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♪ オカリナを吹こう (12)
雛いなと遊ぶ
お雛さまに会いたいと思った。雛祭りはいろいろの神事・行事・信仰などが合流したものだ。
一つに水辺の行事の『巳の日祓い』がある。『源氏物語』須磨の巻にも、三月の最初の巳の日にお祓いが行われ、人形を舟に乗せて海の沖合いに流す場面が出てくる。三月の巳の日に、占い師により無病息災を祈願し、紙・土・草・藁などで簡単な人形(ひとがた)をつくり、お酒やお供物を添え病気や災いを身代わりにと願いをこめて川や海に流したらしい。この貴族の風習が、農耕繁期を前にした農民たちにも広がり、そのうちにこの大人たちの雛遊びが子供たちにと広まっていったらしい。子供の『雛いなあそび』の習慣と水辺の行事の『巳の日祓い』とが一緒になり三月三日が、雛祭りとして江戸時代に定着したらしい。
こうした江戸時代のお雛様が、近江八幡市で一般公開されているのを知った。オカリナ行脚で滋賀県を周っている。少し順番を飛ばし近江八幡市へ飛ぶ事にした。近江八幡は数々の豪商を生み出した所である。その商家に伝わる節句人形や、雛道具・市松人形・享保雛・西川伝右門家の雛・各時代の雛が展示される。
(余談になるが、猛吹雪の中から始めたオカリナ行脚は11回目を迎えていた。この間に数多くのことを学ばせていただいた。「ありがとう」と言って下さった暖かい言葉、歴史の中を懸命に生きてこられた高齢者、知らなかった郷土の歴史、人との関わりに感謝と素晴らしさにいつも頭が下がった。しかし、厭なこともあった。思いがどこかでボタンの掛け違いになり、それは私に「解散」の決意をさせていた。悩んだ。悩んだ。
「別の事をするために神さまが時間を下さったのよ」と言ってくれた友。下手な私のオカリナ演奏を心から待っていて下さる施設があることも知った。そして、なによりも私はオカリナが好きなのだと気がついた」二ヶ月ばかりの引篭もりを持たらしたが、人の心の支えが私を救ってくれた。穴から這い出てくるか弱い虫を支えてくれる何人かの同志も集った。また「オカリナ行脚を続けたい」と思った。雛は女人が人形によせる心と巳の祓いとが一体となり形成されたものだと言われる。そして、十二回目「オカリナ行脚」を「雛祭り」に選んだのだ。)
滋賀県に早春を告げる近江八幡の日牟礼八幡宮の左義長祭りは全国からの観光客で埋まる。その前日ならお客様も多いかもしれないと、雛の展示されている「近江八幡市立資料館」で、三月十三日にお雛様を前に、オカリナを吹かせていただくことに決めた。
長らく会っていない、やはりオカリナ大好きの、近江八幡在住のMさんと会うことも嬉しいことの一つだった。
小雨模様の日、いままで何回か行脚で見慣れている三上山の頂から霧が立ち上り、車窓に柔かい緑が延びていく。麦が植えられているのだ。後ろへ後ろへと流れる緑芽に、山からの小寒い風の中で麦踏をしたことを思い出す。雪解け水の音が小川に響き、河原に猫柳が、生まれ始めの陽春を受けていた。子供の頃過ごした神社では、雛日に萌え始めた蓬で村の各家で菱餅が作られ、堅い桃の蕾が添えら神社に届けられた。そのお下がりを頂く。餅米より米粉の方が多く、団子に近いそれは焼くと香ばしく、うっすら焦げ目が付くと緑を増しそれはそれは美味しかった。そんな懐かしいことを思い起こさせ車窓は流れて行く。
Mさんが出迎えてくれた。歳月が経っていても志を同じくする者には空白を感じさせない。同行者二人(ずぅうと行脚を支えていてくれたIさんと、行脚が楽しくてたまらないというSさん)を加え、Mさんの家で昼食をすませ1時間ばかり練習をして、資料館へ向った。
郷土資料館・歴史民族資料館・旧西川家住宅・旧伴家住宅を回る。どれもこれも八幡商人の歴史をうかがえ、それは日本人の心意気を伝えているように思えた。商いを支える女たちは祖先を大事にし、精神的に豊かな生活を送る事をしたのだろう。それは無駄をせず知恵を働かせることであった。端切れや残り糸を使い美しい「ゆびぬき」などが、物を大切にし、かつ色彩感覚も養う工夫がされ、心のゆとりが感じられる。影で支えた女性たちの活躍で八幡商人は質素・倹約・勤勉を旨とし心置きなく活躍できたのかもしれない。
そんな女たちの「雛いな」が部屋一杯に飾られていた。
民族資料館では、当時の生活ぶりを知る民具や農具も展示され、懐かしい道具もたくさんあった。私の家も元は商家だったと言う。子供のころ「あんたとこのお祖母さんは厳しいけど優しい人で、店先に座ったはる姿には存在感があった。尋ねて行くと裏へ通して、ようおやつをご馳走してくれはったわ」と聞く。私の知らない祖母の姿ではあるが、懐かしい道具や懐かしい帳場風景の佇まいから、祖母が教えてくれた、質素倹約・質実剛健の教えが立ちのぼっていくようだ。「しっかり生きなさいや」そんな声がしてきた。人には才覚も、算用も始末も大切なことを教えていてくれた。オカリナ行脚の再出発を、此処に選んだ事が改めて大きく心に沁み込んでいった。
女性の観光グループがオカリナを聞いて下さった。お雛祭りの歌を皆さんで大きく歌われた。「ええ思い出になったわ。有難う」と言って下さった。こういう瞬間が嬉しいのだ。人とのいろんな出会いがある。嬉しい瞬間だ。いままでにも幾つの出会いがあっただろう。どれもこれも私の宝物になっている。やっぱりオカリナ行脚は続けたいと思う。
終ってからMさんが日牟礼八幡宮や、八幡山を抱き、まるで時代劇の中に入ったような町を案内して下さった。日牟礼八幡宮は明日の左義長祭りの準備で活気があった。八幡堀の柳が芽吹き、優しく小雨の中で煙っている。資料館で左義長の標本も見た。飾られる干支が今年は黒毛和牛らしい。こうして先人達が作り出した文化と営みを、後の者が受け継いで行くのだ。静かな小さい町を流れる時間や自然がとても心地良く感じた。それは、私たちの持っている民族の誇りや、風情が輝いているからだろう。
大きな河川も源をたずねていくと、いくつもの小さな流れであり、そのいくつかの流れが合流し、しだいに形をなし、遂に一つの大きな流れとなる。歴史の流れも同じではないだろうか。
雛祭りの源の「巳の日祓い」も、それを教えているのではないだろうか。
小さな小さな、目に見えないような流れのオカリナ行脚である。
しかし、行脚とは人との出会いであり、教えられ、明日への活力(大きな川)を授けてもらえるような気がするのである。
雛流れオカリナ流れ童歌
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