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♪ オカリナを吹こう (16)
マザー・レイク びわ湖のほとりで
いよいよオカリナ行脚も終盤になりました。
オカリナを持ってびわ湖を一周りしてきた。びわ湖は湖北、湖東、湖南、湖西と分けられる。私の生活圏は湖南から湖西である。大きな湖を持つ滋賀県だ。その湖は、マザーレイクと呼ばれ、近畿一円の水瓶として、豊かな自然を湧き出している。比良山、比叡山、伊吹山、函館山……と山々とともにある湖である。
たくさんの自然に恵まれる湖国、沢山の歴史を紡いできた湖国である。
ところが、私は自分の生活圏である湖南、湖西以外のことは三十数年住みながら、何も知らなかった。行脚のお蔭で知らない歴史に触れられ、琵琶湖を子守唄にして息付いてこられた人々に出会う事ができ、一周りを重ねられたことに感謝だ。
琵琶湖をただ一周りするだけでは寂しい気もし、琵琶湖と共に郷土に息つき、高齢者の方々がいらっしゃる施設に、その風や空気を感じながら琵琶湖を周ってみたいと始めたものだった。行脚16回のうちにはメンバーが変わったり、いろいろとあったが施設や歴史巡りも出来た。信楽ではオカリナと同じ、土の心を共有する現場も行けた。
風の歌、土の風、琵琶湖とともにその息づかいに触れられ、無事に琵琶湖一周の出来たことに感謝だ。
行脚にまた別の副産物も加わっていった。行脚を通して定期的にボランティアでオカリナ訪問をさせていただける施設が数箇所出来たのだ。
行脚の振り出しは「今津」だった。JRの駅を拠点にして訪問してきた。駅周辺に介護施設のないところもあり、乗り物で通り過ぎるだけのところもあった。しかし、いつも車窓からは琵琶湖が見えていた。県外から帰宅するとき、琵琶湖が見えてくると安堵していた。その琵琶湖のほとりを一周りしてきたのだ。
8月29日(土)びわ湖ホールで知人が催すコンサートに、無事一巡り出来た記念にオカリナ出演を誘そってくれた。「オカリナ行脚無事完遂」を祝うことになっている。
この16回の行脚に一度も休まないで同行してくれた人、行く先々で出あった人々。湖北の厳しい自然環境を生き抜いてこられた高齢者の人たち、過疎化していく村。いろんな伝説と歴史。その悲哀と発展。琵琶湖がいつも一緒に背を押しまた抱いてくれていた。マザーレイクびわ湖だ。琵琶湖を一巡して改めてびわ湖の偉大さを思う。偉大な自然を感じる。偉大な自然のなかで繰り広げられてきた歴史を知り、偉大な自然のなかで生きている老若男女たち、私もその一人であることに誇りと感謝の気持が湧き上がる。これは「行脚の大きな土産」となりこれからも私を支えてくれるだろう。
行脚はまだまだ続く。琵琶湖一周としての行脚は終っても、私の人生行脚は続く。一周から得た貴重なお土産を財産にして、人生の行脚を一歩一歩と大切に続けていきたい。
最終の16回目オカリナ行脚は、「真野陽風苑」を訪問した。今津手前の湖西である。ここは、認知症の高齢者の方々が少人数で共同生活の形をとり、食事作りや掃除洗濯などを職員とともに行なわれ、家庭的な環境を大事にしながら生活空間を持つ(グループホーム)だ。自分の空間も大事にしながら共同で生活しておられる場である。認知の度合いも違うし、琵琶湖と共に生きてきた人とは限らない。他府県からの入居者も居られるが、どの方も琵琶湖がお好きなのだろう、オカリナで吹く「琵琶湖周航の歌」をとても喜んで下さり、何度でもオカリナを伴奏にして歌って下さる。しっかりと歌詞を諳んじている人もあれば、無表情な人も有るが、時間を共有しているうちに一つになり「琵琶湖周航の歌」が響いていく。これは何処の施設でもそうだった。涙を流して歌われる方もあった。それにはこちらが感動をさせてもらう。有り難い事だった。
「ありがとう・マザーレイク。びわ湖」
どれだけ行脚を助けてもらえたことだろう。
施設へ行く前に、びわ湖湖畔で1時間ばかりオカリナ練習をした。びわ湖の漣の風を感じての一周りであった。締めは琵琶湖の風を体一杯に吸いこんで練習をした。高齢者の方は唱歌、童謡ばかりが好きではなかった。懐メロから軍歌、演歌も大好きだ。お陰でいろんな歌の練習が出来た。そんななかでどこでもリクエストされ、いつも歌われるのは「ふるさと」「琵琶湖周航の歌」だった。
オカリナ行脚とは、「ふるさと」と「母なる琵琶湖」を再認識することでもあったのだと気が付いた。
人の根源的なもの。それは「故郷」「母」探しの彷徨行脚だったのではないだろうか。ふるさとや母なる自然は「そこを訪問した場所」ということでなく、「人の繋がりや生きていること」「そこにある空気」そんなことが「ふるさと」であり「マザーレイク」だったのだと改めて教えてくれた。媒体にオカリナがあっただけだ。
高齢者施設を多く訪問させていただいた。施設の雰囲気もさまざまだ。最初、冗談で「私たちが施設にお世話になるときの前もっての見学にもなるね」と言っていたが、まさにそれも加わったようにも感じる。福祉や介護と言っても一口では括れない。それも感じた行脚だった。
若い職員が生き生きと働いている施設。ただ人の集団が動いているという感じの施設。無表情な方ばかりのデイサービス、反対に笑いが絶えない施設……。いろいろだった。
でもみんな生きている。それが、琵琶湖のキラめきなのだろう。
私もびわ湖の漣の一つになれたのかもしれない。
若い施設長さんが言っていた。親に福祉関係に行くことは強く反対された。「結婚も出来ない。給料も安い」親の意見はナスビの花と一緒でもあったと笑っていた。介護福祉に携わる人たちの給料の安さ、また経営の大変さにも驚く。介護が好き、福祉が好き、それだけに甘んじていては、これから先に不安も感じた。
しかし、若い人たちが高齢者に接している姿には、感心し嬉しく有り難かった。どの人も向日葵のように輝いていた。それにも感謝する行脚であった。
有り難う。有り難う。
素晴らしい琵琶湖とともに歩めた歴史。出会った数々の人たち。巡りあった花々。風。
私は忘れません。オカリナの音を忘れません。びわ湖の音を忘れません。
そして、これを財産としてこれからの生活にも頑張りましょう。
オカリナ行脚はこれで終りましたが、定期的に訪問するデイサービスが数箇所出来ました。また「おしどりバンド」という介護施設の職員さん達で作っておられる音楽バンドにも入れてもらえました。どれもこれもオカリナ行脚から生まれた財宝です。財宝がくすまないように精進を続け、これからの人生行脚を楽しんで行けたらと思います。
向日葵の如き人々に守られて
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「オカリナをもって琵琶湖を一周したいね」と言う思いは、オカリナが吹ける(鳴らせる)ということだけでなく、オカリナにいろんな思い、その心をのせて吹くことに、少しは力になったのではないでしょうか。数々の出会った人、自然それらが必ず肥やしとなって小さい土の楽器ですが、表現に深みが出たのではないでしょうか。
さまざまな生き方をのせて、これからも吹いていければ幸せですね。同行者の方達、有り難う御座いました。感謝です。
16回目の記録のイラストは、向日葵と露草にしました。太陽に向う向日葵、露草は咲けば直ぐに閉じる儚い草。オカリナ行脚を通じて、そんなことも感じました。
希望とはかなさ。そんな、向日葵と露草を感じ強く生きて行きたいですね。
朝は希望を持って目覚め、昼は勤勉に働き、夜は感謝を持って眠る『そしてわたしは、決して逃げない』
そんな言葉が心に響きました。花々はまさしくこのように咲いていることに気が付きました。意識をしていなかったのですが、オカリナ行脚の記録に花の挿絵を添えてきました。これは、正しく行脚をするということは、花々から学ぶことでもあったのかもしれません。生き方を学ぶことだったのかもしれません。
いろんな事が学べましたね。もう止めようと思ったこともありました。でも一人ではありませんでした。同行してくれる人がいたから、琵琶湖一周を完歩出来そしていろいろのことを学べたのです。
同行してくれた人たち! ほんとうに有り難う。私はこの行脚を決して忘れません。
次回からはボランティァで定期的に施設訪問をしましょう。そしてまた時々は遠征していろんな所へ行きましょう。オカリナを止めないでおこうね。
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