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オカリナを吹こう

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オカリナ行脚

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群れ雀(花蘇芳)とオカリナ

オカリナを吹こう (2)
 大津弁(言葉)の、「しまけてきた !」
2回目のオカリナ行脚はこの言葉で始った。
 倉嶋厚さん監修の『 雨のことば辞典』によれば、「時雨・五月雨・にわか雨・春雨・夕立・通り雨・篠つく雨に車軸を流す雨・・・・・・・」「雨のことば」には1190語近くも有るという。「時雨、春雨、駿雨」は、耳慣れていたが「しまける」は始めて聞く言葉だ。大津に三十年近く暮らしながら滋賀県(琵琶湖)を良く知らない。もっと知りたい気持もオカリナ行脚を始めた理由の一つである。そして、この「しまける」と言う大津言葉を教えられた。「しまけ」は時に「大時雨」となり、時に「大駿雨」となり、行脚についてくる。それは、「春雨じゃ濡れていこう」などとは、ほど遠く、芽吹き始めた湖畔の柳も縺れる(もつれる)ようだった。前日までの四月中旬の暖かさを一転させていた。

    
          うしろ姿のしぐれてゆくか 
 山頭火

          草も笠もしぐれて行く
    山頭火

山頭火に「時雨」が似合う。
オカリナ行脚には「しまけ」が加わった。
霰まで顔に当る。しかし、短く跳ね返り道路を転げていくさまは可愛くもあった。


          鉄鉢の中へも霰 
     山頭火
 
山頭火は一人行脚だったのだろう。震える手で持つ鉄鉢の中の霰は目に痛かったろう。
私たちは同行行脚である。霰は冷たい鉄鉢の中ではなく、心に温かく転がり込んでくるような気がした。
 1回目の行脚どきに猛吹雪で傘を一本駄目にしている。雨の上がった空に気を良くし、私は傘を持たなかった。みんなは傘を持っている。差しかけてくれれば二人とも濡れる。有り難いが二人とも濡れたのでは傘の用は足さない。そんなことを思い巡っていると、なんと!ゴミ集積場にまだ使える傘が捨ててあった。有り難い!
  琵琶湖の北側はこんなにも、しまけるものなのか。改めて琵琶湖の広さを思った。同じ湖畔辺りといってもこれほどに違うのだ。時雨のあとには必ず虹が出る。それは私の湖畔辺りでも同じで、いつも目にしていた。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/25290340.html
しかし、この北湖の虹のなんと素晴らしいことか。低く低く目の高さで島々を繋ぐようにアーチを描いている。また、山から山を跨ぐように高く大きく弧を描く。
  山頭火は「虹」をみることがあったのだろうか。「虹」を詠んだ句をみかけないように思う。虹は、しまけも寒さも吹き飛ばす。山頭火にも「虹」を見て欲しかったと思う。
  水が澄んでいる。浮き寝鳥が波間一面に眠っている。竹生島も、手に取るほど近くに見える。「琵琶湖は大きい」「マザーレイクびわ湖」「鳰の湖(にほのうみ)」それを実感した。

  前回訪問したヴォーリブ資料館に、もう一度寄ってみたかった。天井の高いクラッシックな建物で、温かい陽光の差し込む記念館だった。オカリナの音色はこよなく響くであろう。それに手書きポップの、スバゲテイ¥300−。コヒー¥200−も心残りだった。「帰りに寄ろうね」と言いながら、猛吹雪でどんどん積み重なる雪には帰宅さえ危ぶまれ、寄り道などする余裕はなかったのだ。
  そこで2回目の行脚は<今津へ再訪し、ヴォーリブ記念館で食事をする。そこでオカリナを吹かせてもらう。そして、「オカリナで琵琶湖一周」の基本精神である老人施設訪問を、駅に近い『NPO法人びわの音・西近江』にきめ、オカリナを吹かせてもらう。そして今津駅の次の地点、「近江中庄駅」まで歩く>という計画をたてた。
  ヴォーリブ記念館の食事は、グルメな人には不評(前回は本物の湖魚しか扱わないという店の鰻)だったが、この値段でまかなっているのだ。アットホームな味と私には思えた。入館者は他にもあったが演奏を許可して下さった。優しい陽光が、外のしまけとは無関係に天窓から燦燦と射してくるように感じた。
 「びわの音・西近江」とは何の接点もない。行く前に電話でアポイントをとっただけの始めて訪問する施設だ。玄関に「オカリナ演奏」と看板まで出して待っていて下さった。ホテルのロビーを思わせる明るい施設で、2階はグループホームをされている。2階の方たち、1階のデイ・サービスの方たち、職員の方たちと楽しい一時を持てた。感謝である。訪問には暗譜を課している。前回の3曲と、今回は「春が来た・春の小川」を加えた。課してはいるが、「暗譜の出来ない人はしなくっとも良いよ」といっている。私自身は暗譜を心に決めている。基本は、オカリナ行脚を楽しみ、心豊かにすることである。
  そして行脚は歩くことでもある。歩くことは今まで見えなかったものも、見えてくるのではないかと・・・・・・。
  今津駅から近江中庄駅までを、湖岸添いに「湖周道路」を歩く。約7キロ弱と見積もっていた。2名は帰宅した。残り9名が歩く、歩く。しまける中を歩く。
 「湖周道路」(近江うみの辺の道)へ入るまでに道に迷ってしまった。しかし、手際よく道を問い合わせてくれる人、拡大地図を広げてくれる人。(方向音痴の私一人ではとても実行に移せなかった「オカリナ行脚」だと改めて思う。)巨木の黒松林が続き、舗装された湖周道路へ無事に入れた。ヨシ原が広がる大きな内湖もある。「浜分沼」の標識が頷ける。古い佇まいの家並みも連なる。昔から変わらぬ湖岸の風景が残されているのだろう。貴川内湖へはコハクチョウも飛来するのだろうか。(内湖は、川の河口付近に湖岸流で砂が堆積し砂洲を作り、出口が塞がれてできる湖で、水を浄化し、湖魚の産卵場所とし、生きもののビオトープとして琵琶湖に欠かせないものである。)ところどころに水泳場の旗が立ち、トイレもある。中部北陸自然歩道として4000メートルの整備された道だ。しまけなんか、もう気にならなくなっていた。松はどれも二人で抱きかかえてもあまりある。番号が打たれているのは保護のためか。大きなマツカサ(松ぽっくり)があちらこちらに転がっている。一つを蹴ってみた。古(いにしえ)人が「カサコソ」と飛んでいくような・・・・・・。 この松林の下を、過っては北陸からの旅人がたくさん行き来していたのだろう。整備された湖周道路は、北陸まで続くらしい。遠い遠い歴史の中へ思いを馳せる。
 松風がしまけとともに耳をかすめて行く。あっ!マキノの山並みにまた虹がかかった。歓声があがる。そして、真直ぐに伸びる松林の道を、近江中庄駅の方へ折れた。ただただ田んぼが広がる景色だ。駅へ続く沿道には、サルスベリの木が並木を作っている。サルスベリの並木路は珍しいと思う。しまける中で瘤だけのように見える裸木も、花の時期は見事なものだろう。


 ゆつくり歩かう萩がこぼれる 
     山頭火

 目の前に駅舎が見えてきた。急ぐ事もない。萩ではないが、サルスベリをゆっくりと味わおう。灼熱の太陽に照らされて咲く、赤いサルスベリの花の妖艶さを思おう。赤い芽吹きのときを思ってみよう。黒赤い落葉のときを描こう。そして樹木の中にそれらのエネルギーを凝縮している、この時雨(しまけ)のときを愛でてみよう。温かいコヒーが欲しいところだが、駅周辺にはなにもない、田んぼが広がるのみだ。この田には、お酒に適した山田錦米が作られるらしい。
 駅は無人駅で「乗車駅証明書」をちぎっりとってホームにあがる。数歩計を持っていた人が「家から今日歩いた歩数は2万歩弱」と驚いている。よく歩きました。みんなといっしょだから歩けたのね。


やつぱり一人はさみしい枯れ草
山頭火

たくさん仲間がいたから寂しくはなかったね。


まつすぐなみちでさみしい
山頭火

 あのまっすぐな松林は、しまけも応援してくれて賑やかだったね。寂しくなかったね。ありがとう。みんなが同行してくれるから、こうして行脚を続けられます。わたしの心に、コロコロと弾んだ霰のように「ありがとう、ありがとう」が入ってくる。
 でも、毎回このような天候では・・・・・・・。
次回はお花見を予定している。今日から毎日テルテル坊主を下げておこう。

    
          群れ雀(はなずはう)色濃して虹の中

2004.04.05




  松つかさの晴雨計      木村徳太郎      
 
          ぢっと見てよう 松つかさを。

          晴なら開くね 松かさが

          雨なら閉むね 松かさは 


          ジャケツの茶色

          青ズボン

          白い帽子に 黒い靴。


          此處はお庭の 測候所。


          技師の松かさ

          首かしげ

          ぢっと立ってゝ 空みてる。
  

      雨なら閉むね 松かさが

      晴なら開くね 松かさは

      手工で作った 晴雨計。
 

木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」に掲載しています。ご愛読下さい。 

ザゼンソウ

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オカリナを吹こう (1)
 
「人は見かけによらぬもの」といわれるが、植物も見かけによらぬものである。
孟宗竹、破竹、ヤブツバキ、ウワズミサクラ、コブシ、ガマズミの、高木・小高木・低木が密に茂る薄暗い湿地帯で、私はそれに出会った。
 雪に覆われた逕を進む。湿地の所々の雪が融け、流れをつくっている。ちらつく雪のなかを正ちゃん帽子の地元のお年寄りが、流れの木の葉やゴミを掃除しておられる。その植物を最初に見つけたのも、地元の中学生だという。地域をあげてその植物を愛くしんでおられる熱気が、雪をも融かすように伝わってくる。そして、その植物自身も、雪を融かし熱気を発する「見かけによらぬ植物」なのだ。
 私には、雪の中を黒紫のショールで顔を隠す妖艶な美女のようにも見えるし、雪原を遊ぶペンギンのようにもみえる。が、これは厳かに僧が堂の中で座禅をしている姿で、そこから座禅草(ザゼンソウ)と名付けられた。
 「夏の思い出」のミズバショウによく似た花だ。そして、私に大きな、「冬の思い出」を残してくれた花である。
 昭和六十一年から「心と体の健康」を掲げ、地域に開かれていたカルチャーセンター「しが社会保険センター」が、平成二十年三月三十一日で閉鎖される。一連の年金・保険整理機構の整理計画にあがり、施設運営を停止されたのだ。千名以上の会員を抱え、地域に文化・健康を届けていた黒字の施設だったが、入札されて身売りされた。突然、会員や講師たちは路頭に迷うことになったわけだ。私はオカリナ講師として、そこで講師契約をしていた。一枚の「講師契約終了通知」だけで、歴史は閉じたのだ。
 私はオカリナ行脚を決めた。オカリナを持って琵琶湖を一周し、私自身も原点に戻ってみようと思ったのだ。暗譜をして行く先々で、オカリナを吹かせてもらう。言うならばオカリナ虚無僧であろうか。
そして第一歩を「琵琶湖周航」の歌の発祥地であり、「自らが発熱する不思議なザゼンソウ」の群生地である(近江)今津から始めることにした。
 今津は、前日六十センチの積雪だったとかで、軒下には私の背より高く雪が積まれていた。雪が壁をつくっていた。幹線道路は地下水を汲み上げ、流されているので雪はない。地下水は錆を多量に含み、道路の白線も石畳も、セピア色に渋く染まっていた。
「琵琶湖周航の歌」資料館へ行く。側が今津港だ。今津港でオカリナを吹きたいと思ったが、雪のちらつく寒い日だった。気温が低いとオカリナは音が出難い。演奏を諦め、そのまま旧街道を歩く。古い宿と湖魚の店が並び、炭火で鰻の焼く匂い、湖魚の煮る匂いが漂ってくる。造り酒屋の酒の香り、あつあつの大判焼きの匂い、昔懐かしい商店街の匂いの中に私は立っていた。幸せ感が、寒さを吹き飛ばしてくれる。
 伝道師であり建築家のウイリアム・メルレ・ヴォーリズの建築物がたくさん残っている。そのヴォーリズの資料館にも寄る。彼は「建築物の品格は、人間の人格の如く、その外観よりもむしろ内容にある。」という。これも、みかけによらず中味を重視するということだろうか。和蝋燭の店や古いお寺、新しい建物が上手く調和している町である。昔話の中にいるような、大正期の洋風クラッシックの中にいるような気持になる。
 雪が舞ってくる。突風がきた。華奢な傘が吹っ飛んだ。傘を駄目にしてしまった。そして、突風に向って無口に歩く。ふと種田山頭火の句が浮かんできた。
「雪ふるひとりひとりゆく」
 このオカリナ行脚に同行してくれる者が何人かいた。しかし、それぞれに自分に戻ればみんな一人だ。
「雪ふれば雪を観てゐる私です」
自然体で行こうと思う。そして、降りしきる雪の世界は
「雪へ雪ふるしずけさにをる」という風情を私にくれた。
 軒先の「落雪注意」の札を気にしながら坂道を登る。桜の巨樹に囲まれた自衛隊の饗庭演習場である。その先に、阿志都弥神社行過天満宮(あしづみじんじゃゆきすぎてんまんぐう)があった。注連縄が雪に濡れ、神木の樹齢千年余といわれるシイの巨樹が、幾千年の歴史を見守っているようだった。踏み乱されていない雪の境内と、その巨樹には自然に頭がさがる。厳かな「気」が漂っていた。しかし、古木になると老いの弱さか、数百年と言う山桜が、雪の重みで折れているのは痛ゝしかった。淡茶緑色や赤褐色に染まる新葉と、淡白紅色の花を咲かせる山桜を想い、折れた枝をそっと撫でる。
 いよいよその植物の群生地に近づいてきた。竹林に群生していた。まるで黒紫の衣を纏って、雪の中を群れ戯れて遊ぶ、かぐや姫の子供たちのように思えた。
 ザゼンソウは他に類を見ない珍しい植物だ。発熱するのだ。それが「植物もみかけによらぬもの」と言われる由縁であろう。自分で体温を精密にコントロールし、氷点下の外気温の変動にも関わらず、花器の温度を25度内外に維持できる植物である。体温を自立的に調節する恒温性植物なのだ。研究が進み、温度制御装置の開発などにも生かされているらしい。なんと素晴らしい命の保ち方であろう。群れ戯れていても、一つ一つは自分で自立し、自分で生きることに、巧妙な仕掛けと仕組みを持っているのだ。
「雪ふるひとりひとりゆく」一つ一つの座禅草は、力強く自分で生きているのだ。
 私には、世に流され振り回され、恒温性を保つことなど至難の技だが、この「見かけによらない植物」から、感動とエネルギーを貰った。
 吹雪いてくる。前が見えない。なにもかもが雪で滲み霞んでいく。ザゼンソウは懸命に熱を出している。私も強く歩んでいこうと思う。出来ることなら、自家能力(発熱)をしながら生きて行きたいものだと思う

 野外では寒いと、「ザゼンソウシンポジュウム」が行なわれている会場で、オカリナを吹かせてもらった。私の体温も少し上がった。「アガッタ」のかもしれない。
山頭火は行脚をする。きっと旅はこうして、自分以外のものに触れられる喜び。挫折、人の情け、知識、厳しい自然、優しい自然、いろんなことを味わえるから歩くのだろう。それを感じたい、感じられるから歩き続けられるのかもしれない。
ザゼンソウは、そんなことを思う「冬の思い出」の、最初の一頁を飾ってくれた。

   
    自らに熱をだしおり座禅草



          日暮れの路         木村徳太郎 
    
              A線のような

              電線を

              風の弓が こすってた。


              並木がアルト

              ソプラノで

              なんだか唄を うはせてた。


              僕の靴音

              シロホンは

              冷たい路を 急いでた。


              チユーバ 自転車

              うなってゝ

              腹にこたへる 日暮です。



木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』『児童文学者の目より見たる』」に掲載しています。ご愛読下さい。 
2008.03.01

          

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