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のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

再び「弘ちゃんは生きている」

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弘ちゃんは生きている  (27)   木村徳太郎 
 
嶽登りとは、桧牧区と自明区にまたがっている付近の一番高い海抜七二四米の山である。山頂に小さい祠があり村人は明神さまと呼んでいる。その山へ例年4月の十日に村人が昼から登り始め、その年の豊作を祈って祭典を行ったあと、御供餅撒(ごくまき)があり、それらのしきたりが終ると村人は持参した重箱につめた煮しめを肴にして、日暮れまで大人は酒盛り、子供は寿司や菓子を食べて山頂で一日をみんなで楽しむのである。田植えが始まる多忙期を前に、村をあげて楽しむ娯楽もかねてもいた。村人の楽しい行事の嶽登りの日は、学校も例年、半日授業になる。村の慣習に、教育の時間をとられるのを割り切れなく思っている梶野先生におかまいなく、
「どうです。先生も登ってみませんか。ご馳走は用意しときますよ。」
と、桐久保さんが気安く誘う。
「登ってもいいのですが、年度変わりで仕事が沢山つかえていて、行けそうには有りません。」梶野先生は嶽登りについて、普段思っている不満を話そうとしたが、仕事にかこつけてやんわりと断わった。
断わってから、今度は自分の方から
「今日の協議の結末はどうなりました」と、桐久保さんとも弘のお父うのどちらにともなく聞いてみた。
すぐに弘の父が、
「前田が来よらしまへんので、まとまりまへんのや。自明区の峰垣さんのものか、桧牧区のものかはっきりしまへん。峰垣さんの出方を見とるしか仕方がないと言う事になりましたんや」と、結論のない話をする。その話を補うように桐久保さんが
「桧牧区が永年下刈りをしとった場所だす。峰垣が慾にからんで、物言いをつけとるとしか思えまへん。どうも山の境目は、ことが起きてかないまへんわ」と、自分自身を弁護しているみたいに答えた。前田さんが、製材所の矢野さんから受け取った金の半分でも自明区の峰垣さんに渡せば、問題は解決するかもしれないが、桐久保さんが伐れと言った事を口実にして、前田さんは手にした金は金輪際出さぬと言う風に、今日も協議に出てこないところを見ると、どうも解決が難しそうだ。桐久保さんにしても、自分の腹をいためる事は厭なのだろう。それともはっきりしない境目の事だから、あくまで強く桧牧区のものとして押し通す心づもりなのだろうか。
桐久保さんは暫く黙ってしまった。
梶野先生も、村の出来事に関心はあるが深入りはしたくない。桐久保さんと同じように黙ってしまった。
運動場を何度も周っていた隆と弘は、一度休憩しょうとみんなの前まで来て、自転車にブレーキをかける。自転車を止め、スタンドを立てる弘に
「上手に乗れるね」と、桐久保さんが声をかけた。その桐久保さんに
「旦那はんすんまへんな。高い物を買うてもらいまして」
と弘のお父うが桐久保さんに礼を言いながら、梶野先生の方へも
「桐久保の旦那はんが、弘のことを思って自転車を買ってくれはりましたんや」と、自分の不始末を忘れてたように明るい声で言った。
「ほう、それはそれは…… 良かったですね」
これで梶野先生にもはっきりと、弘の自転車は桐久保さんが弘に買ってやったのだと分かった。高い自転車を気前よく買って与える桐久保さんが、山の争い事はまた別なのか、底意地を張っているのか、梶野先生はおかしくなって合槌をうちかねた。
「お父さんは、酒で無駄をなさるから、自転車も買えないのでしょう。これで弘君も、幾分気がまぎれるでしょうね。」と、弘のお父うの酒癖の悪さを遠まわしに言ってみた。
「気をつけまっさ」と照れくさそうに頭をかくお父うに桐久保さんも
「先生の言われるとおりや。オマエさん暮らしに追われながら、酒ばかり呑んで、家のことを考えないのはいけないよ。酒をやめれば暮らしも楽だろうに」と、笑いながら追い討ちをかけた。
隆と弘がまた練習を始めようと自転車を押す。それをきっかけに
「それじゃ、先生よろしく」と明日の授業が半日休みになることを念押しをして、「学期末で忙しいでしょうが、お暇な折には一丁やりまひょうな。」
と、手で囲碁を打つ真似をして桐久保さんは、梶野先生に誘いの言葉を残して帰っていった。
「弘! ええ加減になったら帰るんやで。お父あんは先に帰るわ」。
運動場を何度も回って自転車を走らせている弘に言葉をかけ、桐久保さんについて弘のお父うも帰っていった。
梶野先生も教員室へ戻って行く。
隆と弘は、西日にリムを輝かせてまだまだ楽しそうに練習を続けていた。
☆☆☆
今日は嶽登りの日である。
「うちの弁当も持って行って欲しいわ」
美代が甘えて言うのを、弘は聞こえないふりをして自分の弁当だけを包んでいる。それを見て、「一緒に持って行ってやりや」と、お母が美代を助けるように言った。
「厭だ。おら、隆さんと一緒に登るんやから美代は女と登ればええやん」弁当の風呂敷包みを肩から斜めにかけながら弘はぶっきらぼうに答える。
「持って行ってやりと言うたら持って行ってやったらええやろ。兄ちゃんのくせに」弁当を持ってやりそうにない弘に、押し付けがましく母親は声を荒げて再び言う。「だって……」弘が愚図っていたら、
「持って行ってやらへんのやったら、お前の弁当もおいていき。食べなんだらええ」と、弘の背中の弁当をお母はひったくりそうな勢いだ。
美代の言うことをいつも聞いて、おらの言い分をちっとも聞いてくれないと不服に思いながらも、お母が恐くって背中に斜めにかけた風呂敷包みをしぶしぶ下ろしかけた。嶽登りに持って行く酒を、四合瓶につめていたお父うがそれを見て、
「お父あんが持っていったろ。お前は先に行け」と、美代の弁当を自分の包みの中へ入れた。
「すまんな。お父う」お母には素直に言葉が出ない弘だが、お父うには気軽に話せる。
「あんたがそうやって甘やかすから、弘は私を馬鹿にするんや。」
お母はお父うに皮肉を言ってからみだした。
お父うは聞こえないふりをして、お母の相手にならずに持って行くのに都合が良いように弁当を包み直しながら
「早よう行け」と弘に目配せをし促した。
弘はお父うと美代よりも一足先に家を出た。
あや子や由子が並んで歩いていたのを追い越し、県道を急いで隆の家に行く。
青年団の人が、五、六人、桐久保さんの家口にいた。
村の各戸から集めた餅米で、青年団が搗きあげた小餅が一升桶に入れられ、五つばかりの桶が縁側に並んでいる。これは御供餅に使われ、青年団の人々が嶽の頂上まで担いで登るのだ。
隆は弘のよぶ声にすぐに家から出てきた。
「隆君の弁当、おらが一緒に持って行ったろ」
美代の分を持って行くのを断わってお母に叱られた弘だが、桐久保さんに自転車を買ってもらった嬉しさが、なんとなく隆にお世辞をつかわせている。
「おらのは、おらが持っていく」
弁当を包んだ風呂敷包みを弘と同じ様に背中に斜めにして、隆は断わりながら風呂敷を結んでいる。
登る道は学校の近くからと、桧牧区と自明区からの三箇所がある。学校の近くから登って行く道を隆と弘は選んだ。
炭谷君が、男児の五、六人とかたまって登って行くのと出会って一緒になった。
杉木立ちの林道を雑木を拾って杖にして雑談をしながら頂上に向う。
途中、桧牧区の道からと自明区の道と、みんなが登ってきた道と中腹で合流する此処で一休みをした。子供達は目の下に小さくなった村の家々の名前をあてあったり、四キロ離れた町を眺めて休みの時に行った映画館のことなどを話し合う。学校が休みの時、誘いあって町の映画館まで50円を握り締めいくのが、子供達の楽しみだった。映画の中の鞍馬天狗の真似をしながら雑木を刀のように腰に挿している子もいた。一息を入れ終わってまた登り始めるたとき、自明区の登り道の方から、山根君や奥田君の話し声が聞え、五、六人登ってくる姿が木立ちを透かして見えてきた。
「自明区の奴らがきよった。あいつらに越されんように早よいこ」炭谷君がみんなをけしかけるように言う。その声に応じるように、まるで鳥が飛び立つように、みんなは慌しく駆け出した。
それに引きづられたように、隆も弘も降ろした弁当包みを急いで肩に背負い、皆の後ろについてかけ出した。
大将株になって先頭を走り出した炭谷君が、気負った気持をあらわにして当りの雑草をいたずらに雑木の杖で刀のようになぎ倒して登って行く。
「あっ!慌てて手拭忘れてきた。」
腰に吊ったタオルを、休憩場所に忘れて来たことを思い出した子が、先ほどの休んだ所へひきかえしていく。
皆はその子、一息ついて待ってやった。
「わぁ〜〜」と、自明区の山根君や奥田君が、タオルを取りに引き返した子をからかっているのか、大きな侮り声が聞えてきた。
杉木立ちを透かして、炭谷君が心配そうに下を見るが、杉木立ちの道が曲がっていてちゃんと見えない。
いつもの嶽登りなら区と区の対抗意識などはない。同級生として楽しく雑談をしたりして登るのだが、前田さんが伐ってしまった材木のことで、自明区の峰垣さんと桧牧区の桐久保さんの諍いが子供たちの間にも対抗意識をかきたてているようだ。
炭谷君が様子を見に下へ引き返そうとすると、タオルを持って息をはずませながら、先ほどの子が戻って来た。
「一人やと思うて自明区の奴ら、おれをからかいやがんねん。」
と、タオルを腰のバンドにはさみながら口惜しそうに言う。それを受けて
「よし、石投げたろ!」
と、山根君や奥田君が登ってくる下の道に向って土をつかんで炭谷君が投げようとした。
「炭谷君。そんなことしたらあかん。やめとき」
と、隆が止める。
止められて、炭谷君は掴んだ土を残念そうに足元に投げ捨て何事も無かったようにまた先頭に立って林道を登り始めた。みんなは自明区の子供たちの悪口を言いながら、炭谷君の後ろに続いた。
 木立ちが透けて、登ってくる自明区の山根君たちの姿がちらちら見える。山根君たちにも桧牧区の隆たちの姿が見えているのだろう。自明区の子供たちが駈け比べのように、後ろから桧牧区の子供たちを追うように登ってくる。
子供たちの間に競争意識がもりあがり、頂上を競う様子になった。が、それだけで別に諍いにもならず、頂上についた。
 

弘ちゃんは生きている  (26)   木村徳太郎 
 
梶野先生は、六年に進級する記念に謄写版の詩集をつくって、配布する計画で今日の日直を楽しみに登校してきたのだが、奥田君の詩を読んでその気持が崩れてきた。素直な気持で評を書き込んでいたが、なにか引っ掛りができて後の詩を見る気がしなくなってきた。詩をつくらせて、どの児童の胸にも理想と誇りと協調の精神を植えつけるために企てたことが、なんだかあざけ笑わられているように思えてしかたがない。おまけに、区民が梶野先生を「赤」だと言うふうに言っていると言う校長の言葉が、梶野先生の気持をいっそう憂鬱にした。
明後日の終了式の準備も全て終っている。詩集を印刷する仕事だけが残こっていたのだが梶野先生は作りあげて、児童に配布する気持がだんだんなくなってきた。
鉛筆を机の上に転がすと、湯呑みに残っている番茶をあおるように飲み終え、立ち上がるなり卒業式場になる新校舎の方へ、もう一度式の準備の確認のために足を向けてた。
屋根をふくだけになっている新校舎の廊下を通って、旧校舎の一室で桧牧区の人たちが協議をしているのを、横目で見過ごして新校舎の方に曲がって行く。
新校舎は真ん中の仕切り板をはずすと、二教室が一教室になるように作られている。
卒業式と修了式が終わると、それぞれ二組の教室に使われる。木の香りが、ぷぅんと鼻に付く新しい教室に梶野先生は入っていった。
卒業式が終わると春休みの間に、新しい机が入るようになっているがまだ入っていない教室内は、なにもなくガランとして広々としている。陽の光筋が、のびのびと入り込んでいるだけであった。二教室を仕切る真ん中に立った梶野先生は、来賓席と職員席、父兄席と卒業生席の椅子を明日の授業が終わると、全校の生徒に運ばせれば足りるだろうとうなずく。飾りの活花は伊藤先生が活けることになっている。卒業生の賞状と賞品の手配は、担任の平田先生が完了している。
これで準備に手落ちはないかと、卒業式の順序を頭に描き念に念を入れた。準備は大丈夫と確信し終えて、何となく窓の外に目を向けた。
二人の男子児童が自転車を押して運動場に入ってくるのが見えた。だんだん近づいてくると、はっきり隆と弘が自転車を押して来るのだと分かった。
隆と弘は梶野先生には気が付かないようである。どちらも子供乗りの新しい自転車を押している。運動場の真ん中まで来ると二人は自転車にまたがって乗る練習を始めた。
梶野先生は暫くその様子をみていたが教室を出て運動場にむかい、二人に近づいて行った。
隆と弘は梶野先生に気づき練習をやめ、自転車をその場に停め立てて、「今日は」と大きな声で元気に素直な声で挨拶をする。
梶野先生は不審に思い、「二人とも、その自転車はどうしたんだい?買ってもらったのかい?」と、目で挨拶を受けて訊ねた。
「うん」と、隆も弘もにやりと微笑んで顔を見合わせ、後を答えない。
「弘君!自転車を買ってもらえないでがっかりしていたけれど、やっぱりお父さん自転車を買ってくれたんだね。良かったね。」
弘の家出事件で、弘の父親が自分の行いを反省して、金を工面して弘に自転車を買ってやったのだろうと梶野先生は思った。それにしては、隆まで新しい自転車に乗っている。これはいったいどうした事なのだろう。弘の父親が自転車を買えるなら、山持ちで金持ちの桐久保さんなら、子供自転車の一台ぐらいは勿論すぐに買えるだろうが、山間部の小さい村で、子供にわざわざ自転車を買って与えるようなことは、贅沢な事と考えられ今まで例のないことである。
弘が買ってもらったので、隆も無理を言って買ってもらったのだろうか。
「弘君が買ってもらったので、隆君もせがんで無理を言って買ってもらったの?」
梶野先生はそんなふうに思って、隆に笑顔を向けたずねてみた。
隆はにこにこしながら
「僕の知らない間に、自転車を買ってくれていたんです」と、隆も買ってもらった理由が自分でもハッキリしないと言うような答えかたをした。
梶野先生の表情に得心がいかないと言っているふうに見えたのか、横から弘が
「桐久保のおっちゃんが、僕に買ってくれくれたんや。僕だけでなく、隆君の分も買ってきたんや」と、弾んだ声で答えた。
先週、自転車を買ってもらえなかったことも含めて、家を飛び出した弘は山中で桐久保さんに見つかった。桐久保さんの炭焼き小屋で寝こんでいるのを桐久保さんが探し出したのだ。そして、その時に弘の悲しみを知った桐久保さんは、弘がお父うと自転車を買ってもらう約束をしていたのを知って、自分が代わって「自転車を買ってやろう」と約束をして、その時の約束通り弘に買って与えたのである。そして、桐久保さんは弘だけでなく隆にも同じ自転車を買って来たのだ。
「ほう? ほんとか!」梶野先生は驚きの声をあげた。
桐久保さんが、弘の父親に代わって弘に自転車を買って与えるという約束をした事を、梶野先生は知らなかった。梶野先生は桐久保さんが自分の子供の隆に自転車を買って来た事には頷けるが、どうして約束をして弘にまで買ってきたのか得心がいかない。が、現実にどちらも新しい自転車を持って運動場に来ている。頷けない気持の梶野先生だが、二人のために嬉しい気持になってきた。まして、いつもいじけた気の弱さを顔に表している弘が、今日はそんな様子もなく生き生きと顔を輝やかせている。これで母親とのしこりも幾分は紛れるだろう。誰に買ってもらったかと詳しく詮索する必要もない。弘の笑顔を見ているだけで梶野先生は自分まで救われた気持になった。
「うまく乗れるかい。うしろから持っててやろうか。」
梶野先生は立ててある自転車の荷物台を両手で支え持って、後ろから介添えをする姿勢で言ってみる。「先生。足がつくから自転車は倒れやせん」
と、荷物台を持った梶野先生に弘は
「おらはかまへん。持ってくれやはんのやったら隆君の自転車を持ったげて」
桐久保さんに自転車を買ってもらった感謝の気持を少しでも、隆に向けようとしているのだろうか。弘が言う。
その言葉を取るように「大丈夫です。僕も足がつきます」と隆が言う。
「そうかい。じゃあ乗ってみろ」
梶野先生のその言葉に、いつもはにかんでいる弘が隆より早くハンドルを持ち、サドルにまたがると勢いよくペダルを踏みはじめた。
ひょろひょろしているが倒れずに走っている。弘は倒れ掛かると、足を地面につき運動場を二周走った。隆も後ろから追うように運動場を回り始めた。
大人用の自転車でなく、足を伸ばせば地面につく子供用の自転車だからすぐに乗れるのだろう。しかし、大人用の自転車もどこの家にもあるというわけではなかった。子供達は、大人の大きな自転車を横からペダルに足をかけ、自転車に張り付くようにして乗る。自転車に乗っていることが誇らしく、歩く感覚と異なる風を感じるのが嬉しく、親の自転車をこっそり借りて乗っていた。それが子供用の自転車である。弘が自転車にどれだけの夢をもっていたか。そして焼け出されで、食べるだけで精一杯の弘のお父うにすれば、弘に自転車を買い与えるというのは、弘の大きな夢を叶えると共に、自分も夢をみれることでもあったのだ。が、それを酒に費やしてしまった後悔と失望は誰にも大きかったはずである。それを見かねて桐久保さんが買い与えたと言うのだろうか。
 梶野先生は銀輪に光る自転車のタイヤを分かるような分からないような気持で眺める。暫らく府に落ちない気持で二人の練習を暫くみていたが、協議していた桧牧区の人たちが帰り始めているのに気がついた。二、三人づつ寄り固まって校門の方へ行きかけている。追いかけて行って、村人に挨拶しようとも思ったが、梶野先生には関係のない集会なのでそのまま運動場に突っ立っていた。桐久保さんと弘の父親が、梶野先生の姿を見つけてこっちにやって来た。
隆と弘の自転車の練習でもみるために運動場に来るのだろうと思い、
「今日は」と、梶野先生は気軽に言葉をかけた。桐久保さんは隆と弘のの自転車の練習には興味を示さず
「先生。明日の嶽のぼり、学校は昼からどうなっとります?」と訊ねてきた。
校長も話していた通りに行事表は半日授業になっていたので、すぐに
「例年通りです。明日は午前の授業だけです」と、答えた。
答えながら、隆と弘の自転車の練習を楽しく見ていたのが、なんだか少し不愉快になってきた。村の風習の行事で、貴重な授業の時間をとられるのが梶野先生には納得が行かないからだ。

弘ちゃんは生きている  (25)   木村徳太郎 
 
時計は十二時を過ぎている。桐久保さんが見えたらしい。用務員さんに、湯茶の準備をたのんでいる声が聞える。
「わしも、ぼちぼち行きまっさ」
桐久保さんの声を聞いて父は重箱を片付け始めた。
「まだいいでしょう」
梶野先生がとめ、「今日の集りは桧牧区と自明区の揉め事対策ですか」と、尋ねてみた。
お父うは、重箱を風呂敷に包みながら、「そうだす。前川は受け取った金を出しよらしまへん。と言って垣内で弁償もあほらしくて出来まへん。それで自明区の峰垣さんの言い分をほっとくことになっとりまんねんやが、今日の集まりでどうなることやら」と、桧の伐採からおきた諍いの要点を話し、
「どっちもゆずりよらなんだら、区の諍いになりよりまっしゃろ」
そうなることが、当然のように言って行きかけた。その背に
「お気持は頂いときますが、どうかワイシャツはお持ち帰り下さい」と、
机の上の紙箱を取り上げて、梶野先生はお父に返そうとする。
「先生、きついこと仰らんと……」
差し出された箱をお父うは受け取らないで、
「えらい邪魔をしました」と、教員室を出て行った。
           ☆☆☆
梶野先生は児童たちに出した宿題の「団結の詩」の整理にとりかかった。

  「 団結 」 越出あや子
町村合併がもうすぐだ
村が町になる
村が町になっても
田舎は田舎
それどころか
村は町の発展のために
損ばかりするようになる
税金もいままでより増える
そんなことのないように
村の人は団結して
町の人に当らないといけない
村人よ団結しましょう。

 役場に勤めている父と村の人とが、町村合併についての不平を、茶飲み話にしていたのをあや子は耳にしたのだろう。
梶野先生には、町村が合併する悪循環があるとも思えるしそうでないとも思える。またあや子が訴えている気持が、郷土意識を高める美風となるのか、それとも山村の昔風で排他的な因循姑息な心持のあらわれなのか、梶野先生には分からない。しかし、こんな気持をなくしたほうが根本的には人間を素直にさせると思える。それに税金のことにあや子はふれているが、学童のあや子がこんなことに心を取られることがない。こんな詩を書いたところを見ると、疑義を持つ村人の話がよほど盛んにされているのであろう。
梶野先生は原稿用紙の端っこに、「一緒になるのに、町と村を別々に考えるのは、自分の範囲だけを見て、他を顧りみないと言ったふうに先生は思えるますがどうでしょうか? 」と、ペンを走らせた。そして、記入し終わってから、今朝、校長から話されたことを思い出して、書き入れた評の言葉がなんとなく気になった。
父兄は、あや子の詩を子供だからと気軽に読み捨てても、梶野先生の短い評の言葉は詮索して、先生が何を言っているかと勘ぐるだろう。意味の取り方によっては、村人の素朴な心を非難したようにも取れる。そう取られては、校長が言ったように、進歩的で不可解なこととして村人には映るに違いない。そうなって困る。
梶野先生は児童たちの詩に、短い評を書くのも大変な仕事だと溜息をついた。

「べんとう」  小山勉
朝の四じごろべんとうぶらさげて
うちのおやじの出ていく姿
服はぼろぼろ地下足袋はいて
帽子はそこぬけ、あたま百ワット。
ぼくは団結と言うことを
お父うさんに教えてあげて
働くものがみんな団結して
ストライキをやればよい
そしたら月給があがって
服はぴかぴか帽子はふかふか
ごっとも喰える
団結だ団結だ。

小山君の父親は、家から駅まで十キロを自転車で行き、電車に一時間と四〇分揺られて大阪の工場へ通っている。
あまり成績のよくない児童だ。大人に不明な叱られ方をすると、子供たちは、その大人を揶揄して流行り歌をよく歌っているのを耳にする。そこには深い意味もない。子供の反抗心が無邪気にこんな歌になって口から出たのだろう。小山君は、団結の詩を書くのによほど考えたらしい。が、書けないと言って書かぬわけにはいかない。そんな心持が詩にもならない歌を書き、宿題の団結に結び付けて一節は、二節三節を書くために利用されたようなもののように感じる。団結して賃あげ闘争をやれば、賃金はあがるのだろうか。これは疑問だ。が、貧乏人が団結することに気づいたことは、教育の一つの発展とも思えなぶり書きのような詩にせよ、すっぱだかのことを思い切って書くようになったと、梶野先生は嬉しく思う。確かに、山持ちや地位のある人と、稼ぎ人や長田狭田(おさださだ)にしがみついて飯米だけで、家庭を支えている人とは、あまりにも生活のけじめの差があるように思える。人間的な立場から、このような事をなくすることを梶野先生は望んでいた。
「その通りですね。日常の遊び歌をうまくとりいれて、団結の詩が上手にかけました」と、短い評を書き入れた。が、書き入れてから、やはりあや子の詩の時のように、共産主義を尊奉してはいないが、校長が言ったように共産主義と、非難されそうな評になったとまた思う。 
  
  「お父っあん」  木本弘
お父っあんの腹の中に
酒の虫が団結して住んでいる
虫が酒を欲しがるのだろう。木を一本一本切るように
一匹ずつ退治したなら
酒の虫の力が弱って
お父っあんも酒をやめるだろう
酒の虫を殺す
DDTがほしい。

先ほど教員室に来ていた弘のお父うは、やはり酒の匂いをさせていた。朝からコップ酒をひっかけてきたのだろう。やめられないのは世間で言うアルコール中毒なのかもしれない。が、それらしい症状のあらわれはないようにも思う。ただ、金があると気が大きくなって、持ち金を使い果たすまで飲み歩く。それ問題なのである。
弘の家の貧しさと不和は、確かに弘の父の酒に原因があるようだ。おまけに、母の気性の強さがそれを助長しているように梶野先生には思えた。お父うが、山を売った金で、ぐでんぐでんに酔っぱらった時の醜態。そのあげくの夫婦喧嘩。そして弘の家出……。弘はあの時の悲しみを深く胸に刻み付けられているだろう。その悲しみが、このような詩を書かせるのだろう。
深酒をしていない時の、お父うは素直に人の言分を聞き、悪い人でもない。心の中に巣くっている酒の虫が、酒を呑ませるのだろうと思える。
「お父うさんがお酒をやめたら弘君も嬉しいでしょう。これから、先生と団結して、酒をやめさせるように工夫をしましょう」梶野先生はそのように書き入れて、本気にそう思った。
「先生は詩とか言うもんを書かせて、家のことばかり調べよるように思っとりましたんやが、そやない。ほんまは心配してくれていやはるんやと思っとります」と、先ほど話した弘のお父う。弘の人生を励まし、物事を積極的にやらせる性分を作り上げるには、家庭の欠陥を少しでも埋めてやることだ。児童を良くするために、その父兄にまで教師の思いを述べて働きかけることは少し行き過ぎではないかとも思われるが、弘のお父うの場合は、自分からそのように話したことだから行き過ぎではないだろうと思う。温かい助言者があれば酒もやまるかも知れない。弘の詩を再び読み返して、梶野先生は嫌がられてもそれをやってみようと深く決心した。
他の父兄が評を読んだ場合、梶野先生のおせっかいを不愉快に思うかもしれない。が、弘の父が読んだ場合、なんらかの形で反応となってあらわれることを期待して、書き込んだ評をそのままにしておいた。

     「一人と大勢」炭谷剛
学校のかえり
意地悪なやつが来ると
一人だったらいじめられるが
僕たちが団結してかえると
じろりと横目でみるだけで
なんにもよう言わない
大勢が団結するのはよいことだ。


「三本の矢 」   桐久保隆
毛利元就と言う士が
一本の矢だと折れやすいが
三本かためると 折れにくいと
自分の子供に教えた
団結すると強いのだ

言っていることも分かるし児童の心もよく表れている。が、梶野先生は嫌な詩だと思った。子供らしい溌剌さがない。自分の身を守ることばかり考えている。消極的な大人のような詩だ。子供は、いたずら者にも積極的に付き合って行くと言う考えが欲しい。隆の詩はいつか山の中で、桐久保さんが隆と弘に団結の解釈に例え話しとして語ったものを、詩のように見せかけての綴りごとだろう。隆には子供らしい溌剌さが見受けられない。大人びて形にはまった物解かりのよい人間を育てるだけの器用さはあっても、大きく飛躍させる強靭な魂の持ち主に育て上げることは、これでは出来そうにもないように梶野先生は思う。子供の詩には、間違いがあってもよい。そこに真実の含まれていることのほうが、どんなにか大切だと思う。「常識で割り切ったことよりも、心から思ったことを大きく書きましょう」と手早く書いた。書いていて、梶野先生は何か書き足りないものを感じ、再び炭谷君の詩のほうに「相手を意地悪と決めて、対抗するよりも、お互いに仲良くして行くことの方を考えましょう」とつけ加えた。

「悪いやつら」奥田保
桧牧区のやつらは
悪いやつらだ
そのなかでも
前田は一番悪い
人の山の木をきりよって
金をもうけよった
どろぼうとあそんだら
みんなどろぼうになるぞ
団結してどろぼうを退治しよう

苛める側と苛められる側がある。炭谷君の詩が苛められる側としたら、この詩はあきらかに苛める側のほうの詩だ。どちらにしてもこのような詩は、心の中に敵をつくって協調していこうと言う美徳がない。
子供らしい正義感を、それを読む者に感じさせることができるだろうか。教育者として、奥田君の心情を正しいものと判断して同調はしても、それをむきだしに肯定した評を書くことは、失敗になるだろう。奥田君の心情に賛成の意を表しておいて、然る後その心情を否定する事が、奥田君が将来伸びて行くための心の糧にもなるように梶野先生は思った。「人の噂で一方的な考えを持つことは、良くありません。まして、どろぼうと言う乱暴な言葉は、つつしみましょう」
そして、このような評を書き入れた。書き入れながら梶野先生は自分自身にも、奥田君と同じように前田朝子を、灰色の目で見ていることに気づいて、これではいけないと思いかえしその評をいそいで鉛筆で黒々と塗りつぶした。消してから、今朝、校長から「桧牧区と自明区の区民の対抗意識のくすぶりを、気づかなかったか」と問われたことを改めて思いだした。桧牧区の前田さんが桧の木を伐って売り払った。それが自明区の峰垣さんの個人持ちの立木だと言う事から話がこじれ、諍いが起こりそうで、今も教室で桐久保さんたちがこの解決策を協議をしているらしい。子供たちもすでに村と村で諍いのくすぶりがあるのを知っている。わずかな戸数の山村のことだけに、大人の世界のいがみ合いがすぐに子供の世界にも跳ね返って来る。奥田君の詩にはそれが現れている。
この詩を桧牧区の父兄が読めば前田朝子だけの問題でなく、桧牧区の区民全部に言われた事として、いっそう対抗意識を広げることになるだろう。学校の中にまで感情のしこりを持ち込まれては困る。

 

弘ちゃんは生きている  (24)   木村徳太郎 
 
「先生っ」
と、丁度今、梶野先生が校長に名前を挙げていた山根君が、教員室の硝子障子を開けて風呂敷包みをさげて「これ食べて下さい」と入ってきた。お彼岸の中日のお萩を重箱に入れて持って来たのだろう。
 梶野先生が用務員さんに皿を借りてきて、小豆がつやつやと光り、重箱に綺麗に並んでいるお萩を丁寧に移し変えた。山根君は空の重箱を受け取り、教員室を出たが入り口で、誰かと出合ったのだろうか、大きな声で言葉を掛け合っている。隆が入れ替わりにやはり風呂敷に包まれた重箱をさげて入って来た。
「よう、桐久保君! なんじゃ」 
山根君の時には声を掛けなかった校長が、椅子から立ち上がり自分から言葉をかけた。そして
「まあ、かけたまえ」と、担任の梶野先生がなんにも言わないのに、にっこり笑って隆に愛想を言い、今度は自分が用務員室に行き、皿を借りてきて、梶野先生がしたと同じく重箱のお萩を丁寧に皿に移し、移しながら
「用務員さん。お茶を一杯たのむわ。」と、お茶の催促をして隆に「今日はなにがあるのじゃ」と、とぼけて聞く。
お彼岸の中日だ。ご先祖に供えるお萩(餡つき餅)を余分に作り先生に食べてもらおうと、学校に持たせて寄越しているのである。そんな風習を校長は良く知っている。知っていながら聞いているのだ。
「彼岸やから作ったんや」と、とぼけて聞かれているとは思わない隆は真面目に答えている。
「良いことじゃ。家に帰ったら校長が礼を言いよったと伝えておくれ」と
顔じゅうをにこにことさせ、嬉しそうに礼を言い、お萩を皿に移し終えた校長は重箱を隆に返した。梶野先生はその間何も言わないでその様子を見ている。隆は担任の梶野先生が一言も喋らなかっいのを物足りなく思ったが重箱を受け取ると、校長の進める椅子には見向きもしないですぐ帰っていった。
 梶野先生は、いつもは素直にものが言えた。が、山村の旦那で育友会の役員の桐久保さんの子供の隆には、見えすいたようにお世辞を言う校長になんとなく反発を感じて、ものを言わなかったのである。
定年退職までつつがなく勤め上げられたのも、心の底で己自身を守ることばかりを考えいつもこうして表面を世間に合わせていたからなのだろうかと、ふと梶野先生は思う。

隆が帰ると、先ほどの隆に見せた笑顔をけろりと忘れたように、校長は
「君、あまり純真にやるのも特によりけりだよ」。
と、愚にも付かない事を言い、用務員さんが運んできたお茶を受け取り、お萩を一つ口に入れ、
「うん。こりゃ甘い。少し家へも貰って帰ろう」
と、用務員さんに竹の皮を持ってこさせ、皿に移したお萩のほとんどをそれに包ませて、帰り支度をするために立ち上がった。そして、
「式場の手配は大丈夫だろうね。」
と、黒板に書かれた予定表に目をやって、梶野先生に二日後の終了式と併行の六年生の卒業式の準備の状態を尋ねた。「手配はすっかり終っています」
「ああ、それなら良いですが、手落ちは困るからね。明日は嶽山会式で、午後は全校生が休みだから、都合によったら午前の授業に食い込んでも良いですから、手違いなく頼みますよ。」と、念を押し教員室を出て行った。
校長が出て行くと梶野先生はうんざりとして、休日の日直を利用して児童の「団結の詩」の整理をして、文集を作ろうとやりかけたいたことを、そのままにして窓辺に椅子を引き寄せ、暖かくなった光を背に受けて校長が言った先刻の話を繰り返し考え始めた。
教師としてどこがいけないのか。思い当たらない。村人が共産主義だと言っていると校長が言うが、そのような考えを持った事もないし行動したことも無い。梶野先生は、不快な思いに満ち両手で頭を抱え込むと椅子にそりかえり、天井をみつめ暫く校長の言葉をかみしめていた。
名前は聞いたことがあるが、顔を知らない隣村の福井校長が赴任して来ると言う言葉だけが頭の中に残った。
校長が言った言葉にすっかり心を取られて、瞑想していた梶野先生は、
「先生、こんにちは」といきなり声をかけられて飛び上げるように驚いた。
「学校で集まりがありますんで、早い目に来ましたんや」弘のお父うだ。
静かに考え事をしている様子の梶野先生を、乱したような気まり悪さに言い訳をするかのようにお父うは言う。
「そうですか。それは、それは……」
弘の父が何用で早い目に来たのか、梶野先生には得心がいかないふうだったが立ち上がって椅子を勧めた。
お父うは勧められても立ったままで、提げて来た風呂敷包みを机の上に置いて解き始める。中から、ボールの紙箱と重箱が出てきた。紙箱を手に取り
「先生、弘の事でえらい心配をかけまして、お礼の申しようもありまへん。早ようこんならんと思いながら、遅うなってしもうて……。これはお粗末なもんやが、着て貰おうと思ってワイシャッを買ってきましたんや。受け取ってくれやす」言葉も丁寧に、真面目な顔付きで箱を差し出した。
「そんなことをしてもらっては困ります。教師としてあたりまえのことをしただけです」梶野先生は紙箱を押し返す。
「そんなこと仰らんと頼みます」お父うは頭を何度も下げて箱を受け取らず引き下がりそうにない。
「気持は嬉しいですが、品物は受け取れません。お父さんが使って下さい」。
梶野先生もしっこく辞退する。
自分の意見をどこまでも通そうとするふうにお父うは、紙箱を机上に置いたままなんにも言わなくなった。梶野先生黙ってしまった。
お父うは、今度は重箱を取り出し「食べてもらおうと思って作ってきましたんや」一段を梶野先生の前に、残りの一段持って
「用務員さんのとこでわしも、お昼がわりにと思って持って来ましたんや」と手早く包んで来た風呂敷を片付ける。
重箱には、白砂糖をたっぷりとかけたお萩が詰まっていた。
時計は十一時半をさしている。
「ご親切に。少し早いですがそれじゃ頂かせてもらいましょう」
用務員さんが先刻置いて行った茶碗から、二つの湯呑みに茶を注ぎいれ、
「どうです。よかったらここで一緒にいただきましょう」と、梶野先生は湯呑みの一つを、お父うに差し出した。
お父うは一緒に食べましょうと言われて嬉しそうだ。「はぁっ」と照れくさそうに言いながらも椅子を机の前にずり寄せてきた。
お昼がわりに砂糖のたっぷりかかったお萩を、梶野先生とお父うが食べ始めた。
学校の先生に、なんとなく近寄り難いものを常日頃感じていた、山稼ぎ人のお父うは、梶野先生の気さくなふるまいに心に触れるものがあったのだろう。なんだか嬉しそうだ。
梶野先生はお萩を口に運びながら、先ほど校長が、自分のことを共産主義者と言ったことを思い出し、その事について村人の気持を訊ねてみるのに、なんだか都合のよい時のように思えた。
「児童のお父うさんに聞くのは変ですが、受持ちとして常日頃の私の教え方はどうでしょうか」と三つ目のお萩を手にして話し掛ける。
とんでもないことを、突然聞かれたと言うふうにお父うはすぐ返事ができそうにもなかったが、
「年は若いがよく気の付く優しい親切な先生と思っとります」
心からそう思っているのだろう。はっきりと言った。
「お褒めですな。安心しました」
嘘や愛想の言えそうにない弘のお父うにそう言われて、梶野先生は心に余裕が出来た。続けて、
「村で私を共産主義者だと言っている人があるように聞くのですが……」
胸につかえていたことを率直に聞いてみた。
「共産党だなんてそんなこと、先生はおいらのようなとこの貧乏人の倅でも、金持ちの息子はんでも、同じように扱ってくれはるから、それでそんなこと言いよるのやおへんか」
「教育に貧乏人も金持ちもないでしょう。そんなことでは、言わんでしょう」
お父う言葉に梶野先生は気負って問いかえした。
「でも、いままでの先生は、山持ちや、金持ちの息子はんには遠慮しとるように見えましたもんな」
桧牧区と自明区と合わせて百五十戸ばかりの貧しい山村だ。因循な村人の心は、それを不服に思いながらも、それが当たり前のように不平がましいことは言わない。
が、お父うは梶野先生の率直な話し振りにつられて、正直に自分の気持を述べる。事実地位のある人や豊かな人に媚びておれば、評判もよく身も安全と言える。代々の先生がその通りで有ったとも思える。
梶野先生の気安さに、お父うは語りやすくなったのだろうか。ふと、机の上に置かれている詩の原稿を見つけ、
「先生は、詩とか言うものを生徒によう書かしよって、家の事ばかりを調べよるような心持がして厭どしたけど、今度の弘のことでそやない。先生は家の者のことまで心配してくれてやはるんやと思うようになりましたんや」
いつか弘の詩で、梶野先生がお父うに酒のことを話し合ったのが心に残っているのだろう。深い考えもなく見当違いなことを話し出した。
が、話し出してお父うは自分の言ったことが、梶野先生に悪く取られりゃしなかっただろうかと思もったのか、少し話がとぎれさせ口を閉じる。
その間の悪さを、誤魔化す様に梶野先生の湯呑みに茶を注ぎ、自分にも注いだ。注ぎ終わって、
「そうそう。先生分かりました。共産主義やなんやと言いよりましたのは、きっと、製材所の矢野やおまへんか?」
お父うはいつかのことを思い出したのだろう。梶野先生が聞いていることに、満足に答えられたというふうに喜びを顔いっぱいに表して言う。
「製材所の矢野さんがどうして、そんなことを仰ったのでしょう」
思いがけない人の名前が出て、校長に言われた事がまた得心が行かなくなってきた。梶野先生のその不審気な様子に、お父うは垣内山で「団結の詩」のことから、矢野さんが山で話したときのことを詳しく話し始めた。
「矢野さんの話から、先生のことを誰かがそんなふうに言いよったのですやろ。つまらん奴は、矢野で先生には落ち度はおまへん」
お父うは結論づけるようにそんなことまでをつけ加えた。
梶野先生は朝からのもやもやした気持が少し救われたような思いになった。
「自分でも思いもしなかったことです。多分噂から話がこんがらがったのでしょう。僕も若い。今後注意しなくっちゃいけません」
と、呟くようにいって、今度は先生が父の湯呑みに茶を注いだ。

弘ちゃんは生きている  (23)   木村徳太郎 
 
 バケツに水を満たして用務員さんが帰って来た。
「顔を洗ったら、すぐに食事にされますか」洗面器に水を注ぎながら聞いてくる。
「うん」と答えて校長は、
「さっき、教室を貸してくれと言って来よったのはなんじゃった」
寝ている朝早く、垣内の協議に使用させて欲しいと誰かが言って来た事を思い出した。
「休んでいやはりましたんで、逢わずに帰えりはりましたけど、学校が休みやから教室を二、三時間貸して欲しいと言うて来やはりましたんや」
「わしの聞い取るんのは、どんな事で寄りよるのかと言うことじゃ」
濡れた顔を拭きながら校長が問いただす。
山村で区の集会所をもたない区民は、学校をよく集会に使った。
村の出来事は村の出身の用務員さんがよく知っている。
教室の使用は集会所変わりに使うのが慣習になっていて、気にもしないが集る目的を校長は知っておきたいと思う。
「はっきりとは知りまへんが、桧牧区と自明区が山の立ち木のことで争いよりますんで、その対策の協議と違いまっか」
学校のことでなはい。興味なさそうに用務員さんが答える。が、校長は聞き逃せない。
「桧牧区と自明区のもめごとか」言葉に力を入れて念をおして、「そりゃいかん」と、自分に言い聞かせでもするように呟いた。
通学区域の自明区と桧牧区が争っては、児童にまで対抗意識が生まれて拙い事になる。
三月末の卒業式。四月の入学式と新学期。校務がいっぱいある。その上に自明区と桧牧区の争いの影響が振りかかってきてはたまらない。
 先日の弘の家出事件で、時間割を独断で変更した梶野先生の意向をまだ聞いていなかった事を思い出した。それを幸いに、日直で出勤している梶野先生と、村の事を話し合ってみようとタオルを腰にぶらさげ、深呼吸を二つ三つ大きくすませると、校長は朝食のため用務員室へ向かった。
食事を済ませ教員室に出て来た校長は、窓の春日を背に受けて、なにか書類を整理している梶野先生に「君のやり方を悪いとは言わないが、独断で教科時限を変更するのは感心しないね。」とおもむろに話し始める、校長の改まった言い方に梶野先生も少々固苦しく「しかし、生徒一人の生命にかかわる事件ですからね。」梶野先生は責任を問われても、自分の行なった事は正しいと確信するように言う。
「そりゃ分かっている。だがね、あの場合校外のことで、それも家庭の出来事だろう。」そう云われればそうだ。校内のことではない。梶野先生は一寸言葉に詰ったが「校長が時間前に登校して下されば、伺うことが出来たのですよ」
と、校長の遅刻のほうに話の矛先を上手にかえ、おまけに「あの朝は、校務で遅くなられたのじゃないでしょう。」と、校長の口を封じるでもするようにつけ加えた。
 校長は暫く口を出すのをためらっていたが、
「僕は、弘の家出事件で勝手に教科時限を変えたその事は、あまり問題にしていないんだよ。児童を思う君の心は良く分かる。ただ、前途の有る青年教師の君が人の非難を受けたり、上の長に逆らわない方が、君の為だと思うから言っているのだよ」
遅刻を言われて言葉がなく、教科時限の変更の話合を忘れでもしたように、校長はこちらに話の内容があるとばかり、口調も重々しく言う。
梶野先生は若い。思わず「人の非難って?」と、問い返えして校長の話につられた。
思う坪にはまり込んだ梶野先生の様子に、校長は心の余裕が出来た。にやりと笑って、「君のやり方が、共産主義だと村の人が言っている」と思いがけない方へ話を飛踏させた。
そんな噂がどこから出たのだろう。あまりの唐突さに梶野先生は口をつぐんで考え込み黙ってしまった。
黙ったのを幸い、校長は続けて、
「思想的にどうのこうのと言いたくない。自由だからね。が、教師が父兄からそのように言われるのは損だよ。僕も今年で定年退職だ。今度来る校長は、君も知っていると思うが、頑固で有名な隣村の福井君だ。」と一気に自分の退職の事までつけ加えて話しだした。
そんな噂を耳にもしたし定年退職も事実なので、隣村の福井校長が赴任して来ようが来まいが、梶野先生は気にもしない。しかし共産主義と言って、非難されていると言う事には、反発するものを覚えた。
「誰が言っているのです。僕は共産党と付き合いをしたこともないし、主義運動をした覚えもありませんよ。」
「君が共産主義でない事は、僕もよく知っている。が、そんな事を思わせる指導のやり方がいけない。」
「やり方って、僕は共産主義を助長させるような教え方はしていないつもりです。事実があれば具体的に言ってくれませんか。」
校長の顔を真っ面に見つめて、口調強く言った。
その意気込んだ詰問のような話し方に、
「それ、それ、それがいけない。穏やかに話合おうと思っている事でも、そう強く出られると、こちらも感情的になり逆の考えで喋り難くなるものだ」
校長は卑屈な笑いを浮かべて言葉を柔らげた。具体的な事実なんて、何一つない。村人の思い過ごしだ。山間の小学校で、戦後の民主教育を素直に受け入れ指導する。その事が新し過ぎて、村人は戸惑いも見せ共産主義と言うように表現している事が校長にも分かっている。話したかったのはその抽象的な事なのだ。
 梶野先生には思いあたらないが、国語の時間に「農村の解放」の教材で、自分が話したことも、そのように言われる対象の一つになったのだろうか。
民主教育に対する情熱。そう言ったものを冷まさせたくはない。が、山村の学校ではそれが目立って、父兄と災いを引き起こす恐れがある。校長はそれを嗜め話たかったのである。それを上手く思う通りに話せなく、回りくどく校長は弘の事件から話し始めたのだが、違った話になってしまい校長は自分ながら意地の悪いことを言った物だと、少し心が悔いられた。で、「僕は教師として、君のやり方は理解出来るが、父兄の封建的な考えに君の指導がそんな風に見えるのだろう。少し妥協して、古臭くなることだね。あっはっはっ……」
軽くたしなめでもするふうに言い、自分の卑屈さを校長は笑い声でごまかした。
「要は今度来る福井君も頭が固い。君の進歩的な頭ときっと意見の衝突が起こるだろう。折角の君がつまらん事にならなければ良いと老婆心で一寸話してみただけだよ」と、からかっているみたいに言い、
「君、気づかないかい。自明区と桧牧区がくすぶりをあげかけている事を」
と、一方的に喋り自分だけ得心したように話を打ち切って、今度は児童たちの方へ話を転換させた。
その一方的な話し方に梶野先生は不満を覚えたが、弘の家出事件で教科時限を代えた事が、責められそうになかったので、張り詰めていた心もほぐれ、
「この前、泥棒と言われて前田朝子が、教員室へ泣いて来た事があります。どうもそれがそのような表れですかね。」と、自明区の桶谷君と山根君と、桧牧区の朝子の争いを手短に語った。
「ほう、もうやっとるかい。困ったことにならねばよいが」と、予期していた事がすでに起こっていたのかと言うふうに、児童のうえに思いをはせて呟き
「君の事は大人の世界のこと、話し合えば分かる。が、子供はそうは行かない。今後問題をおこさないように、こりゃよく注意することだね」と自分に言い聞かせるようにも梶野先生に言うともなく言葉を投げかけた。陽が高く昇り始めたのだろう、教員室に伸びていた朝影も動き始めていた。

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