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♪ 泥池 に咲く 彼岸花(ヒガンバナ)
四十五年ぶりの再会だった。過日、中学校の同窓会が行なわれた。私は奈良伊勢街道に沿う寒村の中学
校を卒業生した。今はもうその校舎はない。
母親のいない痩せぽっちの少女が、都会から村の神社に赴任する父親に連れられて、小学2年生の春、
ヤマサクラの咲くころにやってきた。中学卒業まで過ごしたその村での思い出は、あまり楽しいものでは
ない。机の中に、蛇を入れられたり、丸木の一本橋から突き落とされ、溺れかかったこともある。小柄で
運動が苦手な私は、みんなについていけずよくいじめられた。あまり思い出したくもない、戻ることもな
い村であった。「人生にサヨナラはつきものよ」と、私は粋がって中学時代の「卒業アルバム」を燃や
し、その村を忘れるようにしていた。
しかし、歳月を経ると、「あの場所は私の原点ではないか?」の思いがふつふつと湧いてくる。そうした
或る日、桜の観光ガイドブックで「赤埴」という地名を見つけた。「赤埴」は私の通っていた中学校の近
くで同級生に、地名と同じ「赤埴」という姓の子もいた。
私はガイドブックを片手に、観光客としてその赤埴の<名所の桜>を見に行った。そして桜に続く山道
の麓に、昔のままに同級生の和菓子屋があるのを見つけた。つい懐かしく「この店の方と同級生なのです
が・・・」私はおずおずと店に入っていき自己紹介をした。「当人は東京で生活しているよ」「同窓会
が、よく開かれているみたいだよ」。店の主は、桜見物の客に忙しく応対をしながら笑顔で答えてくれ
た。桜の花びらがヒラヒラと店に舞い込む。私は自分の住所を書いて渡しておいた。その私のメモが同級
生の間をグルグル回り、そして「同窓会案内状」を受けとることになったのだ。行方不明で処理されてい
た私が、初めて受け取る「同窓会案内状」だった。
四十五年の時の流れはいっきに戻る。アルバムを焼き捨てていることを知って、アルバム持参で出席し
てくれた友がいた。「これが誰、これは誰」「みんなあんまり変わってないやろ」親切に説明してくれ
る。私は、その村を忘れようとしていたことなど、すっかり吹き飛んでいた。
しかし、一人顔が見えない。もらった名簿にも載っていない「赤埴君だ」。私がこうして時空を越えて、
ここにいるきっかけとなったその人だった。その「赤埴君」がいない。気になり聞き出そうとするが、上
がる歓声に気後れがする。赤埴君は廃城として残っている<赤埴城>の殿様の末裔(まつえい)で、ずば
抜けての秀才だった。しかし、当時の家は没落していて貧乏と聞いていた。中学校卒業と同時に電機メー
カに集団就職をした。彼と私はクラス委員を担当していて、学校帰りによく廃城跡に遊びに行った。そこ
には彼岸花がたくさん咲いていて、『戦いに敗れた兵士の血で咲いているんだ』と教えてくれた。茎を互
い違いにポキポキと折り、彼岸花のネックレスを作って遊んだ。彼が笑うと鉛筆が入るほどの笑窪が出来
た。その笑窪に彼岸花が良く似合った。
桜の名所は彼岸花の名所にもなっている。
私は思いきって「桜は見たから、こんど秋には彼岸花を見にこようかな」と・・・。私のその言葉になぜ
か、空気が止まった。
「彼岸花がたくさん咲いていた<泥池>を覚えてるか」<泥池>は土地の通称名の溜池のことだ。理科の
授業には虫の観察に、国語の時間には俳句や詩を作りに出かけた。たくさんの彼岸花が水面に白い雲と映
っていた。瞼に一瞬咲き乱れる彼岸花がフラッシュした。「うん。覚えてる」と答えるのと同時に「赤
埴、あそこで自殺しよった。みんなで、何日も探したんや」私は何のことか分からず、まだ余韻の残る彼
岸花のフラッシュに思いを乗せていた。「はっ!」と我に帰えり「自殺!」その言葉をオーム返しに、そ
のまま絶句した。「学歴を苦にしての自殺やった」。私は怒りと悲しさで体が震えた。(あれだけ勉強の
よく出来た賢い彼だったら、やる気さえあればいろんな方法があっただろうに。りっぱな社会人になって
いただろうに・・・。)私はただただ悲しかった。目をつむる。また彼岸花が流れる。そして<人には、
何かの「組み合わせ」「条件の重なり具合」「自分ではどうしょうも出来ないもの」が有るのだろうか。
>むしょうに腹が立ってきた。彼岸花には、たくさんの名前が有ると言う。曼珠沙華、死人花、幽霊花、
墓場花、火事花、葉見ず花見ず、母知らず子知らず。捨て子花、そしてお互いを偲びあう物想い草・・・
などなど。
<泥池>に咲く彼岸花は、どんな風に咲くのだろう。
帰宅する車窓の闇中に、赤い彼岸花が流れて行ったように思った。
(あの寒村は、やはり封印しておくべきだったのか)。涙が頬を伝ってしかたがなかった。
いまごろ、<泥池>の彼岸花は涙のような朝露をのせているのだろうか (随筆きょうと77号より)
♪ 回転扉 木村徳太郎「童謡詩」夕暮れノートより
小栗鼠みたいに
くるくると
子供ならんで
悪戯してる
はてしがつかぬ
回転扉。
―――いまに背中を
ご用心
蝶が一匹
くぐったぞ。
「弘ちゃんは生きている」1〜23はブッツクマーク(ご挨拶)に続けてはいっています。
2006.09.27
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