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のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

十二月の献立

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十二月の献立

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冬本番。吹雪の中赤いさざんか(シシガシラ)の灯りが点ります。
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今年も柚子や花梨がたくさん収穫できました。さぁ〜ストーブの出番です。
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柚子ジャム、花梨ジャム、花梨シロップ。柚子の絞り汁。煎り玄米。
         十二月の献立 (玄米スープ) 
 囲炉裏火と〜ろと〜ろ 
 
 作詞作曲者・不明の、「「冬の夜」という歌がある。私はこの歌が大好きだ。  
     ともし火ちかく衣縫う母は
     春の遊びの楽しさ語る
     居並ぶ子どもは
     指を折りつつ 
     日数かぞえて喜び勇む
      囲炉裏火はとろとろ
     外は吹雪
 
子供時代、寒風に頬を真っ赤にして帰ると、練炭火鉢に煮豆の鍋がかけられていた。大根がコトコト煮えていた。鉄瓶のお湯が「しゅんしゅん」なっていた。湯気が温かく迎えてくれた。
紐で繋ないだ手袋をもどかしげにはずし火鉢に駆け寄る。湯気と針仕事をしている祖母の手先眺める。湯気と祖母の運針のリズムがなんとも心地よかった。祖母が「よっこらしょ」と立ち、鉄瓶のかわりに金網を架けてかき餅を焼いくれた。濡れた手袋を乾かしてくれた。「春はまだ先やから大事にはめや」と言う。祖母が編んでくれた接ぎ接ぎ毛糸の手袋だった。そんなことが思い出される。温かく温かく思い出される。練炭火鉢の湯気がどうも私の中にDNAとして組み込まれているようだ。
 
囲炉裏はないが、十二月はストーブで「とろとろ外は吹雪」と歌いながら煮込む料理が多くなる。
まず柚子仕事が始まるhttp://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/45759022.html
田楽の大根を煮込む。さつまいもを乗せて焼き芋だ。
と〜ろと〜ろ煮える音がする。匂いが広がる。幸せな気分になってくる。
とろとろ外は吹雪〜。
この感覚がどうしょうもなく懐かしくほっこりする。歌のように、春の楽しさ春の匂いが広がっていくのだ。
 煮炊きのできるストーブしか使わない。エアコンやフアンヒターもあるが来客時しか使わない。湯気が私の暖房なのだ。 
ストーブに乗せて焙烙で玄米をいる。これもストーブでやる。ころあいの弱火は焦がすこともない。一回づつやるのは面倒なので玄米五合を一度に炒る。プチプチ弾ける。それをストックしておく。これをスープにするのだ。名づけて「命のスープ」
 
    命のスープ(玄米スープ)
材料   玄米1カップ
 
     昆布(肉厚の出し昆布) 5センチ角5
 
     梅干 2
 
     水15カップ
 
1)        玄米を洗って笊に上げ6時間置き水分を吸わせる。
2)        玄米を厚手の焙烙でゆっくり静かに炒る。
3)       ピチピチ 玄米が爆ぜ膨らみ始めたら、より静かに動かし小麦色になるまで炒る。(多い目に炒って作り置きをしておく)
4)        炒った玄米1カップ、梅干、昆布、水を土鍋に入れ、ストーブでコトコト煮込む。
5)        煮込んだ上澄みのスープをホーロのヤカンに入れておき、
6)        そのつど温めて飲む。何倍でも美味しく飲める(この分量でたっぷりカップ5杯は飲める)
 
優しい梅干の塩味と昆布だしが効き、玄米の香ばしい匂いが嬉しい。なんだか懐かしい気持ちになるスープだ。体の隅々まで温かくなる。
一日に何回かのコーヒータイムは玄米スープに変わる。
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クラッカーにたっぷり、手作り柚子ジャムと花梨ジャムを乗せ玄米スープで休憩。
 
 優しい飲み物で健康にも良い。命のスープと言われ体の隅々まで栄養と力がいきわたる気がする。体の細胞がプチプチと弾けていくようだ。そして優しい思い出もプチプチ弾けていくのが嬉しい。
 
ストーブがあればこそだ。ストーブにかけておくと香ばしい匂いが漂い、どんなに寒い冬も体の中で春のお喋りが聞こえてくる。
明日は冬至、寒さはこれからが本番。しかし日脚が伸びていく。なんだか冬至は嬉しい。柚子をたっぷり入れて湯温まりだ。そしてストーブでいろんな根菜をカボチャと一緒に炊く。雪が降っても強い味方の煮炊きのストーブに感謝だ。
 
  ストーブに乗せる鍋は土鍋が良い。和食の起源は縄文時代にさかのぼる。
日本は16千年も前に土器が現れその後「焼き物文化」が発達した。土器の発明は料理の世界を大きく変えた。長くゆっくり煮込むことで柔らかく消化しやすく、栄養も逃がさない。食材を混ぜコトコト煮ることで複雑な味もかもし出す。土器を知らず直火で調理をした文化圏とは大きな違いがある。大昔から、土器でいろんなものをコトコト煮たことを想像すると、あの練炭火鉢も、そしていま私がコトコト煮るのも、細胞に向きあっていることなのかもしれない。なんだか懐かしいこの料理法は当然なのかもしれない。
 
冬至がすめばお正月、やはりとろ火の出番。柚子仕事が終われば次は黒豆を炊く。芋ぼうも
煮しめも、寒さに比例して冬の楽しみが増加。ありがとう。ストーブさん。

十二月の献立

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十二月の献立 湯気匂い
  十二月は白い湯気と匂いがご馳走だ。
子供のころ、練炭火鉢に鉄瓶がかかっていた。歌う湯気の揺らぎは風邪引きを吹き飛ばした。シュルシュルとのぼる湯気は今の加湿器の役目だったのだろう。手を炙りながら火鉢で焼く蜜柑も風邪引きを追いはらった。練炭火鉢で干し芋をあぶり、餅やかき餅を焼いた。
 外は木枯し。外は雪。そんなもの少しも恐くはなかった。鼻水をすすり霜焼けを作りながら、ほっぺを真赤にして遊んだ。遊び疲れて帰ると、火鉢に煮物がよい匂いをさせ湯気をあげていた。まだ幸せなどという言葉を知らなかったけれど、あれは正しく幸せの湯気と匂いだった。 
 父がスルメを焼く。匂いが広がる。火鉢の湯がお酒を温める。火鉢に乗せた大鍋に水菜と鯨が煮えていた。湯気の向こうに家族が笑っていた。

 長女が十二月に産まれた。湯が湧かせるからと夫が練炭火鉢型のストーブを買って来た。隙間風や雪が舞い込むような家だったが、紙おむつなどはまだなく、絶えず湯のある事はどれだけ贅沢なことだったか。
子供たちが大きくなるに連れ、練炭火鉢型のストーブにフライパンが乗り、お好み焼きやホットケーキを焼き、ビーフシチューやポトフの鍋が乗った。
ストーブに乗るものは変わっていったが、のぼる湯気は昔のままの幸せの湯気だった。古くなった練炭型ストーブの中に石をつめ、臼を載せて餅つきをした。新品のストーブの方で餅米を蒸す。湯気は、もち米の匂い、小豆の匂い、子供たちの匂い、杵を振り下ろす夫の匂いと沢山の歓声の匂いをのぼらせ、そして次世代を引き継いだ。
 あれからストーブは何代目になるだろうか。エアコン、ファンヒーター、電気ストーブもあるが、私は変わらずストーブから湯気をのぼらせている。子供の頃の思い出と、我が家の半世紀余りの歩みが、湯気となり煮えて行くのだ。
 十二月、湯気が献立になる。
サツマイモをのせる。濡らした和紙に包みその上をアルミ箔で覆う。のぼる湯気は、最上の石焼き芋屋の匂いに変わっていく。ギンナンに割れ目を入れアルミ箔で包んで乗せる。独特な匂いがし小気味よい音がすると、透明の緑色が現れる。美しいエメラルドの宝石のようだ。ムカゴも乗せる。湯気が出始めると塩を少し振る。なんだか居酒屋のようになる。私の十二月のお腹は野山、里の自然物で一杯になる。
 おせちの黒豆や煮しめをのせる。昔は家族一人一人に小型の重詰めをつくり、正月はそれを自分のペースで食べ、私は炊事から解放された。私の手作り重詰を夫が毎年写真に収めてくれた。写真にはストーブから昇る湯気と匂いも写っているように見えた。しかし、子供たちが大きくなると、元旦から外出をする事が多くなり手作り重詰めは残りだした。そして、今はネットでおせちを注文する。でも黒豆と煮しめだけはストーブに乗り湯気と匂いを広げている。
柚子ジャムを作る。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/45759022.html
花梨ジャムを作る。http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49599351.html
そして今年は前代未聞? をストーブで作った。ハヤトウリの飴だ。
 ハヤトウリは熱帯アメリカ原産のウリ科の植物で、失敗無く収穫が出来るから毎年植えている。瓜は夏が旬だが十月ころが収穫期で、1本に20個近くもの実がなる。漬物やサラダに利用することが多いのだが、私は炒める。ジャガイモを炒めたような食感でなかなか味わい深い。ときどき妙な物(夫の言い分)を作るのが好きだ。例えば、パン生地に味をつけたタケノコを混ぜ込み、木の芽味噌を塗って知人に季節をお裾分けしたりする。ハヤトウリの炒める調理法も私の独創だ。
 そのハヤトウリが、今年は70〜80個もの実をつけた。しかし、なかなか大きくならず、例年なら晩秋には皮が硬くなり包丁目が入りにくいほど硬く大きくなるのに、少しも大きくならなかった。大きくなったのは10個ばかりで後は小指や親指の先ほどで、霜を迎えてしまった。熱帯産で霜や雪にあたると凍てて腐ってしまう。腐らせるのも勿体無いし、あまりに可愛い実なので採り集めた。可愛い赤ちゃん実だが、ちゃんとハヤトウリの形をしている。ドロップ(しずく)飴を思い出した。
飴に出来ないかと思った。一口サイズの可愛い飴が出来ないだろうか。
 早速ストーブに乗せシロップ煮にした。キャラメルソースをつくり、1個づつ絡めて寒風にさらす。
飴つくり成功!。 ハヤトウリの飴とは、誰も賞味したことのない前代未聞の味ではないだろうか。
ストーブから上る湯気が私にまた楽しみをくれた。
 しかし、近年は焼き芋に始まり、なんだか私のお八つばかりが出来上がっているようにも思える。
でも湯気の向うに幼い日の私、子供たちいろんなことが揺れていき、楽しい献立が揺れて行く。今は孫という献立も加わりますます湯気は、濃厚に美味しさを増していく。

歳の市   木村徳太郎  
 
       季節がネジをしめるから 

       街には風がなってゐた

       市場帰りのお籠には

       嬉しい新春(はる)がひそんでた

       季節が日脚をせかすから 

       街はせわしくうごいてた。 

 

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豊作手仕事 
 今年は実なりものが豊作だった。なかでもカリンは、枝がしなるほどに実をつけた。
「柚子仕事」は、例年の私の楽しみだが (http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/45759022.html)そこにカリンの楽しみも加わった。
カリンはバラ科 ボケ属 の植物で、1千年以上も前に渡来しギリシャ語の 「chaino(開ける)+ melon(リンゴ)」が 語源らしい 。春にはピンク色の、野バラやリンゴの花に似た可憐な花が咲き、秋には黄金色の実が芳香を広げる。俳句では榠樝(くわりん)と詠まれ秋の季語である。のど薬を始めとし、たくさんの効用をもつ優れもので、中国では「杏一益、梨二益、カリン百益」とも言わる。しかし、その実は固く酸味が強いのでそのままでは 食べられず、ハチミツ漬けや、 果実酒、ジャムなどに用いられる。
 さらに新緑、紅葉が美しい。家庭果樹として最適の木であり「金は貸すが借りない」の語呂合わせから、庭の表にカリンを植え、裏にカシの木を植えると良いらしい。偶然、我が家には表にカリンが2本、裏にカシが1本ある。お金に関しては、貸しも借りもしないのが主義であるが、皆に豊作を喜んでもらいたい主義もあり、あちらこちらへと実成り物を配る。しかしカリンは、堅い実のため不人気であまり貰い手がない。私はそれがとても不満だ。
こんなに素敵な、黄金の塊のような実を、どうして無視してやり過ごすことができようか。
 梶井基次郎に「檸檬」と言う作品がある。「得体の知れない不吉な塊りが私の心を終始圧えつけていた」で始まる短編小説だ。作者は「京都で檸檬を買い、それを肺尖で熱くなっている手や頬にあて、香りに鼻をくっつけ檸檬の重さにふと気がつく。そしてこの重さこそが、つねづね自分が尋ねあぐんでいたものだ」と言う実感を持つのだ。そしてあの有名な場面、「画集の棚の前で画本を次々に引き出し、ちょっと眺めては積み上げその積み上げた画本を元に戻す気力もなく、その上に一個の檸檬を置き『丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けてきた奇怪な悪魔が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなに面白いだろう』」と流れていく。
 私は思う。
この作品が、檸檬で無く榠樝だったらどうだろう。美術書に乗せられているのは檸檬で無く榠樝の実だったらと、その光景を想像する。作品は「重い塊り」と「檸檬」が寓意されているのだが、榠樝は檸檬よりもっと重い。また草稿では、「色の配合を考へながら雑然と積み重ねた。そして今まで手に持ってゐたレモンをその上にのせた。その黄色の固りは雑多な色の諧調をひつそりと一つにまとめ、その頂点に位置してゐた。私はそれにこの上ない満足を感じた」とあり、さらに次のような草稿が続く。「埃りの多い騒然とした書店の中にそのレモンのあたりの空気のみは変に緊張して、レモンはその中心に冴かに澄み渡ってゐるのである。私はこれでよしと思つた」と……。
 榠樝の実は堅く金塊のような輝きを放つ。芳香も檸檬どころではない。榠樝は私には檸檬よりロマンを誘う実なのだ。美術書の上に榠樝を一つ置いてみようか……。
いやいや、私は美術書ではなく部屋部屋に榠樝を置いて行く。檸檬より深い透明な黄色を持ち、蜜を少し浮き出したような肌はしっとりとして、包み込んだ手の平から黄金の光りを零して行く。口づけをしたくなる魅力がある。

 長男の誕生時、長女に関わる時間が少なくなることを懸念して、長女を三歳で幼稚園に入れた。第二次ベビーブームと言われ、入園希望者も多く願書受付に徹夜で並び、まず抽選で選別され定員数に入れるかどうかを心配する時代だった。
希望通り入園できた彼女は大喜びで通園した。が、園にも慣れ楽しみが増して行く一学期の終わりに、引越しをすることになってしまったのだ。
園児達とお別れの日の、長女の抵抗は凄かった。別れるのが嫌だと、手がつけられないほどに泣きわめく。運動場を転げ回り帰宅を拒否する。大の字に寝て手足をばたつかせ泣く。お迎えのお母さんと園児たちも最初は同情の目で見ていても、あまりの泣き叫ぶ姿にあきれて一人二人と帰って行く。
私がいくらなだめても駄目だった。園庭に彼女と私だけが残こされた。彼女は生まれたばかりの長男にも、しっかりと姉振りを発揮してくれるとても利発で聞き分けのよい子だった。しかしその時の嘆き暴れる姿にはお手上げだった。
 私も何度となく転校をし友達と別れる寂しさは体験していた。子供の心に「別れ」は辛いものだ。私もきかん気で全身で泣きわめき、よく祖母や父を困らせたらしい。彼女を見ていると私の子供時代が浮ぶ。辛さ悲しさを小さい体の全てで訴えているのだ。
 困り果てている私に「お持ち帰り下さい」と書かれた木板と小さい苗が目に入った。園長先生はお花の大好きな方で、園庭の植物の世話をよくされていた。そして増えた苗をいつもダンボールに入れて希望者に分けておられた。「花梨(かりん)」の名札と二葉の小さい苗があった。借家住いで庭を持たない。いつもは目も止めなかったのだが、引越し先には庭がある。私は娘を抱き上げ、ダンボールの苗を見せた。「貰ろて帰ろうか?」と抱きしめる。娘が頷いた。「幾つ貰う?」「2つ!」
そのときの二葉の苗が、今、我が家の表に並んでいる2本のカリンだ。花は薄いピンク色で、枝に張り付くように咲く。娘が小学校になったころに花が咲き始めた。家庭訪問のとき茶菓にその花を一つ添える。どの先生も花の可愛さに目をとめて下さり、話が弾んだ。娘もカリンの花に似て成長して行った。

 私は、表のカリンの木の下を毎日通る。
毎日同じ所を歩いているだけでも、スクリーンに映しだされたように季節の変化が鮮やかに見える。芽が出る、つぼみが出る、開花する、萎れる。 実ができ大きくなる。実が落ちる。葉が紅葉する、葉が落葉する……。そしてカリンを包む後ろの空気の中に、思い出と言う映像も流れて行くのだ。

 その幼稚園にオカリナ演奏の機会があり、五年程前に訪問した。園舎や遊戯類は変わっていなかったがカリンの木がなくなっていた。聞いてみると「堅い実が園児に当ると危険だから」と伐られたそうだ。
 カリンの実は堅く重たい。果実の重みで枝が湾曲し、そして強い芳香が流れていく。風が吹いた後には、五、六個の実が落ちている。大きな黄色の実は枯葉の中も、緑の草の中にも良く目立つ。きっと大きな音をたてて落ちたのだろうと思う。木が重たくないかと心配するほどに実をつけ、自分で地上に落ちていく。私はそれを拾い集める。
今年は、三十個余りはあっただろうか。各部屋に芳香を置いて行くだけでは残りがくる。カリン酒作りは飽きた。そこでカリンジャムに挑戦した。
カリンは、果糖、ビタミンC、リンゴ酸、クエン酸、タンニン、アミグダリンなどが沢山含まれていて、加熱すると渋みは弱くなるらしい。
 硬くて刃が立たない。ナタで二つに割る。子供のころこうしてナタで小割木をよく作ったものだ。スパッと気持よく二つに割れ、沢山の種が飛び散る。四つ割りにすれば、後は出刃包丁で小さく切れる。種のまわりは既にジャムのようにとろりとしたゼリー状のもので覆われている。これは肌に良いらしい。
土鍋に小片にしたカリンと、ひたひたの水を加え、ストーブにかける。部屋中に甘い匂いが広がり始め、堅い果質が崩れて行く。それをガーゼで搾り液だけにして砂糖を加える。何も足さないのにジャムのようになった。黄色の実からは想像できないような綺麗なピンク色のジャムだ。カリンの花を凝縮したような色だ。渋みは少し残る。しかし、何時までも舌に残る渋みではない。カリンは実だけでなく木も堅く高級家具材になる。この渋味がカリンの芯なのかもしれない。そう思うと渋みも嬉しい。「カリン百益」が頷ける。

 今年は柚子もカリンもカボスも大豊作だった。私の手仕事は忙しい。
人は現在の季節以外のことはなかなか思い出せないものだ。夏の暑い季節には、寒い冬や春先のことを忘れそれを想像し難い。しかし1年間、重宝出来る手作りジャムには一年間の季節が入っている。ジャムが舌に乗るたびに、花が咲き、実が成り 新芽が踊るのだ。
これからの厳しい冬は、ジャムをお湯で割り温かい飲み物にする。それはどんなに寒い冬でも、いつか 春が来ることを教えてくれる。
除夜の鐘を聞きながら温かいジャム湯のカップを両手で包む。新年が立ち昇って行く。湯気の向こうに新芽が昇っていく。

 今年も一年お世話になりました。来る年も宜しくお願い致します。湯気がゆっくりと昇って行きます。


★小片(スライス)にしたカリンにたっぷりの水を加え、
  実がクタクタになるまで煮る。
★それを綺麗に濾し、漉したものに砂糖を加え煮詰める。
★サラサラだったエキスに重みが出てくる。
★シロップ状でも冷めるとゼリー状のジャムになる。
(注意)必ずホーロか土鍋を使う。エキスのジャムなので、煮詰め始めと終了時の量差は大きい(好みで加減する)
 

   去来抄ひもとくに似てカリンジャム



           ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

          日本の旗 木村徳太郎 

           明るい明るい明るい旗だ

           お日様のように明るい旗だ

           強いね強いね強いね旗は

           父さんみたいに強いね旗は

           いつもあるある海に山に

           いつも鳴るなる光に風に

           嬉しい嬉しい嬉しいね旗は

           母さんみたいに嬉しいね旗は

           気高い気高い気高い旗だ

           宮さまのように気高い旗だ

                        

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