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大つごもり の 彩(いろ)
(これは日の菜の漬物のこと)
大つごもりの紅黒色の暮夜から、白々と新年の朝につながり、最後には輝く白肌が来る年を喜ぶかのように光っている。
葉は緑混じりの赤褐色。葉と根の交わり部分は紅色と墨色をかけた紫色で、小豆色、薄紫色と先端に行くほど白く輝く。この細い一本の根に、何枚の薄絹を重ね、果たして何色何種のドラマが詰まっているのだろう。
私は祖母に育てられたが、中学生のときに亡くした。父は家事の躾けが何一つ出来ていないことを婚家に詫びながら、私を嫁がせた。
私は手本とする母親を持たない。しかし手本のないことが、逆に私自身が描く主婦像を造りだせたのかもしれない。
結婚して最初にやりたかったことは、漬物を漬けることだった。「糟糠の妻」は今や死語に近いが、結婚した昭和四十六年頃は、理想の妻・女・母の代名詞のように言われていた。私は真っ白の割烹着を着け、料理本と首っ引きで「糟糠の妻」に挑戦した。
十二月になれば白菜を庭に広げて干す。借家に広い庭と柿の木が数本あり、干した白菜の白く丸いお尻が艶かしく、その上に柿の照り葉が舞う。白と赤のコントラストは一幅の絵のようで、新婚の喜びと主婦をしていると言う満足感が私を包み込んでいた。
胸を高鳴らせ、漬物石用に借家の庭石を洗っていたが、美しく見惚れる景観からすぐに現実に引き戻された。庭に転がっている石を洗う私を見て、大家さんが飛んで来る。
「あんたはんの嫁入り道具には、漬物石もおへんのか」
大家さんは、夫が独身時代に下宿をしていた家主であり、今度の借家の大家でもあった。事あるごとに、私に色々と意見をしがてら新居を覗きに来る。そして、いつも帰り際に「京都ではそんな仕方や物言いでは通用しまへんで」と叱りつけて帰る。それならどうしたら良いのかは教えてくれない。父は「近所姑や。気にすんな」と言ってくれるものの、私は辛い思いをしていた。
出産予定日が十二月二十七日だった。
「そろそろ漬物の重石を減らそうか」と、十二月九日、柿の照り葉が初冬の風に舞い始めるのを見ながら重石を持ち上げた。とたんに下腹へ鈍痛が走った。漬物作りも、出産も何もかもが未知の体験である。自分の体がどんどん変化していくことや、日常生活に不安ばかりが先立ち涙が込み上げてきた。
重石をそのまま漬物の蓋も閉めずに、産院へ駆けつけて直ちに入院となった。
鈍痛が波のように繰り返すだけで、一向にお産は始まらない。「母親がいなくて寂しいだろう」とよく聞かれた。私は一度も寂しいと思ったことはなかったが、このときばかりは「母親が欲しい」と初めて思った。
恐怖と不安の二日が過ぎ、十二月十一日に長女が生まれた。先輩となる姉妹もない。赤ちゃんを見るのは初めてだった。触るのが怖かった。泣くとオロオロした。
しかし、なんと可愛いのだろう。小さな口を開けて欠伸をする。小さな握り拳と、よく動く小さな足が可愛いい。一日中頬擦りをして抱いていた。
授乳も沐浴もオムツ替えも「あまりにも下手で見ておれない」と、普通より長く病院で特訓を受け、クリスマスの日にようやく退院できた。
赤ちゃん(長女)をやっと寝かしつけ、漬物を放ったらかしていたのを思い出した。
「パパ、お漬物どうなってる?」
夫の呼び方がいつのまにか「パパ」になっていた。夫は「知らない」と言う。漬物どころではない。何よりも赤ちゃんが最優先だ。
ところが漬物はちゃんと蓋がされ、重石が外されて台所の隅に置いてあった。
大家さんが後始末をしてくれていたのだ。
入院する前に残っていた柿の照り葉も総て落ち、雪が静かに舞っていた。凍てる寒さの中で白菜の漬物を出した。とても美味しく漬かっていた。冷たい漬物が幸せな気持を口一杯に広げてくれた。
そして、七年後に三人の子を引き連れ滋賀県へ転居して来た。近辺では冷え込みがきつくなると「万木蕪」や「日の菜」が干される。これは、寒風に晒せば晒すほど甘味が増し、柔らかくなるからだ。日野菜は種子を他府県で蒔いても、あの滲むようなグラデーションの色は出ずに、白くて辛いばかりの根になると言う。
「京都では通用しまへん」と言われて泣いた私も、今や「万木蕪」が芯の白い部分まで紅色に染まるように「主婦」という色に染まり切ってきた。日野菜はどの場所でも、色付く訳ではないらしい。私もこれで良いのだと思っている。
大つごもりの鐘を聞きながら日野菜漬を取り出す。新しい年が白々と立ち上っていく。
頁繰る速さ増しゆく年の暮れ
2008.12.28
この一年、沢山のお友達に恵まれました。私的なエッセイを綴ってきたブログですが、多くのご指導や応援に感謝をいたしております。有難う御座いました。
また来年も日常の記録を綴っていければと思っています。
木村徳太郎のコーナーも模様替えをして続けて行きたいと思います。
皆さまとのご縁を始めとして、いろいろのことを来年へ繋げていけることに感謝しつつ、みなさまも良い年をお迎え下さいますよう、お祈り申し上げます。弥榮。
有難う御座いました。
歳の市 木村徳太郎
季節が電線(ねじ)を
しめるから
街には風が
鳴ってゐた。
市場帰りの
お籠には
嬉しい新春が
ひそんでた。
季節が日脚を
せかすから
街はせわしく
うごいてた。
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