来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

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雑感

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 写真妙味
 
 カメラは1841年に日本にもたらされ、幕末から明治時代にかけて浸透しはじめた。よく知られているものに坂本龍馬の肖像写真がある。
その昔、写真は魂を抜かれると言われ、恐れられもしたらしい。

 私の子供時代は、まだ一般家庭にカメラは普及していなかった。学校行事や町内行事の集合写真はあるが、家族が写してくれるスナップ写真はあまりない。写真館へ出向いて写真は撮るものだった。それも白黒だ。1935年に、コダックがカラーフイルムを売り出しカラー写真が出始めたが、一般的に使われだしたのはもっと後だと思う。

 にっこり微笑む私のスナップ写真が増え出したのは、会社務めのころからで、結婚、そして子供の誕生と歳月の流れにつれ、写真はどんどん増えていった。
 夫はカメラが趣味だった。何台も機種を揃え子供たちを撮るのを楽しみとした。私は子供たち一人一人にアルバムをつくった。そして、そのうち子供たちが写真を撮ることを覚え長男は花の写真を、次男は人物と、私もよく写してくれた。写真は正直だと思った。年令を隠さない。魂を抜くどころか魂をそのまま映し出すのが写真だったのかもしれない。
 そして、写真の進化は目覚しい。
 今春、壷井榮文学館の「岬文壇エッセイ」で賞に入り、顔写真を送るように言われた。(文学館便りに載せる)手元にあるスナップ写真を送ることも考えたが、駅やスーパーに備えられている「スピード写真」を利用した。ボックスに入るのに勇気がいったがすぐ写真が出てくる便利さだ。私は、写真は実写のモデルだけでなく、それを覆う空気感の伝わって来るものが好きだ。しかし使用目的の決まっている写真に空気は要らないだろう。本人だと確認できる写真ならそれで良いのだ。が、そこは人情。実物に関わらず、少しでも美人に写ったほうが嬉しい。スピード写真や、警察署で撮る免許書用の写真は、どうしてこうも人相が悪く写るのかと思っていたが、今回、普通の人相のものが出てきて一安心。

 壷井榮文学館主宰の「岬の分教場文芸教室」に参加し、顔写真を添えて感想文執筆の依頼をされた。前回の写真が残っているのでそれを送ろうとも思ったが、またスピード写真に足を運んだ。
 それにはわけがあった。
メニューに「美肌仕様」と言うのがあったのだ。どんなものかと思いながらも前回利用をしなかった。百円の追加で、美肌仕様の写真が出てくるらしい「美肌使用?」試して見たかった。
 化粧品の広告などに使用前、使用後の写真が掲載されている。写真技術でシミを消したりシワを消す事が出来、効果抜群のように加工しているのだと聞いた事がある。
百円追加のスピード写真で、それが出来るようだった。

 知人とそれが話題になった。「プリントシール機はもっと凄いよ」と知人が言う。
プリントシールは友達や仲良しと記念に撮り、シールにするものだ。その技術がいまや驚くほど良くなり、セルフポートレートにも利用されていると言う。肌を整えることはもちろん、目を大きくしたり、鼻を高くしたり、(底上げ)して撮ることが出来るらしい。
シワもシミも消え、垂れ下がってくる目元もパッチリ。20歳は若返ると聞かされた。

 撮ってみたい誘惑に駆られる。次に顔写真を言われたら是非プリクラへ行って見よう。(しかし、いまのところ写真を送って欲しいと言ってくる要請はない)顔写真が必要と言われるように頑張ろうと思う自分が可笑しく、また楽しい。写真技術の進歩は希望を与えるものかもしれない。

 しかしながらに思う。
こんなに加工する事が出来る写真とは何だろう。写真とは「真を写す」。それゆえに魂を抜くとも恐れられたものだったと思う。
巷には携帯電話、デジカメが溢れている。そしていくらでも加工出来るらしい。加工した写真が泳いでいる。その美しさ?に、疲れもする。白黒写真が懐かしくなったりする。昔の写真が懐かしくもなる。

 昔の写真屋さんが写した写真はどれも凛々しい顔付きのものが多い。昔、人は凛々しい顔つきをしていたのか、それともそういうふうに修正加工していたのだろうか。若き特攻兵の写真を観る。映画のスチール写真で、俳優が同じ格好をして同じ様に写っている写真がある。現在と昔と顔の骨格が違っているのだろうか。顔付き、背景から浮ぶ空気感が違うのだ。戦争映画で、女優がモンペをはいても、モンペがニューファションのように映ったりもする。

その昔、実物も知らずに写真だけで嫁ぎ、新しい人生を踏み出した時代もあったという。

そんな時代の写真に修正や加工はあったのだろうか。

誰にでも手軽に写せる現在の写真の用途は何だろう。記録、記念、感動、アート……。

夫は、百円追加の私の美肌仕様の写真を観て「やりすぎだ!」と言った。
そのうち「これ、誰?」と言うかもしれない。



シャセイ   木村徳太郎  
 
       フルフルアメノ 
       ニチヨウビ
       ダアレモコナイ
       オエンガワ

       ヒトリシャセイヲ
       イタシマス
       オニハニデキタ
       ビワノキヲ。

       ソウソウソレニ
       カアサンモ
       カイテアゲマショ
       アトカラネ。

       イクサニイカレタ 
       トウウサンニ
       カケレバイモンニ
       オクリマセウ。   

雑感

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"鬼灯" エレジー(1) 
 秋の日差しが柔らかい。夏の荒々しいエネルギーを残す雑草さえ優しく見え始めてくる。そんな中に朱色、ホウズキの朱の色を見つけると心ときめく。一つもぎ取り実を丁寧に揉みだす。懐かしい感触と優しさが私を包んで行く。
しかし、それとは別に悲しく暗い気持ちも広がっていく。

 人はこころ内に棘を持つのだろうか。その棘は機会があればその本人が気づくこともなく、芽を出しその人自身の自己陶酔の美酒となるのだろうか。
   
  虫かごに入っているように見えるので、“虫ほうずき”という。レース模様の造形美は息を飲む。その美しさと共にホオズキは子供時代の旅愁を誘うものだ。
日差しが柔かくなってきた。その日差しの中に新聞紙を広げ爪楊枝と手拭を脇に置き私はいまだかって成功したことのない作業にとりかかる。気持ちを鎮めるためにチェロ伴奏曲をかける。白鳥の湖が静かに流れだした。旋律にあわせホオズキのぼんぼん頭を優しく揉み始める。グリグリ回すと駄目なことを、半世紀以上も前の手の感覚が覚えている。
「あ〜〜。やっぱり破れた」青臭いホオズキの匂いが鼻を抜けていった。
姉は上手にホオズキの蕊を引き出した。姉はどうしてあんなに上手だったのだろう。ホオズキ笛も「きゅきゅ」と上手に鳴らした。「鳴らさしたげるわ」と私の口にホオズキを入れてくれる。でも私はやはり鳴らせなかった。口惜しさは夜店で買った海ホオズキで応戦する。「きゅきゅう、ぎゅぎゅう」チェロの音に合わせてあの時のホオズキ笛と海ホオズキの音が聞こえてくる。ホオズキは女の子だけの遊びのような妖しさがあった。明治二十七年生れの祖母が言う。「人前では鳴らしたらアカンよ。行儀が悪いからね」祖母は人前で化粧をする事も嫌がった。姉が注意を受けるのを、いつも「あ〜そういうことしたらあかんのや」と要領よく立ち回る私であった。ホオズキ遊びは祖母が私たちに教えてくれ上手に鳴らした。が、人前で鳴らすことはしなかった。
 大ファンのエッセイがあった。少年の感性がキラキラと煌くエッセイだ。そのエッセイが書き直され、帯にホオズキを挿みホオズキを鳴らしながら立ち去る場面が書き加えられた。ホオズキの箇所がなくとも充分に少年のガラスのような感性が感じられる作品だったので、私は原文に戻したほうが良いのではと生意気にも言ってしまったのだ
「帯にホオズキを挟んでいた。ホオズキを鳴らしながら帰って行った。これは私の好みからいくと、なんだかハスッパナ女の子をイメージします。元気で良いのですが、私はこう言う子はあまり好きになれないので、この部分の描写はないほうが好きです。これを入れられたのにはなにか訳がお有りなのだと思いますが。季節の情緒や折角の愛惜の少女のシルエットが、私にはアバズレをかさねます」と・・・。
「婦系図」 泉 鏡花に、妙齢の女性が昼夜帯にホオズキを挿みホオズキを鳴らす場面がある。美しく艶かしい。また「花のようなひと」佐藤正午では、ホオズキの鳴らせる女性と結婚したいと願う美しさが描かれ、また「杯」 森 鴎外では、ホオズキを鳴らす美しい姉妹の事が書かれている。どれもこれも美しくホオズキの旅愁と艶かしさが耽美的に描かれその美しさに酔いしれる。
しかし、妖艶さがまだないと思える少女に(帯は、三尺帯だ)私は言葉たらずで、アバズレ、ハスッパと言ってしまった。そしてその意見は、私の知らない間に回され行き渡り、なぜ書き換えたのかの回答はなく、各人の意見がイニシャルで返されてきた。

 いろんな感じ方が有るなあ〜。私はホオズキが好きなんだけど・・・・。意見を返した人たちはみなイニシャルになっているが、知っている人たちばかりだ。その人たちの顔がちらちらと浮かぶ。
私は外を歩くのが恐くなった。

ホオズキさんごめんね。私からあの懐かしいホオズキが逃げていく。「お姉ちゃん、お祖母ちゃん。お願いホオズキを鳴らして見て」私は空に向かって言っている。

http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/50875346.html
「鬼灯エレジー(2)に各意見掲載」

雑感

"鬼灯" エレジー(2) 
<A>
ほおずき・・・ 懐かしいですね。田舎でお盆の頃になると、誰かが畑から捥いできてみんなで小さな穴を破らないように手で揉んで、そーっと種と液体を出して水で洗い、口に含んで鳴らしたものです。私は薄い皮を破らずに抽出するのが下手で、いつも失敗でしたが。この遊びは下町(庶民の子供たち)の季節の遊びで、特に下品とは思いません。「アバズレの女の子」などとの表現には、大げさで自分は何様ですかと思ってしまいます。田舎の少女たちは小さな石ころを拾っておはじきにしたり、虫のついた食するに適さない小豆でおじゃみ(お手玉)を作ったり、貧しさの中で周囲にあるものを工夫をして遊んだものです。ほおずきを鳴らして遊ぶ子はあばずれで、それが清楚な美少女にどのように重なるのでしょう。私にはよく分かりません。子を持つ親の価値観の違いでしょうか。 それとも夫々の人の見方の違い?。「ほおずき」に責任はないでしょうけど。(69歳女性)
<B>
私は、ほおずきを面白がっています。私の小さい時は、ほっぺたを躍らせて遊びました。ほおずきがすぐ破れていつも悔しい思いをし、成功するとくるくる言わせて、大いばりで遊んでいました。私は、お猿さんや野うさぎと平和共存する世界におりましたので、子どもにとって楽しいことや面白いことは、悪いこと以外はそれを咎める人はいませんでした。ましてや、女の子がほおずきで遊ぶのは、はしたないとか下品とか言われたことなど一度も聞いたことなく、私にとっては、ただ面白く楽しかった思い出以外ありません。そしてほおずき遊びを男の子に見せたくないなど・・・思ってもみないことでした。
有り難いいい世界だったのかもしれません。今でもほおずきを見たら、くるくる言わせて遊んでみたくなります。私がケッタイナ顔してほおずきをくるくる言わせて遊んでいるところを、その女性に見られていたら、きっと軽蔑され、嫌われ嫌がられたことでしょう。
ほおずきばかりでなく、松脂のガム噛んで、山猿のように栗林の栗をこっそり拾って、生のままで齧っていたのです。情緒も少女のシルエットもまるでなく、おまけに私は清楚な美少女ではありませんでしたから、もっと軽蔑されたかもしれません。と・・・思わず笑っています。このお話を聞いて、価値観の違うところに住んだり、育ち方によって、何歳になっても、こんなに感じ方や受け取り方は違うものだと一人面白がっています。(68歳女性)
<C>
この女性は、少女時代が無かったからなのではないですか。さもなくば、上目がちに男の子の姿ばかりチラチラ見てる、一見おとなしそうに見えるけれど、陰気な女の子では。顔の表情ばかり気にして。ほほずきを鳴らす夏の夕方の情景とか、一生懸命にタネを出して、やっと鳴らせるようになった嬉しさしとか、を知らないのですね。男の子に接することなく外見も中味も可愛げの無い人。夫にも嫌がられている人を想像します。きっと女の子の無い人、または子供の無い人。幼い頃から、周りの人たちに余り可愛がられていない人は、他人に対しても「かわいい」と云う感情を持ちにくいらしいです。だから、人を誉めない。特に、子供でも同性を誉めないタイプの人だと思います。(71歳)
<D>
ほおずきを鳴らした昔が懐かしい。久しくお目にかからない、夏の風物詩です。なかなかうまく中の種が穿り出せず、さて、やっと作れても、鳴らすと破れたり。あれは女の子の遊びですね。どうしてはすっぱなのでしょう。ましてあばずれとは、論外です。もしこれがチューインガムを噛んでいるのなら、確かに、そういう批評があたっています。少女が帯にほおずきの枝をさし、ほおずきを鳴らしている姿は、絵になります。そんな同級生の女の子を人ごみの中に垣間見て、ドキッとした作者さん。ああ、共学が羨ましい。(77歳女性)
<E>
”ほおずき”っていう言葉がとても懐かしいです。2つあります。海ほおづきと、お盆になると赤く染まってその中の実から種を取るのと。私は海ほおづきをよく鳴らしました。全然どうっていうことないです。本人が機嫌よくしているのに、側から見ていて色々思うのはその人の勝手です、どっちにしてもお二人の見方はあまりにも保守的?ではないですか。まるで明治時代の女性みたい……。(66歳女性)
<F>
お二人の女性の考え方には驚きました。妻にも確かめましたら、「そのようなこと、初めて聞きました」と首をひねっています。親から注意された記憶も、全くないです。私も妻も、子供の頃は同じようにこれで遊んだものです。つぶさずに中のを取り出す、これが結構難しくて、よくつぶしたものです。やっとつぶれずに取り出すと、それを口に含んで鳴らす。そのために、口を総動員して何とか鳴らそうと必死になったものです。その過程で取り出すノウハウ、鳴らす術を体得したのです。子供が工夫をするきっかけになりましたよね。 (70歳男性・妻65歳)
<G>
昔、子供のころにはよく、ほおずきを鳴らしていましたねぇ。大人になってからは、全然ですが。私も60歳代ですが、花さん、笹さんのお考えには「驚き」です。「ハスッパ」「アバズレ」「けったいな面」「清楚な美少女には不似合い」「処女でない」などなど・・・。そんなこと私、一度も思ったことも、感じたこともありませんよ。世間にはいろいろな、お考えをもっておられる方が、おいでになるんですねぇ・・・子供たちには、「こどもたちの楽しみ方」「遊びかたがある」と、思っています。子ども〜少女〜乙女へと、成長していく過程で、ごくごく、自然な「遊び」として楽しんでいるのではないでしょうか。可愛い三角の袋に、「大事にに包まれたほおずき」が、真っ赤に熟れて、一本の枝に、5〜6個も付いているのを見ると、嬉しくて思わず手にしてしまいました。 おちょぼ口から、そっとソット、薄い皮を破かないように種を取り出だし、誰が一番早く、ほうずきを鳴らすことができるか、近所の友達とよく競争をしたものです。口の中で、ぷちん、ぷちんと、「いい音」が出せると、とっても楽しくて、面白がって、遊んだわ〜。現代の子供たちにも、ほおずきの楽しみ方、教えてあげたいわねぇ。〜ああ、懐かしい〜。(64歳女性>
<H>
鬼灯のことですが、そんなお話私は知りません。むしろ懐かしい思い出として心に残っています。鬼灯を上手に作って、上手に鳴らせたら嬉しかったものです。娘たちとも楽しく遊びました。お盆のころの風景です。作品の情景が眼に浮かぶようです。何故 アバズレやハスッパとか・・・・理解に苦しみます。人によってはいろいろな捉え方があるものですね。私は、ほおずきが沢山ぶら下がって咲いている姿も可憐で優雅に思えて好きです。(80歳女性)
<I>
鬼灯について、お二人の女の人の感想には驚きました。ほおずきと言えば咲いている姿、取り出した実、共に愛らしいです。ほおずきの種を小川で取るのが一仕事で、注意を怠ると袋の口が裂けてアウト。何回も残念な思いをしました。ほおずきの音色はコロコロとか、ク−ク−とか軽やかかないい音でした。2〜3人で、一連の作業をしたあと吹いてみると、何とも言えず満足感でいっぱいでした。決して上品とは言いがたいけれど、ハスッパナ女とはあんまりではありませんか?その方は、どんな環境の方でしょう。ほおずきとの出会いが余程悪かったのでしょうか。世の中いろいろですね。(65歳女性)

  ここに出てくるもう一人の女性の意見とは

「ほうずきを鳴らす時の顔はすごくケッタイな面になり、男の子には絶対見せたくないです。両頬が思い切り盛上がり、口は一文字にしながら尖らせる。両目は下がり、人さまに見せられる様では有りません・・・。清楚な美少女には不似合いです。まして扇子ですらも、子どもが帯に挟むと叱られたものです。「子どもは子供らしくしなあかん」よくそぅ云って叱られました。昔の大人にはそれなりの理由が有ったのでしょう。まして女の子は貞節に育てるのが親の役目であったのでしょう。子供が着物を着た時はハンカチにしろ何でもたもとに入れました。お正月でおみかんを貰ってたもとが一杯になる事よくありました。ほおずきなど帯に挿したらちょっと玄人さんかまあ処女ではないと思われても仕方ないかな!要は・・らしくが良いのでは。(69歳女性)

 私はハスッパとは言ったが、処女ではないとまでは言わなかった。ハスッパ、アバズレという表現と、処女ということはまた次元の異なるものだと思っている。
そしてその女性は、その言った口も乾かぬ間に自分の言ったことを忘れ、他の人と迎合し、そ知らぬ顔をしていた。私の一番の親友だとか言いながら、私の自費出版本に関しても、ずいぶん応援している素振りだったのに、本をつき返して来た。
 親友てなんだろう。
国同士でもいろんな思惑が噴出する。思惑違いはそれを見抜く本能を磨かなければと強く思う昨今だ。

寄席に行って来た

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寄席行って来た  
 寄席に行って来た。三回セットのチケットだ。一回目は同志社大学での講演と重なり行けなかった。三月の購入から半年も過ぎている。チケットを何処へしまったか忘れていて随分探し回った。が、その甲斐はあった。久しぶりに大口を開けて大笑いをしてきた。
 私は落語が大好きだ。落語に接した始まりは五つ六つのころだろうか。子供たちが大人の鋳掛屋をからかい「ソラセヤナァ〜オッタン」と訳知りに、合いの手を入れる「イカケヤ」だった。私はその「ソラセヤナァ〜オッタン」が大好きで、それが口癖になっていた。
 そのころ、商店街に住んでいたので、乾物屋、味噌屋、漬物屋、履物屋などを回って遊び場所にしていた。もちろん不定期に回って来る「イカケヤ」「ポンガシヤ」も遊び相手だ。駄菓子屋もあったが、そこは子供たちの大事な崇高な場所だったので、店主をからかうなどと言うことは滅相もなかった。が、昆布や鰹節が削られてゆく乾物屋にはよく足を運んだ。「オッタン、上手に削るなぁ〜」などと言うと、必ず削り終わりの指の先ほどになった鰹節や、小さい薄い昆布の切れ端をくれた。口に含んで噛んでいるとチューインガムのように柔かくなり、それは美味しかった。それを見ておっちゃんが「嬢ちゃん歯がええなぁ〜」と言う。私はニィーと歯を剥き出し「ニャヲォ〜」などとおどける。
「嬢ちゃん猫はあかんで」「ソラセヤナァ〜オッタン」……。私の口癖だった。
「ソラセヤナァ〜オッタン」をどんな時にも返事代わりに言う。父に叱られても友達に泣かされても 「ソラセヤナ〜オッタン」と言うと、気分がすっきりした。
何よりも、大人しく無口な姉が、私がそれを言うといつも大笑いしてくれた。たった五歳しか違わないのに、母親の代わりをするようにいつも私を守ってくれていた大好きな姉だった。
 姉は二十三歳で亡くなった。葬式の時「ソラセヤナァ〜ソラセヤナァ〜」を、何に対して言っているのか分からないのに、私はそればかりを言って泣きじゃくっていた。

 私は大阪生れで、大阪の空気がDNAとしてある。いっとき奈良に住み大阪弁と奈良言葉の混ざる、なんとも奇妙な喋り方が私の特徴になった。大阪で会社勤めをするようになった。「あの面白い喋り方の女の子」が、私の呼び方だった。本社は東京だ。社員旅行が合同である。そのころ人気番組だった「11PM」の真似を余興でする。東京本社の部長が「藤本義一」私が「安藤孝子」。部長と顔を合わせるのは初めてであったが、「面白い大阪弁の子がいる」は本社まで伝わっていて、部長直々のお誘いになったのだ。11PMは深夜番組のお色気番組で、安藤孝子という、京都の芸妓さんが京都弁で受け流し、そのすましたカマトトぶりが大人気だった。それを私にやれと言う。
私も大阪女だ。イチビリは大好きだ。しかしまだうら若い乙女だった。問いかけに「ソラセヤナァ〜オッタン。ソンナコトコマリマスヤンカ」と赤くなって繰り返えすばかりだった。ところがそれが大受けになり、人気者になってしまった。当然女子社員のねたみを買った。 「ソラセヤナァ〜」と思う。

 そのころ、桂三枝はまだ大学生で「落語研究会(落研)」から売り出してきた。<ヤングオーオー>という番組があり、そこに四角い顔の笑福亭仁鶴が出てきた。二人が司会者だった。TVの普及と共に大人気の番組となり、ここから<お笑い>は松竹芸能から吉本興業に変わっていったのではないだろうか。桂三枝、笑福亭仁鶴、横山やすし、西川きよし、オール阪神・巨人、明石家さんま、桂文珍、島田紳助などが、ぞくぞくと出てきた。
 おもしろかった。私の大阪人の血が騒ぐ。私も吉本へ入団したいと思った。
そのころのことを子供に「けどなぁ〜そのころの吉本は、美人は入れてくれなんでん」と言うと子供たちは「ウソヤ〜」と笑い転げる。「ソラセヤナァ〜」とも思う。
 しかし、それよりも衝撃的だったのは桂枝雀だった。坊主頭の容貌が好きだったし、身振り手振りの面白いことといったらありゃしない。私は大ファンになった。こんどは本気で落語家になりたい、弟子入りしたいとまで思った。
 そのときのことをやはり子供に話す。
「けど一番大きな理由は、好きな着物を落語家やったらいつでも着てられるしと思たんや」「ほんで、おちゃこ(着物を着て高座の座布団などを片付ける女性)がええと思たんやけど、おじいちゃんが『アカン』て言わはった。おじいちゃん、私が『おちゃこしたい』と言うたら、なんか勘違いしやはったんや」(おちゃこには隠語がある)
 子供たちは笑い転げる。「ソラセヤナァ〜」と思う。

 ところが、その枝雀さんがダンプカーに突っ込んで行き、亡くなってしまった。ほんとうにショックだった。あれだけ楽しませ笑わせてくれるその影に、枝雀さんは鬱と戦っていたのだ。私は枝雀さんに笑いころげ、憧れるばかりで、その繊細で壊れるような心には気がつかなかった。ただただその天才ぶりに驚き敬意を持つばかりだったのだ。あれだけ皆を喜ばせ楽しませてくれるには、並々ならぬ努力と、エネルギーと明晰な頭脳がいる。みんなが笑い転げている分、枝雀さんは身を削っていたのだ。それを思うとなんとも悲しくもなる。
「ソラセヤナァ〜」。

 認知症の人が共同生活しているグループホームや、アートで触れ合おうという趣旨で「脳いきいき・ふれあいアート」として、数ヶ所へ指導に出かける。
どこの職員さんにもいつも言われる。
「先生の会話、まるで漫才を聞いているみたい」そして「先生、施設の文化祭に、落語か漫才やってもらえませんか」と来た。すると、私のイチビリ(すぐに調子にのり反応する大阪人のサービス精神だろうか)がうずき始めるのだ。即座に請け負った。台本はなし。相手がどう出るか。こちらがボケ役に徹する。

「面白い、楽しい」と言ってもらえるのが、私には一番の賛美のように思える。吉本に入りたかった。落語家になりたかった。そんな漠然とした夢の延長。大阪人のDNAが私に生きていることに、嬉しくなるのだ。

 3回目の落語会にも行こう。そして大笑いしてこよう。

 しかしなんですなぁ〜。思うのは桂枝雀さんの高座を、生でもう一度聞きたい。いまでも桂枝雀さんの大ファンだ。あんなおもしろい落語家は他にいないと思っている。
あの世で高座をやっているのだろうか。そのうちに、私も聞かしてもらえるのだろう。
是非あの世で笑い転げて聞かしてもらいたいものだ。
「(オアト!)ガ ヨロシイヨウデ」そんな声が聞こえる。
「ソラセヤナァ〜」……。


       てまりつき(古揺)  木村徳太郎  
 
       トントンタタクハ ダレサンジャ

       ソコノヨコチョノ ジイサンジャ 

       イマゴロナニシニ オイデタノ

       ゾウリガカワッテ カヘニキタ

       オマヘノハナゴハ ナニバナゴ

       オモテガベッチン ウラハキヌ

       ソンナハナゴハ シリマセン

       ドウゾソコラデ キイトクレ

       コレデイッカン カシマシタ

雑感

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(画像)南出喜久治著「くにからのみち」と日本郵便のポストカードからお借りしました

わたしが 生まれた のは

今日は私の誕生日です。
1945年1月5日に生まれ、65歳になりました。
昨年までは、あまり年齢をを言いたくなかったのですが……。
 65歳! バンザ〜〜〜イ。 よくここまで生きてきた!
と、大きな声で誰彼に言いたい気持が溢れるのです。
誕生日の人に、いつも贈っている私の大好きな詩と、最近頂いたご本「くにからのみち」を紹介させて下さい。

くにからのうた
ちちははと とほつおやから すめみおや やほよろずへの くにからのみち
自父母及先祖以至皇祖宗及八百萬之神而國體之道也

「くにからのうた」をぜひ詠みかえしてみて下さい。私達にはそれぞれ両親がいます。私達の両親にも(祖父母)があり、その祖父母にもそれぞれの両親(曾祖父母)があって、それを連綿と二六代までさかのぼっただけでも、祖先の総数は一億三千四百三十二万七百二十六柱となります。つまり我が国の現在総人口(平成二十一年度三月三十一日現在)を超える数となり、これほどまで多くの命を受け継いで今、私達が生かされています。間違いなく「生かされている」のです。そしてそのいづれかの祖先に世界の祭祀宰者であるスメラミコトの御宗家(皇祖皇宗)とのご縁を戴いていることになり、この尊さを理解したとき、祭祀復活の大切さと、国體護持の天命に目覚めない日本人はいないでしょう。」(略)南出喜久治先生著「くにからのみち」まほらまと草紙発行ヨリ

ぺんぎんの子が生まれた・ 川崎 洋

ぺんぎんの子が生まれた
父さんと母さん
それぞれのおじいさんとおばあさん
さらにはひいじいさんとひいばあさん と
ほんの二五代さかのぼっただけで
この子の両親を始めとする先祖の総計は
六七一〇万八千八百六二羽となる
そのうちのどの一羽が欠けても
この子はこの世に現れなかった
ぺんぎんの子が生まれた


思想や表現の違いはあっても人の根源は同じなのです。

どうしていままで私は歳を言えなかったのでしょう。
私は65歳も生きて 生かされていたのに……。

ありがとう。ありがとう。弥榮。
       65歳ありがとう

 昨年私は「ジューンドロップ」の拙本を出しました。病気がちで生きてはいないだろうと思われた私。それがここまで生きたのです。周りの人のお陰です。先祖から続く細胞が生きているのです。
皆さんがあの本を褒めて下さったのも、出版大賞(滋賀県文学祭)を戴いたのも、文が、絵が、装丁が良かったからではありません。「ありがとう・ごめんなさい」が詰っていたからです。
私はどの1羽も欠けることなく 生まれてきた ペンギンだったからです。
それへのご褒美だったのです。65歳へのご褒美だったのです。この気持を大事にして「これからは何か社会へお返しも出来たらなぁ〜」そんなことを思う、今日は私の65歳の誕生日です。

誕生日恵方にむけて拍手打つ
初便りバースデイ・カード贈られて
数の子の一粒かと誕生日
双六の上がりはまだと誕生日
細雪 素敵素敵 65歳!

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