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山笑う

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山笑う

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1)一枚として同じものなし 緑葉の笑み 2)初夏の空泳ぐ 夏アザミ。

 鯉のぼり  泳ぐ    
 「うふふ、おほほ、あはは」と、山面をなでる風や陽光を仲間にし、寒さから解放された木々の芽が、少しずつ色合いを変え、そこかしこから笑い声が響いてくるような、そんな山の美しさを「山笑う」という。が、これは山だけに限らない。
 我が家の狭庭にも、笑い声が溢れている。モクセイの新芽は、薄紅肌色で「キヤッキヤッツ」と笑いながら逃げて行く湯上りの幼児。「バサバサ」とそれを追いかける高笑いは深濃緑のヤツデ。イタヤカエデは薄緑の蛍光色で、謎めく「モナリザ」の笑み。コブシはしとやかにしのび笑い。梅は少し大人の高笑い。カエデは柔かい緑の高貴な笑み。サンシュウ、アオキ、ナシ、キウイ、少し頬を染める艶笑はサルスベリ。カリンもビワもカキもツバキもイチョウもみな笑う。「こもこも・ふふふ・あはは・おほほ」と、緑の笑いが溢れている。
 そんな下を人の笑い声も走る。鯉幟(こいのぼり)が立てられたのだ。緑の笑いの波にひっかかりながら(木にひっかかりながら)鯉幟が泳ぐ。

 子ども時代を田舎で過ごした。田に水がはいるころ、鯉幟が甍を見下ろし泳ぎはじめる。早苗が並ぶと遠くに泳ぐ鯉幟なのに、水田に映っているような錯覚を持つ。輝きを増す緑と早苗田を渡ってくる心地よい風が頬をうつ。緑の風の中を遊び惚けた。
誰かがスカンポを振りながら言う「越出さんとこの鯉幟はでっかいな〜」鯉幟はその家の財、格式を空高く揚げる事でもあり、分限者の鯉幟はとても大きかった。男児の出産、また男児の居る家には鯉幟が立てられた。しかしどこの家にも鯉幟が上がるわけではなかった。高く高く上がる鯉幟は子どもたちの羨望でもあった。それは、憧れと美しい日本の原風景として私の瞼に残っている。

 滋賀の地に引っ越してきた時、近所の人にいわれた。「アンタとこ、庭が広いのに鯉幟ないの? 鯉幟とお雛さんは女の実家から贈られるもんやよ。」父は貧しい中で、せい一杯私を嫁がせる準備をしてくれた。鯉幟や雛人形を実家から贈ってもらうシキタリを私は知らなかったし、それを望むことなど思ってもみなかった。しかし、父が馬鹿にされたようでとても悲しかった。
 そして、大奮発をしたのだ。鯉幟を買った。吹流し、真鯉、緋鯉、子鯉のセットだったが、五人家族である。朱の一回り小さい子鯉、緑のさらに小さい鯉も注文し、五匹の鯉のぼりが青空に舞った。

 いつのまにか子供たちも大きくなり、鯉幟は立てられなくなった。「不要の鯉幟をイベントに使うから」と回覧がきた。「アンタとこ鯉幟はないの?」と聞いたお宅は、鯉幟を大型ごみに出したという。私は、鯉幟を手放せなかった。末っ子が「僕の鯉幟が一番小さい」と泣いたこと。近所に住む父が、突然の雨にびしゃ濡れになりながら、留守の我が家の鯉幟を下ろし風邪をひいたこと。
家族の健康と子供たちの成長を願いながら泳いでくれた鯉幟は、お腹にたくさんの思い出を詰めていた。いつかは廃棄物になろうが、外に放出するのは偲びなかった。倉庫の底深くに眠らせておくことにした。そしてそのまま何十年と忘れていた。
 娘に男児が出産した。女の実家から鯉幟を贈るというシキタリを思い出した。しかし、娘は住宅事情もあり鯉幟はいらないという。義母に「Aちゃんの里で鯉幟を買わないのなら、こちらで買いましょうか」と言われたと、あっけんからんと笑っている。娘の伴侶も「いらない」という。
 彼は子どものとき、鯉幟がなく「どうして自分の家には鯉幟がないの」と聞くと、「立てる場所がないから」と言われたと話す。「しかし、庭はあった」ともいう。たかが鯉幟、されど鯉幟、ここにも、いろいろと事情があったのだろう。 
 私は鯉幟を出してみた。何十年ぶりの再会だろう。色あせてはいるが、鱗一枚の欠損もない。底深く悠久の時を、倉庫で眠っていたのだ。この鯉幟を泳がせ彼にもみせてやりたいと思った。
しかし、ポールがなくなっている。夫が太い竹を切り出してきた。連休でやってきた娘達に手伝わせた。彼はダサイことの嫌いな若者だと思っていた。それが、頭を光らせ下着姿で穴を掘る爺さん(夫)に付き合って嬉々としている。その周りを孫が笑い走る。そんな男性たちをみていると胸が熱くなってきた。爽やかな皐月風が胸を抜けて行った。
 それから毎年、爺と婆は黄金週間に何処へも行かず、竹を切り出し、穴を掘り、鯉幟を立てることにしている。
 今年も揚げた。いつまでこれを続けられるだろう。体力は衰えてくる。しかし、そのときに鯉幟を廃棄処分にすればいい。
 鯉幟が泳ぐ。各地で鯉幟が泳いでいる。伝統・各人の想い・時代を乗せ、鯉のぼりは泳いでいるのだろう。
 新緑の笑みのなか、「わはは、わはは」と、鯉幟も鰭をはねて笑っている。

    
        こいのぼり 思い出食べて 空泳ぐ

       狭庭にて こいのぼりあげ 孫を待つ          

2004.05.08


     
          オ手々       木村徳太郎    

         可愛イ、オ手々

          戴キマス ト

         言フ オ手々。


        不可(イケ)ナイ オ手々

        障子ニ穴ヲ

        突ツコム オ手々。


        不可ナイ オ手々

        オ鼻ヲ 擦(コス)ル

        汚穢(ババチ)イ オ手々。


        元気ナ オ手々

        萬歳 萬歳

        スル オ手々。



木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」に掲載しています。ご愛読下さい。 

    

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