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のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

一月の花

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一月の花(雪花)

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 よく降る

*ブログ友のこうま地蔵さまが「谷内六郎さんの絵が大好き」という私に、ご自分も大切な宝物に違いないのにカレンダーを送ってくださった。有り難うございます。
(画像を大きくして観てください)
*雪中花(スイセン)
*座禅草
 今年は雪がよく降る。庭は雪が溶けることなく、白い座布団のようにあちらこちらに植木の間に座している。寒さと足場の悪さで、庭に下りることを怠っていた。冬の庭を少しでも彩で熟めるようにと、フユシラズの苗をもらった。黄色の花の可愛さと冬にも咲く珍しさで、しかたなく幾重にも服を着込んで庭に出た。
「!」 なんとチューリップがたくさん芽を出していた。毎年球根を500球ばかり植える。1月にもなると「もう芽が出たか」と楽しみに庭に出ていたが、寒さのために今年は閉じこもっていた。チューリップは1センチばかりだが、たくさん顔を出している。植物は強い。こんな雪の下でも、その重さに耐え健気に芽を出し、じっと寒さを耐えていたのだ。もう少しで、雪の座布団の下敷きで私に踏みつけられるところだった。
 春は確実にやってくる。この白い寒さから徐々に彩が生み出されていく。その確かな元気を目にして私も元気が出てきた。
いましばらくは雪の花を愛でておこう。チューリップは待ち焦がれる春をいつもより綺麗に咲かせてくれることだろう。そう思うと寒さが吹き飛んだ。
 
 今年は雪がよく降る。娘が、孫の発表会でお爺さんの衣装がいるので、袢纏(はんてん)を探してみたがどこにも売っていない。作ってくれないかと言ってきた。こういうことはお手のものである。着ない着物を解き、妹の分と二人分を作り送ってやった。ところがこのお爺さんというのは「西洋のお爺さんのことだった」とかで、私の力作は無駄になっていた。が、正月に帰郷した孫たちが風呂あがりに、この袢纏を着ている。孫たちはこれを珍しがり、気に入り、お風呂上りに利用しているということだ。無駄にせず利用してくれていることが嬉しかった。
 幼い兄妹の袢纏姿は郷愁を誘う。折りしも積雪になった。雪だるまを作ろうとしたが、孫たちはカマクラをつくるという。カマクラなら手を濡らさないで作れるからと言う。なんでもよい。私は孫たちに袢纏を羽織らせ、大人用の長靴を履かせた。
その格好で走り回る姿に「おお!谷内六郎の絵の世界だ」と小躍りしたのだ。こんな風景を現実に見れるとは思っていなかった。
嬉しい雪だった。雪と子供はとても似合う。
しかし、あれから度々の積雪を繰り返す。高齢者だけの生活に雪は似合わない。私は自分の古い袢纏を押入れからひっぱりだした。そして、ここ数年見たことのない霜柱を踏みつけ袢纏の袖口で鼻汁をすすっている。これもまた谷内六郎の世界だろうか? 

今年は雪がよく降る。ここ数年雪は降らなくなっていた。私の中で雪はいつしか思い出の世界になり、もう雪が降ることはないだろうと、「雪への手紙」をブログに投稿していた。
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/40110731.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/39778130.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/39608346.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/39462320.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/27884334.html
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49814297.html
 ところが決別したはずの雪が降る。いったん忘れた雪は手ごわい。年を重ね体力的にも雪は怖い。しかし、昔、気づかなかったことも見えてきた。
 雪は白いと片付けていた。雪は赤い(夕日が映ると赤いのだ)雪は灰色(木の陰はグレーだ)雪は透明(樹氷は向こうを透かして多彩だ)
空からゴミのように降る雪は灰色だった、溶けかけた雪は汚れていた。そんな認識しかなかった私は、雪がいろんな彩を映す事を今年知った
 滋賀県は豪雪地だった。雪囲いに覆われ、人は薄暗いわずかの明かりにまるで穴底に息をこらしてひたすら春を待つ動かぬ虫のようだったと聞く。そんなところにダム建設が持ち上がった。いろんな意見もあるが、豪雪地から抜け出せる希望を人々にもたらせ、補助金が光明になった人も多いと言う(以前ダムの事を投稿したとき、救われた人々も多かったことを教えられたのだ)

雪はいろんな彩を映しているのだ。

そして雪にはいろんな表現があることも知った。

 
風花(風上の降雪地から風に吹かれて飛んでくるかすかな雪。)
回雪(風に舞っている雪)
御降(おさがり)雪(元旦、または三が日の間に降る雪、おめでたいものとされている)
小米雪(小米のように細かく、さらさらと降る雪)
白魔雪(大きな被害を与える雪を魔物に例えて)

・こな雪: 風雪時に多く、粉のような雪。パウダースノー。積もらない。
・つぶ雪: 粒のような雪。積もる。
・わた雪: 暖かくて降水量が多いところに降る。綿のようにふわっとした雪。
・ぼたん雪: 気温が高い時に雪が集まってぼたんの花のように降る雪。
・たま雪: 冬の初めや終わりの暖かい頃に降る。たまの形。
・はい雪: 普通に降っている雪。灰のようにフワッと舞う。
・もち雪: たま雪やはい雪、わた雪が溶けかかった状態。
・べた雪: もち雪がさらに溶けて降る。団子のような感じ。
・みず雪: べた雪が雨に変化する状態。雨滴に近い。
・みぞれ雪: みぞれ状の溶けかかった雪。

<積雪>
・新雪: 積もったばかりの雪のこと。結晶の形が保たれている。
・こしまり雪: 新雪が少ししまったタイプ。降って数日たち、結晶が壊れて粒になっている。
・しまり雪: さらにしまった状態。スコップが立たないくらい固い。
・こおり雪: 固まって氷のようになった状態。
・ざらめ雪: 新雪やしまり雪が溶けて水を含んだタイプ。
・しもざらめ雪: しまり雪が冷えて雪の中に霜ができた状態。とても珍しいタイプ。北海道など気温が低い地方でしか見られない。
・こしもざらめ雪: しもざらめ雪の霜が小さいもの。

<文学的表現など>
・あわ雪: 泡雪、沫雪。泡のように解けやすい雪。和菓子にも付けられている。
・あわ雪: 淡雪。やわらかで解けやすい雪。和菓子の名前。
・うす雪: 薄雪。少しばかり積もった雪。
・大雪: 激しく大量に降る雪。
・こごめ雪: 小米雪。細かい雪
・小雪: 少しの雪。
・ささめ雪: 細雪。細かに降る雪。谷崎潤一郎の小説の名。
・しずり雪: 垂り雪。木の枝から落ちる雪。
・白雪: しらゆき。雪の美称。
・人工雪: 人工的に作られた雪。
・たびら雪: 春近くに降る薄くて大片の雪。だんびら雪。
・どか雪: 一時に大量に降る雪。
・友待つ雪: 次の雪の降るまで消えずに残っている雪。
・なごり雪: 名残雪。名残の雪。春になってから冬の名残に降る雪。
・なだれ雪: なだれて落ちる雪。(季語:春)
・にわか雪: にわかに降ってくる雪。
・ぬれ雪: 濡れ雪。水分の多い雪。
・根雪: ねゆき。雪解けの時期までとけずに残る雪。
・はだれ雪(まだら雪): 班雪。はらはらとまばらに降る雪。まだらになった残雪。(季語:春)
(・八朔の雪: 八朔の日に吉原の遊女が全員白無垢を着た風習。)
・初雪: その冬初めて降る雪。(季語:冬)
・春の雪: 春になって降る雪。牡丹雪になることが多い。(季語:春)
・ふすま雪: 衾のように多く積もった雪。
・ふぶき(吹雪、乱吹): 降雪に激しい風を伴ったもの。風雪。暴風雪。(季語:冬) 
・べた雪: 水気の多い雪。
(・蛍の光、窓の雪: 蛍の光や窓の雪の光で本を読んだという故事にちなみ、苦学すること。学問にいそしむこと。蛍雪。)
・万年雪: 山頂などに一年中解けずに残る雪。
・み雪: 深雪。(1) 雪の美称。(2) 深く積もった雪。(季語:冬)
・横雪: 風で横様に降る雪。
忘れ雪: その冬の最後に降る雪。雪の果て。(季語:冬)
 
雪は敵のようにも友のようにも見えると言ったのは石川啄木だったか?

初詣  木村徳太郎  
 
こんもりわた雪
雪のみち
八幡さまへ
初詣。

拍手うつて
心から
お祈りすれば
目にうかぶ。

水浸く山川 
進まれる
兵隊さんの御苦労が―。

お祈り終わつて
顔あげりや
鳩飛ぶ神苑(には)の
静けさよ。

〆縄飾つた 
大鳥居
朱紅の初陽
いまのぼる。  

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ラフカディオ・ハーンの世界
 雪おんな八手の花
 
 雪がチラチラ舞い始めるころ雪の結晶のように咲き、雪が終わる頃には、その姿はない。春を呼ぶ淡雪に交じり、ふと気がついた時にはもうその姿はなくなっている。

 八手(ヤツデ)の花は冬に咲く。

 花野は彩が消えると、冬枯れのセピア色が広がるばかりだ。そんな中、天狗の団扇のような形をした葉が青々と逞しく光っている。その枝先に白い円錐形の花穂をつけ、蒲公英の綿毛のような白い毬の花を咲かせるものがある。日当たりの良い所より日陰のほうが育ちやすく、目立つことの少ない八手の花だ。
 しかし、白い毬の花が咲きはじめると、荒々しかった大きな葉は果然、優しさを増すように薄暗がりの僅かの陽を受けて、華やかさを増し始める。そして、雪のシャンデリアのように広がった白い小花が、虻や蜂を集める。
 何度かの積雪の後、八手の花は蕊をほろほろ落としていく。まるで雪がほろほろ融けて行ように零れていく。気が着いた時には、もう花の姿は跡形も無くなっている。

 子どものころ、冬の夜……。 「ちよっと……」便所へ走る。
便所には、ブリキ製の容器が吊ってあり中に水が入っている。先端についている突起を、手のひらで数回押すと水が出てくる。それで手を洗うのだが、水が氷柱(ツララ)になっていた。
私は横着をして手を洗わないで走って戻る。そんなとき必ずそれを咎めるように「ザザザァー」と言う音が後を追いかけてくるのだ。怖かった。手を洗わずに走るとき、いつも音が追いかけてくる。それは、便所の横にある八手に積った雪が、滑り落ちる音だと聞かされても怖かった。いつか聞いた「雪女」が私を浚いに来るように思えた。深々と降る雪の寒気が、余計に恐怖をつのらせた。

 子どものころ、古事記や今昔物語や日本霊異記を読むのが大好きだった。そしていつのころからだろう。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/28380196.htmlを夢中になって読むようになった。
 ラフカディオ・ハーンは「不思議なことの物語と研究」として、我が国古来の民間伝承を丁寧に取材し、それを元に多くの作品を残している。そこには、人間としての素朴さ、誠実の美しさ、寂しさが良く描かれている。古事記にしろ、ラフカディオ・ハーンの世界にしろ、決して荒唐無稽の作り話ではない。難解な書物に書かれる倫理感、哲学より、私にはとてもそれらが分かりやすく、そして祖先から子孫へと受け継がれていく日本人のDNAが、ここかしこに踊っているように感じる。教え、日本人の感性、精神が響き渡り、私の胸を躍ら、読みふけるのだった。
寂しさがある。裏切りもある。欲深もある。しかし、日本人の性格と生活の底に流れる、人間的な美しさがどこにも溢れ出、自然を、人を、動物を愛おしみ、賛美し、そして親子の情、男女の悔悟を美しく浮びあがらせている。
どんな書物よりも私には、それは人間性に対する深い洞察力につらぬかれているように思う。

 暖を取りながら本を読む。静寂のなかに登場人物が躍り出す。古事記が躍る。ラフカディオ・ハーンが語る。
 外はまた雪がちらついてきた。八手の花が零れていく。

ラフカディオ・ハーン作「雪おんな」……。そして、八手の花……。
 
雪おんな   ラフカディオ・ハーン
 (略)
「それはわたしじゃ。……このわたしじゃ。お雪じゃ 。あのとき、ひとことでもしゃべれば命をとると、かたがた言うておいた。じゃがの、あすこに寝ている子どものことを思えば、この期(ご)に及んで、そなたの命はもらわぬ。このうえは、せめて子どもを大切に、だいじに育ててくだされや。子どもにもしも憂き目をみせるようなことがあれば、その報いは、きっとこのわたしがしますぞえ」
こう叫んでいるうちに、お雪の声は、しだいに風のひびきのように細くなって行き、やがて、その姿は白くきらめく霧となって、屋根の棟木の方へのぼって行くと見るまに、引窓から、震うがごとくに消え去って行ってしまった。それぎり、お雪の姿は、ふたたびみることはできなかったのである。「怪談」より

 
 ふと目をあげた先の、八手の花がなくなっている。いつのまにか消えている。八手の花が、何かを見届け終えたように零れていく。虻や蜂を集め、雪の結晶が融けて行くように、蕊がほろほろと零れていった。
ほろほろ零れると、春の兆し……。

子どものとき追いかけられて怖いと思ったのは「雪女」。
ラフカディオ・ハーンは「雪おんな」。
八手の花が零れて消えていく。


雪は美しくそして恐ろしい。
雪おんなは子を愛する人に託して、消えていく。そして融けていく。
雪おんなが引窓から、震うがごとくに消え去って行くとき、雪おんなは温かい涙を零すのではないだろうか。八手の花が涙のようにほろほろと零れていく。


花を無くし葉だけの八手のなんと、寂しげなことか。薄暗がりの中、花と共に華やかさと優しさのあった葉が、また荒々しさだけを残している。

私が子どもの時に出会ったのは、葉ばかりの八手の上に乗る「雪女」。
私はいま、「雪女」でなく「雪おんな」を見ている。


     葉と共に八手の花は宇宙ごと



      ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
          前の日の夢       木村徳太郎    

       心はみんな 起きてゐる

       心はみんな 駈けている

         <君 飴チョコと 取替っこ

          してくれないか その花と

          ううん 雌蕊がきれいだもん

          栞にするんだ だから嫌>


        みんなの心に 花がある

        みんなの心に 鳥がある

         <あの鳥なんだか 知ってゐる?
        
          ほうれ魚を とっただろ

         あれは鴎だ 海の鳥

         羽がとっても 強いんだ>

       心はみんな 駈けてゐる

       心はみんな 起きてゐる


       

サザンカ

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影絵  「随筆きょうと」82号(落とし文より)
 
「絵本読んで」と帰郷中の孫がヒザに乗ってくる。ほおを上気させ、瞳がキラキラ光っている。その光に誘われるように孫を抱きしめ、髪に顔を埋めた。すると、小さな手で絵本を指差し、父の顔を見上げている幼い私が、影絵のように浮かんで見えた。私の読み聞かせる声に父の優しい声が重なった
_外は雪_
ふいに孫が「おしっこ」と言う。慌てて玄関先に急ぐ。そこに孫のおしゃれな長靴<足首をベルトで絞めるカラフルなスノーブーツ>が澄ましている。そしてその横に、突然小さなピンクのゴム長靴<長靴好きの娘が何時何処へでも履いていた>と、大きな長靴が現れた。<子供のとき私は父の大きな長靴をいつも履きたがった。>その三足の長靴が、わずかに照らすサイドランプだけの鈍色(にびいろ)の玄関に、並んで浮かび上がった。
 翌朝、孫が障子を破ったまま帰った。昔、木の葉を挿んで繕ったたように、破れを修理しようと思うが、枯葉ばかりで適当な葉が見つからない。それをよいことにして、私はそのまま破れた穴から外を覗いて見た。
横なぐりに吹雪く白一色の世界に、赤いシシガシラ(山茶花)がチラチラと仄見えた。
ああ!その前を突然、紅いセータの女の子が走り去った。シシガシラの赤い花びらがほろほろと散った。この冬、私は私の遠い姿(影絵)を何度も何度も見た。



「ブランコ」 木村徳太郎 昭和十七年【ボクラノアソビ】絵本掲載用として作詞
     
         
               ブランコ ユレバ

               カゼガ ナルナル

               オミミニナルヨ。


               ブランコ ギイコ

               ジヨンコガ カケル

               ナキナキ カケル

               タアカク ヒクク

               サクラノ エダガ 
    
               ユレルヨ ユレル。


               ブランコギイコ

               スズメガ ニゲタ

               三ビキニゲタ。


               ブランコ ユレバ

               ナゼカ ココロガ

               トトント ハズム。  
 (注)ジョンコは幼児の履物

2007.01.19

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