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十月の花

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ソバの花

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 ソバの花零れ こぼれ行く 
 
 荒れ放題の庭にシオンとソバの花が波打っている。手入れを怠っていても狭庭にこの二種類だけは、毎年忘れずに秋の風情を届けてくれる。シオンの薄紫の波に砕ける波頭のように白いソバの花が飛び散り、雑草だらけの海原に癒しをくれる。ところが、今年はそうはいかない。ソバの花がほろほろと零れるたびに、私の顔は赤くなり荒れた怒涛の波のように心臓が波打ち、冷や汗がタラタラとこぼれ落ちる。

 ことの始まりは、夫のゴルフ仲間のAさんである。Aさんは創業享保初年という老舗の蕎麦屋の社長さんである。(我が家のような庶民とは、本来お付き合いの出来るわけもないのだが、人格者のAさんは、ゴルフが好きというだけの、ただ人の、夫にまでいろいろと気使いをしてくださる)。そして「愚妻が、本を出しました」と話す夫に「そら目出度い。今度うちとこの研修会に講演してもろて。本を宣伝したらええ」と言って下さった。なんという心意気!。すっかり有頂天になった私は講演原稿を作った。


(講演会原稿)
今晩は。お仕事を終えられお疲れのところを、このように話をさせていただける機会に恵まれ感謝いたしております。私はまったく普通の平凡な主婦です。たまたま絵本「星たちは花になりました」を出し、なにか花の話をと言っていただけました。主婦感覚で花の話をさせて下さい。お蕎麦屋さんですのでやはり、ソバの花の話をさせて下さい。

この本を出版しましたときに(本を見せて宣伝をする)友人知人に見て欲しく、たくさんの人に送付しました。そのなかに18歳になる娘さんを交通事故で亡くされ、気分の落ち込みからか、家事が十分に出来ず、私が介護ヘルパーとして勤めていたお家があります。その深い悲しみのせいか、時々無理難題を言ったり、時には傲慢な態度が出ます。私は気持が理解できるものの不愉快になり、ついにある時、その方が大事にしておられる(ダイモンジソウだと言って譲られない鉢植えを)よせば良いのに、少しは花の名前を知っているという傲慢さもあり自信を持って、「それはダイモンジソウとは違います。雑草のゲンノショウコです」と言ったのです。そして、「ダイモンジソウだ」「ゲンノショウコだ」と喧嘩になり、私はとうとうお払い箱になりました。(葉がダイモンジソウに少し似ていましたが、紛れもなくそれはゲンノショウコだったのです)そして「えらそうに。アホかいな」と仕事を失ったこともあり、私は自分自身に腹を立てていました。

 しかし、なぜかお蕎麦を食べるたびに胸が痛むのです。と言いますのは、その方に付いて一緒に散歩に出かけた時、知らないお家の垣根からはみ出し、道路まで咲き出ている元気な白い小さな花を見つけました。花好きな二人は、そう言うときは息がピッタリと合い、こっそり一株づつ悪戯顔半分で頂いて来てしまったのです。後で調べるとそれは宿根のソバの花でした。その方のお庭に一株、我が家にも一株植えました。そして両家で根付いた祝いに、変なこじつけですが「罪滅ぼし」と、時々二人してお蕎麦を食べにいったのでした。そのときは、主従の関係ではなく、花好きな花友達の和やかな二人でした。
 そして、離職してからもその白い小さなソバの花が波打ち咲き乱れる季節、そして蕎麦を食べる度に「あの方はどうしておられるか」と胸が傷んでおりました。そこで勇気を出してその方にも本を送ったのです。すると、心配をよそにその方はとても喜んで下さり、お家へ招待して下さいました。その方もソバの花が咲く度に、お蕎麦をたべる度に私を思い出して下さっていたそうです。二人してソバの花をこっそり貰らってきたという共通の思いもあったのですね。二人して大笑いになり話が弾み楽しい時を過ごさせたいただけました。
 もちろん、絵本も数冊追加して購入して下さいました。(と、又、本の宣伝をする)

 私は思うのですが、小さなことでも同じ時間を共有したことは、いろいろの思いとして胸深くに積み重なって貯まって行きますね。それが人生かと思います。そう言うことは大事にしたいと思います。
 思いますのにお蕎麦を食べにこられるお客さまも、(食べるお蕎麦だけでなく、ソバの花や、誰かと食べた蕎麦のことなど、お汁の匂いの中にそこには無限に広がっていく世界があって、きっとそれをも含めた思いを重ねて食べていらっしゃるのではないでしょうか。例え満腹だけの為としても、蕎麦の一本々に無何かの思いがきっとたち昇っていると思います。そういうことを思いますと、お蕎麦を作り、みなさんがお運びをしておられるのは、何処の誰かは知らないお客様ですが、その人のいろんな想いを、蕎麦を介して懐かしい時間を与えてあげる、手助けをしておられることなのだと思います。
 一椀の蕎麦をお客様に届ける店内で、優しい陽射しのようにそういうことを感じていただければ嬉しいと思います。私も、この「ダイモンジソウ」の方と、お蕎麦をまた食べに来させていただきます。別々の場所で同じような事を思い浮べ、別々に食べていたお蕎麦を、同じ席で食べる事が出来ますのも、また一つ宝物が増えたような気がいたしますから

 
以上のように蕎麦にこじつけ、頭を絞りに絞り何日もかかってこの原稿を作り、これを暗記して話す練習もし、当日会場となるその古い格式ある店に出向いた。

社長さんが
「さあ〜。行きまひょか」と、私に車に乗るように勧める。

私 「行くって何処へですか?」

社長「今日の会場のびわ湖ホテルです」
(店の片隅で話すものとばかり思っていた私は、さすが大きな老舗! 社員の研修もホテルでするんや)

社長「研修の前にフランス料理のフルコースが出ます」
(さすが老舗!社員に大判振る舞いや)

私 「社員の皆さんは、お店が終わってからこられるのですか?」

社長「今日の列席者の会員は、30名ほどです」

私 「会員???」
   (このあたりから、私はなにか話がかみ合わないのを感じ出した。)

私 「<うちの研修>と聞いていたのですが、どんな研修会ですか?」

社長「うちのライオンズクラブの、定例会の研修でいろんな人に講演をしてもらっているんですわ」

私 「??? ライオンズクラブ!!!」

<うちの研修>と言われ、そそっかしい私は詳しく確かめもしないで「老舗の蕎麦屋さんはさすがだ。社員教育の研修をされ、その講師に声をかけてくださったのだ」とばかり思っていたのだ。そして、蕎麦の話をするつもりで練習もして来た。

<うちの研修>とは、社長さんが役員をしておられる<ライオンズクラブ>のことだったのだ。私は跳び上がって驚いた。「どうしょう!どうしょう!車から降ろして」と叫びたい。しかしビワ湖ホテルへ車はどんどん向かう。(話を聞いて下さる方は、蕎麦屋さんの社員でなく、ライオンズクラブの会員さんなのだ。用意した蕎麦の話をする訳にはいかない)

 折角のフルコースは喉を通らず、頭の中は、「なにを喋ろう。なに喋ったらええのんや。助けて〜〜〜」。
何を喋ったのかあまり記憶に無い。しかし、本の宣伝だけはかなりしたのだろう。会員の皆さんが沢山買って下さった。思い出せば思い出すほど、顔がほてる。冷や汗が出てくる。いまでも穴に入りたい。心臓がドキドキしてくる。ソバの小さい花を指で弾き、「アンタ真っ白でええな。わたしなんか真っ赤になったわ」と話しかける。
ソバの花は「可笑しい!」と笑うようにハラハラ零れるばかり…。

 その後日、音楽ボランテイァで行っている介護施設の若い職員に、「私、ライオンズクラブで講演してきたんやで」と、私は恥は言わずに自慢話をした。
「凄い!ライオンズマンションで゙講演してきやはったんですか」。瞬く間に全職員に話が広がった。そして彼らは言う。
「ライオンズマンションの何階で話をしてきやはったんやろ」。
「そら、ごかいやろ」。
 私は笑い転げてしまった。
庭の蕎麦の花も笑い転げて零れていることだろう。





   「木犀咲く坂」      木村徳太郎「童謡詩」夕暮れノートより

 
                水歯磨の

                清(すが)しさで

                頭のうえを

                唸りがかけた。

                飛行機日和

                よい日和

                林檎噛み噛み

                聞いてた僕は。


                木犀咲く坂

                匂ふ坂

                あの子は松葉杖(つえ)を

                止めて見てた。



「弘ちゃんは生きている」1〜25はブッツクマーク(ご挨拶)に続けてはいっています。
2006.10.09

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