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のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

再び「弘ちゃんは生きている」

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弘ちやんは生きている  (3)    木村徳太郎

 垣内の集会が終って、お父が再び桐久保さんの家に寄ったのはもう十時近くになっていた。
「旦那さんのところは、竜門さんと中西さんの間に決まりました」
「そうか」
 桐久保さんは、あまり気にもとめないそっけない声で返事をし、
「もう遅い。弘坊を連れて早よ帰りな」と、顔だけお父に向けて言うと、またすぐに碁盤に目をもどした。
 お父は無言で板の間に腰をおろし、長火鉢の横の茶櫃を引きよせると自分で茶を入れながら、おもいきったように
「旦那はん。一寸話がありますのや」と、
 入れた茶を一息に飲み干し、囲碁に熱中している桐久保さんに声をかけた。
 お父の話しかけに梶野先生は気をきかして、
 「ここらで失礼して、風呂をもらってきますわ。」
 と、囲碁を中止し座布団を脇によけて立ち上がった。勝手の分かっている風呂場の方に足早に行ってしまった。
 桐久保さんは致方なく碁盤を離れて、長火鉢の前に座り
 「話って何んや」と無愛想に聞く。
 弘の父は暫く言い憎そうだったが、
 「今度分けてもらった山を金にかえて、借金を全部返えしたいと思とりますんや。ついては、旦那さんに配分になったとこを買って貰えまへんやろか」と、真剣な面持ちで言う。
 「そんなことやろうと思ったよ。うちの貸金はいつでもええ。そんなにすぐに売らんならんほど、金が必要なんか」
 眉間にしわをよせて言い、続けて
 「金が出来そうだと思うと、先にそれを使うことばかり考えてはいかん。わしには、解(げ)せんなぁ。山は山三厘と言われてすぐには収益もない。それをじっと持ちこたえて苦しい暮らしにも耐えて山を守っている者もいるんや。そうやってすぐに金に変えて金を使う者の気持が解(げ)せん」
と、渋い顔付きになった。
「だけど、旦那はんは昔からの山持ちだす。わしらは戦災で焼け出されてなんにもないまる裸。身分が違いますわ」
 「山持ちやから暮らしむきが楽やと言うのんか。いったいどっちが贅沢していると思う」
「そら、旦(だん)さんのほうでしゃろ」と、弘の父は常から思っていることを言いたかったが、今は頼み事にきている。桐久保さんの機嫌を損ねないように
「まあ、まあ、えへっ えへっ」と、
言葉にならぬことを言って、ごまかして笑って答えなかった。
桐久保さんは続けた。
「山稼ぎで一日六百円。月に二十五日働いて一万五千円。親子四人贅沢せんだらやって行けるやないか。酒に金をつぎこんで飲むから暮らしがなりたたへんのや。子供も可哀想やしお母の怒るのも判る。一日に焼酎三合以上も飲めば、酒代も馬鹿にならんやろ」
飲酒のことを言われて、弘のお父は頭があがらず黙ってしまった。
 金の入るのが少しならそれなりに家計を締めて生活すればよい。沢山儲けても、無駄に使えば金は足りなくなる。「自分の暮し向きを考えよ」と桐久保さんは言っているのだ。
 それは弘の父にも判っているだけに、酒代のかさばることを言われると返す言葉もない。
「山は買ぅてもええ。だが町村合併で垣内の山を分けことになり、苦労もせんと金が手に入る。それを当てにする考えにわしは腹が立つんや。いつまでも立ちなおれないのはそんな心がけだからと違うか。今晩、一晩よく考えてみるこやな」
 と強く言う。お父は口答えも出来ず黙って言葉もない。その様子に桐久保さんは
「弘坊、弘坊」
奥の部屋に向って声をかけた。
弘が出て来た。
風呂からもどってきた梶野先生から、弘が桐久保さん宅にいる事情を聞いて、お父は頭をなんどもさげて恐縮している。

 お父と弘の二人は桐久保さん宅を出て、春めいたとはいえ夜更けはまだ冷える外を帰って行った。
「お母と、なんで喧嘩したんや」
「お母が美代にばかり味方をして ぼくを怒って真珠玉を投げよったんや」
 お父は、普段から弘に継母として接するお母の仕打ちに、抵抗を覚えることもあって、一寸悲しい思いにとらわれた。が、すぐに
 「弘も大人になったら判る」
 咄嗟にどう説明してよいのか判らず、曖昧な言葉でにごした。
 しかし、弘は判っている。
 「お母は継母だから」
と、口に出したいのだが、口にだせば父が悲しむ。唇をかんでこらえた。
 お父は、黙る弘があわれに思え、
 「明日、桐久保さんに山を買(こう)てもろたら、弘に自転車を買ってやる」
 と、お母の話をはぐらかせて言った。
「ほんとに! 嬉しい」
弘は父の腰をゆさぶり何度も念をおした。
 「入る金を当てにして、使うことを先に考えることを反省せよ」と、桐久保さんに言われていたが、後妻としっくりいかぬ弘がいじらしい。
 「ほんまに買ってやる」胸をぽんと叩き、「指きりをしょうか」と言いながら、胸の中では個人持に分けられる二反分の、杉や桧の時価を計算し、頭をめぐらせていた。
             ☆☆☆
 次の日、外の浅井戸から釣瓶で鉄分の多い赤茶化た水を汲みあげ、その水で顔を洗いながら弘は、隆と約束した昨夜のことを思い出していた。そして赤い百合が咲くあたりの雑草地に目をやった。レンゲ草が首をもたげている。近よってしゃがみこみ、春の息ぶきをうけて赤い百合の芽が出ていないかとさぐって草をかき分けた。草の青い匂いがする。
そんな弘の背に怒鳴り声が飛んでくる。
 「早う御飯を食べて、学校へ行かんか」お母の大きないがり声が背に当る。
 桐久保さんに「明日は山を買ってもらう話に行く」と言っていたお父は、まだ寝ているようだ。自転車を買ってもらう約束を確めておきたかったが、起せばお母が怒るだろう。
 急いで家に入り食卓についた弘は、お父が起きてこないかと、漬物と大根の実だけの薄い味噌汁と、麦まじりの昨夜の残り飯を、わざと時間をかせぐようにゆっくりと口に運んだ。
「兄ちゃん、早よ行こう」
先に食事をすませた美代が、横からせかすように言うので、弘は仕方なくあきらめて箸を置き立ちあがった。(続く)

弘ちやんは生きている  (2)    木村徳太郎

 山持ちで資産家の息子の隆には、同級生もみんな一目おいている。はっきり答えない隆に不満だが弘は黙ってしまった。すると、
 「村も、町になるんやで」
と、弘が聞いていることとは違うことを、隆がぽつりと言った。

 鉄瓶がシュルシュルと音を立て湯気が上っていく。五徳に鉄瓶のかけられた火鉢を前にして、桐久保さんと梶野先生は雑談をしている。
「町村合併で、良いことはありません。町の発展に村が犠牲になるようなものです」
「合併は国の方針でしょう」
「地方交付金を余計にふんだくる位が関の山ですなぁ」
 町村合併になれば、学校も種々の問題が起きてくるだろ。学校のことは校長が始末をつければよいが、個人の先生にも何が起こってくるかも知れない。政治のことにはふれたくない梶野先生だが、それとは裏腹に桐久保さんと町村合併について、鉄瓶から上る湯気に、自分の気になる気持を乗せるように熱心に話しを交し始めた。
「学校はどうなります」
「勿論町立になり機構は変わらないでしょうけど、困った問題が必ず起きるでしょうなぁ」。
「困ったことと言うのは」
「例えば、学校林のことを考えても、いままで学校の助成経費に使えたものが、今度は町長の許可がいります。ご先祖が学校の発展を願って残してくれた物が、今後は村人の相談だけでは学校の助成費用に使えなくなる」
「町で予算を組み、経費を支出すれば同じでしょう」
「人間は誰でも慾があり、自分の村の子供たちのために学校林を伐って、費用に当てることはすぐまとまるでしょうけど、町の学校の助成費用のために伐るとなると、村の人が得心せんでしょうなぁ。町村合併で、村の学有林が町有林となって、町の教育委員さんが議会で討論のとき、町出身の議員が多いから、村の学校のことを二の次にして町の学校のことを良くするために、少人数の村出の議員を押さえつけて、多数決すれば村の学校は無視されることになります」
 梶野先生には判ったような判らないような話。が、先生は村の有識者と言われ村人から敬まれている手前、判らぬとは言えず
 「なるほど」と分かったふうに大きく頷いた。
桐久保さんは更に言葉を続けた。
 「今晩の垣内の集会も厄介ですよ。町村合併して、町に垣内の山をとられるより合併になる前に村人に山を分けて、個人持ちに登記をしょうと言うのです。山は元入れが五十年、六十年とかかり、木を伐って売って初めて金になりますが、伐らないでおくと、孫、曽孫の代まで財産として維持され、緑の豊かな山が保たれます」
 「そりゃ、その通りです」
 大きくうなずく梶野先生に桐久保さんは更に話を続けた。
 「垣内の山を村人の数に分けると一反ほど。それを個人の物にして、山から杉、桧を伐って出しても金額はしれている。伐った後の裸山にも山林税はかかる。それをこらえて何人が分けた物を売らないで保持できますかね」
 桐久保さんは今晩の垣内の集会に行かない訳を、遠まわしに語っているのだ。
 梶野先生は村の住人でないし、垣内の山林にも関係がなく興味もない。
「一寸、失礼します」
 庭の隅にある便所へ行く振りをしてその場を立った。
広に出ると夜風が体に染みる。空には無数の星が瞬いていた。

 梶野先生が便所に立ったのと入れ違いに、弘のお父が慌しく姿を見せた。
 「旦那はん。旦那はん。山を分けることで籤引きすることになりました。旦那さんに来て欲しいと皆が言うてます。わしが言づてを頼まれました。」
と勢い込んで桐久保さんに、挨拶もそこそこに言う。
「お迎えにきましたんや。よろしゅうに来ておくなはれ」
「一時金ほしさに、垣内の将来も考えない馬鹿なこっちゃ」と、他人事のように桐久保さんはつぶやいて
「お前も分けて欲しい口やろ」
と、お父に向ってしぶい顔付きをしてぞんざいに言う。
「はあ。子供を二人かかえて戦災で焼き出され、村に帰って来てからも苦しい暮らしです。分けてもらえるので大助かりやと喜んどります」
 桐久保さんは鉄瓶の湯を注ぎお父にお茶を入れてやった。お父は茶をすすりながら、嬉しそうに、腰も落ち着かないように微笑んで
「旦那はん。はよ来ておくんなはれな」とせかす。
「皆に言うてくれ。皆の決めたことにわしは何も異存はない」
 「じゃ、お越しになっていただけませんので。そりゃ困ります」
 「こっちが困る。町村合併しても、垣内の山として残す手段(てだて)はいくらでもある。目先の金にくらんで先のことも思わぬような話に、わしはのれん」
 桐久保さんの声が大きくなり荒げてきた。
 その大声に奥さんが、台所から前掛けで手を拭きながら何事かと顔を出した。
「お父さん。垣内の人達で決まったこと、籤引きだけでも行ってあげなされば」
と、事情を察してとりなすように言うが、
 「目先の金を欲しがって、目がくらみよるような集会に行くのは嫌だ」と、
 桐久保さんは、奥さんのとりなしにも出かけ素振りはない。そして、用を足し終えて戻ってきた梶野先生に、あたるように
「お義理で組頭をよびだしに来よってからに。気分の悪い」と吐き出すように言い、
「ゲン直しにいっちょうやりまひょ」と、碁石を打つ真似をして長火鉢の横に囲碁盤を持ち出してきた。
 梶野先生は囲碁は強くはないが嫌いでもない。困ったようにつ立っている弘の父に
「お父さん、弘君は今、風呂をもらっていますから、集会が終り帰られるとき、もう一度此処へ寄って一緒に連れて帰ってやって下さい」と、頼んだ。

 風呂から上がり、上気した顔の安らいだ面持ちで隆と弘は、湯気の匂いを付け隆の部屋で過ごし始めた。
 「弘ちゃん。笑い木て知ってるか? 木にさわると笑うんやで。」
 勉強机の右隅の筆立に、七十糎ほどの木の小枝が立ててある。隆がその小枝を人差し指で弾く(はじく)と、木の枝は発条(ばね)しかけみたいに大きく長く振るえて振動が止まらない。まるで木が笑っているようだ。
 弘は息をひそめてそれに耳を近づけた。かすかに振動音が聞こえる。なにか小叱を行って喚いているように思え、ふとお母を思いだした。
 「これは怒り木や。怒っているんや。」
 と言いながら、振動のゆるんできた小枝を思い切り弾いてみた。「びいーん、びいーん」と二十秒ほど振動音を立て、左右に大きく揺れる。
 「隆さん、これなんの木や? 」
 「知らん、植物図鑑にものってへん」
 「どこで見つけたん?」
 「それは秘密や 」
 「教えてよ。赤い百合をやるから」
 「えっ、ほんまか! 」
 夏がくると、弘の家の前の雑草地に百合が咲き乱れる。淡紅の笹百合ではなく、また山百合よりも小さく夾竹桃のような真赤な色の百合だ。北海道の黒百合のような小さい百合で、その赤い百合は垣内の狭山の一角だけに咲き、里内では弘の家の雑草地だけに咲いていた。その赤い百合を村人は珍重して、百合が咲き出すと腰を折って弘の家に貰いに来る。日頃は他人に無視されている弘の家だが、この時だけはお愛想をうける。
「トッテンタケタカ」静かな山の風が、不如帰の鳴き声を運んで来る。
少し汗ばむ初夏の風が鳥の鳴き声と共に、弘一家に運んで来る小さな喜びの一時のそれは花だった。
 「ほんまにきっと呉れるやろな。指切りげんまんや」
 隆が小指を突出したが、弘はそれには手を出さず
 「先にこの木のある場所を教えてくれんと嫌や」
 と、指切りに応じようとしない。
 「誰にも教えるなよ」と、隆は念をおした。
 弘は「うん」と頷き、やっと隆の指に自分の指を絡ませた。
指切りが終ると隆は立ちあがり、机の引出しからノートを大事そうに出して来た。弘の前におもむろにひろげる。モウセンゴケ。テンダイウヤク。ヒトツシダ。ツルマンリョウ。フユアオイ。スズラン。ノートには珍しい植物を採集した場所が丁寧に記されていた。そしてその木は
 「氏神さまのご本殿の裏山を0.6粁、登ると窪地がある。そこに自生する自然文化財のツルマンリョウがある。その群落から、西へ十二米」と几帳面な字で書かれていた。
 隆が宝物のかくし場所を明かすように得意気に話し始める。目を輝かせて弘は聞いた。
 「オマケにテンダイウヤクもつけたるわ。これを食べると死なへんねんよ」
 ノートを指差しながら隆が言う。ノートには「テンダイウヤクは、秦の始皇帝の使者の除福が、日本に来て発見した不老不死の薬草と言われ、山芋の蔓に似ている蔓草。採集場所、氏神さまの山」と書かれていた。
 弘は、笑い木の場所を教えてもらい、珍しい蔓草までもらえて嬉しそうに
「このつる草を噛んでみたらどんな味がするんやろ」
 と、不老不死の薬草と伝わるテンダイウヤクの乾いた葉を、一片口にほうりこんだ。
 父が迎えにくるまでのあいだ、隆と弘は山に囲まれた垣内の子供らしく、自然の草木にかかわる話題で話が弾んでいた。(続く)

弘ちやんは生きている (1)     木村徳太郎

    
 焼酎を二合ほど一息に飲みほし、弘のお父うは夕飯も食べずに山仕事の作業着を着かえて
「どんな所が当るやろ。金が入ったら弘には自転車を買うてやるからな」と機嫌がよい。その機嫌のよい言葉に、これから垣内(かいと)の集会所に出かけようとしているお父うに弘も弾んで
「ほんまか!」
念を押すように聞きかえした。
「母ちゃんには着物。美代にはシロボンを買うてやるわ」
とまでお父うはつけ加える。
そばで聞いていた妹の美代が、
「シロボンとちゃう。シロホンというのや。父ちゃんはな〜も知らへんのやなぁ」
と憎まれ口をたたいてお父うの顔を見上げる。

 昭和三十二年。大阪で戦災にあい、知人を頼って平尾村に来て十年はたつ。山仕事の人夫をして生計をたてている弘のお父うは、ころがり込んできそうな金の胸算用に浮ついていた。
機嫌のよいお父うに、
「それよりも、借りてる金を早よ返すだんどりを考える方が、先でしゃろがな」と、夕餉にお父うが飲み干した焼酎のコップや、茶碗を片付けながら弘のお母(おっか)が刺のある声でいった。
「ああ。このさい、綺麗さっぱり全部返す。けど返してもまだ残るわ。まかせとけ」
お父うは、胸をぽんとたたいて、見得を張って笑いかえした。
「弘、お父さんの下駄を出したげ」
お母は弘に言葉をかけながら、土間の壁に掛けてある堤燈を降ろし、燃え残りの蝋燭をとりかえ燐寸(マッチ)の小箱も入れてお父うに手渡した。
 弘は下駄箱から外出向(よそゆき)の新しい桐下駄を出して土間に揃えた。
 新しい下駄で鼻緒が足になじまないのか、お父うは地面を二、三回コンコンと蹴って履き、垣内の集会所へ出かけて行った。

 お父うが出かけて、急に静かになったちゃぶ台で、弘は学校の宿題と復習を初めた。妹の美代は寝ころがって漫画本を見ている。お母は、内職の模造真珠の首飾りの玉通しをしている。
 外は風があるのか、入り口の戸板が鳴っていた。破れた節穴から遠慮気味に風が入ってくる。
「町村合併で思わぬ金が入って、えろう助かるわ」
誰にいうともなくお母が、真珠玉を糸に通しながらつぶやいた。
「お母、思わぬ金ってなんの金なんや」
聞くともなしに入ってきたつぶやきに、美代が漫画本をふせて聞いてきた。
「今度、村と町が一緒になるんや。それで共有林の垣内の山を町にとられんように、合併の前に垣内のみんなで分けるんや」
「山を分けたかって、お金は入らへんのと違うの?」
得心の行かぬふうに、美代がこまっしゃくれ気に聞きかえす。
「そりゃな。美代にはまだ判らんこっちゃ」
お母はぶっきらぼうに答えた。すると、
「そんなこと判らんへんのか。山を分けてもらって、それを売ったらお金になるやないか」
弘がノートから顔をあげ口出しをする。
「兄ちやんになんか聞いてへんわ。兄ちゃんはなんでも知っているんやな」
と、美代は弘に向ってにくまれ口をたたいてやり返した。
 学校の成績は下の方でも、級友からお人好しで好かれている弘だが、妹から「何でも知っているんやな」といわれると、皮肉をいわれたように思い反発を覚えて、
「なに〜〜っ」
持っていた鉛筆を投げる仕草をする。その仕草に
「お母さん」
と、美代は大仰に声をあげて、母のそばに身を寄せていき、逆に持っていた漫画本を弘に投げつけた。

 お父うがおれば喧嘩にはならないのだが、集会所に行っておらない。美代は母親だけの時はめっぽう気が強くなる。
漫画本を投げつけられた弘は、腹立たしくなって鉛筆を美代に投げかえした。
「弘! やめなさい」
糸通しの手を止めて真珠玉を仕事台に置きながら、お母は
「兄が、妹をいじめることがあるか」と、きつい顔を弘に向けた。
母の怒鳴り声で、弘はしぶしぶまたノートにむかって勉強を初めた。が、勉強をする気にはなれない。腹立たしさをまぎらわせるようにラジオのスイッチを入れた。
「もうすぐしたら<知恵のポスト>が始まる。それかけて」
ラジオ放送の、番組に流れてくる曲の違いに美代が口をとがらせていう。
いつもなら素直にダイヤルを合わせるのだが、妹の仕草で気持がおさまらず、弘は合わせようとしない。
「母ちゃん。知恵のポストかけてもろてよぉ」
美代は甘え声で、母に助けをもとめる。
「弘、かけたり!」
美代にかわって、お母がきつく叱責口調で言う。
「おれ知らん。かけて欲しかったら、お母がかけたらええやろ。」
 さきほどからの感情的なやりとりで、素直になれない弘はお母に憎まれ口を返した。
「なにっ! お母にさからう気か」
弘の口応えにお母は、半分糸通しを終えたガラスの模造真珠玉の首飾りを、ぽいっと仕事台に投げるように置いた。その拍子に半分糸通しの終わっていた首飾りの玉が抜けて、ばらばらと畳の上にこぼれ、ころがり散った。
 ころがったその真珠玉をみて心がたかぶったのだろうか、立ち上がったお母は、弘に近づくや平手で弘の頬を二度撲(ぶ)つと、
「母ちゃんのいうこと、なんで聞けへんのや。弘の本当のお母でないからか」と、
 憎々しげにはきだした。
 その言葉に、弘は一層反抗的になり
「美代のいうことばかり聞いて。おれはなにも悪いことしてへん。お父うにゆうて調べてもらう」
 机かわりのちゃぶ台を荒々しく離れ、走るように土間におり下駄を突っかけて父のいる集会所に行きかけた。
 「お父うがなんや。いいつけるんやったら、ゆうたらええ。酒ばかりに飲みよって、たまに金が入ると思うと、ええかっこうしよってからに。誰がお前なんどに自転車こうてくれるもんか」
 外に掛け駆け出そうとする弘をとめようともしないで、捨台詞を背にあびせた。
お母の恐しさと、お父うまでが悪く毒づかれ、弘は暗い外に一目散に飛びだした。
だが、村人が集まっている集会所にも行けない。夜になったいま、友達の家に行くのもはばかれる。
 美代は自分の子。僕が悪くないことでも本当の母じゃないからいつも叱る。それは継母に対する弘の思いだ。

 悲しさを、心の中でつぶやきながら村の氏神さまの前に来た。
参道の鳥居前の石段に腰をおろして、四歳の時に亡くなってしまった生みの母の顔を、星を眺めながら瞼に浮かべようとするが浮かんでこない。いまは恐い継母の顔が浮かぶだけだ。
 「今頃なにをしている」
突然声がした。
 石段に腰を降ろして沈んでいる弘を、通りかかった弘の担任の梶野先生が声をかけた。
「また、お母に叱られたのか」
「妹が僕に本をぶつけたのに、お母はおればかり叱るんや。それでここにきた」
普段の継母の行いをよく知っている梶野先生は、おざなりに慰めもいえない。
「弘。我慢するんや。一緒に家に帰ろう。」
 弘の肩に手をかけてうながす。
「お父は集会所に行っている。集会が終ったら一緒に帰るから、それまで此処で待ってる」
 氏神さまの参道の東側が学校。学校から東へ百米の処に集会所が有り、その向うは隣の垣内の高木村。
「弘もかわいそうじゃが、これだけはどうにもならぬ。お母がそんなに嫌いか?」「おれが悪くないのに、俺ばかりいつも叱りよるもん」
 勉強はあまり出来のよいほうでなく、性格は少し引っ込みじあんの気の弱い弘だ。声は小さいが怒りを含む声に聞こえた。
 「ここは寒いから、じゃ、先生と一緒に桐久保さん宅に行って集会が終るまで待ってよう」

 平尾垣内の中程に白壁の大きな屋敷の、同じ同級生の桐久保隆の家があり、弘をさそった。梶野先生は宿直の夜は桐久保さん宅にもらい風呂に行くのを習慣にしていたのだ。桐久保さんは、育友会長で垣内の組頭でもある。
 桐久保さんの歌舞伎門をくぐると、十数米の通りの敷石の左右には川岩が配され、玄関のつくばねは山から水が取り込まれ、清冽な音を立てていた。春日灯篭も置かれて優雅な庭になっている。
 梶野先生は弘をともなって、玄関の引戸をあけ土間に入ると仕切の暖簾を分けた。奥のほうから桐久保さんの奥さんが出てきた。
 「今晩は。風呂を頂きにきました」
 梶野先生が声をかける。
「先生。さあどうぞ、どうぞ。あら、弘っちゃんどうしたの」
 梶野先生の後ろにいる弘を見て、奥さんが不審気に聞く。
 「母親に腹をたて、集会が終る父親を待って一緒に帰るというものですから、それまでここに一緒に居させようと思い、連れてきました」
 常日頃の垣内の噂で、弘と母の不仲をよく知っているとみえて、桐久保さんの奥さんは、不審気が消えたとみえ、
 「隆。弘ちゃんが見えたよ」
 と、奥へ声をかけた。その声に
 隆でなく桐久保さんが姿を見せて、土間のあがりぶちの板敷きに置かれた長火鉢の前に坐った。
 「おや、今夜は集会に行かれなかったのですか」
 平尾区の垣内の山を分けるのに、組頭の桐久保さんが出席しないことに合点がいかない。梶野先生は不思議に思いたずねた。
 「私は不賛成だから行きませんよ。今日(きょうび)、金になることだったら、組頭のいうことなんか聞きよりまへん。垣内の衆が皆んなで決めよるでしょうが。」
 梶野先生に他人事のように答えると、弘に向かって、
 「弘坊、お父うは集会所か?お母もいかんがお父も悪い。飯も満足に食えんのに酒ばかり飲みよってなぁ」
 と、つぶやくようにいって梶野先生に座布団をすすめた。
 奥さんが台所の榾火を十能ですくって持ってくると長火鉢に移し、折りかえして鉄瓶と菓子器を持ってきて、菓子器に入っているあられをひとつまみ、弘の手に握らせ、梶野先生に風呂をすすめた。
 「隆君はどうしました。僕は後にして、隆君と弘君を一緒に入れてやって下さいませんか」
 それを聞くと、桐久保さんは
 「隆! 隆」
と奥へ声をかけた。
 出てきた隆をみて、弘はにんまりと微笑んだ。桐久保さんの指図で中庭の縁(えん)を通り、主屋から廊下伝いに離れた二坪ほどの風呂場へ、弘は隆のあとについた。
 鉄砲風呂。周囲はタイル張りで、水は井戸から電動モーターで配水され、カランをひねると水が出る。
 「あっ、湯がこぼれる」
 弘の家は、外の井戸から釣瓶で水を汲み、家のなかの五右衛門風呂まで運ぶ。洗場も人一人がやっとの狭さ。そして五日に一度の入浴だ。外の井戸から水を運ぶ苦労が身に滲(し)みている。
 湯槽からあふれる湯をみて、弘は驚きの声をあげた。あふれる湯が勿体ないと思ったからだ。弘の言葉がおかしくて、隆がけらけらと笑う。笑われた弘はきまり悪そうに湯槽に首までつかり、
「隆さん。お父さんは組頭やのになぜ集会所に行かへんの」
 と、聞く。
 「山を分けることに反対やから、行かへんのやろ」
 隆はこともなげに答える。
 「金がころがりこむ」と集会所に出向く時、どんと胸をたたいて自転車を買ってやると気前良くいっていた父。嬉しいことだと思うのに、弘は隆の父がどうして行かないのか判らない。湯槽から上がって、身体を洗っている隆の横に腰を降ろすと、
「山を分けたら、どうしてあかんのや」
得心のいかないことをたずねてみた。
「山を分けてしもうたら、垣内の者が柴(しば)も出来んようになる」とお父うさんはゆうてると隆がそれに答えた。「分けても山がある以上、柴は出来るのと違うの?」
石鹸をなすりつけた手拭いで体をこすりながら、再び弘は疑問を投げかけた。
 「そんなこと、知らんよ」
と、隆は答えるだけ。湯気の篭った風呂場に声が響いた。

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 ごあいさつ 

「風にのって花ひとひら」にお越しいただき、数々の応援、励ましを有難うございます。

「風にのって花ひとひら」 は 2006/5/5(金)に、小さな花一片がみなさまへ届く事を念じつつ開設をいたしました。
木村徳太郎(父)の
長編童話「弘ちゃんは生きている」(未完)を完結させる目的で始めたブログでした。そしてそこに、数々の出会いとご縁を頂き、輪が生まれ広がり、何かに導かれる思いで今日にいたっております。
 幾重にもお礼を申し上げます。


 子どもの頃「弘ちゃんは生きている」の一番の愛読者であった花ひとひらが、「終わり」を読みたいがために、続きを創作し皆さまの応援をうけ「弘ちゃんは生きている」をなんとか完結いたしました。そして、完結した時点ですっかりこれを脇に置いて、忘れておりました。


 今回、投稿したブログ記事の何篇かと徳太郎の詩を出版にむけ、紆余曲折をへてやっと印刷にゴーサインを出しました。


そして手元から原稿が離れたその日、花ひとひらのブログメールを開きました。
驚きました。爛漫の花びらに吹き上げられ、天上に飛び上げる驚きでした。
(ブログのメールアドレスは、迷惑メールばかりで埋まります。一か月に一度は、何千件と言う迷惑メールを消去し、受信メールを迷惑メールへ移動する煩わしさがあります。いつものように機械的に消去しようとした受信メールに「弘ちゃんは生きているによせて」というタイトルがありました。開くかどうか迷ったすえ、思い切って開けますと

「突然のメールをご容赦ください。偶然「弘ちゃんは生きている」という小説をインターネットで見つけました。おもしろく、感動的で一気に読ませていただきました」。で始まり「弘ちゃんは生きている」を見つけた経緯が詳しく書かれていました。そして「この物語がフィクションなのかノンフィクションなのかわかりませんが、あまりの偶然に驚いています」とありました。

ご本人様は「幼少のころからばあちゃん子で、祖母に連れられて年に数回桧牧に泊まりに行っていました。小学校の辺りやお宮さんの周りで遊んでいました。内牧川の浅いところで水遊びをしたり、山に入って山の湧き水を飲んだり、カブトムシを取りに行ったりしたことを、読みながら懐かしく思い出していました。」・・・

私は心臓が止まりそうになりました。この方がお聞になっておられるように、この物語には実在のモデルがおり、登場人物の名前も入れ替わってはいるものの、ほとんどが実在名であり(父はそのために、「村に世話になっていながら村の恥を曝す」と矢面にたち、村を去る一因にもなりました)

 小さい頃に国道の桧牧のバス停の辺りで、「子供が交通事故で亡くなった。田舎と言っても伊勢街道はトラックも多いから飛び出したらあかんよ」と、祖母に言われた記憶があります。また小説の中に出てくる言葉も、我が家で子供の頃から使っていた言葉で全く違和感がありませんでした。」

「花ひとひら様のお父様が、まったく想像の中で書かれたのか、ある程度の事実をモデルにして書かれたものか、私にはわかりませんが、水で苦労していたこと、地域の争いがあったこと、いろいろな職業の方がおられたことを改めて知りました。最後の最後、弘ちゃんがダンプカーに引かれて亡くなった場面はほんの数行でしか描写されていません。死というものが、いかにはかなく、あっけないものだということを感じさせられ、余計に涙がこぼれました。弘ちゃんの思い出が数百ページにもおよんでいるのに・・・」

 私の目に涙が浮かんできました。涙ぐみながらメールを拝見いたしました。

 メールをくださったその方は、ご自分のお母様の事やいろいろのことを話してくださっています。その真心が伝わってきます。
「花ひとひら様のお父様も、すばらしいものを残してくれたのですねえ。」 「故郷を持たない私にとって、桧牧は唯一の心の故郷であります。そこを舞台にした小説があり、子供のころに飲んだ湧水の話が出てきて・・・」

私はここまで読んでもう涙が頬を伝って行くのを止められませんでした。
 「父さん。やっと父さんの本をだすことができたからね」と、満開の桜に語りかけたその日に、こんなメールに出合ったのです。


「弘ちゃんは生きているは清書されてないぞ。あれ清書してくれんとあかんがな」


まるで父が時を持ってメールを寄越したのでしょうか。身震いが出ました。

 父は沢山の縁(えにし)を運び、大きな財産を残してくれたことを改めて感じました。そうです。私は一応曲がりなりにも「弘ちゃんは生きている」を完結しそれで終っていたのです。


「弘ちゃんは生きている」を創作する上で一番困ったことがありました。物語に重要な位置を持つ「野球」についてでした。私は野球の事を知らないのです。ところが
「私も小学校の頃から野球をおぼえ、大学まで野球で進学し、今でも草野球ばかりしている野球バカです。桧牧の血には野球に通じるものがあるのですかねえ〜」

父がこれだけの条件を私によこしたのではないでしょうか。


 物語の順番は新規が上に投稿されていきます。読んでいただくのになんと不便な事か。それにも関わらずこの方は読み通して下さったのですね。有難う御座います。


今一度、頑張って「弘ちゃんは生きている」を清書していきたいと思います。

 (メールの一部を掲載いたしましたことをお詫びいたしますと共に、なんとお礼を申し上げてよいのやら有難うございました)

もう一度「弘ちゃんは生きている」を完結させ、作品にしたいと思います。

ご愛読いただければ、木村徳太郎ともども感謝とお礼の気持でいっぱいです。
 花ひとひら拝

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