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初恋 の 旅 (2)
バスの客は私だけ。「福田港へ行かれるのですか」と聞く。そうだと答えると。今日はフエリーは欠航のはずだと言う。心地よい余韻を楽しんでいた私の体からは、それは吹き飛んで行った。完璧にスケジュールは作成したはずだ。詳細に書き込まれたメモにフエリーの電話番号も記載していた。急いで電話をしてみた。なんと! 私の乗船するフエリーが最終便で、それ以後は欠航になるとのことだった。間一髪だったのだ。後ろ髪を引かれながらも急いでバス停に走って良かった。
そして乗船できたフエリーは、往路のように瀬戸内海の情緒に浸るどころではなかった。座る隙間もない満員だ。お遍路さん姿と夏休みの家族連れで溢れかえっていた。フエリーが重たそうだった。
が、姫路港に着くと、もっと人、人で溢れていた。そして、姫路駅に向かうバスは通行止めで動いていなかった。途方にくれた。
サラリーマン風の人が「タクシーや」と叫ぶ。「此処ではタクシーも拾えん」と言うなり走り出した。私は訳が分からないが、同じ様に戸惑っていた若い女性の手を掴んで走った。通りのタクシーもUターンして戻っていく。どうしたと言うのだ。ひたすら男性の後について走り続けた。見失っては帰れないような気がして悲壮な趣きで、息絶え絶えに後を追いかけた。一台のタクシーをやっと男性が止めて乗り込んだ。私も若い女性も強引にそれに続いた。
なんと24日の夜は「姫路の花火大会」だったのだ。私は詳細に計画表を作ったつもりだった。しかし、旅に予測不能はやってくる。帰路が花火大会と重なっていたことなど思いもしなかった。姫路港に入船は止められる。だから福田港から欠航となったのだ。
道路から車が消えていき、人、人で埋まって行く。タクシーに乗れたのは、ラッキーというしかなかった。強引に乗り込んだが、男性は同席させてくれた。オバサン根情も役に立つものだと若い女性にウインクした。無事に帰宅して、暑さの抜けない夜が、土産話の花を咲かせた。夫が「ラッキーの積み重ねだったわけや。が、いつもがそうとは限らん。何事も、もっと詳細に調べる事やな」と言う。そんな夫に「そうやな。予想外にホームシックにもかかったわ。ホテルの部屋が広くってな、ベットが二つもあって、隣のベットがそのままと言うのは、なんか寂しくて怖かったわ」と言ったりもする。
思い返せば、ほんとうにこの旅はラッキーの積み重ねだった。先ず私にも一人旅が出来たこと。小豆島の「大阪城残石公園」は何か語りかけてくるものがあった。「残石の無念さ。知って欲しい」そんなものが響いていた。
私は石を見たとき、子供のとき父から聞いた話を思い出していた。そして父の話はほんとうのことだったのだと気がついた。
私は、見たこともないご先祖様に小豆島に導かれ、そして無事に帰宅させてもらったのではないだろうか。
随分昔、自分のルーツを知りたくて戸籍の原本や除籍なっている謄本、抄本を取り寄せ集めた事があった。(自費出版本「ジューンドロップ」に収録) それをとっくに忘れ、タンスの奥深くしまいこんであった。
急にそれを見たくなった。そして驚いた。私のお爺さんの欄に「香川懸小豆郡豊島村大字△△○○○○番地」の記載があった。私はそんなことに気付かずに小豆島に出かけていたことになる。
私が瀬戸内海に数々の初恋のような気持を持っていたのは、DNAの一つが弾けていたからかもしれない。そんな気がした。
DNAの「弾け」は初恋に似ていないだろうか。
私はきっと今回、初恋の旅に出かけていたのだろう。そう思う。
潮の筋目 木村徳太郎
潮の筋目が ほうやりと
月に光って さえてます
潮の筋目は 海のみち
魚の国へ 行けるみち
青い魚もゐてましょう
紅い魚もゐてましょう
潮の筋目が さえてゐて
誰だか船を出しました。
二本マストの 白い船
風に汽笛も 鳴ってます
父に海が出てくる作品が数編ある。父の海は太平洋でもない。日本海でもない。
私は、父の作品の海はどこだろうといつも思っていた。
今回初めて瀬戸内海を見た。そうして気がついた。父の海は瀬戸内海だったのだ。
私は琵琶湖を見て暮らしている。瀬戸内海の波と琵琶湖の波は違った。
瀬戸内海でみた夕焼け、それは父の「海」だった。
父の海は瀬戸内海だったのだ。
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