来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

六月の歌

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六月の歌(滴の花)

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ツマラン話メデタイ話 
 六年程前の「ツマラン話」(エッセイ)の続きである。
あの話はこうだった。
 「ツマラン!おまえの話はツマラン」と俳優大滝秀治と岸部一徳の掛け合いで、殺虫剤のCMが流れる。私は思わず「ドキッ!」とした。一ヶ月ほど前に、同じセリフを息子から言われたのだ。
 子供たちは盆と正月には帰郷する。日程はバラバラの「時差帰郷」で私には何も言ってこないがお互いに連絡を取り合って、一日は揃うようにしているようだ。
そんななか、珍しく次男から電話があった。「お姉さんはいつ帰郷する? 僕もその時には帰るし。お父さんも在宅か? 報告することがある」と言う。しかも、いつもは日付の変わる頃に寝るだけのように帰郷するのに、昼に帰ると言う。
急いで娘に問い合わせてみた。「報告て何やろ? 」「さぁ〜〜。お母さんが思っているような事と違う」「あんたもそう思う? 」具体的に報告の中味が何なのかも話し合われないで、話が弾んだ。夫に「何か報告があるらしいわ」と告げると、「そうか、あいつらしいなあ」と……。ここでも、報告が「何か」は話し合われないまま「あ」「うん」だけで終った。
 孫が次から次へと玩具を出して遊ぶのを横目に、「ケーキを買ってくるわ」と、お気に入りのワンピースに着替え、化粧も念入りにして弾んで出掛けた。朝から丁寧に掃除もしてあった。地元で美味しいと評判の店だ。特に焼き林檎は、1個500円するがそれは美味しい。普段はなかなか買えないがその日は大奮発した。店隅に紫に近い濃青色の花が揺れていた。セージだ。セージは挿芽でよく活性する。普段買ったことのない高額商品を買うので無意識にオバサン根性が出たのか「綺麗な花ね。一枝欲しいわ」と言ってみた。店の人が笑顔で切ってくれた。白いケーキボックスの上に、リボンを掛けるように青いセージを乗せた。白と青のコントラストがすがすがしく映え、余計に心が躍った。
 電話が鳴った。主人と娘と私は顔を見合わせて、エンジンをかけるのももどかしく駅まで次男の出迎えに車を飛ばした。

「なんで! 一人なん?」
「何が? 一人に決まっとるやろ」
「エー! なんで?!」

そんな挨拶を交わし、荷物を座席に放り投げて息子が乗ってくる。荷物だけか。
私は辺りをキョロキョロと見回す。田舎駅の午後のロータリは、陽射が粒子になり静かに流れているだけだ。桜の木にやかましく蝉が鳴いているだけで人けはない。
「おいしいケーキを買ってあるからね」
「おれ甘いもんは嫌いやで。お母さん忘れたん」
「そんなんこと言わんと、ものすごう高いケーキやったんやから」
「ハイハイ。頂きますがな」そんな変哲もない会話が車中に流れる。家につくなり私は尋ねた。「報告て何なん?」
「就職決まった」彼は博士課程の一年生だ。「就職て、あんた学校を辞めるん?」私はまたもオバサン根性だ。いままでの授業料が無駄になったのかと思い聞き返す。
「そりゃ。良かった。おめでとう」と夫が明るく言う。娘も「よかったジャン」と缶ビールを開ける。私だけがケーキの箱をうやうやしく持ったままで、つっ立っていた。
そんな私を見て「お母さん何か勘違いしたん? 」と皆で私を笑うのだ。
「あんたかてそう思ってたやろ」。「なにが? 」。主人はすました顔で言う。
(そう、誰からも「彼女を連れてくる」なんて言葉は出なかった。私も言ってない。)でも私だけが笑われる。私は腹が立ってきて愚痴を言い出した。
その時、息子が「お母さんの話はツマラン! 」と言い放ったのだ。「お母さんはまじめやしええ人や。けどツマラン。自助努力が足らん。もう一つ向こうの物を取りに行こうとする努力がない。一つ上の物をつかみ取ろうとする覇気を持たなあかんで」と言う。
「グサッ」とくるものがある。確かに私は可もなく、不可もなく過ごしている。その平穏を保つために努力をしていると思っていた。「自助努力? 自助努力!」「自助努力てなんだ」、あれ以来、私は何回も繰返す。やがて秋が来て殺虫剤のCMも放映されなくなった。
 貰ってきたブルーセージが根着いて風に揺れている。静かな昼下がり今日も私は「自助努力?」と考える。考える事を「ツマラン!」と思いながらも、また考える。
私は「それは無理」と物事に限界を作ることが多い。そして、その限界の中でよく早とちりもする。それが「ツマラン。自助努力が足らん」と息子に言わせる要因なのだろうか。自分に無理と思えば人に「頼る。甘える」ことも良いだろう。その上で、ちょっとやってみたら、出来ないと思っていたことが出来たりもする。何事も決め付ける事に、息子は「ツマラン」と戒めたのであろう。


あれから青いセージが咲き始めると「ツマラン!」ことを思い出す。
<ジューンドロップ(六月の滴)>の本を出した。「やったらやれたやないの」。 六月の湿りを含む風の中で揺れているセージに言ってみる。ツマランことの意味が分かったかのように清々しい紫の風が一筋、通り抜けて行く。
 当時長男はニカラグアにいた。それからエルサルバトルへ行き、またニカラグアにいる。長女は一人の子供が二人になり相変らず勤めながら子育てをしている。次男の「就職が決まった」は大学に残る事だった。みんなそれぞれに自分の居場所で自助努力をしている。健康と共にそれが一番嬉しい。

 我が家の床の間は何十年と本が積み重ねられていた。夫と夜中の3時までかかってそれを片付けた。床は長い間陽を見ず、白く剥げていた。それをせっせと磨く。そして青いセージと白桔梗、紫陽花を活けた。

「焼きリンゴ買って来るわ」私はいそいそと買いに行く。

 次男が結婚相手を姉の誕生日と同じ六月六日に連れてきた。青いセージのように楚々としたお嬢さんが床の前に座った。嬉し涙が零れてゆく。
 
 六月は、喜怒哀楽の涙粒を含んで咲くかのように青い花、白い花が似合う。花も自助努力をして、煌くのだろう。
 アジサイ、カキツバタ、ブルーセージ、キキヨウ、キリの花、マツバウンラン、キキヨウソウ、シラン、シソの花・・・。
 ホタルブクロ、クチナシ、ウノハナ、ドクダミ、ユキノシタ、サビタ、ヒトツバタコ、ミカンの花・・・。
野にたくさんの花が、雨滴のように涙粒のように咲いている。雨色を乗せ咲いている。白く青く雫がこぼれ落ちて咲いている。雨に煌き、陽に煌き虹を描いている。


   雨滴落として咲くか六月の花

六月の歌(アジサイ)

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 六月の雫 ジューンドロップ    
  
 紫陽花が薄い藍色になると、保護色に隠れるように濃い緑の葉へ、小さな雨蛙がやってくる。
 紫陽花は、中心の小さい粒々が花だ。薄藍色の花粒が、雫のように雨蛙に落ちて行く。
 
 六月六日生れで5歳違いの姉がいた。藍子という名前だった。
 私たち姉妹は、紫陽花の咲く庭でよく小さい雨蛙を追いかけて遊んだ。雨蛙を捕まえては、空瓶に入れていくのだ。細かい雨脚に雨蛙が跳ねる。それを真似て私たちも跳ね追いかける。紫陽花の花粒も、雨脚のようにこぼれていた。
蛙を捕まえた瓶が一杯になればもう飽きてしまい、放ったらかしにして別のことに関心の行く私と異なり、姉は私が捕まえた雨蛙も後で放っていた。
あのとき姉はどんな気持で蛙を放っていたのだろ。
「お母さんの所へ帰りなさいね」、と言っていたのだろうか。5歳で姉は母と別れた。私は生まれて直ぐで母の記憶はない。姉から一度も母のことを聞いたことはない。しかし5歳児が「母を失う」ということは、どんなに辛いことだったろうと思う。
 姉は、私の教育係でもあった。「『お母さんのいない子はやっぱりだらしない、汚い』といわれんようにせなあかんで」と、下着の洗濯をよく手伝ってくれた。石鹸の匂いがたちのぼる。姉は石鹸の匂いが好きという。それは母の匂いでもあったのだろうか。
 父が神社を退職し、私たちは紫陽花の植わる小さな家に暮らした。
姉は五月の連休に友達と登山に出かけ、風邪を引いて帰って来、風邪が一向に治らず喘息の発作を起した。苦しそうに咳き込んでばかりいた。その苦しげな咳き声が薄藍色の紫陽花を震わせていた。
そして、あっけなく昭和三十八年九月十五日に亡くなってしまった。
「どうして、こんなことになったのか」。父と私は悲嘆にくれた。
「もし女親がいれば、もっと手厚く看病出来たのでは」「母なら、もっと子どもの心を理解出来たのでは」「あれもこれも全て父が悪い」「姉はきっと、自分の人生を恨んで亡くなっただろう」と私は父を責めた。
そして、父はだんだん人が変わっていった。
 しかし、たまに臨時収入があると、私を食事に誘ってくれる。
レストランのテーブルに、紫陽花が重たく溢れんばかりに活けられていた。私たちは黙ってそれを眺めている。私はそのころ推理小説に凝っていて、「紫陽花の花が土質によって花色を変えることから犯行現場に死体が埋まっていることを暴く」そんな小説の中に「紫陽花の匂いは死人の匂い」と書かれていたのを思い出した。そういえば、紫陽花に鋏を入れるき、普段匂わない独特の匂いが微かにする。姉が死んだあのときにも、ふと漂った匂いは死人の匂いだったのかもしれない。私は単純に紫陽花の匂いを死人の匂いと決めつけた。しかし父はそんなことを知るはずもない。ただ紫陽花をじっと眺めている。そんな父の姿が、なぜだか腹立たしくなってきた。私は、「飲食店に死人の匂いのする紫陽花は似合わないよね」と生意気に言う。「死人の匂い?」父は紫陽花に鼻を近づけた。そして矢庭に、「食べ物を提供する所に、死人(しびと)の匂いのする紫陽花を活けるのはどういうことだ」と店にくってかかったのだ。姉を亡くしてからの父は、私の言動に何事にも歩調を合わせる。私はそれが厭で腹立たしくて仕方がなかった。それが何事も知ったかぶりの生意気な口調になり厭味を言い、父をからかう意地の悪い性根が生まれていた。しかし、まさか父が店にいうとは思わなかった。私たちは店を退去させられた。自分の厭な性根を別にして、店を追い出されたことが恥かしく父のせいにした。
 そして、父と私の距離はますます遠くなっていったのだ。

 薄藍色の花雫がおちていく。私の目からも涙がこぼれていく。
雨蛙は姉が田んぼに放った蛙の子孫が、遊びに来てくれているのだろう。
「ジューンドロップ」は果樹の生理落果をいう。たくさん成り過ぎた花や実を自らが落すことである。私には、紫陽花の小さい花粒が「ジューンドロップ」(六月の雫)の涙粒にもみえてくる。

 父は平成八年に眠った。姉と共に眠っている。私は墓地を決める時、紫陽花がいっぱいに咲く場所を選んだ。
墓地の紫陽花が日毎に色を重ねていく。父と姉はそれを眺めていてくれることだろう。
「ジューンドロップ」何を捨て何を残すのか。
私は二人から、多くの事を残してもらった。
ジューンドロップのように、私自身も、取捨選択の思考錯誤を重ねながら、今を生きている。

    
       あじさゐに涙の色も加わりし   


2008.06.27


           ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


       靴音       木村徳太郎  

        お日様が
        お舗道(みち)に消えた
        ビルのお舗道(みち)は
        静かな谷間。

        こつこつと
        お舗道(みち)を歩む
        お靴の音に
        お羽がはえた。

        靴音は
        お空にのぼり
        一つ一つが
        お星さまになる。

        この谷間
        こつこついけば
        いくつも星が
        ぽつぽつふえた。

       
          人形       木村徳太郎  

         月光(つきかげ)が
         人形に着物を着せる

         人形はにらむ
         黒いいおめゝで。

         人形は話す
         夢のお話を。

         人形は笑ふ
         お口をあけて。

         月光が
         消えれば人形は死んだ。
 
        

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六月の歌(ツバナ)

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 茅花ツバナ流し    
 
 「『茅花(ツバナ)流し』という言葉を見つけた。梅雨前の、湿気を含んだ南風をいうらしい。
 
 私のなかをツバナが流れていく。
 昭和30年代初め、都会から引っ越してきたやせっぽっちの私に「これ食ってみな」と茅萱(チガヤ)の白い、柔らかい穂が差し出された。それは綿菓子のように甘くっておいしかった。ツバナといってチガヤの若い穂だと教えてくれた。
 都会育ちで、自給自足が満足に出来ない我が家だった。欠食児童のようにいつもお腹を空かしていた。遠足の時にそれを採っては食べ、摘んでは食べ先生にしかられ、みんなからあざけるような笑いを誘った。教えてくれたその子だけが笑っていなかった。
 
 土手にチガヤ(ツバナ)の穂綿が、銀白色の布のように流れて行く。『茅花流し』 私には美しくも、切ない響きのことばでもある。
(京都新聞「窓」欄  2003.06.05. )

 
 花盛りがすぎ野辺が濃い緑におおわれるころ、このツバナは白銀の穂をゆらし、そのうねりが、一枚布のようになる。夕焼けに染まると、穂先は炎のように燃える。草刈の終った畦では、穂先だけが緑の海の浮き玉のように転げ、風に走って行く。
それは、

          ピアノ       木村徳太郎  

     ド レ ミ ファ

     まるい 銀玉

      ハコからつんと出る。


     ソ ラ シ ド

     ころころ 銀玉

     ころげて歌になる。


     ド シ ラ ソ ファ

     いくつも銀玉

    お空へ転げて行く。
 
         
銀色の尻尾のような穂が、ド レ ミ ファ と銀玉のように転げていくのだ。

 あの昔、ツバナの白い若穂は、口に含むとチューインガムのようで、甘かった。
「ツバナは、サトウキビと近縁で根に強い甘味を持ち、葉が茂る前の花穂にも甘味があり、江戸時代にはツバナの名で売り歩かれ、当時の甘味(かんみ)となっていた。万葉の時代には「戯奴(わけ)が為 我が手もすまに 春の野に 抜けるツバナそ 召して肥えませ」(貴方の為にツバナを取ってきましたので召し上がって肥えてください)。と、紀女郎(きのつらめ)が大伴家持に歌を贈っている。昔から甘味として利用されていたのだ。また、根茎を陰干しにしたものは茅根(ぼうこん)と呼び、利尿消炎作用があり、黄疸、腎炎、急性肝炎に用いられ、花穂には強い止血作用があり、鼻血、喀血の止血剤となるらしい。葉は屋根の茅葺(かやぶき)の材料となり、穂は火打石で火を起こす際の火付け材としても用いられる。」
とても大活躍の草なのだ。笑われて食べたツバナは、決して間違いではなかったのだ。
 ツバナ(チガヤ)の名の由来は「群生する様から千(1000)の茅(かや)でチガヤになったとする説、赤い花穂から血茅(チガヤ)になった、葉が紅葉するので血茅(チガヤ)になったとする説等、いろいろとある。」
霜の降りた枯れ草の中に、綺麗な赤茶色の葉を見つけることがある。あれがチガヤなのだ。
そして、とても生活に密着した草でもある。
 六月の中頃から各神社に祭られる茅の輪くぐりがある。正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)で、その茅の輪をくぐると、疫病や罪穢が祓われ邪気を払い、心身ともに清らかになり、あとの半年間を新たな気持ちで迎えることが出来るという。茅の輪の(茅)とは、ススキ、スゲ、チガヤなどの総称で、(輪)には背丈のあるススキや、スゲを使う事が多いがチガヤは立派な仲間である。

 白絹色の穂が緩やかに揺れ、さわさわとなる葉を見ていると、遠くの昔へ、私は運こばれていく。恥かしそうに、ツバナを口に含んだあのころから、私はいったいいくつの邪気を背おってきたことだろう。

ツバナで輪を編み、そのなかへ静かに息をくぐらせた。
ツバナ流しの風が流れた。
 美しく切ない言葉の「ツバナ流し」であるが、「邪気流し」の言葉も加えようと、私は思った。
 

    
       茅花の穂ほのかに白く思い出の
                  粒赤々と混ざりおり
   

2008.06.12
木村徳太郎「ピアノ」の詩は私の父の詩です。私の生まれる前、父は多くの詩作を試みておりました。父の死後見つかりました。私は今それを紐解いております。

木村徳太郎の作品(童話、論評、随想)を別頁「木村徳太郎=現在『伝書バト物語』」 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/42560326.htmlに掲載しています。ご愛読下さい。 

伊豆の踊り子

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あぢさゐアジサイ
 雨のアジサイ園を訪れた。案内に『アジサイは、ユキノシタ科ハイドランジア属の落葉低木でハイドランジアとは、ギリシャ語の「水」を表すヒドロと「容器」のアンゲイオンからなる』とある。なるほど、雨にアジサイがよく似合わけだ。
 其の日の雨も、まるで心と言う容器に、雨粒が一片(ひとひら)一花(ひとはな)の水となって溢れるかのように降っていた。

 花のシーズンは少し過ぎている。西洋アジサイ五十品種5000株、日本アジサイ五十品種5000株、計10000本のアジサイが、最盛期には園を埋めつくしていたのだろう。今はその面影だけを残し花を偲ぶようにアジサイ色の雨が静かに降り注ぐ。人影は私たち三人だけだ。それはまるで、広い園内の残り少ないアジサイが、私は水色、私は渋紅色、僕は透明と、それぞれの差す傘の色に姿を変え、雨を受けて園内を歩いているように見える。池のカイツブリがときどき顔を出し、短く鳴いて潜る。こんな雨の中を訪れる女2人、男1人の組み合わせをいぶかしく思い慌てて潜るのか、それとも歓迎の挨拶なのか。潜った後には雨の輪が静かに動く。傘に落ちる雨音までが音なき音の響きとなり、静かにヒドロとアンゲイオンの世界へと吸い込まれていくのだ。
 あの萩原朔太郎の詩は、このような静かな園を詠ったものだろうか。


      「こころ」        萩原朔太郎    純情小曲集より
こころをばなににたとへん
こころろはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりせんなくて。

こころはまた夕闇の園生
そのふ のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。
         
ふきあげ=噴水

 静かなあぢさゐの世界である。音なき音の歩みだけが、三つの傘(人)に響いてくる。
アジサイは花色を変えることから「ほら吹き、移り気、あなたは冷たい」そして「高慢、無情」という花言葉を持つ。アジサイのように歩くこの三つの傘は、それぞれどれに当てはまるのだろうか。ふとそんなことを思っていると、『伊豆、伊予、屋久島、墨田、城ヶ島・・・』と地名を冠したアジサイが並ぶのを見て、渋紅色の傘がおっとりと言った。
 「『伊豆?伊豆やったら、伊豆の踊り子』という名前をもつアジサイが欲しいね」と・・・。
私はその感性の鋭さに驚いた。
 少しだけ花先(ほんとうはガク)を、紅に染める小アジサイに、私も「伊豆の踊り子」を重ねた。
『伊豆の踊り子』は川端康成の、淡い恋心を秘めて旅をする青年と、可憐な踊り子の話だ。
私は、アジサイ園を巡る三つの傘(人)に「伊豆の踊り子」の世界を置いてみた。
 <透明の傘>は、その透明さゆえに何色にでも染まる風情の紳士。かつては「伊豆の踊り子」の青年のように、多感な人だったのであろう。
 <渋紅色の傘>は、真っ白なアジサイの「アナベル」が好きと言う。この「アナベル」は色変わりすることなく散り終わりの時も、白いままである。
 <水色の傘>は私。透明傘と渋紅傘の間で
「されど道づれのたえて物言ふことなければ」と揺れている。
そう。三つの傘のアジサイは、あぢさゐ花と言う旅人かもしれない。
  人生は楽しい。雨の日にアジサイ園を尋ね、「伊豆の踊り子」の世界に入りこめる。物語は、踊り子と青年の美しい余韻を残したままに終わる架空の世界であるが、三つの傘の旅人は、その余韻よりもっと素敵でもっと美しいと思う。余韻の続きを自分の足で歩き、歳を重ね、こうして共にアジサイを愛でる事が出来るのだから。
 アジサイは咲く。時がくれば、アジサイは咲く。年を重ねるということは、過去の旅の余韻を包み込み、一緒に旅をする旅人になれることではないだろうか。私は得がたい『旅の道連れ』という名のアジサイを貰らったことになる。そして思うのだ。いつまでも「伊豆の踊り子」に熱い想いを乗せることのできる心を大切にしたい。そういう心をいつまでも持ち続けられる幸せに感謝をしたいと。
 三つの傘は、各人のあぢさゐ色を染め、降りしきる雨の中をまた歩き始める。



 私は、山に咲いているカシワバアジサイの原種のようなノリウツギが好きです。花も好きですが、この花を「サビタ」と呼ぶ語感がなんともいえず好きなのです。
みずうみも熊もサビタの花も神  大石暁座
そのサビタに似たアジサイを、このアジサイ園で見つけました。パンビニア。やはりこの園は、百品種10000本あるのは本当でしょう。



  「真昼」     木村徳太郎   【楽久我記】ノートより

               明るく土に

               花の影絵が

               ちんまりと

               滲んで真昼


2007.07.18

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