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六月の献立

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六月の献立

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シガワリ(キヌサヤ)の花

ふるさと 献立 シガワリ寿司 

 意味が分からないまま歌っていた好きな歌がある

春になれば しがこも解けて/どじょっこだの ふなっこだの/夜が明けたと思うべな/夏になれば わらしこ泳ぎ/どじょっこだの ふなっこだの/おにこ来たなと思うべな/秋になれば この葉こ落ちて/どじょっこだの ふなっこだの/ふねこ来たなと思うべな/冬になれば しがこも張って/どじょっこだの ふなっこだの/天井こ張ったと思うべな/
子供時代を山村で過ごし、春には川土手を走り、夏には川遊びをし、秋にはトンボを追い、冬には手にアカギレをつくり駆け回ってこの歌をよく歌った。どれにも「こ」をつけ、みんな友達のように思える楽しい歌だった。
ところがこの歌の「しがこ」の意味を知ったのはつい最近なのだ。「しがこ」は「<雪>っこ」だとばかり思っていた。違ったのだ。 しがは「氷」だった。目から鱗だった。そしてもう一つ鱗が落ちた。「シガワリ」という言葉を教えられた。シガワリ?・・・・・ キヌサヤのことだった。
 キヌサヤは春の畑に一番最初に出てくる野菜。霜が降りる畑で、霜(氷、シガ)を割って芽を出すから、シガワリ(氷割り)というらしい。野菜の花はどれもこれも可愛いく美しい。なかでも私はキヌサヤの花が大好きだ。

 ランドセルをカタカタ言わせ、少し汗をかき、風が頬を通って行く。麦畑から雲雀が飛び出る。麦畑の黒い穂(黒穂病)を歯に塗り、顔に塗り、ふざけあって帰路に着く。ふざけが過ぎると私は泣いた。涙と黒い粉で汚れた顔が可笑しいと、皆は囃やして去って行く。そんなとき、キヌサヤやソラマメの花が揺れていた。濃い臙脂色と薄い色のツートンカラーの花が風の精のように揺れていた。優しかった。

 庭に畝を作った。実よりも(農作業初心者、収穫はあまり期待していなかった)懐かしい花を見たくてキヌサヤ、ソラマメを撒き、エンドウ、スナックエンドウも撒いた。
寒暖を繰り返す不安定な春、黒い土が盛り上がりキヌサヤが芽を出した。そんな時、偶然「シガワリ」の名前を知ったのだ。なんて良い名前なんだろう。エンドウ豆より絹のように薄く柔らかいのでキヌサヤと言うのだろうが、シガワリと言うと、春の喜びがより伝わってくるようだった。
「そんなに混みこみに植えては駄目だ」と、夫に注意されながらも種袋の中身を全部蒔いていた。
大豊作になった。まるで氷からジャンプして天に届くようなシガワリになった。シガワリの名前を教えてくれた友を思い浮かべ、酷寒の地の春を待つ人々を思った。
 朝露を踏み、臙脂色の花をかき分け瑞々しい緑を摘む。シガワリを収穫する毎日が続いた。一人前の農従業者になった気分だ。食べきれないほど毎日摘める。娘からは「竹の子を送って欲しい」と言われていたが、竹薮は造成され、竹の子は手に入らなくなっていた。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/48416682.html 代わりにシガワリの意味とシガワリ寿司のレシピを添えて送った。

 子供のとき祖母がよく作ってくれたキヌサヤ(シガワリ)寿司だ。里に春が広がり、菜の花も黄色く広がっていた。でも遠くの山にはまだ雪が残っていた。あれは今思うと、厳しい冬を越しシガワリに喜びを感じるころだったのだ。そしてその寿司の彩合いはそんな季節の風情を写していた。贅沢な寿司ではなかった。炒り卵と、食紅の色濃い魚のほぐし身、茹でた色鮮やかな緑のキヌサヤ、それを重ねて押しただけの寿司だったが、切り口がお雛祭りの菱餅のようだった。贅沢な食卓ではなかったが、手に入るものでいろいろ工夫をして、私たちの喜ぶ顔を祖母は楽しんでいたのだろう。
 だんだん祖母に似てきたように思う。祖母がやっていたことが懐かしく、そして同じことをしたくなる。エンドウ豆の皮も食べていたなぁ〜。皮の裏のセルロースのような硬いところを剥がし、実と一緒に煮ていた。捨てるところはなかった。

 丁度、帰国していた息子にシガワリ寿司と、エンドウ豆ご飯を食べさせたかった。「明日はエンドウ豆収穫!」エンドウ豆の膨らみが楽しみだった。「皮は祖母ちゃんのように卵とじにしよう」・・・・
ところがだ、鴉が実をついばみ鞘だけを残していた。ムクドリに若芽を食べられるので網は掛けていたが、支柱をし、蔓に添え木をするときに網は取り払っていた。シガワリとスナックエンドウに被害はないのに、どうしてエンドウ豆だけは啄ばむのか。不思議さと腹立たしさに私は地団太を踏んだ。
 鴉は体験から脳をどんどん発達させる知能の高い鳥らしい。柿も枇杷も桃も私は捕られっぱなしだ。
鴉からみると(体験から見ると)「ここの庭は捕り放題。ノロマなオバハンの管理」と映っているのだろうか。
しかし負けない。出来たものを捕る生き方でなく、作り出す生き方、鴉にまだそれは出来ないだろう。
食べ物(生きる糧)に思い出や、情愛を載せ、感謝して、また素晴らしい言葉を紡ぎだせることは人の素晴らしさだ。それが人にはある。
氷を割って(苦悩を割って)芽を出す(シガワリ)の力が人にはある。シガワリの名前を教えてくれた東北の友よ。負けないで・・・

私も負けないで次は夏野菜に挑戦だ。昨年は茄子の中身をくり貫かれた。私も烏に負けない知恵を重ねて行こう。(シガワリ)の言葉に、花(命)に、元気をもらおう。 


シガワリの重ね寿司
(材料)
寿司飯。入り卵。鯛デンプ

(作り方)
1) シガワリを茹で、斜め細切りにして、塩、酒と共に色よく炒り煮にしておく。
2) 炒りたまごを作る。(味醂、酒で味をつける) 
3) 鯛の身を解し、食紅で色をつけ、砂糖を加えデンプを作る。
4) 押し寿司にする。
(寿司飯、シガワリ、飯、入り卵、飯。デンプ。飯。を重ねしっかり押す)。
シガワリと卵の愛称がとても良いです。素朴で懐かしい甘さ、ふるさとの味がふわ〜〜と
口に広がるような、そして切口がとても綺麗なお寿司です

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
        雨の日のチャイム     木村徳太郎    
       
           雨の日よ
           チャイムが鳴った。

           「ハイ、どなた」
           返事がなくて
           誰もいない。

           不思議だな

           母さん言った
           「ハイ、僕よ」
           雨が悪戯していくんだと。

           雨の日は 
           雨の子供が     
           「入れてよと」
           チャイムのすきま
           とおってくるよ。 

六月の歌(淡竹)

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ハチク 献立 
 曇り空の野原からはいろんな匂いがしてくる。梅雨空の湿った空気は、匂いを鋭敏に運んで来るのだろうか。クリーム色の房を揺らして栗の花が匂う。梔子の花の匂い。スイカズラの甘い匂い。
 滋雨をたっぷりと含み重たげな木々を渡ってくる風は、雨の匂いでむせかえる。
この匂いに私は筍の匂いを重ねる。少しえぐみを持ちほのかに甘い匂い。夏を迎える野原の匂いだ。
 孟宗竹の季節が終り、梅雨になると小振りの筍が出始める。ハチクだ。竹薮にゴミが捨てられている。そのゴミのバケツやマットを突き破って筍が天をつく。私は「破竹の勢い」とはこのことを言うのだとばかり思っていた。しかし、「破竹」とは関係がなく、細く縦に割きやすい性質のある竹は、茶筅の材料や簾の材料等に使われるハチクで「淡竹」である。
 その淡竹が小高い丘の住宅地を囲むように群生していた。
梅雨の切れ目は夏の朝陽を誘う。子供たちが蒸せかえる暑さと、蒸せる筍の匂いを背負い一日に1メートルは伸びる細い筍を刀代わりにチャンバラごっこをしながら登校して行く。肩に揺れるランドセルに筍が打ち込まれると、えぐみのある甘い匂いが飛び散る。「遊んでないで早く学校に行かないと駄目よ」と声を掛けたいが、季節に触れられる環境の中で育つ子らが微笑ましく、私はそのまま見送り腕まくりをして竹薮へ急ぐ。
 竹薮は薄暗く、ヤブツバキが艶やかな葉の間から青い小さい実を光らせている。笹の腐葉土にドクダミの花が砕ける波しぶきのようにちっている 。鶯の鳴き声が聞こえる。雪解けの頃、竹薮から笹鳴きが聞こえていた。此処で生まれ育った鶯だろうか。重なり合う笹の葉擦れは静寂さを響かせる。僅かに入り込んで来る陽光に反射した竹が、黄金色に輝いている。ふと「かぐや姫」を思ったりもする。
 「蕨採り」の感覚で「筍採り」と、ポキポキとハチクを折り手提げ袋に放り込んでいく。放り込みながら「今日はどんな筍料理にしょうか」「早く茹でなくっては」「誰と誰に送ろう」「送る箱を手配をしなければ」と思うことが多い。太陽が高く昇るのと競争して心が逸る。ふと横を見ると夫が丁寧にハチクを掘り起している。「孟宗竹でもあるまいし、ハチクは掘らずに採るもの」と思うが、夫は「筍は筍<採り>ではなく、筍<堀り>だ」と反論し、掘り起こした穴を一つ一つ丁寧に埋めている。竹の根を労う配慮らしい。一本でも多く、速く採り集めることに気が急ぐ私はそんな行動に苛立ってもくるが、こういう人も必要かと思う。声高に「環境だ」「自然を守る」とは言わないが、行動に「土」を愛し「竹」を愛し、「与えられた自然の恩恵」に感謝しているように感じられる。ごく普通に、ごく自然体に、ごく当たり前に「自然」を大切にしている姿に感心する。
 庭にブロックを積んで簡単な炉を作り、大鍋に湯をかけ大量のハチクの皮をむく。、筍の匂いが充満する。朝の匂いと少しえぐみを持った甘い匂いが一面に広がっていく。子供の頃、筍の皮剥きや豆の鞘剥きは子供の仕事だった。剥いた竹の皮に麻紐をつけ履物にして遊んだ。皮に梅干を包んでもらいお八つにもなった。一枚一枚と皮が剥ぎ取られていく様に「筍生活」と言う言葉も教わった。遠い昔が匂いに乗ってくる。
 淡竹の時期を「筍外交」と呼び、知人に子供にとハチクを送る。箱詰めにする。箱に収まり易いように向きを、あちらこちらに変え入れたり出したりしていると、最初箱に収まっていたはずの長さが入らなくなったりもする。根も水も断たれた僅かな時間にでも伸びているのだ。
勤め先へも旅行鞄に詰めて持って行く。近所の誰彼にも届ける。友達に会う時には必ずハチクが手土産になった。
竹薮は筍だけでなく、驚くようなビッグな贈り物も私にくれた。
 絵のサークル仲間に、細竹と生染の絹糸でイヤリングを作っている人があった。私がこの竹薮のことを話すと、細い枝が欲しいと我家を尋ねて来、クリーム色の絹糸を玉にして揺れるイヤリングを作ってくれた。後でこの方は人間国宝、黒田辰秋さんの奥様で、玉にした糸は、志村ふくみさんの所から出たあまり糸だと知ったときは、驚きと興奮で竹薮に何度も御辞儀をした。
 そんな有り難い淡竹の群生に、他府県ナンバーの車が列を作るようになり、業者と思える人たちがトラックを乗りつけ、ハチクを採りに来るようになった。勿論それは「筍堀」ではなく、乱暴に刈り集められ踏み荒らされて行った。竹の皮だけが行儀悪く捨てられゴミと一緒に梅雨の雨に朽ちていた。
そして竹薮はだんだんと狭くなって行き、家が建ち始めた。とうとう竹薮は今年なくなった。住宅を囲んでいた南斜面の竹薮は家で埋まり、私は地すべりの心配をしている。
 ハチクを食べない事には旬を口にする喜びと元気が感じられず、梅雨空がどんよりと曇ったままで晴れない気分だ。淡竹の薮を持つ近所の神社に、ハチクをいただきに行った。宮司さんの奥様が言われる。昔は筍が知らない間に掘られ朝の竹薮は、あちこちに穴があいていた。それがいつからか盗られなくなった。朝掘りの筍を食べるのでなく、店頭に並ぶ水煮の筍を食べるようになったせいではないかと言う。変わって猪が堀りおこしに来るらしい。竹薮にも時代の推移があるのだろうか。
梅雨の時期にはよく店頭でハチクを見かけたものだが、最近はあまり見ない。人は、旬の代表のような筍(草冠に旬だ)を食べなくなったのだろうか。
 梅雨の匂いに、はるか遠くを重ねて歩く。「タケノコ盗るな、管理人」の札と共に、竹皮のひっかかった新竹が、雨に打たれ頭を下げている。私には植物学的な事は分からないが、採られない筍が竹になり生い茂り、光の入らない竹薮が増えているようにも思う。
 もはや「筍外交」は遠くになってしまった。雨の匂いに複雑な思いを乗せて歩く。「筍生活」とは、一枚一枚と剥ぎ取れれていく歴史だったのかもしれない。


タケノコ・パン
(材料)
強力粉 400g、ドライイースト 7g、砂糖 20g、塩 7g  
 水 240cc、卵 1個  バター20g 木の芽味噌
(作り方)
 1) 砂糖、塩を半量の水でよく溶かし、強力粉を入れ卵と残りの水を加えよく混ぜる。
 2) 粉と水がなじんできたら、イーストを振り入れ生地をまとめる。粉が一塊になってきたら 台の上に出し、叩きつけ捏ねる。滑らかになるとバターを塗り込みまた混ぜ、さらに滑らかになるまで捏ねる。台の上に叩きつけ、また捏ねパン生地を作る。
 3)その生地に小さい賽の目に切り薄味をつけた筍を加え、捏ねて乾燥しないように布巾を掛けて発酵させる。
 4)食パン型にオイルを塗りこの生地を入れ、再び発酵をさせてオーブンで10分ほど焼く。
 5)いったんオーブンから出し、別につくった「木の芽味噌」を塗る。
 6)もう一度、180度のオーブンにいれ再び焼く。味噌に少し焦げ目がついたら出来上がり。筍のシャキシャキ感が味わえる「オリジナルの筍パン」だ。

   (木の芽味噌の作り方)
 山椒の芽(葉)を細かく刻み、すり鉢で軽く擦り酒を煮きり、砂糖を入れ煮詰め、味噌を入れ味醂を入れて照りを出す。(この木の芽味噌は一年分作っておき冷凍しておくと重宝である)


*淡竹の採りたてはエグミもなく、そのままで食べられる。皮ごと焼いて薄く切り山葵醤油で食べる。かなり「竹」になったものでも食べられる。油炒め。天婦羅。筑前煮。サラダ。混ぜご飯。散らし寿司にと美味しい季節の贈り物だ。極め付きは、一旦冷凍し繊維に添って切り、味を濃い目にして保存しておくと、メンマの代用になる。茹でて糠床に一晩入れた筍の漬物もなかなか乙なものである。


 竹薮が群生していた時は、こうして我が家の副食代の浮く時期でもあった。「筍生活」とは、時代の変容か、それとも我が家の副食代のことだったのだろうか。

   解く荷の笑顔思いて筍伸びる

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