんでくる。兎が仲良く餅を搗いているような心地よさが、照らし出されてくる。

 一メートル四方はあるかと思える大きなガラス箱に、鈴虫が一杯だ。何匹いるのだろう。数えるのが不可能だ。餌に置かれている輪切りの茄子をも震わせている。琵琶湖ホテルの中に“ライオンズクラブ”の事務所があり、そこに鈴虫の鳴き声が響き渡っていた。賑やかな話し声にも鈴虫たちは黙ることはない。人の声が消されるほどの鳴き声だ。「ようこないに音が出るもんじゃなぁ」とネクタイ姿の方が震える羽の真似をする。なかなか無邪気な格好で微笑ましい。そこへ薄(ススキ)の束が持ち込まれた。二メートルはあろうか、一人では抱えきれない大きな穂が事務所の入り口を塞いで来た。「そこの傘立てに薄を入れるから傘を出してしまえゃ」と数人が傘を床に放り出し始める。とても楽しそうだ。「これ、ゴルフの帰りに採って来たんや」と、またまた無邪気な声が響く。そうこうしていると、今度は薄に負けない大きな穂を持つ西洋薄が運ばれてきた。「この名前なんやった」(私もはっきり覚えていない。たしかバンパスとか言ったと思うが、幼児のオムツにもそんな名前があったので、なんとなく言うのが躊躇われて黙っていた)
「それはパンパ−スや」「そらオムツやろ」「ほな何や」その喧しい事。子供たちが嬉々と騒いでいるようだ。私は人は同じ様な事を思うものだと可笑しかった。そして思い出した! おもむろに「それはパンパスグラスです」と言う。部屋に親近感が広がっていった。私は緊張する事無く今回は落ち着いていたのだ。
「オカリナ演奏と、数本のオカリナを持参して、吹き方を教えて欲しい」とライオンズクラブの例会に依頼されていた。前回に私はとんでもない失敗をしているのだ。思い出しても冷や汗がでる。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/21149574.html
 自分の置かれている位置が分かっているということは、とても余裕が出てくる。しかし、こんなに薄が部屋に持ち込まれ、そしてこのたくさんの鈴虫はいったい何なのだろう?
 鈴虫や薄が台車に乗せて運び出された。身なりのきちんとした紳士達が子供のように台車を押しあいして、ホテル内を闊歩して行かれる。またまたその無邪気さに私は微笑んでしまった。
 琵琶湖が一望に見渡せる広い部屋にそれらが運ばれ、鈴虫の箱が備え付けられた。びっくりするような大きな鈴虫の箱だと思っていたが広い部屋では、小さく見え、鳴き声も優雅に響いてくるから不思議だ。ホテルから大きな花瓶が持ってこられ薄やパンパスグラスが活けられて行く。「月見団子はホテルから差し入れします」とホテルの人が言っている。「そんならこの薄はホテルに寄付するわ」「持って帰れへんのやろ」とまた無邪気な声が飛び交っている。なんだか子供たちがワクワクして立ち働いているようだ。
「月見? 月見は一か月後だろう」と私はまたしても前回の失敗を思い出して不安になり始めた。
 部屋の正面に国旗が掲げられ、そして大きく「月見定例会」と書かれていた。
会員の方達はそれぞれに重責に有る人たちだ。十五夜にはそれぞれのイベントを抱えておられるので、一か月早いが自分たちの楽しみとして自分たちの手作りで観月会をされるらしいと分かった。が、今回もまた事前のリサーチを怠ったことに冷や汗だ。各々がお月見に相応しいものを持ち寄り、お月見を楽しまれるようだ。手作りといても薄と言い、鈴虫と言い、ホテルのもてなしに負けないような演出が整えられていく。皆さん子供のように楽しんでおられる。「しまった! それなら月に相応しい曲を用意してくるんだった」と、またしても、自分のドジぶりに腹立たしかった。
 厳かに「君が代」が歌われ、ゴングが鳴る。それには鈴虫も聞きほれているようだった。君が代に私の心が落ちき始めた。
 食事は「月見懐石」だ。虫篭や秋花の咲き乱れる垣根を模して、季節が美しく配されている。普段こんな懐石を食べる機会は私にはほとんどない。このあたりで普通なら琴の音が流れていくのだろうか。それをしないでオカリナ演奏で呼んで下さったことに改めて感激する。前回と同じく、夫のゴルフ仲間の方が声をかけて下さったのだ。庶民の我が家、普段このような料理を食べられないことは良く知っておられる。こうして気を懸けて下さる温かさがひしひしと伝わってくる。有り難さに、窓の外へ目を移すと大きな真ん丸の黄金のような月が上っていた。
琵琶湖畔の明かりで空は闇ではなくぼんやりと彩を持っている。湖の光りで彩られる花噴水が月にむかって流れていく。みたことのない幻想的な月夜だ。

 会員の方達が子供のように和んでおられる。皆さん経営者として仕事に追われる大変さを、こうして仲間と集い心をほぐしておられるのだ。それが微笑ましい。とても懐かしい想いにさせる。そういう中に入れていただいていることに、月に向って何度も頭を下げた。
 友は有り難く良いものだとつくづく思う。まるで満月のようだ。皆んな輪になって仲良く兎が餅をついているように見える。月は欠けてもまた満月が来る。そして兎が輪になって餅を搗く。教えられる気持だ。

 ラッキーカードという籤引きが始まった。なんと私がラッキー籤! 新米が当たった。すっかり有頂天になり、そしてその和やかな雰囲気に嬉しさがどんどん増し、五月に出した「ジューンドロップ」の本を厚かましくも紹介してみた。(前回に本を沢山購入してくださっており二匹目の泥鰌をねらったのかも知れない)
みなさん、温かく買って下さった。
 なんといろいろとラッキーな日だったろう。夫を懇意にして下さるお蔭である。夫に感謝する。そして友達の輪に感謝した。
「友達て、良いなぁ〜」としみじみ月の中の兎に話し掛けた。

 琵琶湖周航の歌を、オカリナを伴奏にして歌われる。女性会員さんが「歌う!歌う」と前に出てこられた。とても美声だ。オカリナが映える。次々にリクエストが出て来た。“蘇州夜曲”のリクエストが出た。「うん。なんとなくお月見に合う曲だ。お月見とは知らず準備してこなかったのが、これで挽回できるかもしれない」私は大喜びで挑戦してみた。なんだかカラオケの雰囲気になってきた。
無邪気に楽しくわきあいあいと月見の宴が煌々と輝く月を友にして進んでいった。みなさんとても喜んで下さった。いや一番喜んで楽しませてもらったのは私だろう。
有り難うございました。オカリナを続けていて良かったと思う時でした。

 人の繋がり、それは満月のように繋がっていく。
人にも満ち欠けがある。私もオカリナを止めようと思ったこともあった。しかし、こうして満月は必ずまたくるのだ。

 かけがいのない「お月見」をさせていただいた。
友に感謝。人に感謝。月をみられることに感謝。そしてオカリナに感謝。いやいや予期せずして手にした新米に感謝。新米は美味しく別の秋を満月(腹)にした。知人達に新米をお裾分けした。こうして輪が繋がる、満月のようになる。嬉しいお月さまだ。

待つ宵に始まり、名月(十五夜)十六夜、立待月、居待月、臥待月、更待月、二十三夜、そして宵闇になる。月の満ち欠けに想いを乗せる日本人の心が愛しく嬉しい。


       童心も青春も搗き満月に

      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
          月光       木村徳太郎    
       
ぎんなんの梢の
實が白い
月光(つきかげ)。

地藏さまお笑ひ
なさるような
月光。

線香の匂ひが
流れてる
月光。

いつまで立ってゝも
祈ってる
月光。      

オカリナ行脚

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オカリナを吹こう (16)
  マザー・レイク びわ湖のほとりで
 いよいよオカリナ行脚も終盤になりました。
オカリナを持ってびわ湖を一周りしてきた。びわ湖は湖北、湖東、湖南、湖西と分けられる。私の生活圏は湖南から湖西である。大きな湖を持つ滋賀県だ。その湖は、マザーレイクと呼ばれ、近畿一円の水瓶として、豊かな自然を湧き出している。比良山、比叡山、伊吹山、函館山……と山々とともにある湖である。
たくさんの自然に恵まれる湖国、沢山の歴史を紡いできた湖国である。
 ところが、私は自分の生活圏である湖南、湖西以外のことは三十数年住みながら、何も知らなかった。行脚のお蔭で知らない歴史に触れられ、琵琶湖を子守唄にして息付いてこられた人々に出会う事ができ、一周りを重ねられたことに感謝だ。
琵琶湖をただ一周りするだけでは寂しい気もし、琵琶湖と共に郷土に息つき、高齢者の方々がいらっしゃる施設に、その風や空気を感じながら琵琶湖を周ってみたいと始めたものだった。行脚16回のうちにはメンバーが変わったり、いろいろとあったが施設や歴史巡りも出来た。信楽ではオカリナと同じ、土の心を共有する現場も行けた。
風の歌、土の風、琵琶湖とともにその息づかいに触れられ、無事に琵琶湖一周の出来たことに感謝だ。
行脚にまた別の副産物も加わっていった。行脚を通して定期的にボランティアでオカリナ訪問をさせていただける施設が数箇所出来たのだ。
行脚の振り出しは「今津」だった。JRの駅を拠点にして訪問してきた。駅周辺に介護施設のないところもあり、乗り物で通り過ぎるだけのところもあった。しかし、いつも車窓からは琵琶湖が見えていた。県外から帰宅するとき、琵琶湖が見えてくると安堵していた。その琵琶湖のほとりを一周りしてきたのだ。
8月29日(土)びわ湖ホールで知人が催すコンサートに、無事一巡り出来た記念にオカリナ出演を誘そってくれた。「オカリナ行脚無事完遂」を祝うことになっている。
この16回の行脚に一度も休まないで同行してくれた人、行く先々で出あった人々。湖北の厳しい自然環境を生き抜いてこられた高齢者の人たち、過疎化していく村。いろんな伝説と歴史。その悲哀と発展。琵琶湖がいつも一緒に背を押しまた抱いてくれていた。マザーレイクびわ湖だ。琵琶湖を一巡して改めてびわ湖の偉大さを思う。偉大な自然を感じる。偉大な自然のなかで繰り広げられてきた歴史を知り、偉大な自然のなかで生きている老若男女たち、私もその一人であることに誇りと感謝の気持が湧き上がる。これは「行脚の大きな土産」となりこれからも私を支えてくれるだろう。
行脚はまだまだ続く。琵琶湖一周としての行脚は終っても、私の人生行脚は続く。一周から得た貴重なお土産を財産にして、人生の行脚を一歩一歩と大切に続けていきたい。
最終の16回目オカリナ行脚は、「真野陽風苑」を訪問した。今津手前の湖西である。ここは、認知症の高齢者の方々が少人数で共同生活の形をとり、食事作りや掃除洗濯などを職員とともに行なわれ、家庭的な環境を大事にしながら生活空間を持つ(グループホーム)だ。自分の空間も大事にしながら共同で生活しておられる場である。認知の度合いも違うし、琵琶湖と共に生きてきた人とは限らない。他府県からの入居者も居られるが、どの方も琵琶湖がお好きなのだろう、オカリナで吹く「琵琶湖周航の歌」をとても喜んで下さり、何度でもオカリナを伴奏にして歌って下さる。しっかりと歌詞を諳んじている人もあれば、無表情な人も有るが、時間を共有しているうちに一つになり「琵琶湖周航の歌」が響いていく。これは何処の施設でもそうだった。涙を流して歌われる方もあった。それにはこちらが感動をさせてもらう。有り難い事だった。
「ありがとう・マザーレイク。びわ湖」
どれだけ行脚を助けてもらえたことだろう。
施設へ行く前に、びわ湖湖畔で1時間ばかりオカリナ練習をした。びわ湖の漣の風を感じての一周りであった。締めは琵琶湖の風を体一杯に吸いこんで練習をした。高齢者の方は唱歌、童謡ばかりが好きではなかった。懐メロから軍歌、演歌も大好きだ。お陰でいろんな歌の練習が出来た。そんななかでどこでもリクエストされ、いつも歌われるのは「ふるさと」「琵琶湖周航の歌」だった。
オカリナ行脚とは、「ふるさと」と「母なる琵琶湖」を再認識することでもあったのだと気が付いた。
人の根源的なもの。それは「故郷」「母」探しの彷徨行脚だったのではないだろうか。ふるさとや母なる自然は「そこを訪問した場所」ということでなく、「人の繋がりや生きていること」「そこにある空気」そんなことが「ふるさと」であり「マザーレイク」だったのだと改めて教えてくれた。媒体にオカリナがあっただけだ。

高齢者施設を多く訪問させていただいた。施設の雰囲気もさまざまだ。最初、冗談で「私たちが施設にお世話になるときの前もっての見学にもなるね」と言っていたが、まさにそれも加わったようにも感じる。福祉や介護と言っても一口では括れない。それも感じた行脚だった。
若い職員が生き生きと働いている施設。ただ人の集団が動いているという感じの施設。無表情な方ばかりのデイサービス、反対に笑いが絶えない施設……。いろいろだった。
でもみんな生きている。それが、琵琶湖のキラめきなのだろう。
私もびわ湖の漣の一つになれたのかもしれない。
若い施設長さんが言っていた。親に福祉関係に行くことは強く反対された。「結婚も出来ない。給料も安い」親の意見はナスビの花と一緒でもあったと笑っていた。介護福祉に携わる人たちの給料の安さ、また経営の大変さにも驚く。介護が好き、福祉が好き、それだけに甘んじていては、これから先に不安も感じた。
しかし、若い人たちが高齢者に接している姿には、感心し嬉しく有り難かった。どの人も向日葵のように輝いていた。それにも感謝する行脚であった。
有り難う。有り難う。
素晴らしい琵琶湖とともに歩めた歴史。出会った数々の人たち。巡りあった花々。風。
私は忘れません。オカリナの音を忘れません。びわ湖の音を忘れません。
そして、これを財産としてこれからの生活にも頑張りましょう。
オカリナ行脚はこれで終りましたが、定期的に訪問するデイサービスが数箇所出来ました。また「おしどりバンド」という介護施設の職員さん達で作っておられる音楽バンドにも入れてもらえました。どれもこれもオカリナ行脚から生まれた財宝です。財宝がくすまないように精進を続け、これからの人生行脚を楽しんで行けたらと思います。
 
    
       向日葵の如き人々に守られて


         ☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「オカリナをもって琵琶湖を一周したいね」と言う思いは、オカリナが吹ける(鳴らせる)ということだけでなく、オカリナにいろんな思い、その心をのせて吹くことに、少しは力になったのではないでしょうか。数々の出会った人、自然それらが必ず肥やしとなって小さい土の楽器ですが、表現に深みが出たのではないでしょうか。
さまざまな生き方をのせて、これからも吹いていければ幸せですね。同行者の方達、有り難う御座いました。感謝です。
16回目の記録のイラストは、向日葵と露草にしました。太陽に向う向日葵、露草は咲けば直ぐに閉じる儚い草。オカリナ行脚を通じて、そんなことも感じました。
希望とはかなさ。そんな、向日葵と露草を感じ強く生きて行きたいですね。



朝は希望を持って目覚め、昼は勤勉に働き、夜は感謝を持って眠る『そしてわたしは、決して逃げない』


そんな言葉が心に響きました。花々はまさしくこのように咲いていることに気が付きました。意識をしていなかったのですが、オカリナ行脚の記録に花の挿絵を添えてきました。これは、正しく行脚をするということは、花々から学ぶことでもあったのかもしれません。生き方を学ぶことだったのかもしれません。
いろんな事が学べましたね。もう止めようと思ったこともありました。でも一人ではありませんでした。同行してくれる人がいたから、琵琶湖一周を完歩出来そしていろいろのことを学べたのです。
同行してくれた人たち! ほんとうに有り難う。私はこの行脚を決して忘れません。

次回からはボランティァで定期的に施設訪問をしましょう。そしてまた時々は遠征していろんな所へ行きましょう。オカリナを止めないでおこうね。

オカリナ行脚

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オカリナを吹こう (15)
  元気です!
 「今津」から始まったオカリナ行脚も、いつしか15回目となり、生活圏内の「膳所」まで進んだ。いろんなことに感動しいろんなことに苦労もし、そんないろんなことが懐かしい。
 15回目は膳所の老人会から「オカリナ行脚の話と演奏」を依頼された。始めて声をかけて下さった「お招き行脚」で面映い気もする。
 手渡して頂いた地図通りに、行けたことのない方向音痴の私だが、この「老人憩いの家」には簡単に行けた。
行脚である。歩くことを目的にはしているが、今回は自宅から自家用車で移動した。国道1号線は渋滞する道路で、いつもなら迷うことが多く目的地に定刻ぎりぎりに到着することが多いのに、1号線から坂道に上るポイントを間違えずに入れたので、坂道に立つ大きな合歓の木を眺めながら運転する余裕もあった。
 「憩いの家」はまだ新しい建物で、前庭には色取り取りに花が植えら、手入れの行き届いた花壇が迎えてくれた。同行者たちは膳所駅で待ち合わせ、老人会の人が迎えに行って下さっている。いつも方向音痴で、遅刻寸前の私が先に着いていることに皆は不思議そうだった。生活圏内になれば、そうそう間違わずに私も目的地へ行けるのだ。
「老人憩いの家」は、名神バイパスを作るとき住宅地の一部が削られるので、土地を提供する代わりに、この老人施設を代変えとして建てられたそうだ。高齢者社会の来ることを先読みしていたバイパス開通事業だったのだろうか。
 昭和40年以降どんどん宅地造成がなされ、琵琶湖を眺めてニュータウンがたくさん誕生して行った。家を持ち子育て真っ最中の若い世代が新しい故郷を築いて行った。高度成長の時代で大阪、京都へ満員電車に揺られて働きに行き、郊外に庭付きの家を持つのが活気の源となった。そして新故郷の琵琶湖の辺りで育った子供達は大きくなり、より便利で、かつ自分の生活に合わせて核分裂するように故郷を離れ、いま高齢者だけが残ってしまった住宅地は多い。

 こうしてみんなで寄れる施設があるのは、仲良く高齢者同士で手を取り合い、助け合って暮らしていける宝であろう。
介護制度の一つで高齢者が利用する「デイサービス(通所介護)」などとは異なり、元気で自立した高齢者自身が運営し楽しくやっておられる、この老人会のようなものは、各地に生まれつつあるようだ。介護保険で「デイサービス」を運営している施設でも、自立している高齢者の引き籠もり、孤独死、認知症予防に力を入れ、介護認定を受けている人とは別に、健常者も同じ様に趣味や会話を楽しみ残りの人生を充実させられるようにと、いろんな形作りをし、併設する所も多くなってきた。 高度成長時代、個々に走ってきた世代であるが、高齢になりこうして人と交わり、肩書きを捨て古きよき時代の井戸端会議を発展させたような雰囲気を楽しんでおられるのだろう。
 「老人会」などとはほど遠い。元気一杯の方達だ。最高が98歳と言われるが、どうしてどうして、演奏参加の私たちが向こう側に座ってもおかしくはない雰囲気だ。
 私たちもすでに高齢(60歳以上)になっている。招いて下さるほうも、招かれるほうにも大差はない。特に女性はおしゃれで元気だ。実年齢を当てることは難しい。しかし参加者は殆ど女性で男性は少ない。この会も男性二人だけと言うのはなぜか寂しい。女性のほうが平均寿命は長いのだから、当然と言えばそれまでだがそればかりでもなさそうな気もする。
老人会といえば、今までは「ゲートボール」と決まっていたようだが、こうしていろんな催しを自分たちで組み、いろんなことにチャレンジして、みなさん楽しんでおられる。カルチャーとしての習い事なども、会員のプロ級並の人が他の人に教え、お互い楽しんで居られるようだ。
 私たちの出演前に、郷土を話題にした紙芝居があり、そのあとでオカリナ伴奏でみなさんが歌って下さる趣向だった。最近はいろんな療法がある。リハビリ体操療法、園芸療法、音楽療法……といろいろあり、とくに音楽療法はオカリナもそうだが、いっしょに歌を歌うのが活性化に良いようだ。若かりしころ「歌声喫茶」へ通ったり、またフォークソング世代で、青春が甦るのだろうか。
 15回目までのオカリナ行脚は、介護施設や介護認定者が憩う「デイサービス」訪問が多かったが、こうして心身ともに元気な高齢者の集りはまた異なる雰囲気があり、圧倒された。いくつになっても人と交わっていることは元気のもとであり、楽しいことである。苦しい時代や、戦争体験をしてこられた高齢者は、今が一番楽しいと言われる。高齢者が健やかに余生を過ごせる時代であって欲しい。そう改めて思う。
 大きなブルーシートにガムテープで碁盤の目を作り、枡目に重さをつけた紐つきオジャミを入れるビンゴーゲームが始まった。平衡感覚と、重さの抵抗力を感じリハビリにも効果があるようだ。みなさんの手作りで開発されたレクレーションの一つと言うことだった。
「一緒にどうですか」と言って下さった。ゲームというのは、ついついむきになってしまう。夢中になり盛り上がるものだと感心させられた。誰もが、夢中になって目が血しばってくる。嬌声が飛び交う。老いも若きも(一番若い人は68歳らしい)箸が転げても可笑しいという乙女時代にもどり、艶っぽさが溢れる。笑う角には福来る。みなさん笑って元気なのだ。

 今回の行脚は、美味しいお弁当をいただき、また交通費、謝礼までいただき、そしてなによりも私たちもメンバーに入れていただいて、遊ばせもらうと言う思いもかけないビッグな行脚になった。
 帰り道、坂道の合歓の花が乙女の集団のように揺れていた。老人会の人たちも合歓の花に負けないほど美しく元気いっぱいだった。合歓の花が青空に弾けているのだ。

    
       年重ね豊かさ揺れて合歓の花

オカリナ行脚

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信楽焼きの夫婦狸・Aさんの蛙・信楽焼きのオカリナ

オカリナを吹こう (14)
  出会いは炎
 14回目のオカリナ行脚は、薫風の中を一筋の光が煌いていくようだった。
私はこの14回目の「オカリナ行脚」を決して忘れることはないだろう。
 麦の秋、セピア色の麦が広がっている。光を映す水田は、小さい漣のなかで早苗を揺らせている。刈り入れを待つ豊かな麦と、これから育つ若苗が市松模様を描いている。
 山の稜線がくっきりと青い空に描かれ、白雲がふんわりと長閑さを増し、前日からの雨も上がり暑からず寒からずの最高の行脚日となった。
 JR本線から草津線に乗り換える。荒地も目につくが原風景のような田園が広がり私を喜ばせる。ひたすら車窓をながめていても飽きない。次に草津線から信楽高原鉄道に乗り換える。私はこの「信楽高原鉄道」という名に惹かれていた。アンデスの高原列車では途中でケーナやオカリナを携えて民族衣裳の現地の人たちが乗ってきて、フォルクロレーの演奏を楽しみながら列車は走ると聞く。アンデスに行きたいが叶わぬ夢である。それならば同じ高原と名の付く信楽高原鉄道で、オカリナを吹いてアンデスの気配を感じられないだろうかと、滑稽なことを思っていたのだ。
 そこで計画してみた。信楽高原鉄道の車中でオカリナを吹く。土の町の信楽だ。土から産みだされるオカリナの工房を見学してみよう。そして、いつも通り老人施設へ訪問と……。
しかし、これは大変な計画だということが分かった。土の町ではあるが、楽器としてのオカリナを製作している所がない。土産物や玩具ならあるのだが。
ローカル線で乗客も少ないから可能と思ったが、病院通院の高齢者の乗車が多く、演奏はイベント時以外は不可能と分かった。そして訪問する老人施設は何処もかなり距離がある。計画は無理かと思った。力強い助っ人がいた。
 焼物に従事している知人に、オカリナを作っている人を探してもらった。
「連絡がつかないからそこで生活しているかどうかは分からないけれど一軒ある」と教えてくれた。本当に何度電話をかけても繋がらない。もし今回繋がらなかったらもうあきらめようと思った電話口から、声が流れてきた。嬉しかった。
そして工房の見学をさせていただくことになり、行く日を伝えたが、施設訪問を何処にするか決まらないので時間を伝えられず、後日もう一度連絡をさせてもらうことにした。が、PCも携帯電話も持たない俗世界から離れているような雰囲気の人だった。連絡をとりあうことが出来るか心配だった。
訪問する老人施設を決めたあと、信楽町の社協から電話があった。駅前に「くるみ作業所があるから、そこを訪問しては」と言って下さる。老人施設ばかりを考えていたが、老若いろんな人たちと会いたい思いは前から持っていた。
 担当の方が中継ぎをして下さり、高原鉄道も紹介して下さった。こんなことは始めてである。何時も私が窓口を探し交渉する。そして日時を決め訪問させていただく。これはとても緊張する作業なのだ。
 担当の方は信楽は広いから、オカリナの工房を見学し、くるみ作業所と老人施設を一日で回るのは不可能だと言う。訪問させていただきたいお願いをした老人施設をお断りし、必ず機会を見つけ次回訪問する約束をして許していただいた。
さあこれで行き先や時間を伝えられると息込んだがやはり工房のKさんに、なかなか繋がらなかった。胃の痛む思いだった。
こうして、やっと確かな計画ができた。しかし、新型インフルエンザが関西で発生した。「出歩くことをしないのが常識。警告が出ているはず」と行脚当日になって、同行者の一人が断わってきた。中止するかどうか迷ったが、私は予定通り決行した。
 こうして14回目「信楽高原鉄道のオカリナ行脚」が発車した。
 七時台の高原鉄道は高校生で埋っている。足の踏み場もないほど大きな鞄で溢れ座席も鞄で埋っている。前に立っても鞄を膝に乗せるでもなく、知らぬ顔で携帯をいらっている。まるで、高校生の専用車に不信な人間たちが乗ってきたという雰囲気だ。
 おりしも数日前には、十八年目になる信楽高原鉄道の大きな列車事故の追悼式があった。車中の高校生たちはまだ生まれていなかったころだ。私は十八年前を振りかえっていた。亡くなった方々の冥福を祈った。新緑の柔かい緑は一足飛びに荒々しい緑に変わっている。季節が曖昧になってきている。人間も曖昧になってきた。そんなことを思ってみる。
 Kさんに信楽駅からバスに乗るようにと言われていたが、行く先のバスは3時間後にしかない。タクシーに乗ることにした。オカリナ行脚は歩くことを原則にしていたが、初めて乗り物を使った。
 Kさんが迎えに来てくださった。鶯が鳴きヤマツツジやアザミやイタドリが流れている。それを目にして坂道を歩く。自然の懐に抱かれる風が心地よい。
信楽の風だ。信楽の匂いだ。
 信楽の土は長い歴史と文化に支えられ、信楽特有の土味を出し、温かみのある火色(緋色)の発色と焦げの味わいが特色だ。信楽焼きの素朴さは、土と炎が織りなす芸術として、日本人の風情を表現し、そして長い歴史の中で親しまれ珍重されてきた。
風の中に歴史が動いている。土と炎が匂ってくる。
 手作りのコップに手作りのお茶、手作りのテーブル、椅子、すべて手作りで迎えられた。「金がないから、なんでも自分で作るしかないんだ」と言われるが、私は、仕事の窯と間違ったピザを焼くレンガ積みの窯があったり、台所には鉄瓶がかかり、畑があり、垂涎のDNAが憧れるような生活をしておられる。オカリナを制作して演奏をしておられる。演奏家として活躍しておられる方だった。オカリナ指導もしていただいた。オカリナには「演歌が合うね」とKさんは演歌が好きなようだ。素敵な譜も(Kさんが演奏するととても素晴らしいのだが)沢山頂いた。工房の見学をしKさんが作られたオカリナも譲ってもらった。Kさんと同じオカリナだからといってKさんと同じ様には吹けないが、信楽焼きの味わいのある素敵なオカリナで、すぐさま気にいってしまったのだ。音階が不安定だが、それをこなすのも楽しみの一つになろう。
 お昼は信楽駅の藤棚の下でお弁当を広げた。静かな町である。いたるところに狸が並んでいる。これだけの狸に見つめられると、狸の仲間になった気分だ。
 川土手を歩き、くるみ作業所へ向う。川からの風が心地よく、自然のなかに遊ぶ懐かしさで足取りも軽くなる。作業所のみなさんが、作業の手を止めて待っていて下さった。
 通所施設でなんらかの障害のある人たちの10代から70代と幅広い人達が、仲間達と土に接する作業をされている。私はこの作業所のことを知らなかったが、ニュースや記事で目にする陶板切符や、オリジナルの鯉幟、季節を掬い取った作品が商品として並んでいた。とても丁寧でユニークな作品で埋っている。作業所の人達は、それぞれの個性を活かした作品作りで生き生きとしておられた。
 作業所のPRメッセージに
「地場産業の粘土作業(土のかたまりから焼成まで)を中心に取り組み「心」を育てる。土の素材を生かし、忍耐力・集中力・創造性を高め感性豊かな作品づくりに、オリジナル製品だけでなく個性的な手づくり作品を手がけ、多くの場で販売活動をすることで地域交流を深める。信楽くるみ作業所の、歩みの節目、節目を大切にすることで、情操・文化・人権学習の場を提供し共に学び、社会就労へ向けて心身共に健康な体づくりを目ざす」とある。
作業所の所長さんはとても気さくな方で、たくさんのお話をして下さった。八十五歳を越えていると社協の人が耳打ちしてくれた。驚いた! どうみても六十代だろう。その若々しさとバイタリテイに圧倒された。こうして行脚をしなければ出会えなかった素晴らしい方々である。素晴らしい人に出合え、出会いで教えられ、育っていく。これが行脚の醍醐味であり、旅の素晴らしさであったのだろう。
所長さんが貴重なお話をたくさんして下さる傍らで作業から離れ、のんびりと私たちの回りに来て、ながめている人もいる。しかし、所長さんはそれを咎めない、「それぞれに個性があり、その流れを上手に掴むことが大事。押し付けない」と教えて下さる。
その通りであった。私たちの傍に来てにこにこしていたAさんがやわら、「見せたろか」と自分の作った蛙を持って来た。それを見て飛びあがってしまった。飛び上がるほどの元気が溢れてくる蛙なのだ。私は有無を言わせずそれを譲ってもらった。するとAさんは営業と制作に目覚めたように「こんなんも作った」と、べつの粘土のままのものを見せてくれる。とても可愛い犬だ。「作るの難しそうやね」と言うと「簡単、簡単、直ぐに出来るわ」とすぐにまた一つ作って持ってきてくれる。「ネ!」と所長さんがウインクする。どうやらこれが、「ウダウダしているのを咎めなくとも、好きなようにさせておく、そしてその流れを掴み上手に乗せて仕事を捗らせることが出来る」と言うことを鮮やかに実践してくれたのだ。相手を認める。これに尽きるのだと改めて感激した。私も臨床美術で認知症の方と接する事が多いが、まさしくこれが原点だと大きな学びを頂いた。
作業所はアーチスト達の集り場所だ。そんな気がした。それぞれが個性豊かに自分の作品を生み出し、それで収益をあげ、立派に生きておられるのだ。それを形にされた陰にはたいへんな苦労もあっただろうが、どの人も笑顔で輝いている。こんな素晴らしい光景に出会えたことが嬉しかった。
 オカリナ演奏に合わせて大きな声で歌って下さる。オカリナは小さな土の楽器だけれど、続けていて良かったと改めて感謝する。帰りにちゃっかりと高原鉄道の事務所により、イベントに参加させてもらえるように営業もしてきた。
駅の便所や藤棚の下の掃除を先ほどの作業所の方達がしておられた。
「有難いな〜」と思う。
どんどん元気を頂いた。どんどん学ばせて頂いた。どんどん感謝が沸き起こる。どんどん炎のように燃えてゆく。

    
       薫風に土と炎の出会いもち

オカリナ行脚

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オカリナを吹こう (13)
  芽吹き流れて

 車窓を開けると琵琶湖の風が心地よく頬を打つ。琵琶湖大橋を走りぬけるとき「琵琶湖周航の歌」が、最近流されるようになった。車の騒音の中から漏れ聞こえてくるので、キラキラ光る漣よりも、湖底の鯰が唸っているかのようにも聞こえる。橋向こうの桜並木は、霞みか雲かのように流れ、菜の花が黄色の波を揺らし、麦畑の濃緑の中には、もう小さい穂が生まれている。
水と山が一度に噴出し命の輝きに満ち満ちた大自然のパノラマの中を走る。
私は、緊張してハンドルを握る。この輝きをみることの出来ない人々が沢山いるのだ。それを知ったのだ。 

 比良山の頂きは白く、そこから舞ってくる湖国特有の雪風が吹きおろす、麓の喫茶店で知人とお喋りの時を持った。「桜の蕾もなんとのう柔らこぅになってきたし、もうちょっとで冬も終るな」と、そんな会話で花咲く時を待つことで、湖国の人々は冬を乗りきる。
「お花見に行こな」そんなことをしゃべっていた二日後にその知人が入院をしたのだ。驚いた。あんなにたくさん喋っていたのに……。あんなに元気だったのに……。
そして、桜が咲き琵琶湖の水が温むころになっても、まだ入院している。

 病室へお見舞いに行ったとき「オカリナ行脚」の話が出た。「オカリナてどんなん? 聞いてみたいな〜〜」と言ってくれた。
私はなかなか心臓が強い。(おばさん根性とも言う)
そして、知人が入院している<済生会滋賀県病院>に電話をした。「ロビーコンサート」をやらせてもらえないかと交渉をしたのだ。13回目のオカリナ行脚を「ロビーコンサート」と勝手に決めてしまった。
(あんなに春を待っていたのに、桜を見られない人たちが、外の風や花に戯れる事なく病室で日を送り、病気と戦っている人たちがたくさんいることをしったのだ。)
 電話で何度も交渉した。いわゆる営業だ。オカリナ行脚はいままでも営業から始まっている。「オカリナで琵琶湖一周」は、JRの駅を拠点に近くのデイサービスを探し、交渉し、オカリナを吹かせてもらい、その土地の高齢者の方の笑顔に接し、背中を見、歴史探歩まで加えるという、とんでもなく有難いことをさせてもらってきた。回を重ねるにつれ、私の交渉技術も上ってきたようだ。(最初はいきなり、初めての所にダイヤルを回すことに指が震えたのに……)

 四月九日、「ロビーコンサート」をやらせていただけた。
ただひたすらにオカリナを楽しみたい。聞いていただける人があり吹かせてもらえることの繋がりが、大きな大きな宝物で、この宝物を掘り起こさせてもらえる喜びが、オカリナ行脚である。その大きな喜びのため、交渉にもだんだんと「度胸」という、私にいままでに無かった宝物も加わっていくのだろう。
知人にロビーコンサートに行くことを伝えた。知人に「オカリナの音色を聞いてもらいたい。私のお見舞いよ」それが発端だ。
当日、知人は早くからロビーに出て、一番前で待っていてくれた。広いロビーは200人余りの人で埋っているだろうか。お花見の行事として、入院患者、医者、看護士、スタッフ、通院患者(病院の中では毎日こんなに多くの人々が「命」と向き合っているのだと改めて思う)の人たちがロビーに集い、花見団子とお抹茶が振舞われる中でコンサートは始まった。演奏時間は30分、曲目、時間は計っていたが、途中で話などを入れると変ってくる。デイサービス訪問で楽しんでいたのとは、異なる緊張感に汗が流れる。三人の同行者がいてくれた。<花・花影・朧月夜・四季の歌・大きな古時計>二部合奏で<故郷・シバの女王・ロンドンデリー>などを吹き、独奏でアメ−ジング・グレスを吹いた。病院の高い天井に音が吸い込まれていき、窓には春の陽炎が揺れていた。
オカリナ行脚を続けていて良かったと思う一瞬である。

全員で琵琶湖周航の歌を合唱する。それぞれ、自分の体力に合わせて協力して下さっているのが、痛いほどに嬉しい。未熟な私たちは、こうしていつも逆に教えられ、元気を頂いているのだ。

<13回目のオカリナ行脚> ばんざ〜〜〜い。
看護婦長さんが帰り際「アメージング・グレスはマルよ。私の大好きな歌なの」と握手をして下さった。そうだアメージング・グレスは「白い巨塔」という病院ドラマの主題曲だったことを思い出した。祈りと許しだった。祈りと許しの後に生れる物、それは命の輝きであろうか。

花が散り、山桜が赤い葉で覆われている。他の木々も芽吹き燃え立つ。山が笑っている。命が輝いている。そして、四月二十日知人から葉書がきた。四月末には、通院は続くが退院できるという。
「ばんざ〜〜〜い。ばんざ〜〜い。よかったね。頑張ったね。」
自分自身の体で琵琶湖の風が感じ取れるね。ウフフ。琵琶湖大橋の「琵琶湖周航の歌」も聞けるね。一緒に大きく歌ってごらん。鯰に負けないぐらいにね。

    
       芽吹きに命輝き歌踊る

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