来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

九月の献立

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(ゴーヤの写生)
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「脳いきいきアート」風にゴーヤを描くことに挑戦してカリキュラムを考えました。
脳いきいきアートはモデルの中身を観察し、味わい、匂いを感じ、それにまつわる思い出を右脳に喚起します。熟したゴーヤの中に赤い種が入っています。それらに感じる色画用紙を5色用意し,その中から自分の感じるものを選んでもらいます。
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ゴーヤの形に囚われず毛糸を転がしていくように、ゴーヤの突起を楽しみ、線を途中で切らないで元の場所へ戻ります。
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出来た粒粒に感じる色を乗せ、そしていつものように構成していきましょう。
 
  夏のなごりのレシピ
今夏はあちらこちらで「ゴーヤスダレ」が目につきました。
我が家でも夫がゴーヤの苗を買ってきました。勤務しているデイサービスの施設でもプランタンにゴーヤを植えました。
節電対策もかね、暑さをやわらげようとあちらこちらでゴーやが植えられたようです。
台所へ入ってくる風が夏の名残を感じさせ、ゴーヤカーテンも役目を終え、ゴーヤの山が出来ました。台所にゴーヤが沢山差し入れられました。
勤務しているデイサービスは、民家型小規模通所施設というのでしょうか。田んぼと畑の中の民家です。いろんな採れたて野菜が近所の方のご好意で台所に溢れます。
利用者さんの昼食はスタッフが順番で調理します。部屋に煮物の匂いとまな板の「コトコト」の音が流れます。利用者さんも手伝って下さり食事準備が出来ます。
 盛夏のなごりの風をのせ、ゴーヤが山のように積まれゴーヤチャンプル、味噌汁、サラダ、ピクルス、佃煮、テンプラ・・・とゴーヤが食卓に溢れる日が続きます。
「なんか他に食べる方法ないやろか?」利用者さんとスタッフは少しゴーヤに飽きてきたのです。
そんな時Tさんが、「輪になってるからドーナツに出来ひんやろか」と言いました。
Tさんは認知症です。でもその発想に驚きです。Tさんはゴーヤの輪が「ドーナツ」に繋がったようです。
   そこで挑戦してみました。
 
   ゴーヤドーナツ
1)ゴーヤを5mm〜1cmの輪切りにする。
2)種と白いワタをスプーンで綺麗に取り去る。
3)軽く塩をふり、10分ほど置いてから洗い流す。(塩で揉まない)。
4)市販のホットケーキの素でドーナツ生地を作る(卵の買い置きがなく卵なしで粉を攪拌して揚げると、ドーナツではなくテンプラのようになりました。菓子作りに卵は必要なものだと、卵を買いに走りました
5)少ししんなりしたゴーヤを、ドロリとした生地のホットケーキミックスをたっぷりとつけ、表面がカリッとなるように低めの油でじっくりと揚げました。
6)ドーナツ型で型抜きしたような、リング型の可愛いドーナツが沢山出来ました。
7)上から粉砂糖をふりかけ、ベビードーナツの出来上がりです。
8)割ると綺麗な透き通った緑が現れます。
9)だれもこれがゴーヤだとは思いませんでした。
10)綺麗なドーナツやと大好評。
11)苦味もなく美味しく出来上がりました。(かすかに苦味を感じるという人もあり、味覚の感性を呼び覚ますことにも役立ちました)
12)簡単にとても美味しいドーナツが出来ました。Tさんの知恵に、いまさらのように感心させられました
 
      エッセイ     赤いゴーや 
ゴーヤが沢山、夏の名残のように積み上げてある。それを前にして話が盛り上がった。「昔はゴーヤなんてなかったなぁ」「緑のカーテンとかで最近植えられ始めた野菜や」「夏バテにええんや」「黄色の花が咲くんやで」「葉に触れただけでゴーヤの匂いがする」「へ〜〜?ゴーヤてどんな匂い」とか、通所介護の施設は老若男女で賑やかな輪だ。
 
私はおもむろに語りだした。
ゴーヤは決して最近、もてはやされ始めた野菜ではないのだ。
私は幼少時にゴーヤを観ている。絶対観ている!
 ゴーヤとは言わず「レイシ」「ニガウリ」と言われてはいたが、あれはゴーヤだった。黄色い花が揺れ側を通ると不思議な青臭い匂いがした。胡瓜にイボイボをつけたような実が重たげだった。大きくなりすぎた胡瓜が、夕焼け色になるように、それも赤くなっていた。そして中から夕焼けが落ちたような真っ赤な種がのぞいていた。
 
 昭和20年初期に過ごした奈良の八木町の家は「鰻の寝床」と言われ、入り口が狭く奥に長い長い造りだった。叔父が魚屋と果物屋をしていた。果物と野菜が並び、片方に魚が行儀良く並んでいた。それを横目にして奥へ進むと暖簾がかかっている。その暖簾の奥が生活の場になっていた。井戸や竈があった。小さな庭がありその奥に、はばかり(便所)があった。そしてその向こうに別棟があった。
店の大きな西瓜が井戸に浮いた夕方は、近所の人たちが集まる。昼は折りたたんで納められている床机(「バッタン」と呼んでいた)が広げられ、大人たちが四方山話を始め将棋をする。子供たちは大人が、大げさな仕草で聞かしてくれる怪談話を手を握り締め聞いたり、花火をして遊ぶ。蚊遣りの煙が細く昇っていた。
西瓜の種飛ばしをしながら、私はその恐い話を聞くのが好きだった。
しかし、話を聞いた後はお便所へ行くのが怖い。便所は店の一番奥にあり、庭には背の高いシュロの木がざわざわと鳴っていた。シュロの大きな葉の黒い影が「ザワワ」と動くと、もうそれは飛び上がるほど恐かった。
それだけではなかった。便所のむこうの闇の中に、シュロの葉影からチラチラと明かりが見えかくれするのだ。
別棟にお婆さんが一人、住んでいたのだ。皆が西瓜を食べるときも姿を見せない。見るのは便所に行ったときだけだった。大きな箒を持って黒っぽい服を着ていつも庭掃除をしていた。私は童話の中に出てくる魔法使いのお婆さんだと信じていた。大人たちが「あの人は本土の人と違う」と話していた。私には「本土」の意味が分からないので、違う世界に住む〝魔法使いのお婆さん〟だと思っていたのだ。
 ある時、家のものに内緒でそこを探検に行った。家の中を覗くと、綺麗な箪笥や鏡台があり、箪笥の上に西洋人形がガラスケースに入っていた。横には数人のこぼれるような笑顔の写真がのっていた。
庭に胡瓜のような不思議なものがぶら下がっていた。手を触れると不思議な匂いがした。店に並ぶ野菜にはないものだった。
 それは緑の葉を茂らせ、濃い緑や赤やオレンジ色の夕焼が落ちたように綺麗な実だった。私は不思議で何時までも見ていた。
そのとき、  
家の中から風のようにお婆さんが出てきて私を引っ張った。怖がる私に「美味しいよ」と揺れる実から赤いドロリとしたものを掬って渡してくれた。
私は魔法使いの食べ物だと思った。気持ち悪かったが好奇心でそれを口に入れた。優しいほんのりとした甘みで恐怖心は遠ざかっていった。
お婆さんに会ったのはそれっきりだ。居候していた叔父の八百屋から私たちは田舎に引っ越したのだ。
転居先の田舎で、あの不思議な植物を見る事はなかった。そして私はお婆さんのことを忘れていた。今度は野山の探検に急がしかったのだ。畑の中のかくれんぼで同じような黄色の花をみることはあったし、緑の葉がゴワゴワと当たるときもあったが、不思議な匂いを嗅ぐことはなかった。
 
 昭和47 515日。「沖縄本土復帰!」という新聞記事が目に止まった。私はそのとき初めて「本土」と言う言葉を知った。
そしてあのお婆さんを思い出した。あのときの青臭い匂いが新聞のインクの匂いと共に蘇った。 あのお婆さんは沖縄の人だったのだと気がついた。
 
 私は農園をしている知人に「ニガウリ(ゴーヤ)」を植えてもらった。畑にざわざわ揺れる緑の中に、太陽を丸ごと吸い取ったような朱色のものもあり、真っ赤なゼリー状に包まれた血糊のような種子が出来ていた。「これ食べれるで」と私は誘い二人で食べてみた。あの時と同じ優しい甘味が広がっていった。
あのお婆さんは本当に存在していたのだ。昔、庭先で揺れていた胡瓜のようなものは、きっと沖縄から大事に持って来られ、沖縄の夕焼けを思い、日本の夕焼けを吸って赤くなっていたゴーヤではないだろうか。
そしてあの種子が、今のゴーヤブームに広がっているのかもしれないと思うのだ。
 「子供のころから、絶対ゴーヤはあったよ」
風に揺れていたニガウリ(ゴーヤ)の記憶が消えさることはない。
終戦後のこと、沖縄のこと。消えかかる記憶の中に笑顔で映っていたお婆さんの家の人の写真も浮かんでくる。あのとき、お婆さんはどうして一人だったのだろう。
年齢からいくと、お婆さんはもういないだろう。でも私にゴーヤの思い出は残る。いろんなことが走馬灯のように走っていく。ゴーヤがほろ苦く走っていく。
 
*ゴーヤはニガウリ、錦茘枝(キンレイシ)、蔓茘枝(ツルレイシ)とも言われる
 
 ★★★★★★★★★★★★★★★★ 
 東大寺―戒壇院― 木村徳太郎
 
                日暮れて 築地
 
           齒朶 紅葉
 
           尾花は 枯れて
 
           ありました。
 
 
              昔 昔よ
 
              菩薩戒
 
              お受けなされた
 
              戒壇堂。
 
 
           いまは 侘しい
              
                  落葉 焚く
 
            堂爺が 一人
 
            綿絆天。
 
 
              入日地下り
 
                     砂利 小道
 
              鹿は 遠くで
 
              なきました。
 
 
 

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美代ちゃん なんなんなつめ 

「あの子はたあれ」細川雄太郎作詞・海沼実作曲
あの子は だぁれ だれでしょね
なんなん なつめの 花の下 お人形さんと 遊んでる
かわいい 美代ちゃんじゃ ないでしょか。
あの子はたぁれ だれでしょね
こんこん小やぶの 細道を 竹馬ごっこで遊んでる
隣の健ちゃんじゃないでしょか。


 この歌が大好きだ。美代ちゃんが大好き! 棗(なつめ)が大好き!
「なんなんなつめの・・・」と歌いながら、せっせと今年も棗の実をもぐ。艶やかな緑の葉に隠れて刺が刺さる。夏に咲いたクリーム色の小さい花と艶々の緑葉を食べ、そこから生まれたような淡緑色の小さい毛虫もいる。刺されると棗の刺より痛い。
でも私はこの棗採りが嬉しくてしかたがないのだ。
“美代ちゃん”を思い出す。健ちゃんを思い出す。実の中から幼いころの風が、吹いてくる。美代ちゃんは、隣の美代ちゃんであり、私であり、我が子の幼い姿であり、孫であり、それらが実の中に揺れているのだ。

 隣に美代ちゃんの家があり棗の木があった。「あの子はだぁれ」の歌はその美代ちゃんの歌だとばかり思っていた。間違ったままで覚えている歌がたくさんあるが、この歌もそうだった。「可愛い美代ちゃん」を2番と同じ「隣の美代ちゃん」と私は歌っていた。幼い私たちは木の下に茣蓙を敷き、ままごと遊びやお人形遊びをよくした。みんなふっくらほっぺの可愛い少女ばかりだった。歌に美代ちゃんだけが出てくるのが羨ましくもあった。

 結婚してふっくらほっぺの可愛い長女を授かった。祝いに棗の苗木を頂いた。(夫の職場に実家が植木屋さんという方が居り、節々の記念にいつも植木をプレゼントして下さった)私は可愛い長女に棗の木と美代ちゃんとが重なり、棗のプレゼントに大喜びをした。でも借家住いで苗木を植える場所がない。父の家に預けることにした。
父も棗の木を見て「良い木を貰らったね」と大喜びをしてくれた。
 
庭に一本(ひともと)なつめの木 弾丸あともいちじるく
  くずれ残れる民屋に いまぞ相見る二将軍


と乃木将軍の「水師営会見」の歌を父は歌ってくれた。私には、棗は「あの子はだぁれ」の世界の木であり、それが嬉しいのだが父には父の世界の棗の木が広がるようだった。しかし二人して棗の木に大喜びをし、「棗はゆかしい木だ」とますます私を嬉しがらせた。

滋賀県に引っ越し百坪余の庭を持った。私は一番に棗の木を父に返してもらった。「そうか、植え変えるか」と父は少し寂しそうだった。父は棗の木を我が家の大事な預かり物と言うだけでなく、乃木将軍の歌の木としても慈しんでいたのだろう。引き取るのが悪いような気もしたが、私の幼児時代のふっくらほっぺと、娘のふっくらほっぺが乗る棗の木だ。やはり我が家に移した。
そして棗は子供たちと共にすくすくと大きくなり(記念に頂いた木の中で松、栗、は枯れてしまった)歌のように、棗の下で茣蓙を引き長女と私は人形ごっこや、ままごとをした。時には訪ねてきた父もその下に座り込む。「棗は良い木だね〜」と言う。私も「良い木やぁな〜」と頷く。遊んでいる爺ちゃんと孫と娘だった。棗のピカピカの葉を照らして雲が微笑むように流れていた。

 数年して、棗に実がなった。私には“棗と言う木”それが私の心の襞を織るものであり、私の心の古里として「なんなんなつめ」が有ったので、実にはさほど興味はなかったし実がなることも知らなかった。
緑の艶々の実はすぐに茶褐色の皺々になり齧ると林檎のような味がした。鄙びた味がした。それはやっぱり「なんなんなつめ」の味がした。美代ちゃんは棗に実が成ることを知っていただろうか。田舎のことで、実の成る木を持つ家はたくさんあったが、棗の実の記憶は私に無かった。それは派手さのない懐にいだかれる安らぎのあるような、やっぱり「なんなんなつめ」の小さな実の味だった。
 夫と私は、それぞれが懐かしいと思う木を植えた。子供時代の憧れで、自分の庭に欲しかった実のなる木を二人でたくさん植えて行った。しかし、私たちが懐かしく思った柿も木通(あけび)も茱萸(ぐみ)も無花果(いちじく)も子供たちは食べたがらない。棗の実にはそっぽを向く。庭になる実は私たち夫婦の懐かしさだけが実っているのだった。
そして、どれもこれも鴉に盗られてしまう。そんななかでキウイと棗だけは鴉も突かない。キウイは毛ムジャラで美味しく見えないのかもしれない。棗は小さく餌の収穫としては効率が悪いのかもしれない。しかし、実の奥まで虫が食べ進んでいる。美味しく食べられないわけはないと思った。懐かしい“美代ちゃん”の木に実る実だ。たまにポケットにいれて齧る程度だけではもったいないと私は思った。
棗についていろいろ調べた。
 花は淡緑色で小さく目立たない。果実は2cmほどの卵型、熟すと赤黒くなり次第に乾燥して皺ができる。茶器にも「棗」があるが、これは形が棗に似るため。(うん。確かによく似ている)。そして棗の実は漢方薬として優れものと言うことだった。中でも目を惹いたのが「毎日3粒、棗を食べると年を取らない」とあったことだ。
こんな素敵な物を食べずに土に返すのはもったいない。「生り物は頂いてこそ冥加に良い。食べんとアカン」と近所のお爺さんに教わっている。
また棗は万葉集や古今集にも出てくる植物である。

 梨(なし)、棗(なつめ)、黍(きみ)に粟(あは)つぎ、延(は)ふ葛(くず)の、後(のち)も逢はむと、葵(あふひ)花咲く
(万葉集 作者不詳)

梨、棗と続くように、あなたに会いたい。葛のつるが別れてまたつながるように、またあなたに会いたい。あなたに逢う日は花咲くようにうれしい。
 玉掃 刈り来 鎌麿 室の樹と 棗が本と かき掃かむため
(万葉集 長意吉麿)

神聖な玉掃をつくる玉掃の草を鎌で刈り採って来い、そこにいる鎌麿よ。庭の室と棗の木の下を掃除をしたいから。

あぢきなし なげきなつめそ うき事に あひくる身をば すてぬものから
(古今集 藤原兵衛)


 古今集や万葉集にも出てくるということは、復元でなく万葉時代と同じ物を今、私は食べているのだ。万葉の時代の”美代ちゃん”も、棗を食べたのだろう。白緑の不思議な色を持つ実だ。形は少し異なるが「勾玉」のような思いを私に抱かせ、万葉の世界へ運んでいく。悠久の時を思う幸せな時である。

ホワイトリカーに漬け込む。干す。蒸す。漢方薬作りの真似ごとをする。いろいろと試行錯誤をしてみた。しかしどれも皮が堅く食べ難い。生で齧るのが一番美味しかった。
しかし、棗は私の”美代ちゃん”であり「美容に良い!」「毎日3粒、棗を食べると年を取らない」と言う。これを皺々にして捨てるわけにはいかなかった。
そして、ついに私流の食べ方を見つけたのだ。

 真っ青な空。陽射に少し汗ばむが、通り抜ける風が心地よい。金木犀が匂ってくる。私は上機嫌で「なんなんなつめの花の下〜」と歌いながら棗の実を収穫して行く。そして大鍋にたっぷりの水を張り火にかける。それだけである。浮き上がっていた棗が沈みだす。カルシュウム分が多いのだろうか。白い灰汁がでる。それを掬い取り、棗をゴロゴロ転がす。万葉の美代ちゃんが、昭和の美代ちゃんが、平成の美代ちゃんが転がっている。美代ちゃんが沸々はじけ始めると砂糖を加える。それだけである。だが、砂糖水を含んだ棗はぷっくりとして、口に含むと崩れ林檎ジャムを食べているようだ。皮は口に残るので、ジャムのようには行かないが、このとろける様な果肉と皮が絶妙なハーモニィーとなる。棗の実を容器に分けて冷凍室に保存する。水を多い目にして出来たシロップは、飲料として瓶に詰める。(あとで知ったのだが、中国にはデチュ茶(ナツメ茶)があるそうだ。それはきっとこのシロップを薄めて飲むのではないだろうか)甘味を含んで柔かくなった実は、堅い皮も気にならない。ヨーグルトに毎日「三粒」いれて食べる。「三粒食べていると年をとらない」。それはきっと不可能だろう。しかし棗を食べると私には、可愛い美代ちゃんがいっぱい寄って来るのだ。思い出は年をとらない。美容上は不可能でも、年をとらないと言うのは本当のようだ。それでいいのだ。

 歌も時代によって変化する。「あのこはだぁれ」の歌を知る人も少なくなった。

 
まいばん棗を一つずつ食べたので
まいばん棗が一つずつ減りました
もしも 棗が一つもなくなったら
わたしはなにをして
夜をすごせばよのでしょう
時計塔の下で一目惚れする恋もなく
泣く泣く別れを惜しむ 古里もなく
子犬もなく
まいばん棗は一つずつ減って
まいばん夜更けは一つずつ去って
わたしは最後に一つの棗を食べました

「棗のうた 岸田礼子作詞・木下 牧子作曲」

 現在はこの歌が合唱曲として多くの人に歌われている。
 しかし、私には棗がなくなることはない。一つずつ食べても、心にはいつも美代ちゃんが残っている。
ふっくらほっぺの孫にも棗のシロップ煮を送る。「水師営会見」の歌が好きだった父の墓前にも棗を供える。
 いつでも私には「なんなんなつめ」があるのだ。
「桃、栗3年、杏は4年、梨は5年、棗はその年、金になる」棗はダイヤモンドになった。
    
    棗熟れ歳月のせて唄も出て  


       ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
          ママゴト       木村徳太郎    

         ゴヨウイガ デキタ

          ヒナタノ ニハノ

         ハナムシロ。

        マネク オキャクハ

        ミンナ ナカヨシ 

         トナリグミ。
        
         オハヤク ハヤク
 
         カイランバンヲ

         マワシマセウ

       ___ケフハセックヨ 
     
         ソロッテ ゴチソウ
        
         アガリマセウ

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