来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

ヘルス・ツーリズム

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ヘルスツーリズム

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気持ちよい山の中。ササユリがいっぱい。ワラビもいっぱい。ワラビは頂いて帰りました。
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山は荒れ放題。琵琶湖も見えません。(ビフォー)漆の木とと毛虫が多かったです。
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太い深い根っこはヨッコラショ(ビフォー)琵琶湖から上がってくる風が気持ちよい。
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随分綺麗になりました(アフター)これでベンチでも置けばお昼寝も出来ますね。
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絶景かな! 琵琶湖も見えるようになりました(アフター)
ヘルスツーリズムフイールド研究会・琵琶湖「沖の島の会」への問い合わせもどうぞ。
 
 
  ヘルスツーリズム ()
山や高原でアンチエイジング
日本は「山」の国だと思う。海、川の自然にも人は癒されるが、山に特別な思いを持つ人は多いのではないだろうか。。私は大阪生まれだが、幼少期を山里で過ごした。野山の花が遊び相手だった。私が山に登るのはあの遊び相手に会いに行くこと、会話が出来ることでもある。
山への思いはいろいろあろう。山に信仰を求め、悟りを開き心を清めることもあろう。登山ブームでもある。人はどうして山に登るのだろう?「そこに山があるから」だろうか。山をスポーツとして征服する達成感だろうか。
 
私の山に対する思いは、決して名山でも高山制覇でもない。隣のお姉さんが山菜取り連れて行ってくれた山、隣のおじいさんが燃料にする薪を背負って、山に咲く花を一折持ち帰ってくれた山、友達と木々の間を縫い木の実の遊び食いをした山。あの頃、山に入ると言うことは(登ることは)生活の一部であり、自然の神様と触れ合うことでもあった。木々と喋りあい、また「陽」とも触れ合うことであった。それらの一つ一つと対話することが、学びであり成長でもあった。あの低山が好き。雑木の林が好き。
 
最近はどうだろう?何に対しても対話能力が低下している社会の中に身を置き、そこから起こるストレスにイライラしているようにも思える。それを防ぐのには「運動、日光浴、ふれあい」が大事だとも聞く。
 
「森や林、里山などを、人の健康管理と増進に寄与するフイルードと捕らえ、その一つとして琵琶湖に浮かぶ沖島の整備活動を通し、森林の活用と利用法を提案模索していく」と言う「ヘルスツーリズム びわ湖『沖の島の会』」に参加した。
少し体調を壊しそれが体力低下にも通じるように感じられ、長らく例会を欠席していた。
頂上の「見晴らし広場」まで登れるだろうかという不安と、元来の人見知りの不安があった。
 
何のことはなかった。
 
沖の島に向かう船のエンジン音と波音がワクワクさせてくれる。見えてくる沖の島は新緑で覆われ、正しく山(島)が笑っていた。会員のTさんが「よう!久しぶり」とハグしてきた。恥ずかしかったが、「ハグニケーション」だ。嬉しくなった。これがふれあいの一歩だ!関与している臨床美術で、「私は『脳いきいきふれあいアー』と冠しているが」教室の始めは参加者との握手から始まる)
「ふれあい」ということの意味を真に感じた一瞬だった長く閉じこもっていた私を優しく包んでくれ、ヘルスツーリズムの心がそこかしこに溢れていた。
 
「ケンケン山」を登る。美しい緑で燃えている。ツツジが彩りを添えている。
「あっ!ワラビ、イワカガミ、タラ、ショウジョバカマ、サルトリイバラ、スイバ・・・」緑の塊に一つ一つ声を掛けて行く。私のどこかで歓喜がプチプチと弾けていく。足元と、低木や草にばかり目が行くが、ふと見上げる木の梢が緑の衣服を風にそよがせている。立ち止まる心地よさ。私はすっかり緑とヘルスツーリズムに染まってしまった。
 
 頂上の「見晴らし広場」は、枯木の切り株、倒木、笹、根を広げる草で琵琶湖が見えない。今日のエクササイズとして山の整備が組まれてた。
ヘルスツーリズムは森林散策の楽しみだけでなく、森の香りや風の音、木々の葉擦れの音、差し込む光、木肌の温もりなどを五感で感じ、リラックス状態を作り出すこと。それがストレス軽減に働く。また山の整備のように誰かの役に立つという行動(島の子供たちが整備しきれない部分を手助け出来た。観光客がびわ湖を一望できる景色にした)そんなことに手を貸せた満足もストレスの軽減に働くのだ。人は誰かのためになりたいという気持ちがある。それが出来たとき満足感で満たされる。そしてそれに汗を流せたことに爽やかに流れて行く風に、人はまた明日への元気をもらえるのではないだろうか。 
参加して良かった。
 
 何よりもササユリにたくさん出会えた。ここ数年出会っていない。私は緑色に染まるだけでなく、ササユリ色にまで染まることが出来たのだ。まだ少し開花には早い。蕾と、けなげに葉を立たせている姿に感動する。私はもうストレスなどすっかり吹っ飛んでいた。帰宅してからも「もうあのササユリは開き始めたかなぁ」と思うだけで幸せいっぱいになってくる
ストレス軽減でいつまでも自律神経の安定化をもたらしてくれている。
 
ヘルスツーリングの旅、有難う。
 
「自然と共生できる生活環境の中で自分だけのストレス対処法を身につけ健全な心身を維持しておく必要と責任があり、自然環境をとりいれたヘルスツーリズムのプログラムはその解消策として実施される」(ヘルスツーリズム研修教本より)
 
 
 
 
 

オカリナを吹こう(28)

オカリナを吹こう (8)
 
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コンサートオカリナとタカサゴユリの鞘・ビナンカズラ・マキ・マツポックリ・ドングリ・ヤシャダマ。
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お気に入りのオカリナとスズメウリ・ムラサキシキブ・ホウズキ・ザクロ・ヒイラギ・ヘクソカズラ・ムギノホ・ツバキノミ
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お土産に貰ったモンチッチのオカリナ・カラスウリ・サンシュウノミ・ヤブランのミ・キゥイ・カニシダ、スズカケ・シロナンテン。いろんな自然の造形物に癒されました。
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プログラムを作りました。
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琵琶湖には「沖島、竹生島、多景島、沖の白石」の4つの島があるが、人が住んでいるのは沖島だけ。 淡水湖で、人の住んでいる島は世界でも珍しく、また 万葉時代以前から人が住んでいたと言われ、湖と共に歴史にも想いが乗せられる滋賀の宝物である。そんな沖島も高齢化が進み、山の手入れは進んでいないようだ。そこで山の整備をかねて自然とも遊ばせてもらおうとボランティア「チーム沖島」が生まれた
前回作業として始めて山に入ったとき、陽のさす木漏れ日は見えず、何年そうしていたのか分からないほどの太い藤蔓で覆われていた。藤蔓を切り倒し木に息を与える。木を間引く。そういうことをして帰宅した。刈り取られた太い藤蔓を「もって帰れ」と代表者が私に言う。本音を言うと「小いさければリースにでもできるのに」と嫌だった。しかし山の麓まで藤蔓を背負い下山する姿はまるで民話のおじいさんのようだ。(私は絵本の挿絵や、二宮金次郎の銅像で、人が薪を背負う姿は見ていたが、実物を見るのは初めてだった)その姿があまりにも山や湖と溶け込んでいるのに感心してしまい、「嫌だ」と言いかねた。そして下山するや私の車に積み込まれた。
「こんなに沢山の藤蔓、しかもでっかい。どうしょう」「そうだ!帰路に山道に沿って琵琶湖へ張り出し、自然風を売りにした喫茶店がある。そこへ藤蔓を降ろして帰るか」と思った。しかし、夕闇が迫っていたので山道をさけ、大きな舗装の道を無意識に取ってしまった。
 
我が家の庭に藤蔓が厄介者としてうず高く積まれた。
 
 十二月になると、あちらこちらでクリスマスリースが飾られる。「既製品でなく自然の産物のリースはどうかしら」と思った。庭に放りだされていた藤蔓でリースを作ったらどうだろう。しかし、リースはあまりにも大きいので、勤務している施設やボランティアで行っている施設へ「みんなでいろんなものを飾り付けしたらどう?」と持参してみた。どこもが大喜びで受け取ってくれた。ゴミにならずに済んだのだ。施設のスタッフで実家がレストランという人は「店で使いたいから欲しい」とまで言い出す。
 
私は迷惑と思っていたが、自然のものは人の心を打つ魅力があるのだ。そこで、私も自分用にリースを造ることにした。
十二月はいろんなところから「オカリナコンサート」の声を掛けてもらった。私はオカリナに救われている。土音を楽しませてもらっている。オカリナに感謝して、リースに飾ってみた。土と植物、そして沖島に打ち寄せる波音が聞こえてくるような気がした。
家の近辺を散策すると、いろんな赤や白や紫の実があることも知った。素敵なところで日々を送らせてもらっているのだと改めて感謝した。
 
藤蔓を運んでくれたSさんにメリークリスマス! 
田舎にメリークリスマス!
みんなにメリークリスマス!
 
 
    ★★★★★★★★★★★★★★★
 
    コンサート  
神の御子 賛美歌111番
アメージンググレス 讃美歌167番賛美歌とともにアメリカ(元はイギリス・スコットランド民謡)の古い伝承曲でもある。
ホワイトクリスマス 雪の降ったクリスマスのことを「ホワイトクリスマ」と云う。雪の降らない「グリーンクリスマ」と対である。またメリークリスマスは「クリスマスおめでとう」のお祝いの意味である。
ジングルベル クリスマスの時期に世界中で歌われる歌。アメリカ民謡。そり遊びの歌。「ベルを鳴らす」と言う意味で宗教的な語句やクリスマスに言及がなく、若者が冬に橇でベルを鳴らしながら競争する様子を歌っている
赤鼻のトナカイ 『赤鼻のトナカイルドルフ物語』の主人公で、1930年代のアメリカ、シカゴでルドルフは誕生した。
きよしこのよる 賛美歌109番
もみの木 冬のさなかでも緑色のモミの木を称えている。又、赤・緑・白はクリスマスカラーで、赤は、イエス・キリストが流した血の色(クリスマスに使う赤色の飾りは、リンゴ、ヒイラギの実、ポインセチア等。サンタクロースも赤である。緑は、常緑樹の色で永遠の命・神の永遠の愛を表わす。(ツリーに使うもみの木や飾り付けのヒイラギなど)白は純潔を意味し、クリスマスに降る雪の色を表す。
主はまきびと 賛美歌103番。キリストの降誕を伝えている。
君を乗せて アニメーション「天空の城ラピタ」のテーマ曲。
雪の降る街をNHKラジオで放送された連続放送劇「えり子とともに」の挿入歌であった。リハーサルで時間を埋めるために急拵えで制作され人気が出たために二番以降も制作されヒットした。山形県鶴岡市でみかけた降雪風景がモデルと伝えられ、現在も毎年2月に行われる「鶴岡音樂祭」ではフィナーレにこの曲が歌われている。
冬の星座 冬の凍てつく寒さの中、透明度の良い空では冬の星座たちが一段と輝いてみえます。冬は上空の気流が安定しないため、星のまたたきも大きくなります。冬の空は明るい星が多く、形をつかみやすい星座が多いのが特徴。日本の代表的な唱歌で「日本の歌百選」の一曲に選ばれている。メロディーには、ウィリアム・ヘルス作詞・作曲のアメリカのポピュラーソング「愛しのモーリー」が用いられている。詞は新たに作られたもので、翻訳曲ではない。
冬景色 日本の冬の美しい景色を歌っており、1番は水辺の朝、2番は田園の昼、3番は里の夕方を歌っている。「日本の歌百選」に選ばれる文部省唱歌であるが作詞、作曲ともに不詳である。
たきび 1949年「うたのおばさん」で放送され全国の幼稚園や保育園や小学校に広まり小学1年生の音楽の教科書に掲載されるようになったが「町角の焚き火は危険」「防火教育にさしつかえないよう」と批判があり、それを受けて教科書に掲載する際には挿絵に焚き火と人物だけでなく、火消し用の水が入ったバケツが描かれるようになった。印象に残る「ぴいぷう」の単語は、作詞者の巽聖歌が北国の出身だからこそ考えついたものだという指摘がある。巽聖歌は父「木村徳太郎」とも知人だった。懐かしい。
ペチカ ペチカは暖炉の一種である。ロシア語で暖炉やオーブンを意味する。
冬の夜 作詞者作曲者ともに不詳。戦後、歌詞の中の「いくさの手柄を語る」という部分が、戦意高揚であると「過ぎし昔の思い出語る」と改変されている。しかしそうなると、なぜ子どもたちが「拳を握って」興奮するのか意味が不明となる。こうして変えられた歌は数多い。
母さんの歌 作詞・作曲者の窪田聡は、合格していた大学に進学せず、文学を志し家出をし「うたごえ運動」活動した。これは窪田二十歳の時に発表されたもので、家出当時、次兄を通じて居所を知った母から届いた小包の思い出や、戦時中に疎開していた信州の情景を歌詞にしたものとされる。曲は、ロシア民謡『荷揚げ人夫の歌』が原曲であるとも言われる。うたごえ運動を通じて全国の歌声喫茶に広まった。日本の歌百選にも選ばれている。 「母さんの歌」ではあるが2番の「おとうは土間で藁うち仕事」の部分に、自分の勝手な生き方を黙認してくれた父親への気持ちも込められている。1番の真ん中の2行は母親の手紙文であることを示しています。3番の「あかぎれ」は、冬期に手足の皮膚が乾燥して荒れ、弾力がなくなって割れ目ができる一種の皮膚病ですが、栄養状態が向上した現代では、ほとんど見られなくなりました。根雪は、降り積もった雪の重みで地面に凍りつき、暖かくなってもなかなかとけない雪で、モデルの山国信州では、根雪がすっかりとけて春になると、梅、桃、こぶし、桜、杏、リンゴなどの木の花やオオイヌノフグリ、スミレ、タンポポなどの草花がいっせいに花を開き、ほぼ同時期に先を争うかのように咲きます。
 
 
 オカリナを吹くとき私は音だけではない。その詩をどれだけ理解できたか、歌としてどれだけ自分の心に、そして聞いてくれる人に訴えることが出来るか、そんなことを思う。オカリナも臨床美術と同じ、下手上手ではない。「どれだけ自分が引き出され、皆と楽しめるか」と思う。そのためにも最近は吹く曲の背景を知ることを大事にしている。吹くだけでなくライブのように思いなども伝えられたらと思う。

ヘルス・ツーリズム

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(I)好きなジャガイモの花や菊菜の花が咲いていました。(2)削いだ美しい木の皮(3)細い木と藤蔓を切り、杖とリース作り(4)整備され木漏れ日の中へ琵琶湖の風が吹き上ってきます(5)入り口も綺麗になりました(6)沖島小学校と児童たちの応援メーセージ。
画像3,4,5,6はhttp://blog.goo.ne.jp/kkkk_015/e/4b2357f3d1bc922ad668cd4018384f14さんよりお借りしました。

ヘルスツーリズム  (3)
(チーム沖島)

  ヘスル・ツーリズム研修後、ヘルス・ツーリズムフイールドの実践をかねて、滋賀県の財産である沖島に何か貢献できないだろうかと、「チーム沖島」が結成された。
 沖島は琵琶湖の沖合約1.5kmに浮かぶ琵琶湖最大の島で、400人ほどの人が居住している。島に自動車は一台もない。交通手段は船だ。暮らしはすべてマザーレイク(琵琶湖)と強く結び付いている。
小学校と幼稚園はあり、素敵な木造校舎の小学校在校生は現在十名。学校の前に湖が広がり、琵琶湖に抱かれて子供たちも育つ。
 昔、織田信長に専用漁場を特権的に認められていた島でもあり、島内には立派な寺院や神社があり、島の人々の暮らしを見守っている。湖越しに長命寺山、鈴鹿山系、西方に比良山系の美しいロケーションが広がり、琵琶湖と共に、神と、歴史と、伝説と、人と、が交差する島だ。

 島で出会う人たちはどの人も優しい笑顔で挨拶をしてくれる。
若者は船で市内へ働きに行く。中学生は船で市内の学校へ通う。農業をしている人は船で市内の開拓地へ通う。同船した定期便では、市内で買い物を済ませた高齢者たちが、大きな荷物を手に手に井戸端(湖端)会議に弾んでいる。手助けして荷物を運ぶと気持ちの良い笑顔を返してくれる。湖鳥が鳴き、頬に当たる湖風が気持ちを和ませ、安心感にすっぽりと包まれような島だ。
しかし、出会う人たちは高齢者が多い。
 山の僅かな裾に湖を前にして畑と家が並ぶ。瑞々しい作物の畑を耕す高齢者の姿が琵琶湖をバックに動く。洗濯物が道路に湖風を受けはためき、漁業の網も干されている。島を訪れてくる他人を警戒しない素朴さがあり、ときたま通る自転車の高齢者、すべて時がとまったようで波音だけが聞こえてくる世界だ。 この俗化されていない暮らしを大切にして、私たちは何をすればいいのだろうか。何から始めればいいのか。見切り発車のような「チーム沖島」である。
「山にはもう残念やけど登れんようになった」と、島の代表者が言う。湖はもちろんだが、昔は山へ薪をとりに行ったり山菜摘み行ったりと、山も生活に密着していたのだろう。それが高齢化が進むにつれ山も荒れてきたようだ。
<ヘルス・ツーリズムフイールド>は<頂上を目指さない癒しの里歩き><琵琶湖周辺の低山で日頃を忘れてホットする時間とスッキリ気分>を得ることだ。研修のときに言われた<それぞれの自分が癒される森(居場所)を持つこと>沖島はそれが出来る所だと思う。
ただ自然を満喫するだけでなく、そこにちよっと人助けになるようなことも出来れば、それはより心地よいことだ。
私は、沖島でなにかお手伝いが出来ることにとても幸せを感じる。

 まず手始めに沖島の山(けんけん山)の整備を少しずつやっていければどうだろう。
作業道具は島の倉庫に収められていた。大きな弁慶の七つ道具のような大鎌は私の背をはるかに越え、腰のベルトに鉈を通すと、一人前の杣人になった気がする。
けんけん山は沖島小学校の児童たちの遊び場であり、学習の森であろうか。子供たちが建てたのだろうか、「お花見広場」とか可愛い標識が目立つ。しかし、その立て札も手入れが行き届かないのか、木々で覆われ隠れている。小学校から山の入り口に繋がる階段も草だらけで、木々や藤蔓がからまり薄暗い。続く山道は、よりうっそうとしている。メンバーはまずその入り口から整備することにした。伐採した木と、ゴロゴロとある石とを組み合わせ、階段を作っていく。大きな岩もある。昔は採石もなされていたのだろう。
 伐採した細い木で「杖」を作った。これは別のNPOで東日本大震災に杖を送っているメンバーがいて、TVで放映されていた。なんでも被災した高齢者は、杖も流され、避難所でおぼつかない足で歩き回ることは迷惑だろうと、歩くことをしていないらしい。そこで、杖を手作りし1本1本にメッセージを書き、歩くことを願って被災地に送っているのだ。次回は直接手渡しボランテイア参加もしてくると言う。鋸の使い方は先日の森林研修でずいぶん上手になったと思う。沖島の山は植林のなされていない雑木林だ。いろんな木がある。アカメガシワ、ヒサカキ、コナラ、・・・ ・・・杉や檜とはまた違う切れ味だ。
 椿の木は硬く綺麗に樹皮が削れるので良い杖になるらしい。
細い木を選び、間引して杖の長さに切っていく。木を切るときなんだか忍びない気もしたが、杖として役に立つのだから木も往生してくれるだろうと思う。大きな藤蔓が絡み合っている。それはリースにして持ち帰ることにした。
杖(椿の木)の皮を剥きその樹皮で磨くと艶が出てくる。出来た杖は、握り手に滑り止めのゴムをつけ、紐をつけ、細工をして完成させ被災地へ届けると言う。なかなかの手間のかかる作業だ。その一部をお手伝い出来たことになる。東北の人を思い浮かべながら丁寧に皮を剥いで行った。メンバーの一人が、杖に児童たちのメーセージを乗せてもらえるように頼んできた。
少し休憩をしてオカリナを吹いてみる。
 ヘルス・ツーリングはのんびりゆったり自分なりの方法で、森から癒しを貰うことである。
ハーモニカとジョイントした。森の中で吹くのはなんと気分の良いことだろう。見通し良く、明るくなった地面に描かれる木漏れ日の、幾何学模様を見ながら吹くのは気持ちが良い。影がこんなに優しいとはいままで気がつかなかった。とても優しい気持ちになれる。伐採され明るくなった空間の木々が、窓枠か額縁のように琵琶湖をおさめている。小鳥の声がかぶさる。とても優雅で楽しいひと時だった。
草が生い茂り歩きにくかった小学校に繋がる階段も綺麗になり、上り下りがしやすくなった。薄暗かった山の入り口も明るくなり「けんけん山」の標識もよく見えるようになった。丁度滋賀県の子供たちの実習船「うみの子」の担当者たちが来合わせた。「先日来たときはずいぶんと暗いところだと心配していたのに」と驚いている。嬉しくて、疲れた汗が爽やかに体の奥に染み込んで行った。

 十名の児童たちが書いてくれたメーセージにも感動した。「僕たち沖島の木で作った杖です。沖島から応援しています。沖島へも是非来てください」沖島への愛情と被災者の方への心遣いが伝わってくる。

 ヘルス・ツーリズムの醍醐味を体験できたような一日だった。森に感謝、ボランテイィアに感謝。「ふるさと」を思う心に感謝だ。そしてみんなで作った杖が被災された高齢者の役に立つことを祈る。

燃える新緑の「けんけん山」は、どこよりも琵琶湖が似合う所だと思う。山に子供たちの歓声と波音が響くことだろう。その響きは、遠い東北の被災地へも届くはずだと思う。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
                   朝  木村徳太郎  

風が波のやうに光つて

蜜蜂がぶんぶん舞つてゐる

花の陽炎も明るい。

なんだか

ぢつとしてゐられない感情が

春雪のやうに

頭をがんがんならせる。

もうすつかり春になつた

一握りの土くれも

いきもののやうに

こんなに胸をはずませる。

強くなろう 強くたたかほう

山羊のやうな雲が流れてゐる

青空の今朝

しきりに心がいきまいてゐる。 

ヘルス・ツーリズム

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檜の切り株と赤松の松ぽっくり・コブシの蕾・コブシの花

ヘルスツーリズム  (2)
森林療法
 
 懐かしい顔々に出会えた。前回の「ヘルスツーリズムの旅」以来だ。<チーム沖島>が結成されていたが、日の暮れが早い冬場は帰宅が暗くなるのを恐れ、私は欠席ばかりしていた。が、積雪の心配も無く暖かい春を感じさせる日和のなか、みんなに出会えた。
素晴らしい研修会が行われた。ヘルスツーリズムの森林編だ。
「健康・癒し」は今日のキイワードで、○○療法も百花繚乱の流行だ。
そんな中「日本森林保険学会」を立ち上げられた上原巌先生の研修会が、滋賀県有地の檜人工林で行われた。(詳しいことは先生のHPやhttp://blogs.yahoo.co.jp/ueharaiwao/19306055.htmlで紹介されている。私も画像に写っているかもしれない?)
 子供のころ山村で過ごした。親に叱られたり友達に苛められると、山に入り木々を渡る風の音、鳥の鳴き声、小さな花々に慰められた。しかし山は生活の場だった。薪とりに行く近所のお姉さんが「かーこちゃんを連れて行くのは嫌」と言う。都会から来た女児を最初は珍しさもあり山へ誘ってくれたが、生活感のない私は空を眺めたり、花を見つけたり、挙句には「おしっこ!」「おなかが減った!」などと言い出す。お姉さんにしてみれば、その日のうちに得なければいけない薪の量がある。山菜にしても大切な食料だ。春のエネルギーを感じるより先に、貧しい山村の食料を得る「生きること」の作業だったのだ。山は「生きること」の場所だった。
 子供の私には、山と森の区別があった。森は童話の中に出てくるリスやクマのお話の世界の冒険の場所で、山は、薪拾いや正月にはウラジロをとりに行き、キノコを採り、ゼンマイ、ワラビを採りに行くところだった。大人になって山も森も同じだということに気が付く。そこは「生きる」場所であり、丈夫な体を作り、心の健康も果たし、お話に浸れる世界であったのだ。
 いろんな手段(登山、音楽、芸術、園芸、スポーツ・・・)が、体と心の療法になる。しかし、目的もなしにただ単に音楽の演奏・園芸作業、山登りで終わるなら、それは「音楽」「園芸」「登山」と呼ばれものであり、登山も登山でしかないような気がする。単なる森林浴、自然観察、山登りに変わりがないようにな気がする。
そんな中、森林での作業や、環境形成活動、風致作用の享受、心理的な癒しを含むのが「森林療法」と呼ばれるのだろう。思えばこれは、私が子供のころに体験した、「生きる」と言うことと同じではないのだろうか。そんなことを思いながら参加してみた。とにかく楽しい研修だった。
 いつも利用している高速道路の側に、県の山があるとは知らなかった。県の檜山だ。森林政策課と言う名も始めて聞く。山に入るというだけでもワクワクするのに、頑強な若者が<森林チャレンジャー>としてフォローしてくれる。
 道なき道(獣道)を行く。登りはよいがこれをまた降りるのかと思うとゾーとする。獣道にも結構プラスチックゴミに出会う。これは人間のゴミだ。寒いと思いたくさん着込んできた私は、厚着と被り慣れないヘルメットとで汗びっしょりだ。やっと研修場所にたどりついて説明が始まった。説明の講義が又面白い。上原先生の話は聞くだけでセラピーになる。まるで穏やかな森の風が話しているみたいだ。
 100M×100Mにロープが張られ、その中に檜が何本あるか数える。こうすると、1ヘクタールの木の混み具合が分かる。数えると15本ほどあった。理想は5本までと聞き驚く。ここで軽作業をする(私には重作業だった)間隔を理想に近づけるため、間伐、枝払いをするのだ。どれを間伐したらよいかを教えられ、一人一本ずつ、手鋸で切り倒すのだ。もちろんこのとき木の倒れ方、鋸の使い方を学ぶ。見本を見せられる先生の鮮やかな樵ぶりを見ていて、私は突如「弘ちゃんは生きている」の童話を思い出した。(酒癖の悪い弘のお父は木を切る仕事をしている。弘に木の倒れ方、ロープの掛け方などを教え、山に入ると人が変わったようにキリリとするお父と弘の長編童話だ=これは私の父の未完作品で、これを完成させたく私はブログを立ち上げたのだった)木が倒れるとき風が動く、周りの木がざわざわと揺れ、鳥が飛び立つ。そんな描写と、山持ちとで貧富の差があった山の時代の物語だ。書庫「弘ちゃんは生きている(1,2)」に入れているので、読む機会を得られれば嬉しい。清書、校正して完成させるつもりが、いまだやれていない。しかしあの時は山の木が倒れていく情景を私は知らなかった。いま目の前で空気を切り裂き、小さな雑木をなぎ倒していく姿を見て、あの物語はいまでも通用するのではないかと一瞬思った)
 手も腰も肩も疲れてくる。しかし、一人一本は倒さないといけない。込み入った檜に少しでも陽を入れないといけない。
「バサッ!ドドドドー」「やったぁ〜」「切り倒したぞ」凄い爽快感だ。
伐採した檜を1メートルぐらいに切り分け、コースターを作る。おがくずが黒い山土の上に香りを零していく。檜の香りが鼻をくすぐる。鳥の鳴き声も聞こえる。疲れが取れていく。
 年輪の数え方を教えてもらった。傷があるところは枝を巻き込んでいるのだ。間隔の狭いところ、広いところでそのときの環境が分かる。私は伐採しやすいように直径10センチにも満たない細い木を選んだのに、これで四十年近くも経ていることが分かり、頭の下がる思いだ。陽が入らないと、ツバキ、サカキ、ヒサカキ、クスノキ、ヒイラギ、シロダモなどが茂ってくることを教えられた。私は子供のとき、これらの花で遊んでいたのだ。あれはあまり手入れのされていない山だったのだろうか。
 ヒサカキの枝がわずかに匂いを放ち、たくさんの蕾と咲きかけの小さな花をつけていた。山にも春が近づいているのだ。気持ちのよい風が通り抜けていく。
 下りは心配無用だった。整備された舗装道を降りる。先生が赤松の松ぽっくりを見せて下さった。「どうしてこんな形になったと思いますか」と聞かれる。分からない。
「リスが美味しいとかじった跡です」と。リスはクルミを食べるものだとばかり思っていた。歯の丈夫なリスは、なんでもござれだった。先生が話されるとそこに森の風が吹く。まるで先生がリスで、「とっても美味しかったぁ〜〜」と言っているように聞こえる。
やっぱり「森」は童話の世界かもしれない。
そんなことを感じた「森林療法」だった。

 帰宅すると、コブシの蕾が膨らんでいた。山ではヒサカキが咲き始めていた。「「山の三月そよ風吹いて〜〜」森林療法に参加して、山の春に今まで以上に想いが行くようになった。
 私のリラクセーションはいつまでも続くようだ。

 
*コブシは春一番雪解けの水と共に咲く花だ。私はこの花が大好きだ。一枝を手折りコップに挿す。夜更 かしをした、静寂のとばりの中「ハラリ」と音がする。コブシが外套を脱ぎ落とした音だ。そして輝く 白磁の肌が現れる。春が噴出した音がする。それを見たくて、聞きたくて、一枝をいただく。
 コブシは辛夷か拳か・・・・牧野富太郎博士は「拳」。蕾や果実の形が握りこぶしに似ているので この名がつく。私もこちらをとる。辛夷は中国の植物だということらしい。花言葉は「信頼」

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        
                   伐木  木村徳太郎  
 こっつん こっつん こっつん
木洩日
背にうけ
木に斧あてれば
__滴る
  しづくに
  木の香も匂ふ

こっつん こっつん こっつん
この森
一の
木に斧あてれば
__小鳥も
  讃ふよ
  舟檝(ふね)となる須岐乃岐(すぎのき)

こっつん こっつん こっつん
木洩日
背にうけ
木に斧あてれば
__谷間の
   瀬も鳴る
   木立の向ふ。

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下草刈でヒヨドリジョウゴの実がありました。湖や真っ赤なカエデを映すような透明の実でした。
ヘルスツーリズム  ( 森林療法)
 
 森林浴は体にも心にも良いものだと感覚的に思っていたが、その効果が解明され数値で証明された。
子供のころ山村で過ごした。親に叱られたり友達に苛められると、山に入り木々を渡る風の音、鳥の鳴き声、小さな花々に慰められた。
 そんなこともあり、山散策が好きだし山の植物に興味があったので、ヘルスツーリズムの講座に参加した。講座名の「ヘルスツーリズム(Health Tourism)」は聞きなれない言葉だが、 医学的な根拠に基づく健康回復や維持増進につなげる観光で、ニューツーリズム(産業観光・エコツーリズム・グリーンツーリズム・ヘルスツーリズム・ロングステイ・文化観光)の一つだ。「森林浴の医学的効果・森の植物・森の歩き方・など」をガイドする養成講座を6月に受けていた。
 ビートルズのジョン・レノンが日本の軽井沢で長期滞在し、日本の自然に癒され芸術活動をしていた事、精神を病んでいた夏目漱石が森に癒されていた事などを始めて知った。講座で映し出される日本の自然の美しさに目を見張り、画像それだけにでも私は癒されっぱなしだった。森林療法とか、ツーリズムなどは決して特別なものでなく、自然の恩恵を受けることで、次の活力を得られ誰でもが癒されることだと思った。自然破壊や混沌とした時代であっても、自然の大きさに触れ、日本古来の文化にふれることがどれほど人を癒す事かと改めて感じた。
 講座の参加者は登山の達人が多く、私には少し場違いでヘルスツーリズムの素晴らしさを「知識」として感じたままで終わりそうだったが、それのモニターツァーが11月末に募集され、登山は低山らしいので参加してみた。
 出発前に体調チエックをする。 参加者10名のうち血圧も唾液マーカで測るストレス度も私が飛び切り高かった。果たして緊張度は解けるのだろうか、心配だった。
 1日目は強風の中だ。紅葉した葉が一面敷き詰められる。琵琶湖の波が白く砕ける。こんな波を見るのは初めてだ。穏かに布を広げたような湖面を、浮き寝鳥がゆたりゆたりとサーフインをしている。それが私の知っている晩秋の琵琶湖だった。こんなに荒々しい時もあるのだ。自然の百面相に驚いた。
 その荒波を蹴って沖島に向かう。沖島は世界でも数少ない人間が生活する淡水湖に浮ぶ島である。話には聞いていたが訪ねるのは始めてだ。その島の宝来山(225.0)に登る。ケンケン広場とか、お花見広場とか、ホオジロ広場と、島の子供たちの手による案内板だろうか、素朴な案内板が微笑ましい。強風がゴウゴウと山を吹き渡たる。しかし寒くはないのだ。木々が強風をかばいあっているようだ。「好きな木を見つけ、その木に頭の先をくっ付けて語りかけて下さい」と添乗者が言う。木に体を寄せ天上を仰ぐと恐いぐらい枝が揺れている。木にしがみ付きたくなる。しかしそのとき私は発見した。枝先だけが揺れているのではない。幹から揺れているのだ。地面すぐ上から揺れている。そしてその揺れに身を任せるとなんと気持ちの良いことか。強風も感じなくなる。私の問いかけに優しく木が答えてくれるのだ。今までにも大木を見上げるとそれだけで気持が良かったが、木と一体になると余計に癒され快感を覚える。だんだん緊張感や怖さが薄れて行くような心地だった。
山の頂上で、軽いエクササイズや下草刈の労働もする。

 なんと体調チエックのストレス度が大きく低下していた。森や林を散策すると癒されることは実感していたが、こうして数字で表示されると頼もしい。いままで山は頂上を目指して登るものと思っていたが、こうして木と語らい、労働作業をしたり、エクササイズを加えると、より癒される事を実感した。
 宿泊所に戻るころは、人見知りの激しいタイプの私だが、いつしか仲間(10名の参加者)と打ち解けていた。温泉につかり、地場産の料理に舌鼓を打つ。部屋割りがあったが一部屋に寄り、語り合う。眠くなると各部屋に戻る。大昔の修学旅行や、夜を徹して青臭い論議をやった学生時代を思い出した。

 翌朝カーテンを開けると、静かな湖面の対岸に昨日の沖島が見えた。夏に訪問した瀬戸内海を思い出した。目を移せば柿の実が青空に点描画を描いている。紅葉、黄葉が広がっている。なんという素晴らしいロケーションだろう。それらを眺めて朝風呂に入る。これで癒されなければ嘘だろう。その日の第一回体調チェックは、前日のストレス度が嘘のように低かった。
 次は伊崎国有林散策だ。「伊崎の竿飛び」の伊崎不動に参る。竿飛びの現場は深い湖の色と切り立つ絶景が恐かった。伊崎山(210)の尾根を歩いた。子供時代はこのような尾根を歩き、隣村までお使いに行ったものだ。そんなとき四季折々に小さな花が咲いていた。コウヤボウキ、ショショバカマのロゼット葉、ヤブコウジ、サルトリイバラなどが懐かしい顔をみせてくれる。大きな岩には、ヒトツバがびっしり群生していた。「園芸店でこれ買うと高価やで」と誰かが言う。そんな話題が出る俗気も面白い。
気を良くして歩いていると落ち葉に滑って尻餅をついた。男性が杖を貸してくれた。杖があると楽だった。子供時代の身軽さとは、随分遠くなったものだと思う。

 昔を懐かしんだり登山のイロハを教えてもらったり、沖島や伊崎の歴史を学んだりとても有意義なツァーだった。数値を計るとさらにストレス度は軽減していた。
 ヘルスツーリズムのストレス減は、医学的に一週間は持続する事が証明されているらしい。

 早くも十二月。ストレス度の低くなったのを維持し、時局を乗り越えよう。

(追記)この時のメンバーで「沖島を盛り上げよう会」が発足された。私も参加させてもらうことにした。

 今回のツァーで一番嬉しかったのは、高校卒業以来別居で、今は海外にいる息子が「良い体験をしたね。以前アメリカ人を沖島に案内した事があり、木造の小学校が印象に残っている」というメールを貰ったことだ。別居期間が同居期間より長くその感性も分からないままだったのが、「小学校が記憶に残っている」と言う感性に私は癒された。実は私も、湖に面した広場を持つ在校生7名という木造の小学校が、一番記憶に残ったツァーだったのだ。

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