来た道行く道通りゃんせ/風にのって花ひとひら

のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

五月の花

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ジャガタライモ の花

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   ジャガイモ    (馬鈴薯)    (ジヤガタライモ)

夏が近づき空が青く青く透明度を増してくるとジャガイモの花が咲く。私はその素朴な花にいいようの

ない旅愁を感じる。淡い紫の柔らかい花びら、太陽の色をした雄シベ、そのなかにスクッと立つ鮮やかな

緑の雌シベ。   たくましい緑青の葉は太陽の恵みをいっぱいに受け、大きなジャガイモを育てる。

不思議に思う。薄紫とオレンジ色の配色を街中に持ち込めばきっと不似合になるだろう。だのに、ジャガ

イモの花は、飾らない素朴さを思わせ鄙びた美しさは、私に安堵感を与える。風に揺れる花を見ていると

自然に笑みがこぼれる。


 私はジャガイモが大好きだ。物心ついたごろからジャガイモが大好物だった。特に祖母の作る、醤油色

の鍋を両手で揺すって、粉を吹いたように仕上げる甘辛い<粉吹き芋>は毎日でも食べたかった。イギリ

スと言う国の主食が、ジャガイモだと聞いた時は、「どうしてイギリス人に産んでくれなかったのか」と

駄々をこねた。

そして、祖母の味を真似て<粉吹き芋>は作れるようになったが、同じ味にどうしても作れないジャガイ

モの味がある。


 小学3年の時、知恵ちゃんと仲良しだった。すっかり田舎生活に馴染んだ私は、放課後や休日は、同じ

字(あざ)の子達と一団となり、じゃれ合うように遊んでいた。ボスも居た。其の日も村の中を駆け巡っ

て、知恵ちゃんが自分の家の前まで来ると「お便所に行くから、ちよっと待ってて」と家の中に入った。

私も行きたかったので後ろからついて行った。ボスの号令で、皆は家の前で石を蹴ったりして待っていて

くれる。

<おくどさん>が並ぶ、薄暗い台所を抜けて便所があった。天窓から僅かな光が柔らかく<おくどさん>

の上の、大釜や鍋を照らしていた。用を済ませて台所を通るとき、知恵ちゃんが大きな木の蓋を片手に持

って口をもぐもぐさせていた。横から覗くと小さい小さいジャガイモが鍋の中で飴色をしてゴロゴロとし

ていた。「私も一つ頂戴」と言うと知恵ちゃんは、菜箸にその中の一番大きそうなものを突き刺し渡して

くれた。美味しかった。知恵ちゃんがもう一つ自分の口に入れる。私も「もう一つ頂戴」と言う。知恵

ちゃんは困ったような顔をしながらも、小さいジャガイモを箸に上手に突き刺してくれた。そして気が付

いた時は、かなりジャガイモの数が減っていた。私たちは急いで口をもぐもぐさせながら外で待っている

みんなのところに戻った。「なに食ってるんや」とボスが咎める。「ジャガイモ!」と答えると、「なん

や。つまらん。そんなもの食ってるか」と興味がなさそうだ。ジャガイモなんどは飽き飽きするほど食べ

て、つまみ食いにもあたらないと言う風情だった。

夕食時、ジャガイモがたくさん減っているのに気がついた知恵ちゃんのお母さんが、知恵ちゃんを叱っ

た。しかし、知恵ちゃんは私も食べたことは言わなかったらしい。知恵ちゃんだけが意地汚くつまみ食い

をしたことになった。

時々、剥くのに手間がかかるような小さな屑芋を買ってきて、煮っ転がしを作ってみるが、あの時のつま

み食いをするスリル満点の、ツルツル滑りながら菜箸に指してくれたジャガイモの味には、ほど遠い。菜

箸に一つ、突き刺し大口を開けて味見をしてみる。あの時のジャガイモを「食べたいなあ」と思う。

 


 父が亡くなり6ヵ月後に10年目を迎えると言う、2005年9月25日(雨)。蜜柑箱サイズのダン

ボール3個を手にした。やっと手に入れた。

中にはぎっしりと詩、日記、未完の童話が詰まっていた。私は父の作品をほとんど読んでいない。子供の

ときは一番の愛読者であったのに・・・。

詩作ノートは始めて目にした。夢中で目をとおし、声をあげて泣いた。雨音に消されるのを願って泣い

た。優しい優しい詩で溢れていた。私の知らない(生まれるまえの)父がいた。

「馬鈴薯の澱粉」に目がとまり、私の頬に笑みが宿り、真夜中の嗚咽を家人に見つかることなく済んだ。



    馬鈴薯の澱粉   木村徳太郎


       とろっぽとろっぽ 馬鈴薯(いも)をする
 
       大根すりで とろっぽと

       棘があるから 氣をつけて。
 

       とろっぽとろっぽ おろし馬鈴薯
 

       白いガーゼで とろっぽと
 

       コップの中へ しぼります。
 


       とろっぽとろっぽ い〜匂ひ
 

       水でうすめて とろっぽと
 

       箸でまぜましょ 五六回。
 


       とろっぽとろっぽ 水が澄む
 

       澄んだ水だけ とろっぽと
 

       流して捨てれば 出来ました。
 


       とろっぽとろっぽ 澱粉は
 

       コップの底に とろっぽと
 

       牛乳みたいに ありますね。

小国民詩集 【馬鈴薯の澱粉】 ノートより
(はしがき)これまでの童謡と異なっているところは、実際生活のうちから素材を選んで、いままでに見られなかった 新しい形を生み出しています。(記)



 小学4年生の時、ジャガイモをすりおろしてカタクリ粉(バレイショ澱粉)を作る授業があった。ジャ

ガイモを下ろし金でとろっぽと擦り、ガーゼで絞り、其の白い液の沈殿物をワラ半紙(藁などを細かくし

練り合わせた茶色の紙だった)に広げて乾かす。運動場にクラスの人数分の紙が並べられ陽が当って粉は

キラキラしていた。突風に何枚かが引っくり返され、乾燥した粉は結局一箇所に集められて、又人数分に

分け家に持ち帰った。父がそれを見てとても喜んだのだ。

そのころ、父と担任の先生は思想的に合わず反目しあっていた。学校に行くと「オマエの親父はバカだ」

と言われ、家に帰ると「今時のデモシカ教師はバカだ」と聞かされ、私は居場所が無かった。ところが、

父は「K先生もなかなか良いことをする」と相好を崩してその粉を喜び、砂糖と熱湯を加えお八つにして

くれた。父はとろっぽ、とろっぽと箸でかき混ぜていた。

私は知らなかった。父がジャガイモ澱粉をつくったことがあり、詩をつくっていたなどとは・・・。でも

あの時の、父の嬉しそうな顔が浮かんでくる。そしてあの時の笑顔の謎が解けた。父は嬉しかったのだろ

う。娘が同じように「とろっぽ」と馬鈴薯澱粉を作った事が、そしてそんな授業をするK先生が・・・。

私はカタクリ粉を切らしている時、ジャガイモを擦ってトロミに使う。これは祖母が、メリケン粉(小麦

粉)を切らした時の、カレーのルウに使っていた。少し舌にザラザラ感が残るカレーだった。私は、いま

でもジャガイモが大好物なのだ。ジャガイモの薄紫の花が、「もうすぐ新ジャガをプレゼント」と言って

いる。

2006.05.26


 

 

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♪   ハルジオンの薄桃色の花を目にすると、初夏の前奏曲、春の名残が見え隠

れするフーガの風を感じます。ハルジオンの周りの風の色が薄桃色に染まっていて

優しいのです。目は青葉で眩い。

  この眩さにまだ染まりきれない私は、ハルジオンに初夏の序曲を聞きます。

  次の移動へフォローして誘なってくれる、私にとってはとても大事な花です。

  ハルジオンは (春女苑) (春紫苑)(春如苑)の字が当てられますが、私はハ

ルジオンに、純粋無垢な乙女の中の「女」をも隠れているような「春女苑」が好き

です。
  
  しかし、ハルジオンの淡い淡いピンク色の花の時季は短く、すぐにヒメジオ

ン、ナツジオンにと変わります。白いナツジオン。薄紫のヒメジオン・・・。乙女

の時季は短いですね。
 
  ハルジオンは蕾の時は、下を向いています。そして咲くと、きりりと天を見上

げます。

  野を一面に覆ってしまうナツジオンは、土用の頃には土用痩せ?をして、茎は

細くやせ細りますが、朝早きごろ、まだ丸くなって眠っている花は、野原一面に真

珠玉をばら撒いたように朝露と競っています。


♪   上杉和子著 絵本 「星たちは花になりました」新風舎 

         (乙女座  ハルジオン)
   ハルジオンは、うっすらと紅色に頬を染め、うつむいている乙女です。
昔、野山は豊かに実り、川は酒や乳にあふれ、人々は戦うことを知りませんでした。
   ところが、季節に寒暑が生まれ、人は家を建て、自ら耕し、種をまかねばならなくなりました。
   そして、嘘と計略と暴力を使い強者と弱者ができました。
正義の女神は、そのあまりの醜さに耐えることができず、天高くかけ去り乙女座になりました。
   そのため、ハルジオンは花が開くと天をみあげるのです。



♪         木村徳太郎 【楽久我記】ノートより

                日暮
 
             日暮が機織る
         きりつとん とんかたり。

             鼠色の糸に
         きりつとん とんかたり
             紅の糸かけ
         きりつとん とんかたり。

             良い子に着せよと
         きりつとん とんかたり
             縞目縞目に
         きりつとん とんかたり
             夢を織交ぜ
         きりつとん とんかたり。

             日暮が機織る
         きりつとん とんかたり。
2006.05.07

5月の風

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♪ツバナ

 見渡す限り緑。緑。早苗も負けずと緑風をつくる。畦には、若草や青草が刈り取られ、緑のうねりのよ
うに束が無造作に置かれている。刈り取られたタンポポの丸い綿毛は、いくつもいくつもコロコロと風に
舞い、その緑の海の波間を浮き玉のように軽やかに漂っている。
草刈機が普及したためか、最近の畦草は絶えず刈り取られ、綺麗な幾何学模様を緑で描いている。緑がし
たたるこの季節、洗練された緑の世界がどこまでもどこまでも広がる棚田だ。昔の畦は、もっと草が多か
ったように思う。草陰から蛇に出くわす、蛙が水の中に「チャポン」と逃げる。驚く先にはスイバが揺れ
ており、風と戯れる立ち姿に「スカンポ、スカンポ、ジャワサラサ」と鼻歌が出た。ツバナの白い穂は、
光を浴びて柔らかさを増し、口に含むとチューインガムのようだった。アザミも咲いていた。キンポウゲ
の黄色花は、緑のしずくの川にまるで星のように散らばっていた。
        懐かしく思う土手だ。
 地元の土手は緑、緑、そしてカメラの三脚がずらりと並ぶ。緑に散らばっていた彩は、懐かしい思い出
だけに咲くようだ。蛙も、蛇もこれでは出て来難くかろう。綺麗過ぎる畦、洗練されている緑に少し寂し
さを感じた。畦の風と空は、私に昔の田園風景の残影を残していく。



♪ 京都新聞「窓」欄  2003.06.05. 投稿掲載

        (新聞が運んだ茅花の思い出)

 新聞紙上で「茅花(ツバナ)流し」という言葉を見つけた。良い言葉だ!と思った。
昭和30年代初め、都会から引っ越してきたやせっぽっちの私に「これ食ってみな」と茅萱(チガヤ)の白い柔らかい穂が差し出された。綿菓子のように甘くっておいしかった。ツンバラといって茅花の若い穂だと教えてくれた。
 私は遠足の時それを採っては食べ、先生にしかられ、みんなにあざけるような笑いでからかわれた。でも教えてくれた子だけは笑っていなかった。そういうことが思い出される。土手に茅萱が銀色の布のように穂綿をいっせいになびかせている。まさしく「茅花流し」だ。嬉しい言葉だ。
 その後、琵琶湖が海とつながっていた名残として咲く浜昼顔(ハマヒルガオ)が紹介されていた。淡水湖が海の名残だった?浜昼顔?と興味を持ち、近くなので見に行った。広がる湖と渡ってくる風、砂の感触、浜には薄桃色の花が静かに広がっていた。
 太古のロマンを秘めて静かに咲いている花。良かった、見に行って。幸せな気持で帰る土手に夕焼けに染まって茅の穂がなびいていた。お金のかからない小さな幸せ。新聞が運んでくれた。


注)湿気を含んだ南風を「茅花流し」というそうです。
  私には野原一面、風に流れる茅花が波打つ一枚の布のように見えました。
  夕焼けには茜色の布になりました。


 ♪   木村徳太郎  童謡詩 【日本の旗】より

           ピアノ

    ド レ ミ ファ
    まるい 銀玉
    ハコからつんと出る。

    ソ ラ シ ド
    ころころ 銀玉
    ころげて歌になる

    ド シ ラ ソ ファ
    いくつも銀玉
    お空へ転げて行く。


♪  タンポポ綿毛が刈り取られ、そのまま丸い形で青草の上をコロコロ風に転がっていました。
   上のピアノの詩を思い浮べました。
2006.05.04

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